昭和二十一年九月十日(火曜日)   午後二時四分開議    ━━━━━━━━━━━━━ 議事日程 第四十二號  昭和二十一年九月十日   午後一時開議 第一 自作農創設特別措置法案  (政府提出)        第一讀會(前會の續) 第二 農地調整法の一部を改正する法律案(政府提出)        第一讀會(前會の續)    ━━━━━━━━━━━━━  〔朗讀を省略した報告〕一、議員から提出された議案は次の通りである 瀧川驛發著蘆別町、深川町經由環状線區間省營自動車運行に關する建議案  提出者   香川兼吉君 東隆君 二俣、佐久間間鐵道敷設速成に關する建議案  提出者   竹山祐太郎君 坪井亀藏君   長谷川保君 宮崎縣下に於ける國有林野拂下げに關する建議案  提出者   伊東岩男君 鹿島透君   川野芳滿君 川越博君   大橋喜美君 森由己雄君 日ノ影、高森間鐵道敷設速成に關する建議案  提出者   伊東岩男君 橋本二郎君   藤本虎喜君 鹿島透君   川野芳滿君 大橋喜美君   川越博君 森由己雄君       (以上九月七日提出) 東京女子高等師範學校の女子綜合大學昇格に關する建議案  提出者   大橋喜美君 武田キヨ君   山下ツね君 學園都市建設に關する建議案  提出者      布利秋君 相撲の課外訓練に關する建議案  提出者   布利秋君 東井三代次君   五坪茂雄君 清酒釀増に關する建議案  提出者   細川八十八君 宮澤才吉君 五戸、毛馬内間鐵道敷設に關する建議案  提出者   苫米地義三君 山崎岩男君   津島文治君 夏堀源三郎君 農家自家用酒に關する建議案  提出者   香川兼吉君 藤本虎喜君   今井耕君 乳肉衞生事務の農林省に移管に關する建議案  提出者   香川兼吉君 藤本虎喜君   今井耕君 東北地方振興開發に關する建議案  提出者      庄司一郎君       (以上九月九日提出)一、去七日吉田内閣總理大臣から次の通り發令があつた旨の通牒を受領した      内閣事務官 島本融      同     椙杜正太郎 第九十囘帝國議會政府委員被仰付一、去七日次の通り特別委員の異動があつた 昭和十九年度第一豫備金支出の件 (承諾を求める件)外十一件委員  辭任 中崎敏君 補闕 川島金次君一、昨九日衆議院規則第十五條但書に依り議長に於て議席を次の通り變更した      一〇一   山田悟六君      一五二   川崎秀二君一、昨九日次の通り特別委員の異動があつた 臨時物資需給調整法案(政府提出)委員  辭任 小野眞次君 補闕 厚東常吉君  辭任 山本正一君 補闕 磯崎貞序君  辭任 加藤勘十君 補闕 田村定一君―――――――――――――――――――――○副議長(木村小左衞門君) 是より會議を開きます、日程第一、自作農創設特別措置法案、日程第二、農地調整法の一部を改正する法律案、右兩案の前會の議事を繼續致します──須永好君     ――――◇――――― 第一 自作農創設特別措置法案  (政府提出)        第一讀會(前會の續) 第二 農地調整法の一部を改正する法律案(政府提出)        第一讀會(前會の續)  〔須永好君登壇〕○須永好君 私は日本社會黨を代表致しまして、只今上程されて居ります自作農創設特別措置法案竝に農地調整法の一部を改正する法律案に付きまして、其の施行實施に對する政府の所信に付きましては、總理大臣から御答へを戴きたい考へで居つたのでありまするし、尚ほ此の法案の建前から見まして、法案自體を審議するよりも、今日日本の經濟機構がどうなつて行くのか、其の經濟機構の中に於て、農村の構成が果して斯くの如くあるべきが妥當であるかどうかと云ふことを審議することが最も肝要であると考へましたので、質問の方向は主として政府の新日本建設の構想と本案の關係に付て、總理大臣から詳しく承りたいと考へて居つたのであります、而して去る土曜日の日程に於きましても、私は其の質問の順番であつたのでありまするが、遺憾ながら總理大臣が缺席して居られましたので、延ばして戴いて、本日は必ず出ると云ふ御約束があつたのでありまするけれども、本日も亦總理大臣の御出席がないのであります、私の質問の方向は、主として總理大臣に對して御答辯を戴きたいと思つて居たのでありまするから、此の質問に付きましては、一應此の壇上に於て速記録に止めて置きまして、後で總理大臣の御答辯を戴きたいと存じまするし、尚ほ其の事項の中、若し他の閣僚に於て囘答の出來る部分がありましたならば、其の關係閣僚からの御答辯を戴きたいと存じます、尚ほ法案の内容及び其の運營方針等に付きましては、農林大臣から御答辯があるやうに御願ひ致したいと存じます 第一に總理大臣に伺ひたいのでありまするが、本案實施に對する政府の所信を明かにして戴きたいのであります、勿論政府が案の提出をするのでありまするから、政府に向つて今更如何なる所信を持たれるかと云ふ質問をするのは、變な質問でありまするけれども、併し本案の構想と云ふものは、必ずしも吉田内閣の主義主張に基いて立案されたものではないのでありまして、關係方面からの構想に基いて立案されたものであることは、之を察するに難くないのであります、隨て若し政府に於て本案に付て完全に了解をし、而も其の實現に對しましては、信念と熱意を持つて出來るかどうかと云ふことが大きな問題であります、なぜそれを大きな問題として私が考へるかと申しまするならば、昨年の暮に開かれました第八十九臨時議會を通過して、本年の二月一日から實施されることになりましたあの農地調整法の一部を改正する法律案、即ち第一次の農地調整法の改正でありまするが、此の法案の經過や、或は其の實施後の成績を見まするのに、洵に遺憾なものが多いのであります、一つの法律が出來ましても、政府がそれに對する完全な了解を持たず、而もそれを實施するに熱意のない場合には、法律が折角出來ましても、其の目的とする所の效果は擧げ得られないのであります、今囘の法案が、同じやうに政府が自らの主義主張で立案されたものでなくして、寧ろ關係方面の構想に基いて立案されたものである以上は、政府が果してそれを完全に理解して居るか、或はそれを實現するに當りまして熱意があるか、之をどうしても承らなければならないのであります、昨年の土地制度の改革として行はれました農地調整法の一部を改正した法律案の經過を見ますると、戰後の日本の改革の方向を具體的に示す所の一つの法案として注目を惹いた問題でありまするが、初め農林省から、内地に於ける地主の保有し得る耕地の面積は、大體三町歩を基準とする所の案が發表されました、是は當時改革の方向を示すものとして可なり世間の注目を惹いたのでありまするが、軈て閣議に是が掛けられますると、此の法案が行過ぎと考へられたのでありませうか、兎に角本地主の保有し得る面積の限度を五町歩とすることに改められました、改革の方向から見ますると、正に逆轉でありまするが、之に依つても革新の方向への政府の努力が疑はれることになつて參りました、此の案が議會に掛けられたのでありまするが、改選前の議會に於ては、必ずしも此の案に對して贊成ではなかつたやうであります、併しながら其の審議半ばの十二月九日に、「マッカーサー」司令部の農民解放に關する覺書の發表がありますると、日本の土地制度の改革等が、此の覺書の線に沿うてなされなければならないと云ふことが誰にも分つた爲か、議會の空氣も一新致しまして、さうして議會を通過し、難關であらうと考へられて居りました貴族院も無事に通過して法律となり、さうして二月一日から是が實施されることになつたのであります、併しながら法律となつて實施されることにはなりましたが、其の法律の目的は、耕作者の地位を安定せしむることが大きな狙ひであつたにも拘らず、實際はどうであつたかと申しますると、此の法案が發表せられるや、地主の土地取上の事件、或は賣逃げ、或は闇賣り、或は裏拂ひ契約等が段々行はれて、農地の問題は益益不安になつて參りました、是が議會を通過し、或は立法化されて愈愈公布實施せられるに至りましては、益益斯くの如き問題が多くなり、終戰後本年六月十日までの農林省の統計に現はれたものだけでも、土地取上事件は二十五萬件と推定され、其の内二萬三千件が爭議となつて現はれて來た、今日まで農村問題のやかましかつた大正末期或は昭和時代に於ける事態に於きましても、斯う云ふ多數の土地取上事件は起つたことはないのでありまするが、皮肉にも農民の地位を安定せしめんとして規定せられました此の法律が出來まして、益益多くの土地取上や或は農村に於ける爭議を續發さしたのでありますけれども、併し目的の、地位を安定せしむる方面に於て、如何なる成績が擧つたかと申しますると、是は表面に現はれた自作農創設の如きも、實は裏拂ひ契約等のある所の全く欺瞞的のもののみ多くして、農民の地位を法律の命ずる通りに安定せしめた所の業績と云ふものは、殆どないのであります(拍手)之を私共は間近に經驗して居ります以上は、此の第二次改革案と云ふものは、第一次改革案に比べますと遙かに徹底したものであり、又革新的のものであります、隨て第一次の改革案でさへ本當に國民には徹底せず、却て逆作用のみ多く現はれて參りまして、法律の目的を達することも出來なかつた事實を見まして、更に徹底し、更に革新的でありまする今度の法案が、而も二箇年間に耕地二百萬町歩、未墾地百萬町歩と云ふやうな厖大な土地を買上げて自作農を作らうとする事業に當つては、政府に容易ならざる決意と信念と熱意がなければ決して是は出來ないと思ふのであります、果して吉田内閣が此の實現に對して其の熱意が持てるかどうか、勿論第一次改革案の出ましたのは、幣原内閣の時代であつたのであります、今日は吉田内閣になつて居るのでありますが、其の當時吉田さんは外務大臣であり、弊原さんが總理大臣であつた、今は吉田さしが總理大臣で、幣原さんは國務大臣であります、内閣は迭つて居る譯でありまして、組立の上に於ては違つて居りますが、果して今の内閣は、此の第一次改革案當時と變つて、此のより革新的になり、より徹底致しました土地制度改革案に對して、本當に其の趣旨が了解出來、其の實現に對しては熱意が持てるのであるか、私は第一に此の點が承りたいのであります それに附加へまして、此の法律に依つて實現されなければならない所の仕事と云ふものは、實に厖大なものであります、二百萬町歩の耕地が、地主の強い執著の手から放されて、理解も出來ない農民の手に是が渡されて行きます、併し唯渡されるのではない、其の土地を自作農として持つ以上は、新しい社會的責任を十分に感じて、其の法律の命ずる通り、日本の農業生産力の發展と農村の民主化的傾向を促進させなければならないのでありますが、之を法律の命ずる所と同一の效果を擧げようと致しまするならば、容易ならざる準備が要ると思ふのであります、先づ第一に地方官公吏の督勵指導、唯技術的な督勵指導だけではなくして、或は澤山の農民を納得せしむるに足る所の人格の素養、又國民全體の協力を得る爲の趣旨の徹底、或は民主的方法に依る進行、斯う云ふやうなことに對する準備が非常に要ると思ふのでありますが、政府は是等の準備に萬遺憾なき手段を講じて居るかどうか、此の點に付きましては農林大臣の御説明が願ひたいと思ふのであります 第二に御伺ひ致したいと思ひますことは、是も總理大臣から後で御答辯を戴きたいのでありますが、政府の新日本建設の構想と此の法案との關係はどう云ふものであるか、此の點に付てはつきりと御伺ひ致したいのであります、本案の實施に依りまして、農地は細分されて、小さい自作農が澤山に出來て參ります、今日の日本と致しましては、成程農業經營を最も合理的になさしむる爲には、適正規模の研究をして、一農家の經營すべき面積はどれだけが適當であるかと云ふことに依つて、なさるべきではありますけれども、國の事情は、領土は狹く、耕地の擴張も非常に困難であり、而も人口は一概に殖えて參りまして、此の人口を農村に或る程度吸收しなければならない状態にあります、隨て適正規模と云ふ形を取ることは出來ませぬ、隨て日本の農業が資本主義的な所謂自由競爭をやつて行かうとするのには、非常に不適當な形になつて參るのであります、若し日本の農業が世界の農業と競爭し、或は他の産業と競爭して、農業として立つて行きますのには、是は適正規模の農家を作つて、そこに最も勞力が效果的に使へて、勞働生産力も發揮し、土地の生産力も發揮し得る形を取らなければならないのでありますが、人口と土地の關係とに於きまして、それは出來ない、そこで日本の農業は、此の法案を通して、何と言つても小自作農が澤山に出來て、而もそこに澤山の人口を吸收して行かなければならないと云ふ形になるのでありますから、此の多數の人口と云ふものは、單に土地に付ての仕事だけではなしに、計畫された經濟に從つて、各各が其の働き場所を得まして、さうして國土を開發したり、生産を増進させたり、更に農村の文化を建設させたり、斯樣に單に農業の營利を追つてやるだけでなしに、國土の開發、更に文化建設等も共に行ひながら、是等多數の人口が、協同體たる村の文化を樹てて行かなければならないのであります、此の爲には、どうしても村は一應民主的に協同性を高めて行かなければならないと考へて居ります、併しながら斯くの如く自由競爭にあらずして、割當てられたる分に於て其の職を果して、單に收入の途を圖ると云ふ一點ではなくして、國土の開發乃至は文化の建設と云ふやうな仕事をやつて參りますのには、唯算盤玉の上に於て、百姓が何處で採算が取れるかと云ふことのみに依つては解決しないのであります、隨て我々は斯樣な農村になりました以上は、之を盛立てて行く爲には、どうしても完全に計畫されました經濟の運行でなければならないと考へるのであります、隨てそれの爲には、一切の經濟が無駄のないやうに、さうして又無理のないやうに計畫を立てられた、其の經濟の中でなされて行かなければならないのでありますが、若しも是が資本主義的な機構、即ち利益を追つて經營をされて、打算の農業を營むと云ふことになりますならば、此の形は全く日本の農村が疲弊する所の形であります、恐らく資本主義的なものの機構の中に此の農村を置きますならば、忽ちにして商工資本或は金融資本等の支配を受けて、搾取を受くることになつてしまふ、さうして自由貿易等が開始されます時には、直ちに世界の最も安い食糧品との競爭をしなければならなくなりまして、農村に恐慌が來ることも事實であります、今日動ともしますと、農村に安い食糧が入つて來れば恐慌が來るとか、或は増産或は農作の爲に、軈て農産物の價格が低落して、農村自體の自殺になるとか言はれて居るのも、此の觀念は悉く資本主義的な觀念に基いた言ひ分であらうと考へるのであります(「ノーノー」)隨て斯樣に考へる場合に於ては、若し政府の新日本建設の構想が、飽くまでも自由競爭を中心と致しました資本主義的機構の下に此の農村を置かうとしますならば、私は是は甚だしく農村を弱化すると考へて居ります(拍手)斯樣にして我々が憂ふる所は、政府は今日社會主義の理論に依つて運營するやうな政府であるとは考へて居りませぬ、此の議場に於きましても、何遍か今日まで政府は、資本主義でもない、社會主義でもないと云ふことを説明して居ります、吉田内閣が社會主義でないと云ふことは明かであります、併しながら資本主義でないと云ふことは、或は誰が信用するか知りませぬが、私は資本主義でないとも言切れないと考へて居ります  〔副議長退席、議長著席〕隨て吉田内閣の施策が、此の資本主義の機構を作り變えて行かうとします時に、此の小さい農民を澤山拵へた農村が、其の中で立つて行かうとしますならば、是は早速商工資本の餌食になつてしまふ、日本の非常に條件の惡い資本主義再建の爲の犧牲になつてしまふ、是は今日に於て私共が兎や角言はずとも、戰爭に勝つた負けたの差はありましても、前歐州大戰後の日本の經濟の建直しに當りまして、私は大きな經驗をして居ると考へるのであります、それは當時日本には、今日と同じやうに民主主義の風がやはり吹いた、政黨内閣も出來て參り、普選獲得の運動も起つて參りました、思想的には澎湃として社會主義運動も起つて參りました、併しながら其の中に所謂治安維持法を設け、或は産業合理化の名に依つて一先づ勞働賃金を切詰め、或は農村を犧牲に致しまして、條件の惡い日本の資本主義が、何とか建直らうとすることの爲に努力が拂はれまして、斯くして農民は不況の下に曝されながら、何十年間を苦しみ、勞働者は低賃金と不況の爲に苦しみながら、長い間喘いで居つたのであります、即ち資本主義機構は、斯く農民と勞働者の生活を壓迫すれば壓迫する程、國内市場、即ち消費の壓縮をしてしまひますから、益益不況は續く、そこで安い勞働賃金と農民の犧牲とに依つて生産された安い品物として、勞働「ダンピング」を行ひ、或は南方に、或は支那に、是等の商品を送り出さうと努力を致しました所、世界の生産關係は必ずしも日本の商品を待つて居りませぬから、此の無理な市場獲得運動と、之を育てて參ります所の資源獲得とが必要になり、軈て南方の市場を求めようとし、滿州の資源を求めようとし、斯くして段々と日本の資本主義は、市場獲得と資源確保の爲の軍備を必要とし、軍備を整備して今日のやうな状態にまで進んで參りました、決して戰爭は一東條の意思に依つて開始されるものでもなければ、一白鳥の外交に依つて戰爭が始まるものでもない、結局其の當時の經濟機構が戰爭をしなければやつて行けない機構にありまする以上は、必ず其の行く末は戰爭になつて行くと云ふことを私共は經驗して居るのであります(拍手)今日日本が今再建をしなければならない、而も平和國家として立つていかなければならない時に、若しも歐州大戰後の如く、日本の潰れ掛つた資本主義が今一度農村を犧牲にしますならば、農村から安い食糧と資源とを供給せしめ、都會の方面に於ける勞働者に對しましては、澤山の人口を包容して居る所の農村は、勞働豫備軍を貯へ、安い勞働を供給する所の給源となり、斯くして勞働大衆の生活は壓迫され、農民大衆の生活も壓迫されて、其の安い商品として生産されるものは、農民や勞働者の消費には向はずして、再び市場を海外に求め、資源を求むるやうなことが必要になつて參りますならば、如何に憲法の條章の中に戰爭を放棄すると申しましても、其の國の經濟機構が、此の方向に行くより外に行き途のない經濟機構を持つて居りますならば、何時かは隙を窺つて、再び軍國主義が發生しないとは言ひ切れないのであります(拍手)斯樣に歐州戰後の日本の情勢を考へて見ます時に、私は今度の經濟機構の變革の第一の具體策として行はれます此の土地改革を切つ掛けに、吉田内閣は社會主義にあらずと云ふことははつきりして居りますが、果してどう云ふ方法に依つて、此の澤山の人口を包容する農村を維持して行かうとするのか、此の點に付て詳しく御説明を伺ひたいのであります 第三は、本法案の内容に付て農林大臣に御尋ね致したいと存じます、内容に立入つて質問を致したいことは澤山ありまするけれども、委員會に於て質問する機會がありますので、此處では唯一點、即ち居住町村内に於て地主が一町歩以内の小作地を所有することを認めて居る點に付て、それはどう云ふ理由であるか、或は將來此の一町歩の小作地を如何に處分し、如何に取扱つて行かうとするのであるか、其の點を詳しく伺ひたいのであります、元來不在地主の土地とか、大地主の土地と云ふものは、比較的安定して居ります、隨て小作人も其の地位が安定して居つたのであります、然るに今度此の法案に依つて急速に自作化して、民主的傾向を強めようとする其の自作農地としての目的とされて居ります土地は、此の比較的安定されて居ります所の大地主の土地及び不在地主の土地が對象になつて居ります、さうして一番小作人の地位を不安定にし、常に爭議の目的となつて居りました一町内外の地主の土地と云ふものは、其の儘殘されて參ります、加之大地主も此の一町地主となつて、利害を同一にし、戰線を一つにする、中地主も是と同じ立場になつて參ります、又段々行末は、今日澤山の耕作をして居る者が、一町歩まで貸付が出來るやうな條件になりますると、是も亦一町地主として其の戰線に加はる、折角協同化し、民主化さして、農村を何處までも協同體として利害を一にして行かなければならないと考へて居りまする時に、茲には一町地主と、之を借りて居る小作と云ふ、二つの鋭い對立關係が相變らず殘されて參ります、勿論此の法の目的は、耕作者の地位を安定させるのであり、民主的傾向を促進するのでありますから、此の一町を殘した理由と云ふものは何か他にあるに違ひない、然らば其の一町歩を殘しました理由と云ふものは一體何であるか、二百五十萬町歩と言はれて居ります小作地の中、二百萬町歩が今囘自作農化されるのに、その一番難關の、問題の多い五十萬町歩が殘されて居る、是は今囘土地制度を改革して、而も耕作者の地位を安定させるのが目的であると云ふ此の立法の趣旨から見まして、洵に不可解な點であると言はざるを得ないのであります、そこで政府に於きましては、今日まで色々説明されて居ります、例へば假に一旦全小作地を自作地とした所で、農地の私有を認めて居る限りに於ては、將來の事情の變化に依つて、或る程度の小作地の生ずることは避け難いのだ、斯う言つて居りまするが、是は將來の事情の變化に依つて生ずる問題でありまして、今殘さなければならないと云ふ理由にはなつて居りませぬ、又農地調整の上に於て説明される場合には、自作地、小作地を通じて移動統制を強化し、自作農を中軸としつつ、全般の農地調整を圖ることが適當と認めたと言つて居ります、併しながら農地の調整を圖る爲には、何も自作地と小作地を二つ分けて置かなければ統制が出來ないと云ふことはないのであります、特に殘されます一町の土地と云ふものには、特定の地主と特定の小作人間にある小作關係が殘されて參ります、隨て之を唯農地の調整に使ふと言つて見た所で、是は事由にはなりませぬ、寧ろ農地調整の必要があると致しまするならば、全部買上げて、五十萬町歩が調整に必要でありますならば、それは寧ろ町村管理乃至部落管理にして置いて、勞力の移動等に於きましては之を以て調整する等の手段の方が、遙かに調整にも役立つと考へるのであります、隨て是等の私共の今聞いて居る範圍に於きましては、理由が明かでありませぬ、所でそれならば此の一町と云ふものを將來どう取扱ふのか、一町歩程度の小作地を持たせて置いて、其の土地を段々と取上げて、其の地主をして自作農たらしめるのが目的であるのか、若しさうであるとしますならば、今是だけの土地制度の大改革を行ひまして農地の再分配が行はれる機會に、是等特定の該當小作地を作つて居ります小作人は、今の機會に於ては土地を分配される機會を失つてしまつて、將來其の地主が自作農になる時に家業を失はなければならない、洵に氣の毒な立場になつて參ります、又反對に其の小作地は耕作權をもつと強めて、地主に返させないで作らせて置くのだと云ふ建前でありますならば、是れ亦返させない小作地を殘して置く必要はない、即ち同時に之を自作地として、地主それ自體に必要な耕作面積がありますならば、此の再分配の機會に於て適當なものを分配し、作るだけのものを作らせ、而して殘りはやはり自作農の土地とするのが建前であります、隨て耕作權を確立させて動かさないと云ふ理屈も、買上をしない理窟にはなりませぬ、或は自作農にさせると云ふことも、買上をしないと云ふ建前から言ひますと洵に苛酷であります、斯樣に考へて參りますと、どうしても此の一町歩と云ふものを買上げて、もつと大規模に全小作地を買上げて、土地の再分配、調整をやることが今日必要ではないか、殊に今日の農村事情は、此の法案が成立を致しまして適用する場合には、昨年の十一月二十三日の状態に戻つて之を適用するのでありまするが、昨年の十一月二十三日と言ひますると、終戰後三、四箇月を經過した時でありまするが、日本の農村の耕地の分配は、太平洋戰爭中若い人は悉く動員せられまして、農地の關係は、必ずしも其の勞力や或は自作農たる所の立派な人々の手に依つて作られて居たとは考へられませぬ、隨て可なり此の状態は不自然なことになつて居ります、此の不自然な状態に於て、戰後間もなくして是が自作農化されると云ふことになりますると、其の不自然其のものが固定をしてしまふのであります、私共は、斯くして自作農が創設されるよりも、寧ろ政府は思ひ切つて全小作地を買上げて、一時之を國家管理にして置いて、將來農村の勞力が正しい配置に就きました時を見て自作農の創設を致しまするならば、最も自然に近い配分が出來ると思ふのでありますが、今日之をしないのは一體どう云ふ譯であるか、此の點に付て御伺ひしたいのであります 第四に御伺ひ致したいと思ひますことは、是も農林大臣に御伺ひしたいのでありますが、それは農地の優良な條件の土地と、劣惡な條件の土地と、如何に調整して行くかと云ふ問題であります、今日まで餘り問題になつて居らなかつたのでありますが、それは或は小作料が高いとか安いとか、或は土地の價格が高いとか安いとか云ふことに依つて、其の優劣の差と云ふものは或る程度調整されて居つたのであります、併しながら此の法案に依りまして、土地が一定の賃貸價格の倍率に依つて買取られ、それが三十箇年の均等拂に依つて拂下げられるとか、或は未墾地が政府に依つて買上げられて、是が自作農創設の爲に使はれるとか云ふ形を取るのでありまするが、斯樣にして各土地の價格或は小作料等に關しましても、大體一定の形を取つて參ります、併しながら土地の優劣や條件の好し惡しが、之に依つて調整された譯ではないのでありまするから、後に殘りますのは、此の問題をどう調整するかと云ふことが問題になつて參ります、同一の勞力と同一の肥料を使つて、六俵穫れる田と、四俵しか穫れない田との差は、一體どうして付けて行くか、勿論今日まで斯樣な差に依つて不利益な耕作をやつて居つた者は、自分の生活を切詰めたり、色々適所適作を選んだり、或は之に對する人工を加へて何とか條件を好くしたり、斯樣な努力をしつつ、而も小作料或は地價等に依つて調整されながらやつて參つたのでありますけれども、今度は斯樣な問題はどうして調整して行くか、是が調整されませぬで、若し日本の農産物の價格等が統制されて計算される場合には、例へば米にして見ましても、平均生産費に依つて計算されて參ります、平均生産費に依つて是が計算されて參りまするならば、平均生産費よりも何時も高い生産費を要する所の耕地と云ふものは、營農の價値が永遠に失はれて來る譯であります、併しながら日本の事情と致しましては、此の劣惡な土地と雖も、是は耕作を續けて行かなければならないのでありますが、何時も營農上から見て缺損の參りますやうな劣惡な耕地を、どうして持續させて行くか、殊に農林省は百六十五萬町歩の大規模な開拓をしようとして居ります、隨て此の法案に依りましても百萬町歩の未耕地を買上げると言つて居りまするが、此の百萬町歩の未耕地の大部分と云ふものは、是は決して優良な土地とは言へない、劣惡な土地が多いのであります、或は山の中腹に、或は不毛の原野、斯う云ふものを伐り拓いて、更に二百六十五萬町歩の開拓をやつて行かうとするのでありますが、此の劣惡なる條件の耕地を、どうして營農上價値をあらしめて持つて行くか、勿論適作を選ぶことも手段でありませうし、面積を廣くすることも問題でありませう、併しながら劣惡なるものは、如何なることをやつても優良なるものに比べて何時も劣惡であります、此の劣惡なる耕地をどうしてやつて行くか、今日百六十五萬町歩の大きな開拓計畫がなされて居るに拘らず、而も一面に於ては安い食糧が入れば農村恐慌が來るのだ、或は増産が出來れば農産物は低落をして、農村は苦しくなるのだと説明しながら、一方に於て此の劣惡な土地の開拓をしろと言つて居りましても、是は開拓が遲々として進まない大きな原因であります、少くとも此の劣惡なる耕地に對して、將來の營農は如何にして保障するかと云ふことが明確にされない限り、私は開拓計畫と云ふものは進まないと考へて居ります(拍手)果して此の劣惡なる土地の營農上の保障を如何にするかと云ふことに付て詳しく承りたいのであります 最後に一つ承りたいのは、斯樣に小さな自作農が澤山出來て參りますと、先程來色々論議されて居りますやうに、或は農村の工業化であるとか、色色なことを考へられまするが、是は即ち農業の不足を補ふ爲の手段でありまして、營農其のものは其のものとして、何とか條件を好くしなければならないのでありますが、狹くされた耕地の上に於て、我々が農業生産力の發展を圖るとしますならば、何としても土地の生産力、即ち一反歩當りの收穫量を嵩増するより外に、農業生産力の發展と云ふことは考へられないのであります、隨て是から小さな農場が澤山に出來て參りました後は、如何に是が共同化されやうが、或はどうされやうが、其の營農の方式が、集約化されて參りますことに間違ひはない、一反當りの收穫が殖えると云ふ形を取るより外に、小農の行くべき道はないのであります、隨て集約農をやらなければならない立場に立ちました時に、最も必要なものは肥料であります、即ち土地に限度があり、之に無限の人口を吸收して農業生産力が發展しようとしますならば、即ち土地に肥料を加へて生産力を高めるより外に方法はない、そこで斯くの如き法案が立法化されまして、さうして小さい農業がどんどん出來て參ると云ふことになりますならば、何と言つても此の農村の生命は肥料であります、今日に於ても肥料は問題でありまするが、今日までは唯單に食糧問題の解決と云ふ名前に於て肥料が叫ばれて居つたのでありますが、將來の農業は、單に食糧問題と云ふ建前よりも、更に農業其のものを成立させる爲には、食糧が安いのでありますならば、例へば桑園、茶園等、特殊作物を作つても、世界の農業と競爭して行く爲には、一反歩當りの收穫は、單に食糧に限らず、何でも増産が出來ると云ふ形を取らなければならないのでありますから、肥料の使命は、單に食糧問題の解決として考へるにあらずして、日本の過小農を守り育てて行く所の農業の土臺として必要になつて參る、此の肥料問題に付きましては、一體政府は食糧問題と關聯させまして度々御説明はあつたのであります、併しながら日本の此の小さい百姓を盛り立てて行く所の生命となるべき肥料は、更に計畫的に生産されて、さうして一時の食糧問題の解決と云ふやうな緊急處置的な肥料の増産にあらずして、もつと基礎のある、計畫的な肥料の生産が行はれなければならないと考へるのでありますが、今日中々食糧問題の緊急なることに打突かつて居りましても、肥料の問題になりますと、未だに肥料行政の一元化さへ完全には出來ない、私は、此の法案を出して日本の農村が新しい形を呈して參ります時に、改めて農林大臣から肥料は斯くして必ず計畫的な生産をやる、日本の食糧を充足する爲には何萬「トン」の肥料が要る、擴張されて行きます所の日本の全耕地、七百六十五萬町歩に達する所の耕地、而も其處には特殊の作物を作つても、それ等の土地に必要な肥料は斯くして計畫的に生産されると云ふことを、明確に御答へが願ひたいのであります 大體前に申上げましたやうに、總理大臣が居られないのでありますから、私の總理大臣に對する質問は、記録に依りまして後で總理大臣から御答へが願ひたいと思ひまするし、其の中他の閣僚から答辯の戴けます問題がありますならば、之を承りたい、さうして農林大臣からも、農林大臣に對して致しました質問に付きましては、再質問の必要のないやうに詳しく御説明が願ひたいのであります、斯くして私は再質問を成べくしないやうに致しまして、あとのことは委員會に讓りまして、是で私の質問を終ることに致します(拍手)  〔國務大臣男爵幣原喜重郎君登壇〕○國務大臣(男爵幣原喜重郎君) 只今須永君より、吉田首相に對する御質疑があつたのでありまするが、本日據どころない差支へがありまして、私が代つて一應御答へをしろと云ふ御話であります、甚だ須永君に取りましては不滿足ではございませうが、一應私が申上げます 先づ本法案は政府自身の發案に依つたものではない、外からの發案を其の儘政府が採入れたのであるから、政府は本法案の實施に付て熱意も自信もないのであらう、斯う云ふやうな疑ひを抱かざるを得ない、と云ふことであります、私の解して居りまする所では、本法案は即ち農地制度を民主主義化して、中小自作農に依つて農業の發達を圖ると云ふことが目的であります、此の目的に付ては恐らくは何人も御異議かなからうと思ふのである、既に此の目的に御異議がない以上は、此の法案の始まりが何處から出たか、私はそれは穿鑿するの必要はないと思ふ(拍手)農林當局は自分で立案をされまして、之を閣議に提出せられ、閣議が之に依つて決定を致したのである、既に閣議が之を決定して本法案を此の議場に提出致しましたる以上は、之に對して政府は全責任を執るものであります、(拍手)此の運營に對しましては、政府は何とかして成功を期する爲に熱意と自信とを持つて居るものであります、此の點は御安心を願ひたいのであります(拍手) それから第二の御質問は、現内閣の性格は一體資本主義を基盤とするものであるか、或は社會主義を基盤とするものであるか、隨て本法案の運營に付きましても、兩主義の何れの方に重きを置いてやるのか、斯う云ふことであります、之に對しましては、私は過日森戸博士であつたと思ひますが、其の御質問にも答へたことがあります通り、我々は何も主義に拘泥する必要はないのである、目的が宜しい、其の目的を達する爲には何處までもやらなければならぬと云ふことでありまするならば、即ち國民大體の幸福を助長して行くものでありまするならば、我々は其の主義に依つて進んで行けば宜しいのである、必ずしも一つの主義に拘泥する必要はありませぬ、私は此の法案は確かに國民大體の幸福を助長するものと思ひまして之に贊成を致し、政府も此の決心に依つて本案を上程した次第であります、左樣御承知を願ひたいのであります(拍手)  〔國務大臣和田博雄君登壇〕○國務大臣(和田博雄君) 須永さんの御質問に御答へ致します、此の農地制度の改革は、日本の農地の制度を可なり根本的に改革するものでありまする故に、是が實施に付きましては、十分末端に至るまで其の趣旨其の他を理解致させますやうに、具體的な方法を講ずる必要があると思ふかどうかと云ふことでありますが、是は殊に今度の農地制度の改革を二箇年と云ふ短期間に實行致しまするので、其の點に付きましては、政府と致しまして絶大の努力を拂はなければないと思つて居ります、隨ひまして政府としましても、之に對しまする特別の行政の機構を設けまするのみならず、又是が趣旨の宣傳に付きましては、凡ゆる機關を動員致しまして、末端に至りまするまで此の農地改革の意味の理解を圖るやうに是非やりたいと思つて居ります、只今著々準備を致して居りまして、先般も先づ縣の小作官の諸君を呼びまして、其の趣旨を十分理解せしめますやうに説明致しましたのみならず、又地方地方に於きましても、農家の人々に集まつて貰ひ、出來るだけ我々の方からも出て行きまして、是非地制度の改革が誤りのない十分なる理解の下に、急速に行はれまするやうな處置を講ずる所存でございます それから此の法案に於きまして一町歩を認めたのはどうも不徹底であり、其の理由は中々理解しにくい、斯う云ふ御話でありまするが、成程純粹に此の自作農の創定と云ひますることを論理的に押進めて行きまするならば、一町歩を認めると云ふことも「ロジカル」には不徹底であると思ひます、併しながら私共が一町歩と云ふ餘地を殘しましたのは、日本に於きまするやうに自家勞力を主に致しました農業經營に於きましては、假に一町歩と云ふものを全部取つてしまひましても、日本の社會が將來種々變化を致しまする其の變化を考へますならば、そこに勞力の變化に依り、或は技術の變化に依りまして、經營面から見ましてどうしても小作制度と云ふものを必要とせざるを得ない事態が來るのではないかと思ふのであります、此の農地改革は現状を一應現状として押へまして、さうして一面に於て多數の小作人に土地を與へると云ふことでございまするので、其の點を考へまして、一町歩と云ふものを殘すのも已むを得ないと云ふことに考へた次第でございます、是は例へば農業經營を──自分で自作をして居り、又片行で土地を持つて居ると云ふものに付きましても、小作地に出せる面積は一町歩だけを認めまして、其の他を解放せしめることに致したのでありまして、それは經營面に於きまする變化其のものから、私は一町歩と云ふものを認めた方が宜しいと思ふのであります、是はどうも外國の、例へば「アイルランド」なんかの制度を見てみましても、どうしてもそこには或る程度の小作制度と云ふものは殘つて來るのでありまして、是は經營面に於きまする一つの裕りと言ひますか、其の點から小作制度の併存と云ふことは、完全な所に立ちませぬ限りは、已むを得ないことであらうと考へるのであります それから其の次の、政府が全部を買上げて小作を自作にしないかと云ふ點は、只今申述べましたやうに、一町歩の限度に於きまして之を認めまして、他は全部買上げまして自作農に致すのでありますが、其の自作農に致しますのに付きましては、小作人であつても、健全な農家として將來立つて行く見込のあるものを主に致しまして、自作農にして行くと云ふ方針に付ては、此の前の農地制度の改革の場合と變りはないのであります それから劣惡地の問題でございまするが、是は日本の土地に付きまして、そこに豐度の差のありますることは已むを得ない點でございます、農地改革に於きましては、其の豐度の點から來りまする所の差異と云ふものには、直接觸れて居ないのであります、併しながら之をどう云ふやうに取扱ふかと言ひまするならば、作物の種類に依りまして、或は作物を作るに付きましては、それは成程劣惡であるかも知れないが、他の作物を作るに付ては却てそれは有利であると云ふ關係もございまするので、經營面に於けるそれ等の工夫に依つて、劣惡地其の他のものを經營致して居ります所の農家を指導して行きたいと考へて居ります 開墾に付きましても、御話のやうに米麥と云ふ食糧を生産致しまする觀點に立ちまするならば、現在殘つて居りまする開墾地が、既墾地のものと比べまして豐度の低いと云ふことは當然でございまするが、開墾地に付きましては、其の營農に付きまして特段の工夫を致しまして、將來に於きまする所の事業の變化其の他を考へまして、必ずしも米麥を主としない一つの營農方法を採入れるやうに工夫を致して行きたい、斯樣に考へて居る次第であります それから將來日本の農業の生産力を高めるには、今囘の農地改革に依つて細分された農業を其の儘に置いては駄目である、やはり肥料であるとか、其の他農機具、殊に肥料の點に付て十分に意を用ひて、肥料を十分に使ひ得るやうにする必要があるのではないかと云ふ御話でございますが、是は私も全く同感でありまして、今囘の農地改革に依りまして、一應の土地均分が行はれました以後に於きましては、問題は經營のことに移つて來るのであります、經營の問題に移つて來まするならば、結局農家の働き方と云ふことが問題になつて來るのでございまして、農家が唯營々として自家の勞力に依つて何時までも働いて、而もそれから得られる所得が非常に少いと云ふ状態を脱却しまする爲には、今囘の農地改革に依りまして、資本を蓄積し得る餘地の出來た、そこを利用致しまして、やはり生産をやりまする其の生産要素の組合せを變へまして、より多くの資本、言換へますれば肥料であるとか、農機具であるとか云ふものをもつと使つて、合理化して行くと云ふ方向に向つて行くべきことは、須永さんの御話の通りでありまして、私も左樣に考へて居ります、肥料の點に付きましては、私が本會議に於て御話致しましたやうに、肥料其のものに付ては將來を考へまして、やはり一定の計畫の下に現存の技術と資材とを最も有效に使ひまして、肥料の増産が確實に行はれ、且つ肥料工場其のものが堅實なる基礎の下に、「コスト」の安い肥料を造ることが出來まするやうな方途に付きまして、準備を致して居る次第でありまして、其の方面に向ひましては、今後とも十分努力致す考へで居る次第でございます それから最後に孤立した今囘の自作農と云ふものは、どうしても將來は協同組合に依つて其の生産性を高めて行く必要があるのではないか、それには此の買つた所の耕地と云ふものを、やはり國なり團體なりに於て管理して行く、さう云ふ方法が必要ではないかと云ふ御話でありましたが、今囘の農地改革は、土地の國有と云ふことを目的と致したのではございませぬので、國家が土地を買ひますのは、健全なる自作農を急速に、さうして闇價格でなく、公正な價格で設定すると云ふ、其の目的の爲の手段として國が強制的に買ふと云ふ方法を執つたのでございまするから、全面的にさう云つた方式を執ることは、今囘の農地改革に於ては出來ないことでございます、併しながら今囘の農地改革に依りまして自作農になりました所の獨立自營の農民が、それぞれ協同的な、自治的な組合を作りまして、さうして其の生産性向上の爲に協力すると云ふことは望ましいことであり、又是非やらなければならぬことでございますので、其の點に付きましては、我々と致しましても、協同組合其のものの形成に付て別途法案を考へて居る次第でございます、大體以上を以ちまして私の御答辯を終ります(拍手)○議長(山崎猛君) 須永君如何ですか、宜しいですか○須永好君 自席から御許しを願ひます、勿論前置きを致しましたやうに、私は質問の第一項、第二項に付きましては、吉田總理大臣の答辯が承りたいのでありまして、幣原國務大臣からの御答辯に對しましては、其の内容に於きまして、尚ほ私の質問の趣旨と非常に變つた點があるので、改めて御答辯を御願ひすることと致しまして、今日に於ける私の質問は之を以て打切ることに致します○議長(山崎猛君) 平野八郎君  〔平野八郎君登壇〕○平野八郎君 私は協同民主黨を代表して質問を致します、各條項に亙る詳細なる質問は委員會に讓りまして、根本的問題に付て質問を致したいと思ひます 第一の質問は、農産物價格下落に對する政府の積極的根本的對策樹立の意思ありや否やの點であります、過去に於ける自作農創設失敗の最大原因は、農産物價格の極端なる下落であります、本案には、將來下落の場合に於ける處置として、小作料及び償還金減免の規定を設け、地主又は政府の責任に於きまして解決せんとする消極的方法を示してありますが、斯くの如き受身の態度に出るよりも、積極的に、將來極端なる農産物價格の下落を食止めて、三千萬農民の生活を保障する確乎たる方策なかるべからずと信ずるものであります、農村貧苦の原因は、封建的地主の搾取に依ると斷じ、是が解放のみを以て農村問題解決すと稱するが如きは、洵に皮相の觀察でありまして、之に依つて農村が奴隸的生活より起ち上ることは斷じて出來るものではありませぬ、重大原因は他にあります、即ち明治維新以來八十年間、農民は農産物の價格を自らの手に依りて決定することは出來ないのであります、都市の相場師に依つて決定せられ、農民經濟の活かし殺しは彼等相場師の掌中にありまして、而も其の背後に財閥、大事業家が策動しまして、彼等の會社工場に使用する何千、何萬と云ふ職工、從業員の食糧を安値に仕入れることに依つて賃金を安くし、隨て生産費を引下げ、之に依つて利益を生み出さんとする利潤追求の陰謀が、強大なる財力に依り、相場と云ふ組織を通じて食糧の價格を引下げ、農民の犧牲に依つて彼等の事業が繁榮し、莫大なる利潤が蓄積されたものであつて、何億、何十億と稱する財閥、大事業家の厖大なる財産こそは、過去八十年の長きに亙り、農民の膏血を搾取せる不當利得の集積に外ならないのであります(拍手)明治以來八十年、都市は凡ゆる慰樂機關が完備して、通信、交通、運輸良く、生活水準は向上し、所謂文明開化の實を結びたるも、一たび農村を顧みれば、百年依然として何等發展向上の見るべきものがなく、「田舍の殿より町の犬」、農民は都市の犬にも劣つた所の生活状態を辿つて參つたのであります、是は農民に農産物價格決定の獨自性がなく、財閥、大事業家の搾取の犧牲に供せられた爲であります、昭和二年であつたと思ひますが、米價不落の爲に、帝國農會より、一石三十圓まで不賣同盟をなすやうに全國の系統農會に發令をされましたが、悲しい哉、當時農村竝に系統農會には金がなく、金融機關からは米を擔保として金を借入るることを拒絶され、萬策盡きて不賣同盟は破れ、相場師の陰に策動する財閥、大事業家共の膝下に平れ伏すの已むなき結果となりまして、米價下落が甚だしく、塗炭の苦しみを致したことがあります、又去る昭和七年の米價下落の際に於きまして、全國農民の請願に對しまして、政府は米價問題に對しては何等の對策も講ぜず、政府の宣言に曰く「農民よ、自力更生せよ」と突放したのであります、大東亞戰爭勃發以來、主要食糧は政府に於て買上價格を決定し、供出割當をなし、自由販賣を嚴禁し、供出不良の者に對しては強權を發動するの處置を執りつつあります、竝に於て萬一政府が財閥の八十年間執り來りたる故智に倣ひまして、農民のみを低物價政策遂行の犧牲に供せんとするが如きことがあるとすれば、増産供出に惡影響を來すのみならず、自作農たらしむべき小作人の意欲を阻碍し、本案遂行上大支障を來すことは火を睹るよりも明かであります(拍手)過去に於て小作者は、農村の中堅である自作者が農産物價格下落に苦しみたる實情を見て居りますから、自作農になつたとて、經濟上何等安定するものでないと云ふ信念を持つて居ります、食糧の少い時だけ慌てふためくのが能ではない、盜人を見て縄を綯ふの愚を致さず、今に於て米價下落に對處すべき積極的根本方策を樹立して、農村經濟の獨自性を圖り、永安の途を講ずることが政府の執るべき絶對責任であります、敗戰後の日本は、關税を設けて日本農業を保護すると云ふことは許されませぬので、必ず言ひ知れぬ大恐慌の來ることは間違ひないのであるから、是が對策としては、生産費の安い外國農産物と競爭し得るやうに、日本の農業經營を革新せなければなりませぬ、例へば協同主義に依りまして、農村の工業化、電化、畜産勞働化等、總て農民の力を結集し、共同化することに依つて近代的農業經營が確立しまして、國際的競爭に對し農村を護る途が開かれると信じます、而して現在農村の有する資金を結集して、農業經營の合理化、農村工業の振興、特に農産物價格を決定すべき世界的相場を相手として、我が國農産物價格を一定の標準に維持し得るだけの資金を確保することが緊要なりと信じます、其の爲には農村の資金を集結し居る所の農林中央金庫の運營上深き考慮を拂ふべきであります、本問題に付きましては、農林大臣は勿論でありますが、商工大臣には、世界貿易と我が國農産物價格の將來性、竝に農村工業化、又農村電化と云ふことに付きまして御意見を承りたいと思ひます、大藏大臣には、農村資金の運營と農林中央金庫の重大なる使命に付ての御意見を承りたいと思ひます、厚生大臣には、今日奴隸的生活をして居る農村の生活水準の向上に關し、御意見を拜聽したいと思ひます、文部大臣には、農村文化の將來に付て御意見を承りたいと考へる次第であります 第二の問題は、二百萬町歩の耕地を政府に於て買收する方法は適當ならずと信ずるが、之に關する政府の御意見を承りたいと思ふのであります、從來の方法である、農地委員會の認定に基きまして、地主より小作人に直接讓渡せしむることを取止めて、一應全部を政府が買收し、小作人の希望に依つて讓渡することは、少からざる耕地が國有として殘り、國家が地主として小作人に臨む結果に陷ることは明白であります、其の理由の一つは、小作料が非常に減額されたと云ふことであります、物納が金納となる結果、從來の三分の一程度に引下げられますので、地主は寧ろ手放すことを望んで居りますが、小作者は今更地主になつたとて、井路の修理、田畑の修繕、地租竝に附加税、住民税、所得税、寄附金と云ふやうな、各般に亙つて多くの責任を負擔することの好ましからざる點は、目前にある自作農者の經濟状態の内容を能く承知して居るから、經濟上より見て小作する方が得策であると云ふ觀點より、所謂笛吹けど人踊らずの結果となりまして、政府の豫想するが如く僅か二箇年以内に片付くと云ふことはありませぬ、國家の手許に大部分の土地は殘るのであります、其の理由の二つは、國家の手許に多くの耕地が殘存して、政府が地主として責任を負ふ以上には、或は井路の修理、田畑の修繕改良、部落協議會費等の負擔の問題に關しまして、小作人或は井路關係者、關係部落との間に於きまして、色々の難問題が發生することは必然であります、歐米各國の如き、畑のみで、而も農業の經營が大農式であるならばいざ知らず、水田本位の我が國では、延々十數里に亙る所の不完全極まる水路や傾斜地を開墾した所の、至つて狹小な田圃が大部分でありまして、一たび大雨が降り、大風が吹くと云ふ、所謂降雨出水毎に水路水田の破損を生じまして、是が修復には一方ならぬ勞力と資材とを要します、而も迅速を要すること勿論でありますので、百姓として祖先以來共に泣き共に笑つて來た在村地主とは違ひまして、政府と小作人との間に於きましては、面白からざる問題の發生することが豫想されますと同時に、小作料の徴收に於きましては、元來情誼的繋がりがありませぬから、横暴、壓迫、不親切と云ふ聲が起つて、官民離反の生ずる虞があります(拍手)尚ほ小作料減免の際に於ける不正事件などが生じます、斯樣に考へますと、洵に百害あつて一利のない結果に陷ると信ずるのであります、元來自作農創設が目的でありますから、農地委員會等の認定と、嚴重なる監督の下に地主の不正を防止すれば、從來の方法でも立派に目的が達成されるのであります、それを國家が全部買上げたからとて、其の爲に自作農が特に多く出來ると云ふやうな理由は、何れの方向から考へて見ましても出ては參りませぬ(拍手)結局は多くの田畑が國有となつても、小作人との間に政府が色々なる摩擦を背負込んで、官民離反の原因を發生せしむる外、何等得る所のない最も拙劣なる方法と信ずる(拍手)封建制度打破、農村革命、農地開放と唱へて、國家が二百萬町歩の耕地の強權買上を斷行すると云ふことは、如何にも立派に聞えますけれども、我が國には日本獨得の農業形態が存在しますので、其の間の實情を深く考慮せられた上で適切な方法を採らなければ、毛を吹いて疵を求むるの結果に陷ることは必然である、苟くも「イデオロギー」に囚はれ、觀念論に趨つて、徒らに功を急ぐことがあつてはなりませぬ 第三の質問は、國家が買收する耕地の買受統制價格なるものは適正なりと信ずるか、尚ほ當事者の希望に依つて、買上耕地の評價を、農地委員會など民主的方法に依つて適正公平なる決定をなす所の意思はないか、是が第三の質問であります、明治以來八十年間に亙ります所の農村の樣相を具さに觀察致しますと、明治維新當時には貧困なる小作者が多くは地主となりまして、當時中流以上の者は大部分轉落したか、或は他郷に去つて、有爲轉變の如何に激しかつたかと云ふことは想像以上であります、國家が買上ぐる二百萬町歩の中約百萬町歩は、三町歩以下の小地主でありますが、元來二、三町歩所有の大部分は、明治以來貧苦の裡に起ち上りまして、奮鬪努力數十年の長きに亙つて困苦缺乏に耐へ、二代三代を要して購入するか、或は自ら開墾したるに依り今日に及んだものでありまして、涙なくては聽かれない所の美談が農村到る處にあります(拍手)今日の小地主の歴史を考へます時に、都市の成金者流とは全然趣を異に致しまして、そこに搾取とか機會便乘とか云ふやうな不純の點の存在せぬのみならず、凡ゆる壓迫に打ち拉がれつつ、牛馬と共に忍苦の精進を續けて參りました姿が眼前に浮んで參ります、極く一部に存在します所の大地主の搾取横暴を口實として、一般小地主より不當の安價にて強權に依り買收するが如きことありとすれば、素朴なる農村思想に測るべからざる破綻を生ぜしめることを惧れます(拍手)現在の小作人としては過去幾十年間お互ひに百姓として、共に勵まし、共に勵まされて參つた仲でありますから、小地主が如何に慘憺たる苦難を經て今日に及んだか、十分に知り拔いて居りますので、之を法外な安値で地主の手から卷上げ得るのだと説得されましても、喜んで飛付く氣にはなれないのです、小作人多數の力を結集して、數の力で耕作權擁護の名目を翳して、封建制度打破、農村革命などと呼號して、農村に一大旋風を卷起さんとする企があるとしても、小作人の心の底に何となく割切れぬものがあつて、此の運動が一部を除いては遲々として進展しないのは、農村人が愚鈍なのではなくて、忍苦の結晶を不當の安値で卷上げることには、同じ百姓として贊意を表し兼ねる所の素朴さがあるからであります(拍手)國家は此の小地主より公平なる價格で買上げまして、國家自らの負擔に依つて自作農者の將來を保障することでなくてはなりませぬ、賃貸價格を基準とする所の統制價格決定と云ふことが、大體誤つて居るのであります、明治二十二年頃地價決定以来修正が行はれまして、其の名も賃貸價格と變更されましたが、總て是は官吏獨善で、机上の調査を主としたものでありまして、大體に於て地價の一般的、平均的修正であります、而も現今の賃貸價格は昭和十一年の改訂でありまして、爾來既に十年以上の歳月を經て居るのであります、實地の状況を見ますと、此の十年間に土地の改良其の他各般に亙つて變化が甚だしくありまして、其の實體とは決して合致しては居りませぬ、之を統制の名の下に、不完全極まる賃貸價格を基準とする統制價格を強行せんとするが如きことは、實情に即せぬ結果となりまして、相互の爲に影響する所甚だ甚大であると考へます(拍手)本案を見ますと、之に斯う書いてある、「特別の事情に因つて市町村農地委員會が地方長官の認可を受けて當該農地につき額を定めたときは、その額による。」と規定されて居りますけれども、前述のやうな一般的實情でありますので、特別の事情に依りなどと云ふ極度の制限をなさずして、當事者の希望申出に依りと致しまして、當事者から實體に即せざる旨の申出があつた場合には、民主的組織に依りまして公平適切なる地價を決定せしめて、賃貸價格の不備より生ずる所の缺點を補正する方途を講ずる處置に出ることが大切と信じます、尚ほ本案には、「不服ある者は、通常裁判所に出訴することができる。」と、斯樣な規定がございます、如何にも尤ものやうに聞えますけれども、斯くの如き規定は、素朴なる農民に泣寢入りを強ひる手段としか考へられぬのであります、親心のある所の民主的救濟の方法を採用することでなくてはならぬと存じます、以上のことに付きまして、政府當局の御意向を承りたいのであります、特に農村革命とも稱すべき大變革を農村に實行する上に於きまして、其の思想上に及ぼす所の影響洵に甚大と存じますので、此の點に付きまして内務大臣、又司法大臣の御意向を承りたいと存ずるのであります 第四の質問は、一町歩以下の極めて狹小なる農地の所有者を如何にするか、我が國に於きましては、一町歩以下の零細農家が非常に多數でありまして、其の爲に農耕法などの發達が阻碍されて來たのであります、而も今囘憲法改正に伴ひまして、相續法の改革に依り、長子相續と云ふものは廃棄されます運命にあります、數人の子供が分割相續をなすと云ふことに依りまして、零細農が益益虞がありますが、此の點に付きまして、政府は如何なる處置を執らんとするか、御伺ひ申したいと思ふのであります 第五の質問は、農耕可能見込地の移住開墾に依る所の自作農創設の計畫に付て、政府の意向を承りたいと存ずるのであります、戰時中に農耕地の開墾は盛んに計畫されましたけれども、開墾後漸次荒廢に歸しまして、特に開墾に對する移住自作農創設の失敗せる例は甚だ多く、囂々たる非難の聲を聞く際に、政府は百六十五萬町歩と云ふ厖大なる豫定地を買上げまして、開墾を斷行せんとする次第でありますが、從來失敗の原因が、單に耕地として移住せしむれば足ると云ふ至極單純な方策であつたが故であります、人間と云ふものは牛馬と違ひます、衣食住のみで滿足するものではありませぬ、荒凉たる山野の中に於て、文化的施設、通信、交通、醫療、教育などの設備を先づ第一に考へねばなりませぬ、是に於て初めて落着いて、一家が平和の裡に、此の荒凉たる山中に永久の住居を定むることが出來るのであります、人間性を考慮に入れた所の施設を、移住開墾の先決條件と信ずるが、此の點に付て確乎たる政府の意見があるかどうかと云ふことを、是は各各關係の大臣から承りたいと存ずるのであります 最後にもう一つ質問致したいと思ふことは、自作農創設者の農業經營の資金に付て、政府の確乎たる對策があるかどうか、貧困であります所の小作人は、肥料とか農機具とか牛馬、其の他農業經營に關する澤山の資金が要りますが、此の資金の多くは地主に依存して居りまして、地主も亦親子兄弟のやうな情誼を以て之を助けて、所謂共存同榮の麗はしい所の親心に依りまして、小作者の農業經營資金が確保されつつあるのであります、其の例は甚だ多いのであります、所が今囘自作農となつて獨立しますれば、此の救濟者たる地主の手を離れねばなりませぬ、さうしますと、今後の農業經營に要する所の少からざる資金の調達に關して、政府は何等の考慮を拂ふことなくして、資力のない、信用の乏しい是等自作農創設者自らの力に依るべしと突放すことが若しあるとすれば、農村不況時に際しまして、自作農創設者の農業經營が行詰りを生ずることは、火を睹るよりも明かであります、そこで協同主義に依る協同組合などの組織に依りまして、自作農創設者に對する農業經營資金の調達の方途を確立することが、此の際自作農創設の先決問題と存ずるのでありますが、政府は此の點に付て如何なる御考へを持つて居るか、此の點は大藏大臣に御意見を承りたいと思ふのであります、私の質問は之を以て終ります(拍手)  〔國務大臣和田博雄君登壇〕○國務大臣(和田博雄君) 只今の質問に御答へ致します 第一點は農産物價格下落に對する政府の對策でございます、是は先般の本會議に於ても私御答へ致したのでありまするが、結局三樣に分けて考へられると思ふのであります、一つは將來農産物價格が下落致しました場合に、政府が價格政策としてどう云ふ政策を執るか、政府のなすべき政策であります、是は今までも食糧管理法に依りまして、米價に付きましては元の米穀統制法と同じやうに最低の生産費を保障して居る態度を執つて居るのでありまして、此の觀點は變らないと思ふのであります、第二番目は農民自身の組織に依る問題であります、將來世界經濟に入りまして、又日本に於きましても經濟が可なり自由になり、自由な販賣が出來ますやうな時期になりました時に、「マーケッティング」の問題は大きな問題となると思ふのであります、それは中間に於ける費用を節減致し、農家の手取を増大致します上に於きまして、丁度事變前に於きまして日本の農村に於て存在したと同じ問題が、又別の形で出て來ると思ふのであります、其の時に於きましては、農家自身の共同の組織に依りまして其の中間の費用を削減致し、農家自體の販賣を合理化し、手取を増加して行くと云ふ方向に於て、價格下落に對する對抗力があり得ると思ふのであります、次は生産面に關しまする所の政府の施策、及び個々の農家のそれに對しまする適用の問題であります、其の點に關しましては、日本の現在の農業技術が技術として到達して居ります高い水準を、個々の農家が其の經營に即しまして、自分の農業經營に採入れ得るやうな態勢を整へ、農業者の技術其のものを高めて行くと云ふことであります、それと同時に、或は農業者の經營の共同化其の他の方法に依りまして、新しい一つの經營の仕方を以て生産力を高め、經營の「コスト」を低めて行くと云ふ方法にあると思ふのであります、是等の事柄はやはり其の時々の具體的な條件を考へまして、又今日に於て將來あるべきさう云ふことを考へながら、政府と致しましては農家の指導に當つて行きたい、斯樣に考へて居ります、又農村の工業化其の他電化の問題も、其の場合當然考へらるべき問題でありまして、農家に於きまする所の勞力を、或は農村工業に向け、又農業のやり方に電氣を導入しますることに依りまして、戰後に於ける各國が農村電化に依りまして農業の生産力を非常に高めましたやうに、此の點に付ては資材の許す限り今からやつて行く積りであります、今年度は豫算の關係其の他資材關係で、僅か二箇町村しか農村電化の模範村を作ることが出來ませぬでしたが、我々としましては電化を、農業の經營面のみならず、生産面に於ても十分採入れ得るやうな政策を、是からは漸次やつて行きたい、斯樣に考へて居る次第であります、勿論今日に於きましても、例へば電熱温床に依ります甘藷の苗を作りまする等、相當電氣の利用を致しまして増産には寄與致して居るのであります それから國家が一擧に買收することは適當でない、やはり地主と小作人との間の相互の協定に依つて、土地を小作人に賣る方式の方が宜いぢやないかと云ふ御話でありましたが、今囘のやうに大規模に、而も之を短期間に於て實行致しまする上に於きましては、どうしても國家がそこに入りまして、從來兎角自作農創定に付きまして弊害のありましたやうな、所謂裏取引と言ひますか、公定價格以外に裏で相當の高い價格を小作人に拂はすやうなことを避け、公平に迅速にやつて行く必要がございまするので、此の國家の買收に依る方法を執つたのであります、今一つは、國家が之を買收しますることに依りまして、耕地の交換分合其の他集團化をやり易くしたと云ふ點も一つの理由と考へるのでございます それから開墾と自作農創定の問題でございまするが、是は御話のやうに開墾を致しまして、直ぐそこに自作農が完全に創定されるとは考へて居りませぬ、どうしても開墾地は直ぐに收穫が上つて來ないのでありまするから、それには三年なり五年なり相當の營農資金を注ぎ込むのみならず、自作農を創定しまするには、其の前提として先づ住宅と云つたやうな基本的な條件を整へてやる必要があるのであります、家を先づ建てませぬならば、如何に開墾を致しましても、自作農が其處に安心して定住することは出來ないのでありまして、それ等の點に付きましては、今囘農林省と致しましては相當の營農資金を大藏省と交渉致しまして、是は是非從來のやうな弊害がありませぬやうに、今度は努力を致してやつて行かうと考へて居る次第でございます それから今囘の農地制度の改革に依つて小作人が土地を買へば、經營資金がなくなるのではないか、斯う云ふ御話でありまするが、今囘は一面に於ては出來るだけ農家の手許にあります所の資金を以ちまして、農家に土地を買はせると云ふことを考へて居るのでありまするが、經營資金の點に付きましては、それ等のものが涸渇することのないやうに考へる積りであります、御話の中に、從來の日本の小作農は、地主其の他個人的な貸借に依りまして、農業の經營上の金融を得て居つて、實に旨く行つて居つた、斯う云ふ御話がありましたが、併しそれは又一面から見ますると、組織されないさう云ふ個人的な金融であつたが爲に、實は農村の金利も高く、それ等が農家の負債の原因となつたと云ふことは、恐慌時代に於きまする農村負債の調査に依つて明瞭に出て居るのであります、將來農業金融に付ては、經營資金は勿論のこと、共同經營的な、殊に今囘の農地の改革に依りまして中小自作農となつた者を主とした協同組合的な金融組織に依りまして、其の最も上は農林中央金庫となる譯でありますが、それ等の自己信用に依つて、相互信用に依つて此の問題に善處して行きたい、斯樣に考へるのであります、協同組合に依る金融が、協同組合を構成する者、實際耕作する者が主になりますならば、其の貸出も必ずや耕作者の趣旨に副ふやうに出來る、斯樣に我々としては考へて居る次第であります それから耕地の買收價格が適當でないと云ふ御話でございますが、今囘の農地改革に依つて自作農になりました者は、長い間の負擔を帶びるのであります、其の負擔が過大でありますならば、農地改革の目的は達せられないのであります、隨て今囘は小作料に相當するものを支拂ふことに依つて、一定年間に於て是が自作農になり得ると云ふことに致した譯でありまして、今囘の農地價格は、我々としては其の觀點から致しても適當であらうと考へて居るのであります、殊に賃貸價格に依る決定が不當だと云ふ御話でございましたが、現在土地の生産力を示しますものには、一般的なものとしては賃貸價格より外にはございませぬ、併し賃貸價格は十年毎でありまして、一定の年間に調査をするのでありますから、多少現實とそこに開きが出て來るのは認めざるを得ないのであります、隨て現状に比しまして賃貸價格が不當に低いやうな場合に於ては、又賃貸價格の決まつて居りませぬやうな開墾地とか其の他の農地に付ては、農地委員會が地方長官の認可を得て新たなる率を決めることが出來ると云ふことに致しまして、其の面から來ます所の不合理を是正する方法を講じて居るのでございまして、是は御話のやうに申出があれば農地委員會で決定すると云ふやうには致し兼ねるのであります 又一町歩以下の農地所有者を將來どうするかと云ふ問題でございますが、是は日本の農地問題としては甚だ厄介な問題でございまして、從來のやうに一町歩以下の農地を持つて、それで全部の生活を支へて行くと云ふことは困難であらうと思ふのであります、隨ひまして一町歩以下の農地と今囘認めましたのも、其の人達が單にそれで以て自作をすると云ふことを認めたのではないのでありまして、先刻須永さんの御所論に對して御答へ致したやうに、現状に於ては已むを得ないと云ふ限度に於て之を認めたのであります、將來一町歩以下の土地所有者、或は所有者の家族其の他の色々な構成に依つて、それ等のものの方向は色々變つて來ることは想定し得る、斯樣に考へて居る次第であります、大體私に關する限りの御答辯を是で終ります  〔國務大臣石橋湛山君登壇〕○國務大臣(石橋湛山君) 私に對する御質問の點は、只今農林大臣の御答への中に大體あつたやうに考へて居ります、農村の金融問題は從來も中々問題でありましたが、殊に御指摘のやうに農村の機構が非常に變りますから、それに相應した金融機構を必要とすることは言ふまでもないと思ひます、大體今日までやつて居りました農林中央金庫を中心としてやると云ふ構想には、變りないと思ひます、是等は先般も申上げましたやうに、全體の金融機關に付ての調査を近く始めたいと思つて居りますが、それに依つて農村金融に付ても十分研究して見たいと思ひます、尚ほ最初の方の御質問にありました穀物の價格、農産物の價格と金融の問題でありますが、是は適當な金融機關があれば或る程度農産物の價格の波瀾を抑へる力がありますが、結局金融に依つて農産物の下落と云ふものを本當に救ふことは出來ないと思ひます、其の問題は金融と關係がありますが、尚ほ別途に、將來我が國農村の農産物がどう云ふ傾向を取るか、之に依つてどう云ふ政策を採るかと云ふことは、其のものそれ自身として研究を要すると考へて居ります  〔國務大臣木村篤太郎君登壇〕○國務大臣(木村篤太郎君) 農村の思想問題に付ての御質疑に御答へ致します、自作農創設に依つて小作人が自作農となり、自らの責任と自らの負擔、自らの計算に於て獨立の經營者となつて、將來農村を經營して行く以上に於きましては、茲に農民の精神上の安定を得ることは當然であります、隨て好ましからざる思想の起る餘地は私はないと存ずる次第であります  〔國務大臣田中耕太郎君登壇〕○國務大臣(田中耕太郎君) 農村文化を將來どうしたら宜いかと云ふ御質問と解しますが、御指摘になりましたやうに、教育が從來都市に偏して居りまして、農村が閑却せられて居り、又文化に付ても同樣であつたことは確かであります、日本の民主化は農村を度外視しては成立ち得ないのでありまして、教育及び文化に付ても特に其のことが申され得るのであります、隨て今後教育の改革の大いなる方向として、教育の地方分權化と云ふ方向に參りたいと思つて居りますが、是は農村方面のことを大いに考慮して然るのであります、具體的の問題と致しましては、青年學校の内容の充實であるとか、或は社會教育の農村に於ける徹底であるとか、色々なことを計畫して居ります、尚ほ新たに農地が擴張せられて、移住開墾等が行はれる場合に於ては、新たなる社會に學校が伴つて新設せられなければならない、さう云ふ用意は十分持つて居り、努力致したいと存じて居ります、尚ほ農民の素朴的な道義觀、正義觀と云ふものは、國家の良心とも申すべきものでありまして、此の正義心、又道義觀が此の頃不幸にして稍稍阻まれて居るやうな感じも致すのでありますが、さう云ふ點は是正致しまして、眞に國家の良心であるやうな風に向けなければならないと存じて居ります 最後に農村文化の振興に付きまして、最も重要なものは郷土藝術の振興ではないかと存じます、此の郷土藝術は素朴的であり、實用的であり、此の實用と結付いた美であります、是は美の最も完全なる形ではないかと存じます、其の線の太い郷土藝術は、一國の文化の發展上極めて好い刺戟を與へるのでありまして、さう云ふ點に於きまして、日本文化の振興と云ふ意味に於きまして、政府と致しまして郷土藝術の振興、農村藝術の振興にも大いに力を致したいと存ずる次第であります、私の御答辯は是で終ります○平野八郎君 答辯の中不徹底のことがありますけれども、あとは委員會に讓りまして、私の質問は是で終ります○議長(山崎猛君) 井出一太郎君  〔井出一太郎君登壇〕○井出一太郎君 私は新政會を代表致しまして、只今上程中の農地法案に對し若干の質問を試みたいと存ずるのであります、既に前質問者各位に依りまして論議せられました點は、成べく重複することを避けまして論述を進めたいと思ふものでございます 我が國に於ける土地改革の歴史を振返つて見まする時に、遠く大化の改新に當つては、公地公民の理念の下に班田收授の制が行はれ、近く又明治維新に於きましては、地租の金納制を伴ひまする所の封建的土地領有制度の開放があつたのでございます、今次の改革は昨議會と本議會とを併せまして、先づ我が國史上に於ける第三次の土地變革である、而も其の範圍の廣汎なる、又影響の深刻なる點は、到底前二者の比ではないのでございます、「イギリス」の古き農學者であります「アーサー・ヤング」の言葉に、所有の魔術は砂土を變じて黄金となすと云ふ言葉がございますが、是は古來自作農論者が據つて以て金科玉條として今日に至つて居る言葉でございます、我が國の農業を規定して居りまする所の、家族勞力に依りまする零細な、さうして集約的な小農制度が向ふべき所は、やはり自作農と云ふ方向にあるのが、土地所有の面から申しましても、農業經營の面から申しましても、極めて自然的ではあらうと考へて居ります、併しながら其の方向へ向けまして、之を強力に、而も徹底的に推進しようと致しまする場合に於て、今にして解決をして置かなければ、とんでもない「デッド・ロック」へ乘上げると云ふ虞なきにしもあらずでありまして、私は斯樣な觀點から、日本農業の將來と關聯せしめつつ、此の兩案に付ての檢討を進めまして、以て關係當局の所信を伺ひたいと思ふのでございます 第一に伺ひたいのは、先程の須永氏の質問にもございましたが、どうも御答辯がはつきり致しませぬので、もう一遍伺つて見たいと思ひます、それは本案が一度の改訂に止まらずして、再度の改訂を餘儀なくせられました其の間の經緯でございます、一體本案の第一次改訂は、前内閣に於て自發的に企圖せられたものであるか、それとも聯合軍の指令に基いたものであるか、是は私姑く問はないことと致します、兎も角も本年の三月十五日までに指令に基く具體案を作成致して、之を提出すると云ふ風に命ぜられ、是が曩の第一次の改正案を以て右指令に對する囘答であると云ふ風にして提出をされたやうに私は承知を致して居ります、所が是が先方の滿足する所とならなかつた、果して然りとすれば、前内閣に於ては、聯合軍の指令に對する受取方に於て萬全を期したりとは言ひ得なかつたと云ふことになるのでありまして、少くとも先方の指令に對する讀みが不足であつて、十分なる連絡諒解が行はれて居らなかつたと斷ぜざるを得ないのであります、隨ひまして第一次改正案は議會を通りましたものの、實際に於ては何等手が著けられず、是が爲に我が國農地改革は九箇月以上も遲延を致し、我が國農村の民主化は九箇月以上も停滯を致し、更に農民をして徒らなる昏迷に陷れたと云ふことに相成りまするならば、是は政府の怠慢であつて、其の責任は輕からぬものがあらうと思ふのであります、前議會に於て或る議員の質問中、第二次、第三次の改正の不可なる旨を指摘して居つたのでありまするが、之に對しましては、前の總理大臣であられる幣原國務大臣の御考へは如何でありますか、之を最初に伺ひたいと思ふのであります、更に又今囘の第二次改革案は、對日理事會に於ける英國案に基くものであると云ふ風に私は仄聞を致しまするが、他日更に極端なる方面から極端なる案が提出される、さうして第三次の改正をすることを餘儀なくされると云ふことがありはしませぬかどうか、現に五月二十九日の對日理事會に於て、「デレヴヤンコ」「ソ」聯代表は、政府案が不徹底である、土地の買入價格は高過ぎる、斯う云ふ風な點を強調致して居ります、下世話にも申します通り、二度ありますることが若し三度あると致しますならば、さなきだに農民は政府を信頼せぬ傾向にありまする今日、本案が農地改革の最後案である、斯う云ふ點を農林大臣からはつきりと言明して置いて戴きたいと思ふのであります 第二點と致しまして、耕作權の問題を繞りまして私は若干の質問を續けたいと思ふのであります、本案の輪廓が昨冬發表せられまするや、土地爭議は急激に増加を致し、爭議件數は、先程須永氏の言はれた數字にもございましたが、非常に厖大なる計數に上つて居ります、而も表面に現はれないので爭議とはならずして、小作人が從來の封建的な款屬關係に乘ぜられて、泣寢入りをして居ると云ふ風なものの數も非常に多からうと思ひます、而も此の關係は、一面積僅かに一反歩或は二反歩と云ふ風な極く零細なる寸土を挾んで、地主と小作人とが尖鋭に對立して居る、斯うした農村の情景は、一種陰慘な空氣の下に、小地主と小作が飯米を獲得せんが爲に血みどろに爭つて居る姿である、之を十分に認識をして戴かなければならぬのであります、此の機會に木村司法大臣にも御伺ひを致しまするが、斯うした土地爭議に當りまして、是が調停に持出されました場合に、之を裁定致す所の判事諸公の抱懷して居る「イデオロギー」は、未だに所有權絶對と云ふ感じが深いのでございます、勿論新憲法草案に於ても財産權は尊重せられて居りまするが、公益の爲には時に是が制約を受けると云ふことをも亦規定して居ります、近代の通念と致しましては、所有權は漸次使用權に其の他歩を讓らんとして居る、法相に於かれましては、土地所有權に對する耕作權の優位を御認めに相成られまするかどうか、御見解の程を御洩らし願ひたいと思ひます 續いて農林大臣に御尋ねを致しますが、自作農と云ふものは、是は非常に保守的、消極的である場合が多いのでありまして、自己の土地を自分で耕作して居るのでありまするから、そこには企業と家計との分離が極めて曖昧であります、曾ての農村恐慌の時代に於きまして、農企業の赤字が家計の面に食ひ込んで來る、之を、人間以下の生活をすることに依つて切拔けたのでありますが、是が我が國農業の持つ彈力性である、或は抵抗力であると云ふやうに言はれまして、農業近代化への道が阻まれて居つたのであります、是は農村全體に付て言へる事柄でありますが、殊に自作農は自己の殻を固く閉ざして、自分だけの世界に立て籠らうとする傾向が強いのであります、斯樣な意味に於て、自作農化一點張で行かうとすることが、却て農村の民主化を妨げることに相成りはせぬか、寧ろ是は耕作權を安定せしめると云ふ方向への農業政策を立てるべきではないかと云ふ考へ方に對しまして、農林大臣の御考へを伺ひたいのであります 農村の現状を見てみますと、土地をそれ程欲しがつて居らない農民が多數見受けられます、今日の場合小作人が自ら自作農化することを希望しないと云ふ場合には、一體是は如何なることに相成るか、此の儘小作で居たいと云ふ例は澤山にございます、問題は是等の諸君の自覺にありと或は云はれるかも知れませぬが、弱き者を保護すると云ふことは、是は法律の力で出來るかも知れませぬ、併しながら自覺なき者を向上せしめると云ふことは、是は法律の力の及ばざる範圍であります、小作人が土地を欲しがりませぬ理由は、色色ございませうけれども、其の最も共通なるものは、自作農になることに依つて負擔が増大して參る、此の點にあらうかと思ふのであります、自作農が有利であると云ふことを説明せんが爲には、小作料の合理化と云ふものが前提に相成らなければならならぬのであります、若しも小作料が合理化致しますならば、強ち自作農にならずとも、小作の儘で居つても宜しい云ふ理屈に相成つて參ります、斯う云ふ考へ方は、農奴的な考へ方とは凡そ對蹠的な、寧ろ經營の合理化を重視しようと云ふ意味の小作農でございます、之を押切つて土地所有者たらしめると云ふことが、果して農村民主化の方向と一致するものであるかどうか、是は私は輕々しく斷定することは出來ぬと思ふのであります、若しも政府が豫定通り二百萬町歩と云ふ地主所有地を買收して、之を配分する場合に於て、今私が申上げて居る經濟合理主義の立場から、自作たることを希望しない小作農に對して、如何に御取扱になるか、之を無理やりに自作農にさせんとするのであるか、此の點を承りたいと思ふのであります 最近の數字から見まして、小作農の方が自作農よりも増加率が高い、明治三十八年を一〇〇と致しますならば、現在小作農は一二二、自作農は僅かに一〇六、此の數字の物語りますものは、經濟の「オートマティック」な動きに任せて置きますならば、寧ろ小作化することの方が多いと云ふ我が國の社會經濟的條件を明瞭に反映して居るのであります、斯う云つた自然の趨勢と逆行するやり方を、強制力に依つて行はんとする本法を實施運用するに當つては、是は生易しい御覺悟では駄目だらうと思ふのであります、斯樣な點も併せて伺ひたいと思ふのであります 第三點として私の取上げたいのは、農地價格の問題であります、只今も前質問者の御演説中にもございましたが、私若干觀點を變へて申上げたいと思ふのであります、一體今度の價格は安いか高いか、勿論賣る方の側に取つて見ますならば、是は一錢でも高い方が宜しい、買手は一錢でも安い方が宜しいに違ひありませぬが、之に對しては最も公正なる値段、謂はば感情的な要素を排して、客觀的な妥當性を見出す、斯う云ふことが必要でございます、勿論政治的な修正點、或は妥結點、さう云ふ風なものも必要でございますが、兎も角持てる者は一切不正である、斯う云ふ考へ方は私の採らない所であります、同時に經濟的弱者が壓迫を受けると云ふことであつてもいけませぬ、隨て是は地主本位の價格であつてもいかぬ、小作本位の價格であつてもいかぬ、斯う云ふことに相成るのであります、然らば一體どうしたならば此の純粹的な、客觀的な土地價格を見出すことが出來るかと云ふ問題になつて參ります、一體日本の耕地の價格と云ふものは、非常に土地が少いが爲に、其の稀少性を持つ所からして故らに高からしめて居る、言換へて見ますならば、土地が自然に持つて居る所の生産的な用益よりも、其の少い土地を所有することが齎す滿足感、斯う云つた意味の消費的な用益が其の上に加はつて居る、是が日本の土地の價格を故らに高からしめて居る大きな理由であります、農林當局が此の農地價格を決定するに當つて採られた方式は、昨年の第一次改革案の委員會議録を詳細に讀んで見ますると、時の農政局長、只今の和田大臣の仰しやつて居る御答辯の中に、先づ第一に地主の側から考へて、地主採算價格と云ふものを構想する、それは何かと言ふと、地主が其の土地から上る所の純收益を、其の時の一般市場の金利で割引いて、さうして還元した所の元本價格が即ち地主收益價格である、一方は此の價格を押へる、さうして一方は小作農が其の土地を買取つて、而も農業用生産が可能であり、而もそこから買入價格を年賦償還に依つて償還することが可能である價格、言換へれば自作收益價格、斯う云ふ風なものを構想されまして、其の間に適當なる妥結點を見出さうと云ふ方式のやうに私は承知を致して居るのであります、併しながら私此處で特に農林大臣に御尋ねを致したいことは、大臣が仰しやる此の算定の方式を一應正しいと致して問題を進めて參りますると、今日農地價格を昨年の第一次改革の時に据置かれると云ふことはどうも論理が合はない、何となれば當時の社會情勢と今日とでは、大分情勢が變つて居りまして、物價の一つを取上げて見ましても、此の九箇月間に非常に大きな變動があるのでございます、例へば今申上げました自作收益價格の面の中で、大臣が依つて以て基礎とされて居る所の昨年の米の價格、詰り百五十圓と云ふ米の價格が基礎になつて居るやうでありますが、今日米價は既に三百圓である、而も近く六百圓にもならうとさへして居ると致しますれば、此の面から論議致します限り、現在農林省が考へて居られる農地價格は、當然に修正を受けなければならぬと思ふのであります、此の點に付て農林大臣の明瞭なる御答辯を戴きたいと思ふのであります 一體土地の値段が高いか安いか、是は非常に微妙な問題でありまして、現在のやうに食糧品の價格が他の物價に比べまして異常に高い場合に於きまして、殆ど一年間の收益で農地の價格をそつくり囘收してしまふと云ふやうな例もあるのであります、米が一石六百圓にも相成りますならば、是は又一年の收入で全部を取戻してしまふ、而もお釣が來ると云ふ風なことに相成るのでありまして、此の面から考へますると、農地價格は非常に安過ぎる、斯う云ふことになる、併し從來日本で自作農の維持創設が十分に旨く行はれなかつた其の理由は、農地價格が高いと云ふ點にあつたと云ふ風に考へまするならば、現在の地價は必ずしも安くない、此の點に付きましては私は大藏大臣に伺つて見たいと思ふのでありまするが、今日の如き「インフレ」の昂進期に當りまして、昨年末の第一次改正案當時の物價と今日とは非常に違ふ、此の變動期に當りまして、一體農地と云ふ風な祖先傳來の、最も是は確實なる資産として我々の考へて居つたものを、明日になると如何に騰貴するか分らぬやうな貨幣價値に換算を致して之を評價賣買すると云ふ風なことは、避けるべきが本來であらうと思ふのであります、現在決定した價格が、賣手に損害を與へる結果になるか、それとも買手に長い負擔を與へることになるか、是は「インフレ」の進行と關聯した微妙な問題でございまするから、政府決定の今囘の價格、水田は賃貸價格の四十倍、畑は四十八倍、それに若干の補給金を加へた所の此の價格が、一體適正であるかどうか、又評價賣買を致すのに、現在の時期が果して好い時期であるかどうか、之を一つ大藏大臣に伺つて置きたいと思ふのであります 次は金納小作制の問題を若干申上げて見たいと思ふのであります、小作料と云ふものが、前時代的な所謂勞働小作、或は續いては分益小作、斯う云つたものから、現在の日本の水田に用ひられて居りまする物納定額制小作料、之に進化をして參つた、續いて是は代金納制、或は代物納制と云ふ風な過程を通つて、金納制へ至るであらうと云ふことは、是は經濟史の示す所であつて、一應歴史の進歩と揆を一にして居ります、隨て私は金納制を全面的に否定しようとは思ひませぬが、我が國の現在の状態に於て、是は若干「ブレーキ」を掛けて考へるべきではないか、特に現在我々は憂慮すべき食糧危機に見舞はれて居ります、豐作の見透しに依つて昨今前途が大分明るくはなつて參つたやうでありまするが、併しまだ手放しに樂觀をして宜い時期ではございませぬ、金納小作制に改めますることが、食糧増産の面に、將又供出の面に、どう云ふ風な影響を與へるかと云ふ點を少しく農林省に御伺ひして見たいのであります 小作地が自作地になることに依りまして、確かに増産に向ふと云ふことは、是は事實でありませう、農林省が昨年發表をして居る資料に依りますると、大體三%は増收をするであらう、斯う云ふ風に見込まれて居るやうでございます、此の比例で行きますると、二百萬町歩の耕作地から約百萬石餘りの増産が行はれる、是は大體米に換算して申上げて斯う云ふ風なことになるのでありまするが、此の増産は耕作權を物權化して之を安定せしめても、やはり同樣な結果が生ずることであつて、敢て自作農化することに依つてのみ達成されると云ふことではないのであります、而して此の金納制が増産の面に「マイナス」に働くと云ふ部分を檢討して見ますと、今般金融小作制の報が一たび傳はるや、全國の地主は自己の飯米を確保せんが爲に、狂奔致して、農地調整法第九條第一項では、斯う云ふ場合をも認めて居ります爲に、或は共同耕作と云ふ方式に依り、或は又作男を置くと云ふやうな方法に依つて、地主が總て自己飯米を獲得しようと試みたのであります、今日全國の不耕作地主と云ふものは約百萬近い數があらうかと思ふのでありますが、若し是が全部自作農に轉換する、さうして自分の飯米だけ獲得しようとする其の場合に於きましては、仕事には不慣れである、飯米だけ穫れば宜いと云ふやうな考へでありますから、極めて低位收穫農家が茲に出來上る譯である、此の面から減收になる部分は相當に多からうと思ふのであります(拍手)從來物納小作制が非常に非難をされました其の理由は何であるかと言ふと、所謂封建的な高率小作料である、斯う云ふことを言はれて參りましたし、又地主が其の物納制を通じて農業生産の危險負擔をする、斯う云ふことに依つて農業生産面へ介入して居つたのであります、小作人が其の爲に獨立生産者たる性格を歪められて居つた、然るに今や農産物價格は二重價格制が設定されて居ります、例へば二十年の産米に付て申しますならば、地主の米價は五十五圓であるにも拘らず、生産者の米價は三百圓、斯う致しますならば、今までのやうに收量の約半分が小作料で納められるとしても、之を金錢に評價替致して見ますると、大體に於て全收量の十五、六「パーセント」が小作料として納入されるのでありまして、此の數字は決して高率でない、同時に又觀念的な物納小作制と云ふものは、日本の現在の食糧管理制度の下に於てはなくなつて居る、斯う云ふことも言へるのでございます、私がさう云つたことよりももつと心配を致しますのは、寧ろ供出面に重點があるのでありまして、現行の如き食糧の管理制度は當分續く、隨て供出と云ふことも當分の間は割當てられる、其の場合に於て我が國水田の五五%が小作地であつて、而も其の小作地の水田の場合は、九割近くが物納制を執つて居ります、斯う致しますと、我が國の全部の米の收積高の凡そ二五%と云ふものが小作米で納められて居るのであります、此の中から假に地主の飯米を控除致しましても、大體日本の米の全收積量の二〇%と云ふものは小作米として扱はれて居る全收積の二〇%と云ふものは、政府の操作する管理米の凡そ四割に近いものと私は推定致して居ります、是は現在の供出制度を支へる所の大きな柱であると思ふのであります、政府は其度の理想である自作農創定、小作料金納化の目的の爲に、此の供出上の大きな「マイナス」をも顧みずして強行されんとする御決意であるか、其の點を伺ひたいのであります、以上を要約致しまするならば、當面の急務である食糧管理の面、或は供出の面から見て、暫くの間過渡的に物納制を認むると云ふ御意思はないのであるかどうか、又地主の保有米を如何に扱ふかと云ふ點を伺つて置きたいのであります 最後に私は、本案を完成した後に於ける日本農業が如何なるものに相成るか、其の鳥瞰圖とも言ふべきものを、農林大臣から的確に描いて戴きたいと思ふのであります、所謂和田農政は、全國の進歩的な階層から全幅の共感を以て迎へられて居るやうでございます、併しながら其の和田農政なるものは、一體日本農業を如何に指導し、何處へ持ち行かんとするものであるか、  〔發言する者あり〕○議長(山崎猛君) 靜肅に○井出一太郎君(續) 此の機會に日本の農業の前途を、土地問題と關聯して御示しを願ひたいと思ひます、尚ほそれに關聯しまして、若干の私見を附加へることを御許し戴きたい 明治以來の我が國農業の發展の方向と云ふものは、土地生産力の發揮をすると云ふ方面へ一點張りに重點が置かれて居りました、一反歩當り米麥を幾ら生産するか、是が根本命題でありまして、品種の改良も、肥料の増投も、又農具や耕作法の改善も、之にのみ向けられて居つた、六百萬町歩内外の狹い耕地に、能く七千萬の人口を養ひ得る食糧を生産し得た、私は斯う云ふ農政も、今までは一應此の限りに於ては認めなければならぬと思ふのであります、さうして又戰爭中は食糧の國内自給と云ふ此の絶對の要請の爲に、増産第一主義の下に引慴られて來たと云ふことも、是は已むを得なかつたと思ひます、併しながら今囘の此の農地法案上程を契機と致しまして、日本農業は深い反省を致すと同時に、迅速果敢に新しい方向を發見しなければならぬと思ふのであります、然らば一體其の方向はどう云ふ方向であるかと申しまするのに、本案の企圖する所は零細なる自作農化であり、土地所有の面には大變革ではありますけれども、經營の面に於ては果してどれだけ新しい構想が採入れられて居るか、此の點でございます、從來の土地生産力の考へ方に對しまして、勞働生産力に重點を置かうとする考へ方を今俄かに適用するには、基礎條件が餘りにも貧困でございます、即ち單位勞働力、一人當りの生産力を如何に増すかと云ふ方向に對して動き出す爲には、まだまだ條件が具はつて居らぬやうであります、併し重工業を失ひました今日の日本經濟の上に農業の占める「ウェート」と云ふものは、頗る増大して參つて居ります、曾て日本、滿洲を通じて農村人口四割を保有し、之を以て戰力の給源とすると云ふ國策が樹立決定せられたのでありますが、今や本州、四國、九州、北海道、此の僅か四つの島に於て日本農業が再出發をせんとして居る今日、農業人口を一體どの程度に保有し維持されんとするのか、四月二十六日を期して行はれました所の農林省の農家戸口調査に依りますれば、農家人口は三千四百二十四萬五千、本邦人口の四割以上を占めて居ります、農業勞働の生産性を高めんとするならば、此の中の何割かは農業の外へ追放しなければならぬ、さうでないとするならば、是は勢ひ過剩人口に依つて機械化、有畜化、協同化と云ふ風な、所謂農業近代化への方向は、「ブレーキ」が掛けられるのでございます、我が農村に於て、斯う云つた裸の勞力がふんだんに待機をし、ふんだんに遊休をして居るのでありまして、平均一町歩の耕作規模に、水田農業を基幹として經營を致しまする限りは、所謂農業近代化の方向は頗る困難であります、一反歩當りの「カロリー」生産量を最も大ならしめると云ふ意味から申しまして、日本農業は米を主軸とする所の水田農業から離れることが出來ぬと云ふ風な宿命を負うて居ると私は思ふのであります、斯う云つた日本農業を一體何處へ導かうとなさるか、一町未滿の零細農が全體の七割を占めて居る、而も漸次是が増加の傾向にあるのに反しまして、我が國の農業の中間安定層とも言ふべき一町乃至二町の間の農家は、段々減つて居る傾向にございます、曾て盛んに唱道せられました所の經營適正規模と云ふ考へ方、或は國本農家、安定農家、標準農家と云ふ風に呼ばれました此の構想も、滿洲のない今日に於きましては、一應是は御破算の上で出發をしなければならぬと思ふのであります、若し今日適正經營規模の概念を復活すると致しますならば、それは先づ一町歩内外を目標と致しました耕地の適地適生産の原則に立つて、謂はば質的の内容を高度化し、複雜化した所の經營を考へる以外にないと思ふのであります、斯かる點、農林大臣の御構想がおありでありますならば之を伺ひたいと思ふのであります、今後貿易の再開されました曉、斯うした「コスト」の高い日本農業が外國農業と競爭する場合、一たまりもなく消し飛んでしまふと云ふ風な虞もあるのでありまして、私共は斯う云つた八方塞がりの現在の日本農業を打開せんが爲に、劃期的な土地改革に著手をされました勇氣に對しては敬意を惜しまないのでありますが、併し以上申上げました疑問の諸點に對して、納得の行く御答辯を煩はしたいと同時に、單なる答辯と云ふに止まらず、此の歴史的な土地變革を前に致しまして、所謂和田農政の全貌と、革新への御決意を天下に宣明せられたい、斯樣に希望致しまして私の質問を終ります(拍手)  〔國務大臣和田博雄君登壇〕○國務大臣(和田博雄君) 只今の御質問に御答へ致します、第二次農地改革に至るまでの經過でございますが、第一次農地改革は是は日本政府が「イニシアティーヴ」を取りまして之を計畫致したのであります、併し勿論之をやりまするに付きましては、關係方面と其の間に於て折衝を致して居つたのでございますが、昨年の十二月九日に農地改革に關しまする覺書が出まして、三月十五日までに覺書に付ての色々な條項に關する囘答を求められたのであります、次いで我々と致しましては、三月十五日までに、第一次農地制度の改革の基本線は失ひませぬが、其の線に沿ひました報告を色々出したのでございます、それに付きまして聯合軍司令部に於ては、之を不滿足となし、又對日理事會の問題となりまして「アチソン」氏が對日理事會に於て言ひましたやうに、農地改革に付ての日本政府の誠實と熱意は認めるが、案其のものはまだ日本の民主化の爲には不十分であると云ふことでありました、我々と致しましても其の間色々の専門家の意見も聽き、又先方の色々の意向をも參酌致しまして、茲に第二次農地改革を政府と致しまして決意致したであります、此の農地改革が徹底的に行はれまするならば、是は日本の農村の民主化と云ふことは、急速に促進されるのであります、隨ひまして第三次の農地制度の改革の豫想は是は持つて居りませぬ 第二番目に耕作權の確立の問題でございまするが、耕作權の確立は、第一次農地改革の時に於きましても我々の念頭を去らなかつたものであり、又此の方面に一歩を進めたのであります、併し第一次農地改革の法律が施行されまして、其の後に土地の返還が極めて多く起つたと云ふことは、之を解釋しますれば、第一次の農地改革に於てすら日本の農地改革の缺點を突いたとも言へるのであります、中小地主の多い、而も中小地主が僅かな面積を多くの小作人に耕させて居ります時に、是は一面から言ひますれば、中小地主に於ける自耕性をやはり意味するものでありまして、隨ひまして中小地主の土地所有と云ふことから來まする所の、日本の農村に存在したる所の不合理を是正せんとする農地改革法案が、土地返還の形に於てそれが一面の影響が出て來たと云ふことは、私は極めて當然のことだ、斯業に考へて居ります、併しながら此の土地返還に付きましては、是は今囘に於きましては一層其の土地取上と云ふことを制限強化致しまして、さう云つた法の目的達成を阻碍するやうなことのないやうな措置を講じて居るのであります、考へて見ますると、五町歩以上十町歩未滿の不耕作地主が十萬戸、一町歩以上五町歩未滿の者が三十萬戸、一町歩未滿の者が八十萬戸と云つたやうな、兎に角百萬戸位の不耕作地主が一方にあり、片方に四百萬の小作人がありまする時に、斯う云ふ状態に於きましては、是は法律的に如何に土地の取上を制限致しましても、それが完璧に行はれることは中中困難であると思ひます、そごには必ず經濟的な理由に依りまして、闇小作料の發生は免れないのであります、そこでやはり何と致しましても是は妥當なる價格を以ちまして小作人に土地を與へまして、小作人を自作農たらしめると云ふことが、私は耕作權の確立の一つの大きな方法だと、斯樣に思ふのであります、小作人をして重い小作料の負擔から免れしめると云ふことは、是は何と言ひましても私は耕作權の確立であることは疑ひないと思ひます、又自作農が御話に依りますればどうも保守的である、斯う仰せられるのでありまするが、私は自作農が保守的であるか否かと云ふことは、自作農が置かれました所の農村の環境、又は社會の環境にやはり規制されるのではないかと思ふのであります、小作料と云ふものが相當に高くて、而も小作料に寄生しようとする傾向の強い社會に於きましては、是は自作農が當然土地所有者と致しまして保守的な性格を帶びると云ふことは考へ得られると思ふのであります、併しながら近代的な土地所有を基礎に致しまして、寧ろ土地所有と言ふよりも、農業の經營と云ふ立脚點に移し變へられた自作農は、私は日本に於きましてはやはり一種の、「シュンペンター」に言はしめるならば、企業家としての獨立的、進歩的な面を十分持ち得ると考へるのでありまして、土地所有の上に寧ろ依存して居るやうな状況に於きまする其の環境に於て、果して小作農が一體保守的でなかつたかと云ふことは、事實を以て考へますれば極めて明瞭であると私は考へるのであります、今囘の土地制度の改革に依りまして、我々が企圖致して居りまするのは、近代的な土地所有の上に於ける自作農であると云ふことを御諒解を御願ひ致したいのであります それから農地の價格の點に付て相當の御議論があつたのでございまするが、農地の價格と云ふものは、私が此の本會議に於きまして、前の質問者の方々に御説明申上げましたやうな理由に於きまして、私共は妥當だ、斯樣に考へて居ります、成程米價が上つたから直ぐ土地價格が上つたら宜いぢやないか、斯う一應簡單に考へられますが、米價が上りましたのは、米價を構成致しまする所の勞力、或は肥料、農機具、其の他の價格の上りました──生産費の構成要素の價格が上つたから上つたのでございまして、土地資本利子が上つたが故に米價が上つたのではありませぬ、隨ひまして土地資本利子と云ふものを還元することに依つて出て來ます所の土地價格と云ふものが、米價が上つたが故に直ぐ上つて宜いと云ふ結論にはならないと考へるのであります、殊に今囘の農地改革に於きましては、多くの小作人に土地を與へ、それ等の小作人をして將來長く日本の農村の中堅として、そこに生産力を上げしめて行かう、斯う云ふ考へでございまするので、若しも自作農の負擔にして過大でありまするならば、農地改革の目的と云ふものは畫餅に歸してしまふのであります、其の論を突込んで行きますれば、農地改革と云ふものの實行に付てすらの否定的な結論になると思ふのでありまして、我々と致しましては、凡ゆる觀點からさう云つた議論は採用出來ないのでございます、併しながら地主に付きましては、殊に日本に於きまするやうな中小地主の多い所に於きましては、此の大きな時代の變革に依りまして地主が相當の負擔を帶びるのでございまするが故に、そこに社會政策的な見地から致しまして、一定限度の地主に對しましては賠償金を政府が供給致すことに依りまして、政府の誠意のある所を示して居るのであります 第四點の金納小作料に付ての御議論でございまするが、御質問は金納小作料其のものに付ては御認めになつて居るやうであります、我々がなぜ金納小作料を強く主張するかと言ひますれば、金納小作料制度と云ふことに依りまして、日本の農業制度、言換へれば土地所有の制度と云ふものを、此の際質的に轉換して參りたいのであります、物納小作料と云ふ形があることに依つて、小作人が自由獨立の精神を失ひ、自由なる企業家として十分に活躍し得る餘地を阻まれるやうな、斯う云ふ農業制度と云ふものは私は長い將來、今後の日本に取つては執るべき制度ではないと思ひます(拍手)是は「イングランド」の例を見ましても、小作料を金納化することに依つて──勿論小作料を金納化した以後に於きましても、金納小作料其のものに付ては多少の變遷はあつたのでありますが、金納小作料化することに依つて、農業者と云ふものはそこに獨立に經營をし得る餘地を與へられ、農業の生産力は非常に高まつて、國力の増進したことは歴史の示す所でありまして、此の點に付きましては農業制度を此の際質的に轉換せしめると云ふことは極めて必要である、斯樣に考へます、併し金納小作料にすることに依りまして供出の關係はどうか、斯う云ふことでありまするが、其の點は此の前に農地調整法の改正案を出しました時も非常に議論になつた所でございます、併し一面に於きまして小作人が本當に國家の供出と云ふ制度に直結しまして、自分の作りましたものを本當に供出する、斯う云ふ一つの責任感を持たせまする上から言ひましても、地主の手を通らずして、自己の生産したものを供出すると云ふ制度の方が、私は其の點に付ては極めて明快である、斯樣に考へて居るのであります、今一つは還元米の點を考へなければならないのであります、小作人が小作米を拂ひ、さうして自らも亦供出しますれば、そこに日本の小農に於きましては必ず還元米の問題が起るのであります、供出制度に於きまして、此の還元米の制度が如何に供出制度の運行、又一般の食糧政策と云ふものに付て、謂はば一つの「ネック」となつたと云ふことは、是は從來の供出制度が證明致して居るのでありまして、今囘は此の還元米制度と云ふものを、小作料金納化に依り地主の保有米と云ふものを認めないと云ふ制度を採りますると共に、はつきりと清算致しまして、農家には公然たる自家保有米を認めまして、農家が農業再生産に必要な限度の食糧は確保して、さうして其の後は安んじて之を供出し得るやうな制度を執つた次第でございます、私は此の金納制を執りますことに依りまして、供出制度も其のやり方を今私が言ひましたやうに變へまするならば、必ずや合理的に行くものであると信ずるのでありまして、是は今後に於ける供出制度が事實に基いて證明して來るのではないか、斯樣に考へて居る次第でございまするので、左樣に御諒承を御願ひ致したいと思ひます 第五の日本農業の經營のあり方でございまするが、是は色々の觀點から色色の御議論が立つと思ふのであります、私は日本の農業が從來のやうに勞力的に集約であつて、農民の勞働生産力を無視した農民の過勞の上に立つて行く農業であつてはならないと云ふ點に付きましては、井出さんの御意見に全く御同感であります、日本の農業が從來移民其の他の點を制約されまして、やつと戰爭の時に滿洲に移民し得るの途が開けまして、又戰爭のお蔭に依りまして農村からの勞力、謂はば長い間識者に依つて叫ばれて居りました農村に於ける潜在的な失業餘剩勞働力の工業部面に於ける吸收と云ふことに依つて、そこに日本の農業經營が近代化する、勞力の方面から近代化し得る所の契機が出たのでありますが、それも資材其の他の方が窮屈になりまして、所謂農業の生産に必要な肥料であるとか、農機具であるとか、生産手段の面に於ける非常なる窮屈さから其の方面の發展と云ふものが遲々であり、寧ろ其の點から阻まれたやうな状態にあつたのであります、所が終戰に依りまして日本は領土を失ひ、且つ此の狹い領土の中に多くの人達を養つて行かねばならず、而も日本の工業部面の再建と云ふものがまだほんの緒に就いたばかりであるやうな状態に於て、農業の方に人口の壓力と云ふものが來ますことに依りまして、我々が意圖して居ります所の日本農業の近代化の方向が、或る程度阻止される經濟的な理由、契機があると云ふことは、是は私も認めるのであります、併しここで考へて貰ひたいのは、日本の農業に餘り多くのものを期待することはどうかと思ふのであります、日本の農業としましては、何處までも今囘の土地制度の改革に依りまして獨立自營の農民となりました其のものを、協同の力、其の他の方法に依つて近代化して行く方向に農業政策と云ふものを進めて行くべきである、斯樣に考へて居る次第であります、茲に於て日本の農業政策は農業内部の問題を離れて、寧ろ農業外の經濟の問題になつて來るのであります、それ故に先刻須永さんの仰せになりましたやうな、寧ろ農業生産資材の面に於ける今後の政策、又はそれの導入が日本の農業と云ふものを近代化して行く所の大きな要素となる、斯樣に考へて居るのであります、私は左樣に考へながら此の農業の指導をやつて行かうと思ふのであります、殊に御指摘のやうに此の改革と云ふことが、現在に於ける所の單なる失業者の所謂芥捨場と云ふやうになりませぬやうに、開拓の面に於きましても、そこに新しい技術なり營農方法を以ちまして、日本の農業の基礎と云ふものが確立致しますやうな方面に、農業の面としては是非やつて行きたい、斯樣に考へて居る次第であります(拍手)  〔國務大臣男爵幣原喜重郎君登壇〕○國務大臣(男爵幣原喜重郎君) 只今井出君は、前内閣時代に制定せられた農地調整法が未だ圓滑に實施の緒に就いて居ない折柄、全く同法規定の構想を覆すやうな本法案を提出せられましたことに付きまして、前内閣に首相の職に居りました私の責任を問はれたのであります、私から見ますれば、此の問題の重點と云ふものは、此の法案が適當であるか不適當であるかと云ふ點であると思ひます、若し此の法案が適當でありますならば、現行法を改正するのに何が故に躊躇しなければならないのでありませうか、現行法は私が首相時代に制定せられたことは只今御話の通りであります、當時此の法律は本院の自由なる審議、採決を經まして成立致したのであります、其の間に何の責任問題が生ずるのでありますか、私には理解出來ませぬ、又本法案が不適當であると云ふことで、寧ろ現行法の方が宜しい、其の方が農村の民主主義化に適すると云ふことでありますならば、其の見地よりして井出君は本法案に御反對になりますことは是は已むを得ませぬ、併しながら漸く數箇月前に出來た法律であるから、之に手を着けて改正すると云ふことは無責任であると云ふ議論には、私は承服し兼ねます、政府と聯合軍司令部との交渉經過に付きましては、私は言及することを避けたいと存じます、唯前内閣は自己の全責任に於て現行法を立案し、現内閣は又自己の全責任に於て本法案を立案したのであると云ふことを御承知を願ひたいのであります(拍手)  〔國務大臣木村篤太郎君登壇〕○國務大臣(木村篤太郎君) 井出君の御質問に對して御答へ致します、先づ小作爭議のことに付て申上げます、本年の一月から七月までに至る小作調停申立件數は、小作人から申立てられたのが全國で二千九百三十四件、地主から申立てられたのが二千二十九件、小作官から申立てたのが二件、合計四千九百六十五件、此の中實に調停の成立したものが二千五百十件であります、不幸にして調停の成立に至らざるものが六十二件、圓滿に解決して取下げられたものが千二百九十四件、斯う云ふことになつて居ります、實に調停の成績は良好であると云ふことを申上げたいのであります(拍手) 次に裁判官のことでありますが、現下の裁判官は漸次民主主義思想に燃えつつあるのであります、現にさう云ふ方向に向つて居りますことを斷言致します、所有權絶對の「イデオロギー」の如き考へを持つて居る人は恐らく私はないと思ひます(拍手)併しながら將來に於て私は、裁判官の教養に付ては全力を擧げて考慮致したいと思つて居る次第であります 次に土地の利用權でありますが、御承知の通り宅地に於きましては借地權、地上權、使用權、農地に於きましては小作權、是等の權利は所有權と獨立して保護強化されつつあることは當然であります、又さう云ふ方向に向ふべきものであると確信致して居ります、而して土地所有權絶對の思想と云ふものは修正されなければならぬ、又當然修正に向ひつつあると云ふことを私は茲に井出君に斷言申上げたいのであります  〔國務大臣石橋湛山君登壇〕○國務大臣(石橋湛山君) 純經濟的に考へれば、今日果して土地を賣買するに適當かどうか、又今囘の此の法律に依つて定められた土地價格が適當であるかどうかと云ふことは問題だらうと思ひます、併しながら此の法案は單なる經濟的の問題ではなくして、政治的に社會制度をどうするか、農村の機構をどうするか、斯う云ふ觀點から立案されたものでありますから、其の意味に於ては多少經濟的に時期が不適當でありましても、是は已むを得ぬではないかと考へて居ります、又價格も同樣に定められたものと考へて居ります○井出一太郎君 私の質問は委員會に讓つて、之を以て打切ります○議長(山崎猛君) 圖司安正君  〔圖司安正君登壇〕○圖司安正君 本法案は我が國農業革新の方途を示すものでありまして、其の先驅的の役割を果さんとする所に重大意義が認められると思ふのであります、過去に於きまして我が國の政治は、農民及び農業に對しまして極めて冷酷であり、豐年には農作物價は底なしに低落致しまして、所謂豐作飢饉を現出し、凶作の時には天井なしに價格が騰貴致しまして、農民は等しく餓死線上を彷徨せしめられた事實は、大正の末期から昭和の初頭に掛けましての、あの慘憺たる農村恐慌を想起致しますならば、容易に想像し得る所であります、戰爭中に於きまして農民は多少起ち上りを見せたのでありますけれども、それは父を失ひ、子を捧げての悲しみのどん底の中に認められました所の、僅かな生活の光にしか過ぎないのであります、然るに敗戰を招きました瞬間には、最早現實の問題と致しまして、日本の政治は再び都市偏重主義、或は重商主義、重工主義に向はんとする所の傾向を示して居るのであり、其の結果と致しまして、農業は又もや置いてけぼりを食ふばかりでなく、度々同僚諸君から指摘せられました如くに、世界貿易が再開致しました曉に於きましては、關税の保護もなく、又政府の補助もなく、競爭どころか、生産「コスト」の安い、量の豐富な世界農業から、又も滅茶苦茶に叩きのめされるであらうと云ふことを、農民齊しく憂慮致して居るのでございます(拍手)此の深刻な農民の二重の不安を一掃致しまして、此の際政府は何が故に、本法案に先だつ所の日本農業の革新の構成圖をば我々に示さないのでありませうか、土地制度は日本農業の一環に過ぎないのであります、さうしますならば、日本農業革新の構成圖を示すこそ、本法案を審議する前提要件でなければならないと私は思ふのであります、此の點に對しまして農林大臣に御伺ひ致したいと思ふのであります 次には日本農業革新が國家百年の大計になりまする以上は、當然思想的な政策の基盤を示さなければならない、資本主義に依るのであるか、社會主義に依るのであるか、或は協同主義であるか、共産主義であるか、先程幣原國務大臣は、さうしたことは其の時の時勢に應じて政府が舵を取れば宜しい、斯う云ふ御答辯でありましたけれども、其のやうな當て途のない舵を取る政府に、國民は蹤いて行けるでありませうか、國民をどのやうな方向に政府が持つて行くか、此のことを示すと云ふことが、親切な舵を取る船頭の役割であらうと私は思ふ、一體此の日本農業の革新と云ふものは、唯單に一農林省で立案、計畫、實行すべきものではないと思ふのであります、政府自らの責任に於きまして、國土計畫の下に於ける都市と農村との關係をどうするか、人口配分の問題をどうするか、財政或は税制の問題、教育の問題等總てを綜合的に調整し、水準化を圖ると云ふことでなければ、眞に民主化され、住むに樂しく、人情の麗はしい、新しい民主日本農村と云ふものは再建し得られないものであると私は思ふのであります、隨て本案の内容質問に先だちまして、私は以上の二點に關しまして特に幣原國務大臣及び和田農林大臣の御所見を御伺ひ致したいと思ひます 畢竟斯かる意味に於きまする日本農業革新の目標は何處に置くべきかと云ふことになりますと、私は家族の勞働力を單位と致しまして、家産として一定の面積の自作地をば永久に維持經營せしめ、農業其のものに全靈全身を打込む所の其の農民が、自らの所得に依つて十分に文化生活を營み、而して部落の七割以上のものは中堅農家に依つて占めるやうに全國に布置培養せしめ、其の社會的、自主的組織力を中核と致しまして、最も效率的な部落協働體制を整へ、以て社會經濟力の進展の基盤たらしむることが日本農業革新の方途であると私は思ふのであります、此の線に沿ひまして以下私は本法案の質疑に入りたいと思ひます 本法案の第一條には、四つの目的を掲げて居ります、即ち耕作者の地位の安定、勞働の成果の公正なる享受、農業生産力の發展、農村民主化の促進、即ち此の四つであります、而して此の四つの目的を達するには、自作農を急速且つ廣汎に創設するを以て達成せられるとなして居るのでありますが、茲に御伺ひ致したいことは、創設だけで果して此の目的が達成せられるや否やと云ふ點であります、何事に依らず、創設よりも維持育成の方が大切であります、過去に於ける制度竝に政策の失敗は、總て創設は致しましたけれども、是が維持育成を誤つた點にあつたのではなからうかと思ふのであります、而して維持育成の途は何であるかと言ひますると、今日茲に御提案になつて居りまする所の自作農創設法案のみを以てしては、到底達成し得られないのであります、之を歴史に徴しますれば、大化の改新に於ける班田收授の法、或は徳川家光の土地永代賣買禁止法、何れも是は失敗に歸して居るのであります、其の失敗の原因は何れにあつたかと言ひますると、創設は致しましたものの、維持育成を怠つたと云ふ所にあるのでありまして、若し政府が此の自作農を創設したばかりで、維持育成に力を用ひないと云ふことでありまするならば、同じく大化の改新の二の舞を演じ、徳川三代將軍の轍を踏み、遂に聯合國よりして其の鼎の輕重を問はれるのではあるまいかと憂慮せられるのでございます、隨て第一條に於きましては、當然維持と云ふことを明文の中にはつきり示して戴きたい、更に又此の法案の各條項に亙りまして、眞に民主化され、組織化され、而も自主性のある、所謂部落協働體制に則る所の維持育成の方法をば明文化されんことを特に切望致したいのであります 次に第一條の四つの目的に付て御尋ね申上げます、第一は耕作者の地位の安定に付てであります、耕作者の欲するものは、私は地位の安定ではなくて、生活の安定であらうと思ひます、生活は生命に直接的の繋がりを持つのでありますけれども、地位は單に間接的な關係を持つに過ぎませぬ、我が國現在の總耕地面積は、田が三百萬町歩に、畑が二百五十萬町歩、合計五百五十萬町歩、外に開墾可能地を加へましても、將來六百五十萬町歩乃至七百萬町歩が精々と思はれます、而も其の農耕地は、形態、所在、生産力に於て各各千差萬別があり、我が國將來の人口政策の上より致しまして、果して八千萬人の中、其の幾何を適正農業人口として包容定有せしむることが出來るでありませうか、而も現實の問題と致しましては、農業人口は約三千五百萬で、一平方「キロ」百九十一人の密度を示し、「ベルギー」の二百七十二人、「オランダ」の二百五十四人、「イギリス」の百九十六人に次いで、實に世界の第四位を占めて居るのであります、政府は失業者其の他に依る歸農對策を樹立實行しつつありまするけれども、それは如何なる見解と將來の見透しの上になされてあるのでございませうか、農村は斷じて失業者の掃溜めではございませぬ、政府は十分に歸農者の適性檢査を致しまして、其の能力に適應した所の農業經營を指導するのでなければ獨り歸農者に對してのみならず、農村全體に直接間接の惡影響を及ぼすことを戒めねばなりませぬ、更にそれよりも農業豫備軍とでも申すべき二十歳以下の次三男が、今日我が農村には三百萬近くも居るのであります、此の事實は、現在の農業經營或は農家經濟に根本的な組織形態の變革を要請し、耕作者に對して、其の地位よりは寧ろ生活其のものの安定策をこそ急務とすると思はれるのでございますけれども、之に對しまする厚生大臣竝に農林大臣の御所見を伺ひたいのであります 第二は勞働の成果の公正なる享受に付てであります、勞働の成果は勞働生産力の表現であります、生産性の低い所の勞働成果は、僅少の成果をしか得られず、生産性の高いものは、多額の成果を擧げ、それを其の儘享受せしめると云ふことが、所謂公正なる享受と云ふ觀念でございませう、私は公正と云ふ觀念は、個人的な道義的なものにはあらずして、即ち十分に社會的道義性を織り込んだものでなければならないと考へるのでありますが、果して然りとするならば、政府は知性と科學技術に乏しい所の五反百姓や、飯米補給に過ぎないやうな會社や富豪の農場等に對しまして、生産性上昇の目的に依りまして、強制的に之を買上げ、或は又交換分合や耕地の集團化を圖りまして、十分に合理性と科學性のある耕地の再分配を斷行し、以て新しい勞働組織と、能率の高い勞働方法を導入するの基盤を培養するは勿論、耕種法の研究、肥培管理の工夫、農業技術の錬成、經營の改善等、皆此の線に沿うて新たな展開を要すると思ふのでありますが、之に對する御所見を伺ひたいのであります、所が本法に依りますれば、地主の所有權を唯單に小作人に移轉するやうにしか思はれませぬ、而も條件の好い土地は別と致しまして、條件の惡い土地は國家又は公共團體の手に殘りまして、それが爲め將來色々複雜な問題を派生するでありませうことは、既に同僚議員の指摘したる通りでございます、果して然りと致しますならば、さうした懸念は一片の杞憂に過ぎないのでございませうか、否それよりも、斯くの如き刹那的、彌縫的、便宜的な方法で當面を胡麻化して自作農を創設致しましても、良心的にして進歩的な、而も十分に文化性を盛つた所の部落協働體制の組織を採入れない限りに於きましては、斷じて勞働の生産性は效率化するものではなく、隨て勞働の成果は公正に分配し得られないものと信ずるのであります(拍手) 第三は農業生産力の發展に付てであります、農業生産力は獨り食糧増産をのみ意味するものではありませぬ、固より八千萬國民に三合配給と言はんよりは、寧ろ三千「カロリー」と「ヴィタミン」其の他必要なる榮養の攝取を保證する爲に、少くも主食たる米は八千萬石、麥は四千萬石を確保することは、日本農業に課されて居ります至上命令と思ふのでありますが、將來の農業は、平地農業より立體農業へ、單純農業より多角形農業へ、養蠶もやれば大家畜、中家畜、小家畜も飼ひ、酪農もやれば果樹も栽培し、機械力も用ふれば、電力利用もやると云ふやうな方向に進み、一方は國内産業に對し、原料供給、加工生産等の面で結付き、他方は世界農業に對しまして、やはり原始生産、加工生産の面で對立競爭を避け、國内及び國際情勢の變化に對應致しまして、何時でも栽培作物の規制或は農業經營の轉換を行ひ得るやうな機動的な態勢を整へて置くのが、所謂生産力發展の基本的な考へ方であらうと思ふのであります、それが爲には、未墾地の開拓と既墾地の整備に力を注ぐことが當面の急務でありますから、天惠の山岳や河川を利用致しまして、大貯水池や大發電所は固より、隨所に小溜池、小發電所の如きものを造ると共に、大々的な耕地整理を行ひ、土地改良をやりまして、そこに失業者を動員すべきが今日の失業救濟策であらうと私は思ふのであります、同時に又低廉にして豐富な肥料を供給するが爲の肥料工場や、堅牢にして能率の高い機械器具の配給と、其の修繕が簡單に出來るやうな農機具工場、其の他農産物を加工原料とし、或は農村生活と結付いた副業及び農村工業の計畫的に普及することも肝要であらうと思ふのであります、私は農業生産力の發展と云ふことは、それよりも寧ろ農村經濟力の發展の方に重點を置くべきものであらうと考へるのであります 第四は農村民主化の促進に付てであります、農村民主化の根幹は、中堅自作農の維持育成である、五百五十萬の農家の中、少くも其の七割の四百萬戸は、地方に依つて異なりましても、一町或は二町内外の耕地面積を所有する者に依つて確保を圖り、十分の矜恃を持つて農業に専念せしめ、力強い土の文化、生産文化を推進致しまして、平和日本に黎明を齎しむるにあると思ふのであります、恆産ある者は恆心ありで、家族の勞働力を基本とし、十分に文化生活を營み得るだけの耕地は、家産として之を子々孫々に繼承せしめ、而して適正な農産物價を保障し、農家の公租公課の基準を確定して、經濟生活の安定を圖らねばならぬと思ふのであります、農家經濟は現物收入と現金收入とが半々の形を取りまして、收入より支出を差引いて、尚ほ相當の餘剩あらしむる如き堅實な姿に致すことが今日の急務であり、其の形態が農耕地の收入だけに依つて保障さるることに相成りまするならば、經濟生活は安定して、朗色が漲り、農村に於て最も健全なる民主化が實現されると思ふのであります、若し之に反しまして、農家經濟が土地收入のみで安定性を缺く場合は、押しなべて貧乏となりまして、農村は封建制とは別個の意味で、資本制の奴隸的境遇に沈湎せねばならぬ結果に相成ると思ふのであります、農村の現在は恐らく「インフレ」の絶頂でありまして、今後農産物價は日に月に下落の一途を辿るのみならば、農家經濟は其の構造を縮小する一方であらうと思ひます、今日の低利資金は斷じて明日の低利資金ではなく、高利資金であります、隨て本法案第二十七條の保障の如きは、燒石に水に等しく、もつともつと高い見地から將來を透見致しました、科學性のある政策を樹立せねばならぬと思ふのでありまするが、此の點に對しまして大藏大臣、農林大臣の御所見を伺ひたいのであります 要するに本法案には幾多の不備缺陷があるのでありまして、農民心理と農村の實情に疎い官僚の獨り善がりの彌縫政策が、隨所に發見せられるのであります、而も良地主と惡地主を同一視し、良小作人と惡小作人とを何等區別することなく、口に信賞必罰を唱へながら、惡貨が良貨を驅逐すると云ふ「グレシャム」の法則が食糧増産に、其の供出に、將又農村生活の全般に亙りまして根強く巣食つて居る事實を見て見ぬ振りをして居るが如き、良心も勇氣も情熱もないやうな地方の官僚が當面此の法案を運營致しまして、果して劃期的な此の役割を果し得るでございませうか、加之民主主義を履き違へまして、勞働運勤の行き過ぎを各方面から指彈されて居るやうな輕薄なる農林官僚に、公正無私なるべき指導の大役を任せ得るかどうか、全國農民の齊しく憂慮する所であらねばなりませぬ、此の際政府は十分に民間の協力を求むると共に、活眼を將來に開き、各種各方面の試驗場、研究所、調査機關等を一元的に統制し、官民の知識、技術、經驗を渾然一體化致しまして、中央、地方を貫く所の宏壯にして雄大なる規模を以て、經營、經濟、技術、農民指導等の全般に亙つて、權威ある日本農業研究所のやうな機關を至急に設置致しまして、農民の一人々々にまで日本農業革新の情熱と氣魄と意氣とを振起せしめる用意があるのでございませうか、此の點を御伺ひ致したいのであります、加之日本農業の革新は國政改革と大きな繋がりを持つ以上、現在の如き官廳の「セクショナリズム」では到底覺束ないと思ふのであります、例へば内務省は北海道拓殖の問題を握つて放さない、大藏省は農民から煙草や酒を取上げまして、直接税と間接税を合せますると、徳川、明治時代の六公四民、或は五公五民に近いやうな重税を課して居るのであります、小作料が世界一高いと言ひますならば、農民の負擔こそは正に天井なしの重税と言はざるを得ないのであります、文部省は又教育及び文化の面に於きまして、農林省とは少しもしつくりしないばかりでなく、土に生れて、土に生き、土に死すべき運命にありまする所の農村の長男と、農に生れながら耕地飢饉より農村に留まり得ない所の次三男に對しましても、都會の子弟同樣の教育を施し、文化面に至つては、都會の刹那的な官能主義を其の儘農村に持込みまして、土の文化、生産の文化、生命の文化を根柢より破壞しつつある状態であります、此の際内務省は姑く措き、大藏省に對しまして、煙草に付ては幾分の自家用、酒に付きましても供出完納致した者が酒屋に委託釀造をして、さうして申請に依つてそれを許可すると云ふやうな制度を御認めになられる御意思がないかどうか、農民の慰安と生産意欲昂揚の爲には、さうした温かい政治を行ふと云ふことも、此の際極めて肝要であらうと思はれるのでありますが、御伺ひ致したいのであります、若し此のやうに大藏省が現在の如き農民に對して重税を課して憚らないと致しまするならば、班田收授の法に於きまして、或は徳川時代の土地賣買禁止令に於きまして、何れも失敗の歴史が、重税を課して農民を其の土地に留まり得ない状態に置かしめたことが大いなる原因でありますので、其の點を十分御考への上で、將來の財政及び税制計畫を立てられんことを切望致して已まぬのであります、更に文部省に對しましては、過去の農村教育は兵農兩全の點に重點を置いたのでありますが、將來の教育は文農兩全に重點を置かなければならないと思ふ、而して農村に留まりまする者には土の教育と土の文化を、農村を離れまする者には學問と技術と商法を一元化致しましたやうな、學問をしながら技術を修練し、更に商法を覺えると云ふが如き、所謂學校工場制度の如きものの創設に向つて此の際十分の御研究を煩したいのであります 最後に私は我が國の食糧豐庫であり、革新農業の基盤とも言ふべき北海道、東北、北陸の所謂積雪地方農村に付きまして、本法案との關係を承りたいと思ふのであります、一年の殆ど三箇月乃至五箇月を、寒冷と積雪の中に閉ざされて生活致して居りまする積雪地方の農民は、金錢に見積り得る雪害だけでも年々二億或は三億を下らないのであります、而も五年目或は七年目には凶作飢饉を避け難いことを運命と致して居るのでありまして、此の地方の農民は商工業に依る收入の途はなく、唯一毛作の耕地と冬期間の副業にしがみ付いて、實に暗い生活を致して居るのであります、昭和四、五年頃の農村恐慌や、昭和九年の大凶作には、娘地嶽を現出したとさへ言はれまする此の積雪地方の農民が、軈て再び農村不況がやつて參りました際には、あの當時の慘劇と悲慘をば又再び繰返すに至るのであらうと云ふことは、我々と致して今日より十分警戒せねばならぬことと思ふのであります(拍手)政府は灰色と暗欝に閉ざされる所の此の積雪地方農村に對しまして、其の經營を改善し、其の經濟を充實し、冬季の餘剩勞力を生産化する爲には、副業及び農村工業に新生面を開くと同時に、農業生産力發展の爲に、農業氣象の調査、農事試驗場、冷害試驗地其の他の施設を充實致しまして、更に十數年間縁の下の力持のやうな働きをなして參りました所の農林省直轄の奧羽試驗地、積雪地方農村經濟調査所、或は商工省の東北工藝指導所、榮養研究所と云ふやうな國家の機關を擴充すると共に、民間の協力機關を之に併設致しまして、官民一體の協力態勢を以て農民の生活安定に全智全能を傾倒せしめられる御用意がないでありませうか、此の點を特に御伺ひ致したいのであります 更に此の地方よりは戰爭中に於きまして、滿洲開拓の爲に、滿洲の分村計畫を各町村に樹立實行せしめ、或は開拓民、或は青年義勇隊をあの滿洲の荒野に數多送つたのであります、それ等の可憐なる開拓民、義勇隊の人々は、今敗戰の苦杯を嘗め、送られた數の恐らく三分の一或は半分位の數で、千人の所ならば三百人或は五百人の數を精精取纒めて、内地に歸國しつつある悲慘な状態であります、是等の人々は滿洲の荒野に於きまして、大陸農法に付て非常な經驗を積んで參つたのでありますが、今日内地に歸りまするや、政府の處置萬全を缺き、一衣一物もなき人々が、來るべき冬を迎へんとして震え上つて居るやうな状態でありますが、此の滿洲開拓より歸國致しました者に對しまして、政府は一日も早く住宅を與へ、衣類を與へ、食糧を與へ、農機具を與へ、而して滿洲に於て血涙に滲む所の體驗に依つて會得致しましたる大陸農法をば、内地の開拓に其の儘利用せしむるの御考へありやなしや、此の點を最後に御伺ひ致しまして私の質問を終る次第であります(拍手)  〔國務大臣和田博雄君登壇〕○國務大臣(和田博雄君) 簡單に御答へ致します、日本農業の革新の方策を示せと云ふことでございまするが、是は日本の農業を何處から革新して行くかと云ふ問題になるのでありまして、我々と致しましては、日本の民主化の上に最も基本的な農地制度の點から之を革新して行きたい、斯樣に考へて居るのであります、勿論農地制度の改革だけに依りまして總ての問題が解決されるとは毛頭考へて居りませぬ、農地制度の改革は、今後に於きまする所の日本農業の發展の一つの出發點を與へるものなのでありまして、此の基礎の上に今後凡ゆる方策を立てまして、日本の農業の革新を致して行きたい、斯う考へて居りまするが故に、其の點を御諒解願ひたいのであります それから今度の農地制度の改革の思想的な傾向と言ひますか、根據と云ふことを御聽きになつたのでありまするが、今後の農地制度の改革と云ふものは、小作人に土地を與へまして之を自作人にする、而も殘存する所の小作關係に付ては之を合理化して行く、さうして一面に於て耕作權と云ふものを確立して行く、斯う云ふ考へ方でありまするので、強ひて之を言ひますれば、是は資本主義に於ける合理性を何處までも追求して行く、斯う云ふ立場であることは、法案を御讀み下さるならば御諒解願へることと思ふのであります 次に自作農維持の問題でございますが、自作農維持の問題は唯單に法律に規定致しただけでは、問題は解決しないのであります、併し今囘は小作人にして自作農になる者が、其の年賦償還に付きまして過大の負擔を負ひませぬやうに、又農地に付てそれぞれ流失、埋沒等天災がありました場合には、是は國家として其の年賦金の償還の減免を致すと云ふやうな方法を講じまして、法的にも此の維持を圖つて居るのであります、併し自作農の創設維持は、是は今後此の農地制度の改革に依りまして出來ました中小農民一般の經營を維持するかどうかと云ふ問題でございまして、農地制度の改革と云ふものを基礎に致しまして、協同組合でありますとか、其の他各種の方策を講じて維持して行くと云ふことにならざるを得ないのであります、御參考までに申上げますが、大正十五年以來自作農の創設が行はれて來て居つたのでありまするが、其の自作農になりました者で沒落致しましたのは、總數の僅か三%でございます、其の數たるや實に寥寥たるものなのでございまして、今後と雖も自作農それ自體の維持に付きましては、政府としましては價格の政策、協同組合の普及發達、其の他技術の指導など、凡ゆる點から之を維持して行きたいと考へて居ります それから最後の御質問に付て御答へ致しますが、滿洲の開拓民が今續々と歸つて來て居ります、是は洵に御苦勞を致されました方々でありまして、我我としましては、此の滿洲開拓民に付きましては、特に内地に歸りました以後其の人達を優遇致しまして、土地を與へ、此の人達を開拓地に入れまして營農をせしめると云ふことに付きましては、十分考へて居るのでありまして、農林省を中心にしまして、滿洲開拓民だけの世話を致しまする特別の一つの機關を作りまして、是は徹底的に御世話を申上げたいと目下準備を致して居ります それから法第一條に付ての御質問でございますが、是は大體我々は御意見の通りに考へて居る次第であります、殊に耕地整理を今後は誰がやられるかと云ふ問題でありますが、是は從來は地主を中心に致して行つたのでありまするが、今後は耕作農民を中心にして、其の負擔に於て行つて行くことになると思ひます、又勿論耕地の改良其の他に付きましては、是は國家的に十分援助を致しまする必要がございますので、耕作者の負擔及び國家の資本をそこに導入致しまして、耕地の整理其の他の土地改良を行ふことになつて行く、斯樣に考へて居る次第であります、それから民主的傾向の促進に關する適正規模の問題でありますとか其の他の點は、今までの御方の御質問に對して御答へ致しましたので、それを以ちましてどうぞ御諒承を御願ひ致したいと思ひます それから日本の農業の發達に付きまして、技術、經營其の他の點に付て凡ゆる知識を動員し、且つ又是等の點に付て農業研究所と云ふものを作つて研究して行く考へはないかと云ふ御話でございまするが、是は今囘幸ひにして農業綜合研究所と云ふ豫算が認められましたので、其處に於きまして綜合的な研究を致して行きたい、斯樣に考へて居る次第であります、又東北地方の將來に對しまする所の指導其の他の問題に付きましては、現在ありまする所の積雪地方調査研究所でありますとか、又三本木にありまする所の經營地指導農場等、さう云つた機關を十分に働かせまして、今後來ることのありませう農業恐慌其の他の點に對しましては、本當に時宜に即應した經營の指導が出來ますやうに、今から研究をさせて居る次第でございます(拍手)  〔國務大臣石橋湛山君登壇〕○國務大臣(石橋湛山君) 農村の物價が下ると云ふことは、是は無論將來の問題として豫期されることであり、或は案外其の時期が早く來ないとも限らないのであります、隨てそれが激しく來れば、今日と違つて農村が又過去の困難を繰返すと云ふことは豫想出來る譯であります、之に對して、、左樣な困難を激しく及ぼさないやうな方策も私はあると考へて居ります、それは尚ほ今後單に金融とか何とか云ふものだけではいけないのであります、全體の農業政策として考慮すべきものと存じて居ります それから酒のことは色々先般來御話も承りましたが、尚ほ研究を致して居ります、それから税は必ずしも農村にだけ重いのぢやないのでありまして、先般増税案の御審議を願つた際にも色色御議論がありましたやうに、日本全體として相當税が高いのであります、農村のみ高い、斯う云ふ次第ではありませぬ、又現在のは高いとは言ひながら現在の税の程度ならば、御心配のやうな、其の爲に農民が流離するやうなことは絶對にないものと考へて居ります(拍手)  〔國務大臣田中耕太郎君登壇〕○國務大臣(田中耕太郎君) 御答へ申上げます、農家の子弟で就學不如意の状況にある者が今後或は殖えないとも限りませぬので、斯う云ふ點に付きましては、只今御指摘がありましたやうに、農村に於きまして及び農村を離れた都會に於きまして、勞働をしながら學問を修得し得ると云ふ風に、學校の内容なり學校の修學方法を考へなければならないと存じて居ります、農村に於きましては青年學校の内容改善を圖り、一層魅力あるものと致しまして、又地方々々の實情に應じて、若し工業が發達致しますならば、其の方面に於て働きながら學ぶことが出來るやうに、又都市に於きましても、商業學校、工業學校、或はもつと高等な専門學校、大學等も、夜學の如き制度を擴充強化致しまして、やはり働きながら學ぶことが出來るやうに努力致したいと存じて居る次第であります  〔國務大臣河合良成君登壇〕○國務大臣(河合良成君) 只今農民の生活安定、人口政策等に付ての御尋ねでありましたが、先程石橋大藏大臣の御話の通り、穀物の値段は何時暴落せんとも限りませぬ、私の體驗に依りましても、大隈内閣の時に米が一石十一圓に下つて、私は政府の役人として米價調節をやつた體驗を持つて居ります、それから其の後第一次「ヨーロッパ」戰爭の起る時には、生絲が百斤で六百圓に下りました、それから昭和五、六年の井上「デフレーション」の時には、繭が一貫三圓に下つた、私共はさう云ふ體驗も持つて居りますので、やはり是は將來に備へて今日から色々な施設をやつて置かなくちやならぬ、特に社會政策の部面に付きまして、勇敢に之に備へて、さう云ふ場合が起きても農民は大丈夫だと云ふ態勢は、是非執つて置かなければならぬと云ふことを確信して居ります、やはり醫療の問題、榮養の問題等が第一だと思つて居ります、それから社會保險の問題、此の内閣は出來てからまだ間もありませぬので、此の豫算にもそこまでの經綸を行ふことが出來ませぬ、今後は必ず行ひます それから人口政策に付て御尋ねでありましたが、只今人口密度は日本は世界で第四位だと云ふ御話がありました、其の通りであります、併しながら日本は耕地面積は僅かに全土の六分の一しかありませぬ、耕地面積一平方「キロメートル」に對する人口割合は、日本は千三百人臺であります、世界第一であります、餘り威張つた世界第一でありませぬけれども、非常な差であります、「ベルジウム」は八百人臺、「オランダ」は七百人臺と云ふことで、どうしても日本の人口問題は、耕地の關係を非常に重大に考へて行かなければならぬ、それに對しましては、やはりどうしても農業政策の高度化、或は農村工業、斯う云ふ面に對して餘程人口を深く入れて行つて、深みのある「インデンシヴ」な農業をやつて行くことが第一だと思つて居ります、失業問題は今非常に急な問題で、十分其の點に行屆きませぬが、政府としましては、必ずさう云ふ面に付き深い政策を執つて行くと云ふ確信で居ります○議長(山崎猛君) 是にて質疑は終了致しました、各案の審査を付託すべき委員の選擧に付て御諮り致します―――――――――――――――――――――○山口喜久一郎君 日程第一及び第二の兩案を一括して、議長指名四十五名の委員に付託せられんことを望みます○議長(山崎猛君) 山口君の動議に御異議ありませぬか  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕○議長(山崎猛君) 御異議なしと認めます、仍て動議の如く決しました、是にて議事日程は議了致しました、次會の議事日程は公報を以て通知致します、本日は是にて散會致します   午後五時三十四分散會