1. 会議録本文
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000・会議録情報
大正十二年三月五日(月曜日)
午前十時九分開議
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議事日程 第十八號 大正十二年三月五日
午前十時開議
第一 陪審法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第二 恩給法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第三 岩北軌道株式會社所屬軌道經營廢止に對する補償の爲公債發行に關する法律案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第四 中央卸賣市場法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第五 産業組合中央金庫法案(衆議院提出) 第一讀會
第六 伊曾乃神社昇格の請願 會議
第七 軍人恩給法中改正の請願 會議
第八 卸肖像掲載の印刷物取締に關する請願 會議
第九 屯田兵喇叭卒竝其の遺族に土地給與の請願 會議
第十 詐稱癈兵取締に關する請願 會議
第十一 北海道檜山郡厚澤部村に區裁判所出張所設置の請願 會議
第十二 氣象觀測所増設の請願 會議
第十三 癈兵竝戰死者遺族待遇に關する請願 會議
第十四 陸軍除隊兵に軍服支給の請願 會議
第十五 國定教科書飜刻規定中改正の請願 會議
第十六 鑛業に因る農耕地の被害救濟に關する請願 會議
第十七 天賣漁港修築の請願 會議
第十八 長野縣東筑摩郡會田村に登記所設置の請願 會議
第十九 北海道雨龍郡深川町に區裁判所設置の請願 會議
第二十 内地棉花栽培奬勵の請願 會議
第二十一 日光山を帝國公園と爲すの請願 會議
第二十二 瀬棚港修築の請願 會議
第二十三 根室港修築の請願 會議
━━━━━━━━━━━━━発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=0
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001・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 是ヨリ諸般ノ報〓ヲ致サセマス
〔瀨古書記官朗讀〕
一昨三日本院ニ於テ可決シタル左ノ政府提出案ハ即日裁可ヲ奏請シ又可決
ノ旨ヲ衆議院ニ通知セリ
東京砲兵工廠及大阪砲兵工廠ノ各特別會計合併ニ關スル法律案
同日本院ニ於テ可決シタル神社及祭祀ノ制度ニ關スル建議ハ文書ヲ以テ即
日之ヲ政府ニ呈出セリ
同日決算委員長ヨリ分科擔當委員ノ兼務ヲ左ノ如ク變更シ及決定セル旨ノ
報告書ヲ提出セリ
第一分科擔當委員男爵毛利五郞君
第二分科兼務ヲ第四分科兼務ニ變更ス
第二分科擔當委員伊澤多喜男君
第三分科擔當委員男爵辻太郞君
第四分科兼務
同日特別委員會ニ於テ當選シタル正副委員長ノ氏名左ノ如シ
大正五年法律第十六號中改正法律案特別委員會
委員長男爵古市公威君
副委員長男爵斯波忠三郞君
同日特別委員長ヨリ左ノ報〓書ヲ提出セリ
共通法中改正法律案可決報告書
同日衆議院ヨリ左ノ政府提出案ヲ受領セリ
恩給法案
岩北軌道株式會社所屬軌道經營廢止ニ對スル補償ノ爲公債發行ニ關スル法
律案
中央卸賣市場法案
同日衆議院ヨリ左ノ法律案ヲ提出セリ
產業組合中央金庫法案
同日衆議院ヨリ本院ノ送付ニ係ル左ノ政府提出案ハ本院ノ議決ニ同意シ
奏上セル旨ノ通牒ヲ受領セリ
種牡馬檢査法中改正法律案
同日可決シタル議員何禮之君ニ對スル弔辭ハ翌四日之ヲ贈レリ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=1
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002・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 是ヨリ本日ノ會議ヲ開キマス、日程第一、陪審法
案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、本日モ通牒文ノ朗讀ハ總テ省略イタ
シタク考ヘマス、御異議ゴザイマセヌカ
〔「異議ナシ」ト呼フ者アリ〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=2
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003・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 御異議ナイト認メマス、司法大臣岡野敬次郞君
〔左ノ通牒文及議案ハ朗讀ヲ經サルモ參照ノタメ茲ニ載錄ス以下之
ニ傚フ〕
陪審法案
右政府提出案本院ニ於テ可決セリ因テ議院法第五十四條ニ依リ及送付候也
大正十二年三月二日
衆議院議長粕谷義三
貴族院議長公爵德川家達殿
陪審法案
陪審法
第一章總則
第二章陪審員及陪審ノ構成
第三章陪審手續
第一節公判準備
第二節公判手續及公判ノ裁判
第三節上訴
第四章陪審費用
第五章罰則
第六章補則
附則
陪審法
第一章總則
第一條裁判所ハ本法ノ定ムル所ニ依リ刑事事件ニ付陪審ノ評議ニ付シテ
事實ノ判斷ヲ爲スコトヲ得
第二條死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ該ル事件ハ之ヲ陪審ノ評議ニ付ス
第三條長期三年ヲ超ユル有期ノ懲役又ハ禁錮ニ該ル事件ニシテ地方裁判
所ノ管轄ニ屬スルモノニ付被〓人ノ請求アリタルトキハ之ヲ陪審ノ評議
二種八
第四條左ニ揭クル罪ニ該ル事件ハ前二條ノ規定ニ拘ラス之ヲ陪審ノ評議
ニ付セス
一大審院ノ特別權限ニ屬スル罪
二刑法第二編第一章乃至第四章及第八章ノ罪
三軍機保護法、陸軍刑法又ハ海軍刑法ノ罪其ノ他軍機ニ關シ犯シタル
罪
四法令ニ依リテ行フ公選ニ關シ犯シタル罪
第五條第三條ノ請求ハ第一囘公判期日前ニ之ヲ爲スヘシ但シ其ノ期日前
ト雖最初ニ定メタル公判期日ノ召喚ヲ受ケタル日ヨリ十日ヲ經過シタル
トキハ之ヲ爲スコトヲ得ス
第六條被〓人ハ檢事ノ被〓事件陳述前ハ何時ニテモ事件ヲ陪審ノ評議ニ
付スルコトヲ辭シ又ハ請求ヲ取下クルコトヲ得
前項ノ場合ニ於テハ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ得ス
第七條被〓人公判又ハ公判準備ニ於ケル取調ニ於テ公訴事實ヲ認メタル
トキハ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ得ス但シ共同被〓人中公訴事實
ヲ認メサル者アルトキハ此ノ限ニ在ラス
第八條地方ノ情況ニ由リ陪審ノ評議公平ヲ失スルノ虞アルトキハ檢事ハ
直近上級裁判所ニ管轄移轉ノ請求ヲ爲スコトヲ得
公判ニ繫屬スル事件ニ付前項ノ請求アリタルトキハ訴訟手續ヲ停止スヘ
第九條前條第一項ノ請求ヲ爲スニハ理由ヲ附シタル請求書ヲ管轄裁判所
ニ差出スヘシ
前項ノ請求書ヲ差出スニハ管轄裁判所ノ檢事ヲ經由スヘシ
公判ニ繫屬スル事件ニ付管轄移轉ノ請求ヲ爲シタルトキハ速ニ其ノ旨ヲ
裁判所ニ通知シ且請求書ノ謄本ヲ被〓人ニ交付スヘシ
被〓人ハ謄本ノ交付ヲ受ケタル日ヨリ三日內ニ意見書ヲ差出スコトヲ得
管轄裁判所ハ檢事ノ意見ヲ聽キ決定ヲ爲スヘシ
第十條管轄移轉ノ請求アリタルトキハ被〓人ハ檢事ノ被告事件陳述後ト
雖其ノ決定アル迄事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ辭シ又ハ請求ヲ取下
クルコトヲ得
被〓人事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ辭シ又ハ請求ヲ取下ケタルニ因
リ事件陪審ノ評議ニ付スヘカラサルニ至リタルトキハ檢事ノ管轄移轉ノ
請求ハ之ヲ取下ケタルモノト看做ス
共同被〓人中事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ辭シ又ハ請求ヲ取下ケタ
ル者アルトキハ其ノ被告人ニ關スル管轄移轉ノ請求ニ付亦前項ニ同シ
第十一條上訴裁判所ニ於テハ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ得ス
第二章陪審員及陪審ノ構成
第十二條陪審員ハ左ノ各號ニ該當スル者タルコトヲ要ス
一帝國臣民タル男子ニシテ三十歳以上タルコト
二引續キ二年以上同一市町村内ニ住居スルコト
三引續キ二年以上直接國稅三圓以上ヲ納ムルコト
四讀ミ書キヲ爲シ得ルコト
前項第二號及第三號ノ要件ハ其ノ年九月一日ノ現在ニ依ル
第十三條左ニ揭クル者ハ陪審員タルコトヲ得ス
-禁治產者、準禁治產者
二破產者ニシテ復權ヲ得サルモノ
三聾者、啞者、盲者
四懲役、六年以上ノ禁錮、舊刑法ノ重罪ノ刑又ハ重禁錮ニ處セラレタ
ル者
第十四條左ニ揭クル者ハ陪審員ノ職務ニ就カシムルコトヲ得ス
-國務大臣
二在職ノ判事、檢事、陸軍法務官、海軍法務官
三在職ノ行政裁判所長官、行政裁判所評定官
四在職ノ宮内官吏
五現役ノ陸軍軍人、海軍軍人
六在職ノ廳府縣長官、郡長、島司、廳支廳長
七在職ノ警察官吏
八在職ノ監獄官吏
九在職ノ裁判所書記長、裁判所書記
十在職ノ收稅官吏、稅關官吏、專賣官吏
+-郵便電信電話鐵道及軌道ノ現業ニ從事スル者竝船員
十二市町村長
十三辯護士、辨理士
十四公證人、執達吏、代書人
十五在職ノ小學校〓員
十六神官、神職、僧侶、諸宗〓師
十七醫師、齒科醫師、藥劑師
十八學生、生徒
第十五條陪審員ハ左ノ場合ニ於テ職務ノ執行ヨリ除斥セラルヘシ
-陪審員被害者ナルトキ
二陪審員私訴當事者ナルトキ
三陪審員被〓人、被害者若ハ私訴當事者ノ親族ナルトキ又ハ親族タリ
シトキ
四陪審員被告人、被害者又ハ私訴當事者ノ屬スル家ノ戶主又ハ家族ナ
ルトキ
五陪審員被告人、被害者又ハ私訴當事者ノ法定代理人、後見監督人又
ハ保佐人ナルトキ
六陪審員被告人、被害者又ハ私訴當事者ノ同居人又ハ雇人ナルトキ
七陪審員事件ニ付〓發ヲ爲シタルトキ
八陪審員事件ニ付證人又ハ鑑定人ト爲リタルトキ
九陪審員事件ニ付被〓人ノ代理人、辯護人、輔佐人又ハ私訴當事者ノ
代理人ト爲リタルトキ
十陪審員事件ニ付判事、檢事、司法警察官又ハ陪審員トシテ職務ヲ行
ヒタルトキ
第十六條左ニ揭クル者ハ陪審員ノ職務ヲ辭スルコトヲ得
-六十歲以上ノ者
二在職ノ官吏、公吏、〓員
三貴族院議員、衆議院議員及法令ヲ以テ組織シタル議會ノ議員但シ會
期中ニ限ル
第十七條市町村長ハ每年陪審員資格者名簿ヲ調製シ九月一日現在ニ依リ
其ノ市町村内ニ於テ資格ヲ有スル者ヲ之ニ登載スヘシ
陪審員資格者名簿ニハ資格者ノ氏名、身分、職業、住居地、生年月日及
納稅額ヲ記載スヘシ
市町村長ハ陪審員資格者名簿ノ副本ヲ調製シ之ヲ管轄區裁判所判事ニ送
付スヘシ
第十八條市町村長ハ十月一日ヨリ七日間其ノ廳ニ於テ陪審員資格者名簿
ヲ縱覽ニ供スヘシ
第十九條法律ニ違反シテ陪審員資格者名簿ニ登載セラレタル者ハ縱覽期
間內及其ノ後七日內ニ市町村長ニ異議ノ申立ヲ爲スコトヲ得
法律ニ違反シテ陪審員資格者名簿ニ登載セラレサル者ハ前項ノ規定ニ依
リ異議ノ申立ヲ爲スコトヲ得
異議ノ申立ハ書面ヲ以テシ其ノ理由ヲ疏明スヘシ
第二十條市町村長異議ノ申立ヲ正當トスルトキハ遲滯ナク陪審員資格者
名簿ヲ修正シ其ノ旨ヲ管轄區裁判判事及異議申立人ニ通知スヘシ
市町村長異議ノ申立ヲ不當トスルトキハ遲滯ナク意見ヲ附シ申立書ヲ管
轄區判所判事ニ送付スヘシ
第二十一條前條第二項ノ場合ニ於テ區裁判所判事異議ノ申立ヲ理由ナシ
トスルトキハ其ノ旨ヲ市町村長及異議申立人ニ通知スヘシ異議ノ申立ヲ
理由アリトスルトキハ陪審員資格者名簿ヲ修正スヘキコトヲ命シ其ノ旨
ヲ異議申立人ニ通知スヘシ
前項ノ通知ハ異議申立書ノ送付ヲ受ケタル日ヨリ二十日內ニ之ヲ爲スヘシ
第二十二條地方裁判所長ハ每年九月一日迄ニ翌年所要ノ陪審員ノ員數ヲ
定メ管轄區域內ノ市町村ニ割當テ之ヲ市町村長ニ通知スヘシ
第二十三條市町村長前條ノ通知ヲ受ケタルトキハ第二十條及第二十一條
ノ規定ニ依リ整理シタル陪審員資格者名簿ニ基キ抽籤ヲ以テ前條ノ規定
ニ依リ割當テラレタル員數ノ陪審員候補者ヲ選定シ陪審員候補者名簿ヲ
調製スヘシ
前項ノ抽籤ハ資格者三人以上ノ立會ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
第十七條第二項及第三項ノ規定ハ陪審員候補者名簿ニ之ヲ準用ス
第二十四條區裁判所判事ハ陪審員候補者ノ選定ニ關スル事務ニ付市町村
長ヲ監督ス
區裁判所判事ハ前項ノ事務ニ付市町村長ニ必要ナル指示ヲ爲スコトヲ得
第二十五條市町村長ハ十一月三十日迄ニ陪審員候補者名簿ヲ管轄地方裁
判所長ニ送付スヘシ
市町村長ハ陪審員候補者名簿ニ登載セラレタル者ニ其ノ旨ヲ通知シ且其
ノ氏名ヲ〓示スヘシ
第二十六條市町村長前條ノ規定ニ依リ陪審員候補者名簿ヲ送付シタル後
其ノ候補者中死亡シ若ハ國籍ヲ喪失シタル者アルトキ又ハ第十三條若ハ
第十四條ノ各號ノ一ニ該當スルニ至リタル者アルトキハ市町村長ハ遲滯
ナク之ヲ管轄地方裁判所長ニ通知スヘシ
第二十七條陪審ノ評議ニ付スヘキ事件ニ付公判期日定リタルトキハ地方
裁判所長ハ豫メ定メタル市町村ノ順序ニ依リ各陪審員候補者名簿ヨリ一
人又ハ數人ノ陪審員ヲ抽籤シ陪審員三十六人ヲ選定スヘシ
前項ノ抽籤ハ裁判所書記ノ立會ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
第二十八條陪審員トシテ呼出ニ應シタル者ハ其ノ市町村ニ於ケル陪審員
候補者名簿ニ登載セラレタル者四分ノ三呼出ニ應シタル後ニ非サレハ其
ノ年內再ヒ陪審員ニ選定セラルルコトナシ
第二十九條陪審ハ十二人ノ陪審員ヲ以テ之ヲ構成ス
第三十條陪審ハ檢事被〓事件ヲ陳述スル時ヨリ裁判所書記陪審ノ答申ヲ
朗讀スル迄同一ノ陪審員ヲ以テ之ヲ構成スルコトヲ要ス
第三十一條裁判長ハ事件二日以上引續キ開廷ヲ要スト思料スルトキハ十
二人ノ陪審員ノ外一人又ハ數人ノ補充陪審員ヲ公判ニ立會ハシムルコト
ヲ得
補充陪審員ハ陪審ヲ構成スヘキ陪審員疾病其ノ他ノ事由ニ因リ職務ヲ行
フコト能ハサル場合ニ於テ之ニ代ルモノトス
補充陪審員數人アル場合ニ於テ前項ノ職務ヲ行フハ第六十五條ノ規定ニ
依リ爲シタル抽籤ノ順序ニ依ル
第三十二條同日ニ數箇ノ事件ノ公判ヲ開ク場合ニ於テハ數箇ノ事件ニ付
同一ノ陪審員ヲ以テ陪審ヲ構成スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ最初ノ事
件ノ取調前其ノ手續ヲ爲スヘシ
第三十三條檢事及被告人異議ナキトキハ一ノ事件ノ爲構成セラレタル陪
審ヲシテ同日ニ審理スヘキ他ノ事件ノ爲其ノ職務ヲ行ハシムルコトヲ
得
第三十四條陪審員ニハ勅令ノ定ムル所ニ依リ旅費、日當及止宿料ヲ給與ス
第三章陪審手續
第一節公判準備
第三十五條陪審ノ評議ニ付スヘキ事件ニ付テハ裁判長ハ公判準備期日ヲ
定ムヘシ
第三十六條被告人公判準備期日前辯護人ヲ選任セサルトキハ裁判長ハ其
ノ裁判所所在地ノ辯護士中ヨリ之ヲ選任スヘシ
被〓人ノ利害相反セサルトキハ同一ノ辯護人ヲシテ數人ノ辯護ヲ爲サシ
ムルコトヲ得
第三十七條公判準備期日ニハ被〓人及辯護人ヲ召喚スヘシ
公判準備期日ハ之ヲ檢事ニ通知スヘシ
第三十八條召喚狀ノ送達ノ日ト公判準備期日トノ間ニハ少クトモ五日ノ
猶豫期間ヲ存スヘシ
第三十九條公判期日ヲ定メタル後被告人ノ請求ニ因リ事件ヲ陪審ノ評議
ニ付スヘキモノトシタルトキハ其ノ公判期日ヲ公判準備期日トス
第四十條公判準備期日ニ於ケル取調ハ定數ノ判事、檢事及裁判所書記列
席シテ之ヲ爲ス
公判準備期日ニ於テハ辯護人出頭スルニ非サレハ取調ヲ爲スコトヲ得ス
辯護人數人アルトキハ其ノ一人ノ出頭ヲ以テ足ル
公判準備期日ニ於ケル取調ハ之ヲ公行セス
第四十一條第二條ノ規定ニ依リ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルトキハ裁判長
ハ被〓人ニ對シ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ辭シ得ヘキ旨ヲ告知ス
ヘシ
第四十二條公判準備期日ニ於テハ裁判長ハ公訴事實ニ付出頭シタル被〓
人ヲ訊問スヘシ
陪席判事ハ裁判長ニ告ケ被〓人ヲ訊問スルコトヲ得
檢事及辯護人ハ裁判長ノ許可ヲ受ケ被告人ヲ訊問スルコトヲ得
第四十三條公判準備期日ニ於テハ裁判所ハ必要ナル證據調ノ決定ヲ爲ス
ヘシ
檢事、被〓人及辯護人ハ證人訊問、鑑定、檢證又ハ證據物若ハ證據書類
ノ集取ヲ請求スルコトヲ得
前項ノ請求ヲ却下スルトキハ裁判所ハ決定ヲ爲スヘシ
第四十四條裁判所書記ハ公判準備調書ヲ作リ公判準備期日ニ於ケル被〓
人ニ對スル訊問及其ノ供述、檢事被〓人辯護人ノ申立、裁判所ノ裁判其
ノ他一切ノ訴訟手續ヲ記載スヘシ
第四十五條公判準備調書ニハ前條ニ規定スル事項ノ外被〓事件、被〓人
及出頭シタル辯護人ノ氏名竝手續ヲ爲シタル裁判所年月日及裁判長陪席
判事檢事裁判所書記ノ官氏名ヲ記載シ被〓人出頭セサルトキハ其ノ旨ヲ
記載スヘシ
第四十六條公判準備調書ハ三日內ニ之ヲ整理シ裁判長及裁判所書記署名
捺印スヘシ
裁判長ハ署名捺印前ニ公判準備調書ヲ檢閱シ意見アルトキハ其ノ旨ヲ記
載スヘシ
第四十七條檢事、被〓人及辯護人ハ公判準備期日前第四十三條第二項ノ
請求ヲ爲スコトヲ得公判期日七日前迄亦同シ
第四十三條第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第四十八條裁判所公判準備期日外ニ於テ證據決定ヲ爲シタルトキハ之ヲ
檢事、被〓人及辯護人ニ通知スヘシ
第四十九條公判準備期日外ニ於テ證人又ハ鑑定人ノ訊問ヲ爲ストキハ被
告人モ亦之ニ立會フコトヲ得
裁判所外ニ於テ前項ノ手續ヲ爲ストキハ拘禁セラレタル被告人ハ之ニ立
會フコトヲ得ス但シ裁判所必要ト認ムルトキハ之ニ、立會ハシムルコトヲ
得
第五十條前條第一項ノ手續ヲ爲スヘキ日時及場所ハ被〓人ニ之ヲ通知ス
ヘシ但シ急速ヲ要スル場合ハ此ノ限ニ在ラス
第五十一條公判準備中陪審ノ評議ニ付スヘカラサル事由生シタルトキハ
通常ノ手續ニ從ヒ審判ヲ爲スヘシ
公判準備期日ニ於テ前項ノ事由生シタルトキハ其ノ期日ヲ公判期日トス
但シ訴訟關係人中出頭セサル者アルトキハ此ノ限ニ在ラス
第五十二條被〓人ハ公判準備期日ニ管轄違ノ申立ヲ爲スコトヲ得
。
前項ノ申立ハ豫審ヲ經タル事件ニ付テハ豫審判事ニ對シテ其ノ申立ヲ爲
シタル場合ニ非サレハ之ヲ爲スコトヲ得ス
第五十三條裁判所公判準備期日ニ挖訴棄却又ハ管轄違ノ原由アルコトヲ
認メタルトキハ決定ヲ爲スヘシ
第五十四條裁判所公判準備期日ニ免訴ノ原由アルコトヲ認メタルトキハ
決定ヲ爲スヘシ
免訴ノ決定確定シタルトキハ同一ノ事件ニ付更ニ公訴ヲ提起スルコトヲ
得ス
第五十五條前二條ノ決定ヲ爲スニハ訴訟關係人ノ意見ヲ聽クヘシ
決定ニ對シテハ即時抗〓ヲ爲スコトヲ得
第五十六條第五十一條又ハ第五十三條ノ場合ニ於テ公判準備中ニ爲シタ
ル手續ハ其ノ效力ヲ失ハス
第五十七條公判期日ニハ第二十七條ノ規定ニ依リテ選定シタル陪審員ヲ
呼出スヘシ
第三十八條ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第五十八條陪審員ニ對スル呼出狀ニハ出頭スヘキ日時、場所及呼出ニ應
セサルトキハ過料ニ處スルコトアルヘキ旨ヲ記載スヘシ
第五十九條陪審員疾病其ノ他已ムコトヲ得サル事由ニ因リ呼出ニ應スル
コト能ハサル場合ニ於テハ其ノ職務ヲ辭スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ
書面ヲ以テ其ノ事由ヲ疏明スヘシ
第二節公判手續及公判ノ裁判
第六十條陪審構成ノ手續ハ判事、檢事、裁判所書記、被告人、辯護人及
陪審員列席シ公判廷ニ於テ之ヲ行フ
前項ノ手續ハ之ヲ公行セス
第六十一條前條第一項ノ手續ハ陪審員二十四人以上出頭スルニ非サレハ
之ヲ行フコトヲ得ス
出頭シタル陪審員二十四人ニ達セサルトキハ裁判長ハ之ヲ補充スル爲裁
判所所在地又ハ其ノ附近ノ市町村ノ陪審員候補者名簿ヨリ抽籤ヲ以テ必
要ナル員數ノ陪審員ヲ選定シ便宜ノ方法ニ依リ之ヲ呼出スヘシ
前項ノ抽籤ハ裁判所書記ノ立會ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
第六十二條陪審員二十四人以上出頭シタルトキハ裁判長ハ其ノ氏名、職
業及住居地ヲ記載シタル書面ヲ示シ檢事及被〓人ニ對シ陪審員中除斥セ
ラルヘキ者アリヤ否ヲ問フヘシ
裁判長ハ陪審員ニ被〓人ノ氏名、職業及住居地ヲ告ケ除斥ノ原由アリヤ
否ヲ問フヘシ
檢事、被〓人及陪審員除斥ノ原由アリトスルトキハ其ノ旨ノ申立ヲ爲ス
ヘシ
除斥ノ原由アリトスルトキハ裁判所ハ決定ヲ爲スヘシ
第六十三條出頭シタル陪審員中第十二條乃至第十四條ノ規定ニ依リ陪審
員タル資格ヲ有セサル者アリトスルトキハ裁判所ハ決定ヲ爲スヘシ
第六十四條檢事及被告人ハ陪審ヲ構成スヘキ陪審員及補充陪審員ノ員數
ヲ超過スル員數ニ付各其ノ半數ヲ忌避スルコトヲ得忌避スルコトヲ得ヘ
キ人員奇數ナルトキハ被告人ハ尙一人ヲ忌避スルコトヲ得
被〓人數人アルトキハ忌避ハ共同シテ之ヲ行フ共同ノ方法ニ付協議整ハ
サルトキハ忌避ヲ行ハシムル方法ハ裁判長之ヲ定ム
第六十五條裁判長ハ陪審員ノ氏名票ヲ抽籤函ニ入レタル後檢事及被告人
ノ忌避スルコトヲ得ル員數ヲ告知スヘシ
裁判長ハ氏名票ヲ一票宛抽籤函ヨリ抽出シ之ヲ讀上クヘシ
裁判長氏名ヲ讀上ケタルトキハ檢事及被〓人ハ承認又ハ忌避スル旨ヲ陳
述スヘシ其ノ順序ハ檢事ヲ先ニシ被〓人ヲ後ニス
忌避ノ理由ハ之ヲ陳述スルコトヲ得ス
次ノ氏名票ヲ抽籤函ヨリ抽出ス迄ニ陳述ヲ爲ササルトキハ承認ノ陳述ヲ
爲シタルモノト看做ス裁判長抽籤終リタル旨ヲ宣言スル迄陳述ヲ爲ササ
トキ亦同シ
陳述ハ次ノ氏名票ヲ抽出シタル後ハ之ヲ取消スコトヲ得ス裁判長抽籤終
リタル旨ヲ宣言シタル後亦同シ
第六十六條前條ノ手續ニ依リ陪審ヲ構成スヘキ陪審員及補充陪審員ノ數
ヲ充シタルトキハ裁判長ハ抽籤終リタル旨ヲ宣言スヘシ
第六十七條陪審ヲ構成スヘキ陪審員ハ初ニ當籤シタル十二人ヲ以テ之ニ
充テ補充陪審員ハ其ノ他ノ當籤者ヲ以テ之ニ充ツ
第六十八條陪審員ハ第六十五條ノ規定ニ依リ爲シタル抽籤ノ順序ニ從ヒ
著席スヘシ
第六十九條裁判長ハ檢事ノ被〓事件陳述前陪審員ニ對シ陪審員ノ心得ヲ
諭〓シ之ヲシテ宣誓ヲ爲サシムヘシ
宣誓ハ宣誓書ニ依リ之ヲ爲スヘシ
宣誓書ニハ良心ニ從ヒ公平誠實ニ其ノ職務ヲ行フヘキコトヲ誓フ旨ヲ記
載スヘシ
裁判長ハ起立シテ宣誓書ヲ朗讀シ陪審員ヲシテ之ニ署名捺印セシムヘシ
第七十條裁判長ハ陪席判事ノ一人ヲシテ被〓人ノ訊問及證據調ヲ爲サシ
ムルコトヲ得
陪審員ハ裁判長ノ許可ヲ受ケ被〓人、證人、鑑定人、通事及翻譯人ヲ訊
問スルコトヲ得
第七十一條證據ハ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外裁判所ノ直接ニ取調ヘタ
ルモノニ限ル
第七十二條左ニ揭クル書類圖畫ハ之ヲ證據ト爲スコトヲ得
一公判準備手續ニ於テ取調ヘタル證人ノ訊問調書
二檢證、押收又ハ捜索ノ調書及之ヲ補充スル書類圖畫
三公務員ノ職務ヲ以テ證明スルコトヲ得ヘキ事實ニ付公務員ノ作リタ
ル書類
四前號ノ事實ニ付外國ノ公務員ノ作リタル書類ニシテ其ノ眞正ナルコ
トノ證明アルモノ
五鑑定書又ハ鑑定調書及之ヲ補充スル書類圖畫
第七十三條裁判所、豫審判事、受命判事、受託判事其ノ他法令ニ依リ特
別ニ裁判權ヲ有スル官署、檢事、司法警察官又ハ訴訟上ノ共助ヲ爲ス外
國ノ官署ノ作リタル訊問調書及之ヲ補充スル書類圖畫ハ左ノ場合ニ限リ
之ヲ證據ト爲スコトヲ得
一共同被〓人若ハ證人死亡シタルトキ又ハ疾病其ノ他ノ事由ニ因リ之
ヲ召喚シ難キトキ
二被〓人又ハ證人公判外ノ訊問ニ對シテ爲シタル供述ノ重要ナル部分
ヲ公判ニ於テ變更シタルトキ
三被〓人又ハ證人公判廷ニ於テ供述ヲ爲ササルトキ
第七十四條前二條ノ場合ノ外裁判外ニ於テ被〓人其ノ他ノ者ノ供述ヲ錄
取シタル書類又ハ裁判外ニ於テ作成シタル書類圖畫ハ供述者若ハ作成者
死亡シタルトキ又ハ疾病其ノ他ノ事由ニ因リ召喚シ難キトキニ限リ之ヲ
證據ト爲スコトヲ得
第七十五條證據ト爲スコトニ付訴訟關係人ノ異議ナキ書類圖畫ハ前三條
ノ規定ニ拘ラス之ヲ證據ト爲スコトヲ得
第七十六條證據調終リタル後檢事、被〓人及辯護人ハ犯罪ノ構成要素ニ
關スル事實上及法律上ノ問題ノミニ付意見ヲ陳述スヘシ
辯護人數人アル場合ニ於テ被〓人ノ爲ニスル意見ノ陳述ハ重複シテ之ヲ
爲スコトヲ得ス
公判廷ニ現ハレサル證據ハ之ヲ援用スルコトヲ得ス
被〓人又ハ辯護人ニハ最終ニ陳述スル機會ヲ與フヘシ
第七十七條前條ノ辯論終結後裁判長ハ陪審ニ對シ犯罪ノ構成ニ關シ法律
上ノ論點及問題ト爲ルヘキ事實竝證據ノ要領ヲ說示シ犯罪構成事實ノ有
無ヲ問ヒ評議ノ結果ヲ答申スヘキ旨ヲ命スヘシ但シ證據ノ信否及罪責ノ
有無ニ關シ意見ヲ表示スルコトヲ得ス
第七十八條裁判長ノ說示ニ對シテハ異議ヲ申立ツルコトヲ得ス
第七十九條裁判長ノ問ハ主問ト補問トニ區別シ陪審ニ於テ然リ又ハ然ラ
スト答ヘ得ヘキ文言ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
主問ハ公判ニ付セラレタル犯罪構成事實ノ有無ヲ評議セシムル爲之ヲ爲
スモノトス
補問ハ公判ニ付セラレタルモノト異リタル犯罪構成事實ノ有無ヲ評議セ
シムル必要アリト認ムル場合ニ於テ之ヲ爲スモノトス
犯罪ノ成立ヲ阻却スル原由ト爲ルヘキ事實ノ有無ヲ評議セシムル必要ア
リト認ムルトキハ其ノ問ハ他ノ問ト分別シテ之ヲ爲スヘシ
第八十條陪審員、檢事、被〓人及辯護人ハ問ノ變更ノ申立ヲ爲スコトヲ
得
前項ノ申立アリタルトキハ裁判所ハ決定ヲ爲スヘシ
第八十一條裁判長ハ問書ニ署名捺印シ之ヲ陪審ニ交付スヘシ
陪審員ハ問書ノ謄本ノ交付ヲ請求スルコトヲ得
第八十二條裁判長ハ評議ヲ爲サシムル爲陪審員ヲシテ評議室ニ退カシム
ヘシ
裁判長ハ公判廷ニ於テ示シタル證據物及證據書類ヲ陪審ニ交付スルコト
ヲ得
第八十三條陪審員ハ裁判長ノ許可ヲ受クルニ非サレハ評議ヲ了ル前評議
室ヲ出テ又ハ他人ト交通スルコトヲ得ス
陪審員ニ非サル者ハ裁判長ノ許可ヲ受クルニ非サレハ評議室ニ入ルコト
ヲ得ス
第八十四條陪審ノ答申前陪審員ヲシテ裁判所ヲ退出セシムル場合ニ於テ
ハ裁判長ハ陪審員ニ對シ滯留ノ場所及他人トノ交通ニ關シ遵守スヘキ事
項ヲ指示スヘシ
第八十五條陪審員第八十三條第一項ノ規定ニ違反シタルトキ又ハ前條ノ
規定ニ依リ指示セラレタル事項ヲ遵守セサルトキハ裁判所ハ其ノ陪審員
ニ對シ職務ノ執行ヲ禁止スルコトヲ得
第八十六條陪審員ハ陪審長ヲ互選スヘシ
陪審長ハ議事ヲ整理ス
第八十七條陪審ハ評議ヲ了ル前更ニ說示ヲ請求スルコトヲ得此ノ場合ニ
於テハ公判廷ニ於テ其ノ申立ヲ爲スヘシ
第八十八條答申ハ問ニ對シ然リ又ハ然ラスノ語ヲ以テ之ヲ爲スヘシ但シ
問ニ揭クル事實ノ一部ヲ肯定又ハ否定スルトキハ之ニ付然リ又ハ然ラス
ノ語ヲ以テ答申スヘシ
第八十九條評議ハ先ツ主問ニ付之ヲ爲スヘシ
主問ヲ否定シタル場合ニ於テ補問アルトキハ之ニ付評議ヲ爲スヘシ
第九十條陪審員ハ問ニ付各其ノ意見ヲ表示スヘシ陪審長ハ最後ニ其ノ意
見ヲ表示スヘシ
第九十一條犯罪構成事實ヲ肯定スルニハ陪審員ノ過半數ノ意見ニ依ルコ
トヲ要ス
犯罪構成事實ヲ肯定スル陪審員ノ意見其ノ過半數ニ達セサルトキハ之ヲ
否定シタルモノトス
第九十二條答申ハ問書ニ記載シ陪審長署名捺印シテ之ヲ裁判長ニ提出ス
ヘシ
答申ニ不備又ハ齟齬アルトキハ裁判長ハ問書ヲ返付シ更ニ評議ヲ爲シ答
申ヲ訂正スヘキ旨ヲ命スヘシ
第九十三條裁判長ハ公判廷ニ於テ裁判所書記ヲシテ問及之ニ對スル陪審
ノ答申ヲ朗讀セシムヘシ
第九十四條前條ノ手續終リタルトキハ裁判長ハ陪審員ヲ退廷セシムヘシ
第九十五條裁判所陪審ノ答申ヲ不當ト認ムルトキハ訴訟ノ如何ナル程度
ニ在ルヲ問ハス決定ヲ以テ事件ヲ更ニ他ノ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ得
第九十六條陪審犯罪構成事實ヲ肯定スルノ答申ヲ爲シタル場合ニ於テ裁
判所前條ノ決定ヲ爲ササルトキハ檢事ハ適用スヘキ法令及刑ニ付意見ヲ
陳述スヘシ
被〓人及辯護人ハ意見ヲ陳述スルコトヲ得
被〓人又ハ辯護人ニハ最終ニ陳述スル機會ヲ與フヘシ
第九十七條陪審ノ答申ヲ採擇シテ判決ノ言渡ヲ爲スニハ裁判所ハ陪審ノ
評議ニ付シテ事實ノ判斷ヲ爲シタル旨ヲ示スヘシ
有罪ノ言渡ヲ爲スニハ罪ト爲ルヘキ事實及法令ノ適用ヲ示スヘシ刑ノ加
重減免ノ原山タル事實上ノ主張アリタルトキハ之ニ對スル判斷ヲ示スヘ
シ
無罪ノ言渡ヲ爲スニハ犯罪構成事實ヲ認メサルコト又ハ被〓事件罪ト爲
ラサルコトヲ示スヘシ
第九十八條引續キ七日以上開廷セサリシ場合ニ於テハ公判手續ヲ更新ス
ヘシ
陪審ヲ構成スヘキ陪審員疾病其ノ他ノ事由ニ因リ職務ヲ行フコト能ハサ
ル場合ニ於テ補充陪審員ナキトキ亦前項ニ同シ
前二項ノ場合ニ於テハ新ニ陪審構成ノ手續ヲ爲スヘシ
第九十九條裁判所ハ訴訟ノ如何ナル程度ニ在ルヲ問ハス公訴棄却、管轄
違又ハ免訴ノ裁判ヲ爲スヘキ原由アルコトヲ認メタル塲合ニ於テハ陪審
ノ評議ニ付セスシテ審判ヲ爲スヘシ
第百條裁判所書記ハ陪審員ノ氏名、陪審ノ構成其ノ他陪審ニ關スル訴訟
手續及裁判長ノ說示ノ要領ヲ公判調書ニ記載スヘシ
第三節上訴
第百一條陪審ノ答申ヲ採擇シテ事實ノ判斷ヲ爲シタル事件ノ判決ニ對シ
テハ控訴ヲ爲スコトヲ得ス
第百二條陪審ノ答申ヲ採擇シテ事實ノ判斷ヲ爲シタル事件ノ判決ニ對シ
テハ大審院ニ上告ヲ爲スコトヲ得
第百三條上告ハ刑事訴訟法ニ於テ第二審ノ判決ニ對シ上告ヲ爲スコトヲ
得ル理由アル場合ニ於テ之ヲ爲スコトヲ得但シ事實ノ誤認ヲ理由トスル
場合バ此ノ限ニ在ラス
第百四條左ノ場合ニ於テハ常ニ上告ノ理由アルモノトス
-法律ニ從ヒ陪審ヲ構成セサリシトキ
二第十二條第一項第一號又ハ第十三條ノ規定ニ依リ陪審員タルコトヲ
得サル者評議ニ關與シタルトキ但シ評議ヲ了ル前訴訟關係人異議ヲ
述ヘサリシトキハ此ノ限ニ在ラス
三法律ニ依リ職務ノ執行ヨリ除斥セラルヘキ陪審員評議ニ關與シタル
トキ但シ第六十二條第三項ノ申立ヲ爲ササリシトキハ此ノ限ニ在ラ
ス
四忌避セラレタル陪審員評議ニ關與シタルトキ但シ評議ヲ了ル前訴訟
關係人異議ヲ述ヘサリシトキハ此ノ限ニ在ラス
五裁判長ノ說示法律ニ違反シタルトキ
六裁判長證據トシテ說示シタルモノ法律上證據ト爲スコトヲ得サルモ
ノナルトキ
七裁判長法律上ノ論點ニ關シ不當ノ說示ヲ爲シタルトキ
第百五條上告裁判所原判決ヲ破毀スル場合ニ於テハ事實ノ審理ヲ爲サス
シテ自ラ裁判ヲ爲ス場合ヲ除クノ外事件ヲ原裁判所ニ差戾シ又ハ原裁判
所ト同等ナル他ノ裁判所ニ移送スヘシ
破毀ノ理由ト爲リタル事項陪審ノ評議ノ結果ニ影響ナキモノナルトキハ
陪審ノ答申ハ其ノ效力ヲ有ス此ノ場合ニ於テハ事件ノ差戾又ハ移送ヲ受
ケタル裁判所ハ答申以後ノ手續ノミヲ爲スヘシ
第四章陪審費用
第百六條左ニ揭クルモノヲ以テ陪審費用トシ訴訟費用ノ一部トス
一陪審員ノ呼出ニ要スル費用
二陪審員ニ給與スヘキ旅費、日當及止宿料
第百七條陪審費用ハ第三條ノ場合ニ於テ刑ノ言渡ヲ爲ストキハ其ノ全部
又ハ一部ヲ被〓人ノ負擔トス
第五章罰則
第百八條陪審員ハ左ノ場合ニ於テハ五百圓以下ノ過料ニ處ス
一故ナク呼出ニ應セサルトキ
二宣誓ヲ拒ミタルトキ
三第八十三條第一項ノ規定ニ違反シタルトキ
四故ナク退廷シタルトキ
五第八十四條ノ指示ニ違反シタルトキ
第百九條陪審員評議ノ〓末又ハ各員ノ意見若ハ其ノ多少ノ數ヲ漏泄シタ
ルトキハ千圓以下ノ罰金ニ處ス
前項ノ事項ヲ新聞紙其ノ他ノ出版物ニ揭載シタルトキハ新聞紙ニ在リテ
ハ編輯人及發行人其ノ他ノ出版物ニ在リテハ著作者及發行者ヲ二千圓以
下ノ罰金ニ處ス
第百十條裁判長ノ許可ヲ受ケスシテ陪審ノ評議室ニ入リ又ハ陪審ノ評議
ヲ了ル前裁判所內ニ於テ陪審員ト交通シタル者ハ五百圓以下ノ罰金ニ處
ス
第百十一條陪審ノ評議ニ付セラレタル事件ニ付陪審員ニ對シ請託ヲ爲シ
又ハ評議ヲ了ル前私ニ意見ヲ述ヘタル者ハ一年以下ノ懲役又ハ二千圓以
下ノ罰金ニ處ス
第百十二條過料ノ裁判ハ陪審員ヲ呼出シタル裁判所檢事ノ意見ヲ聽キ決
定ヲ以テ之ヲ爲スヘシ
前項ノ決定ニ對シテハ抗告ヲ爲スコトヲ得此ノ抗告ハ執行ヲ停止スル效
力ヲ有ス
過料ノ裁判ノ執行ニ付テハ非訟事件手續法第二百八條ノ規定ヲ準用ス
第六章補則
第百十三條市制第六條ノ市ニ於テハ本法中市ニ關スル規定ハ區ニ、市長
ニ關スル規定ハ區長ニ之ヲ適用ス
町村制ヲ施行セサル地ニ於テハ本法中町村ニ關スル規定ハ町村ニ準スヘ
キモノニ、町村長ニ關スル規定ハ町村長ニ準スヘキ者ニ之ヲ適用ス
第百十四條第十二條ノ直接國稅ノ種類ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
附則
本法施行ノ期日ハ各條ニ付勅令ヲ以テ之ヲ定ム
本法施行前公判期日ノ定リタル事件ニ付テハ本法ヲ適用セス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=3
-
004・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 唯今議題トナリマシタル陪審法案ニ付キマシテ
私ハ茲ニ其提出ノ理由ヲ申述ベタイト存ジマス、政府ハ陪審ノ制度ヲ立テマ
シテ司法制度ノ完備ヲ圖リマスコトハ、今日ノ時勢ニ於テ最モ必要ナリト認
メマシテ、玆ニ陪審法案ヲ提出イタシマシタル次第デアリマス、政府ハ此制
度ノ採用ヲ必要ナリト認メマシタル理由ヲ一言イタシマスレバ、司法事務ニ
關シマシテ或ル範圍ニ國民ヲ參與セシメマスルコトハ、立憲政治ノ本旨ニ適
ヒマスル所以ト存ジマスル、殊ニ輓近ニ至リマシテ、人文ノ益發達スルニ
伴ヒマシテ、國民ノ國務ニ參與スルノ範圍ハ漸次擴大スルノ傾向アルノ時ニ
當リマシテハ、單リ司法事務ニ關シテノミ、依然トシテ國民ヲ無關係、地地
ニ置キマシテ、總テ常職裁判官ノ獨斷専行ニ委ネテ顧ミマセヌノハ、社會ノ
變遷ト人心ノ趨向トニ鑑ミマシテ大ニ考慮セネバナラヌコトト信ズルノデア
リマシテ、而シテ現行制度ノ下ニ行ヒマスル所ノ裁判ニ對シマシテ、國民ハ
敢テ不審ヲ懷クモノデハナイト信ジマスルケレドモ、素人タル人民ヲシテ裁
判手續ニ關與セシメテ、裁判ニ關スル理解ヲ得セシメ、且ツ裁判ヲ常職ト致
シマスル裁判官ノ、時ニ陷ラムトスル弊ヲ救ヒマシテ、之ニ依テ國民ヲシテ裁
判ニ對スル信賴ヲ一層厚カラシメ、從テ裁判ニ悅服セシムルト云フコトハ、
司法制度ト致シマシテハ極メテ緊要ノコトト存ジマスル、而シテ今囘提出イ
タシマシタル法案ノ內容ニ付キマシテハ、曩ニ第四十五帝國議會ニ於テ衆議
院ヲ通過イタシマシタルモノ、即チ貴族院ニ於キマシテ委員會ノ審議ヲ經テ、
委員會ニ於テ可決セラレマシタルモノト殆ド同樣デアリマシテ、實質ニ關係
ノゴザイマス極メテ微細ノ二三點ヲ修正ヲ致シタニ過ギナイノデアリマス、
右樣ノ次第デアリマスルカラ、何卒愼重御審議ノ上ニ御協賛アラムコトヲ切
望イタシマスル次第デアリマスル発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=4
-
005・林博太郎
○伯爵林博太郞君 審査期限ガ追〓切迫イタシマスルノデアリマスルカラシ
テ、是ヨリ豫算委員會ヲ開會イタシタイト考ヘマス、豫算委員ノ退席ヲ要求
イタシマス、ドウゾ御諮リヲ願ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=5
-
006・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 林伯爵ノ豫算委員會ヘ退席ノ要求ハ許可ヲ致シテ
御異議ゴザリマセヌカ
〔「異議ナシ」ト呼フ者アリ〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=6
-
007・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 御異議ナイト認メマス、是ヨリ通〓順ニ依リマシ
テ質疑ヲ許シマス、若槻禮次郞君
〔若槻禮次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=7
-
008・若槻禮次郎
○若槻禮次郞君 私ハ本案ニ付テ聊カ政府ニ質問ヲ致シタイト存ジマス、陪
審法案ノ提出ハ司法權ニ對スル一種ノ不信任案デアリマスノデアリマス、
日本ニ於テ歐羅巴風ノ刑法竝ニ刑事手續法ヲ行ヒマシテ、今日ハ四十有餘年
ニナッテ居ルノデアリマス、憲法施行セラレテ又三十有餘年ニナッテ居リマス
ガ、其間ノ司法權ノ行使ニ付テ滿足セナイ所ガアルカラト云ウテ、今日此陪
審法案ヲ提出セナケレバナラヌコトニ相成ッタコトハ、私ハ司法權ノ爲ニ甚
ダ之ヲ悲ムノデアリマス、斯ノ如キ法案ヲ司法省自身ガ提出シナケレバナラ
ヌト云フ考ヲ起サレタコト、竝ニ今日此法案ノ提出ニ對シテ、數千人ノ司法官
中デ一言モ此法制ノ實行ニ對シテ意見ヲ述ベテ、現在ノ司法權ニ付ラ國民ニ
相當ナル理解ヲ與ヘムトセラレル者ガナイト云フ程ニ相成リマシタ事柄ハ、
私ハ實ニ司法權ノ爲ニ遺憾千萬デアルト考ヘルノデアリマス、唯今司法大臣
ハ陪審法ハ國民ヲシテ司法權ニ參與セシメルト云フ制度デアッテ、今日ノ立憲
制ノ精神ニ洵ニ適シタモノデアルト云フ御說明デアリマシタ、是ハ陪審制度
ナルモノヲ行フニ至リマシタ沿革上カラ考ヘテ決シテ左樣ノモノデナイコト
ハ、司法大臣モ能ク御承知ニナッテ居ル通リデアリマス、陪審制度ガ最モ能ク
行ハレテ居ルト稱セラレル英國ニ於ケル陪審制ノ起源ニ於テ決シテ司法大臣
ノ述べラレルヤウナモノデハナカッタト云フ事柄ハ、私共ガ英吉利法ノ専攻ニ
於テ常ニ敬意ヲ拂ッテ居リマス所ノ、本院ノ議員デアリマス土方博士ナドガ最
モ是ハ詳シク御承知ニナッテ居ッテ、我〓モ承ッテ居ッテ、能ク承知シ居ル所デ
アリマス、人民ヲシテ司法權ニ參與セシメル、今日ハ立法權ユモ參與セシメテ
居ル、行政權ニモ參與セシメテ居ル、殘ル所ハ司法權ノミガ國民ノ參與ガナ
イノデアルカラ、國民ヲシテ司法權ニ參與セシメムトスルノガ此陪審法ヲ制
定セムトスル趣意デアルト云フコトヲ申述ベラレマシタノハ、前々內閣ノ原
總理大臣デアッタノデアリマス、斯ノ如キ說明ハ原總理大臣ノ發明デアリマ
シテ、原總理大臣ハ普通選擧ハ國家ノ基礎ヲ危クスルモノデアルト云フ說明
ヲ發見シテ、此說明ヲ發明シテ衆議院ヲ解散セラレタ、ソレト同一筆法デアリ
マス、言葉ヲ飾ッテ如何ニモ人民ニ司法權ニ參與セシメル權利ヲ與ヘル法制デ
アルト云フヤウナコトヲ云ウテ、陪審制ニ對スルチヨット國民ノ心ヲ眩惑セラ
ルヽヤウナ說明ヲシテ居ラレマスケレドモ、歷史ニ考ヘラレ、又實際ニ考ヘテ
見ラレテ決シテ左樣デハナイ、行政權ニ國民ガ參與シテ居ルトカ言ハレル、
何ニ參與シテ居ルノデアリマス、自治體ニ於テ參事會員ト云フモノヲ設ケ
テ居ル、是デ國民ハ行政權ニ參與シテ居ルトカ云フラシイノデアリマス
ガ、行政權ニハ參與シテ居ナイノデアル、自治體ノ自治制ニ付テ參事會員ガ
アルノデアリマス、國ノ行政ニ付テハ······國家ニ於テハ固ヨリデアル、府縣
ニ於テモ、市町村ニ於テモ、決シテ人民ヲシテ參與セシメテ居ルモノデモ何デ
モアリマセヌ、今日ハ行政權ニマデ參與セシメテ居ルナント云ッテ、チヨット
方角違ヒノ材料ヲ取ッテ來テ、陪審法ヲ飾ラムトセラルヽノデアリマスケレ
ドモ私共左樣ナ說明ニハ決シテ迷ウテハナラヌト思フノデアリマス、所謂
鬼面ヲ以テ人ヲ嚇カシ、巧言ヲ以テ人ヲ欺クト云フヤウナコトナラバ左樣ナ
說明ハ出來マセウガ、沿革カラ考ヘテ見テモ、實際ノ狀況カラ考、テ見テモ、
決シテ今日ハ人民ヲシテ司法權ニ參與セシメルト云フ方針ニ基ク陪審法案ヲ
作ランケレバナラヌト云フヤウナ事柄ハ、我〓少シク法制ニ注意ヲ拂ッテ居
ル者ノ決シテ迷フコトノ出來ナイ說明デアルト思ヒマス、陪審制度ナルモノ
ガ國民ノ中ニ幾ラカ問題ニナッタノハ、ホンノ最近ノコトデアル、刑法ノ施行
セラレテ以來學者ノ間ニハ陪審制ノ得失可否ニ付テ論ジタ者ガアリマス、併
ナガラ是ガ國民ノ間ニ問題ニナッタト云フノハ、ホンノ最近ノコトデアリマ
ス、今日ト雖モ恐ラクハ陪審ト云フモノハ何ノコトデアル、ト云フ意味ノ解ラ
ヌ國民ノ方ガ六千萬人中大部分デアルト私ハ思フノデアリマス、決シテ國民
ガ此制度ヲ了解シテ、之ヲ得ナケレバ我〓ノ生命財產ノ安固ヲ保テヌナント
云フヤウナ考デ、陪審制度ヲ迎ヘテ居ルト云フコトハ、全ク事實ニ反スル說
明デアルノデアリマス、近頃ニナッテ是ガ問題ニナッタノハ何ノ爲デアル、是
ハ御承知ノ通リ議員瀆職事件トカ、或ハ選擧ノ訴訟事件ト云フヤウナモノガ
頻々ニ近年起リマシテ、世ノ中ニ於テ政治家ト稱セラレテ居ツタ者或ハ有識
者ト稱ヘラレテ居ッタヤウナ者ガ、牢獄ノ苦ヲ受ケマシタ、其間ニ於ケル警察
署ナリ、檢事局ナリ、如何ニモ人權蹂躪ノ處置ガ多カッタ爲ニアノヤウナコ
トデハ實ニ困ル、何トカ是ハセナケレバ困ッタモノダト云フ事柄ガ、所謂政
治家、所謂有識者ト云フヤウナ人ノ頭ニ沁ミ込ンダ、其救濟ハ何處ニ求メル、
求メヤウガナイカラ、陪審ニ依テ之ヲ救濟シヤウト云フ考ガ起ッタノガ因デ
アリマス、又今日ト雖モ恐ラクハ其方面ノ人ガ最モ之ヲ望ンデ居ルノデア
ル、國民全體ハ大體······大部分ノ國民ハマダマダ陪審ト云フモノハ何デアル
カモ知ラズ、是ガ出來タラドウ云フ結果ニナル、是ガ出來ナケレバドウデア
ルトカ、ナシト云フコトヲ考ヘテ居ルノハ、前ニ申上ゲマス通リ國民ノ中デモ
洵ニ少數ナモノデアル、大部分ハ之ヲ考ヘテ居ナイト云フノガ當リ前デア
ラウト思フノデアリマス、ソレナラバ唯今申上ゲマスヤウナ方〓ガ······方〓
ト申シテハ相濟ミマセヌガ、唯〓申シタヤウナ人ガ、陪審制ニ依テ今日ノ人權
蹂躪、洵ニ言フニ忍ビナイヤウナ取扱ヲ被〓人ニ對シテ施スト云フコトヲ救
濟スルコトガ出來ルカト申シマスト、全然是ハ救濟スルコトガ出來ヌノデア
ル、今日最モ人權蹂躙ノ事實ノアルノハ警察署ノ中デ行ハレル、檢事局ノ中
デ行ハレル、豫審廷デ行ハレル、公判ニ至ッテ人權蹂躙ト云フヤウナコトハ
餘計ナイノデアル、然ルニ此陪審法ト云フノハ公判ニ於テアルノデアル、公
判以前ニ於テハ陪審法ハゴザイマセヌ、御承知ノ通リ外國ニハ「グランドジュ
リー」······大陪審ト云ウテ、此被〓人ハ有罪ナリヤ否ヤ、起訴スベキヤ否ヤ
ト云フコトヲ決メル陪審ガアルノデアリマス、ソレダッタナラバ、或ハ今日ノ
人權蹂躪ヲ救濟スルト云フ手段ニナルカモ知レマセヌ、然ルニ此度茲ニ政府
ノ發案セラレタモノハ、外國ニ申ス「ペテイジュリー」······小陪審、公判廷ニ
於テ事實ヲ認定スル陪審ダケデアノマスカラ、公判以前ニハ關係ハナイ、警
察署デ行ハレルコト、檢事局デ行ハレルコト、豫審廷デ行ハレルコトハ此陪
審ニハ關係ハナイノデアリマス、今日マデ世間ノ人ガ裁判所ニ於ケル弊害ナ
リトシテ居ッタ事柄ハ、此陪審トハ關係ナイ、關係ナイコトガ出タカラト云ッ
テ、救濟ノ途ニモ何ニモナラナイノデアリマス、殊ニ此度ノ法律ニ依ッテ見
マスト云フト、第四條ニ依テ、刑法ノ第二編第一章乃至第四章及ビ第八章ノ罪
ハ陪審ニハカケナイト云フコトニナッテ居ル、而シテ其仕舞ヒニ於テ選擧
ニ依ル犯罪ニ付テハ陪審ニハカケヌト云フコトニナッテ居ル、陪審制ヲ望
ムヤウニナッタ事情ハ、前申上ゲル通リ、所謂政治家ト稱セラレルヤウナ
方面ノ人ニ多クアッテ、而シテ最モ其裁判所デ苦痛ヲ感ジタノハ、選擧違反
ノ場合ニ、甚シキ虐待ヲ受ケタ人達ガ、陪審法ガ無ケラネバ、是デハ堪ラヌ
ト云フ考ヲ起シタノガ多クハ元ニナッテ居ル、然ルニ此度ノ法律デハ選擧ニ關
スル犯罪ニ付テハ陪審ヲ許サヌト云フコトニナッテ居ルノデアリマスカラ、
陪審ヲ最モ歡迎シタ方面ノ人ハ、此法律ヲ見タラバ私ハ非常ニ失望スルデア
ラウト思ヒマス、元來、司法權ノ執行ニ付テ是マデ弊害アリト唱ヘラレテ居ル
ノハ、唯今申上ゲルヤウナ方面ニアルノデアリマスカラ、司法省ニ於テ若シ
今日ノ司法權ノ執行ガ完備ヲ缺イテ居ル、直サナケレバナラヌ所ガアルト考
ヘラレルナラバ、第一ニ考ヘ及バナケレバナラヌノハ陪審ノ方デハアリマセ
ヌ、モット外ノ方面ニアラネバナラス、誠ニ殘念ナルコトヲ申上ゲマスガ、今日
ハ司法權ノ中心ガ極ク公平ニ普遍ニ働イテ居ルト信ゼナイモノガ少ナクナイ
ノデアリマス、斯樣ナ人柄ガアル事柄ガ宜イカ惡イカ、又本當ニ左樣ナ人達ノ
信念ノ通リデアリヤ否ヤ、是ハ私ハ存ジマセヌケレドモ、世間ニハ左樣ニ考ヘ
テ居ル者ガ段々アルヤウデアリマス、此點ヲ最モ御反省ナサラナケレバナラ
ヌノデアリマス、斯ウ云フ點ハ何モ反省ヲ加ヘヌデ置イテ、而シテ陪審制度ニ
向ッテ司法權ノ矯正ニ努メラレルト云フノハ、私共ハ本ヲ正サズシテ末ニ走ッ
タ見方デアルト思フ位デアリマス、尙ホ誠ニ申上ゲニクイコトデアリマスガ、
今日世間ニ於テ弊害アリト言ハレテ居ル、其弊害ナルモノハ固ヨリ一部デア
リマセウ、一部デアリマセウガ、司法官中ニドウモ我意ヲ通サウト云フヤウナ
考ヲ有ッテ居ル人ガアルヤウニ見エル、ソレト同時ニ上意ヲ迎ヘルコトニ努メ
ル人ガ又同時ニアルヤウニ見エルノデアリマス、是ガ一番ノ弊害デアル、陪審
制ガ無イナント云フヤウナコトハ弊害デモ何デモナイ、我意ヲ通サウト云フ
頭ヲ以テ裁判官ガ國民ニ臨ムト云フ、是ダケ危險ナルコトハナイノデアリマ
ス、申上ゲルマデモナク國民ハ無罪デアリマス、人民ハ罪ノ無イノガ原則デア
ル、コンナコトヲ申セバ却テ馬鹿氣テ居ルト云フ位ニ分リ切ッタコトデアリマ
ス、人民ハ無罪デアル、罪ガアルト云フノハ、罪ノアルト云フコトガ明カニ
ナッテ疑ナキニ至ッテ初メテ是ハ罪人デ、其處ニ至ルマデハ何人モ無罪デアル
ト云フノガ、是ガ何處マデモ原則デアラネバナリマセヌ、英吉利ナドノ裁判
ガ能ク行ッテ居ルト云フノハ、英吉利ニ於テハ、最モ人民ガ證據ガ明カニナッ
テ犯罪ノアルコト疑ガナイト云フ所ニ至ルマデハ、無罪ト云フ前提デ進ンデ
行ク所デアリマスカラ、取扱モ何處マデモ罪人トシテハ扱ハヌト云フヤリ方
ニナッテ居ル、ソレガ裁判ノ能ク行ハレル本デアリマス、日本ニ於テモ固ヨ
リ原則ハソレデアル、然ルニ實際ハ如何デアリマス、一度被〓人ニナルト云フ
ト、モウ罪人ト云フ前提ヲ以テ取扱フ、是ガモウ全然間違ノ本デアリマス、被
告人トナッタ所ガ罪人デモ何デモナイ、被〓人ニナッタ所ガ犯跡ガ明カニナッ
テ愈〓之ニ犯罪ガアッタト云フコトノ疑ナキ所ニ至ルマデハ、何處マデモ無罪
ナ人デアルト見テ行カナケレバナラヌ、ソレガ日本ノ裁判所ナリ警察署デハ、
モウ被〓人ニナレバ、是ハ罪人トシテ取扱フ、ソレデ人權蹂躙ガ起ッテ來ルノ
デアリマス、人權蹂躪ノ起ルノハソレデアル、而シテ段々調ベテ行ッテ見ルト
ドウモ初メカラ是ハ罪人ト思ウタラ、其時ニ罪ガ無イト云フコトヲ發見シテ
モ容易ニ放サナイ、何トカシテ一旦捕ヘタ者ハ之ヲ此儘デ放シタナラバ何ダ
カ職務上ノ過ガアッタヤウニ思ハレテハナラヌカラ、何トカ之ヲ處置シナケ
レバナラヌト云フトウナコトカラ、當初ノ目的ノ犯罪ガ無イト云フコトガ明
カニナルト、脇ノ方ノ事件ヲ色〓探シテ見テ、其人ノ何カ弱點缺點ヲ搜出シ
テ、サウシテ誠ニ極微細ナルコトヲ捉ヘテ、矢張リ是ガ犯罪デアッタ、斯ウ
云ウテ處罰スル弊ガアルノデアリマス、是ハ私共新聞ニ依テモ澤山ニ承知シ
テ居ルシ、又現ニ我〓ハ誠ニ適切ニ之ヲ聞イテ知ッテ居ルノデアリマスケ
レドモ、斯樣ナ席上デ私ハ是ヲ申上ゲマセヌ、唯此弊害ガアルト云フコトヲ
申セバ是デ足リルノデアリマス、是ハ何處デ行ハレルノデアリマス、是ハ警
察署ニ於テ行ハレ、檢事局ニ於テ行ハレ、豫審廷ニ於テ行ハレ、公判ニ於テモ
今申上ゲルヤウニ、一遍公判ニ付シタモノハナカナカ逃サヌト言ッタヤウナ
風ガアリマス、併ナガラ公判ニ於テハ稍〓是ガ少イ、檢事局、警察署、豫審
廷ニ於テハ、ドウモ是ガ餘程アルヤウデアリマス、是ガ一番國民ノ身體、財
產、生命ノ保護ノ上ニ於テ誠ニ嘆カハシイコトデアリマス、是ガ改ラヌケレ
バ如何ニ陪審制度ヲ立テヽモ、迚モ日本ノ司法權ノ執行ト云フモノハ善クナ
ラナイノデアリマス、司法省ニ於テ陪審制度ヲ立テヌケレバナラヌト云フヤ
ウナコトニ御考ヘ付キニナルナラバ、裁判官ノ頭ヲシテ國民ハ無罪デアルト
云フコトニ常ニ考ヘシメラレル、茲ヘ至ラナケレバナラヌ、一遍警察ニ呼出
シタラ是ハ罪人ダト云フ考デ始終之ニ對スル、其考ヲ改メラレヌ限リハドウ
シテモ司法權ノ執行ト云フモノハ能ク行カヌノデアリマス、陪審制度ナドデ
決シテ救濟スルコトハ出來ヌノデアル、モウ一ツ私ガ上意ヲ迎ヘルヤウナ傾
ガアルト申上ゲマシタガ、是ハ他ノ事ニ付テ申上ゲレバ幾ラモアリマスケレ
ドモ、一ツ斯ウ云フコトガアリマスト云フコトヲ申上ゲテ置キタイノデア
ル、先年、四五年前デアリマシタラウカ、北海道ノ函館區ノ郡部ニ於テ、衆議
院議員ノ補缺選擧ガアッタノデアリマス、此補缺選擧ニ於テハ政友會ノ候補
者ト憲政會ノ候補者ガ立ッテ、互ニ競爭ヲ致タシタノデアリマスガ、投票シタ
以後ニ於テ、政友會ノ人達ハ確カニ政友會ノ候補者ガ當選シタト堅ク信ジテ
居ラレタ、北海道ニ應援ニ行ッテ居ラレタ人モ、政友會ノ候補者ガ當選シタ
ト云フ電報ヲ本部ニ打タレタト云フコトガ新聞ニ出テ居リマス、然ルニ事實
ハ憲政會ノ候補者ガ當選シテ居ッタノデアリマス、其時ニ私ハ司法省ニ關係
ノ有ル人カラ、檢事局カラ司法省ニ報告シテ居ルモノニ依レバ、政友會ノ候
補者ガ三十票ホド確カニ勝ッテ居ッタト云フ報〓ガ來テ居ルノニ、斯ウ云フ結
果ニナッタノハ、實ニ不思議千萬ダト云フ話ヲセラレタ、其人ハソレハ不思議
千萬デアルサウデアリマスガ、私ハ此話ヲ聞イテ實ニ驚イタノデアリマス、
司法省ニハ選擧ノ場合ニ於テ、檢事局カラ候補者ノ勝敗ノ狀況ガ常ニ報〓セ
ラレルモノデアルト云フコトヲ聞イテ實ニ驚イタノデアリマス、選擧ニ付テ
ハ取締ヲセヌケレバナラヌ、取締ヲスルニ付テハ選擧場ニ向ッテハ、選擧區
ニ向ッテハ、選擧ノ狀況ニ向ッテハ檢事ハ常ニ注意ヲシテ居ッテ違反ノ無イヤウ
ニト云フコトヲ見ナケレバナラヌ、當然ノコトデアリマス、併ナガラソレハ
選擧違反アリヤ否ヤト云フコトニ注意セネバナラヌト云フコトデアル、何人
ガ之ニ勝ツヤ否ヤト云フコトハ檢事局ニハ關係無イ筈デアリマス、政府ノ與
黨ガ勝タウガ、反對黨ガ勝タウガ、ソレハ檢事局モ裁判所モ關係無イ筈デア
リマス、誰ガ勝チサウダト云フコトヲ、檢事局カラ司法省ニ報告スルト云フ
コトハ何ノコトデアリマス、之ヲ以テ見ルト云フト、檢事局ガ選擧ノ勝敗ニ
利害關係ヲ感ジテ居ルト見ナケレバナラヌ、アレヲ勝タシメタイト云フ頭ガ
檢事ニアッテ、ソレデ選擧場裡ニ臨ンデ居ルト見ナケレバナラヌ、誰ガー斯ウ
云フ點數デアリサウデアリマスト云フコトヲ、時ノ政府ニ報告スル役目ヲ檢
事局ガ勤メテ居ルト云フナラバ、檢事局ハ選擧ノ結果ニ付テ、利害關係ヲ有ッ
テ居ルト言ハンケレバナラヌ、檢事ガ選擧ノ結果ニ付テ利害關係ヲ有ッタナ
ラバ、是程危險ナルコトハナイノデアリマス、政府ノ與黨ヲ勝タシタイ、反對
黨ヲヤッツケタイト云フ考ヲ以テ、檢事ガ選擧ニ臨ンダナラバ、ソレハ堪ルモ
ノデハアリマセヌ、犯罪ガアッテモ政府與黨ノ側ニ屬スル者ハ之ヲ檢舉セナ
イ、是ハ申上ゲルマデモナク、今日一般ニ行ハレテ居ル所デアリマス、政府與
黨ニ屬スル者ノ違反ニ付テハ告發シテモ取上ゲナイ、容易ニ······モウアリア
リト見エテ居ッテ仕方ガナイモノデナケラネバ容易ニ取止ゲナイ、之ニ反シテ
反對黨ノコトハ爬羅剔抉、誠ニ小サイ所マデ探シ出シテ、、コンナ微罪ハ外ノ
コトナラバ決シテ訊フニ及バヌト云フ所マデ擧ゲテ檢擧スル、甚ダシキニ至
ルト云フト、事實明カニ犯罪ガ無クテモ、犯罪ノ疑ガアルト云ウテ、反對黨ノ
候補者ヤ、反對黨ノ運動員ヲ檢事局ニ召喚スル、召喚シテ運動ヲ妨ゲル、サウ
シテ選擧ガ濟ンダ頃ニ證據不十分ダト言ッテ之ヲ放免スル、斯ウ云フ事柄ガ澤
山行ハレテ居ル、是ガ選擧ノ結果ニ利害關係ヲ有テバ斯ウ云フニトニナルノ
デアリマス、是ガ今日ノ弊害デアル、陪審ガアルトカナイトカ云フ問題デナ
イ、時ノ政府ノ意ヲ迎ヘテ、司法權ノ發動ガ左樣ナ工合ニ選擧ノ結果ニ利害關
係ヲ有ツト云フコトデアリマシタナラバ、人民ハ迚モ堪ルモノデナイ、若シ今
日ノ司法權ノ執行ニ弊害ガアルト云フナラバ、斯ウ云フ點コソ能ク政府ハ氣
ヲ付ケラレテ、サウ云フコトノナイヤウニ御注意ナサラナケレバナラヌ、苟モ
前申上ゲタヤウニ意地ヲ通シテ捕ヘタラ放サヌト云フヤウナヤリ方ダトシタ
ラ、人權蹂躪ヲヤッタリ、或ハ選擧ノ場合ニ唯今申上ゲルヤウナ弊害ヲ釀ス
ヤウナコトヲヤッタリスル者ヲ司法上、行政上嚴重ニ處分セラレルトニ云フコ
トヲナサッタナラバ、コンナ陪審法ナドヲ設ケヌデモ、司法權ノ執行ハモット
モット良クナルノデアリマス、サウ云フコトヲ放ッタラカシテ置イテ、サウシ
テ陪審ノ制度ニ依テ、今日ノ弊害ヲ矯シテ行カウ、何ト云フコトデアリマス
カ、私共ニハチットモ分ラヌ、陪審制度ナルモノハ歐羅巴ニ於テハ、今日ハ
利益ヨリモ害ガ多イトナサレテ居ル、行ッテ居ル國ハ多年ノ習慣デアリマス
カラ、之ヲ今廢メヤウト云フコトハ出來ヌカラ唯ヤッテ居ルト云フダケデア
ル、ドッチカト言ヘバ弊害ガ多イノデアリマス、陪審官ト云フ者ハ不慣デア
ルシ、犯罪人ヲ見ルト云フト、其犯罪人ガ〓鰊トシテ、誠ニ事情ヲ訴ヘルト
云フト情ニ引カサレテ、ドウシテモ廿クナル傾キガアル、サウ云フ者ヲ茲ニ
挾ンデ居ルガ爲ニ、英吉利ナドガ最モ能ク裁判ヲ行ッテ居ルト言ッテモ弊害ガ
アル、佛蘭西ナドヘ行キマスレバ、陪審官ノ爲ニ刑ノ執行ガ公平ヲ失ッテ、刑
法ノ威嚴ト云フモノハ丸デ殺ガレテ居ルト云フコトハ、是ハ裁判ニ直接ニ當
ッテ居ル者ハ固ヨリ、法律ノコトヲ研究シテ居ル學者ナドノ一致シテ申シテ
居ル所デアリマス、誠ニ是ハ弊害ノ多イ制度デアル、外國デモ行ッテ居ルガ
ソレハ今廢メル譯ニ行カヌ、ソレヲ今日本ガ眞似ヲシテ外國ニアルカラ眞似
ヲシテ之ヲヤッテ行カウ、斯ウ云フノハドコニアルカト云フト、是マデノ司法
權ノ執行ガ完全ニ能ク行ッテ居ナイ、之ヲ矯サウト云フノデアルガ、其完全
ニ能ク行ッテ居ナイ方面ハ、唯〓提出セラレタヤウナ斯ウ云フ陪審法案デハ決
シテ矯正ハ出來ヌノデアリマス、此以前ノ所ニ弊害ガアルノデアル、ソレヲ斯
ウ云フ法案ニ依テ矯正シテ行カウト云フ事柄ハ、私ニハ誠ニ分ラヌノデアリ
マス、此法律案ハ唯〓司法大臣ノ述ベラレタ通リ昨年提出セラレタモノト大
シテ變ラヌ、昨年ハ議會最後ノ將ニ閉會ヲ〓ゲムトスル數時間程前ニ、議會ニ
於テハ豫算委員會ガ開カレタリ、其他ノ特別委員會ガ開カレテ、出席議員ノ
數ノ極メテ少イ時ニ、咄嗟ニ日程ヲ變更シテ上ゲテ、餘リ氣ノ付カヌ中ニ之
ヲ通サウト試ミラレタ、是ハ何デアリマス、誠ニ危ブナイコトデアッタノデ
アリマス、幸ニシテ議員諸君ガ斯樣ナ重大ナ案ニシテ之ヲ一遍行ッタラバ、
其結果ガ如何ニナルカト云フコトニ思ヒ及バレテ、急速ニ是ガ通ルト云フコ
トハナカッタト云フコトハ、私ハ國家ノ爲ニ誠ニ幸デアッタト思ヒマス、今日又
〓出マシタガ、今度コソハ十分ニ審議セラレテ、私ハ本法ノ成立ハ希望イタ
シマセヌ、併ナガラ縱シ成立スルニシテモ十分ニ研究セラレテ、之ヲヤッ
タラドウナルカ、斯ウ云フモノヲ行ツタナラバ一方ニハ矯正ガ出來ル、矯正ハ
出來ヌ、而シテ日本ノ裁判ハ是カラ情實裁判ガ非常ニ殖エテ來ルノデアルガ、
其覺悟ヲセナケレバナラヌ、其覺悟ヲシテデモ斯ウ云フモノヲ行フヤ否ヤト
云フコトハ、十分ニ審議セラレナケレバナラヌ、咄嗟ノ間ニ斯樣ナモノヲ成
立セシメルト云フコトガアッテハ、國民ニ對シテ相濟マナイノハ固ヨリ、後世
子孫ニ對シテモ私ノ申譯ナイト思フ、斯樣ナ重大ナ法案ハ議會ハ十分ニ審議
ヲセラレテ、拙ケレバ勿論成立サセヌノガ當然デアリマス、若シ成立サセヤ
ウト云フコトニナルトシテモ、之ヲ行ッタ結果ガ如何ニナルカト云フコトヲ
十分ニ考ヘラレテ、其結果マデモ能ク考ヘテ行カレヌト、唯茲ニ百箇條カ幾
ラカノ條文ガアル、之ヲ拵ヘテ裁判所ニ委セテ置イタナラバ後トハ裁判所デ
何トカスルデアラウト云フ、斯ウ云フ考ヘデ、斯ウ云フ法律ヲ託サレタナラバ
大變ナコトガ起ルト存ジマス、故ニ此度ハ願ハクハ昨年ノヤウデナク、十分愼
重ニ議ヲ盡サレルヤウニシタイノデアリマス、ソレガ爲ニ是カラ私ノ疑ツテ
居ル所ヲ政府ノ方ニ御質シヲ致シタイト思ヒやっ、第一ニ質問ヲ致シタイ
ノハ、政府ガ陪審制度ヲ設ケナケレバナラヌト云フ考ヲ起サレタ其根本理由
如何、ドウ云フコトガアッタ爲ニ斯ウ云フコトヲセラレタカ、人民ヲシテ司法
權ニ參與セシメル必要ヲ感ジタカラ、サウ云フコトデハ私ハ滿足セヌノデア
リマス、ソレナラバ憲法ヲ施行セラレル時カラヤッテ宜シイ、ソレナラバ今
二十年前カラ言ハレテ宜シイ、ソレナラバ今十五年前カラ言ハレテ宜シイ、
今日ニ至ッテ始メテ人民ヲシテ司法權ニ參與セシメル、サウ云フ理由ヲ御尋ネ
スルノデアリマス、是マデノ司法權ノ執行ニ於テ、斯ウ間違ガ多カッタ、此
事實ノ認定ヲ誤ッタコトガアル、斯樣ナ惡イ結果ヲ生ジタ、ソコデ此度陪審
員ヲ設ケテ事實ノ認定ヲサセタナラバ、是マデノ此誤リヲ救フコトガ出來ル
ヤウニナルト思ッタカラ之ヲ出シタト云フ、此先例ヲ擧ゲテ戴キタイノデアリ
マス、此質問ハ昨年モ私ハ之ヲ致シマシタ、政府ハ滿足ナル答辯ヲ致シテ居ラ
レヌノデアリマス、滿足ナル答辯ヲ與ヘラレヌナラバ、此陪審法ヲ制定セラル
ヽ根本ノ理由ハナクナルノデアリマス、陪審制ヲ施行シヤウト云フノハ、サウ
云フ事柄デアルカラ之ヲ直サセナケレバナラヌト云ウテ、初メテ陪審制ナル
モノハ施行スベキモノデアル、ソレガナイト云フナラバ、陪審制度ヲ設ケル必
要ハ何處ニモナイ、昨年御尋シタ時ニハ能ウ十分ナ御答辯ガナカッタ、本年ハ
一年經チマシタカラ、或ハ相當御調査ニナッタカモ知レマセヌ、是マデノ裁判
ニ於テ如何ナル誤判ガアッテ、ソレデ後カラ考ヘテ見タラ、如何ニモ事實ノ認
定ヲ誤ッテ間違ッタ裁判ヲシタ、是〓ノコトガアル、斯樣ナコトガ今後行ハレテ
ハナラヌカラ、此陪審制度ヲ拵ヘテ、事實ノ審査ヲ鄭重ニス、ルト云フコトニシ
タト云フ其實例ヲ擧ゲラ戴キタイ、殊ニ私ガ最モ疑ヲ有ッテ居ルノハ、此度ノ
陪審法ノ第一條ニ依リマスト云フト······陪審ノ第二條ニ依リマスト云フト、
當然陪審ヲ付スルノハ死刑ニ處セラレルモノカ又ハ無期ノ懲役、若クハ禁錮
ニ處セラレムトスルヤウナ犯罪事件ニ當ルモノノミニ止マルノデアリマス、
私ハ是マデ裁判所ノ誤判ガナカッタトハ申シマセヌ、大勢ノ人ノ取扱ヒノコ
トデアリマス、多數ノ事件ノコトデアリマスカラ、其間ニハ誤判モアッタノデ
アリマセウ、救濟ノ方法モアルケレドモソレデモ、最後ニ至ッテ尙ホ誤判モアッ
タノデアリマセウ、併ナガラ死刑ニ處セラレタ者、或ハ無期ノ懲役ニ、若クハ
禁錮ニ處セラレタ者ト云フヤウナ重大ナル事件ニ付テハ、裁判所モ餘ホド鄭
重ナル審査ヲセラレルト思フノデアリマス、之ニ付テハ私ハ餘リ間違ヒ
ガアッタト云フコトヲ聞イテ居ナイノデアル、餘リ問違ヒガナカッタヤウニ思
フ事件ニ付テ、此度陪審法ヲ設ケテ事實ノ認定ヲ鄭重ニセラレルト云フノハ、
ドウ云フコトデアリマスカ、間違ヒガアッタカラ、是カラハ斯ウ云フ制度デ以
テ直スト云フナラバ分ル、何ニモ間違ヒガナカッタト云フナラバ、新ニ制度
ヲ拵ヘテ鄭重ニ審查スルト云フ理由ハ、ドコカラ出テ來ルノデアリマスカ、之
ニ付テハ昨年私ガ御尋ネシタ時ニハ御滿足ナ答辯ガナカッタ、本年ハ如何ナル
理由ヲ擧ゲテ御答辯ニナリマスカ存ジマセヌガ、之ニ付テノ實例ヲ伺ヒタイ、
尙ホ第三條ニ依テ三年以上ノ有期懲役若クハ禁錮ニ處セラレルヤウナ事件
ハ、被〓人ノ請求ニ依テ陪審ノ評議ニ付スルコトガ出來ルト云フコトニナツ
テ居リマス、之ニ付テ今マデ誤判ガアリマシタヤ否ヤ、是ハ澤山ナ事件デア
リマスカラ、或ハ誤判ガアッタカモ知レマセヌ、ソレナラバ著シイ例ヲドウ
ゾ擧ゲテ斯ウ云フコトガアリ、斯ウ云フコトガアッタト、此處ニ實例ヲ御示
シヲ願ヒタイ、是ガ私ノ質問ヲ致シマス第一箇條デアリマス、第二箇條ハ
私ハ此陪審法案ナルモノハマダ未熟ナル案デアルト思ヒマスガ、政府ハ之ヲ
能ク熟シテ居ル案デアルト仰シヤルノハ、ドウ云フ譯合デアルカト云フコト
ヲ伺ヒタイ、先達テ總理大臣ノ施政演說ニ對スル質問ノ場合ニ、山脇君ガ質
問ヲセラレテ、此陪審制度ノコトニ及バレタノデアリマス、其場合ニ政府ハ
陪審法ガ成立スルト云フト、役人ヲ歐羅巴ニ出張セシメテ、調査ヲリセルト
云フコトニナッテ居ル、是カラ調査ヲセナケレバナラヌヤウナ陪審法ナルモノ
ハ誠ニ未熟ナ法デハナイカ、ソンナモノヲ今此處ニ協賛ヲ求メムトセラレル
ト云フコトハ、間違ヂヤナイカト云フヤウナ意味ノ質問ガアッタト思ヒマス、
唯今私ノ申上ゲタ通リデナイカモ知レマセヌガ、サウ云フヤウナ意味ノ質問
ヲ山脇君ガナサレタ、ソレニ對シテ司法大臣ハ豫算ハ、此金額ノ出張旅費ハ、
豫算ニ出テ居マセヌ、併シ追加豫算ニハ出ルデアリマセウト云フ御說明ガア
くん、是ハ說明デモ何デモナイガ、斯樣ナ總豫算ニ載ヲテ居ナイデ、追加豫算
ニ出ストカ何トカト云フ、斯ウ云フヤウナコトデ、揚足取ヲナサレテ居ルト
云フヤウナヤリ方ハ、聞イテ居ッテモ見トモナカツタ、追加豫算デセラレヤウ
ガ總豫算デセラレヤウガ、費用ヲ求メルノハ同ジコトデアリマス、費用ヲ
求メテ是カラ調查ヲヤル、ソレナラバ此案ハ十分熟シテ居ナイデハナイカ、
司法大臣ハ陪審制度ヲ定メルガ良イカ惡イカト云フ調查ハ既ニ十分熟シテ居
ルカラ、其方ヲ調ベルノチヤナイ、是カラ調ベニ行クノハ、外國デドウ陪審
制度ヲ實行シテ居ルカト云フ實際ヲ調ベテ、サウシテ日本ノ實行ニ資ケヤウ
ト思ッテヤルノダト云フ、所ガ實際ヲ調ベテ日本ノ實行ニ如何ニ資スルカト云
フコトノ調ガ出來テ居ナイノニ、ドウシテ此陪審制度ナルモノノ調査ガ完全
ダト云フコトガ云ヘルデアリマセウカ、凡ソ一ツノ法制ヲ定メルナラバ、理論
上ノ調査ハ固ヨリデアル、併ナガラ之ヲ實行スルニドウスルカ、日本ニ於テ
ハドウナルカ、日本ノ役人ハドウシタラ宜シイカ、外國デハドウヤッテ居ルカ、
總テノコトヲ調ベテ斯ウナッテ居ルカヲ、ソレナラバ、日本ニ於テモ陪審制
度ヲ行フト云フナラバ始メテ調査ガ完全デアルト云ヘル、實際ノ施行ノコト
ハマダ調ベナイカラ、是カラ九萬六千圓ノ豫算デ、役人ヲ外國ニヤッテ調べ
サセル、サウ云フ必要ガアル間ハ、私ハ此陪審制度ナルモノハマダ完全ナ調査
ガ付イテ居ナイト思フ、未熟ナ法案デアルト思フ、ソレヲ司法大臣ガ調査ハ十
分デアルト云ハレルノハドウ云フ譯合デアリマスカ、是ガ私ノ伺ヒタイ第二
點デアリマス、第三點ハ憲法トノ關係デアリマス、私ハ陪審制度ハ正シク憲
法違反デアルト思フノデアリマス、憲法違反ノ法制ヲ此處ニ定メムトセラレ
ル政府ノ意ノアル所ヲ伺ヒタイノデアリマス、學者ノ中ニハ裁判ト云フノハ
法律ノ適用デアル事實ノ認定ハ裁判デナイト云フヤウナコトヲ言ッテ居ル人
ガアリマス、併ナガラ是ハ誠ニ少數ノ人ノ言フコトデ殆ド取ルニ足リナイ說
デアッテ、衆議院ニ於テ司法大臣モ事實ノ認定モ亦裁判ノ一部分デアルト言
ハレタヤウデアリマスカラ、此點ニ付テハ伺ヒマセヌ、斯樣ナ間違ッタ論デ
陪審員ニハ事實ノ認定ヲセシメルノデアッテ、法律ノ適用ヲセシメナイカラ
陪害制度ヲ定メテモ、憲法ニ違反セヌナント云フヤウナ、左樣ナ詭辯ヲ政府ハ
今日ハ弄シテ居ラレヌヤウデアリマス、ソレデアリマスカラ其意味デ御尋ネ
スルノデハアリマセヌガ、我ガ憲法ハ陪審制度ヲ認メナイト云フコトデ出來
テ居ルト私ハ思ッテ居ル、然ルニ此處ニ法律ヲ以テ陪審制度ヲ定メルト云フコ
トハ、正シク憲法違反デアルノデアリマス、憲法ハ立法權ノ行使ハドウ云
フヤウニスルカ、行政權ノ執行ハドウ云フヤウニスルカ、司法權ノ行使ハ
ドウ云フ風ニスルカト云フ、根本ノ規定ハ皆憲法ニ於テ揭ゲテ居ルノデアリ
やっ、若シ裁判所ニ於テ裁判ヲスル場合ニハ官吏タル判事ノミデナクシテ、
陪審ト云フ民間カラ擧ゲラレタ者ニ鑑定ヲサセテ、初メテ裁判ヲスル、司法
權ノ執行ナルモノハ、裁判官ト陪審員ト兩者ノ認定ニ依テ行ハレルモノデア
ルト云フコトデアリマスナラバ、其事柄ハ憲法ニ規定シテ置カンケレバナラ
ヌノデアル、歐羅巴諸國ノ陪審制度ヲ採用シテ居ル國ハ、皆憲法ニ於テ之ヲ
制定シテ居ル、英吉利ハ或ハサウ云フヤウニナッテ居ラナイカモ知レマセス、
英吉利ハ御承知ノ通リ不文ノ國デアリマス、憲法ニ規定スベキヤウナコトガ
法律デアッタリ、或ハ書カズニアッタリ、不文ニ行ハレル、サウ云フ事柄ハ英
吉利ニ於テハ澤山アル、英吉利デハ又法律デドンドン、日本等デアレバ憲法
ニ於テ規定スベキヤウナコトデモ、英吉利デハ法律デグングンヤッテ居ルノデ
アリマス、アノヤウナ國柄ハ別デアリマスケレドモ、憲法ト云フ根本法ヲ有
チ成文法ノ憲法ヲ有ッテ居ル、其ノ憲法ノ規定ノ範圍ニ於テ立法權、行政權、
司法權ノ行ハルヽヤウナ國デハ、此事理ヲ認メテ居ル國デハ、ドコデモ憲法
ニ於テ規定シテ居ルノデアリマス、日本ノ如キ成文憲法ヲ以テ國法ノ根本ト
スル制度ヲ採ッテ居ル所デハ、若シ陪審制度ヲ定メヤウト思フナラバ、ドウシ
テモ憲法ニ於テ之ヲ規定シナケレバナラヌ、然ルニ憲法ガ此事ヲ規定シテ
居ラナイノハ、日本ノ憲法ハ陪審制度ヲ認メナイト云フコトデ出來テ居ル
ノデアリマス、陪審制度ヲ認メナイト云フコトデ出來テ居ル憲法ノ下ニ
於テ、陪審制度ヲ認メルト云フコトニナレバ、是ハ憲法違反デアル、日本
ノ憲法ガ陪審制度ヲ認メナイト云フコトハ、條文規定ノ論理上カラ私ガ唯
今申上ゲタ通リデアリマスガ、推理上左樣ナルノミナラズ、實際ニ於テ憲
法起草ニ最モ多大ナ貢獻ヲセラレタ所ノ故井上子爵ガ論文ニ於テ明カニ此
事ヲ言ツテ居ラルヽ陪審制度ナルモノハ害多クシテ利ガ少イ、外國ノ實例
ヲ見ルト如何ニモ是ハ不公平ナ裁判ヲナスモノニナッテ仕舞フ、斯樣ナモ
ノヲ認メテハナラヌト云フ議論ヲ適切ニシテ居ラルルノデアル、憲法起
草ニ最モ多大ナ貢獻ヲセラレタ井上子爵ガ斯ウ云フ議論ヲシテ居ル、而シ
テ若シ之ヲ認メルナラバ必ズ憲法ニ規定センケレバナラヌコトガ、憲法ニ
規定ガシテナイ、是ガ即チ我ガ憲法ハ陪審制度ヲ認メナイ、陪審制度ヲ認メ
ルト云フコトハ、憲法違反デアルト云フコトノ最モ明瞭ナル證據デアル、斯
樣ナ事柄デアルノニ拘ラズ、政府ガ法律ヲ以テ陪審制度ヲ定メヤウトセラ
ルヽノハドウ云フ譯デアルカ、是ガ私ノ問ハムトスル第三點デアル、私ハ
陪審制度ニ賛成シナイ者デアリマス、併ナガラ陪審制度ナルモノヲ、ドウ
シテモ實行シナケレバナラヌト云フ御考ヲ政府ガ起サレタナラバ何故憲
法ノ改正ヲセラレヌノデアルカ、憲法ノ改正ハ重大事項デアリマス、容
易ニスベカラザルト云フコトモ、私ハ能ク承知シテ居ル、併ナガラ大切ナ
ル事柄デアルガ、國家ノ爲ニ之ヲ爲サムケレバナラヌト云フ、モットヨリ以
上ノ重大ナ事ガアルナラバ、憲法ヲ改正スルコトハ何モ差支ヘルコトハナ
イ、ソレガ爲ニ憲法ノ中ニ改正スル場合ニハ斯ウ斯ウスルト云フ規定サヘ
アルノデアリマス、其規定ガアルニ拘ラズ、憲法ノ改正ヲセズシテ憲法違反
ナル法律ヲ作ラウトセラルルノハドウ云フ譯デアルカ、政府ハ多分仰シヤ
ルデアラウト思フ、此條文ノ中ニハ陪審ノ評決ガ滴當デナイト認メタナラバ、
外ノ陪審ニ移スコトガ出來ルト云フヤウニナツテ居ッテ、決シテ陪審員ノ意
見ニ拘束セラルルコトハナイノデアルカラ、陪審員ハ事實ノ認定ヲスルノヂ
ヤナイ、即チ裁判ヲスルノヂヤナイ、ソレダカラ陪審制ヲ憲法ヲ改正セヌデ
作ッテモ宜イ、斯ウ辯解セラルルデアラウト思ヒマフ、是ハ憲法ヲ遁ガレル
一ツノ遁ゲ道、一ツノ何ト云ヒマセウカ、法律ノ規定ヲ潜ル方法デアル、憲
法デハ認メテ居ナイ、認メテ居ラナイカラ、斯ウ云フモノヲ拵ヘルト憲法違
反ニナル、ソコデ一ツノ陪審デ事實ノ認定ガ惡カッタラ外ニ移スコトガ出來
ルノデアル、ソレダカラ憲法違反ニナラナイト云フ遁ゲ道ヲ造ラレタノデア
ル、此點ニ於テ私ハ更ニアトデモウ一ツ御尋シタイト思ヒマスガ、遁ゲ道ヲ
拵ヘテ憲法ヲ潜ルト云フヤリ方ハ、是ハ實ニ惡イコトデアル、憲法ヲ改正スル
ト云フコトハ重大事項デアル、併ナガラ憲法ヲ改正シタカラト云ッテ、憲法ノ
神聖ハ決シテ侵サルルコトハナイノデアル、遁グ道ヲ拵ヘテ憲法ヲ潜ル、サウ
ナレバ憲法ノ神聖ヲ損スルコトニナル、私共帝國ノ憲法ハドコマデモ神聖ナ
モノ、ドコマデモ是ハ根本法デアルトシテ、大切ニ之ヲ守ッテ行カナケレバナ
ラヌト思フ、遁辭ヲ拵ヘ遁ゲ道ヲ拵ヘテ、法律ノ規定ヲ潜ッテ斯ルヤウナコト
ヲヤリ出サレタラ、憲法ニ對スル國民ノ敬意ヲ損スルコトニナル、憲法ノ權威
ヲ損スルコトニナル、憲法ノ神聖ヲ失ハシメルヤウニナル、實ハ先年司法省系
統ノ法律ニ於テ、判事ノ終身官タル保障ヲ破ラレタコトハ、私ハ是ハ憲法違反
デアツタト思フ、法律ニ最モ明ルイ司法省ニ於テ憲法ヲ潜ル法案ヲ出サレタ
ト云フコトハ、殊ニ遺憾千萬デアリマス、此度又〓茲ニ陪審制度ニ依テ憲法ヲ
潜ラムトスルノハ、憲法ノ神聖ヲ害セムトセラルル是ヨリ甚シキモノハナイ
ト思フ、何故司法省ハ陪審制度ガ必要デアリト思フナラバ憲法ヲ改正スルコ
トヲナサレヌノデアルカ、ソレダケ國家ノタメニ大切ナル法制デアルナラバ
正々堂々憲法ヲ改正シテ、御直シニナッテ宜シイ、ソレヲナサラズシテ憲法ヲ
潜ル法制ヲ茲ニ立テラレヤウトセラルルノハ、ドウ云フ譯デアリマセウカ、此
點ニ付テハ國民ガ一點ノ疑惑ヲ懷カヌヤウニ、司法省カラシテ明瞭ニ御說明
ガアリタイト思ヒマス、今マデモ既ニ憲法ニ違ッタ法案ヲ提出セラレテ、又〓
ヤラレテ、法律ニ最モ明ルイ省カラシテ斯樣ナ法制法律ノ提案ヲセラレルト
云フ事柄ハ、誠ニ私共ハ遺憾千萬ナルコトデアルト存ジマス、憲法ヲ改正セズ
シテ其規定ノ中ヲ潜ッテ、斯ウ云フ法案ヲ提出セラルルコトニセラレタノハ
ドウ云フ譯合デアルト云フコトヲ御說明ヲ願ヒタイ、第四ニ御尋ヲスルノハ、
陪審制度ト云フモノハ何ノ爲ニ之ヲ設ケ置クカト云ヒマスルト云フト、平生
カラ餘リ罪人ナドヲ取扱ッテ罪人ニ對スル事ニ慣レテ居ナイヤウナ所謂素人
デ公平無私ノ人ニ事件ヲ聽カシメテ、サウシテ常識的ニ斷判ヲサセヤウト云
フノガ、陪審制度ノ精神デアリマス、陪審制度ノ妙味ハ玆ニアリマス、ソレ
デアリマスカラ常識的ニ茲ニ判定シタラ、ソレガ最終ニナラナケレバナラヌ、
ソレデ決マッテ仕舞ハナケレバナラヌ、サウデナケラネバ陪審制度ヲ立テル必
要ハ何モナイ、又陪審制度ノ魂ガ無クナルノデ、素人ニ常識的ニ制定サセテ如
何ニモ公平無私ノ常識的ノ認定ガ出來タ、斯ウ云ツテ被〓人ニ心服サセヤウ
ト云フノガ、是ガ陪審制度ノ精神デアリマス、ソレデアレバ陪審員ノ判定ナ
ルモノハ最終デナケレバナラヌ、之ヲ破ラレテ彼方此方へ移サレルト云フコ
トニナレバ、常識的ノ認定ト云フモノハ何處ニモ有リハセヌ、然ルニ憲法ヲ潜
ルガ爲ニ此度ノ日本ノ陪審法デハ、判事ガ陪審員ノ評決ヲ不當ト認メタナラ
バ、外ノ陪審員ニ付シテ之ヲ評決サスルコトガ出來ルト云フコトニナッテ居
ル、此點ニ付テハ昨年ノ議會ニ於テ私ハ特別委員長ニ對シ何遍モ問答ヲ重ネ
タノデアリマスガ、特別委員長ハ、私ノ質問シタ所ニ依レバ何遍モ彼方此方ヘ
移スト云フコトニナレバ、結局判事ノ見込ミ通リニナルヂヤナイカ、陪審制ヲ
設ケタト云フノハ何ニモナラヌヂヤナイカ、斯ウ云フタ所ガ、サウデハナイ、
此法案ヲ見ルト裁判官ノ獨斷デ定メルト云フコトハ無イ、何處マデモ陪審員
ノ意見ヲ問ハナケレバナラヌト云フコトニナッテ居ルカラ、矢張リ陪審ト云フ
常識的ノ認定ガドコカニアルノデアルカラ、ソレデ宜シイ、斯ウ云フ御答辯デ
アリマシタ、ソレデアルト云フト、陪審員ノ認定ガ、判事ヲ拘束スルノデアル、
判事ヲ拘束スルト憲法ニ牴觸ヲスルノデアル、何遍變ヘテモドウシテモ判事
ノ意見トハ違ッテ居ル認定デアル、ソレデ到頭判事ハ之ニ拘束サレテ裁判ヲス
ルト云フコトデアレバ、事實ノ認定ハ陪審員ガナスト云フコトニナル、ソレダ
ト云フト裁判官ヲ拘束シテ憲法違反ニナル、又ソレ位ナラバ何モ移ス必要ハ
ナイノデアル、前ニ申上ゲタ通リ常識的ノ判定ガ最終デナケレバ效果ガナイ、
最終デナケレバ魂ガ這入ラヌ、最終デナケレバ精神ヲ失フ、ソレナラバ移サ
ヌデ、外國流ノ本當ノ陪審制度即チ陪審員ガ事實ノ認定ヲシタナラバ、裁判官
ハ是ト違ッタ認定ヲスルコトハ出來ヌトスル所ノ陪審ノ精神ヲ徹底セシムル
方ガ宜イ、併シサウナルト、此ノ法制ヲ作ラレルト憲法違反ニナル、憲法違反
ナラ嫌ヤダト云フナラバ、何故憲法改正ヲナサラヌノデアルカ、憲法ヲ改正セ
ズ又之ヲ濳ラウトスルカラ、唯今申上ゲルヤウナ誠ニ不理窟ガ生ジテ來ル、若
シサウデナクシテ何遍モ何遍モ陪審員ヲ變ヘテ、サウシテ結局裁判官ガ是デ
宜イト云フ所マデ歸着セシメテ、ソレデ定メルト云フナラバ、ソレハ裁判官ノ
意見ニ依テ事實ヲ認定スルノデアル、初メカラ陪審員ニ掛ケズニ、裁判官ガ初
メカラ認定スルノト何ノ擇ブ所ガアリマスカ、此陪審員ノヤッタノハ氣ニ入
ラヌ此方ヘ掛ケル、是モ氣ニ入ラヌ、此方ヘ掛ケル、自分ノ思フ通リニ出來ル
マデ陪審員ヲ移シテ行ッタナラバ、判事ガ初メカラ認定スルコトト違ヒマス
カ、ソンナラ陪審制ト云フヤウナモノヲ制定ヲセラルルト云フコトノ必要ハ
ドコニアルノデアリマスカ、ソレデアリマスカラ此陪審制度ハ一ツノ陪審員
ヲ定メナイデ、幾ツモ移スト云フコトニセラレタコトガ、日本獨得ダト云ウテ
自慢シテ居ルガ、日本獨得ノ故ニ陪審制度ノ精神、魂ハ無クナッテ居ル、魂ノ
ナイ陪審制度ヲ、金ヲ掛ケテ是カラ實行スル必要ガドコニアリマセウ、是ガ
私ノ政府ニ尋ネムトスル第四點デアリマス、凡ソ裁判ハ裁判ヲ受ケテ被〓人
ガ心服スルコトニナラナケレバナラヌ、是ハ政府ノ說カレル所ト私ノ考ト同
一デアリマス、陪審制ヲ設ケテ心服セシムルト云フノデアル、所ガ或場合
ニ於テ陪審制ノアル爲ニ、却テ被〓人ハ此裁判ハ間違ッテ居ルト云フ感ジヲ持
ツヤウニナルト思フ、此日本ノ今度提案セラレタヤウナ、幾ツモ陪審員ヲ變ヘ
ルト云フヤウナ法制デアリマスト云フト、被〓人ハ却テ裁判ノ適切ナルコト
ヲ疑フヤウニナル、.何故之ヲ申シマスカト云フト、裁判ニ付テハ合議制デ裁
判ヲスル、其合議ハ今日ニ於テ日本ニ於テ祕密ニヤッテ居ル、裁判ノ下ル時
二、被〓人ノ間ニ裁判官ノ一致シタ意見デアルト思ッテ居ル、縱シ一致シナ
イト思ッタ所ガ、別ナ議論ガアルカドウカ被〓人ニハ分ラヌ、裁判ニハ一ツ
ノ判決ガ下ルカラ、ナカナカ異論ガアッタカドウカ分リマセヌ、所ガ此度ノ
ヤウナ陪審制度ヲ置イテ、判事ガ一ツノ陪審員ニ掛ケテ評決セシメタノヲ
不當ナリト認メテ、他ノ陪審員ニ掛ケテ評決ニ依テ裁判ヲ下シマスト云フ
ト被〓人ハドウ思ヒマスカ、陪審員ノ意見ヲ聞カズトモ、陪審ヲ一タビ
移サレダト云フコトニ於テ、被〓人ハ前ノ陪審員ト、後ノ陪審員ノ意見ノ
違フト云フコトヲ直グニ感ズルノデアル、サウシテ有罪ノ判決ヲ受ケレバ、
ドウモ前ノ陪審員ハ無罪ト言ッタラシイノニ、後ノ陪審員ハ有罪ト云ッタ
爲ニ斯ウナッタト云フ······有罪ハ今起訴陪審デナイカラ、事實ノコトデアリ
マスガ、有罪ニナルヤウナ認定ヲシタ爲ニ自分ハ有罪ニナッタ斯ウ云フ感
ジガ直チニ起ルノデアリマス、ドコニモ移サヌト云フコトデアレバ、ドン
ナ意見デアッタト云フコトガ被〓人ニ分ラヌケレドモ、此陪審員カラ又陪審
員ニ移スト云フノニハ、是レト是レトノ意見ガ違フト云フコトハ、此移シタ
コトニ依テ明カデアリマス、サウスルト如何ナル裁判ガ下ッテモ、其被告人
ハ前ノ陪審員ハ自分ヲ無罪ニスルト云フヤウナ認定ヲシタラシイノニ、後ノ
陪審員ハ自分ヲ有罪ニスルヤウナ認定ヲシタカラ、自分ハ有罪ニナッタ、併ナ
ガラ十二人モ掛ッテ自分ヲ無罪ト見テ居ルノニ、自分ヲ有罪ニシタノハ是ハ此
裁判ハ誠ニ不都合ナ裁判ダト云フ心ガ自ラ起ッテ來ルノデアリマス、斯ウ云フ
ヤウナ法制デ陪審員ヲ移スト云フコトニナルト、モットモット不公平ニナルノ
ハ、三度以上移シタ場合デアル、此評決ガ不當ト見テ之ヲ移ス、是モ亦不當
ト見テ第三ノモノニ移ス、是デ決定シマストドウナリマス、第三審目ノ陪審
員ガ十二人ソレニ五人ノ裁判官カ或ハ三人ガ合議制、コノ裁判官ノ三人若ク
ハ五人ヲ合セルト十五人カ十七人デアル、之ニ反シテ、コチラノ方ハ二度モ
陪審ニ掛ケテ之ヲ不當ト見タ、十二人ヲ二度經テ居ルカラ二十四人デアル、
二十四人ノ人ノ見ル所デ有罪デナイト見テ居ルノニ、十七人ダケガ見テ之
ヲ有罪ニシタ、多數ガ無罪トスル考デアルノニ少數ノ人間ガ自分ヲ有罪ト
見テ有罪ノ判決ヲ下シタト云フコトニナレバ、被〓ハ之ニ心服スルノデア
リマセウカ、私共ハ裁判ハ神聖ニシテ一度判決ヲ受ケタナラバ、心カラ之
ニ服シナケレバナラヌト思フノニ、二十四人ガ無罪トスルコトニ認定ヲシ
テ居ルノニ、十七人或ハ十五人デ自分ヲ有罪ニシタト云フコトガ、茲ニ事
實ニ於テ分ッタナラバ、被〓ハ果シテ心カラ裁判ニ服スルノデアリマセウ
カ、外國ニ例ノナイヤウナ獨得ダト言ハレルケレドモ、獨得ハ即チ精神ヲ去ツ
タ後ノ亡骸ダケノ是ハ陪審制デアリマス、亡骸ノ陪審制ヲ拵ヘタ結果トシテ、
被〓人ニ於テ裁判ニ對スル心服ノ念ヲ輕クセシムル事柄ハ、私ハ甚ダ不都合
千萬ナコトデアルト思ヒマスガ、此點ニ付テ政府ハ如何ニ御考ヘニナルカ、
被〓人ハ斯ウ云フヤウニ考ヘテモ決シテ心カラ服スルト云フ信念ヲ失ハヌモ
ノト御考ヘニナリマスカ否ヤヲ伺ヒタイノデアリマス、又如何ナル法制デモ
何人ニ向ッテデモ總テ公平ナ取扱ヒヲスル、所謂差別待遇ヲシナイト云フニ
至ッテ、始メテ人ハ是ハ公平ダト云フコトヲ信ズルノデアル、茲ニ或ル犯罪
ニ付テハ陪審ヲ認メル或犯罪ニ付テハ陪審ヲ認メヌト云フコトニナリマスノ
ハ、初メカラモウ罪人ノ取扱ヒノ上ニ於テ同ジ平等ノ待遇ヲシナイ、差別待
遇ラスルト云フ法制ヲ作ルコトニナル、是ハモウ制度ノ上ニ於テ、私ハ極
公平ヲ得テ居ルモノト云フコトハ出來ヌト思ヒマスガ、殊ニ此度ノ陪審法ニ
依リマスト云フト、請求ニ依テ陪審ヲ付ケルコトガ出來ル、又或場合ニハ陪
審ヲ辭スルコトガ出來ル、被〓人ノ意思ニ依テ之ヲ左右スルコトガ出來ル、被
告人ノ意思ニ依ッテ是ガ取扱ヒヲ色〓ニ變ヘルコトガ出來ルト云フ取扱ヒハ
私ハ、決シテ之ヲ法制トシテ公平ナルモノト云フコトハ出來ヌト思フ、殊ニ
被〓人ノ請求ニ依テ陪審ヲ附シタ場合ニハ、其陪審ノ費用ハ其被〓人ガ之ヲ
辨ジナケレバナラヌト云フコトニナル、サウスルト云フト貧乏人ハ陪審ヲ求
メタクテモ、陪審ノ費用ヲ辨ズル金ガ無イ爲ニ、陪審ノ請求ヲスルコトガ出
來ナイ、金持ハ金ガアルカラ陪審ノ請求ヲスルコトガ出來ル、裁判ノ上ニ於
テ金持ハ便宜ノ裁判ヲ受ケルコトガ出來ルガ、貧乏人ハ便宜ノ裁判ヲ受ケル
コトガ出來ヌ、斯ウ云フヤウナ制度ヲ設ケルコトハ、裁判ノ公平······國民
ヲシテ裁判ニ對シテ公平ヲ得タモノデアルト云フ信念ヲ起サシメル上ニ於
テ、私ハ大イナル害ガアルト思フノデアリマスガ、此點ニ付テハ政府ハ左樣
ニ御考ヘニナラヌノデアルカドウカ、之ヲ伺ヒタイノデアリマス、其次ニハ陪
審ハ歐羅巴ニ於テモ既ニ大分弊害ガアル、殊ニ大陸地方デモ弊害ノアリマス
コトハ御承知ノ通リデアリマス、併ナガラソレデモ尙ホ或場合ニ陪審ト云フ
モノガ裁判ニ大變役立ツコトガアリマス、例ヘバ犯罪ノ動機如何ニ依テハ、
法律ノ規定ヲ其儘適用シテ行クト云フコトガ、如何ニモ不人情ニナルヤウナ
コトガアル、·サウ云フ場合ニハ大陪審即チ所謂起訴陪審ト云フモノガアッテ
是ハ有罪デアルトカ、是ハ無罪デアルトカ云フコトヲ陪審員ヲシテ言ハシメ
ル、サウシテ陪審員ガ其犯罪ノ動機ニ付テ斟酌シタ認定ヲスルガ爲ニ、裁判ガ
如何ニモ人情的ニナルコトガアリマス、例ヘバ親ノ仇ヲ討ッテ人ヲ殺シタト
カ、或ハ名譽ヲ毀損セラレタカラシテ已ムヲ得ズ決鬪ヲシタトカ、斯ウ云フ
場合デモ、殺人デアルト云ヘバ矢張リ殺人罪トシテ之ヲ死刑ニ處スルトカ、
或ハ無期懲役ニ處スルト云フコトハ、ソレハ如何ニモ不人情デアル、自分ノ
親ガ殺サレタ、復讐ハ今日法律ノ嚴禁シテ居ル所デアルガ、併ナガラ人情ト
シテ親ガ殺サレタカラ其復讐ヲシタ、是ハ惡イコトデアルケレドモ或場合ニ
ハ淚ヲ以テ之ニ對サナケレバナラヌ、サウ云フ塲合ニ陪審員ガアルト事實ノ
認定ヲスル上ニ於テ、此者ハ一時精神ガ錯亂シテ居ッタトカ、或ハドウカシ
テ意識ノ中正ヲ失ッテ居ッタカラ、是ハ有罪トスベキモノデナイ、斯ウ云フヤ
ウナコトデ、ソレデ誠ニ人情的裁判ガ下サレルノデアリマス、サウ云フ場合
ニ於テハ陪審ト云フモノガ、人情的裁判ヲ下ス上ニ於テ都合ガ宜イノデアリ
マシテ、斯ウ云フ場合ニハ大陸デモ誠ニ是ガ或場合ニ於テハ能ク利用サレテ
居ルト申シテ宜カラウト思フ、然ルニ其事モ亦今日ハ日本ニ於テハ必要ガ無
クナッタノデアリマス、即チ刑法ガ改正サレマシテ刑期ノ量定ノ上ニ於テ非常
ニ範圍ヲ廣ク與ヘラレテ居ル、裁判官ガ人殺シニ對シテ判決ヲスル場合ニ於
テ、以前ナラバ死刑ニ處スルトカ無期懲役ニ處スルトカ、或ハ二十年位ノ
懲役ニ處スルトカ、ソレヨリモ下ヘ下スコトハ出來ナカッタ、是ガ今日ハ人
殺シデモ四年カ三年位ノ禁錮デモ宣シイト云フ位ニ、ズット非常ニ斟酌シ
テ刑ヲ極メルコトガ出來ルヤウニナッタノデアリマス、ソレダケ裁判官ガ量
定ノ自由ヲ與ヘラレテ居ル、ノミナラズ、今日ハ起訴猶豫、執行猶豫ト云
フコトガアル、事情ニ依テハ是ハドウモ犯罪ガアルラシイガ、起訴ヲ猶豫
シテ、起訴ヲシナイト云フヤリ方モアル、又一旦起訴ヲシテ裁判ニ掛ッテ罪
ガアルト認メラレテモ、如何ニモ情狀斟酌スベキモノデアルト思へバ、何
年ノ執行猶豫ト云フコトニスレバ、其期間ガ過ギテ仕舞ヘバ、罪人デナクナッ
テ仕舞フ制度ガ設ケラレテ居ル、斯ノ如キ人情的裁判ヲ下スコトガ十分出來
ルヤウニ今日ノ法制デハナッテ居ル、サウナッテ來ルト最早陪審制度ナルモノ
ヲ施行シテ、裁判ヲ人情的ニスルナドト云フ必要ハ今日ハチットモナイ、ソコ
マデ刑法其他ノ法制ヲ改正セラレテ居ルノニ、尙ホ陪審制度ヲ必要トスルト
云フノハ、政府ハドウ云フ所カラ言ハレルノデアリマスカ、之ヲ一ツ又伺ヒ
タイノデアリマス、日本ニハ裁判ニ豫審ト云フモノガアル、警察署デ調べ、檢
事局デ調べ、モウ一ツ又豫審デ調ベテ何遍モ何遍モ調ベテ、何處マデモ前ニ申
上ゲタ通リ、人ハ一遍捕ヘタラ何デモ罪人ニスルト云フ前提デヤッテ行クト云
フヤウナ形ガ出來テ居ル、誠ニソレハ惡イコトデアルガ、サウ云フヤウニナツ
テ居ル、サウナッテ居リマスガ、其上ニ又今度ハ陪審ト云フコトヲヤルガ爲ニ、
公判準備ト云フモノガアル、ソレカラ公判ガ始マル、サウスルト警察署ト檢
事局ト豫審廷ト公判準備ト、ソレカラ公判デ調ベラレル、都合五度ヤラレル
ノデアリマス、是ハマア大變ナコトデアリマスガ、コンナコトヲヤッテ裁判
ガ迅速ニ行ケルノデアリマスカ、元來陪審制度ヲ設ケテ、一ツノ陪審カラ他
ノ陪審ニ移シ、ソレカラ又他ノ陪審ニ移ス、斯ウ云フヤウナコトデハ何年經ッ
テ事件ガ結了スルカ分ラヌヤウニナル、若シ其間牢ノ中ニデモ繫ガレテ居ツ
タラ堪ルモノデハナイ、裁判事件ガ大變長引クト云フコトハ、國民ノ權利ノ
上ニ大關係ガアル、豫審ノ上ニモウ一ツ公判準備ガアッテ、ソレカラ公判ガア
ル、益〓裁判ガ遲延スル、或ル公判ニ陪審ガ附ク、サウスルト又陪審員ノ評
議ノ爲ニ豫審等デ暇取ツタ上ニ又時ガ長引クヤウニナッテ來ル、是カラ後ハ斯
ウ云フコトデ訴訟事件ガ非常ニ長引クヤウニナル、事件ガ長引キマスト、其
事件ニ付テ被告人ガ長ク牢ノ中ニ置カレルバカリデハナイ、サウ云フヤウナ
風ニ長クナル爲ニ總ベテノ裁判事件ガ遲滯シテ來ル、ソレガ爲ニ陪審ニ
掛ラヌ刑事事件マデモ裁判ガ遲延スルヤウニナル、是ハ實ニ憂慮スベキコ
トデアルト思ヒマスガ、此點ニ付テハ政府ハ裁判ガ遲延シナイト云フ御
說明ヲ與ヘラレルコトガ出來ルノデアルカ否ヤ、出來ルナラバ唯遲延シ
ナイト云フダケデハイケナイ、ドウ云フヤウニシテ行クカラ遲セセズニ濟
ムト云フ、其事情ヲ十分御說明ヲ願ヒタイ、ソレカラ又今囘ノ法律ニ依
リマスト云フト、陪審員ノ附ク公判ニ於テハ、陪審員ガ調べルカラ陪
審員ノ意見ニ依テ確メラレテハイカヌト云フコトカラ、警察ヤ檢事局ヤ
豫審廷等ニ於テハ、今マデヨリモ一層被〓ニ對シテ殘酷ナ取扱ヒヲスル
虞ガアルト思フ、犯人ニ犯罪ノ自白ヲサセヤウ、自白サヘサセテ置ケバ、
陪審員ト雖モ何トモースルコトハ出來ナイート云云所カラシテ、自由ヲ强制
スル弊ガ玆カラ起ッテ來ハシナイカ、ソレガ爲ニ豫審廷ナリ檢事局ナリ、
警察署ナリノ調ベガ、今日ヨリモ一層峻酷ニナル虞ガアルト思ヒマスガ、
サウナラナイト云フ保障ガ何處ニアリマスカ、殊ニ陪審法案ノ第七條ニ、
公判竝ニ公判準備ニ於ケル取調ニ於テ被〓人ガ公訴事實ヲ認メタ時ハ其
事件ヲ陪審ニ付スルコトヲ止メルト云フコトガアル、ダカラ自白スレバ
陪審ニ付セヌデ宜イノデアリマス、ソレデアルカラドコマデモ自白サセ
ヤウトシテ警察、豫審廷、檢事局、公判準備、此四ツノモノデ自白ヲセヨト
云フコトガ、今後ハ一層甚ダシクナッテ、人權蹂躙ヲ憂ヘテ斯ウ云フ制度ヲ定
メヤウト考ヘラレタ其結果ガ、アベコベニナッテ、益〓人權蹂躙ノ弊ヲ深クス
ルト云フ虞ガアルヤウニ私ハ思ヒマスガ、サウナラナイデ濟ムト云フコト
ハ、ドウ云フ論據ニ依テ之ヲ說明ナサレルカ、是ガ又私ノ御尋シタイ點デア
リマス、歐羅巴ニ於テハ陪審制度ハ今日ハ利モアリマセウケレドモ、弊害ガ
ナカナカ多イト云フコトハ前ニ申上ゲタ通リデアリマス、歐羅巴ノ人、殊ニ
英吉利人ト云フ者ハ、大變義務觀念ガ强イノデアリマス、一朝職務ニ當ルト
云フト、職務上ノ事柄ダト親類デモ友達デモ、ドウモ是ハ職務上ノコトダカ
ラ別ダトシテ、チヤント義務ヲ遂行シテ行クヤウナ風ガアルヤウニ思ヒマス、
悉クサウヂヤナイカモ知レマセヌガ、ドウモドッチカト云フトサウ云フ風ガ
アル、ソレダケノ氣風ノアル國民デアルト云フト、陪審員トシテ職務ヲ務メ
ルノダゾト云フ、ココニ責任觀念ヲ負ハセラレルト云フト、被〓ニ對シテ決
シテ情實ニ依テ意思ヲ枉ゲルナドト云フコトヲセズシテ、公平ニ事實ノ認定
ヲスルト云フ風ガドウシテモ能ク行ハレルノデアリマス、ソレデモ英吉利ニ
於テハ尙ホ情實ガ行ハレテ居ル、情實ガ行ハレルトシテモ、英吉利人ノヤウナ
風ナ國デアルカラ、マダマダ情實ノ行ハレルコトガ少ナイノデアリマス、然
ルニ日本人ト云フ者ハ誠ニオトナシイ、オトナシイノデアリマスカラ、同
時ニ感情ニ脆イ、罪人ノ如何ニモ憐レッポイヤウナ狀況ヲ見タリ何カスル
ト、職務觀念ト云フモノヨリモ、人情ト云フコトガ先ニ立ッテ仕舞ッテ、職務
上ノ義務ヲ盡スト云フヨリモ、人情ノ上カラドウモ是ハ酷ダト云ッタヤウ
ナ考ガ起リ易イノハ、私ハドウモ日本ノ國民性デアリハシマイカト思フ、惡
イトバカリハ見ナイ、或ル塲合ニハ人情ガ厚イト云フ點ニ於テハ私ハ美點デ
アルト存ジマスルガ、其美點ガ罪人ニ對シテ陪審ヲスルヤウナ場合ニハ、場
合ニ依ルト妨ゲニナル、ドウモ罪人ニ向ッテ氣ノ毒デ可哀想ダト云フヤウナ
念慮ガ起ッテ、事實ノ認定ノ上ニ情實ノ行ハルル弊ガ英吉利ヤ歐羅巴諸國ヨ
リモ一層日本人ニ於テハ甚ダシクアリハシマイカト私ハ考ヘマスガ、政府ハ
是ハ如何ニ御覽ニナツテ居ルカ、殊ニ最近ニ於テハ、日本ニ於テハ黨派心ガ
非常ニ劇烈ニナッテ、選擧ニ於テ之ヲ爭フ位ナラマダシモデアリマスガ、平生
ノ仕事ニ於テ一々皆黨派ノコトガアル、銀行ヘ金ヲ借リニ行クト、反對黨ダ
ト云フト金ヲ貸サヌ、或ハ村デ何カアッテモ反對黨デアレバソレニハ便宜ヲ
與ヘナイ、アスコノ所ノ橋ガ落チテ居ル、何時マデモ修繕セヌガドウ云フ譯
カ、アレハ反對黨ノ居ル場所ダカラ修繕セヌ、モウ地方ヘ行ッテ御覽ニナッタ
ラ、實ニ甚ダシク黨派ノ弊害ト云フモノガ極端ニナッテ居ル、ソノ黨派ノ
弊害ガ極端ニ行ッテ居ル所ニ、陪審員ヲシテ事實ノ認定ヲセシムル、是
ハ私ハ非常ニ危險ダト思ヒマス、政府ハ或ハ說明ヲシテ、此度ノ陪審
員ハ選擧ヂヤナイ市町村長ガ選ンデ來ル其中カラ籤取リデヤルノダカラ、
黨派ノ害ハ起ラヌト言ハレルカモ知ラヌ、併ナガラ偶然ココニ陪審員ガ
出來タ其中ニ自ラ黨派ガ出來テ、被〓人ニ於テモ亦黨派ガアル、如何ニ抽籤
デ定マッテモ、是ハ反對黨派ノ者ガ這入ッテ居ル、被〓人ニモ黨派ガアル、
其塲合ニ黨派ノ觀念ニ驅ラルルコトナク能ク嚴正適切ナル認定ヲナスヤ
否ヤ、日本ノ現狀ニ於テハ甚ダ私ハ之ヲ危ブムノデアリマス、此點ニ付
テ政府ハ、如何ナル之ニ對シテ保障ヲ得テ居ラレルノデアルカ、如何ナ
ル保障ガアリマスカ、其保障ハ具體ニ御示シヲ願ハナケレバナラス、陪審
制度ハ是ハ一方ニ於テハ人民ニ大變迷惑ヲ掛ケルモノデアリマス、陪審員ニ
ナリマスト云フト、陪審員ニナッタ者ハ、陪審ノ任務ヲ盡スマデハ、其人ハ
內ニ居レバ大變金儲ノ出來ル人デモ其利益ヲ皆失ッテ、裁判所ニ拘束セラレ
ナケレバナラヌ、サウシテ事件ノ終ルマデハ其人間ハ殆ド牢ノ中ニ入レラレ
タヤウナ工合ニ、自由ニ行動スルコトガ出來ヌ、密室監禁ニ遭ウタヤウナ工合
ニ、或ル場所ニ入レ込マレテ仕舞ッテ、自由ノ行動ヲ執ルコトガ出來ナイ、內
ニ於テハ立派ナ······利益ヲ儲クベキ事柄ヲ犠牲ニシテサウシテ出テ居ル、
而シテ出テ行ッタラバ殆ド禁錮セラレタヤウナ狀態ニ於テ、任務ノ終ルマデ
ハ居ラナケレバナリマセヌカラ、精神的ニモ肉體的ニモ非常ニ是ハ不愉快
ナコトデアリマス、ケレドモ是ハ國民ノ義務ヲ法律デ拵ヘルカラ、義務ニナ
ッタ以上ハ仕方ガアリマセヌケレドモ、左樣ナ義務ヲ作ルト云フコトハ立法
ノ時ニ餘程考ヘナケレバナラヌ、ソレダケ國民ニ迷惑ヲ與ヘ、ソレダケ利益
ヲ失ハシメ、ソレダケ不自由ヲ感ゼシメテ、サウシテ行フ所ノモノハ何デア
ルカ、利モアルカモ知ラヌケレドモ、弊害ノ多イ陪審制度ヲ行フ、陪審制度
ヲ行フガ爲ニ唯今申上ゲル如キ犧牲ヲ拂ハシメルコトニナルト思ヒマス、ソ
レダケ國民ニ迷惑ヲ掛ケナケレバナラヌト云フ程ニマデノ必要ガ何處カラ
來ルノデアルカ、代議士ニ選バレヤウ、所得稅ノ調査委員ニ選バレヤウ、營
業稅ノ審査員ニ選バレヤウ、今日ハ喜ンデ皆選バレルノデアリマス、是ハ
自分等ガナリタイカラデアル、此度ノ陪審員ハ自分カラハナリタイト云フ者
ハアリマスマイ、數日ノ間禁錮ニ處セラレルヤウナ、誠ニ窮屈ナ目ヲシナケ
レバナラヌ、サウシテ內ニ居レバ十分ニ儲ケルダケノ技倆ヲ持ッテ居ル人ガ、
其利ヲ犠牲ニ供シテ數日ノ間自由ヲ失ハシメラレル、好ンデナルモノハ決シ
テナイノデアリマス、ソレデモ捉マヘテ來テ陪審員ニスル、ソレナラバ十二
人ダケヲ以テヤルカト云フトサウヂヤナイ、後ノ方ヲ御覽ニナルト三十六人
モ連レテ來テ御前ハ善イカ、御前ハ惡イカト云フコトヲ決メラレル、其決マル
マデハ矢張リ自由ヲ拘束シテ置ク、ソレダケノ迷惑ヲ國民ニ與ヘテ、サウシテ
其實益ハ何處ニアルカ、利モ若干アリマセウガ併シ弊害モ澤山アル、サウ云
フヤウナ制度ヲココニ行ハレルト云フコトハ、ココニナサラウト云フコトハ
ソレハドコカラ來タノデアリマスカ、是ガ又私ノ質問ノ一箇條デアリマス、
最後ノ質問ハ之ニハドレ位ナ金ガ要リマスカ、陪審制度ヲ施行スルニ付テハ
場所モ拵ヘナケレバナラヌ、又陪審ヲ入レテ裁判スレバソレダケノ費用ガ掛
カルダラウト思ヒマス、臨時費ガ大變ニ掛カラウト思ヒマス、經常費モ亦
非常ニ巨額ヲ要スルダラウト思フ、今日ノ政府ノ財政ガ行詰ッテ、行政財政ノ
整理ヲスルニ非ザレバ最早行キヤウガナイト云フ所マデ行ッテ、巳ムヲ得ズ
政府ハ行政財政ノ整理ヲシテ居ラレルノデアリマス、斯樣ナ場合ニ於テ若干
ノ利ガアルカモ知ラヌケレドモ、弊害ノ最モ甚ダシキモノアル所ノ陪審法ヲ
實行シテ、澤山ナ金ヲ使ハレル事柄ハ、是ハ私ハ政府ノヤリ方ノ矛盾デアル
ノデハアルマイカト思ヒマスガ、此行政整理ヲセラレル精神ト、格別利ハ少ナ
クシテ害ノ多イ陪審制度ヲ設ケラレル事柄トハ果シテ牴觸セザルヤ否ヤト云
フコトニ付テノ政府ノ御說明ヲ伺ヒタイ、ソレト共ニ能クハ分リマセヌケレ
ドモ、陪審制度ヲ行フガ爲ニ二百五十人ノ判事ヲ增スト云フコトハ衆議院
ニ於テ說明セラレタト云フコトデアリマス、ソレハ何ノ必要アッテサウ云フコ
トヲナサレマスカ、陪審制ガ決ッタカラト云ッテ從來ノ判事デ差支ナイ筈デ
アル、ソレヲ判事マデ增スト云フコトハドウ云フ譯デアルカ、或ハ公判準備
ト云フモウ一ツノ煩雜ナル手續ヲ增シタカラ、判事ヲ增サナケレバナラヌト
言フカモ知レマセヌ、ソンナ煩雜ニスル必要ハ何處ニアルカ、外國ニソンナ
例ガアルカ、ソンナコトヲシテ裁判ヲ遲延セシメテ宜イト云フコトハ何處ニ
アルカ、斯ウ云フコトヲ御尋ネシタイノデアリマス、ソレト關聯シテ判事ヲ
增サナケレバナラヌト云フコトハ何處カラ來マシタカ行政財政ノ整理ヲス
ル必要アル今日ニ於テ巨額ノ費用ヲ費シテ、斯クノ如キコトヲスルノ理由
ハ何處ニアルカト云フコトヲ伺ヒタイノデアル、而シテ最後ニ更ニ一言申上
ゲタイノハ今申上ゲル通リ、今日ノ司法權ノ行使ニ付テノ弊害ハ公判デハ割
合ニ少イ、主ニ弊害アルノハ、警察署内、檢事局、豫審廷、サウ云フ所ニア
ルノデアリマシテ、公判ニ於テハ餘計ニハアリマセヌガ、併ナガラ公判ニ於
テモ若干アリマセウ、而シテソレガ何カト云ヘバ、前ニモ申上ゲタ通リ人間
ハ無罪デアルト云フ前提ヲ以テ、常ニ裁判官ガ國民ニ臨ンデ居レバ宜イケレ
ドモ、法令ノ上デハ人間ハ無罪デアルト云フコトニ出來テ居ルニモ拘ラ
ズ、取扱ヒハ被告ハ罪人ダト云フ取扱ヒヲサレマス、是ハ弊害ノ原デアル、
之ヲ正サズシテ如何ニ陪審制度ヲ設ケテモ陪審制度ノ效果ハ擧ラナイノデア
ル、之ヲ直スニハドウスルノデアルカ、頭ヲ直ス外ハナイ、裁判官ノ頭ヲ直
スノ外ナイ、又前ニ申上ゲタ上官ノ意ヲ迎ヘテ政治ニ關シテ選擧ノ利害關係
ヲ持ツト云フヤウナコトハ、裁判官トシテ最モ禁物デアル、斯ウ云フコトガ今
日アルト云フ、其頭ヲ變ヘナケレバナリマセヌ、陪審制度デモ何デモアリマ
セヌ、今日ノ司法制度ヲ矯正スルノハ、是ヲヤルノハ裁判官ニ向ッテモットモ
ット適材ヲ採ッテ、適材ヲ採ル以上ハ十分ナ優遇ヲ與ヘテ、サウシテ終身官ノ
保障ヲ與ヘタナラバ、憲法ヲ潜ッテ保障ヲ奪フナドト云フコトハ決シテシナ
イト云フコトニシテ、如何ナル上官ニ向ッテモ極冷靜ナ自由ナ考ヲ以テ、
何處マデモ唯良心ノ命ズル所ニ就テノミ行動シテ何人ノ勢力ノ作用モ受ケナ
イト云フヤウナ立派ナ裁判官ヲ裁判所ニ作ルノガ、是ガ司法權ノ行使ヲ矯正
スル唯一ノ方法デ、是ヨリ外私ハナイト思ヒマス、之ガ爲ニハ金ガ要リマセ
ウ、其金ハ陪審制度ヲ實行セラルル其費用ノ半分ヲ使ハレレバ、私ハ裕ニ辨
ズルト思フ、然ルニ是ダケノ急務ガアッテ金ノ半分モ使ヘバソレデ澤山デアル
ニモ拘ラズ、此急務ニ力メズシテ、此急務ノ實行ニ力メズシテ、而シテ國帑ヲ
多額ニ消費セラルルト云フノハ、政府ノ意思ガ何處ニアリマスカ、是ハ私ノ
最後ノ質問デアリマス、ドウゾ大切ナ法案デアリマス故ニ、深切ニ御答辯ニ
ナッテ、而シテ又愈特別委員會ニ掛リマシタ折、本議場ニ掛リマシタ時ニ
ハ、願ハクハ昨年ノヤウナ急激咄嗟ノ間ニ此大切ナ法案ハ能ク審議セラレズ
シテ通過スルト云フヤウナ情弊ノ出來ナイヤウニ、私ハ今カラ切ニ祈リ上ゲ
テ置ク次第デアリマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=8
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009・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 唯今若槻君ヨリ陪審法案ニ付キマシテ段々數點
ニ分レテ御質問ニナリマシタ中ニ、若槻君ノ御意見ノアル所モ拜聽イタシマ
シタ、先ヅ若槻君ハ陪審法案ナルモノハ今日ノ裁判司法權ノ運用ニ對シテ不
信任デアル、裁判ヲ司ル所ノ司法省ガ自ラ進ンデ、斯ノ如キ法案ヲ提出スルコ
トヲ甚ダ司法權ノ爲ニ悲ムモノデアルト云フコトヲ冒頭トセラレテ、段々
十數點ニ分ケテ御質問ニ相成リマシタ、先ヅ申上ゲマスルガ、私ハ陪審法案ノ
提出ハ司法權ノ運用ヲ圓滑ナラシムル法案ナリト信ジテ居リマス、決シテ不
信任ヲ表スル意味ニ於テ提案シタモノデハアリマセヌ、斯ノ如キ法案ヲ提出
スルニ付キマシテハ、司法省ノ外ニハ提案スルモノハナイノデアリマス、司法
省ヨリ自ラ信ジテ是ナリトスル所ノ陪審法案ヲ提出スルト云フコトハ、當然
ノコトデアルト私ハ信ジテ居ルノデアリマス、豫メ御質問ノ點ニ對シテ御答
ヲ致シマスルガ、御答イタシマスル前ニ一言イタシタイト思フノデアリマス
ガ、若槻君ハ陪審法案ハ人權蹂躪ヨリ起ッタ問題デアル、人權蹂躙ヲ除イテ
陪審法案ノ生命ハ殆ド無イモノデアル、斯ウ云フヤウニ御考ヘニナッテ居ラ
レルヤウデアリマス、陪審法案ノ問題ニナッタノハ即チ人權蹂躪デアル、爾來
今日ニ至ルマデ人權蹂躪ガ原ニナッテ陪審法ガ色〓ニ論ゼラレテ居ルノデア
ル、斯ウ云フヤウナ御意見ノヤウニ私ハ承リマシタ、是ハ私ハ甚ダ此點ニ於テ
先ヅ見解ヲ異ニシテ居ルノデアリマス、先ニモ提案ノ理由トシテ申述ベタル
コトハ、是ハ人權蹂躪ニハ關係ナイノデアリマス、御承知ノ如ク、明治、私ハ
シッカリ記憶ハ致シマセヌガ、四十二三年ノ頃デアッタト思ヒマスガ、陪審法
案ハ衆議院ノ建議案トシテ可決セラレテ以來、今日ニ至ルマデ、相當ニ政府
ニ於テモ研究ヲ重ネテ居ッタノデアリマス、又若槻君ノ御演說中ニゴザイマ
シタ通リ、在野在朝ノ法曹ノ人ノ間ニ、陪審制度ノ議論ト云フモノハ相當ニ
アッタノデアル、若槻君モ之ヲ御覽ニナッタト云フコトデアル、私モ左樣ニ信
ジテ居ルノデアリマス、而シテ此研究イタシマシタル結果ガ、果シテ陪審制度
ヲ我國ニ採用スルノ必要アルカドウカト云フコトニ付キマシテハ、當時ノ政
府當局ニ於テハ、特ニ機關ヲ設ケテ之ニ諮問スルガ適當デアルト云フ考ヨリ
致シマシテ、御承知ノ如ク法制審議會ガ設ケラレマシテ、此所ニ在野在朝ノ
法曹ヲ集メマシテ、而シテ陪審法ヲ採ルノ必要アリヤ否ヤ、若シ之ヲ採ルト
スルナラバ、大綱、綱領ハ如何ト云フコトヲ諮問シタノデアリマス、是ハ審議
會ニ於キマシテ、幾度カ當時ノ政府委員ヨリモ詳細ニ說明ヲセラレタコトデ
アリマスカラ私ハ重ネテ茲ニ而カモ若槻君ノ御承知ノコトデアルト存ジマス
カラ、省略ヲシテ申述ベルコトハ致シマセス、併ナガラ此陪審制度ノ採用ガ如
何ニモ輕率デアッタカノ如キ御懸念ニ對シテハ、是ハ左樣デハアリマセヌ、政
府ニ於キマシテハ、長イ間〓究ヲシ、特設ノ機關ヲ設ケテ、愼重ニ審議ヲ
シ、其法制審議會ニ於テモ非常ニ議論ヲ鬪ハシタコトヲ、私ハ承知イタシテ
居ルノデアリマス、愼重審議ノ結果デアルト云フコトヲ先ヅ私ハ申上ゲタイ
ノデアリマス、ソコデ冐頭ニ御述ベニナリマシタル中ニ付テ、陪審制度ヲ採
用スルヨリハ、此被告人ヲ罪人扱ヒニスルト云フコトヲ改メナケレバナラヌ、
是ガ最モ急務デアル、陪審制度ノ如キモノハ必要ハナイ、司法制度トシテ改
ムベキハ此被〓人ヲ罪人扱ヒニスルコトデアル、斯ウ云フ御說ニ承リマシタ
ノデアリマス、若槻君ハ是モ御承知ノコトト思ヒマスガ、昨年ノ議會ニ於キ
マシテ、新刑事訴訟法ナルモノガ議セラレ、即チ兩院ヲ通過イタシマシテ、
此新刑事訴訟法ハ將ニ明年ノ一月一日ヨリ施行セムトスル計畫ヲ持ッテ居ル
ノデアリマス、此新刑事訴訟法ニ於キマシテ、當時ノ政府當局ヨリ段々說明
ヲ致シマシタ如クニ、最モ此人權蹂躪ト云フコトニ重キヲ置イテ改正ヲ企テ
タノデアリマス、而シテ新刑事訴訟法ノ被告人訊問ノコトニ於キマシテハ、
從來ノ即チ現行ノ刑事訴訟法ニモ現ハレテ居ラナイ新ナル規定ヲ採用シタモ
ノハ少ナクナイノデアリマス、或ハ之ニ對シテハ法規ハサウデアルカモ知
レヌケレドモ、實際ノ取扱ハ如何ト云フコトニ付テ、或ハ御疑ガアルカモ存ジ
マセヌガ、新刑事訴訟法ハ司法當局トシテ、之ガ研究ヲスルヤウニ、各裁判所
ニ慫慂シテ居ル、裁判所判事檢事モ亦進ンデ此新刑事訴訟法ノ施行ニ付キテ
ハ〓究ヲ重ネテ居ルノデアリマス、是ハ大審院ヲ初メ全國ノ地方裁判所等ニ
於キマシテ、〓心ニ〓究ヲシツヽアルノデアリマス、而シテ尙ホ新刑事訴訟
法ノ運用ニ付テハ訓練ヲシツヽアルノデアリマス、新刑事訴訟法施行ト共
ニ、是等ノ點ニ付キテハ大ニ其面目ヲ新ニスルデアラウト云フコトヲ、司法
當局ハ期待シテ居ルノデアリマス、併ナガラドウ云フ例ヲ以テト云ウテ、實
例ハ御話ニハナラナカッタノデアリマスケレドモ、或ハ檢事局ニ於テ被疑者
ヲ訊問イタシマス場合ニ於テ、既ニ被疑者デアル、即チ嫌疑ガアルト云フ以
上ニ於キマシテハ、此事件ノ眞相ヲ究メルト云フコトガ必要デアルノデアル、
此事實ノ眞相ヲ究メルノ必要ハ、殊ニ告訴告發等ノアッタ場合ニ於テ尙更ラ
必要ノアルコトデアリマス、事實ノ眞相ヲ究メル上ニ於テ、少シモ差別ノ
アル譯ハアリマセヌケレドモ、既ニ告訴告發ノアッタ以上ハ、十分ニ眞相ヲ究
メマシテ、或ハ訴追スルモノハ訴追シ、訴追スベカラザルモノハ檢擧セヌ、
而シテ〓訴告發ヲシタモノハ矢張リソレニ依テ滿足ヲスルト云フ程度ニ於テ
訊問ヲセネバナラヌ必要ガアルノデアリマス、偶〓之ヲ餘所カラ見マスルト
云フト殊更ニ被〓人即チ被疑者ヲ罪人ノ如ク扱ッテ居ルヤウニ見エル場合モ
アルカモ知レマセヌガ、是ハ唯外觀ヨリ見タノデアリマス、檢事局ト致シマ
シテハ、一ニ事實ノ眞相ヲ確メルノ必要ヨリ致シテ訊問ヲ致ス次第デアリマ
ス、併ナガラ此新刑事訴訟法ノ百三十四條以下ノ規定ヲ御覽下サレバ、自ラ
其主義ノ在ル所ハ明瞭ニ私ハ御了解ニナルコトト信ズルノデアリマス、ソレ
カラ尙ホ冒頭ノ御演說中ニ於キマシテ、此司法官殊ニ此檢事ガ地方ニ於ケル
選擧、就中衆議院議員選擧ニ關スルコトニ付テ、司法ノ本省ニ何人ガ當選ス
ルノデアラウカ、甲ハ大凡何票デアラウ、乙ハ何票デアラウト云フヤウナコ
トヲ報〓スル、何ノ必要ガアルカト云フ御尋ネデアリマス、是ハ司法ノ本省
ト致シテモ、檢事局トシテモ、何等必要ノナイコトデアリマス、併ナガラ議員
ノ選擧ガ愈〓激烈ニナリマスレバ、其中ニ或ハ法律ニ觸レルヤウナ事實ガ起ラ
ナイトモ限ラヌノデアリマス、選擧ノ公平ヲ期スル上ニ於キマシテ、其選擧ノ
狀況如何ト云フコトハ、檢事局ニ於テ注意ヲ怠ルコトノ出來ナイ事柄デアル
ノデアリマス、選擧ノ結果ニ付テ、或ハ選擧ノ趨勢ニ付テハ檢事局ナリ司法部
ト致シマシテ、何等ノ利害關係ヲ有ツテ居ルモノデアリマセヌ、一ニ此選舉ニ
關スル犯罪ノ捜査ガ或ハ必要ガアルカモ知レマセヌノデ、其狀況ヲ知ルト云
フコトハ、是ハ已ムヲ得ナイコトデアリマス、今日ニ於キマシテ檢事局ヨリ
本省ニ對シテ投票數ノ豫想等ニ付テハ無論報〓ハ致シマセヌ、曾テハ所謂選
擧ノ狀況ヲ報〓スルト云フ意味ノ中ニ、投票豫想ト云フコトモ報〓シテ來タ
コトモアルサウデアリマス、是ハ固ヨリ唯參考トシテ檢事局ヨリ言ッテ來タト
云フノニ過ギナイノデアリマス、今日ニ於テハサウ云フ報告ハシマセヌノデ
アリマス、事實ノ有樣ダケハ先ヅ以テ私ハ訊シテ置ク必要ガアルト思ヒマス、
ソレカラ御尋ニナリマシタ第一ハ、陪審法ノ制定ノ根本理由如何、斯ウ云フコ
トデアリマス、若シ陪審法ノ制定ガ憲法ノ運用ノ上ニ於テ必要デアルト云フ
コトデアレバ、憲法ノ施行ノ時ヨリ必要デアッタ、今日ニ於テ必要トスル理由
ハ分ラヌ、斯ウ云フ御意見デアッタヤウデアリマス、陪審法案ヲ提出スル理由
ハ先キニ申述べマシタル如クニ、二ツノ理由ニ基クノデアリマス、第一ハ憲
政上ノ理由デアリマス、第二ハ司法上ノ理由デアリマス、憲政上ノ理由ト云フ
コトハ重ネテ申ス必要ハ私ハナカラウト思フノデアリマス、先刻申述ベタコ
トニ於テ盡キテ居ルコトト思ヒマス、司法上ノ理由ト云フモノハ即チ常識ニ
非ラザル素人ヲ以テ裁判ニ參與セシメテ、其常識ニ訴ヘテ犯罪ノ有無ヲ判斷
スル、之ニ依テ人民ヲシテ裁判ニ悅服セシメルニアルト云フコトガ即チ司法
上ノ理由デアリマス、憲政上ノ理由ニ基クモノハ憲法ト共ニ施行サレナケレ
バナラヌト云フ御意見ハ一應御尤モノヤウデアリマスルケレドモ、是ハ私共
ハ必シモ左樣ニ信ジナイノデアリマス、ソレハ陪審制度ガ必要デアルカドウ
カト云フコトハ、大ニ〓究シナケレバナラヌ問題デアッタノデアリマス、又之
ヲ施行スルニハ自ラ國論ノ歸スル所ヲ見ナケレバナラヌノデアルカラ、憲政
ノ本旨ニ適フガ故ニ憲法ノ施行ト共ニ陪審制度ハ制定シナケレバナラヌモノ
ト云フコトハ、是ハ私ハ不幸ニシテ若槻君トハ意見ヲ異ニスルモノデアルノ
デアリマス、而シテ其根本理由如何ト云フ中ニ於テ、政府ハ宜シク今日ニ於ケ
ル裁判ニ於テ事實ノ認定ノ誤レルコトヲ立證シタラ宜カラウ、誤判ガアレバ
コソ陪審制度ノ必要ガアルノデアリマス、誤判ガナイモノナラバ陪審制度ノ
必要ハナイ、間違ガナイナラバ制度ヲ立テルノ理由ガナイコトデアル、依テ從
來ノ例ニ於テ間違ガアッタ誤判ガアッタト云フ實例ヲ擧ゲヨ、斯ウ云フ御要求
ノヤウニ承ツタノデアリマス、殊ニ本案ニ認メテアル所ノ死刑又ハ無期懲役
ニ該ル刑、或ハ長期三年以上ノ云々ト云フ、此陪審法案ニ揭ゲテアル所ノ條文
ヲ擧ゲテ是等ノ犯罪ニ付テ今マデ誤判ガアッタト云フ實例ヲ擧ゲヨト云フ御
話デアリマシタガ、是ハ私ハ誤判ガアッタカドウカ、茲ニ實例ヲ申上ゲルコト
ハ出來マセヌノデアリマス、實例ヲ又申上ゲル必要ハ私ハナイト思フ、若槻君
ノ御意見ハ誤判ガアルカラ之ヲ矯正スルガ爲ニ陪審法案ノ制定ガ必要デアル
ト云フコトヲ出發點トセラレテ居ルノデアリマス、政府ニ於テ陪審法案ヲ提
出スルノハ、此誤判ヲ防グ爲メ陪審法案ヲ提出スルト云フコトデハナイノデ
アリマス、或ハ極メテ僅少ノ數デアルカ知レマセヌガ、誤判ガアッタカ分ーリマ
セヌ、併ナガラ假ニアッタトシテモ是ハ極メテ少ナイモノデアル、其誤判ニ基
イテ陪審法案ヲ提出スルト云フナラバ、其實例ハ幾多茲ニ若槻君ニ御報〓ヲ
シナケレバナラヌ譯デアリマスケレドモ、サウ云フ必要ニ基イテ制定スルノ
デハナイノデアリマスカラ、玆ニ其實例ヲ私ハ申上ゲル必要ハナイト思フ、是
ハ元來出發點ガ違ッテ居ルカラ是ハ已ムヲ得ナイコトデアリマス、ソレカラ第
二ニハ此陪審法案ハ未熟デアル、何ノ爲ニ視察ヲスル必要ガアル、視察ガ若
シ必要デアルナラバ視察ノ後ニ於テ陪審法ヲ制定シテモ然ルベキデアル、其
運用ノ狀況ガ分ラナイノニ之ヲ今茲ニ法案ヲ提出スルト云フコトハ輕率デア
ル、斯ウ云フヤウナ意味ノ御質問ト伺ヒマシタノデアリマス、之ニ付テ曩ニ山
脇君ヨリ質問セラレテ、之ニ對シテ、······其質問ニ對シテ私ガ御答シタノハ、
如何ニモ不當デアッタ如キ御質問デアリマスガ、是ハ私ハ、當時山脇君ノ御質
問ハ豫算ニ視察費ガ計上シテアル理由如何ト云フコトヲ御尋ニナッタノデア
リマス、當時豫算ハ未ダ貴族院議事ニ上ッテ居ラナイ時デアリマス、或ハ昨年
ノ豫算ノコトカラ、或ハ誤ッテ豫算ニ計上セラレテ居ルト云フ前提ノ下ニ御尋
ニナッタノデハナカラウカト思ヒマシタカラ、ソレデ豫算ニハ計上シテアリマ
セヌ、併ナガラ當時ヨリ陪審法案ヲ提出スル計畫ヲ有ッテ居リマシタガ故ニ、
私ハ追加豫算ヲ以テ要求スルニ至ルダラウト云フコトヲ、殊更私ハ懇切ノ意
味ニ於テ申上ゲテ置イタノデアリマス、當時ヨリ此視察費ト云フモノニ陪審
にいこれで
法案提出ノ時ニ於テ、又追加豫算ヲ議セラレル時ニ於テ問題ニナルベキコト
ハ、無論私ハ承知イタシテ居ルノデアリマスカラ、當時ニ於テハ殊更ニ辯明
ヲ避ケル必要ハナイノデアリマス、唯其時期ニアラズト考ヘマシタガ故ニ、豫
算ニハ載ッテ居ラヌト云フコトヲ御注意申シタニ過ギナイノデアリマス、而シ
テ陪審法案ハ未熟デアル、是ハ若槻君ガ政府ハ斯ノ如ク答ヘルデアラウト云
フコトヲ豫想シテ御話ニナリマシタ、大體其通リデアリマス、若槻君御豫想
ノ通リノ御答ヲ致スノデアリマス、陪審制度ノ可否ハ政府ハ既ニ定論ガアル
ト、政府ハ認メテ居ルノデアリマス、而シテ其法案ノ內容ニ付テハ固ヨリ政
府トシテ確信ハアルノデアリマス、此確信ヲ造ルガ爲ニ視察スルノデハナ
イノデアリマス、凡ソ制度ヲ立テマシテモ、其制度ヲ如何ニシテ事實運用セ
ラレテ居ルカト云フコトヲ調ベルト云フコトハ、必ズシモ陪審制度ニハ限ラ
ヌノデアリマス、是ハ幾ラモ私ハ其例ガアルト思フノデアリマス、·實際ドウ
動カシテ居ルノデアラウカ、此實況ヲ自ラ發明スル所モ私ハアラウト思フノ
デアリマス、例ヘバ陪審員ニ對シテ裁判官ガ此說示ヲスルコトト云:ヒナガ
ラ其說示ハドウ云フヤウニシテヤルカ、法廷ノ造リ方ハドウ云フヤウニ造ル
ノガ適當デアルカ、又陪審員ト云フモノハ二日以上留メラレルト云フコトハ
極メテ稀ナル場合デアルト致シマシテモ、一日デ必ズ濟ムト云フコトハ斷言
出來ナイノデアリマス、是ハ陪審員タル國民ノ公ノ義務トハ申スモノノ、餘
リ國民ニ迷惑ヲ掛ケナイダケノ設備ヲセナケレバナラヌノデアリマス、依テ
陪審員ノ爲ニ宿舍ヲ設ケルト云フ必要ガアル、此宿舍ハドウ云フ風ニ法廷ト
聯絡ヲ附ケタラ宜シイカ、ドウ云フヤウナ設備ヲシテ、ドウ云フヤウナ待遇
ヲスルガ最モ適當デアルカト云フヤウナ、サウ云フヤウナコトヲモ併セテ視
察スル必要ガアルノデアル、ソレデ此度技師ヲモ派遣スル積リデ、之ヲ施行
ヲ致シマスルニ付テハ、其施行準備トシテ、相當ノ調査ヲセネバナラヌト
云フコトハ、私ハ決シテ不思議ナコトデナイト思ウテ居ルノデアリマス、ソ
レカラ第三ニハ憲法違反ノ陪審法ヲ制定スル理由如何、斯ウ云フ御尋デア
リマス、若槻君ハ憲法ニ違反スルモノトシテ、サウシテ憲法違反ノ陪審法ヲ
立テルコトハ出來ナイヂヤナイカ、憲法違反ナリト云フ御意見ニ私ガ賛成ヲ
致シマスルナラバ、無論陪審法ニ反對ヲセネバナラヌノデアル、而シテ裁判
ハ事實ノ認定ト云フモノヲ含マヌノダ、事實ノ認定ハ裁判ニアラズト云フヤ
ウナ議論ハ今年ハヤラヌデアラウ、斯ウ云フ御話モアリマシタ、私ハ昨年ノ
衆議院竝ニ費族院ニ於ケル本會議ノ質疑應答、委員會ニ於ケル質疑應
答モ悉ク私ハ精讀ヲ致シマシタ、私ノ速記錄ヲ精讀イタシマシタ上カラ申上
ゲマスレバ、前議會ニ於キマシテモ、事實ノ認定ハ裁判ニアラズト云フコ
トヲ以テ、若槻君ノ所謂詭辯ヲ以テ答辯ヲシテ居ルト云フコトハ發見シナイ
ノデアリマス、併ナガラ唯今ハ私ハ事實ノ認定モ亦裁判ノ一部ナリト云フコ
トヲ信ズル所ノ一人デアリマスカラ、是ハ問題ニハナラヌノデアリマス、而カ
モ若槻君ガ先刻ココニ述ベラレマシタ通リ、私ハ衆議院ノ委員會ニ於テ、其
見解ヲ私ハ述ベテ居ルノデアリマス、茲ニ於テ事實ノ認定ハ裁判ニアラズト
云フコトハ、私ハ決シテ申上ゲマセヌ、而シテ若槻君ノ御話中ニ、外國ノ憲
法ニ於テハ、英吉利ハ先ヅ暫ク別トシテ、多ク此陪審ト云フモノハ憲法ニ規
定シテアルノデアル、然ルニ日本ノ憲法ヲ見レバ陪審ノコトハ規定シテナイ、
ソレ故ニ我ガ帝國憲法ハ陪審ヲ否認スル、認メナイ趣意デアル、斯ウ云フヤ
ウニ若槻君ハ御解釋ニナッテ居ルノデアリマス、私ハ陪審ト云フモノガ、其
性質上必ズ認メルナラバ、憲法ニ規定セネバナラヌ所ノモノデアルカドウカ
ト云フコトニ付テハ、甚ダ私ハ疑ヲ懷イテ居ルノデ、性質ニ於テ憲法ニ規定
セネバナラヌモノデアル、外國ノ憲法ニ於テハ規定シテアルモノガ多イヤウ
デアリマス、併シ是ハ私ノ考ガ或ハ誤ヲテ居ルカハ分リマセヌケレドモ、各ゝ
陪審制度ヲ認メネバナラヌト云フ理由沿革、サウ云フ理由ニ基ク憲法ノ明定
ト云フコトヲ必要トシタノデアル、性質ニ於テ憲法ニ規定セネバナラヌト云
フモノデナカラウト私ハ思フノデアル、殊ニ此井上······憲法ノ制定ニ與ッタ
所ノ井上子爵ガ陪審制度ノコトヲ論ジテ居ル、而シテソレハ憲法ニ認メナイ
議ヲ主張シテ居ラルル、是ハ私ハ不幸ニシテ井上子爵ノ論文ヲ拜見イタシマ
セヌカラ、是ハ何トモ私ハ主張ヲ致スコトハ出來マセヌケレドモ、併ナガラ唯
陪審制度ト言ヒマスト、外國ノ例ニ見テ陪審制度ト云フモノハ斯ノ如キモノ
デアラウ、斯ウ速斷ヲ致シマス、ソレハ外國ノ例ガ然リデアルト云フコトヨリ
モ、私モ初メテ陪審制度ト云フモノヲ聞イタ時ニ、其陪審制度ト云フモノハ、
外國ニ於ケル陪審制度ナルモノデアルト解シテ居ルノデアル、併ナガラ本案
ノ認ムル所ノ陪審制度ト云フモノハ、大ニ外國ノ陪審制度トハ趣ヲ異ニシテ
居ルモノデアリマス、是ハ我ガ陪審制度ノ特色デアル、若槻君ハ特色ノア
ルダケ陪審制度デアルト言ハレマイト云フ御意見デアリマスガ、是ハ後ニ
御答スル時ニ申上ゲタイト思フノデアル、而シテ政府ハ此陪審制度ヲ立テル
ニ當ッテ、何カ憲法ヲ潛ル方法ヲ特ニ〓究シ遁ゲ途ヲ造ッタノデアル、殊更ニ
憲法ノ規定ヲ潛ルヤウナ遁ゲ途ヲ造ッテ陪審制度ヲ立テルト云フコトハ是
ハ憲法ノ神聖、憲法ニ對スル國民ノ信賴、憲法ノ權威ヲ損スルモノデアル、斯
ウ云フヤウナ御意見デアル、若シ法律ヲ潛ル所ノ方法ナリト斷定セラレタコ
トガ正シイノデアルナラバ、是ハ私ハ若槻君ト全然見解ヲ同ジウスルモノデ
アリマス、併ナガラ此陪審制度ヲ立テルニ當リマシテハ、幾多ノ憲法學者モ
之ニ加ッテ居ルノデアル、又樞密院ノ議事ノコトヲ彼此申スノデアリマセヌ
ガ、兎モ角陪審法案ハ樞密院ノ議ニ付セラレテ、而シテ樞密院ニ於テ〓究セ
ラレテ議院ニ提出セラレタ所ノ法案デアルノデアル、而シテ憲法ノ關係ニ付
テハ相當ニ議セラレタヤウニ私ハ窃ニ聞イテ居ルノデアリマス、固ヨリ憲法
違反ニ非ズ、憲法ニ對スル遁ゲ途ヲ造ッテ陪審法ヲ制定セムトスルニ非ズシ
テ憲法ノ條章ニ於テ敢テ觸ルヽ所ナク、憲法ニ悖ラザル所ノモノデアル、
方ノ論者カラ言ヘバ、寧ロ憲法ノ精神ニ適フ所ノモノデアル、斯ノ如クニ解
シテモ誤リナカラウカト私ハ思フノデアル、少ナクトモ憲法ノ規定ガ邪魔ニ
ナルノデアルカラ、之ヲ潛ル方法トシテ斯ノ如キ骨拔キノ陪審法ヲ作ッタト
云フ次第デハアリマセヌ、第四ニハ凡ソ陪審ト言ヘバ事實ノ認定ガ裁判官ヲ
拘束スルニ非ズンバ、陪審制度ト云フモノノ效能ハ無イノデアル、斯ウ云フ
御話デアリマス、是ハ若槻君モ法案ニ付テ御述ベニナリマシタル如ク、事實
ノ認定ニ付テノ陪審員ノ答申ハ裁判所ヲ覊束シナイト云フコトニナッテ居リ
ずく、一方ニ於テハ又裁判所ハ陪審員ノ答申ヲ無視シテ之ニ反對ノ事實ノ認
定ヲナスコトヲ得ナイト云フコトニナッテ居リマス、詰リ裁判官ノ獨斷專行ニ
委セナイト云フノト同時ニ又陪審員ガ或ハ感情ニ流レテ事實ノ答申ヲ誤ル
コトガナキカト云フコトノ注意ヲ致シタ所ノ規定、陪審法ノ趣旨ハ其處ニア
ルモノト御了解ヲ願ヒタイノデアル、而シテ若槻君ノ御說ノ如クニ、外國ニ
於キマシテモ陪審法ニ付テ其弊ヲ論ジテ居ル者モ相當ニアルコトモ私ハ承ツ
テ居ルノデアリマス、此弊ヲ除去スルト云フコトニ付テハ色〓ノ議論ガアル
ヤウデアリマスケレドモ、私ノ寡聞ナルノ故カ陪審制度ヲ根本的ニ廢シテ仕
舞ッテ而シテ裁判ヲ常職トスル所ノ裁判官ノ見ル所ニ委セルガ宜シイト云フ
此說アルコトヲ私ハ聞キマセヌノデアリマス、故ニ外國ニ於テ論ゼラレテ居
ル所ノ陪審制度ノ弊ハアリマセウ、其弊ノ一ツトシテハ、此陪審員ノ答申ガ
裁判官ヲ拘束スルト云フ所ニアル、是ハ確ニサウ云フ議論ハアルノデアリマ
ス、能ク問題ニシテ著シク世界ノ人ニ不思議ナ感ヲ懷カシメマシタノハ申ス
マデモナク、「カイヨー」夫人ノ新聞社主筆ヲ謀殺シタト云フ事件デアリマス、
是等ハ陪審員ノ答申ガ即チ判斷ガ裁判所ヲ拘束スルモノデアルガ故ニ、斯ノ
如キ不思議ナ裁判ガ下サレルノデアルト云ッテ、外國ニ於テモ之ヲ論ジ日本ニ
於テモ之ヲ論ズルノデアリマス、此陪審法案ハサウ云フ點ニ十分ノ考慮ヲ拂
ヒマシテ、サウシテ拘束シナイト云フコトノ方針ヲ執ッタ次第デアルノデアリ
やっゝ、ソレカラ次ニハ陪審法案ノ認メテ居ル所ノモノハ、法定陪審アリ請求
陪審アリ、而シテ其請求陪審ニ付テハ其費用ハ、陪審ノ費用ト云フモノハ請
求者ノ負擔デアル、斯ウ云フコトニナッテ居ルノデアル、依テ金ノアル者ハ餘
裕ノアル者ハ、陪審ヲ請求スルデアラウガ、金ノ無イ者ハ陪審ノ請求ガ出
來ナイト云フコトニナル、隨テ貧富ノ別ニ依テ便宜ノ裁判ヲ受ケルコトガ
出來ルノト出來ナイノト差別ヲ生ズルノハ甚ダ不都合デハナイカ、斯ウ云
フ御質問デアリマシタ、是ハ本案ノ百七條ノ規定ニ依リマシテ、全部又ハ
一部ハ請求陪審ヲ請求シタル被〓人ノ負擔トスルト云フコトニナッテ居リマ
スガ、第百六條ニ於テ陪審費用ナルモノハ訴訟費用ノ一部トスト云フコト
ニナッテ居ル、而シテ其訴訟費用ノ豫納ト云フモノハ、本案ニ於テ認メテ居ラ
ヌノデアル、而シテ豫納ナキノ故ヲ以テ陪審ノ請求ヲ退ケルト云フコトハ
出來ナイノデアリマスカラ、而シテ若シ其費用ガ拂へナイ者デアルナラバ
是ハ取リヤウガナイノデアリマスカラ、是ハ結局國庫ノ負擔ニ歸スルト云
フコトニナルノデアリマス、故ニ貧富ノ別ニ依テ若槻君ノ仰シヤル便宜ノ
裁判ヲ受ケルト受ケザルトノ別ヲ生ズル虞ハナイモノト考ヘテ居ルノデア
リマス、第六ニ起訴猶豫、不起訴ト云フヤウナモノガ認メラレテ居ル、陪
審ハ要ラヌヂヤナイカ、又是ハ私ハ聞誤リデアッタカトモ存ジマスルガ、所
謂酌量減輕ト云フヤウナコトモアルノダカラ、所謂人情的裁判ガ行ハルルカ
ラ陪審ト云フモノハ餘リ必要ハナカラウ、此起訴猶豫、不起訴ト云フコトハ、
是ハ刑事政策ヨリ出ヅル所ノ問題デアリマシテ、固ヨリ各被〓人ニ付テ、事
件ニ付テ起訴ヲ猶豫スル、或ハ不起訴ニ決定スルト云フノデ、其事件ヲ外ニ
シテハアリマセヌケレドモ、是ハ主トシテ刑事政策カラ出ヅルモノデアッテ、
殊ニ犯罪構成事實ノ有無ヲ裁判スルト云フ、本案ノ認メテ居ル所ノ公判、陪
審ト云フモノトハ、是ハ何ニモ關係ノナイ事柄デアルノデアリマス、又執行猶
豫ノコトデアリマス、執行猶豫ト云フ制度ガアルカラ陪審ハ要ラヌ、是ハ私
ハ私ノ先輩デアル所ノ法學者カラモ承ッタコトモアリマス、執行猶豫ト云フ制
度ノナイ時ニハ陪審ガ必要デアル、旣ニ執行猶豫ト云フ制度ガ認メラレテ居
ル以上ハ、是ハ陪審ト云フモノハ必要デナイ、私ハ甚ダ此說ニ服サヌノデアリ
マス、執行猶豫ト云フコトハ、即チ犯罪ガアッテ、其犯罪ノ事實アリト認定セラ
レタ上ノ事柄デアリマス、其犯罪而シテ執行猶豫ガアッタカラ、犯罪ヲ事實ア
リト云フ裁判ガアッテモ、其本人ニハ何等ノ利害關係ノアルモノデハナイト云
フコトハ言ハレナイノデアル、所謂法律ニ伴フ結果ハ茲ニ生ズルノデアル、
而シテ陪審ハ犯罪事實ノ有無ヲ判斷スルノデアリマスカラ、執行猶豫ノ制度
ガ認メラレタカラ、陪審ノ制度ハ必要ナイト云フ結論ニハ、私ハナラヌト思
フ、ソレカラ第七ニ公判準備ト云フモノヲ設ケテ、益〓刑事訴訟ヲ遲延セシム
ル虞ハナイカト云フ御尋デアリマス、是ハ政府ノ見ル所デハ正反對ニ考ヘテ
居ルノデアリマズ、成ホド若槻君ノ仰シヤル如ク、刑事事件ニ付テハ公判ガ
延ビ延ビニナッタ爲ニ、一般國民モ迷惑ヲシテ居ルノデアル、司法部ト致シマ
シテモ裁判ノ遲延ハ成ベク防ギタイト云フ考ヲ持ッテ居ルノデアリマス、而シ
テ意外ニ長クナルト云フコトハ、是ハ大イニ注意ヲセナケレバナラヌ事柄デ
アリマシテ、此點ニ於テハ若槻君ノ御說ト共ニ大イニ考慮ヲ致シテ居ルノデ
アリマス、併ナガラ陪審法ニ於テ、此法案ニ於テ公判準備ノ手續ヲ認メマシタ
ノハ、中サバ其名ノ如クニ公判ノ爲ニスル準備デアリマシテ、此公判準備手
續ニ於テ豫メ此訴訟事件ニ於テ、刑事訴訟事件ニ於テ取ルベキ手續ト審理ス
ベキ事柄ヲ定メテ、ソレカラ公判ニ移スノデアリマス、アリマスカラ先ニモ
申述ベタ如クニ公判ニ於テ初メテ其問題ガ起ルノトハ違ヒマシテ、公判ノ開
ケル時ニ於テハ公判準備手續ニ於テ既ニ準備ガ成ッタ時デアリマスカラ、事
件ノ審理ニ於テハ大ニ速ニナルト思フ、決シテ遲延ヲ來ス虞ハナイ、斯ノ如
クニ信ジテ居ルノデアリマス、ソレカラ第八ノ御尋ハ法案ノ第七條ニ於テ「被
告人公判又ハ公判準備ニ於ケル取調ニ於テ公訴事實ヲ認メタルトキハ事件ヲ
陪審ノ評議ニ付スルコトヲ得ス」トアル、ソレ故ニ今日ニ於テモ弊ガアル
ガ、尙ホ此法律ガ行ハレタ曉ニハ、被〓人ニ付テ自白ヲ强要スルト云フガ如
キ事件ヲ益〓增スモノデアラウ、サウ云フ虞ガアル、政府ハサウ云フ虞ガナ
イト云フコトヲ確信スルカト云フ、斯ウ云フ御尋カト伺ヒマシタノデアリ
やっゝ是ハ第七條ニ於キマシテ公判又ハ公判準備ニ於ケル取調ニ於テト云フ
コトニナッテ居リマスカラ、其前ノコトハ書イテナイノデアリマス、七條ハ、
而シテ公判準備ニ於テ······準備手續ニ於テト云フコトガ規定シテアルカト申
セバ、先ヅ三十六條ニ於キマシテ「被〓人公判準備期日前辯護人ヲ選任セサル
トキハ裁判長ハ其ノ裁判所所在地ノ辯護士中ヨリ之ヲ選任スヘシ」、第三十七
條ニ於テ「公判準備期日ニハ被〓人及辯護人ヲ召喚スヘシ」斯ウ云フコトガ
規定シテアルノデアリマス、如何ニシテ被告人ニ對シテ自白ヲ强要スルト云
フ虞アリト若槻君ガ御考ヘニナルカト云フコトヲ私ハ寧ロ諒解シナイ位ノモ
ノデアル、ソレカラ第九ニハ我ガ國民性ヲ察スルノニ、陪審員ノ制度ノ如キモ
ノヲ立テタナラバ人情ガ先ニ立ッテ······人情ガ先ニ立ッテ有罪ノ者ヲ無罪ニス
ルヤウナ弊ヲ生ズルカモ知レヌ、英吉利ニ於ケルガ如ク陪審員ガ各〓責任觀念
ノ强イノデアルノトハ違フノデ、歐羅巴ニ比較シテ見ルト云フト一層日本ハ
人情ニ厚イカラト云フ御話ガアリマシタ、是ハ或ル點ニ於テハ私ハ此ノ人情
ニ厚イカラト云フコトハ、我ガ國民性ノ美點デアルト云ハレル其御趣旨ニハ
私ハ賛成ヲ表スルノデアリマス、併ナガラ先ニモ申述ベマシタル如クニ此裁
判ノ上ニ情實ノ加ハルト云フコトハデス、情實ノ加ハルト云フコトハ最モ
避ケナケレバナラヌノデアル、併ナガラ人間トシテ情味ト云フモノガアッテ
ナラヌト云フ理窟ハ固ヨリナイノデアリマス、而シテ若シモ此或ハ感情ニ
驅ラレ、情實ニ基イテ答申ヲナスカモ知レヌト云フ虞ガアル、之ヲ慮リマ
シテ、玆ニ於テ裁判所ガ陪審員ノ答申ヲ不當ト認メタルトキハ、更ニ他ノ
陪審ニ付スルコトヲ得ルト云フコトヲ規定シテ居ル所以デアルノデアリマ
ス、ソレカラ黨派心ガ昨今非常ニ近頃激烈デアル、政府ハ抽籤ヲ以テ陪審
員ヲ定ムルト云フコトニシテ居ルカラ宜イト云フカモ知レヌガ、其ノ中カ
ラ選バレタ所ノ陪審員ガ······抽籤デ選バレタ所ノ陪審員ニ黨派心ガアッタ
ナラバ何ニモナラヌヂヤイカ、斯ウ云フ御話デアリマス、之ニ付キマシテハ
此法案ニ於テ······法案ニ於キマシテ相當ノ注意ト考慮ヲ拂ッテ規定ヲ致シテ
居ル積リデアルノデス、第一ハサウ云フ疑ノアルト云フヤウナ場合デアル
ナラバ、此檢事ニ於キマシテモ、亦被〓人ニ於キマシテモ、其陪審員ヲ忌避
スルコトガ出來ルコトニナッテ居ルノデ、更ニ其陪審員ノ答申ヲ不當ト認メ
タル時ハ、他ノ陪審ニ付スルコトヲ得ルト云フ途モ設ケテアルノデアル、又
地方ノ狀況ニ因テ或ハ其答申ガ公平ヲ失スルト云フガ如キ疑ノアル場合ニ於
テハ、管轄移轉ノ請求ヲ爲スコトヲ得ルト云フコトモ認メテ居ルノデアルカ
ラ、是以上私ハ憂フルコトハナカラウト思フノデアリマス、ソレカラ第十ニ
ハ陪審員ニナルノハ法律ニ認メラレタル所ノ義務デアル、國民ハ非常ニ不愉
快ニ思ウデアラウ、國民ノ迷惑不自由ハ此上ナイノデアル、而カモ二日モ三日
モ宿舍ノヤウナ所へ押籠メラレテ甚ダ不愉快ノ感ヲ懷クニ違ヒナイ、斯ウ云
フ云フ御話デアリマス、私ハ或ル點ニ於キマシテハ不愉快ノ感ヲ懷クコトモ
無イト私ハ斷言ヲ致シマセヌノデアリマス、併ナガラ若シモ大局ヨリ見マシ
テ、陪審制度ガ國家國民、國民ト致シマシテハ自己ノ同胞ニ對シテ重大ナル關
係アルノ故ヲ以テ、陪審法ヲ斷行スルト云フコトハ已ムヲ得ヌモノデアルト
云フナラバ、其公ケノ義務ヲ負擔スルコトハ是ハ已ムヲ得ナイコトト覺悟シ
ナケレバナラヌモノト私ハ思フノデアリマス、納稅義務ニ付キマシテモ、徵兵
義務ニ付キマシテモ同ジコトデアラウト思フ、公ケノ義務トシテ國家ノ爲ニ
忍バネバナラヌト云ツフコトナラバ、多少ノ不愉快ハ已ムヲ得ナイコトデア
ラウト思フ、個人個人カラ云ッタナラバ矢張リ徵兵ニナリタクナイ、或ハ稅ヲ
納メタクナイ、成ベク逋レタイ、是ハ人情アルコトデアリマスカラ、是等ノ點
ヲ以テ此陪審制度ヲ否認スルト云フコトハ甚ダ當ラヌヤウニ私ハ思フノデア
リマス、ソレカラ第十一、終ニ經費ノコトヲ御尋ネニナリマシタ、經費ノ額ニ
付キマシテハマダ十分ニ確定ヲ致シテ居ルト云フコトハ申上ゲラレマセヌ、
併ナガラ政府ノ計畫ト致シマシテハ大正十二年度ヨリ大正十六年度ニ至ルマ
デニ陪審制度運用ノ實况竝ニ設備等視察ノ爲ニ數名ヲ海外ニ派遣スル、大正
十三年度ヨリ十六年度ニ至ル四箇年間ニ於テ陪審法廷及ビ之ニ附屬スル建物
竝ニ陪審員ノ宿舎ノ建築等ヲ調ベマシテ、大正十六年度ヨリ陪審法ノ一部ヲ
實施シテ、大正十七年ヨリ全部ヲ實施スルト云フ計畫デアリマス、而シテ此計
畫ニ付キマシテ政府ハ衆議院ニ於テ二百五十六人ノ判檢事ヲ必要トスルト云
フコトヲ述ベテ居ルガ、何ノ爲ニ必要ダ、陪審制度ヲ施行スルニ付テ何ニ必要
ガアルカ、增員ヲスル必要ガアルカ、是ハ若シ從來ノ刑事部ナルモノガ旣ニ
餘ッテ居ル、力ガ餘裕ガアルトカ云フコトガアリマスナラバ、特ニ陪審ノ爲ニ
增員ヲ爲ス必要ハナイノデアリマス、併ナガラ現在ノ裁判所ニ於キマシテハ
漸クニシテ其職務ヲ全ウシテ居ルノデアリマス、而シテ陪審制度ヲ施行スル
曉ニ於テハ全國ノ地方裁判所ニ陪審部ヲ設ケテ、而シテ其陪審部ニ各、陪審專
任ノ判檢事ヲ置カネバナラスノデ而シテ其陪審部ニ置ク所ノ裁判官ハ特ニ老
練ノ人ヲ用フル必要ガアルト思フノデアリマス、是ガ爲ニ全國ニ七十一部ノ
陪審部、一地方裁判所ニ少クモ一箇所、二三箇所、三四箇所ノ陪審部ヲ增設ス
ルノ必要ガアルノデアリマス、是ガ爲ニハドウシテモ相當ノ數ノ判檢事ノ增
員ヲ必要トスルト云フコトハ是ハ當然ノコトデアリマス、而シテ經費ノ額ニ
付テ如何、是ハ經常費ト致シマシテハ大正十七年ヨリ法律ノ全部ヲ施行スル
コトニナルノデアリマスカラ、大正十七年以降ハ經常トシテハ四百十三萬圓、
先ヅ四百十萬圓程ノ經費ヲ要スルノデアリマス、ソレカラ臨時部ト致シマシ
テハ其項目ハ先ヅ今ノ計畫ヲ申上ゲレバ、陪審裁判ノ實地調査ニ關スル、即チ
視察費デアリマス、ソレカラ司法本省ニ是ハ僅デアリマスケレドモ、臨時職員
ヲ增置スルノ必要ガアル、ソレカラ準備委員會ナルモノヲ設クル必要アル爲
ニ其經費モ大シタモノデハアリマセヌガ、僅ナル經費ヲ要スルノデアリマス、
ソレカラ全國ニ陪審制度ノ趣旨ヲ國民ヲシテ能ク十分ニ理解セシメテ法律施
行ノ曉ニ於テ其職責ヲ誤ラザルヤウニ十分ニ陪審法ノ趣旨ヲ徹底セシムル必
要ガアルト思フノデアリマス、之ガ爲ニハ講演或ハ印刷物ヲ配布スル等ノ計
畫モシタイト思ッテ居リマス、其他地方裁判所ノ廳舍ノ增築、陪審員宿舍ノ
新營ニ關スル經費、其他先ヅ建築ニ伴ウテ要スル所ノ費用、其總額ハ今ノ司
法省ダケデ計算ヲ致シマシタ所デハ約五箇年ニ亙ッテ八百萬圓程ノ費用ヲ要
スル積デアリマス、此額其モノハ未ダ確定ハ致シテ居ラヌノデアリマス、計畫
其モノトシテ申上ゲルヨリ外アリマセヌケレドモ、唯今申上ゲマシタヤウナ
費額ヲ要スルモノト御承知ヲ願ヒタイト思フノデアリマス、而シテ十二年カ
ラ十六年大正十七年ヲ待ッテ法律ノ全部ヲ施行スルト云フコトニ付キマシテ
先刻モ申上ゲマシタ二百五六十人ノ判檢事ヲ養成スルガ爲ニ、司法部ニソレ
ヲ採用スルガ爲ニ數年ヲ要スルコトデアリマス、其數年······ドウシテモ急速
ニ之ヲ造ル譯ニ行カヌノデアリマス、其養成ノ爲ニ十七年ヲ待タズンバドウ
シテモ判檢事ガ出來ナイカラ、從テ之ヲ本トシテ今ノ陪審法廷、宿舍等ヲ此期
間ヲ利用シテ增築スルト云フ計畫ヲ立テタノデアリマス、又此期間ヲ利用シ
テ、實際ノ陪審制度ノ運用ノ實況ヲ視察セシムルト云フ計畫モ立テタ譯デア
リマス、此十七年マデト云フ年度ハ主トシテ判事檢事ノ養成ニ必要ナル期間
ト御承知ヲ願ヒタイノデアリマス、右ヲ以テ一應私ノ若槻君ノ御質問ノ點ナ
リト解スル點ニ於テ御答ヲ致シタ積リデアリマス、尙ホ足ラザル所ガアリマ
スレバ改メテ御質問ヲ待ッテ御答ヲ致シタイト思ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=9
-
010・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 休憩ヲ致シマス、午後ハ一時三十分ヨリ開會イタ
シマス
もらいく
午後零時四十六分休憩
午後二時三分開議発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=10
-
011・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 是ヨリ御報告ヲ致サセマス
〔小林書記官朗讀〕
本日議員子爵靑木信光君外十名ヨリ六十八名ノ賛成ヲ以テ發明奬勵ニ關ス
ル建議案ヲ發議セリ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=11
-
012・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 是ヨリ午後ノ會議ヲ開キマス、昨四日議員津島源
右衛門君ガ死去セラレマシタニ付キマシテ、弔辭ヲ贈リタイト存ジマスガ、御
異議ゴザイマセヌカ
〔「異議ナシ」ト呼フ者アリ〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=12
-
013・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 御異議ガナイト認メマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=13
-
014・若槻禮次郎
○若槻禮次郞君 質問ノ後ヲ繼續イタシタイト思ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=14
-
015・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 宜シウゴザイマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=15
-
016・若槻禮次郎
○若槻禮次郞君 司法大臣ノ御答辯ハ詳細ヲ極メテ居リマシタカラ、政府ノ
御考ノアル所ハ略〓想像ガ出來ルノデアリマス、其中私ガ質問ヲ申上ゲタコト
デ御答辯ノナイモノモアリマス、併シ私ハ此際特ニ漏シテ居ルノヲ伺ハウト
ハ思ヒマセヌ、第一讀會ノ續ヲ議セラルヽ場合ニ、尙ホ質問スル機會ガアリ
マスカラ、今日ノヤウナマダ後デ御質問ヲナサル御方ノアル場合ニ於テ、私ノ
御問ヒシマシタ所ノ答ガ漏レテ居ルカラト云ッテ、ソレノミデ私ノ質問ヲ長ク
スルコトハ致サナイ積デアリマス、唯其中何故ニ斯ウ云フ法案ヲ今日急イデ
御出シニナラナケレバナラヌト云フ必要ヲ感ゼラレタカ、私ハ是ハ今日マデ
ノ裁判ニ於テ常識的認定ヲスルモノガナカッタ爲ニ、誤ッタ裁判ガ致サレタ實
例ガ澤山アル、是デハ抛ッテ置ク譯ニ行カヌカラ、ソレ故ニ陪審法案ヲ制定
スルト云フ御趣意デアルト思フ、然ルニサウデナイ、出發點ガ違フ、自分ノ考
ハ國民ヲシテ司法權ニ參與セシムルノガ必要デアルト思ウテ、此法案ヲ出シ
タノデアルカラ、誤判ハ有ッテモ無クテモソレニハ關係ハナイ、斯ウ云フ法
律ヲ作ラナケレバナラヌト云フ御說明ガアッタノデアリマス、國民ヲシテ司
法權ニ參與セシムル爲ニ、陪審制度ヲ作ルト云フ事柄ハ、是ハ外國ノ立法例
ニ於テモ沿革上ニハ左樣ナコトハナイノデアリマス、前ニ申上ゲタ通リデア
ル、ソレハ製造セラレタル說明ニシテ、前前內閣ノ原總理大臣ガ、特ニ國民
ノ視聽ヲ聳タス爲ニ拵ヘラレタ說明デアリマス、ソレデアリマスカラ左樣
ナ說明デアルナラバ私ハ伺ッテモ何ニモナラヌト申上ゲタ、併シ矢張リ同ジ
ヤウナコトヲ繰返シラ、今日モ矢張リソレデアルト仰セニナル、政府ノ方ガ
ソレニ執著シテ居ラルヽナラバ、私ハソレハ間違ッテ居ルト思ヒマスケレド
モ、何モ其間違ヲ此處デ匡ス必要ハアリマセヌカラ、政府ハソレニ執著セラ
レテ私一向相關セズ焉デアリマス、併シソレデアルナラバ、何ヲ急イデ陪審
法案ヲ制定サレルノデアリマスカ、サウ云フヤウナ理論カラ起ッテ來ルコトナ
ラバ、今カラ二年三年先ニ延ビタ所ガ、或ハ二年三年前デアッタ所ガ、何レニシ
テモドウモ宜シイ問題デアル、サウ云フ理論ニ立脚シタ問題ナラバ·····私ハ
現實ニ立脚シタ問題デアルト思フカラコソ、之ニ力瘤ヲ入レテ、午前中ニ御
尋ネ申上ゲタ、然ルニ現實ニハ立脚セズ只理論デアル、而カモ其理論ハ製造
サレタ說明デアルト云フニ至ッテハ、陪審法案ヲ作ルベキ急速ノ必要ト云フモ
ノハ何ニモ認メラレナイノデアル、二年三年延ビタ所デ一向差支ナイ、然ルニ
外國ニ是カラ設置ノ狀況ヲ取調ル人ヲ派遣スルト云フ、ソレハ實際ノ運用ヲ
スル爲デ、制度ノ上ノコトハモウ極ッテ居ルカラ差支ナイト云フコトデアル、
私ハ差支アルト思フ、實際ノ上ノコトモ十分調ベタ上ニ制度ヲ立テラレルノ
ガ相當デアルト思フガ、實際ノコトハ左程必要ハナイ、急速ノ必要ハナイ、唯
國民ヲシテ司法權ニ參與セシムルト云フヤウナ理論上ダケノ事柄デアルナラ
バ、二年是ガ延ビタカラト言ッテ、三年延ビタカラト言ッテモ、何ニモ關係スル
問題デハナイ、ソレヲ今日急イデ此場合制定シナケレバナラヌト云フ理由ハ
全然私ハソレハ認メマセヌ、併シ是ハ意見ノ相違デアリマスカラ、御質問ヲシ
タ所ガ別段適當ナル答辯ヲ得ルト思ヒマセヌ、其他ノ事柄ハ誠ニ御熱心ニ詳
細ニ御答辯ニナッタ、然ルニモ拘ラズ私ノ御尋ネ申シマシタコトニマダ漏レテ
居ル所ガアル、繰返シテ此處デ應答イタセバ、幾ラモ應答スベキコトガアリマ
スガ、今日ハ非常ニ重要ナ法案ガ未タ外ニモアルノデアリマスカラ、私ハ他日
ノ機會ニ於テ、尙ホ司法大臣ト意見ヲ異ニシテ居ル點ニ付テ、尙ホ質問ヲ交
換スル場合モアルカト存ジマス、唯此所デ一ツ伺ッテ置キタイノハ、刑事訴
訟法ヲ改正シタカラ御前ノ心配スルヤウナ被〓人ヲ罪人扱ヒニスルト云フヤ
ウナ事柄ハ今度ハ改マルト仰シヤルノデアリマス、此點ニ付テ一ツ伺ッテ置
キタイ、從前ノ刑事訴訟法ト雖モ、被〓人トナッタナラバ、直グ之ヲ罪人ト
看做シテ取扱フト云フ規定ハナイノデアリマス、人間ハ無罪デアルト云フ前
提ニナッテ出來テ居ル、然ルノニ拘ラズ事實ハ被告ハ罪人ナリトシテ取扱ヒ
ヲサレタ爲ニ、所謂人權ノ蹂躪ナルモノガ頻々トシテ起ッテ天下ノ人心ガ安
ンジナイ、凡ソ世ノ中ニ革命ガ起ルトカ、政治ニ不平ヲ懷クト云フ最モ原因
ニナルモノハ、裁判所ガ不公平ナコトヲスルト云フコトニアル、裁判ガ公平
ヲ失ッタリ、裁判所ニ於テ人權蹂躪ノ事實ガアリマシタリスルト云フト、政
府全體ガ國民ノ怨府トナルノデアリマス、是マデノ訴訟法ニ於テモ、決シテ
被〓人ハ罪人デアルト云フ取扱ヒヲシテ宜イト云フコトハナイノデアル、然
ルノニ拘ラズ事實ハサウ云フヤウナ取扱ヒヲ爲サレタ、ソレガ爲ニ世間ノ人
ガ今日ノ司法官ニ不滿ヲ懷キ誠ニ危ナガル點デアルノデアリマス、刑事訴訟
法ノ改正ハ私モ承知シテ居ル、併シ文章ガ如何ニ直サレテモ、取扱ヒヲスル
當局者ノ頭ガ直ラヌ限リハ、決シテ國民ハ安心スルコトハ出來ヌノデアリマ
ス、司法大臣ハ此點ニ於テモ、當局者ニモ十分訓令ヲ與ヘ監視スルト云フヤ
ウナコトニシタト云フ御說明デアッタト思ヒマスガ、誠ニ結構デ、サウアリ
タイト思ヒマス、其司法大臣ガ御方針ヲ改メラレマシタ刑事訴訟法ノ規定ニ
依テ、是マデノ刑事ノ手續ガ全然旣往ト一變シ、人權ノ尊重ガ十分裁判所ニ
於テ行ハレルコトヲ切ニ私ハ望ンデ居ルノデアリマス、此所デ私ハ一言司法
大臣ノ御證言ヲ得テ置キタイノハ、是マデ取扱ヒニ於テハ時〓檢事局カラチ
ヨット來テ吳レト云フコトデ、ソレデ出テ行ッタ人間ヲ、ソコデ取調ベルノニ
令狀モ何モナイノデアル、而シテアンナコトハ法律ニモ何ニモナイカラ、ド
ウシテカト云フト、本人ガ任意デ出頭シテ居ル、任意ニ出頭シタモノヲ、此
所デ質問シタト云フ答辯ヲサレル、是ガ人權蹂躙ノ根本デハナイカ、將來ハ
斯樣ナコトハ致サルルヤ否ヤ、殊ニ私ノ承知シテ居ル所ニ依レバ、檢事ガ人
ヲ喚出シテ置イテ、自分ハ椅子ノ上ニ反リ返ッテ居テ、兩足ヲ「テーブル」ノ
上ニ上ゲテ置イテ、サウシテ出タ人ニ向ッテ、色〓ナコトヲ尋ネタト云フヤ
ウナ事件ガアルト云フコトヲ聞イタ、何ント云フ事デアルカ、之ヲ見タ時ニハ
我〓國民ハ生命モ財產モ身體ノ保障モ何モノモナイト思ッテ、非常ニ不安ニ思
ッタノデアル、斯ウ云フコトハ再ビナサレヌノデアリマスカ、ドウデアリマス
カ、佛蘭西ガ獨逸ニ對スル時ニ黑人ノ兵隊ヲ以テ「フランクフルト」ノ役ニ臨
ンダ時ニ、獨逸人ハ非常ニ憤〓シタ、世界ガ非常ニ憤慨シテ、白人ノ間ニ於テ
黑人ヲ以テ自身ノ國ヲ占領シテ居ル、怪シカラヌコトヲヤルト云フコトノ爲
ニ佛蘭西ノ國ハ世界ノ指彈ヲ受ケテ直チニ黑人ノ兵隊ヲ引揚ゲタ、ハ檢事局ハ
任意ニ出頭シタト云ウテ、フン反リ返ッテ兩足ヲ「テーブル」ノ上ニ載セテ其
處ヘ來タ紳士ニ向ッテ質問ヲスル、何ト云フ無禮ナコトデアル、左樣ナコトヲ
ヤッタ日ニハ人民ノ權利ト云フモノハ全ク蹂躪サレテ仕舞フ、新シイ刑事訴
訟法ガ行ハレル、現在ノ司法大臣ガ訓令ナサレテ、將來ハ再ビ斯樣ナコトハ
ナイト云フコトハ此處デ證言ナサレル否ヤ、是ダケヲ私ハ伺ッテ置クノガ、今
日ノ最後ノ質問デアリマス、未ダ澤山アリマスガ、機會ガアリマスカラ是ハ
他日ニ讓リマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=16
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017・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 若槻君ノ答辯ヲ求メラレナイト云フ點ニ付キマ
シテ、誤解ヲ避クルガ爲ニ一言イタシテ置ク必要ガアラウト存ジマス、ソレハ
若槻君ハ人權蹂躙ナル事實ガアルガ故ニ、陪審法ハ之ヲ理由トシテナラバ
提出スル理由ガアルカモ知レヌガ、先刻ノ說明スル所ニ依レバ人權蹂躙ト云
フコトハ先ヅナイ、唯理論ノ上ニ於テ陪審法ヲ提出スルノデアル、所謂現實
ニ立脚セヌノデアル、斯ウ云フ御話デアリマス、私ハ現實ニ立脚セヌト云フコ
トヲ申スノデハアリマセヌ、又現實ニ立脚スル以上ハ人權蹂躙デナケレバナ
ラヌト云フ若槻君ノ御說ニモ、私ハ賛成イタシマセヌ、曩ニモ提案ノ理由ト
シテ申述べマシタル如ク、國民ガ公權ノ運用ニ參與セムトスルノ傾アルコト
ハ、是ハ若槻君ト雖モ是ハ御杏認ニハナラヌデアラウト私ハ思フノデアリマ
ス、是ガ現實ニ於ケル憲政上ノ必要ト云フコトヲ申ス所以デアリマス、又司法
上ノ理由トシテ先刻申述ベマシタコトハ、長イ間〓究ニ〓究ヲ重ネタ末ニ於
キマシテ、提案ノ理由トシテ原首相ノ述ベラレタルコトニ付テ御異議アルト
カ、何トカ云フコトハ是ハ別問題デアリマスケレドモ、既ニ先刻申述べマシタ
ル如ク、全國ノ辯護士會ヨリハ一二ヲ除クノ外ハ悉ク陪審法ノ必要ヲ唱ヘテ
居ルノデアリマス、而シテ當時ノ政府當局ハ先刻モ申上ゲマシタ如ク、法制審
議會ト云フ機關ヲ設ケ、即チ衆智ヲ集メテ玆ニ〓究ヲ重ネタ結果ガ、今日ニ
於テ陪審法ヲ制定スルノ必要アリト云フコトニ歸結シタノデアリマス、昨年
ノ議會ニ於キマシテモ、亦此度ノ議會ニ於キマシテモ、私ハ衆議院ノ委員會
ニ出席ヲ致シマシテ、親シク委員ノ質問ニ對シテ答辯ヲ致シタノデアリマス
ケレドモ、是等ノ委員諸氏ハ何レモ大正十七年デハ甚ダ遲イ、成ベク速ニ陪
審法ヲ施行スルガ適當デアルト云フ意見ヲ幾度カ述ベラレテ居ルノデアリマ
ス、政府モ前議會ニ於キマシテハ、或ハ大正十二年度ヨリ施行ガ出來ルカモ知
レヌト云フヤウナ意味合ヲスラ以テ、貴族院ニ對シテ答辯ヲ致シタノデアリ
やく、段々調査ヲ重ネテ見マスルト、先刻モ申上ゲマシタル如ク、容易ニ之
ヲ實行スルコトガ出來ナイノデアリマス、相當ニ準備ヲ要スルノデアリマ
ス、此準備ニ數年ヲ費サネバナラヌト云フコトカラ、巳ムヲ得ズ十七年度ヨ
リ實行スルト云フ計畫ヲ定メネバナラヌト云フコトニ立至ッタノデアリマ
ス、而シテ昨年ハ衆議院ニ於テハ無論政府ノ提案ヲ可決シタノデアリマス、
ツイ數日前ニ本案ノ衆議院ノ本會議ニ付セラレタ時ニ於キマシテモ、大多數
ヲ以テ通過シテ居ルノデアリマス、茲ニ於テ政府ト致シマシテハ、陪審法ノ
施行ガ必要デアルト云フコトハ殆ド疑ナイ、國民ノ所謂要求スル所デアルト
云フコトヲ立證シタルモノト考ヘテ居ルノデアリマス、是ガ即チ現實ノ要求
ト云フノハ即チソコニアルノデアリマス、若槻君ノ仰シヤル所ノ現實ノ要求
トハ違フノデアリマスケレドモ、現實ノ要求タルニ於テハ一ツデアリマス、
唯理論ノ上カラ陪審法ヲ今日提出シ、數年ノ後ニ之ヲ施行セムトスル意圖ニ
非ズト云フコトダケハ申上ゲテ置キタイノデアリマス、ソレカラ御質問ニナ
リマシタ檢事ノ所ニ色〓ナ人ガ呼寄セラレテ調ベラレル、是ハ私ハ細カイコ
トヲ能ク承知イタシマセヌケレドモ、事實ニ於テハ此事アルコトハ認メネバ
ナラヌノデアリマス、是ハ犯罪捜査ノ爲ニハ檢事自ラ到ル所ニ出張ヲシテ調
ベルト云フコトガ本則デアリマセウ、又檢事トシテハ、檢事局ニ喚出スト云
フ權能ハナイノデアリマス、法律上ノ權能ハナイノデアリマス、併ナガラ檢
事ノ職務執行上ニ於キマシテ、本人ガ任意ニ檢事局ニ出頭ヲシテ陳述ヲスル
コトヲ拒マナイノデアルナラバ、犯罪捜査ノ上ニ於テハ少カラザル便宜ガア
ルノデアリマス、將來ニ於テ本人ガ承諾シテ檢事局ニ出頭スルト云フコト
ハ是ハ司法省ト致シマシテ、絕對ニセヌト云フコトハ申上ゲマセヌノデア
リマス、併ナガラ事實ノ上ニ於キマシテ、本人ノ出頭ヲ强フルガ如キコトハ
致サヌト云フコトダケハココニ斷言シテ宜シイノデアリマス、此事ダケヲ御
質問ニ對シテ御答ヲシテ置キマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=17
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018・若槻禮次郎
○若槻禮次郞君 檢事ニハ無暗ニ人ヲ喚出ス權能ノ無イト云フコトハ、司法
大臣ハ御認メニナッタノデアリマス、而シテ今日ハ殆ド是ガ常則ノ如ク行ハレ
テ居ルノデアリマス、檢事ニ權能ガナイト云フコトヲ司法大臣ガ御認メニナ
ルナラバ、而シテ今日ノ弊害ハ檢事ニ職權ガ無イニモ拘ラズ、人ヲ無暗ニ喚
出ス、司法大臣ハ刑事ノ事件ニ親シク屢〓接シテ居ラレヌカモ知レマセヌカ
ラ、左程ニ御考ニナラヌカモ知レマセヌガ、一般ノ人民ハ檢事局カラ來テ吳
レト云フタ時ニ、ソレガ何デモナイ、唯會ヒタイト云フダケノ意味ト思フ者ガ
何處ニアリマスカ、檢事局カラ來テ吳レト云フト、モウ何犯犯罪ヲ取調ベラレ
ヤシナイカト云フ疑惧ノ念ヲ懷クノデアリマス、ソレハ國民ニ法律思想ガ無
イ缺點ダト仰シヤルカモ知レナイ、併ナガラ天下ノ國民ハ皆法學生デハナイ
ノデアリマス、道理ヲ知ッテ居レバ、ソンナコトハ俺ハ行カヌト言ヒマスケレ
ドモ、多クノ人間ハ喚バレヽバ行クノデアル、行クト云フト、モウ行ッタダケ
デ世間ハ之ヲ罪人ノヤウニ思ウテ仕舞フ、本人モ亦非常ニ名譽ヲ傷ケラレタ
ヤウニ思ウテ仕舞フ、サウシテ是ハヒドイト云フト、本人ガ任意ニ出テ來タト
云フ、任意デモ何デモナイ、司法大臣ハ尙ホサウ云フ塲合ヲ任意ト御考ヘニナ
リマスカ、司法大臣ハ民法學者デアルト私ハ思ウテ居ル、商法學者デアルト思
ウテ居ル、サウ云フ場合ニ唯言葉ノ先ノ任意ダケト云フコトデ、意志ガ或拘
束ヲ受ケテ居ル、或勢力ノ影響ヲ受ケテ居ルト云フコトヲ全然見ナイデ、彼ハ
任意ニ出テ來タト云フコトガ言ハレルノデセウカ、司法大臣ハサウ御考ニナ
ルデアリマスカ、私ハ陪審法案ニハ······マダ意見ヲ述ベル機會デハアリマセ
ヌガ、私ハ反對デアリマス、併シ反對論ヤ賛成論ハ述ベル機會デアリマセヌ、
併シ司法制度ノ改善、殊ニ司法權ノ執行ヲ立派ニ爲サウト云フコトニ付テハ、
私ハ滿腹カラ之ヲ支持スルモノデアル、司法大臣ニシテ若シ是マデノ司法權
ノ執行ガ宜シクナカッタト云フコトヲ御認メニナルナラバ、現在ノ司法大臣
程法律ニ明カナ司法大臣ハ最近見タコトガナイ程、立派ナ司法大臣ト我〓ハ
思ッテ居ル、口先ノ間違ッタコトヲ辯解ナサルヤウナコトハ決シテナサレヌ、
事實ニ於テ間違ッタコトヲ强制ナサレヌダラウト私ハ思ウテ居リマスガ、唯
今御答辯ニナリマシタヤウニ任意ニ出テ來レバ調ベルナドト云フヤウコト
ハ、ソレガ一番危ナイ、是マデハ皆檢事局ハ任意ニ出ダト云フ、喚出サレタ
人間ハ決シテ任意デハナイ、驚イテ、恐レテ、〓鰊トシテ屠所ニ就ク牛ノ如
ク出テ來テ居ルノデアリマス、是ガ任意ダナドト云フコトハ、是ハ事實ニ於
テ無イコトデアル、立派ナル司法大臣ヲ戴イタ我〓ハドウゾ新シイ刑事訴訟
法ノ行ハレル機會ニ於テ、從來ノ弊害ヲ改メテ天下ノ檢事ノ頭ヲ一掃セラレ
テ、日本ノ國民ハ立憲國民デアル、日本ノ國民ノ權利ヲ尊重シナケレバナラヌ
ト云フコトヲ頭ニ置イテ、罪跡ニ揭ゲラレタ所ニ一點ノ疑無シト云フ所ニ至
ルマデハ、人間ハ罪人デナイ取扱ヒヲ司法官憲ニ於テ執ラレムコトヲ私ハ切
ニ望ムノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=18
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019・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 目賀田男爵
〔男爵目賀田種太郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=19
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020・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 本員ハ陪審制度即チ國家ノ大イナル制度トシテ、是
ガ最モ根本ノコトニ關シテ二三點總理大臣ニ質問ヲ致ス積リデゴザイマス、
去リナガラ同大臣ハ病氣デアルサウデゴザイマス、今日ハ司法大臣ニ對シ國
務大臣トシテ政府大體ノ方針ヲ凡ソ三點バカリ伺ヒタウゴザイマス、ソレヨ
リ引續イテ、尙ホ各條ニ付テ司法大臣ニ御尋ヲ致シタイコトガゴザイマス、
第一ニ伺ヒタイノハ昨年三月其法案ガ當院ニ於ケル第一讀會ニ付セラレタル
時、他ノ同僚ヨリノ質問モゴザイマシタ、ソレニ對シテ當時ノ政府委員ノ答
辯ハ斯ノ如クデアル、其同僚ノ質問ハ其要領ニ於テ陪審ノ評議ノ結果ニ裁判
官ガ拘束セラレル場合憲法ヲ改正シテモ此陪審法ヲ施行スル考デアルカト云
フ問デアルノデス、ソレニ對シテ當時ノ政府委員ハ政府ノ觀ル所デハ陪審ノ
答申、若クハ評決ガ裁判所ノ判斷ヲ常ニ拘束スル場合ニハ帝國憲法ノ精神ニ
觸レルモノト思フノデアリマス、併ナガラ此案ハ唯憲法ニ辻褄ノ合フヤウニ
作ッタノミデハアリマセヌ、斯ウ云フ答辯デアリマシタ、之ニ關シテ本員ハ然
ラバ若シ此法律ガ段々發達シテ、憲法ノ精神ニ觸レルヤウナ場合ヲ生ジタル
時ニハ如何セラレルカト云フコトヲ尋ネマシタ所ガ、之ニ對シテ政府委員ノ
答辯ハ此法律ノ運用ノ結果、國民ニ認識サレテ、信賴サレテサウ云フ結果ニ
ナレバ憲法ノ改正ハ已ムヲ得マイ、ソレハ當然デアル、斯ウ云フ假定的答辯
ヲ致シタ譯デアリマス、斯ウ云フ答デアリマシタ、矢張リ現政府モ斯ノ如キ
考慮ヲ持ッテ居ラルルカ之ヲ伺ヒタイノト、今一ツハ更ニ別論デアリマスル
ガ、假定的答辯ト云フコトハ甚ダ當ヲ得ヌト思ヒマス、假定的答辯ヲ當議場
ハ聽キタクナイヤウニ思ヒマスガ、兎ニ角サウナッテ居リマス、何レニシテモ
意味ハ憲法ノ改正ハ已ムヲ得マイト云フコトヲ言ハレテ居ル、是ハ如何ニ現
內閣ハ考ヘラレルカ、即チ總理大臣ノ御答トシテ伺ヒタイト存ジマスル、ソレ
カラ今一ツハ六十九條ノ宣誓ノコトデアリマス、之ニ付キマシテ去ル議會ニ
於テ私ハ質問ヲ致シマシタガ篤ト要領ヲ得ナイヤウデアル、六十九條ニハ「宣
誓書ニハ良心ニ從ヒ公平誠實ニ其職務ヲ行フヘキコトヲ誓フ旨ヲ記載スヘ
シ」トアリマス、所ガ其宣誓ニ關スルコトハ隨分區々ニナッテ居リマシテ、刑事
訴訟法ニ依ル宣誓ニ關スル條文ハ「宣誓ハ宣誓書ニ依リ之ヲ爲スヘシ宣誓書
ニハ良心ニ從ヒ眞實ヲ述ベ何等ヲモ默祕セス又何事ヲモ附加セサルコトヲ誓
フ旨ヲ記載スヘシ」斯ウアル、ソレカラ鑑定人ノ宣誓書ニハ唯「宣誓書ニハ良
心ニ從ヒ誠實ニ鑑定ヲ爲スヘキコトヲ誓フ旨ヲ記載スヘシ」トアリマシテ、此
三法律皆其條文ヲ異ニシテ居リマス、是ハ如何ナ譯デアルカ、ソレカラ今一
ツハ凡ソ陪審ノ制度ノヤウナモノヲ設ケラレマシテ陪審ノ答申ニ重キヲ置カ
レ、之ニ依テ司法裁判ノ判斷ヲ爲スニハ此宣誓ニハ大イナル威力ガナケレバ
ナラヌト思フ、元來日本ノ宣誓ナルモノハ矢張リ神ニ誓フ、神ニ誓フト云フノ
ガ日本ノ從來ノ式デアリマス、是ハ維新ノ後其式ノ文章ハ改リマシテ凡ソ政
府ノ官吏ニシテ責任アル官ニ任ゼラレル時ニハ必ズ禮服ヲ著用シ、又宣誓
セシムル、當該官吏モ禮服ヲ著用シテ宣誓者ニ向ヒ誓ノ文章ヲ言渡シテ、之
ニ對シテ宣誓ヲナス、終リニ於テ若シ此宣誓ニ違フ時ハ神ノ罰極ヲ受ケム、
是ガ古來ヨリノ例デアリマス、維新後ノハ此宣誓ニ違フ時ハ神ノ罰殛ヲ受ケ
ムト云フノガ此宣誓ノ最大ノ威力デアル、是ハ明治初年ニハ行ハレマシタ
ガ、其後廢セラレタヤウナ姿デアリマス、ソコデ一般陪審若クハ法律ノ宣誓、
一ツノ司法行爲、法律行爲ヲナス宣誓ト云フモノニハ外國ノ法律ニ依レバ皆
神ニ誓ハヌケレバナラヌ、日本法律ノ宣誓ト云フモノハ是ハ外國ノ法律ノ前
ニ出シタラバ宣誓ノ效力ハ無イノデアル、唯宗〓ヲ信ゼザル人ニ對シテハ普
通ノ格言デ宣シトシテアリマスガ、一般ノ政治トシテハ外國ノ法律ノ前ニハ
非常ニ違ッタモノデアル、ソレカラ唯〓擧ゲマシタル如ク、鑑定人、刑事訴
訟法ノ證人及ビ陪審ニハ宣誓ノコトガアルガ、外ノ一般ノ官吏若クハ刑事デ
ナイ民事上ノ所謂「シヴィル」ノ行爲ニ付テハ宣誓ノコトニハ何等規定ハ無
イノデアリマス、私ハ固ヨリ是ハ制度ノ未ダ足ラザルモノノ如クニ思ヒマス
ガ、此點ニ關シテハ政府トシテハ現狀ノ儘デ置カレルカ、又將來適當ナ制度
ヲ立テラレルカ、其點ヲ伺ヒタイノデアリマス、ソレカラ第三點ニ是ハ政
府全般ノコトトシテ矢張リ總理大臣ニ伺ヒタク思ヒマスノハ、此陪審法ハ
名ハ陪審ト申シマスケレドモ、一向陪審ノ事實トハ違ッテ居ル、殊ニ善良
ナル結果ヲ得レバ誠ニ宜シイノデアリマスガ、サウデモナイヤウデアル、斯
クノ如キ陪審法ヲ以テ司法制度ノ最大改良ナリトシ、之ヲ以テ日本ガ外國
ニ向ッテ其司法制度ヲ大イニ進メタモノト解セラレルヤ否ヤ、此三點ヲ伺
ヒタク存ジマス、尙ホ引續キマシテ司法大臣ニ多少伺ヒタイコトガゴサイ
マス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=20
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021・岡野敬次郎
○國務大臣 (岡野敬次郞君)唯今目賀田男爵ハ御質問三點ヲ擧ゲテ總理大臣
ノ意見ヲ問ハルルト云フ御話デゴザイマス、併シ總理大臣ハ病氣ノコトデア
ルカラ、他ノ國務大臣ヨリ說明ヲシテモ差支ナイ、斯ウ云フヤウナ御意嚮ノ
ヤウニ伺ヒマシタルニ依テ私ヨリ御答ヲ致シマス、第一ハ此憲法改正ニ關ス
ル政府委員ノ答辯ノコトニ付テ御尋デアリマシタ、目賀田男爵ノ仰セラルヽ
如ク政府委員ハ假定的答辯ト云フ言葉ヲ用ヰマシテ、或ハ將來ニ於テ憲法ノ
改正ノ必要ヲ生ズルカモ知レヌ、其時ニ於テハ憲法改正亦已ムヲ得ナイノデ
アル、斯ウ云フコトヲ申シテ居ル、是ハ速記錄ニ依テ明カデアリマス、是ハ
目賀田男爵ノ仰セラルヽ通リデアリマス、此趣旨ハ私ハ敢テ推量ハ致シマセ
ヌケレドモ、昨年ノ其答辯ヲ致シマシタル時ニ於テ憲法ノ改正ヲ豫定シテ決
メタノデハナイト私ハ思フノデアリマス、今ニ於テハ分ラヌ、併ナガラ將來
サウ云フコトガアッタナラバト云フコトデ答辯ヲサレタモノト私ハ解シテ居
ルノデアリマス、併ナガラソレハ姑ク措キマシテ、目賀田男爵ノ此點ニ付テ
ハ非常ニ重キヲ置カレマシタト見エマシテ、殊更ニ當時ノ總理大臣高橋是〓
子ニ對シテ重ネテ此問題ニ付テ御尋ニナリマシタノデアリマス、之ニ對シテ
高橋子ハ「目賀田男爵ニ御答ヘ致シマス、政府委員ノ御答ヲシタ時ニハ私ハ
聞イテ居リマセヌデシテ果シテ唯〓ノ御述ベニナッタ通リデアル否ヤハ知リ
マセヌガ、私ニ於テハ憲法ノ改正ヲスルト云フ考ヘハ今日少シモ持ッテ居リ
マセヌ」斯ウ云フコトヲ高橋首相ハ答ヘラレテ居ルノデアリマス、之ニ對シ
テ目賀田男爵ハ「誠ニ然ルベキコトト存ジマス、總理大臣ノ御答ニシテ初メ
テ本員ヲ滿足セシメタノハ是ガ初メテデアリマス、大イニ總理大臣ノ明快ナ
ル御答ニ感謝致シマス、誠ニ有難ク······更ニ總理大臣ニ對シテ一段ノ信用ヲ
加ヘタコトト思ヒマス」、斯ウ云フヤウニ御述ベニナッヲ居ルノデアリマス、故
ニ唯速記錄ニ就テ見マスレバ私ハ公平ニ判斷ヲ致シマシテ、當時ノ政府ノ當
局ト致シマシテハ憲法ノ改正ノ考ヲ持ッテ居ラヌト、斯ウ御答辯ヲシタモノ
ト認メテ宜シカラウト思フノデアリマス、此點ニ於キマシテハ私モ高橋首相
ト同樣ノ御答ヲ致スノデアリマス、左樣ニ御承知ヲ願ヒタイト思ヒマス、ソレ
カラ第二ノ宣誓ノコトニ付キマシテハ先刻此刑事訴訟法ノ證人ノ宣誓、鑑定
人ノ宣誓等ヲ御引證ニナリマシテ、而シテ之ヲ陪審法案ノ六十九條ノ宣誓ト
云フモノニ比較シテノ御話ガゴザイマシタノデアリマス、宣誓ノ形式ト云フ
モノガ、是ハ或ハ國體ニ依リ、國情ニ依リ、民情ニ依リ自カラ異ルモノデア
ルト云フコトハ是ハ私ハ已ムヲ得ナイコトデアルト思フノデアリマス
神ヲ信ゼザル者ニ對シ神ヲ信ズルト云フ意味ニ於テ宣誓ヲナサシムルト云フ
コトハ是ハ出來ナイノデアリマス、是ハ國柄ニ依ッテ是ハ異ラネバナラヌト
云フコトハ、是ハ已ムヲ得ナイコトト思フノデアリマス、而シテ我國ニ於キマ
シテハ良心ニ誓ッテト云フコトノ意味ニ於テ宣誓ノ形式ト云フモノガ定ッテ居
ルモノデアルコトハ、是ハ訴訟手續ノ上ニ於テハ原則トシテ認メラレテ居ル
ノデアリマス、而シテ鑑定ニ付キマシテハ新刑事訴訟法ノ第二百二十條ノ三
項ニ宣誓書ニハ「良心ニ從ヒ誠實ニ鑑定ヲ爲スヘキコトヲ誓フ旨ヲ記載スヘ
シ」證人ニ付キマシテハ「良心ニ從ヒ眞實ヲ述へ何事モ默祕セス、又何事モ附
加セサルコトヲ誓フ旨ヲ記載スヘシ」此二者互ニ異ル所以ハ、證人ハ事實ヲ陳
述スルノデアリマス、ソレカラ鑑定ハ判斷ヲ述ベルノデアリマス、ソレガ故ニ
自ラ此形式ハ異ラザルヲ得ナイノデアリマスケレドモ、宣誓其モノトシテハ
矢張リ良心ニ從ッテ眞實ヲ述ベルト云フコトニ於テハ變リハナイノデアリマ
ス、陪審員ノコトモ亦然リデアリマス、唯公平誠實ニト云フ文字ヲ用キテア
ルダケデ、其宣誓ノ實質ニ於テハ新刑事訴訟法ニ於テ認メラレテ居ル點ト何
等異ル點ハナイノデアリマス、而シテ此宣誓ガ陪審ト云フ文字ト牽連イタシ
マシテ「ジュリー」、是ハ宜誓ノ意味デアッテ、或ハ獨逸語ノ「ゲシユウオーレ
ネン、ゲリヒト」是モ宣誓ト云フ意味デ、成程宣誓ト云フ意味カラ來タ文字
ニハ違ヒナイノデアリマセウ、私モ深ク穿鑿イタシマセヌガ、左樣ナコトニ解
シテ誤ナイト思フノデアリマス、併ナガラ證人ノ宣誓ニ致シマシテモ、鑑定
人ノ宣誓ニ致シマシテモ、今日ノ現行法ニ於テモ認メラレテ居ル此宣誓ガ陪
審ト云フモノト直接ニ關係ノナイモノデアルト云フコトハ明瞭ナコトデア
ルト私ハ思ヒマス、又陪審ト云フ文字ハ是ハ實ハ飜譯ノ言葉デアリマセウ、而
シテ陪審トシテ一般ニ我〓ガ斯ノ如キモノデアルト云フ意味ニ解釋セラレ
ル慣用ノ文字デアルナラバ、ソレガ宣誓ト云フ意味ヲ字義ニ於テ持ッテ居ル
カ持ッテ居ラヌカト云フコトヨリハ、陪審ト云フ文字デ、我〓ガ理解ガ出來ル
カドウカト云フコトヲ考ヘレバ、ソレデ宜シカラウト私ハ思フノデアリマス、
ソレカラ又尙ホ附ケテ申上ゲマスガ、此宣誓ニ反シテ背イタト云フ場合ニ付
キマシテハ、我ガ陪審法案ニ於キマシテモ何等制裁ガナイノデアリマスガ、外
國法モ一ツトシテ此制裁ヲ設ケテ居ルモノハナイヤウニ私ハ承ッテ居リマス、
但シ其背クコトガ進ンデ瀆職罪ヲ構成スベキヤウナ場合ニ於テハ、ソレハ公
務員トシテ瀆職罪ノ刑法ノ規定ニ依リ問ハルベキコトハ論ハナイノデアリマ
ス、ソレカラ第三ニ此陪審法案ニ認メル所ノ陪審制度ト外國ノ陪審制度トハ
甚ダ內容ヲ異ニシテ居ルノデアル、申サバ骨拔キノ陪審制度デアル、此骨拔キ
ノ制度ヲ以テシテ果シテ司法制度ノ改良ノ策ト誇ルコトヲ得ルカドウカ、稱
スルコトガ出來ルカドウカ、是ガ第三ノ御質問デアッタト思ヒマス、是ハ私ハ
一體、陪審制度ト申スノガ、歐米ニ行ハルル所ノ陪審ト云フモノガ即チ陪審制
度デアッテ、之ト異ルモノハ陪審制度ニ非ズト申スコトハ私ハ出來ナイト思フ
ノデアリマス、陪審制度ノ根本主義ハ何處ニアルカト言ヘバ、即チ素人タル一
般ノ國民ヲシテ裁判ニ參與セシムルト云フコトニアルノデアリマス、是ガ私
ハ陪審制度ノ思想デアルト云フノデアリマス、形ハ必ズシモ一定ノ鑄型デアッ
テ、之ニ嵌マルモノハ陪審制度デアル、之ニ篏ラヌモノハ陪審制度ニ非ズト
云フ區別ヲ立テルコトハ出來ナイト思フノデアリマス、而シテ其根本思想ニ
於テハ此法案ニ認ムル所ノ陪審制度モ亦然リデアル、何ガ故ニ斯ノ如ク內容
ヲ異ニスル所ノ陪審制度ヲ認メタカト云フコトデアリマスレバ、ソレハ我ガ
國風、我ガ民情ニ適應セシムルヤウニ殊更ニ外國ノ法律ニ於テ陪審制度ノ弊
トシテ認メテ居ル所ノモノヲ除イテ、玆ニ特殊ナ陪審制度ヲ立ッタノデアル、
ソレ故ニ政府ト致シマシテハ此陪審法案ハ、司法制度ノ大イナル革新デアル
ト信ズルト共ニ、之ニ依テ司法制度ニ對スル國民ノ信賴ヲシテ益〓厚カラシ
メテ、裁判ニ對シテ不滿ナカラシムル所以デアルト云フコトヲ信ジテ居ルノ
デアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=21
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022・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 司法大臣ニ伺ヒマス、唯今宣誓ノコトニ付テ宣誓ハ
國風ニ從ハナケレバナラヌ、御尤ナ次第デアル、私モサウ思ッテ居ル、唯如何セ
ム、昨今社會ノ各方面ニ於テソレソレノ公然ノ行爲ニ於テ其良心ニ違フ者モ
數多見エルヤウデアリマス、是等ノ人ハ矢張リ陪審員ニナル資格ガアルノデ
アリマスカ、又陪審ト云フモノハ一團體ヲナシテ、一團ヲナシテ評決ヲナシ、
其中十二人ノ中若干名ガ不法ノ行爲ヲ以テ宣誓ニ背イタル場合ハドウ云フ制
裁ガアルノデアリマスカ、之ヲ一ツ伺ヒタイノデアリマス、ソレカラ陪審法
ノ二條ニハ「死刑又ハ無期ノ懲役若ハ禁錮ニ該ル事件ハ之ヲ陪審ノ評議ニ付
ス」、是ハ此法律ノ骨子デアッテ是ガ即チ司法權ヲ擴メ、國民ヲシテ司法事務
ニ參與セシムル、我國ノ文運ヲ進ムルヤウニスル要項ノヤウニ思ヒマス、故
ニ必ズ此場合ニ於テハ陪審ノ評議ニ付セラルベキモノカト思ッテ居ルト、四十
一條ヲ見ルトサウデモナイヤウデアル、四十一條ニハ何トアル「第二條ノ規
定ニ依リ事件ヲ陪審ノ評議ニ付スルトキハ裁判長ハ被〓人ニ對シ事件ヲ陪審
ノ評議ニ付スルコトヲ辭シ得ヘキ旨ヲ告知スヘシ」、然ラバ是ハ自由デアル、
但シ法律ノ命令デハナイ、然ル所私ノ考ヘマスルニハ多クノ重罪ハ矢張リ皆
陪審ヲ要スルモノデハナイカ、被〓人ノ意思ノ如何ニ拘ハラズ、絕對ニ陪審
ニ付スルガ當然デハナイカ、又辯護士ヲ付スルガ當然デハナイカト思ヒマ
ス、何カサウ云フ重大ノ場合ニ被〓人ハ陪審ニ付セラルルコトヲ辭スルヲ得
ルト云フ外國ノ例デモアリマスカ、ソレヲ一ツ伺ヒタイト思ヒマス、ソレカ
ラモウ一ツ·····唯〓ノ御答ヲ願ヒマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=22
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023・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 重ネテ御質問ニ御答イタシマス、良心ニ從ッテ、
誠實ニ意見ヲ述ベル、之ニ背イタ時ニハ如何ナル制裁ガアルカ、斯ウ云フ御
尋デアリマス、先刻或ハ私ハ行キ過ギテ御答イタシタカ存ジマセヌガ、唯是
ノミニ依テハ法律ニハ制裁ヲ設ケテナイノデアリマス、又外國ノ法律ニ於キ
マシテモ制裁ハ設ケテナイト私ハ承ッテ居ルノデアリマス、即チ制裁ハ無イ
ノデアリマス、但シ先刻モ申シマシタ如ク公務員トシテ瀆職罪ニ當ル場合ハ
生スルカ知ラヌト云フコトダケヲ念ノ爲ニ申添ヘテ置キタイノデアリマス、
ソレカラ次ニ此第二條ニハ法定陪審ノコトガ規定シテアルノデ、此二條ノ
規定ニ依レバ、常ニ强制的ニ陪審ニ付セネバナラヌヤニ讀メル、而シテ六條
四十一條ヲ見レバ、其陪審ヲ辭スルコトヲ得ルト云フコトニナッテ居ルノデ、
甚ダ首尾一貫セザルガ如キ感アリ、斯ウ云フ御趣旨ノ御質問ト承リマシタ、
元來此陪審法案ニ於キマシテハ先ヅ大體ニ於キマシテ罪ノ刑ノ重キ者ト刑ノ
輕キ者ト、斯ウ云フ二種ノ區別ヲ致シマシテ、最モ重キ所ノ者ハ法律ノ規定
ニ依テ陪審ニ付セネバナラヌト云フコトヲ原則ト致シテ居ルノデアリマス、
又最モ······最モト申シテハ何デアリマスガ、比較的輕キ所ノ者ハ敢テ陪審ニ
付スルノ必要ナシト云フコトヲ一ノ原則トシテ認メテ居ルノデアリマス、而
シテ其中間ニアル所ノ者ニ付テ、所謂被〓人ノ請求ニ依テ陪審ニ付スルト云
フノデアッテ、之ヲ請求陪審ト名付ケテ居ルノデアリマス、ソレガ故ニ法律
ニ現レテ居ル所ハ二種デアリマシテ、陪審ニ付セザルモノヲ規定スル必要ハ
ナイノデアリマスカラ、或ル種類ヲ除クノ外ハ一般的ノ原則トシテハ必要ハ
ナイ、ソコデ元來ガ陪審ノ趣旨ハ被〓人ヲシテ裁判ニ悅服セシムルニアル、
敢テ被〓人ノ望マザルニ拘ラズ、之ヲ陪審ノ評議ニ付スルコトヲ强ユルノ必
要ハナイ、斯ウ云フコトヲ原則トシテ立ッテ居ルノデアリマス、一方ノ理論カ
ラ申シマシタナラバ既ニ陪審ト云フ制度ヲ認メ、法ノ規定ニ依ッテ陪審ニ付
スルト云フコトヲ定メタ以上ハ本人ノ好ムト好マザルトニ拘ラズ、之ヲ陪審
ニ付スルガ當然デアルト云フコトモ一ツノ御議論トハ私ハ思フノデアリマ
ス、併ナガラ若シ被〓人ニシテ陪審ノ評議ニ付セザルコトヲ望ム、即チ付ス
ルコトヲ好マナイ、而シテ自ラ被告人トナッテ居ル、其裁判所ノ裁判官ノ裁判
ニ服スルト云フ意思デアルト云フ場合ニ於テハ、殊更ニ之ニ陪審ノ評議ヲ强
制スル必要ハナイ、被〓人ハ甘ンジテ其裁判ニ服スル、其裁判官ノ裁判ニ服
スルト云フ以上ハ之ヲ强ユル必要ハナイ、斯ウ云フ意味ニ於テ法定陪審ト雖
モ之ヲ辭スルコトヲ得ル、請求陪審ハ其取下ゲルコトヲ得ルト云フコトヲ法
律ニ規定シタノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=23
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024・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 尙ホ伺ヒマス、唯今ノ御說明ハ唯條文ノ說明トシテ
ハ分リマスガ、一體片方デハ法定シ片方デハドウデモ宜イ、サウシテ其二條
ハ此法ノ根本ノ重要ナル點デアル、大層宜シイト云フ道理ハ立タヌヤウニ思
ヒマス、ソレカラ外國ニモ斯ウ云フ制度ガアリマスカ、其點ヲ······尙ホ伺ヒ
マスガ、此法案ハ國民風俗ニ從フコトヲ專ラトスル、所ガ陪審ニ係ル國民風
俗ハ今マデドンナモノガゴザイマスカ、之ヲ御示シ願ヒマス
〔政府委員林賴三郞君演壇ニ登ル〕
〔男爵目賀田種太郞君「議長、私ハ司法大臣ヨリ伺ヒタウ存ジマス、
別ニ餘人ノ御說明ハ要リマセヌ、私ハ不必要ト存ジマス」ト述フ〕
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=24
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025・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答イタシマス、第二條ヨリ第六條及ビ第四十
一條ニ牽聯シテ私ノ御答申上ゲマシタノハ、法文ノ形デ申上ゲタノデハナイ
ノデアリマス、被〓人ガ裁判ニ心服スル、裁判ニ歸服スルサウ云フ目的ヲ
達スレバ宜シイノデ、ソレガ故ニ陪審ノ議ニ付スルコトヲ望マザル場合ニ於
テハ之ニ對シテ、法定陪審デアルカラト云ウテ之ニ陪審ヲ强ユル必要ハナ
イ、併ナガラ本人ガ辭セザレバデス、辭セザレバ第二條ニ揭ゲル所ノモノニ
付テハ陪審ニ付セネバナラヌ、斯ウ云フ意味デアリマス、ソコデ外國ニ例ガ
アルカト云フコトデアリマスガ、私ハ外國ノ陪審法ニ付テ深ク研究イタシテ
居リマセヌケレドモ、陪審ヲ辭スルノ制度ハ英吉利ノ法律ニ於テモ認メラレ
テ居ルヤニ私ハ承ッテ居ルノデ、併シ私自身ガ調ベテ申上ゲル次第デアリマ
セヌカラ、茲ニ斷言スルコトハ少シク躊躇イタシマス、左樣ニ私ハ承ッテ居
ルノデアリマス、ソレカラ第二ノ御尋ハ能ク十分ニ御質問ノ趣旨ヲ私ハ了解
イタシマセナンダガ、重ネテ御尋下サレバ誠ニ仕合セニ存ジマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=25
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026・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 御尋イタシタノハ、此法案ハ國風民俗ニ從ッタモノダ
ト云フ御說明デアリマシタカラ、從來陪審ノ如キモノヲ行ッテ居ッテ、丁度ソ
レガ存在シテ居ル、現在存在シテ居ル國風民俗ガ此法ニ適フノデアルカ、然
ラバドウ云フ國風民俗ガアルカト云フコトヲ伺ッタノデアリマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=26
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027・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 斯ウ云フヤウニ御質問ヲ承ッテ宜シイノデスカ、
此陪審法案ハ我ガ民情ニ適應セシムルヤウニ特別ノ制度ヲ立ッタガ、ソレガ
何レノ點デアッタカト云フ御尋デアリマスカ、斯樣ニ了解シテ宜シウゴザイマ
スカ······是ハ度〓前議會ニ於テ問題ニナリマシタ點ノヤウニ私ハ承知シテ居
ルノデアリマス、ソレハ第一ニ申上ゲタイノハ事實ノ判斷、是ハ裁判ノ一部デ
アル、而シテ裁判所ガ事實ノ判斷ヲナサネバナラヌ、事實ノ判斷ハ裁判所ノ
專權ニ屬シテ居ルノデアル、此點ガ最モ一般ニ外國ノ陪審制度ト稱セラルル
所ノモノガ根本的ニ異フテ居ル所デアリマス、事實ノ判斷ハ陪審員ノ決スル所
ニ從ッテ裁判所ヲ拘束シテコソ陪審制度ト云ハルルト云フ御議論モ度〓承ッテ
居ルノデアリマス、併ナガラ其陪審員ノ評決ガ決スル所ガ裁判所ヲ拘束スル
ト云フ力ヲ有タシメテハ場合ニ依テ適正ナル裁判ヲ得ルコトガ期シ難イ場合
ガアルノデアル、ソレガ故ニ裁判所ヲ拘束セシムルハ宜シクナイ、憲法上ノ
コトハ午前ニ若槻君ノ御質問ニ對シテ御答シタ積リデアリマスカラ、重ネテ
申上ゲマセヌガ、實質カラ見マシテモ拘束力ヲ生ジナイ、ト云フコトガ此陪
審法ノ一ツノ大イナル特色デアルト申上ゲテ宜シイノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=27
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028・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 尙ホ引續イテ質問イタシマスガ、第三章ニ「陪審手
續」ト云フモノガアリマス、即チ章ヲ揭ゲテ「陪審手續」ト云ウテアル、其
章ノ第一節ハ「公判準備」ト云フノデアリマス、即チ三十五條ヨリ五十九條
カニ至リマス、隨分此中ニハ重要ナル規定ガアル、公判準備ト云ヒマスガ、
裁判官ガ決定ヲナス條文モ見エテ居ル、且ツ又是ハ別段ノ御尋トシテ、アトデ
伺ヒマスガ、玆ニ引イテ例ヲ申上ゲマスト、第五十一條ニハ「公判準備中陪審
ノ評議ニ付スヘカラサル事由生シタルトキハ通常ノ手續ニ從ヒ審判ヲ爲スヘ
シ」、即チ一般司法裁判ヲ與ヘルノデアリマス、所ガ陪審ノ評議ニ付スベカラ
ザル事由ガ生ジタト云フコトハ如何ナル性質ノモノカ、如何ナル範圍ノモノ
カ、其時ニ於テ定マルデゴザイマセウ、今伺ヒマシテモ詮ナイヤウデゴザイ
マスガ、之ヲ法律的ニ見マスト評議ニ付スベカラズト公判準備判事ガ思ウテ
玉、ソレガ或ハ評議ニ付スベキモノデアルカモ知レナイ、或ハソレガ被〓人
ノ利益ニナルモノカモ知レナイ、斯ウ云フ場合ハ此決定ノ如キハ被〓人ノ利
害關係ニ於テ如何ナルモノデアルカ、斯ウ云フヤウナ箇條ヲ含ンデ居ッテ、公
判準備ト申シマスト、名ハ準備デアリマスガ矢張リ一ツノ刑事訴訟法ノ手續
ノヤウニ見エマス、又陪審手續ト云フ章ニ這入ッテ居リマスガ、其中ニ包容シ
テ居ル所ハ矢張リ一ツノ司法裁判見タヤウナモノデアル元來公判ト云フコ
トハ是ハ一ツノ公然ノ手續、初メヨリ仕舞ヒマデズット一貫シタル手續、之ニ
關シテ準備ト云フコトハ生ゼヌ譯デアル、併ナガラ必ズサウハ參ラヌノデ、
刑事訴訟法ニ於キマシテハ、三百二十條以下二十八條、······八條バカリ公判準
備ニ關スル條文ガアリマス、併ナガラ是ハ全ク手續ノ條文デアッテ、言ハバ
「プロセデユワー」ノ最初ノ順序ヲ立テル爲ニ設ケタノデアッテ、玆ニ此法案ニ
アル公判準備ハ大分違ッタモノデアル、刑事訴訟法ニ依ルモノハ成程輕イモノ
デ、是ハ公判ノ一部ト認メテ宜イモノデアル、所ガ此第三章ニ擧ゲタルモ
ノハ、全ク手續トモ見エヌヤウデアリマス、其中ニ付テ一ツ私ノ疑ヒヲ生ジ
テ居リマスルモノハ、四十條ニ於テ其三項ニ於テ公判準備期日ニ於ケル取調
ハ之ヲ公行セヌ、普通ノ刑事訴訟法ノ八條中ニハ、斯ノ如ク之ヲ公行セズナ
ドト云フコトハ擧ゲテナイ、殊ニ公判ニ付テハ之ヲ公行セズ、サウシテ公判
準備ト云フ、所ガ憲法ヲ見ルト五十九條ニハ「裁判ノ對審判決ハ之ヲ公開ス但
シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ
以テ對審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得」、此五十九條ノ規定デ其目的ハ決マッテ居
ル、公判準備ノ爲ニ法律ニ依テ裁判ノ公行ヲセズト云フコトハ含ンデ居ラ
ヌ、是ハ其原因ハ安寧秩序風俗ヲ害スルヤウナ時ハ、其法律ニ依リ又ハ裁判
所ノ決議ヲ以テ公開ヲ停メル、憲法ノ規定ハ何處マデモ徹頭徹尾公開ニ關ス
ルコトデアル、未ダ曾テ憲法上此手續法律ハ存在シテ居ラヌ、是ハコヽハ明
ニ公判準備デアル、所謂公判ノ一部デアッテ、即チ憲法第五十九條ノ裁判ヲ受
ケルコトノ範圍デアッテ、其四十條ニ公行セズトアリマスガ、是ハドウ云フ
意義ノモノデアリマスカ、一應伺ヒマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=28
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029・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答ヲ申上ゲマス、本案ノ五十一條ニ於キマシ
テ、「公判準備中陪審ノ評議ニ付スヘカラサル事由生シタルトキハ」トアル、
此意義ニ付テ特ニ御尋ネニナッタノデハナカラウトハ存ジマスルケレドモ、何
カ御疑ヒガアルヤニモ受取リマシタカラ、茲ニ御答ヘ申上ゲマスガ、是ハ先
刻御尋ネニナリマシタヤウニ、法定陪審ニ付テ陪審ヲ辭スル、請求陪審ニ付
キ請求ヲ取下ゲルト云フコトニナリマスレバ、即チ陪審ノ評議ニ付スベカラ
ザル事由ノ生ジタル場合デアリマス、依テ普通ノ手續ニ從ハナケレバナラヌ、
斯ウ云フコトヲ五十一條ニ規定シテ居ルノデアリマス、ソレカラ此公判準備
ニ於テ色〓裁判所ガ決定ヲスルト云フヤウナ事柄ガアルガ、憲法ノ五十九條
ニ「裁判ノ對審判決ハ之ヲ公開ス」トアル、然ルニ此案ノ四十一條ニハ······四
十條ノ末項ニハ「公判準備期日ニ於ケル取調ハ之ヲ公行セス」トアル、此公行
セヌト云フコトハ憲法ノ但書ニ依ル場合デアルカドウカ、安寧秩序又ハ風俗
ヲ害スル虞アリト云フ場合ニ當ルノカドウカ、斯ウ云フ御尋ネデアリマス、
元來此公判準備手續ト云フモノハ、申スマデモナク準備ヲ致スノデアリマス、
即チ公判ノ爲ニ準備ヲ致スニ過ギナイノデアリマス、公判ノ爲ニスル準備手
續ニ過ギヌノデアリマシテ、
〔副議長侯爵黑田長成君議長席ニ著ク〕
公判ガ開カレテ始メテ玆ニ直接審議ノ原則ニ從ッテ、所謂事案ノ審査ヲ致スノ
デアリマス、是ガ即チ判決ノ基礎トナル所ノモノデアルノデアリマス、公判
準備手續ナルモノハ、單ニ其公判ノ爲ニスル手續上ノ準備ニ過ギナイノデア
リマス、固ヨリ其手續中ニ於キマシテ、裁判所ガ判斷ヲセネバナラヌヤウナ
場合ハ起リマス、ソレガ故ニ各〓ソコニ規定ハシテアリマスケレドモ、判決
ノ基礎トナル所ノ審議デハナイノデアリマス、判決ノ基礎トナルモノハ、其陪
審法案ノ定ムル所ニ依テ直接審議ノ原則ニ從ッテ公判ヲ行フノデアリマスカ
ラ、其時ニ判決ノ基礎ガ定マルノデアル、而シテ憲法ニ言フ所ノ對審判決ハ
之ヲ公開スト云フ、此對審ト云フノハ、即チ判決ノ基礎トナル所ノ審議ヲ云
フノデアッテ、此法案ニ付テ云ヘバ、公判ハドコマデモ公開セネバナラヌノ
デアリマスルケレドモ、其公判ノ爲ニスル所ノ準備手續ニ過ギザルモノハ、
是ハ公開スルノ必要ハナイ、所謂憲法ニ言フ所ノ對審ニアラズ、ト斯ノ如ク
ニ解釋ヲ致シテ居ルノデアリマスカラ、本文ニ依テヤルノデアリマシテ、但
書ニ依ルノデハナイノデアリマス、而シテ實質カラ申セバ、法律論ハサウデ
アリマスガ、實質論カラ申シマシタナラバ、此手續ハ眞ニ審議ノ準備ヲ爲ス
ニ止マルモノデアリマスカラ、申サバ懇談的トデモ言ヒマスカ、善ク言ヘバ
膝ヲ突合シテ事件ノ準備ヲ爲スニ過ギナイ所ノモノデアリマスカラ、是ハ公
開セザル方ガ却テ利益デアル、斯ノ如クニ政府ハ考ヘマシタ、茲ニ四十條ノ
規定ヲ設ケタ次第デアリマス、左樣ニ御了承ヲ願ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=29
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030・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 唯今私ハ憲法ノ五十九條ニ付テ何モ伺ハヌノデアリ
やっゝソレハ此條文ニチヤント明デアリマシテ、裁判ノ公開ヲ爲サヾル場合
ハチヤント條文ニ書イテアル、何ノ疑ヒモナイ、之ニ對シテ私ハ御尋ネシタ
ノデハナイ、斯ウ云フコトデアル、即チ絕對ニ裁判ハ公開セムケレバナラヌ
モノデアルガ、然ルニ公開セズ、四十條ニアルモノハ如何ト云フコトヲ伺ッタ
ノデアリマス、無論準備ト云フコトハ仕度デアル、所謂順序ヲ立テル、其事
ハ私モ承知イタシテ居ル、ソレデアルカラ刑事訴訟法ニ於ケル如ク、即チ三
百二十條ノ······「公判準備······」、「裁判長ハ公判期日ヲ定ムヘシ」、皆サウ云
フ順序ヲ云フノデアリマス······
〔議長公爵德川家達君議長席ニ復ス〕
ソレデアレバ如何ニモ公判準備デアル、何デモナイ、矢張リ公判ノ一部デア
ル、サウシテ是ニハ何ニモナイノデアリマス、公行セズト云フコトハ、矢張リ
私ハ之ヲ公行スルデアラウト思フ、何トモ書イテナイ、所ガ是ハ準備デハナ
イヤウニ私ハ思フ、種々ノ決定事項ヲ包含スルモノデアッテ、サウシテ公行セ
ズト云フカラ、私ノ質問ノ趣意ハ矢張リ憲法五十九條ニ反對シテ居ラヌカト
云フ疑ヲ有ッテ居ルカラ伺ッタノデアリマス、ソレハ何デアルカ、此中ニ逐條
ニ付テ單一ナル準備デナイト云フコトハ一々御質問ヲ申上ゲテ宜イ譯デアル
ガ、餘リ煩瑣デアリマスノデ、此事ハ差控ヘテ居ルノデアリマス、併ナガラ
例ヘバ五十二條ノ被〓人ハ公判準備期日ニ管轄違ノ申立ヲ爲スコトガ出來
ル、是ハナカナカ準備問題デナイト思フ、最モ重要ナル法律上ク問題ト思フ、
管轄違ノ問題ニナッタナラバ是ハ隨分必要ナモノデアル、斯ウ云フモノハ先ヅ
單一ノ準備デナイノデアル、私ハサウ思ヒマス、併シ右樣ナルコトヲ斯ク申
上ゲマスルト餘リニ混雜イタシマスルカラ是ハ申シマセヌ、ソレデ唯今ノ
司法大臣ノ御說明デハ少々閉口イタシマスカラ、サウ爺サン婆サンノヤウニ
相談ヅクデヤルト云フ裁判所ハナイト思ヒマス、御話ノヤウニ參ラヌト思フ、
併シソレガ出來ルナラバ誠ニ結構······トコロガデス、今一ツ伺ヒタイコトハ
「犯罪構成事實ヲ肯定スルニハ陪審員ノ過半數ノ意見ニ依ルコトヲ要ス」是
ハナゼ全部ガ一致······全會一致ノ意見ヲ採ラレヌノデアルカ、之ヲ伺ヒタウ
存ジマヌ、ソレカラ八十五條ニハ陪審員第八十三條第一項ノ規定、八十四條
ノ規定ニ違反シタル場合ガアル、ソレハ何デアルカト云フト裁判長ガ許可ヲ
與ヘレバ其人ハ評議室ヲ出ルコトガ出來ル、又答申前ニ陪審員ヲ裁判所カラ
退出セシムルトキニ裁判長ガソレヲ許スヤウナコトガアルカラ、自然第八十
三條第一項ノ規定ニ反スル場合ガアル、ナゼ退出ト云フコトヲ許スノデアル
カ、是ハ絕對ニ許サヌト云フ法ノ趣旨デアラウト思フ、ソレハ如何デアリマ
スカ
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=30
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031・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答ヲ申上ゲマス、第一ハ本案ノ五十二條、管
轄違ノ申立ト云フコトデアリマス、ソレハ目賀田男爵モ御承知ノ通リ、今日
ニ於キマシテ豫審ニ於テモ矢張リ管轄違ノ申立ヲ爲スコトヲ得ルコトニナツ
テ居ルノデアリマス、決シテ輕イ問題トハ申上ゲマセヌ、重イ問題ニハ相違
ナイノデアリマスルガ、正當ニ此事件ノ審理モ進ンデ行クカ行カヌカト云フ
問題デアリマスカラ、事柄ハ輕クハアリマセヌガ、其事件ノ審理ニ必要ナル
所ノ準備ノ手續ニ過ギナイノデアリマス、ソレガ故ニ此五十二條ノ規定ヲ設
ケタノデアリマス、ソレカラ九十一條ノ······次ハ九十一條ニ「犯罪構成事實ヲ
肯定スルニハ陪審員ノ過半數ノ意見ニ依ルコトヲ要ス」、ナゼ全員ノ一致ニセ
ヌカ、斯ウ云フ御尋······全員一致ニスルト云フコトモ一ツノ議論デアリマセ
ウ、又三分ノ二トカ五分ノ四ノ多數デナキヤナラヌト云フコトモ一ツノ議論
デアリマセウ、併ナガラ大體ニ於キマシテ多數ガ會議ヲ致シマスル場合ニ於
テハ、過半數ノ意見ニ依ルト云フノガマア一般ノ通則ト私ハ申シテ宜カラウ
ト思フノデアリマス、况ヤ度〓申上ゲマス通リニ、是ガ絕對ノ決定力ヲ以テ裁
判所ヲ拘束スルト云フ意味ヲ有タザルニ於テハ、必ズシモ今ノ全員ノ一致デ
ナケレハナラヌト云フコトヲ規定スルノ必要ガナイノデアリマス、ソレカラ
次ハ八十三條デス、陪審員ハ評議ヲ終ラザル間ハ他人ト交通スルコトヲ得ナ
イコトニスルノハ固ヨリ必要デアルノデアリマス、併ナガラ絕對的ニ之ヲ禁
シテ仕舞フト云フコトガ、果シテ事實ニ行ハルルデアリマセウカドウデアリ
セウカ、事件ノ審理ニ或ハ評議ニ影響ヲ來タスヤウナ虞レガナイ場合ニ於
テ、裁判長ガ許可シタナラバ交通スルノモ亦差支ナイ、例ヘバ急用ガアッテ家
族ノ者ガ家事ノコトヲ言ヒニ來タ、ソレデモ陪審員デアル以上ハ一切面會ハ
サセヌ、或ハ急ノ手紙ヲ持ッテ來テ其手紙ヲ受取ルコトモ許サヌ、サウ云フコ
トハモウ事實ニ行ハレナイノデアリマシテ、而カモ陪審員トシテモ甚ダ迷惑
ナコトデアリマス、事ニ害ノナイ限リハ一々裁判長ガ許可シタナラバ差支ナ
イ、斯ウ云フ規定ノ趣旨デアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=31
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032・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 七十八條ニ「裁判長ノ說示ニ對シテハ異議ヲ申立ツ
ルコトヲ得ス」、誰ガ異議ヲ申立ツルノデアリマスカ、大抵ハ察シテハ居リマ
スガ、法文トシテハ何ダカ不完全ニ思ヒマスルガ如何デアリマスカ
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=32
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033・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 第七十八條ニ於キマシテハ、前條即チ第七十七
條ト牽運ヲシテ申上ゲルノガ適當デアラウト思フノデアリマス、裁判長ノ說
示スベキ事柄ハ、法律ニ、即チ七十七條ニ限定シテアルノデアリマス、ソレ
ガ爲ニ裁判長ハ其說示ヲ誤ルコトハ蓋シナカラウ、併ナガラ其說示ヲ聞イテ
居ル所ノ被〓人ナリ、辯護人ナリ其說示ニ對シテ議論ヲ爲スコトヲ許シタナ
ラバ、是ハ殆ド際限ノナイコトニナルノデアリマスカラ、若シ法律違反ノコ
トヲ裁判長ガヤリマシタナラバ、即チ上〓ノ理由ニナルノデアリマス、依ッテ
此事件ノ終了ヲ便宜ニスルトカ、一方ニハ裁判長ガ法律ニ規定スル所ノ趣旨
ヲ誤ルコトハ蓋シナカラウ、限定ヲセラレテ居ルノデアルカラ適用ヲ誤ルコ
トハナカラウト、斯ウ云フ意味ニ於キマシテ、第七十八條ヲ設ケタノデアリ
マス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=33
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034・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 私ハ意味ヲ伺ッタノデハナイ、法文トシテハ甚ダ不
分明ト思ヒマス、誰ガ申立ツルト云フコトハ條文ニナイ、凡ソ斯ノ如キ法文
ハ滅多ニアリマセヌカラ伺ヒマシタ、唯今是ハ分ル、七十七條ガ前ニアリマス
カラ、ソレガ若シ事情ガ新シクナル、改正ニナッタナラバ此條ハサッパリ意味
ヲナサヌ、ソレ故ニ伺ッタノデアリマス、詰リ是ハ不完全ト思ヒマス、別
更ニ伺フコトモナイヤウデアリマス、ソレカラ今一ツ伺ヒタイノハ、唯〓モ
丁度七十八條ノ場合、裁判長ガ說示ヲスル、ソレモ證據ノ採用ニ付イテドウ云
フ證據ハドウ云フ事實ヲ立證シ、ドウ云フ證據ハドウ云フ事實ヲ否認スルト
云フコトニ付テ裁判長ガ適法ナリ又適當ノ說示ヲ致ス、所ガ若シ陪審員ハ又
其說示ノ趣意ニ違ッテ其證據ノ適用、證據ノ採用方ヲ誤リマシタル時ニハ、是
ハ法律的ノ問題ト思ヒマルガ、斯ノ如キ事ハ七十八條ニナイヤウデアリマス
ガ、如何デアリマス、
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=34
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035・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答イタシマス、陪審員ニ說示イタシマスルニ
付キマシテハ先刻モ申上ゲマシタ通リ、第七十七條ノ規定ニ於テ其限界ガ明
カニ規定セラレテ居ルノデアリマス、私ノ聞キ違ヒカハ存ジマセヌガ、證據
ノ信否ニ付テ說示ヲスルガ如キ御話シノヤウニ承リマシタケレドモ、是ハ左
樣デアリマセヌ、七十七條ノ但書ニ於キマシテ證據ノ信否ニ付テハ意見ヲ表
示スルコトヲ得ズト云フコトヲ明カニ申シテ居ルノデアリマス、ソレガ故ニ
此證據ガ信ズベキモノデアル、此證據ハ信ズベカラザルモノデアルト云フコ
トハ裁判長ハ申シマセヌノデアリマスカラ、從ツテ陪審員ガ表示ヲナスニ當
ッテ其說示ニ反スルトカ、反セヌトカ云フコトハ有リ得ナイコトデアリマス、
而シテ先刻申シ殘シマシタケレドモ、說示ガ法律ニ違反スル場合ニ於テ、上
告ノ理由ニナルト申シマスノハ百四條ノ五號デアリマス、「裁判長ノ說示法
律ニ違反シタルトキ」、是ハ一言補ッテ置クノデアリマス、ソコデ陪審員ハド
ウ云フ答ヲスルノデアルカト申セバ、何時デモ然リ或ハ然ラズト云フ答ヲナ
スノデ、簡單ニ其答申ダケヲスルノデアリマスカラ、如何ナル評議ノ內容ノ
モノデアッタト云フコトハ、是ハ裁判所ノ知ル所デハナイノデアリマス、從ッテ
其裁判ヲ然リ又ハ然ラズト云フ文言ヲ以テ答申ヲナスニ當リマシテハ、ドウ
云フ證據ニ依テサウ見タカ、ドウ云フコトデ評議ガサウ纒ッタノデアルカト云
フコトハ、裁判所ノ知ル所ニ非ズ、從ツテソレガ上告ノ理由ニナルトカナラ
ヌトカ云フコトハ決シテナイノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=35
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036・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 唯今擧ゲマシタ例ノ如キハ司法大臣ノ御說明ニ依ル
、、百四條第五ニ這入ル問題ト云フ御答ヲ得タ、先ヅサウト致シマシテ、尙
ホ伺ヒタウゴザイマスガ、餘リ煩シウゴザイマスカラ······ソレカラ百一條ノ
場合ハ控訴ヲナスコトヲ得ズトアリマス、此事ハ段々外國ノ例ヲ調べマスト
矢張リ控訴ヲ許ス國モアルヤウデアリマス、昨年モ伺ヒマシタガ、何カ御取
調ベガゴザイマスレバ拜聽イタシタイ
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=36
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037・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答イタシマスルガ、昨年同樣ナ御質問ヲ目賀
田男爵ガナサレマシテ之ニ對シテ政府委員ハ英吉利ノ外ニ控訴ヲ認メテ居ル
所ハナイ、英吉利ノ最近ト申シテハ何カ知レマセヌガ、千九百〇七年ノ條例
ニ依テ刑事裁判ニ付イテ控訴ヲ認メタト云フコトヲ申上ゲテ居リマス、是ハ
相當ニ調ベタ結果ヲ申上ゲマシタ、唯今私ハ外國ノ法律ヲ一々承知イタシマ
セヌガ、其専門家ノ說ヲ聞キマスレバ、英吉利ノ外ニハ控訴ヲ認メテ居ル國
ハナイサウデアリマスカラ、左樣ニ御答ヲ申上ゲマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=37
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038・目賀田種太郎
○男爵目賀田種太郞君 種々ゴサイマスケレドモ餘リニ煩瑣ニ失シマスカラ
是デ措キマス
〔山脇玄君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=38
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039・山脇玄
○山脇玄君 私ハ昨年此法案ガ本院ニ提出サレタ場合ニ質問ヲ致シマシタ、
其時ノコトトマア多少重複イタスカモ知レマセヌガ、成ベク別ナ方面カラ政
府ノ御意見ヲ伺ヒタイ、本日モ旣ニ若槻君ガ憲法論ヨリ種々實際論ニ至ルマ
デ細カク詳細ニ御質問ニナリマシテ、政府ノ答辯モアリマシタカラ、私ハ實ハ
モウ引込ンデ別ニ質問イタサヌデ濟ムカモ知レマセヌガ、併シ政府ノ答辯ガ
如何ニモ不得要領デ、ドウシテモモウ一言私ガ蛇足ヲ加ヘテ政府ノ御意見ヲ
マア伺ッテ見タイ點ガアルノデ、是モ併ナガラ確ニ要領ヲ得ルカドウカ分リ
マセヌケレドモ、ドウモ私ノ良心ガ許シマセヌカラ暫ク御容赦ヲ願ヒタイ、
本案ハ形式カラ見マシテモ、實質上カラ考ヘテモ、憲法違反デアルコトハ私ハ
疑ナイト思フ、憲法違反デアル、若シ此陪審法案ガ······陪審ガ效用ヲ致スト
云フナラバ、ドウシテモドノ樣ニ辯解ヲシテモ、憲法違反ハ免レナイト思フ、
其ノ事ニ付イテ先刻若槻君モ申シマシタガ、憲法起草ノ任ニ當ッタ故井上子
爵、其當時丁度法制局長官デアリマシタ、私ハ參事官デ憲法起草ヲナサルニ
付テハ獨逸ノ國法學者「ロエスレル」ト云フ人ガ居リマシテ、私ハ數囘往復
シテ質疑ヲ取次イダモノデアリマス、井上子爵ノ御考ハモウ私ナドハ豫テ
承ッテ居ルコトモアルノデアリマス、ソレハ丁度今若槻君ガ言ハレタヤウニ陪
審ノ制採ルベカラザルコトニ五點程アルト云フテ、其點ヲ詳シク說明シテ居
ルノデアリマス、ソレハ井上子爵ノ遺稿ニ載ッテ居ル、梧蔭存稿ト云フモノデ
井上子爵ノ書カレタモノニ載ッテ居ルノデアリマス、私ハ其本ヨリモ數囘憲
法起草ノ爲ニ獨逸人トノ取次ヲ致シマシタカラ、大抵先生ノ精神ハ能ク知ッ
テ居ル、先生ハ陪審ノ制度ハ其當時カラ採ッテハナラヌト云フ意見デ、其重ナ
理由ハチヨット數ヘテ五ツ程アルガ、ソレヲ申シテ見マスト云フト、陪審裁
判ハ國民ヲ司法ニ與ラシメテ裁判ノ威信ヲ厚クスルト云フケレドモ、十二人
位ノ陪審官ガ出テ、是ガ果シテ國民ノ代表ト言ハレルカ否ヤト云フコトガ重
ナ理由ニナッテ居ル、今一ツハ陪審制度ヲ設ケルト云フト重罪ニ輕クナッテ輕
罪ニハ案外輕クナラヌ、重クナルトハ申シマセヌガ······其通リデアッテ、重罪
ハ割合ニ感情ニ制セラレテ輕イ刑ヲ課スルケレドモ、輕罪ニハ割合ニ重イ刑
ヲ課スルト云フコトモ一ツノ理由ニ數ヘテ居ラレタ、ソレカラ今一ツニハ是
モ私ハ相當ノ理由ガアルト思フノデスガ、此立憲政體ニナッテ中央ノ政治ニ
民衆ヲ參與セシメルト云フコトハ、是ハ大イニ理由ガ有ルガ、其理由ヲ以テ一
體司法ニ民衆ヲ參與セシメルト云フコトノ理由ガ、何處カラ出ルダラウト云
フヤウナコトモ一ツニ數ヘテ居ル、井上子爵ハ當時カラ陪審制度ハ殊更採ッテ
ハナラナイト云フ說デアッタコトヲ、チヨット附加ヘテ申上ゲテ御參考ニシテ
置キタイト思フ、元來カラ申シマスト云フト、貴族院ハ昨年本案ガ本院ニ提出
サレタ時分ニ憲法違反一點張リニ、實ハ此根本問題ヲ解決セニヤナラナンダ
筈デアッタト私ハ考ヘルノデアル、是ガ最モ根本問題デ、アトノコトハ幾ラモ
アルガ枝葉問題デアル、陪審ト云フ制度ハ、司法大臣ガ主張サレルヤウニ陪
審制度ノ性質上ノ效能ヲ現サウトスレバ憲法違反ニナル、憲法違反ニナラヌ
ヤウニスレバ陪審制度ト云フモノハ效ヲ爲サナイ、骨拔陪審ニナルト云フコ
トハ明カナ話デアル、昨年貴族院ハ根本問題ヲ解決スレバ宜カッタ、又之ヲ解
決シナケレバナラナカッタ筈デアルノニ、政府委員ガ如何ニモ巧妙ナ說明デ
我〓ヲ「チヤーム」シタ、我〓ヲバカシタ、如何ニモ說明ガ巧妙ナノデ我〓ハ
化サレタ、ソレデアルカラ又此議會ニ提出スルヤウニナッタノダカラ、ドウモ
仕方ガナイ、根本問題ハ先ヅ大ニスルト云フ譯デモナイケレドモ、其他ノ理
由ニ付テモ、我〓ガ〓究セナケレバナラヌ道行ニナッテ來タノデアリマス、法
案ノ理由書ニハ「人文ノ發達國運ノ進步ニ鑑ミ刑事事件ニ付陪審ノ制ヲ樹テ
司法制度ノ完備ヲ圖ルハ最モ時宜ニ適スルモノト認ム」トアル、ケレドモ是
ハ唯漠然トシタ理由デアッテ、ドウ云フ點ニ付テ、陪審ノ制度ヲ採用スベキカ
ト云フ實質ノ理由ハ一向示サレテナイ、先刻若槻君ガ即チ此根本ノ問題ヲ御
尋ニナッタガ、ドウモ其要領ヲ得テ居ラヌ、或ハ理想論ノ方ニ話ガ向クカト思
フト又實際論ノ方ニ話ガ向ク、ドウモ根本ノ理由ト云フモノハ私ニハ分ラナ
1、サレド從來此陪審採用論者ノ主張スル······陪審制度ヲ主張スルト申シマ
シテモ、司法省ナドガ申サレルヤウニ、國民ノ多數ガ此陪審制度ノ採用ヲ主
張スルト云フコトハ私共聞イタコトハナイ、又新聞雜誌等デモ一向讀ンダコ
トガナイ、ノミナラズ世道人心ヲ誘發スル任ニ當ル所ノ新聞ガドウデス、此
大切ナル法案ガ昨年以來出テ居ルノニ議員ノ論ヲ報道シタモノハアルガ、自
分ノ論說トシテ論ジタモノヲ見タコトハアリマセヌ、サウ云フヤウニ國民ハ
冷淡デアル、唯〓心ナモノハ法曹界デアル、辯護士社會デアル、私モ其コトハ
能ク知ッテ居ル、辯護士社會ハ裁判ニ自分ガ干與シテ居ルモノダカラ、例ノ人
權蹂躪トカ裁判官ノ沒常識トカ喧シク言フノハ辯護士ニ限ッテ居ル、國民ハ
決シテ趣味ヲ持ッテ居ラメ、新聞デスラ之ニ興味ヲ持ッテ居ラヌ、私共ニ言ハセ
ルト怪シカラヌ話デアル、昨年カラ餘裕ガアルノニ國民ガ希望スルナラバ此
案ハ斯ウ云フ風ニシナケレバナラヌトカ、アア云フ風ニシナケレバナラヌト
カ、又或ハ此財政逼迫ノ際ニ斯ウ云フ制度ヲ設ケテ費用ヲ掛ケルノハ何事ダ
トカ云フヤウニ、精々論ジテ呉レナケレバナラヌノニ、一向私共ハ論ジテ居ラ
ヌト思フ、ソレデ辯護士社會ノ主張スル所ハ一口ニ申スト民意ノ參加シナイ
裁判ニハ人民ハ信賴ノ念ヲ持チ得ナイ、旣ニ立法上人民ノ參與ヲ認メ、地方
行政ニモ自治ヲ許ス以上ハ、司法ニモ亦人民ノ參與ヲ許シテ、立憲政體ノ發
達完成ヲ期シナケレバナラヌト云フノガ其要點デアル、是ハ即チ政府委員、
司法大臣モ理由トシテ御主張ニナッテ居ルヤウデアリマス、其通リデアリマ
ス、法案ノ理由ハ甚ダ明瞭ヲ缺イテ居ル、サレド政府委員ノ······チヨット申
上ゲテ置キマスガ、政府委員ノ說明ト私ガ今申シマスノハ、今議會ノデハナ
1、前議會ニ於ケル政府委員ノ說明ト云フコトニナルノデスカラ、其事ヲチ
ヨット申シテ置キマス、······此政府委員ノ說明ニ依リマスト、陪審採用論者ノ
主張ト大シタ差ハナイモノデアル、詰リ此人民ノ司法參加ヲ認メ、之ニ依テ
司法ニ對スル國民ノ信賴ヲ厚カラシメムトスルニアル、尙ホ深クー立入ッテ陪
審採用論者ノ眞意ヲ測度スルト······測ッテ見ルト、現行司法制度ニ存スル缺陷
ヲ此陪審制度ニ依テ除カムトスルモノデアル、是ハ即チ陪審採用論者ノ主張
ハ、根本ノ目的ハ司法制度ニ存スル缺陷ヲ此陪審制度ニ依テ除カムトスルノ
デアル、然ルニ司法制度ノ缺陷ニ付テハ貴衆兩院ニ於ケル政府委員ノ說明ハ、
矛盾撞著支離滅裂、殆ド我〓ヲシテ其歸結點ヲ知ルニ苦マシメル、甚ダシイノ
ニナルト、同ジ政府委員ガ貴族院ニ於テ答ヘテ居ルノト、衆議院ニ於テ答ヘ
テ居ルノト、マルデ矛盾シテ居ル、一例ヲ擧ゲルト云フト、本案ノ制度ハ理想
論ニ依ルノカト云フト、サウデハナイ、今日ノ司法制度ニ缺陷ガアルカラ之
ヲ直ス爲ニ出スノデアル、又一方ニ來テハ司法制度ノ缺陷ハ認メマセヌト云
フヤウニ、同ジ政府委員ガ斯ウ云ウテ居ル、我〓ハ困ッテ仕舞フ、司法制度ニ
缺陷ガアルヤ否ヤト云フ問題ニ付テハ、政府委員ノ說明ノ意思ハ何處ニアル
カ、全ク分ラナクテ濟ンデ仕舞ッタノデアル、昨年ハ······デ申上ゲルマデモナ
ク近世ノ國家ハ立憲法治制ヲ採用シテ居ルノデアル、國家ハ國民ニ依テ成
立ツガ故ニ、國民ハ國家ヲ支持シ、國家機關ヲ運轉スルト云フ義務ガアルノ
デアル、此趣意カラ云フト個人ノ自覺ニ從ツテ廣ク民衆ニ之ヲ許スベキハ固
ヨリ當然デアル、我國ニ於テモ既ニ五箇條ノ御誓文ニ此趣意ハ明言サレテア
ルハ申スマデモナイ、然ルニ情ナイコトニ我國ニハ未ダ立法上ニ立ツ民衆ノ
參政スラ拒マレテ居ルデハアリマセヌカ、立法上ニサヘ普通選擧ヲ許サヌト
云フヤウナ有樣デアル、現在ニ於ケル議會ノ行動ニ見マシテモ、果シテ豫期
ノ效果ヲ、有終ノ美ヲ收メ得ルデアラウカ、頗ル疑ハシイ、將來トシテモ甚ダ
覺束ナイ、地方自治ニ至ッテハ尙更ノコト、其基礎鞏固ナラズ、財力豐富ナラ
ズ、動モスレバ政黨ノ情弊之ニ加ハッテ言フニ言ハレヌ醜體ヲ現ハシテ居ル
現狀デアッテ見レバ、將來ノ發展甚ダ疑ハシイモウ旣ニ中央ノ立憲制度、地
方ノ自治制度ガ是カラ後、堅實ニ發達シテ行クヤドウカト云フコトモ我國ニ
於テハ疑ハシイノデアル、ソレヲ理由ニシテ司法制度ニモ矢張リ加ヘナケレ
バナラヌト云フコトニハ、私ノドウモ賛成スルコトノ出來ナイノハソレナン
デス、中央ノ議會、地方ノ自治デサヘモ今日アナタ方見テ御覽ナサイ、是デ健
全ニ發達シテ行クト云フ見込ガ立ツカドウカ甚ダ疑ハシイノデアル、之ニ加
フルニ今ヤ諸般ノ制度ニ於テモ、他ノ事業ノ上ニ科學的分業ノ行ハレツツア
ルト同時ニ、科學的分業ガ行ハレテ居ルト同ジヤウニ、科學的研究ニ依テ益〓
進化發展ヲ圖ラムトスル最中デアル、科學的ノ分業ニ依テ總テノ制度ヲ改造
シテ行カウト云フコトヲ研究シツヽアル最中デアル、然ルニ司法ノ如キ、司法
ノヤウナ立法行政ニ比べテ見ルト最モ緻密ナ科學的分業ヲ要スル制度ニ於
テ、唯普通人ノ常識ニ重キヲ置イテ事ヲ判斷セムトハドウデアリマセウ、殊
ニ刑事裁判ト云フコトニナリマスト云フト、今ヤ將ニ伊太利學派、伊太利學派
ノ科學的改造論ガ世界ヲ風靡セムトシツヽアルノデアリマス、伊太利ノ「ロ
ンブロゾー」學派ノ科學的改造論ハ、刑事裁判ニ付テハ盛ンニ今世界ヲ風靡
よ
シツヽアルノデアル、事實認定其モノガ法律ノ適用ヨリモ一層專門的ナル知
識ト技能トヲ要ストナスノデアル、其改造論者ノ論ハ事實認定其モノガ法
律ノ適用ヨリハ一層専門的ノ知識ト技能トヲ要ストナスノデアル、普通人ノ
判斷ヲ基礎トスルヨリ科學的判斷ヲ標準トシヤウトスルノガ近世ノ趨勢デア
ル、更ニ科學的ノ或ル制度ニ變ヘムトスルノガ今日ノ趨勢デアル、先刻司法
大臣ト思ヒマスルガ、色〓歐羅巴ニモ弊害ノ論者ガアルケレドモ、陪審制度
ヲ廢止スル論者ハナイト仰シヤル、此處ニ論ヲシテ居ルノガアル、伊太利學派
ナルモノガ論ヲシテ居ル、科學的ノ或ル制度ニ變ヘムトシテ〓究シテ居ル、
陪審制度ヲ廢シテ科學的ノ或制度ニ變ヘムトシテ今頻リニ〓究シテ居ル最中
デアル、詰リ犯罪ヤ刑罰ノ現象ハ素人ニ分ルモノデナイト云フコトニナッタ
ノデアル、犯罪刑罰ノ現象ハ素人ニハ分ルモノデナイト云フコトニ即チナッ
テ來タノデアル、第一ニ「ソシヤル」、社會學上ノ知識ガナケレバナラズ、第
一ニ心理學上ノ知識ガナケレバナラヌ、唯普通ノ人ガ常識的ノ判斷デ是ハ惡
イコトデアル、惡イコトデアルカラ重イ刑ヲ課セネバナラヌ、重イ刑ニ處セ
ネバナラヌト云フヤウナ單純ナ思想デハ今日ハイケナイト云フコトニナッチ
マッタ、常識判斷デ御前ハ惡イコトヲシタカラ重イ刑ヲ課スル、是ハ當リ前
ノ常識判斷デ今日ノ刑事學上ノ〓究カラ行クトソレハイケナイト云フコトニ
ナッテ仕舞ッタ、惡イコトデアル、是ハ惡イコトデアル、惡イカラ重イ刑ヲ課
シテヤラウト云フヤウナ單純ナ思想デハ不適當デアルト云フコトニナッテ來
々、必ズヤ社會學、心理學ノ說明スル所、要求スル所ニ依テ之ヲ定メナケレ
バナラヌト云フコトニナッテ來タノデアリマス、時モアラウニ此場合、是等
新思潮ヲ顧ミズ、我ガ國民心理ヲモ鑑ミズ、偏ニ理想論、ドウモ司法委員ノ說
明ニ依ルト理想論ガ主ノヤウデアル、偏ニ理想論、形式論ニ囚ハレテ輕々ニ
新制度ヲ斷行セムトスル如キハ我〓ハ俄ニ賛同スルニ躊躇セズニ居ラレナ
イ、即チ理想論ニ對シテ私ハ疑フ者デアル、主ナル疑ハ今刑事裁判ト云フコ
トニ付テ伊太利學派ノ科學的〓究ガ非常ニ盛ンニナッテ何レノ國ノ學者モ非
常ニ頭ヲ之ニ惱マシテ居ル際デアルカラシテ、此思潮ヲ顧ミズヂヤナ、其思
潮ヲ顧ミズ我國ハ先刻若槻君ノ言ハレタヤウニ、私モ其論デスガ、我國ノ心
理狀態ハ英吉利ノ心理狀態ヨリ佛蘭西ノ心理狀態、即チ感情ニ走リ易イト云
フ心理狀態ヲ有ッテ居ルノダカラ、此新思潮ヲ顧ミズ、我ガ國民心理ヲ考ヘ
ズ、偏ニ理想論、形式論ニ囚ハレテ輕々ニ新制度ヲ斷行スル如キハ、我〓ハ
ソレニ賛同スルノヲ躊躇セズニハドウシテモ居ラナイ、ソレカラ次ニ或ル政
府委員デス、或ル政府委員ガ主張シタ、或ル政府委員ヤ陪審採用論者ノ主張
スル司法制度ノ缺陷ヲ陪審制度ニ依テ除カムトスル論旨ヲ聊カ解剖シテ見ヤ
ウナラバ、第一在野法曹界ニ於テハ主トシテ先刻若槻君ノ言ウタ檢事ノ人權
蹂躪、人權蹂躪ト云フコトヲ非常ニヤカマシク言ッテ居ル、サレド陪審制度
ヲ採用シテ果シテ其情弊ヲ阻止シ得ルデアラウカ、其情弊ヲ矯メルコトガ出
來ルデアラウカ、甚ダ疑ハシイ、ソレト云フノハ本案ノ審理陪審ハ申スマデモ
ナイ、即チ公判ノ陪審、本案ノ審理陪審ダケデハ到底其目的ヲ達シ得ルコト
ハ出來ナイノデアル、檢事ノ人權蹂躪ヲ陪審制度デ矯メヤウト云フノナラバ、
英吉利ノヤウナ起訴陪審、大陪審ヲ以テデナケレバ、ドウシテモ防ゲルモノ
デナイ、陪審制度デ防ガウトシテモ、本案ノ如キ陪審制度デ防ガウトシテモ、
英吉利ノ起訴陪審ヲ持ッテ來ナケレバ防ゲルモノデハナイノデアル、是カラ
先キガ少シ若槻君ヨリハ私ノ理由ガ違フノデアリマスルガ、併シ司法大臣ニ
向ッテ私ガ伺ヒタイノハ此新刑事訴訟法デス、新刑事訴訟法ハ根本的ニ改造
サレテ、現行ノ即チ刑事訴訟法ヲ根本的ニ改正シテ居ルノデアル、改正シテサ
ウシテ現行法ノ不備缺點ガ遺憾ナク十分補修革新サレタノデアル、餘程宜ク
ナッテ居ル、詰リ色〓宜クナッタ點ヲ申上ゲマスルト、少シ煩雜ニナリマスガ、
根本ノ私共ガ見テ宜クナッタト思フ點ハ、詰リ現時ノ搜査手續ガ不完全デア
ッテ、ソレガ何時モ人權蹂躪ノ起リトナッタノデアル、人權蹂躙ヲヤカマシク
言フノハ、檢事ノ搜査手續ニ制限ガ無ク、無闇ニ强制力ヲ行フト云フノガ即
チ本デアッタノデアル、然ルニ其手續ニデス、新刑事訴訟法ハ用意周到ナ制
限ヲ附シテ强制力ヲ振廻ハスコトヲ絕對ニ致サヌコトニシタノデアル、尙ホ
此直接審理論、直接ニ犯人カラ犯罪ニ付テ物ヲ調べル直接審理主義、直接審理
主義ニ改メテ、豫審ト云フモノハ唯公判ノ準備手續ニ過ギナイコトニナッタノ
デアル、今度ノ新刑事訴訟法ハ直接ノ審理主義ヲ行フモノデアルモノダカ
う、豫審ト云フモノハ公判ノ準備手續ニ過ギナイ、裁判官ガ直接ニ事ノ眞相
ヲ捉フルコトニ、直接ニ自分ガ調ベルコトニ極力注意ヲ拂ッタノデアル、主ナ
ル點ヲ申セバサウ云フヤウニ良ク新刑事訴訟法ハ改正ニナッテ居ル、次ニ裁
判官ハ兎角沒常識ノ裁判ヲ爲シテ困ルト云フ非難モ、人權蹂躙ホドニハ烈シ
クナイヤウデアリマス、ケレドモ私共ハ强チサウトバカリハ言ハレマイト思
フ、裁判官ガ兎角沒常識ノ裁判ヲスルト云フガ、是ハ强チ私ハサウトハ思ハ
ナイノデアル、ソレハ却テ法ノ罪デハナカラウカト思フ、法ノ罪デハナイカ、
申スマデモアリマセヌ、英國ニ於キマシテハ諸君御承知ノ通リニ、他文明國
ノヤウニ裁判官ガ緻密ナ現代的ノ法典ニ束縛サレナイ、現代的ナ民法トカ、
商法トカ、刑事訴訟法トカ、民事訴訟法ト云フ法典ヲ有シナイ、裁判官ハ緻密
ナ現代的ノ法典ニ束縛サレズ、單行法ヤ時々ノ判決ニ付テ、社會上ノ變化ニ
應ジテ活用シ融通ガ利ク所カラ、各事件ニ最モ適切ナ社會ト調和スル裁判ヲ
爲スコトガ出來ルノデアル、是ハ私共長所ト思フ、裁判ニ限ッタコトハナイ
ガ、英吉利人ハ實際的ノ人間デ、之ヲ比較スルト戰爭前ノ獨逸人ハ理想論ト云
フ理想論者ノ如ク輕蔑サレタヤウナ人種デアリマスガ、英吉利人ハ裁判ニ
シテモ緻密ナ法律デ手足ヲ束縛スルコトハナイ、ダカラ社會ノ事情ニ應ジテ
時〓大岡裁判ヲスルコトガ出來ルヤウナ制度ニナッテ居ル、是ガ英吉利ノ非
常ナ長所デアル、然ルニ我ガ裁判官ハ窮屈ナ法典ニ束縛サレテ、活用ノ途ガ狹
メラレテ居ッテ、ソレガ非難ノ本ヲナストモ言フコトガ出來ヤウト思フ、幾ラ
活用シヤウト思ッテモ法律ノ明文ニ抵觸シテハ活用ハ出來ナイ、左樣ナ窮屈
ナ法律ガ我國ニ出來テ居ルカラ、是ハ裁判官ガ今日ノ社會ノ事情ニ合ハヌト
言ッテモ、當事者ニ不利益ナ裁判ヲシナケレバナラヌト云フコトニナルト言
フコトモ得ヤウト思フ、況シテ新刑法ハ如何ナル極刑ニ對シテモ酌量輕減ト
云フ餘地ガアリマスカラ、情狀ヲ酌量シテ、犯罪ノ動機ヲ酌量シテ、減輕ス
ル途ガアルモノダカラ、刑期ヲドンナ重イ刑デモ二年マデ輕減スル、其上ニ
刑ノ執行猶豫ト云フ途ヲモ設ケテアルカラ、刑ノ執行ヲ免除スルト云フコト
モ出來ル、之ニ對シテ司法大臣ハソレハ少シ違フ、刑ノ執行猶豫ト云フモノ
ハ犯罪人ト決ッテサウ云フコトヲスル處分デアル、成程ソレハ陪審ガアッテ見
テモ違フデセウ、ケレドモ我〓ニハ今日ノ刑法ノ適用デ刑ノ執行ヲ免レルコ
トガ出來ルヤウナ途ガ付イテ居ル、斯ウ云フコトヲ申上ゲマシタ、ソレヤ是
ヤヲ綜合シテ考ヘテ見マスルト、實際論トシテモ陪審ノ必要ト云フモノハ殆
ド絕無ト言ッテ宜カラウト思フ、是ハ前論者ノ若槻君ト私ハ新刑事訴訟法ノ
見ヤウガ幾分カ違フガ、兎モ角モ今日ノ新刑事訴訟法ト云フモノハ必要ナ改
革ヲヤッテ大層宜クシテ居ル、檢事ノ搜査手續ヲ濫用スル途ハ能ク防イテ居ル
ト思フカラ、斯ウ云フ實際ニ徵シテモ不必要ニナルデハナイカト、斯ウ云フ論
ヲ一應當局ノ人ニ伺ッテ見タイノデアリマス、一口ニ申シマスト、理想論ト
シテハ一方今日ノ地方自治ノ有樣ヲ見ルト、何トカ是ハ科學的ノ改造ト云フ
カ、改造シナケレバナラヌト云フ有樣ニナッテ居ルノデ、ソレト比較シテ司法
ニ人民ガ參與シナケレバナラヌト云フコトハ、ドウシテモ分ラヌト云フ理論
ト、實際上ニ今ノヤウニ今日ハ刑事訴訟法ガ我〓ガ見ルト完全トハ行カヌガ、
餘程宜ク改正ニナッテ居ルカラ、之ヲ巧ク利用シテ行ケバ陪審制度ハ要ラヌ、
之ヲ實際防グルト云フ、此二點ニ付テ漠然トシテ居ルヤウナ質問デアリマス
ガ、私ノ疑ヲ述ベテ司法當局ノ御意見ヲ伺ッテ見タイノデアル、以上ノ理想論
ト實際論トヲ我〓ノ〓物ニ假定シテ申上ゲテ見タイト思フ、理想論ト實際論
トヲ我〓ノ常ニ喰ベテ居ル食物ニ比シテ見タイ、我ガ國民ノ常食デアル、我
ガ國民ガ常ニ喰ッテ居ル食物ハ健康ヲ保ツ上ニ滋養ガ足ラナイ、「カロリー」
ガ幾ラアルトカ、蛋白質ガ幾ラアルトカ、我〓ガ常ニ喰ベテ居ル食物ニ健康
ヲ保ツ滋養分ガ不足デアル、斯ウ云フ理想カラ、實際論ヂヤナイ、斯ウ云フ
理想カラ、獸ノ肉モ喰ベナケレバナラヌ、牛乳モ飮マナケレバナラヌトテ、强
ヒテ是等ノ〓物ヲ攝ラムトスルヤウナモノデアル、本案ヲ今實施スルノハ丁
度サウ云フヤウナモノデアル、然ルニ我ガ國民ハ在來ノ〓物ダケデ、即チ魚肉
モアレバ野菜、結構ナ野菜モアレバ穀類モ澤山アル、我ガ國民ハ在來ノ食物
ダケデ十分健康ヲ保ッテ來タノデアル、斯樣ニ國民ガ望ミモセズ好ミモセヌ
肉類ヲ攝ラセル結果ハドウナルカ、我〓ハ國民一體ガ此本案ノ實施ヲ望マヌ
ト見テ居ル、司法當局ダケハ望ムヤウニ言ッテ居ルガ、我〓國民一般ハ望マヌ、
唯在野法曹界ガ之ヲ主張シテ、人權蹂躪カラ來ルノデアル、唯一部ノ少數
ノ者ガ望ンデ居ルカラ······之ヲ食物ニ譬ヘレバ斯樣ニ國民ガ望ミモセズ好ミ
モセヌ肉類ヲ攝ラセル結果ハドウナルカ、豫期ニ反シテ是マデ無カッタ、是ハ
受賣デアリマスガ、此節腎臟病ガナカ〓〓流行ル、此腎臟病ハドコカラ來ル
カ、聞ク所ニ依レバ肉食ヲスル所カラ、殆ド是マデ無カッタ所ノ腎臟病ガ非常
ニ殖エテ來タト云フ、其原因ヲ造ルト同ジヤウニ、此法案ガ愈、實施サレルコ
トニナルト、豫期ニ反シテ、是ハ二ツ結果ヲ豫想スルコトガ出來ルガ、此所デ
ハ私ハ一ツノ豫想デ申述ベルノデアリマス、愈〓實施サレルト云フコトニナル
ト云フト、豫期ニ反シテ國民ハ完全ナル認定權ヲ要求スル······此認定權ハ幾
ラ質問ヲシテモ分ラナイ、ソレハ憲法上ニ關係ガアルカラ、ソレハ政府委員ノ
說明ノ巧妙デ、我〓ガ「チヤーム」サレル所デアル、完全ナル認定權ヲ要求シ進
ンデハ佛蘭西ノヤウニ酌量減輕マデモ要求シ、尙ホ進ンデハ刑期ノ輕減ヲ要
求スルヤウニナリハシナイカ、恐ラクハサウナッテ來ルダラウ、恐ラクハ刑期
ところであるで
波瀾ヲ起ス原因ヲ作ルコトニナルト思フ、ソレカラ茲ニ一言申上ゲテ置カナ
ケレバナラヌコトガアル、是ハ本案ニ多少關係ガアリマスカラ申上ゲテ置ク
ノデアリマスガ、本院ニ於テ此法案ガ昨年未了ニ終ッタ後、在野法曹界ノ鏘々
タル陪審採用論者ガ明言スル所デ、ソレガ或雜誌ニ發表シテアル、其名ハ私
ハ申シマセヌガ、其意見ニ依ルト「議會ニ提出サレタ法案ガ果シテ我等ガ考
ヘテ居ルヤウナ目的ヲ達シ得ルカト云フト、此點ニ付テハ我等ハ甚ダ失望ス
ル、法制審議會ニ於テ採用シタ陪審制ノ大綱領ナルモノハ、大體我〓ノ意ヲ
得タモノデアッタ、然ルニ議會ニ提出サレタ法案ハ司法省デモ立案サレ、其後
樞密院トモ妥協ノ結果、非常ナ大修正ヲ加ヘラレタガ爲ニ、此法案ノ儘實施セ
ラレタノデハ、我等ガ從來主張シタ陪審ノ目的ガ十分ニ遂ゲラルルモノトハ
思ハレヌ、併シ不十分デモ、無イニハ勝レルカモ知レヌ、サレド我等ノ望ム所
ヲ言ヘバ斯カル法案ハ更ニ大修正ヲ加ヘテ我等ノ從來主張シタ主義目的ヲ
貫徹スルニ足ルモノトナッタ上ニ、之ヲ通過セシメタイモノデアル」ト、斯ウ明
言シテ居リマス、是等ハ鏘々タル法曹界ノ人デ、私ハ能ク知ッテ居ル、彼等
ノ主義目的トスルノハ何デアルカト云フト、行政官ヨリ獨立シタル機關ニ依
テ犯罪事實ノ有無ヲ定メシムルコト、專門的判事ノ判斷ニ依ラズシテ、廣ク社
會ノ社會的知識ニ依リ犯罪事實ノ有無ヲ定メシムルコトニアルノデアル、彼
等ノ眞目的ハ、此法案ノ如キデハ目的ハ逹セラレナイ、是ニ依ッテ見テモ政府
委員ノ所謂我ガ獨創ノ、決議ヨリ輕ク諮問ヨリ重キ、中間性陪審制ヲ以テシ
テハ、到底司法制度ノ〓陷ヲ阻止スル譯ニハ行カヌト斷言シテモ不當デナイ
ト思フノデアリマス、漠然トシタ質問デアリマスガ、理想論ト實際論カラ申
シマシテ、司法大臣ノ御見込ハドウデアルカ、詰リ理想論カラ言ッテモ今日
ノ立法、自治ニシテハ迚モ發達シナイト云フ論者ガアル、實際論カラ言フト、
新刑事訴訟法デ十分檢事ノ搜査、權力濫用、即チ人權蹂躪ト云フコトモ阻止
スルト云フ者カラ、ドチラカラ言ッテモ必要デナイト云フ、大體ノ漠然タル
意見デアリマスケレドモ、之ニ付テ司法大臣ハドウ御考ヘニナテ居ルカ、伺
ヒマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=39
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040・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 山脇君ヨリ唯今司法當局ノ意見ヲ質シタイト云
フ趣意ニ於テ、段々御演說ニナリマシタ、ドレダケガ御意見デ、ドレダケガ御
質問デアルノカ、私ニハ諒解スル能ハザル點ガ多イノデアリマス、併ナガラ御
意見ニ屬セザル御質問ノ部分ナリト私ノ解スル所ニ依テ、試ニ御答辯ヲ致シ
テ見タイト思ヒマス、第一ニ山脇君ハ此陪審法案ハ斷ジテ憲法ニ違反スルモ
ノデアルト、斯ノ如クニ斷定セラレマシテ、而シテ不幸ニシテ何ガ故ニ憲法違
反デアルカト云フ理由ヲ承ルコトヲ得ナカッタノデアリマス、而シテ其理由
トシテハ、故井上子爵ガ陪審制度ノ採用スベカラザルコトヲ論ゼラレテ、其不
可ナリト云フ理由ニ五點アルトシテ居ル、私ハ此井上子爵ノ梧蔭存稿ト云フ
モノヲ、今日マデ讀ムコトヲ得ナカッタノデアリマス、新聞ニ一ノ瀨勇三郞君
ガ之ヲ紹介セラレ、此新聞ニ依テ初メテ知ッタノデアリマス、蓋シ是ハ一ノ瀨
君ガ誤リナク故井上子爵ノ陪審論ヲ傳ヘラレタルモノト私ハ解シテ居ルノデ
アリマス、故井上子爵ノ憲法論······憲法論トハ私ハ見マセヌ、兎ニ角陪審制度
ハ採用スベカラザルモノデアルト云フ此議論ニ對シテハ、是ハ素ヨリ敬意ヲ
表サナケレバナラヌノデアリマス、故井上子爵ノ憲法制定ニ大ニ功績ノアラ
レマシタコトハ私ハ承ッテ能ク承知シテ居ルモノデアリマス、併ナガラ陪審
法案提出ノ徑路ヨリ考ヘマシテモ、私ハ茲ニ陪審法案ハ憲法違反ナリト云フ
結論ニ到達スルコトヲ得ナイノデアリマス、故井上子爵ノ此陪審論ト云フモ
ノヲ唯〓讀ミマスルト、成程陪審制度ヲ採用スベカラザル五點ヲ擧グテアリ
マスケレドモ、憲法違反ナリト云フ御議論ハ少シモ書イテナイノデアリマ
ス、何レノ點ガ憲法違反ト云フノデアルカ、唯陪審制度ハ採用スベカラザル
點ガ玆ニ揭ゲテアルノデアリマス、而シテ其論ゼラレル所ハ所謂度〓申上ゲ
マシタル通リ、歐米ニ行ハレル陪審制度ヲ見テ其通リニ之ヲ採用スベカラザ
ルコトヲ論ゼラレテ居ルノデアリマス、而シテ故井上子爵ト共ニ憲法制定ニ
與カッタ所ノ人ハ今尙ホ健在デアルノデアリマス、而シテ樞密院ニ席ヲ持ッテ
居ラレル人モ少クナイノデアリマス、本案ガ樞密院ノ議ニ付セラレタル當時
ニ於ケル各顧問官ノ意見ハ、私ハ承知イタシマセヌ、又承知イタシマシテモ之
ヲ玆ニ御披露スルノ自由ヲ持チマセヌケレドモ、兎ニ角故井上子爵ノ憲法違
反論ナリト山脇君ノ述べラレルコトガ確カデアルナラバ、私ハ樞密院ヲ通過
スルト云フコトハ確ニナカラウト思フノデアリマス、憲法違反トシテ樞密
院ガ之ヲ通過セラレルコトハナイト私ハ玆ニ斷言スルヲ憚カラヌノデアリ
やっ、反對スル山脇君カラ申セバ、此故井上子爵ノ議論ハ動カスベカラザル
是ハ議論デ、之ニ反對スル所ノ議論ハ皆誤ッテ居ルト云フ御見解デアリマセ
ウ、モウ少シ公平ニ御覽ニナッテ、公平ニ御研究ニナッテ然ルベキコトデアルト
私ハ思フ、最後ニ述ベラレタコトモ玆ニ私ハ序ニ申上ゲマス、殊更ニ其民
間ノ有力ナル在野法曹トシテ、特ニ其名ヲ擧ゲルコトヲ敢テセヌト云フ御話
デアリマス、其一人ガ大ニ失望シタ、法制審議會ニ於テ議決セラレタモノナ
ラバ大ニ賛成デアッタケレドモ、樞密院ノ大修正ヲ加ヘラレタモノデアルカ
ラ、甚ダ不徹底ナモノデアッテ、失望極マリナシト云フコトヲ言テ居ル、成程
ソレハ其通リデアリマセウ、私ハ其何人デアルヤト云フコトヲ承知イタシマ
セヌケレドモ、山脇君ノ仰シヤル通リノコトデアラウト存ジマス、陪審法
案ニ付テ山脇君ガ反對ノ意見ヲ述べラレルヨリモ以上ニ有力ナ御議論トハ、
私ハ承ハリマセヌ、而シテ現ニ此席ニ於テ山脇君ガ自ラ憲法違反ナリ、斯ノ如
キ陪審法ハ採ルニ足ラズト云フ御議論デアルノデアリマス、又御議論ガアッ
テモ私ハ不思議ニハ思ヒマセス、唯辯護士デアル所ノ人ガ偶、自分ト意見ヲ同
ジウスルモノト云フ故ヲ以テ、エライ有力ナル御議論ノ如ク御述べニナルコ
トハ、私ハ不思議ニ思フノデアリマス、山脇君自身ノ反對論ノ方ガ私ハ有力
ナルモノト見テ宜シイノデアリマス、斯ノ如キコトヲ論ズルニ付テ公平ニ觀
察スルト云フコトガ、私ハ公法家トシテ極メテ必要ナルモノト思フノデアリ
やくろ唯自己ニ便宜ノ人ノ說ヲ採ラレテ、殆ド動カスベカラザルモノデアル
ト、斯ノ如ク解釋セラレルト云フコトハ、私ハ甚ダ採ラヌノデアリマス、故
井上子爵ノ陪審反對論ニ付テモ、靜カニ之ハ觀察シテ、サウシテ是ハ判斷ヲ下
サレルコトヲ希望セザルヲ得ナイノデアリマス、決シテ同子爵ハ憲法違反ナ
リト云フコトハ申シテ居ラレルノデハアリマセヌ、而シテ陪審法ノ採ルベカ
ラザル理由ニ付テ、今玆ニ私ガ故井上子爵ノ御議論ニ對シテ反對ヲ申シ、批評
スル必要ハナイノデアリマス、素ヨリ反對ノ材料トシテ參考ニ供スベキ有力
ナル御議論デ、敬意ヲ表スベキ御議論デアルト云フコトハ是ハ認メルノデア
リマス、ソレカラ第二トシテ御尋ニナリマシタ、何カソノ陪審法ノ根本理由ニ
付テ甚ダ不得要領デ、昨年ノ議會ニ於テノ政府委員ノ答辯ハ支離滅裂矛盾撞
著、貴族院ニ於テ述ベル所ト衆議院ニ於テ述ベタ所ハ甚ダ相違シテ居ルト云
ノヤウナ御話ガアリマシタ、私ハ左樣ニハ思ヒマセヌノデアリマスガ、併ナ
ガラ結論トシテ繰返シテ山脇君ノ御述べニナリマシタノハ、理想論、形式論ニ
囚ハレテ輕々ニ陪審制度ヲ採用スルハ、余ノ首肯スル能ハザル所ナリ、斯ウ云
フコトヲ繰返シテ御述べニナリマシタ、是ハ御意見デアリマス、山脇君ハ牛刻
來私ノ度〓申上ゲタコトヲ單ニ理想論ト解シ、形式論ト解シテ、斯ノ如ク御判
斷ヲナサルト云フコトデアルナラバ、其御判斷ニ對シテ彼此申上ゲテモ益ノ
ナイコトデアリマス、併ナガラ單ニ理想論、單ニ形式論トシテハ私述ベテ居リ
マセヌノデアリマス、ソレダケハ御承知ヲ願ヒタイノデアリマス、又伊太利ノ
「ロンブロゾー」ノ學說ハ世界ヲ風靡シテ居ル、或ハ社會學的ニ或ハ科學的
ニ、或ハ人類學的ニ大ニ考究ヲ要スル、果シテ今日山脇君ノ仰シヤル「ロン
ブロゾー」ノ學說ガ世界ヲ風靡シテ居ルカ、最早古イ學說トシテ幾分顧ミラ
レナイ形ニナッテ居ルデハナイカ、私ハ玆デ專門デアラザルガ故ニ、判斷スル
コトハ出來マセヌケレドモ、併ナガラ聞ク所ニ依レバ山脇君ガ左程御唱ヘニ
ナル程世界ヲ風靡シテ居ル勢力アルモノトハ、刑法學者ハ見テ居ラヌノデア
リマス、成程伊太利ニ於テハ私ハ承ハル所ニ依リマシテモ、刑ノ量定ト云フ
コトハ、陪審法ノ評議ニ付スルコトニナッテ居ルノデアリマス、是ハ容易ニ
素人ガ判斷シ得ル事柄デハナイノデアリマス、是ハ山脇君ノ御說ノ如ク、科學
的、社會學的、人類學的ニ考究セネバナラヌカラ、陪審員ノ答申ニ刑ノ量定ヲ
俟ツト云フコトハ宜シクナイト云フ議論ノアルコトハ私ハ分ッテ居ルノデア
リマス、故ニ此陪審法案ニ於テハ刑ノ量定ハ一ニ裁判官ノ見ル所ニ委セルト
云フコトニナッテ、陪審ノ議ニ付スベカラザルコトニシテ居ルノデアリマス
而シテ犯罪ノ有無ニ付テハ、或ハ科學的ニ、或ハ人類學的ニ、若クハ社會學的
ニ考究セネバナラヌト云フコトハ私モ認メテ居ル、ソレハ犯罪ノ有無ヲ判斷
スルニ付テノ證據ノ問題ニ過ギナイト私ハ思フノデアリマス、刑ノ量定ノ問
題ニ付テハ、一二裁判官ノ見ル所ニ委セテ居ルノデアル、ソレカラ次ニハ是
ハ陪審法ニハ公判陪審ノミヲ認メテ居ッテ起訴陪審ヲ認メナイノデハ甚ダ徹
底シナイヤウニ思ハレルガト云フヤウナ御疑ヲ述ベラレテ、茲ニ其所說ヲ止
メラレタガ故ニ、山脇君ハ果シテ起訴陪審ヲ認メルガ宜シイト云フヤウナ
意味デ御尋ネニナッタノカ、政府ハ何故起訴陪審ヲ採用シナカッタカト云フコ
トヲ御尋ネニナルノカ、若シ起訴陪審ヲ認メタナラ、憲法ニ反セヌト云フ御
意見デアルカ、其邊ハ私ハ能ク了解イタシマセヌノデアリマスガ、起訴陪審
ニ付テ御質問ガナイト云フコトデアレバ、御答ヲスル必要モナイト思ヒマス
カラ、省略スルコトニ致シマス、ソレカラ其次ニハ是モ能ク分ラナカッタノ
デアリマスガ、新刑事訴訟法ハ大ニ改良セラレタ、ソレガ故ニ陪審法ハ必要
デナカラウ、新刑事訴訟法ガ大ニ改良セラレタ、所謂人權蹂躙ト疑ハルヽ點
ハ十分ニ豫防規定ヲ設ケタノデアルト云フコトハ、是ハ山脇君ハ御承認ニナ
ルノデアリマス、若シモ陪審法ガ人權蹂躪ニ基イテ制定セラルヽモノト云フ
ナラバ、或ハ其必要ハ少ナクトモ減ジタカモ知レヌノデアリマス、併ナガラ陪
審法ハ度〓申シマシタ如クニ、人權蹂躙アルガ故ニ陪審法ヲ制定スルノデア
ルト云フコトヲ申シテ居ルノデアリマセヌ、刑事訴訟法ノ改良ト共ニ陪審法
ガ共ニ制定セラレテ然ルベキモノデアル、斯ノ如クニ政府ハ解シテ居ルノデ
アリマス、ソレカラ國民ノ望マザルニ肉類ヲ攝取セシメテ、其結果ハドウデ
アルカ、斯ウ云フヤウナ、是モ御質問ヤラ御意見ヤラ能ク分リマセナンダケ
レドモ、先刻モ申述べマス如ク、政府ニ於キマシテハ、今日マデノ經過ニ於
テ、陪審法ノ制定ハ國民ガ望ンデ居ルモノト認メテ居ルノデ、固ヨリ司法機關
ト云フモノハ、寧ロ一般國民トシテハ緣ノ疎ナルモノ、行政權ノ働キニ付テハ
非常ニ利害ノ關係ヲ持ツヤウデアリマシテモ、司法權ノ運用ニ付テハ感ジガ
鈍イヤウデアリマス、是ハ即チ一ツノ裁判所ト一般國民トノ諒解ガ能ク行届
イテ居ラナイガ爲デアルト思フノデアリマシテ、是ガ一ツノ我ガ司法制度ノ
短所ナリト申シテモ私ハ宜カラウカト思フノデアリマス、左樣ナ譯デアリマ
スカラ、國民ガ國民トシテハ陪審ヲ要求スルト云フコトヲ、大ニ論ジタト云フ
コトハナイデアリマセウ、併ナガラ此ノ國民ノ聲ナルモノハ何等カノ形ニ於
テ現レルモノデナケレバナラヌモノデアル、ソレデ先刻モ申ス如ク、辯護士、
在野法曹界ハ殆ド全國ノ者ノ一二ヲ除クノ外、陪審ノ施行ヲ必要ナリトシテ
居ルノデアル、其他法制審議會ノ如キ、何レモ擧ゲテ私ハ申上ゲタノデアリ
マスカラ、再ビ茲ニ詳述スルコトハ省略シタイト思ヒマス、併ナガラ唯今ヨ
リ附加ヘテ申上ゲテ置キタイノハ在野法曹ノ要求ニ過ギナイカラ、是ハヒ
ドク重キヲ置クニ足ラヌト云フヤウナ御說ガアッタヤウデアリマスガ、是ハ
私ハ左樣ニ考ヘテ居リマセヌノデアリマス、此事ヲ念ノ爲ニ私ハ申添ヘテ置
キタイト思ヒマス
〔山脇玄君發言ノ許可ヲ求ム〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=40
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041・徳川家達
○議長 (公爵德川家達君)山脇君ニ申上ゲタウ思ヒマスガ、大藏大臣ハ唯
今他ニ用向ガゴザイマシテ出席ハ出來ナイ趣デアリマス、山脇君ノ御質疑ハ
マダ一讀會ノ續ニ於テモナサルコトガ出來マスカラ、大藏大臣ノ出席ノ出來
マスマデ御猶豫ヲ願ヒタイト思ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=41
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042・山脇玄
○山脇玄君 宜シウゴザイマス、一言質問ヲ··発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=42
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043・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 山脇君発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=43
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044・山脇玄
○山脇玄君 前ノ說明ガ足リナイヤウデ、司法大臣ノ御考ハ主ニ理想論ト實
際論ノヤウデアリマスカラ、其點ハ皆一致スル、司法制度ノ缺陷トナルト、政
府ノ說明ハ甚ダ曖昧ノミナラズ、基ダ矛盾ヲスルト思フ、其理想論ニ付テハイ
ツデモ例ニ出ルノハ、立法、地方自治ト出テ來ルデス、今日ノ立法ノ(聽取シ
難シ)ニ於ケル行動ハ如何デアリマセウ、是ハ問題ニナリマセウガ、我國ニ
ハ其點ヲ私ハ疑フノデアリマス、今日ノヤウナ有樣ニナッテ來タナラバ、益
改惡、決シテ(聽取シ難シ)地方自治ハ尙更ノコトデアル、財政ハ鞏固ナ基
礎ヲ持ッテ居ラナイ、外國ノヤウニ(聽取シ難シ)況ンヤ政黨ノ跋扈ト云フヤ
ウナコトハ以テノ外デアル、サウ云フヤウナ例ヲ御引キニナッテ是ニ干與シ
テ、司法ニモ干與シナケレバナラヌト云フコトハドウ云フコトデアルカ、其御
考ヲ聞キタイ、ソレカラ今一ツ實際論ニ付テハ、私ハ辯護士外ノ者、國民ガ
希望シナイト云フ立脚點ガ大變違フト云フヤウデアリマスガ、起訴陪審ナド
ト申シタノハ、法曹界ノ意見ヲ歡迎サセルニハ、起訴陪審ヲ設ケナケレバナ
ラヌト云フコトヲ申シタ、決シテ起訴陪審ヲ請求スルドコロデナイ、全體ノ
陪審ニ反對デアル、刑事訴訟法ガ改良ニナッテ十分是ガ國民ノ人權蹂躪ヲ防
ゲルト云フ考ヲ持ツテ居ルモノデアルカラ、其實際論カラ言テモ、是ハ政府委
員ハ主張ナサラヌガ、或政府委員ガ主張シテ居。ッタガ、ソレガアレバコソ陪審
制度ヲ布クノデアルト云フコトヲ現ニ言ッテ居ル、ソレハマア餘程、今日ハ刑
事訴訟法デ十分、附イテ居ルカラ、實際論カラ云ッテモ要ハナイト私ハ考ヘ
やっ、理想論ノ方ヲ伺ヒタイト思ヒマス、其所ヲモウ少シハッキリシテ了解
シタイ、(聽取シ難シ)是ハ宜イコトデアリマセウカ、私共ハ宜イトハ言ハレ
ナイ、今日ノヤウナ有樣デ行ケバ改惡、是ハ改善ト云フヤウナコトハナイ、地
方自治ハ尙更デアリマス今一ツ根本問題ニ付テ質問申上ゲテ見タイガ、今其
根柢ガ大變違フ、若槻君ガ言ハレタヤウデスガ、陪審制度ト云フモノハ、其
性質上ノ效能ヲ發揮スルヤウニナレバ憲政ニ反スル、憲法ニ違反スル、憲法
ニ違反シナイガ爲ニ、今ノヤウナ修正的陪審制度ニナル、斯ウ云ノ風ニ若槻
君ガ言ハレタ、出發點ガ違フノデアリマス、ソレデ司法省ガ力ヲ入レテ之ヲ
以テ即チ陪審制度ノ性質上ノ效能ヲ直接ニ發揮セシムル、斯ウ云フコトニナ
ル、問題ハ一ツデアル、理由ハ極ク簡單デス、陪審法ノ性質上ノ效力ヲ發揮セ
シムルトスレバ、憲法ニ直接ニ違反スル、之ヲ避ケムトスルト俗ニ言フ骨拔陪
審ニナル、斯ウ云フ所ニ出發點ヲ持ッテ居ル、憲法論ハ餘リ申ス必要ハナイ、
旣ニ貴族院ニ於テ其根本問題ヲ解釋シナカッタノハ、今日カラ考ヘテ見ルト
誤リデアッタト思フ、何處マデモ憲法違反一本デ解釋シナケレバナラヌト確
信シテ居ル、憲法論ガ出マシタケレドモ、外ノ枝葉ノ問題ニ走ッタト云フコ
トハ甚ダ遺憾ト思フ、是ハ併ナガラ過去ノコトデ今日私ハ彼此申シマセヌ、
理想論トシテ(聽取シ難シ)地方自治是ガ即チ宜イ效果ヲ收メルト云フコトヲ
御覽ニナルカドウカト云フコトヲ聞キタイノデアリマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル」発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=44
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045・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答申上ゲマスガ、便宜上御意見カ御質問ヲ前
提ト致シマシテ、憲法ノ點カラ私ハ一言申上ゲテ置キタイト思フノデアリマ
ス、私ハ先刻山脇君ノ御說ハ此陪審法案ガ我ガ憲法ニ反スルモノデアルト云
フ御意見ノヤウニ私ハ承ッタノデアリマス、然ルニ唯今ハ此外國ノ陪審制度ノ
ヤウニ改メナケレバ陪審制度トハ言ヘナイ、而シテ外國ノ陪審制度ノヤウニ
改メレバ憲法ニ違反スル、斯ウ云フ御議論ノヤウニ承リマスノデ、是ハ私ハ
前後矛盾ノ御議論デアルト思フノデアリマス、私ノ先刻御答イタシマシタノ
一、此陪審法案ガ憲法違反ナリト云フ御議論ト思ウテ御答ヲ致シタノデアリ
マスケレドモ、唯今承リマスレバ此陪審法其モノハ憲法違反ニ非ズ、但シ自
分ノ、自分ノデナイ、外國ノ陪審制度ノヤウニ修正ヲスレバ憲法ニ違反スル、
之ヲ修正セズンバ意味ノナイ陪審制度デアル、斯ウ云フ御話デアリマスカラ、
是ハ私ハ能ク御趣意ノアル所ヲ茲ニ明白ニシテ置ク必要ガアルト思フノデア
リマス、即チ此陪審制度ハ山脇君ノ御說ニ於キマシテハ憲法違反デハナイノ
デアル、唯自分ノ滿足シナイモノデアルト云フコトニ過ギナイ、而シテ前議
會ニ於テ賛成シタノハ甚ダ輕卒デアッタト云フコトヲ御悔ヒニナル必要ハ私
ハナカラウト思フノデアリマス、ソレカラ理想論トシ形式論トシテト云フコ
トヲ度〓仰セニナルガ、要スルニ私ハ同ジコトヲ繰返シテ御答ヲ致スヨリ外
ナイノデアリマヌ、唯簡單ニ一言イタシマスレバ陪審制度ノ要求即チ國民ノ
聲デアル、而シテ陪審制度ヲ布クノ理由ハ何處ニアルカト云ヘバ、一ツハ憲
政上ノ理由デアル、一ツハ司法上ノ理由デアル、先ニ提案ノ理由中ニ申上ゲ
タ後ニ若槻君ノ御質問ニ對シテ御答ヲシタダケノ事柄デアリマシテ、其以上
山脇君ノ御質問ニ對シテ御答ヲスル事柄ハナイノデアリマスカラ、左樣御承
知ヲ願ヒタイ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=45
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046・山脇玄
○山脇玄君 モウ一言伺ヒマス、質問ヂヤアリマセヌ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=46
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047・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 質問デナケレバ他ノ機會ニ御讓リヲ願ヒタイ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=47
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048・山脇玄
○山脇玄君 チヨット幾分關聯シテ居リマスカラ··発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=48
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049・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 唯〓ノ場合デ單ニ質疑ニ御止メヲ願ヒタイ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=49
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050・山脇玄
○山脇玄君 宜シウゴザイマス、固ヨリ私ノ憲法論ニ付テチヨット御尋シタ
イノハ、唯今司法大臣ガ申サレタヤウニ、陪審ノ效力ヲ發揮セシムルト云フ
ニハ歐羅巴ノ陪審ト云フコトニナル、ソレデアレバ直接ニ憲法ニ違反スル、
此憲法ニ違反スルト云フコトナラバ今ノ憲法改正ハ面倒ダカラ、ソレデ陪審
ノ性質ヲ變化セシムル、ソレハ陪審デナイ、陪審ト云フモノハ、抑〓裁判官
ガ陪席シテ審判スルノガ即チ陪審デアル、ソレデナイノデアル、唯證人或ハ關
係人(聽取シ難シ)變ヲタ如キモノニスル、サウスレバ憲法ニ違反シナイ、唯
今司法大臣ノ仰セラレル通リ此案ヲ見ルト直接ノ憲法違反デナイト云フモノ
ハ陪審ノ性質ガナクナッテ仕舞フ、サウ云フモノヲ陪審制度トシテ國民ニ示
シテ施行スルト云フコトハ國民ヲ欺クコトニナリハシナイカト思フ、ソコガ
違ッテ居ル點デアッテ、今日ノ此陪審法ハ陪審法デハナイ、裁判官ガ之ヲ陪審判
斷スルノデモ何デモナイ、ソコデス、ソコガ少シ立脚點ガ違フ點デアル、今
日ノヤウナ法案ナラバ直接ニ憲法違反ト云フコトハ出來ナイ、即チ陪審法ヲ
布クト云フコトニナレバ、陪審法デナイト云フコトニ同ジ所ニ歸著スル、其
點ヲ能ク······私ノ趣意ハサウ云フコトデアリマスカラ、司法大臣ハサウ御了
解下サイマシテ、モウ一應··
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=50
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051・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 唯〓山脇君ノ御辯明ニ依リマシテ、山脇君ノ御
趣旨ノアル所ハ能ク了解イタシマシタ、併ナガラ自分ノ滿足、滿足デナイ、
外國ノ陪審制度ト違フガ爲ニ玆ニ陪審法案ト云フテ居ルケレドモ、是ハ陪審
ニアラズト云フ御結論ニ對シテハ私ハ不同意ヲ申上ゲテ置キマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=51
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052・池田長康
○男爵池田長康君 本員ハ成ベク簡單ニ質問ノ要點ヲ申述ベタイ爲ニ、此席
ヨリ發言ヲ御許シヲ願ヒタイ、今朝來此陪審法案ニ付キマシテハ、既ニ種々應
答ガ重ネラレテ居リマシテ、皆サンモ既ニ御疲勞ノコトト存ズルノデアリマ
ス、併ナガラ本案ガ甚ダシク重要ナル法案デモアリマスルガ故ニ、此際ニ於キ
マシテ質疑ノ要點ヲ申述べマシテ、當局大臣ノ御答辯ヲ煩シテ置キタイト思
フノデアリマス、憲法ニ本案ガ牴觸スルヤ否ヤト云フ問題ニ付キマシテハ相
當論議サレテ居ルノデアリマス、本員モ亦憲法ヲ解釋スル上ニ於キマシテ必
ることを
ざきざきコクのあるようと
ズシモ狹義ニ解釋シヤウトハ思ハヌノデアリマス、時代ノ推移ニ適應シタ
ル解釋ヲシテ廣ク之ヲ解釋スルト云フコトニ付テハ必要ト認ムルノデゴザイ
やく、併ナガラ此法案ガ此貴族院ヲ通過スルト否トニ拘ラズ、將來陪審法案
トシテ社會ニ討議サレ、又實際ニ於テ法律案ト致シマシテ、此缺點ナリ或ハ
修正ナリ論議モ亦將來起キルモノデアラウト思フノデアリマス、故ニ此際ニ
於キマシテ聊カ憲法ニ牴觸シナイト云フ論據ヲ私ハ承ッテ置キタイ、旣ニ衆議
院ニ於キマシテモ修正說ガ出テ居ル、是ハ憲法ニ牴觸スルカノ如キ修正說モ
出タノデアリマス、又憲法ヲ改正シテモ云々ト云フコトハ、衆議院ニ於テモ
申サレ、又本會ニ於テモ······此貴族院ニ於テモ申サレテ居ルノデアリマス、
故ニ此點ニ付テ先程ヨリ承ッテ居リマスルト、大臣ハ憲法ニ牴觸シナイ、但
シ滿足スルモノニハアラズ、斯ウ云フ結論ヲ私ハ承ッテ居ッタノデアリマス、
併ナガラ何ガ故ニ憲法ニ牴觸シナイカト云フ點ニ付キマシテ私ハ御尋ヲ致
シ、サウシテ將來ノ爲ニ明カニ是ハシテ置イテ戴キタイト思フノデアリマス、
ソコデ御尋イタシマスルノハ陪審員ノ事實ノ認定、此評決ガ裁判官ヲ拘束ス
ルモノデアルト致シマスルナラバ、憲法違反ナリト御認メニナルヤ否ヤ、サ
ウシテ此陪審法案ノ內容ヲ見マスルト、陪審員ガ評決ヲスル、サウシテ裁判
官ト意思ガ合致シナイ場合ニ於キマシテハ、循環シテ結局意思ノ合致スル所
マデ行クノデアルト云フ御話デアリマスガ、左樣考ヘテ見マスルナラバ裁判
官ハ兎ニモ角ニモ陪審員ノ評決ニハ背クコトガ出來ナイト云フコトガ言ハレ
ルダラウト思ヒマス、消極積極ノ區別ハアルカモ知レマセヌケレドモ、此陪
審員ノ評決ニ背クコトハ出來ナイト云フコトハ消極的ノ意味ニ於テ裁判官ヲ
拘束スルモノデアルカ否ヤ、此點ヲ私ハ伺ッテ置キタイト思フ、唯本員ハ憲
法ニ抵觸スルト云フノデモナケレバ牴觸シナイト云フノデモアリマセヌ、單
ニ質疑ヲ致スノデアリマスカラ、其點ノ政府ノ御考ニナッテ居ル點ヲ明カニ
シテ戴キタイト思ヒマス、第一ソレヲ御伺ヒ致シマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=52
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053・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 池田男爵ノ御質問ニ御答ヲ申上ゲマス、御答ヲ
申上ゲマス前ニ先ヅ御斷リヲ申上ゲテ置カネバナラヌ、唯今ノ御演說中ニ私
ガ此陪審法案ハ憲法ニ違反セザルモノデアルケレドモ、滿足スル所ノモノデ
ハナイト、斯ウ云フコトヲ申シタカノ如ク御解釋ニナッテ居ルヤウデアリマ
ス、左樣ナコトハ私ハ曾テ申上ゲタコトヲ記憶イタシマセヌノデアリマス、此
事ダケ御斷リ申上ゲテ置キマス、此陪審法案ガ憲法ニ違反スルモノト云フベ
キカ、或ハ違反セザルモノト云フベキカ、固ヨリ政府ニ於キマシテ憲法違反
ト認メテ此法案ヲ提出スル道理ハナイノデアリマスカラ、云フマデモナク政
府ニ於キマシテ憲法違反ニアラズト考ヘテ居ルノデアリマス、其憲法違反ニ
アラズトスルノ見解ト云フモノガ、或ル人ノ說ク所ニ依リマスルト事實ノ認
定ハ裁判ニアラズト······事實ノ認定ハ裁判ニアラズ、裁判ハ認定セラレタル
事實ノ上ニ法ヲ適用スルノガ是ガ裁判ノ本質デアル、斯樣ニ說ク人モアルヤ
ウデアリマス、此說ニ依リマスレバ假令陪審員ノ評決ガ裁判所ヲ拘束スル力
アリトシテモ敢テ憲法ニ反スルト云フ議論ハ玆ニ生ズルノ餘地ハナイノデア
リマス、併ナガラ是ハ一ツノ學說トシテ唱ヘラレテ居ル所デハアリマスルケ
レドモ、私ハ是ハ通說ニアラザルモノト見テ居ルノデアリマス、而シテ通說
ニアラズト云フノハ、言フマデモナク裁判ハ事實ヲ認定シテ而シテ其認定シ
タル事實ニ法ヲ適用スルモノデアル、斯ウ云フ見解ニナルノデアリマス、旣
ニ事實ノ認定ガ裁判デアルト云フ以上ハ、我ガ憲法ノ條規ノ上ニ於テ裁判
所ガ獨リ裁判ヲスルノデアル、裁判權ハ裁判所ガ獨リ行フモノデアルト
云フ明條ガアリマスルカラ、若シモ事實ノ認定ガ裁判所ヲ拘束シテ、裁判所
ハ必ズ其陪審員ノ答申ノ如クニ判決ヲシナケレバナラヌト云フコトナラバ、
玆ニ事實ノ認定ハ動カスベカラザル確定的ニスル譯デアリマシテ、裁判所ハ
之ヲ如何トモスル譯ニ行カヌノデアリマスカラ、是ハ私ノ見ル所ニ依レバ是
ハ憲法ノ條章ニ反スル所ノモノデアルト考ヘテ居ルノデアリマス、此問題ガ
法制審議會ニ於テ議セラレタル當時ニ於テ、唯今御紹介ヲ申上ゲタヤウナ事
實ノ認定ハ裁判ニアラズト云フ說モ唱ヘラレタモノデアリマスシ、又反對
ノ說モアッタノデアリマス、又既ニ斯ノ如ク說ヲ異ニスル者アル以上ハ憲法
トノ關係ヲ十分ニ考慮シテ、而シテ此憲法上ノ疑ヲ貽サザルコトガ穩當ナル
立法デアラウト云フ說モアッタノデアリマス、ソコデ段々〓究討議ヲ盡シタ
ル上ニ於テ定マッタ所ノモノガ、即チ此法案ニ其原則ガ示サレテ居ルノデア
リマス、デ先ニモ申述ベマシタル如ク、此法案ニ於キマシテハ裁判權ハ獨リ裁
判所ノ行フ所ノモノデアル、陪審員ハ犯罪構成事實ノ有無ニ付テ答申ヲ致ス
ノデアルケレドモ、併ナガラ是ハ裁判權ヲ行フモノニアラズ······行フモノニ
アラズ、裁判權ハ單リ裁判所ガ行フモノデアルト云フ原則ガ第一條ニ揭ゲラ
レテ宣告的ニ明示セラレテアル譯デアリマス、而シチ唯今ハ形ノ上ニ於テ憲
法トノ關係ヲ申述ベタニ過ギマセヌガ、實質ニ於テ然ラバ如何ニト云ヘバ、
先刻來午前ヨリ引續イテ私ガ申述べマシタ通リ法案ノ趣旨ハ即チ陪審員ノ答
申ガ裁判所ヲ拘束スルト云フコトハ動モスレバ弊ヲ生ズルモノデアル、ソ
レガ故ニ實質ニ於テモ尙ホ裁判所ヲ拘束セザル立法ヲ可トスルト云フ趣旨デ
アル、斯ウ云フコトヲ附加ヘテ申上ゲテ置キタイノデアリマス、ソレカラ次
ニ裁判所ハ此陪審員ノ答申ヲ無視シテ······無視シテ自己ノ見ル所ニ依テ専斷
デ裁判ヲスルト云フコトハ出來ナイノデアリマス、一方ニハ陪審ノ答申ニハ
拘束セラレナイト云フノデアリマスルガ、他ノ一方ニ於テハ裁判所ハ答申ヲ
無視シテ、反對ノ判決ヲ下スト云フコトハ出來ナイノデアリマス、是ハ陪審法
案ノ採ッテ居ル所ノ一ツノ大ナル原則ナリト申上ゲテ宜シイノデアリマス、
趣旨ハ陪審員ト云フモノヲ設ケテ其評議ニ付スル以上ハ陪審員ノ意見ニ聽從
セネバナラヌ、聽カネバナラヌノデアル、併ナガラ陪審ノ意見ガ拘束スルト
云フコトハ······裁判所ヲ拘束スルニ至ッテハ又弊ガ生ズルノデアルカラ、
方ニハ裁判官ノ専斷ヲ止メ、他ノ一方ニ於テハ陪審員ノ專橫或ハ情弊ニ陷リ
易キコトヲ制スルト云フ意味ニ於テ立法セラレテ居ルト御承知願ヒタイノデ
アリマス、而シテ最後ニ答申ヲ無視シテ裁判官ガ判決ヲ爲スト云フコトヲ得
ナイト云フコトニナレバ、茲ニ消極的ノ拘束力ヲ生ズル、是ハ消極的ノ拘束
力ト云フ文字ヲ用ヰラルヽモソレハ自由デアリマスルガ、併ナガラ兎モ角モ
裁判所ノ見ル所ト陪審員ノ答申トガ一致セズンバ判決スルコトハ出來ナイト
云フ結果ヲ生ズルダケノコトハ、是ハ認メナケレバナラヌト思ヒマス、陪審
員ノ答申ニ依テ裁判所ヲ拘束スルノデナクシテ、裁判所ハ訴訟手續ヲ陪審員
ノ意見ヲ聽イタ上デナケレバ、而シテ其見ル所ガ一致スルモノデナケレバ判
決ヲ爲スコトヲ得ズ、斯ウ云フコトニナルノデアリマス、是ハ恰モ檢事ノ起
訴ガナケレバ刑事ノ訴訟事件ニナラナイ、判事トシテモ致シ方ナイノデア
リマス、ソレト稍〓類スル所ノモノト御承知下サッテ然ルベキカト思フノデ
アリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=53
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054・池田長康
○男爵池田長康君 憲法ニ關スル疑義ニ對シマシテハ、尙ホ疑義ヲ有シテ
居リマスケレドモ、徒ニ論議ヲ致シマシテ時間ヲ過スノモ如何ト考ヘマスカ
ラ次ノ質問ニ移リス、此法案ガ提出サレマシタル根本理由ニ付キマシテ先程
ヨリ御說明ガアッタノデアリマス、ソレハ一ツハ憲政上ノ理由、是ハ此本案
ヲ御提出ニナリマシタ最初ノ御說明ニ於テ明カデアリマス、サウシテ第二ハ
司法上ノ理由、サウシテ所謂常識ニ依リ裁判セシムルト云フ理由、ソレカラ國
民ヲシテ裁判ニ心服セシムルモノデアル、斯ウ云フ點ニ於テ提出ノ根本的理
由ハ御說明ニナッタト思フノデアリマス、此根本的理由ニ付テ本員ノ所見ハ
非常ニ其理由ハ薄弱デアルト思ッテ居ルノデアリマス、サウシテ先程山脇君
ガ御尋ニナリマシタ御意見ノ中ニ形式的デアル、斯ウ云フコトヲ御問ヒニナ
リマシタニ對シテ、司法大臣ハ形式的ト云フ理由バカリデハナイ、實質的ノ
理由ガ之ニアルト云フ御話ガアッタノデアリマス、ソコデ憲政上ノ理由ト云
フ、詰リ國民ヲシテ此司法權ニ參與セシムルト云フコトガ、憲政上ノ理由デア
ラウト思フノデアル、是ハ形式的ノ理由デアラウト思フノデアル、サウシテ
司法上ノ理由、一即チ常識ニ依リ裁判ヲスル、或ハ國民ヲシテ裁判ニ心服セシ
ムル、斯ウ云フ點ガ寧ロ實質上ノ理由デアルカト思フノデアリマス、併ナガ
ラ既ニ現在行ハレテ居ル裁判ガ常識ヲ逸シテ居ルト云フ場合ニ於テ斯ノ如キ
陪審制ヲ設ケルナラバ常識的裁判ガ行ハレルト云フ場合ニ於キマシテハ意味
ガアルノデアリマス、重要ナル意味ガアルノデアリマス、現在ノ裁判ニ付テ
國民ガ心服シテ居ラナイ、此事實ニ對シテ國民ガ陪審法ヲ設クルナラバ、心服
スルト云フノデアリマスナラバ、此法案提出ノ理由ハ價値ガアルノデアリマ
ス、併ナガラ未ダ常識ヲ缺イタル所ノ裁判ガアルト云フ聲ヲ聞カヌ、又現在
ニ於テハ裁判ニ心服シナイト云フ聲モ聞カナイ際ニ唯チヨット常識ニ依ル裁
判、又ハ國民ヲシテ心服セシムルト云フ理由デアリマスルト、實質的ノ理由ハ
甚ダシク薄弱デアルト思フノデアリマス、但シ御說明ノ中ニ於キマシテモウ
一ツ其理由トシテ發見ヲ致シマシタノハ、之ニ依テ裁判官ハ獨斷専行ガ出來
ナイノデアル、是ガ重要ナル此法案御提出ノ實質的ノ根據デアラウカト思フ
ノデアリマス、ソコデ本員ハ改メテ玆ニ之ヲ確メテ置カナケレバナリマセヌ
ガ、唯今申上ゲマシタヤウナ理由デアリマスルカ否カ、其結果ニ依リマシテ
私ハ其點ニ付テ引續イテ質問イタシタイト思フノデアリマスガ、其點ハ如何
ヤウニ御考ヘニナリマスカ改メテ申上ゲマスナラパ、此陪審法提出ノ理由ハ
形式的ノ理由ノミナラズ、實質的ノ理由ガアル、其理由ト云フモノノ大切ナ
ル點ヲモウ一應仰セヲ願ヘマスレバ結構デゴザイマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=54
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055・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答ヲ申上ゲマス、理想論デアルトカ、形式論
デアルトカ云フヤウナ言葉ヲ用ヰマスト云フト、私ハ理想ニ非ズ、空想ニ非
ズト云フコトヲ申上ゲテモソレガ理想デアル、空想デアルト云フ風ニ御解釋
ニナレバ、何時マデ經ッテモ是ハ盡キナイ問題デアリマス、ソレデ私ハサウ云
フ文字ヲ用ヰナイデ事柄ニ於テ申上ゲタイト思フノデアリマス、第一ハ池田
君ノ御質問中ニアリマシタル如ク憲政上ノ理由デアル、是ハ國民ガ公權ノ作
用ニ參與セムトスル欲求ガアルノデアリマス、其欲求ノ勢ハ益〓盛ンニナル
ノデアル、而シテ是ガ所謂國民ノ翼賛ニ依テ國務ノ遂行ヲ圖ルト云フコト
ハ是ハ憲政ノ本旨ニ適フ所以デアル、斯ノ如クニ私ハ解シテ居ルノデアリ
やっ、而シテ唯是ガ紙ノ上ニ於テ左樣ナ欲求ガアルト云フコトヲ判斷スルノ
デハナイト云フコトハ、先刻或ハ東京ノ辯護士會ヤ法制審議會、衆議院議員
等ノ話ヲシタノデ、是ハ御了解デアルデアラウト思フノデアリマス、ソレカラ
常識······既ニ國民ノ翼賛ニ依テ國務ノ遂行ヲ圖ルノデアルト云フ原則ニ從フ
以上ハ、是レ即チ陪審員ヲ必要トスル理由ニナルノデアリマシテ、此裁判所
ト一般國民ノ間ニ於テ了解ノナイト云フコトハ即チ裁判ニ對スル信用ヲ薄カ
ラシムル所以デアルノデアリマス、依テ十分ニ裁判ト云フコトノ觀念ノ理解
ヲ得ルヤウニシ、自ラ我ガ國民ニ裁判ニ與カルノデアルト云フ責任觀念ヲ持
タシタナラバ、自カラ此裁判ニ對スル信用ハ一層ノ厚キヲ加ヘ、自ラ司法制
度ノ改善ニ裨益スル所尠カラズト考ヘルノデアリマス、御說ニ依リマスルト
國民ノ常識ヲ交ヘテ以テ裁判ヲスルト云フコトヲ云フ以上ハ、今日マデ非常
識常識ニ反スルノ裁判ガアルト云フコトヲ認メテ、初メテ用ヲナスノデハ
ナイカ、サウ云フコトガ初メテ言ヒ得ルノデナイカ、斯ウ云フヤウナ御話ニ
モ伺ハレタノデアリマスケレドモ、私ハ幾千幾萬ノ裁判ノ中ニドレダケガ常
識ニ反シタ裁判デアルカト云フコトヲ申上ゲルコトハ出來マセヌガ、併ナガ
ラ批評ヲセラレル餘地ノアルベキ裁判ハソレハアッタデアラウト私ハ思フノ
デアリマス、併ナガラ之ニ依テ直ニ國民ガ從來ノ裁判ニ對シテ信用ヲシテ居
ラナイモノデアルトハ斷言ヲ致シマセヌ、從テ往々常識ニ反スル裁判ガ幾多
アルカラ、其弊ヲ矯ムルガ爲ニ常識ニ訴ヘル所ノ裁判ヲシナケレバナラヌ故
ニ、サウ云フ制度ヲ立テルノ必要ガアルト、斯ウ私ガ申スノデハナイノデア
リマス、併ナガラ將來ニ向ッテ今日ヨリモ一層國民ト裁判所トノ間ニ了解ヲ
得ルヤウニスル、國民モ裁判ト云フ觀念ヲ能ク了解シ、而シテ裁判所ト人民
トノ間ニ近接ヲ加フルコトニ至レバ、國民ノ裁判ニ對スル信用ト云フモノハ
益〓厚キヲ加フル譯デアル、而カモ裁判官ガ陷ラムトスル弊ヲモ救フコトガ出
來ルノデアル、是ダケノ理由ヲ以テ大體陪審法案提出ノ理由ト致スノデアリ
マス、ソレデ之ヲ理想論デアルトカ、形式論デアルトカ、云フヤウナ言葉ヲ以
テ申上ゲルト、却テ或ハ誤解ヲ招クノ因トナルト思ヒマスカラ、右申上ゲル
コトニ私ハ止メテ置キタイト思フノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=55
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056・池田長康
○男爵池田長康君 形式論或ハサウ云フ言葉ヲ以テ云々ト云フ御話デアリマ
シタガ、是ハ山脇君カラ御質疑ガアッテ、サウシテ大臣ガ御答ニナリマシタ所
ヲ私ガ申上ゲタノデアリマス、今度ハ言葉ヲ換ヘテ御質問ヲ致サウト思フノ
デアリマスガ、然ラバ此陪審制度ニ依リマシテ、裁判ノ實質ガ高マルト云フ
御意見デアリマセウカ、否ヤ
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=56
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057・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答ヲ致シマスルガ、是ハ陪審制度ヲ布イテ、
國民ノ常識ニ訴ヘテ裁判ヲスルト云フコトニナリマスガコヽニ常識ノ加ハ
ッタ適正ナル裁判ガ出來得ルト云フ結果ヲ生ジテ、國民ガ即チ之ニ歸服スル
ト云フコトヲ齎ラスコトハ當然ノコトデアルト考ヘテ居ルノデアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=57
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058・池田長康
○男爵池田長康君 本員ガ之ニ對シテ疑義ヲ有シマスルノハ詰リ陪審員ガ
此事實ノ認定ヲ致シマスル時ニ、其論據理由ト云フモノニ重キヲ置カズシテ、
唯結論ノ「ノー」「イエス」ヲ以テ之ヲ決スルコトデアリマス、此點ニ付キ
マシテハ山脇君ガ先程御演說ニナリマシタ、詰リ近代ニ於キマシテハ科學ノ
進步ガ盛ンデアッテ、サウシテ所謂論理又推論、其形式ト云フモノニ誤リガナ
イト云フコトガ、之ガ大切デアル、裁判上大切デアル、サウシテ事實ノ認定
ト云フコトガ人ノ直覺ヲ以テ判斷サレル塲合ニ於キマシテハ此多數ノ「イ
エス」「ノー」ト云フコトニ依ッテ決メル上ニ於テ、眞理ガアルデアラウト思
フノデアリマス、併ナガラ各色〓ノ現象ヨリ歸納推論シテ、茲ニ判斷ヲ下シマ
スル塲合ニ於キマシテハ、此推論ノ形式、近代科學ノ進步ニ依テ、是等ノ形
式ヲ正シク見テ居ルヤ否ヤニ於テ判斷ノ價値ガアルト思フノデアリマス、多
數ノ直覺ノ「イエス」「ノー」ヲ以テハ、其判斷ガ價値アルモノトハ言ヘナイ
ノデアリマス、即チ少數ノ專斷ニ代フルニ多數ノ専斷ヲ以テスルニ過ギナイ
ト思フノデアリマス、併ナガラ此陪審制度ニ於キマシテ裁判ノ實質ヲ高メル
ト云フ司法大臣ノ御意見ト、本員ハ近代ノ文化ニ於キマシテハ其推論ノ形式
ヲ迪ルコトガ之ガ大切デアル、斯ウ考ヘテ居リマスルガ故ニ、此點ニ付キ
マシテハ意見ノ相違デアリマスルカラ、更ニソレハ質問イタシマセヌ、次
ノ質問ニ移リマスルガ、是ハ若槻君ヨリモ御質問ガアッタ件デアリマスガ、詰
リ此陪審員ガ一時ノ或事實ノ認定ノ期間ニ於テハ一定ノ塲所ニ拘束サレルノ
デアリマス、此拘束、自由ヲ缺クノデアル、ソレハ國家ノ爲メ、或ハ公務ノ
爲ニ自分ノ自由ヲ拘束サレルト云フコトハ、又已ムヲ得ヌト云フ御說モアリ
マシタ、ソコデ此事實ノ認定ヲ愼重ニ致サナケレバナラヌニ拘ハラズ、此自
由ノ拘束ヲ受ケルガ爲ニ輕忽ニ事實ノ認定、評決ガ取扱ハレル傾向ガ將來生
ジハシナイカト云フ點ニ付キマシテ、非常ナ疑義ヲ懷キマスルモノデアリマ
スルガ、其點ニ付キマシテモ十分考慮アルト思ヒマスガ、一應司法大臣ノ御
所見ヲ承ッテ置キタイト思ヒマス
〔國務大臣岡野敬次郞君演壇ニ登ル〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=58
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059・岡野敬次郎
○國務大臣(岡野敬次郞君) 御答ヲ申上ゲマス、是ハ私ガ此處ニ立ッテ詳シ
ク申述ブル必要モナカラウ、法案ニ依テ池田男爵ハ既ニ御承知ノコトデアラ
ウト思フノデアリマス、此陪審員トナルニ付キマシテハ、第十四條ニ陪審員
ノ職務ニ就カシムルコトヲ得ザルモノハ何人ト規定シテアルノデアリマ
ス又第十六條ニ於キマシテハ陪審員ノ職員ノ職務ヲ辭スルコトノ出來ル塲
合モ認メテアリマス、デ斯ノ如キ規定ヲ設ケル以上ハ、何人ガ陪審員トナッ
テモ決シテ迷惑ニ感ズルモノハナカラウ、斯ウ判斷スルコトハ出來マセヌ、ソ
レハ私ハ迷惑ヲ感ズルモノモアラウト思フノデアリマス、併ナガラ個々ノ迷
惑ハ旣ニ陪審制度ト云フモノガ、刑事事件ニ於テ必要デアルトスル以上ハ此
不便迷惑ハドウモ忍バネバナラヌコトデアラウト、斯ウ申上ゲルヨリ外ニ致
シ方ハナイノデアリマス、併ナガラ成ベク陪審員ニ於テ迷惑ヲ感ゼザルヤウ
ニ、不自由ヲ感ゼザルヤウニ致シタイト云フコトハ、何處マデモ此陪審法案
ヲ一貫シタ所ノ方針デアリマシテ、公判準備ト云フ手續ヲ設ケテ成ベク公判
ハ一日ノ中ニ片付ケルヤウニシタイト云フコトモ、是モ矢張リ陪審員ノ迷惑
ニナラヌト云フコトガ一ノ理由デアルト申上ゲテ宜イノデアリマス、デ二日
ニ亙ル或ハ三日ニ亙ルト云フコトハナイトハ申上ゲ兼マス、而シテソレガ爲
ニ特別ナ規定モアル譯デアリマスカラ、サウ云フ塲合モアルコトモアリマセ
ウ、併ナガラソレハ成ベク少イコトニ致シタイト云フ、立法ノ精神デアリ、
又實際上サウ致シタイト思フノデアリマス、而シテ斯ノ如ク迷惑ナルガ故ニ
陪審員ガ宜イ加減ナ評決ヲスルカモ知レヌト云フ虞モアルヤウニ思ハレル
ガ、其點ニ付テ當局ハ如何ナル考ヲ持ッテ居ルカト云フ御尋ーデアリマス、是
で
ハ唯〓池田男爵ノ仰セノ如キコトガアッテ一般ノ國民ガ皆迷惑デアル、モウ
行ッタラバ成ベク速ニ、輕率デアッテモ何デモ事件ヲ片付ケテ御免ヲ蒙ッタ方ガ
宜イト云フナラバ、是ハ陪審法ノ施行ノ上ニ於テハ甚ダ不都合ナル結果ヲ來
タスノデアリマス、寧ロ陪審法ヲ放棄シナケレバナラヌ、廢サネバナラヌト
云フコトニナルノデアラウト私ハ思フノデアリマス、併ナガラ私ハ左程ニ國
民ノ知識モ幼稚デハナイト、私ハ思フ者デアリマスルケレドモ、先刻モ陪審
法ノ施行ノ準備計畫トシテ申上ゲマシタ通リ、十分ニ此陪審員ヲシテ陪審法
ノ精神ヲ能ク了解シ、國民ノ間ニ之ヲ徹底セシメテ自カラ裁判ヲ爲スガ如キ
心持ヲ以テ、所謂責任觀念ヲ以テ其職ニ就クト云フコトニ私ハ致シタイ、ソレ
ガ爲ニハ或ハ講演ヲスル、或ハ印刷物ヲ配付スル等ノ事柄モ丁度十七年マデ
ニ餘裕ガアルノデアリマスカラ、其間ニ十分ニ準備ヲ爲シテ以テ他日ニ悔ヒ
ヲ貽サヌコトヲ期シテ居ル次第デアリマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=59
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060・池田長康
○男爵池田長康君 本員ハ最早時間モ經過イタシマスノデ質問ハ是デ止メマ
スガ、併シ其法案ニ依テ國民ハ實益ナキ空權ヲ得テ、サウシテ結局陪審員ト
シテ不自由ナル拘束ヲ受ケタ所ニ不滿ヲ生ジ、而シテ更ニ其點ニ對シテ將來
問題ガ生ズルモノデアルト云フコトヲ豫感スルノデアリマス、豫感スルノデ
アリマス、唯此一言ヲ殘シマシテ此質疑ヲ終リマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=60
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061・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 是ニテ質疑ノ通〓ハ終リマシタ
〔子爵西大路吉光君發言ノ許可ヲ求ム〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=61
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062・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 西大路子爵ハドウ云フコトデスカ発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=62
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063・西大路吉光
○子爵西大路吉光君 動議ヲ提出シタイト思ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=63
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064・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 御申述べヲ願ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=64
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065・西大路吉光
○子爵西大路吉光君 議題ニナツテ居リマス陪審法案ハ極メテ重要ナル案件
デゴザイマスルガ故ニ、此特別委員ノ數ヲ特ニ十五名トセラレムコトノ動議
ヲ提出イタシマス、滿塲ノ諸君ノ御賛成ヲ請ヒマス発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=65
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066・大山綱昌
○大山綱昌君 賛成
〔其他「賛成」ト呼フ者アリ〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=66
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067・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 西大路子爵ノ此法案ノ委員ノ數ヲ十五名トスル、
其動議ニ同意ノ諸君ノ御起立ヲ請ヒマス
起立者多數発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=67
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068・徳川家達
○議長(公爵徳川家達君) 過半數ト認メマス、特別委員ノ氏名ヲ書記官ヲ
シテ朗讀ヲ致サセマス
〔瀨古書記官朗讀〕
陪審法案特別委員
公爵二條厚基君伯爵寺島誠一郞君子爵酒井忠亮君
子爵黑田〓輝君松室致君河村善益君
富谷 姓太郞君河村讓三郞君內田嘉吉君
男爵佐竹義準君男爵池田長康君男爵中川良長君
湯淺倉平君橋本辰二郞君花井卓藏君発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=68
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069・徳川家達
○議長(公爵德川家達君) 本院規則第五十八條ニ依リマシテ本日ノ議事ハ是
デ延會イタシマス、次ノ議事日程ハ決定次第御通知ニ及ビマス、明六日午前
十時ヨリ開會イタス積リデゴザイマス、本日ハ是ニテ散曾イタシマス
午後五時二十七分散會発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=004603242X01819230305&spkNum=69
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