1. 会議録本文
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000・会議録情報
昭和二十一年八月二十二日(木曜日)午前十時三分開議
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議事日程 第二十二號
昭和二十一年八月二十二日
午前十時開議
一 道府縣會議員等の任期延長に關する法律案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
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001・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 昨二十一日吉田久君、鹿島精一君、川上嘉市君、河端作兵衞君、町村敬貴君、藍澤彌八君貴族院令第一條第四號に依り貴族院議員に任ぜられました、就きましては此の部屬は吉田君、川上君を第一部に、河端君を第二部に、鹿島君を第七部に、藍澤君を第八部に、町村君を第九部に各各編入致しました
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/1
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002・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 其の他諸般の報告は御異議がなければ朗讀を省略致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/2
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003・会議録情報2
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〔參照〕
去る十九日議決に係る伏見宮博恭王殿下に對する弔辭は二十日之を奉呈せり去る十九日本院に於て採擇することを議決したる志布志線北郷、日豐線宮崎の兩驛間に鐵道敷設の請願外四件の請願は各各意見書を附し即日之を政府に送付せり
同日委員長より豫算委員伯爵大木喜福君を第三分科擔當委員に選定したる旨の報告書を提出せり
同日内閣總理大臣より左の通第九十囘帝國議會政府委員仰付けられたる旨の通牒を受領せり
大藏省所管事務政府委員
大藏事務官 東條猛猪君
正八位 當間重民君
一昨二十日政府より昭和二十一年勅令第百九號に基き八月十七日同令第一條の覺書該當者と決定せる旨の通牒を受領せり依て同令第四條に依り八月十七日貴族院議員の資格消滅せり
同日生活保護法案特別委員會に於て當選したる正副委員長の氏名左の如し
委員長 男爵 高木喜寛君
副委員長 子爵 京極高鋭君
昨二十一日衆議院より左の政府提出案を受領せり
昭和二十一年度改定歳入歳出總豫算案
昭和二十一年度特別會計改定歳入歳出豫算案
道府縣會議員等の任期延長に關する法律案
同日内閣總理大臣より左の通第九十囘帝國議會政府委員仰付けられたる旨の通牒を受領せり
大藏省所管事務政府委員
大藏事務官 三井武夫君
同日委員長より左の報告書を提出せり
請願文書表(第八囘報告)
同日政府より左の法律案は議院法第二十七條但書及第二十八條但書に依り議定相成たき旨の要求書を受領せり
道府縣會議員等の任期延長に關する法律案
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004・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是より本日の會議を開きます、昨二十一日豫算委員乾政彦君より病氣に付委員辭任の申出がございました、許可を致して御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ふ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/4
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005・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、就きましては第二部に於て其の補闕選擧を行はれむことを願ひます、去る十九日電氣事業法の一部を改正する法律案外三件特別委員奧主一郎君より都合に依り委員辭任の申出がございました、許可を致して御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ふ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/5
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006・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、就きましては其の補闕として慶松勝左衞門君を指名致します
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/6
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007・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是より日程に移ります、道府縣會議員等の任期延長に關する法律案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、大村内務大臣発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/7
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008・会議録情報3
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道府縣會議員等の任期延長に關する法律案
右の政府提出案は本院において可決した、因つて議院法第五十四條により送付する
昭和二十一年八月二十一日
衆議院議長 樋貝詮三
貴族院議長公爵徳川家正殿
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道府縣會議員等の任期延長に關する法律案
昭和二十一年十月三十日までに延期の滿了する道府縣會議員及び市町村會議員(全部事務のために設ける町村組合の組合會議員及び東京都の區の區會議員を含む。)の任期は、同月三十一日まで、これを延長する。
附 則
この法律は、公布の日から、これを施行する。
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〔國務大臣大村清一君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/8
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009・大村清一
○國務大臣(大村清一君) 只今上程に相成りました道府縣會議員等の任期延長に關する法律案に付きまして、其の提案の理由を説明致します、御承知の通り現在の道府縣會議員の任期は本年八月三十一日を以て、又殆ど總ての市町村に於ける現任市町村會議員及び東京都の區の區會議員等の任期は九月二十日を以て滿了することと相成つて居りますが、任期滿了に伴ふ是等の議員の總選擧は只今帝國議會に提案致して居ります、地方自治制度に關する東京都制の一部を改正する法律案外三法律案及び衆議院議員選擧人名簿等の臨時特例に關する法律案の施行後に於て婦人其の他の新しい有權者をも參加せしめて、之を執行することが地方自治の本旨の顯現の爲必要であると存ぜられるのであります、仍て是等の法律制定に關する各般の手續及び選擧人名簿の調製等、選擧の執行に關する諸般の準備行爲の完了に要する期間を考慮し、差當り本年十月三十一日迄是等の議員の任期を延長するのが適當であると考へた次第であります、何卒御審議の上速かに御協贊あらむことを御願ひ致します
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/9
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010・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 本案に付きましては政府より議院法第二十七條但書及び第二十八條の但書に依る緊急議決の要求に接して居ります、三讀會の順序を省略するの件に付御諮りを致します、讀會の順序を省略することに同意の諸君の起立を願ひます
〔起立者多數〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/10
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011・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 三分の二以上と認めます、議案の審査は政府の要求に依り之を行はざることに致します、別に御發言もなければ是より採決を致します
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/11
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012・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 本案全部を問題に供します、全部原案通りで御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ふ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/12
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013・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/13
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014・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 大藏大臣より發言を求められて居ります、此の際許可を致します、石橋大藏大臣
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/14
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015・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 昭和二十一年度の改定豫算を御審議願ひますに付きまして、其の豫算の性格の大要を申上げ、且又政府が只今考へて居ります財政經濟政策の大體の方針を述べまして、豫算御審議の御參考に供したいと存じます、昭和二十一年度一般會計改定豫算の歳出は五百六十億八千八百餘萬圓、之に對する普通歳入は、三百五億一百餘萬圓でございまして、差引歳入不足二百五十五億八千七百餘萬圓に上ります、但し以上の金額の中には既に本年四月乃至八月迄に施行豫算、豫備金支出、緊急財政處分及び先般の追加豫算に依りまして、支辨せらるべき歳出百六十四億三千六百餘萬圓、歳入六十五億六千三百餘萬圓を含んで居る次第であります、又帝國鐵道會計及び通信事業、其の他二十一特別會計の昭和二十一年度改定豫算の歳入及び歳出は、既に本年四月乃至八月迄に施行せらるべきものを含みまして、歳入九百三十九億五千八百餘萬圓、歳出八百四十五億九千二百餘萬圓でございます、尤も此の特別會計の歳入歳出の金額は、各特別會計の豫算額を單純に合計致したものでありまして、之に一般會計の、先程申しました金額五百六十億八千八百餘萬圓を合計したものでございます、更に一般會計及び特別會計間、竝に各特別會計相互間の重複勘定を控除致しまして、所謂純計額を算出致しますと、歳入純計額千七十二億四千餘萬圓、歳出純計額千四十五億五千二百餘萬圓に相成ります、併し更に此の中から食糧證券の借替償還に依ります歳入歳出の重複額が、百四億九千七百萬圓ございますので、之を控除致しますと、本當の本年度の歳入純計額は九百六十七億四千三百餘萬圓、歳出純計額が九百四十億五千五百餘萬圓と相成る次第でございます、斯樣に本年度の豫算は非常に大きな額に上りますが、今此の中一般會計の歳出五百六十億八千八百餘萬圓に付きまして、之を大いなる費目に區分して申上げますと、民生安定費六十三億二千四百餘萬圓、經濟再建費百億四千四百餘萬圓、教育文化費十二億六千三百餘萬圓、同胞引揚費七十七億七千二百餘萬圓、所謂終戰處理費百九十億圓、次に是は朝鮮へ進駐軍の住宅等を建てます爲に持つて行く材料でありますが、特別住宅建設資材費十二億圓、地方分與税分與金二十五億五千九百餘萬圓、國債費五十億四千八百餘萬圓、國庫豫備金八億圓、其の他が二十億七千四百餘萬圓、合計五百六十億八千八百餘萬圓となる譯でございます、即ち其の割合を申上げますと、最も此の中で大きいものは、終戰處理費、詰り進駐軍の費用であります、それに更に先程申上げました朝鮮への資材を持つて行きます特別住宅建設資材費を加へると、合計二百二億圓に上りまして、總歳出の約三割六分に達する次第であります、次に割合の大きいものは經濟再建費でありまして、總歳出の約一割八分に上ります、其の他總歳出に對する割合は同胞引揚費約一割四分、民生安定費一割一分餘、國債費九分、地方分與税分與金四分六厘、教育文化費二分三厘、國庫豫備金一分四厘、其の他三分七厘と云ふ次第でございます、以上に依りまして察せられます如く、本年度の一般會計豫算は、全く終戰後の變態に基きます變態的豫算でございます、其のことは例へば此の約五百六十億圓の歳出の内、大體に於きまして本年度限りの支出と認められますものを擧げますと、約其の半分以上の二百九十七億圓に上ることに相成るのであります、其の主なるものを申上げますと、同胞引揚費の七十七億七千二百萬圓、戰災保護費の四億三千四百萬圓、價格調整補給金の四十三億二千七百萬圓、船舶運營會補助の九億四千二百萬圓、終戰處理費の百四十七億三千四百萬圓、朝鮮への住宅建設資材を送る費用が十二億圓、其の他が約三億三百萬圓程、斯う云ふことに相成ります、斯樣な大きな財政支出が、特に先程申上げましたやうに歳入不足を伴ひまして、累積的に繼續致しますれば、其の結果は申す迄もなく甚だ憂慮しなければならない次第であります、併し本年度の支出は以上に申上げました如く、其の建前に於きまして本年度限りと認められますものが相當多いのであります、固より今日の我が國の特殊事態の下に於きましては、今後尚特殊の支出を要する場合があると考へられます、從つて本年度限りの歳出と申上げたものが、全部是が明年度に於て不用に落ちるとは考へられないのであります、併し兎にも角にも斯樣な譯で、今年度の豫算の性格から判斷致しまして、來年度以降の財政に於ては逐次之を整理し、歳出を減少し、遠からざる將來に於て收支の均衡を囘復し得ると我々は確信を致して居る次第であります、更に本年度の一般會計改定豫算を他の側面から觀察致しますと、其の運營に依りまして所謂失業對策費として役立ち得るものが、是亦なかなか多いのでありまして、約二百二十二億圓を算して居ります、總歳出の三分の一以上が之に當る次第であります、其の主なるものを申上げますと、援護其の他民生施設費三十億圓、就業對策費九千三百萬圓、公共事業費六十二億三千五百萬圓、終戰處理費の内で勞務費或は施設費に當りますものが、百二十九億二千七百萬圓と云ふことに相成つて居ります、尤も只今申上げました二百二十二億圓、即ち總歳出の三分の一以上に當ると申しました所謂失業對策費なるものの中には、既に本年四月から八月迄の間に支出を致したものもございます、從つて二百二十二億圓が全部今後に支出される譯ではございませぬが、其の大なる部分は今後に支出致されるものでございます、失業對策に付きましては更に後に申上げたいと存じますが、申す迄もなく自發的でない失業者が存在すること、又遊休生産施設或は遊休資材が存在致すことは、一刻も早く之を解消致さなければならないのであります、即ち有らゆる現存生産諸要素の所謂完全稼働「フル・エムプロイメント」の實現と云ふことこそ、私共が目掛けて參らなければならない財政經濟政策の目標であると考へる譯でございます、本年度の改定豫算は以上の三分の一餘が所謂失業對策費、即ち人を使つて行く方面に向けられると云ふ點から言ひまして、聊か此の目標に向つて進んで居るものと言はれると考へるのであります、次に歳入に付て一言申上げますと、以上の如く歳出は非常に巨額に上りますので、私共は之に對して出來る限り歳入の増す加を圖らなければならないことは申す迄もございませぬ、私共は此の目的の下に別途御協贊を御願ひして居ります如く、終戰後の實況に即しまして、税制に若干の改正を施すと共に、増す税を行ひ、又先般煙草の値上も實施致しまして、是等を含めて總計三百五億一百餘萬圓の普通收入を一般會計に計上致した次第でございます、併し遺憾ながら此の努力を以て致しましても、尚一般會計に二百五十五億八千七百餘萬圓の歳入不足を生じます、又今後更に必要と致します若干の追加豫算もございますので、其ふ不足は更に二百五十五億圓以上に上るのでありますが、是は誠に已むを得ざる次第と考へて居るのでありまして、今後實行すべき財産税等の收入を以て支辨致す計畫でございます、併し斯樣にして財産税等を用ひまして歳出の支辨を致す結果はどうかと申しますと、財産税は其の名の如く國民の財産を徴收するのでありまして、國民の現在の所得に課税するのではございませぬ、國民の現在の所得に課税して、之を國家が消費致します場合には、それだけ課税される國民の消費が減少する譯でありますから、國民經濟全體と致しましての消費には増す減がない、從つて茲に所謂恐るべき財政上から生ずる所の「インフレ」の懸念はない譯であります、處が財産税で徴收する收入を國家が消費する所の影響は左樣に簡單でございませぬ、例へば財産税が物に依つて納付される場合を考へますのに、國家が之を消費致しまするのには、先づ以て其の物を換金しなければなりませぬ、此の場合に若し其の物を國家が民間に賣却して、さうして之を買受ける國民が其の代金を現在の所得を以て支拂つて呉れますれば、それは間接に國民所得に課税する結果に相成りますから、「インフレ」の懸念はないと申せます、併し若し其の買受者がそれを買受けるに付ては使用しなかつたであらう所の銀行預金を引出して買受けますとか、或は又國家が收納致したものを見返りに通貨を發行して使用するとか致しますならば、是は明かに通貨増す發を來す次第でありまして、「インフレ」の原因を爲す譯であります、又例へば我が國に今日存在します封鎖預金、之を以て國民が財産税を納める、さうして之を國家が使ふと致しますならば、それは詰り大量の封鎖預金を解除するのと同樣の結果に相成りますから、是亦「インフレ」を起す懸念があるのであります、斯樣にして財産税收入を財源として歳出を賄ひますことは、其の全部とは申せませぬが、其の少からざる部分が赤字公債を發行し、之を日本銀行に引受けさせて、國家が消費するのと經濟的には等しい結果を生ずると考へられるのであります、率直に申しますと我々は本年度の豫算には斯樣な危險が伴ふことを強く注意致して居なければならぬのでありまして、此のことは茲に敢て率直に申上げまして、今後政府と致しましても、此の點に十分の注意を致して誤なきことを期したいと御誓ひすると同時に、又一般の國民諸君等にも此の點に深き注意を拂はれむことを御願ひして居る次第であります、斯樣に申しますと非常に悲觀的でありますが、是は一應の解釋でありまして、國家の財政の目的、殊に今日の我が國の如き場合の財政に於きましては、先にもちよつと申上げましたが、何よりも先づ第一に國民に業を與へ、産業を復興し、所謂「フル・エムプロイメント」を目指して國民經濟を推進することにあると考へます、如何に財政の收支は均衡を保ちましても、國内に失業者が溢れ、多くの生産要素が遊休状態に置かれると云ふことでありますならば、是は眞の意味の健全財政では決してないであらうと考へる次第であります、終戰後の我が經濟は甚だしき「インフレ」に襲はれて居ると一般に觀測せられて居ります、成る程發行紙幣は著しく増す加致しまして物價、賃金等の騰貴を示して居ります、此の現象を取つて申せば確かに「インフレ」に違ひありませぬ、併し私共が從來漠然として「インフレ」と申して居ります現象は、之を解剖して見ますと一つの明かな意味があると考へられるのであります、それは所謂「インフレ」と「デフレ」と相對應する現象でありまして、從つて「インフレ」の害を防ぐのには「デフレ」政策、即ち通貨收縮を以てすべしと云ふ意味でございます、是は換言すれば生産の側面には何等の故障のないものとしての考へ方でありまして、生産には故障がない、從つて通貨を收縮しさへすれば「インフレ」の害を防げると斯う云ふ考へ方であります、嘗て英國の「ケインズ」卿が眞の意味の「インフレ」なるものを定義致しまして、經濟が既に「フル・エムプロイメント」の状態を示し、有らゆる生産要素、即ち人も設備も「フル」に稼働して居ります場合に、尚其の上に購買力が注入される時に起る現象であると申しましたのは、以上の意味に依ると考へられる次第であります、斯樣な所謂「フル」に生産要素が稼働して居ります場合に購買力を注入致しますれば、即ちより正確に申しますれば、有效需要が増す加致しますれば百「パーセント」に物價が騰貴を來す譯であります、所謂惡性「インフレ」は此の段階に於て生ずると考へられるのでありまして、我が國の戰時中には此の意味の「インフレ」が確かにあつたと思はれるのであります、處が昨年終戰以來の我が國は御承知の通りに「フル・エムプロイメント」と云ふやうな状態ではありませぬ、現に私共が見ます如く多くの失業者を發生し、又表面就業せる人達も、十分に生産活動を爲すことが出來ない、生産設備の甚だ多くの部分は遊休化して居るのであります、是は「フル・エムプロイメント」ではなく、逆に甚だしき「アンダー・エムプロイメント」であると斯う申せると思ふのであります、斯樣な状態の下に於ての通貨膨脹と物價騰貴とは、即ち「デフレ」政策に依つて救治し得るが如き普通の意味の「インフレ」ではないと存ずるのであります、終戰後の我が國の所謂「インフレ」は斯樣な次第でありまして、實は戰爭及び敗戰に基いて生じました經濟秩序の破壊と虚脱状態、而して是より生じた飢饉現象乃至恐慌現象と見るべきものであると思ふのであります、食糧を初め物資は著しく不足致しました、生産は停頓致して居ります、而も之を囘復する智慮と勇氣とは不幸にして終戰後暫く國民の間に失はれ、茲に飢饉物價を發生した次第であります、而して此の飢饉物價及び全般の經濟不安から、預金の引出、通貨の退藏等が行はれたと思ふのであります、終戰後の通貨膨脹及び物價騰貴を發生した原因は、無論細かく分析致しますれば種々なることを擧げなければ相成りませぬが、其の基調は以上申上げた所にあると存ずるのであります、世の中には第一次世界戰後「ドイツ」に起つた「インフレ」を屡屡想ひ起しまして、是と今日の我が國の通貨膨脹とを比較して云々する者もありますが、私共は此の兩者は全然其の性質を異にして居るやうに思ふのであります、「ドイツ」の場合は最後の千九百二十三年は特別な事情に依るもので別と致しまして、少なくとも千九百二十二年の半ばに至る迄は、生産増す加と好景氣と事實上の失業者皆無の間に發生した「インフレ」でありまして、今日の我が國のそれの如く生産減退と不景氣、失業者續出の間に起つた「インフレ」とは性質が異るのであります、從つて斯樣な我が國の今日の「インフレ」は單に通貨收縮、即ち「デフレ」政策に依つて處理し得るものとは考へられないのであります、飢饉物價は物の生産と出廻りに依つてのみ之を救ひ得られ、恐慌は人心の不安を一掃してのみ鎭靜し得るものと存じます、若し此の際「デフレ」政策を採りますれば物價の水準は引下げ得るかも知れませぬが、恐らく生産は一層縮小致し、國民所得は減じ、國民の生活難は寧ろ甚だしくなりはしないかと思はれるのであります、若しさうだとすれば人心の不安は固より之を拂ひ去ることは出來ないと考へます、國に失業者があり、遊休生産要素の存する場合の財政の第一要義は、是等の遊休生産要素を動員し、之に生産活動を再開せしめることにあると考へます、此の目的を遂行する爲でありまして、且又其の目的に能く到達し得る施設が行はれるならば、之に依つて假令財政に赤字を生じ、通貨の増す發を來すことも差支ない、それどころか却てそれこそ眞の意味の健全財政である、斯樣に考へる次第でありまして、而して是は今日の經濟學説に於ても認められる所であると考へて居ります、昭和二十一年度の改定豫算は、固より未だ理想的なものとは言へないに致しましても、以上の意味に於きまして歳入不足はあると雖も、以上の申上げました意味に於きまして、健全財政の線に沿へるものと考へて居る次第であります、勿論斯く申しましても、今日の我が國の状態は、單に購買力を經濟界に注入することに依つてのみ直ちに經濟活動を増す進し得るが如き簡單なる事態ではございませぬ、此の點は又特に深く我々の留意しなければならぬ所であります、終戰後多くの企業は御承知のやうに收支償はず、生産は停頓減少致して居ります、さうして甚だ憂ふべき状態を現して居りますが、是は勿論「インフレ」現象ではないと同時に、又普通の景氣循環の場合の不景氣とも亦異る現象でございます、前にも一言致しました如く、戰爭及び敗戰に依つて生じたる破壊と虚脱状況に基いて起つた現象であると考へます、私共は茲に單なる「インフレ」を克服する政策では今日いけないと考へると共に、又單なる「デフレ」を克服する方法とも亦異つた政策を遂行する必要があると考へる次第であります、其の第一は先づ以て終戰後の現實に即應致しまして、又平和日本建設の方途に合致する方法に依りまして經濟界に整理を施し、經濟再建の基盤を確實にし、經濟界の進路を明朗にし、所謂虚脱状態から脱却することが第一に必要であると考へます、私共は此の觀點から、終戰後の懸案であります所の補償問題の根本的解決を圖ることを決心致しました、之に關して必要なる法律中、既に其の二つは御協贊を煩した次第であります、殘餘の法律案も目下成案を急いで居りますから、近く議會の審議を煩す豫定でございます、斯樣にして私共は一時已むを得ず採用致しました不自然なる封鎖預金等の制度を、出來得る限り早い機會に於て撤廢致したいと考へて居る次第であります、前内閣以來の計畫であります、財産税等に付きましても、亦以上申上げました諸措置と關聯致しまして、適切なる修正を施し、近く是亦御審議を煩したいと存じて居る次第であります、之に依つて國民各自がそれぞれ其の分に應じて、新生日本の經濟再建に寄與する途を拓きたいと考へる次第であります、私共は日本の前途を決して悲觀する者ではございませぬ、眞に我々が民主主義と平和主義とに徹底し、協力一致奮勵致しまするならば、希望の海は洋々として前面に展開して居ると信じます、併し何にせよ、八年に亙る戰爭に依りまして國力を極度に消耗し、加ふるに敗戰に依り秩序ある平和産業への轉換を一時不可能ならしめました、是等が我が國民經濟に與へた損失は莫大なものがあります、經濟界の整理とは、言を換へれば、此の損失を率直に承認を致し、之を國民經濟の資産表から切捨てることであります、勿論此のことはろで申すのは容易いのでありますが、實行には非常に苦難を伴ふことを覺悟致さなければなりませぬ、併し此の整理は成行きに委せて置きましても、何時かは必ず行はなければならぬ所の處置であります、然るに之を成行きに委せて置きますことは、整理の期間を長引かせるのみでなく、秩序ある整理を不可能にし、好ましからぬ經濟上の波瀾を繰返し、其の經過に於て更に損失を累加する危險があると存じます、故に私共は此の際忍び難きを忍び斷乎として以上の整理を敢行致し、以て經濟再建の時期を促進致したいと考へる次第であります、經濟界の整理は、併しどう云ふ方法に依りますに致しましても、必然「デフレーション」的傾向を伴ひます、而して今や我が國の經濟が是非とも整理過程に入らなければならないことは、以上に申上げました如くでありまして、假令國家が茲に何等かの積極的處置を採らないと致しましても必然免れない所であります、我々は茲に我が國の終戰後の所謂「インフレ」乃至物價騰貴は、却て強く「デフレ」に轉ずる時期が近付いて居るとも考へられるのであります、然るに假に「デフレ」に轉じたと致しましても、それで問題は解決するかと申しますと、斷じてさうではないのでありまして、以上に申上げました如く、今日の我が國の問題はどうして物資を増す産し、飢餓現象を解消し、經濟の前途の見透しを明かにするか、人心を安定するかと云ふことであります、私共が經濟界の速かなる整理を求めて居りますのも、是等の目的を達する爲でございますが、それは併し謂はば消極的方策でございます、我々は更に積極的に是等の目的を達成する手段を講ずる必要があると考へるのであります、此の積極政策は大凡五つあります、第一は、樞軸産業に對する特殊の促進策でございます、其の一つとして、我々は石炭を擧げたいと思ひますが、今日石炭の強力なる増す産を行ふことは、有らこる産業の復與を促す第一の緊急事であることは申す迄もありませぬ、政府は之が爲今全力を盡す覺悟であります、我々は之が爲必要でありますならば、石炭の生産者價格の引上げ、其の他の方法に依りまして、石炭業の過去の債務を整理し、且將來の收支の均衡を確保する強力なる處置を講ずる積りでございます、但し生産者價格を引上げましても、今日同時に消費者價格を動しますと、外の多くの物資の價格に影響致すばかりでなく、それらの價格の改訂が行はれます迄物資の出廻りを阻害致す危險がございますから、是は此の際暫く避けまして、代りに思ひ切つた價格調整補給金を支出すると云ふ決心を致して居るのであります、但し斯樣な措置を行ひます爲には、炭礦の經營を有らゆる側面に亙つて合理化をし、必ず増す産の行はれると云ふことの保證がなければなりませぬ、若し増す産が行はれるならば、假令最初の生産者價格は相當に高くありましても、増す産の進むに從ひまして生産費は追々下つて消費者價格も若し之を生産者價格に應じて上げるとしましても、其の消費者價格を低い所に定め得るものと考へるのであります、幸にして斯樣にして石炭の増す産が明かな目途を示すに至りますならば、全國産業の立直りは茲に確實なる緒を開くのでありまして、所謂「インフレ」の無循環を必ず斷絶し得ると考へるのであります、是は石炭を一例として申上げたのでありますが、其の外食糧に致しましても、肥料に致しましても、此の際採るべき策は大體是と同樣の線に沿ふべきものと考へて居る次第であります、幸にして只今の處、本年の天候は頗る良好でありまして、今秋の豐作を想はしめられるのであります、米國、「カナダ」等の小麥も亦甚だ豐作であると傳へられる次第でありまして、我々は斯くて憂へられた食糧危機も内外を通じて打開される時機が近付いて居るのではないかと思ふのであります、と申して無論油斷は禁物でありまして、我々は飽く迄「天は自ら助くる者を助く」の格言の下に邁進致したいと存じて居る次第であります、第二は、復興金融の強力なる推進でございます、資金は申す迄もなく物であります、然るに其の物が先程申上げましたやうに、今我が國に於ては飢饉状態にあるのであります、從つて今日の我が國に資金が豐富である理由はありませぬ、でありますから我々は資金を極力節約し、有效に利用し又其の蓄積を圖らなければならないのであります、我々は此の觀點から資金の使用に相當の制限を加へなければならぬと考へて居ります、併し左樣であるからとて、資金の圓滑なる供給を缺くが爲に生産の勃興を妨げるが如きことがあつてはなりませぬ、前に申しました如き、經濟界の整理過程に於きましては、往々にして此の弊を生じ易いのであります、爲に當然生くべく、又生かさなければならぬ所の企業をみすみす殺してしまふと云ふことがあるのであります、私共は此の弊の發生を防ぐ爲に、政府出資の下に復興金融金庫を設ける計畫でございます、又此の金庫の出來ます前の過渡的處置と致しまして、既に去る八月一日から日本興業銀行をして復興金融を行はしめて居るのであります、併し斯樣な特殊の金融機關のみに依つて日本經濟再建の金融に遺憾なきを期し得るものではございませぬから、我々は特殊の復興金融機關の活動に期待すると共に、又舊來の有らゆる金融機關の總動員的活躍を期待する者であります、資金は固より生産を興すべき部面に集中致さなければいかぬのでありまして、所謂放漫なる貸出は如何なる場合に於ても嚴に戒められることを要します、併し苟くも生産資金であるなら、日本銀行は之を供與することに躊躇致さず、政府も亦必要にして可能なる援助を惜まない次第であります、殊に中小商工業に對する金融に付きましては、政府は各地財務局等に命じ、不斷にそれぞれの地方の金融機關と緊密なる連絡を執らしめまして、萬遺憾なきを期して居る次第であります、金融に付て近來一つの問題は、國民中の或部分に滯留致して居りまする紙幣に付てであります、世の中には是等紙幣を再び新紙幣と交換し、或は封鎖せよなどと唱へる者がありますが、左樣なことは我々の今日全く考へて居ない所であります、又是はどなたが金融政策の衝に當るとも爲し得ない所と存ずるのであります、滯留せる通貨は、唯強權を以て之を囘收致しましても、之を收縮し得る效果は一時的であります、それは本年二月以降の實況を見ても推察される所であります、從つて外から力を加へずとも滯留せる通貨が自ら銀行に集り、郵便貯金に化すと云ふやうに致すことが必要であると存じます、それに先づ第一に經濟界の前途を明るくし、預金が又封鎖されるのではないかなどと云ふ風説の現れないやうすることが條件であります、所謂新圓と舊圓との區別を出來るだけ速かに撤廢致しますことは此の點に於て最も必要であるのであります、私共が經濟界の整理を斷行致さうとする目的の一つは矢張り此處にあるのでありまして、と同時に我々は又從來預貯金等を行ふ習慣の乏しい人々と云ふやうな向に對しては、之を誘導して預貯金等に興味を感ずる方法を講じたいと考へて其の方策を練り、且逐次實行致して居る次第であります、尚我が國の通貨及び金融制度に付きましては、前内閣時代既に委員會を設けまして其の改革案の調査を開始致して居つたのであります、我々は更に此の調査を再開致しまして、以て我が通貨金融に關する確乎たる制度を確立致したいと計畫して居ります、第三は、産業の合理化であります、前に私共は、我が國の經濟界は整理しなければならぬと申上げましたが、是は唯消極的に事業を縮小することではありませぬ、積極的に又産業に有らゆる合理化を行ふと云ふことでなければならぬと考へて居る次第であります、産業の合理化とは申上げる迄もなく、從業者一人當りの能率を増すし、其の生産を高めることであります、能率が上らずして日本の産業の興る筈はなく、又勤勞者の所得を増す加し國民生活の改善を圖り得る筈がございませぬ、元來我が國の賃銀俸給が歐米諸國に比し低かつたと申されますが、それは主として生産能率の低かつたことに依るものと私は考へて居ります、然るに遺憾ながら今日の我が國に於ては一層其の生産能率を低下すると思はれるのであります、從つて今日の此の状態の下に於きましては、國民の生活水準は必然低下する外はないのであります、俸給賃銀は御承知のやうに、最近一般に著しき引上を見ましたに拘らず、依然として勤勞者の生活苦は緩和せられませぬのみならず、他方に於ては企業が赤字を累積して居ると云ふ理由は此處にあると考へるのであります、況や我が國は戰爭と敗戰に依つて既に多くの資本を喪失致しまして、尚其の上に賠償に依りまして更に之を失はむとして居るのであります、之を償ひ以て國民一人當りの生産を増す加する方法は蓋し産業を合理化し、又其の産業の合理化は一つ々々の企業の合理化のみでなく、廣く産業全體に亙つての合理化を行ふ外に途はないと考へるのであります、第一次世界戰後一時我が國にも産業合理化は起り掛けましたが、それは遂に徹底しなかつたのであります、我我は今度こそ之を徹底する必要があると考へて居るのであります、以上に述べました經濟界の整理は此の目的の下に行はれなければなりませぬ、目下政府が計畫して居りまする農地制度の改革の如きも此處に一つの使命が存するのであります、次に第四は、失業者受入體制の強力なる推進であります、經濟界の整理と合理化とは必然失業者を發生することを免れませぬ、さうでなくても現に多數の失業者があります所に、更に之を増す加することは固より甚だ憂ふべきことであります、併し之を恐れて居たのでは整理は進行せず、從つて經濟の再建は出來ませぬ、此の矛盾を我々は解かなければならない、茲に私共はそれ等の失業者を受入れる體制を強力に整へる必要があります、併し此の體制は單に失業者を失業者として消極的に救助し生活させると云ふことに止まるものであつてはなりませぬ、私共の理想は、それ等の人々が苟くも何等かの勤勞に堪へる能力を有する限り、直ちに適當の業務を供給し失業者たらしめざることにあると考へます、純然たる救助は斯樣な意味に於て出來る限り小範圍に止めたいと考へて居ります、是れ即ち國民の生活權を擁護する所以であり、又國家緊要の生産増す加を齎す方法であると考へます、私共は此の觀點から、以上申述べました如く、豫算の上にも相當な金額を計上致しました、私共は之を適切に運用し、且廣く民間にも協力を求めまして、以て此の問題の處理に遺憾なきを期したいと考へて居る次第であります、尚一般失業者とは其の性質を異に致しますが、海外よりの引揚同胞及び舊軍人軍屬諸君の問題があります、之に付きましては、先に豫算の數字に付て申上げました如く、其の直接の引揚費七十七億餘圓を計上致して居ります、併し是等の諸君に關して最も重要な問題は、どうして是等の諸君に仕事を供給し其の生活の再建を圖るかでございます、政府は之に付ては特に意を用ひ、取敢へず援護其の他民生施設費三十億圓中より必要なる生業資金の供給を計りまする外、又六十億圓の公共事業費等に依つて行はれます事業に、是等の諸君の勞力を吸收するの途を拓きたいと計畫を進めて居ります、戰災復興事業も亦以上申上げました所と關聯致しまして、此の復興事業が同時に又失業對策たるが如き方法を講じたいと計畫致して居ります、第五は、經濟の民主化であります、此のことは既に今迄屡屡繰返されて世に説かれたことでございますから諄くは申上げませぬが、併し世の中には往々にして今日尚我が國に所謂大地主、大金持を擁護せむとす運動があるかの如く傳へる者があります、是は私としては甚だ理解し難いことであります、既に所謂財閥は事實に於て悉く解體され、又農地制度の改革は一層強化されるのであります、其の上に以上申述べました如く、經濟界の整理は斷行され、加ふるに財産税が又課されようとして居るのであります、從來と雖も我が國に所謂大地主、大金持と稱せられる者がどれ程ありましたかは私の疑問とする所でありますが、今後の我が國に於きましては、其の僅少なる大地主も大金持も全く姿を沒するものと考へます、想ふに今後の我が國の社會は好むと好まざるとに拘らず、地方に於きましては小規模にして且殆ど相互の間に差等のない自作農、都會に於きましては中小商工業者及び勤勞者、又會社事業に於きましては多數の小株主、殆ど斯樣の人々のみに依つて構成せられるに至るであらうと思ふのであります、此の意味に於て我が國の經濟の民主化は形の上に於ては既に半ば成れりと申しても過言ではないと思ふのであります、併し申す迄もなく眞の意味の民主化は、社會の構成員を小粒に致しただけで實現されるものではありませぬ、それには民主主義的道徳と文化との裏付がなければなりませぬ、我が國の今日の急務の一つは、實に此の道徳と文化とを高めることであると考へます、經濟の側面から申しましても、此の道徳と文化とが向上して初めて其の眞の民主主義化は期待され、而して能率の増す進と生産の増す加とを齎し得るものと考へるのであります、本年度の改定豫算には臨時的歳出が非常に多い、爲に不幸にして教育文化の爲の支出は比較的少額に止まりました、併し此の窮屈な豫算の中に於きましても、尚國民學校教職員の待遇改善等を行ひまして、以て聊か民主主義道徳と文化との向上に資さうと努力した次第であります、今後財政に餘裕が生じまするに從ひまして、教育文化に關する經費は更に大いに優先的に増す額致したいと政府は考へて居るのであります、以上は只今政府が計畫し、或は著手しつ、ある財政經濟政策の大要でございます、此の外尚問題は澤山ございますが、唯其の中最後にもう一言附加へて此の壇を降りたいと思ひます、我が國は言ふ迄もなく今純然たる閉鎖經濟を營んで居るのではありませぬ、我が國は既に必要なる食糧及び纖維原料等の輸入を聯合國最高司令部を通じて許され、之に對して我が國は又生絲、其の他の見返り物資の輸出を許されて居るのであります、併し此の輸出入は、申す迄もなく司令部の嚴重なる監督と制限の下に許されて居るのでありまして、未だ遺憾ながら國際經濟への自由なる參加は許されて居りませぬ、併し此の國土の狹小、是は豫て我が國民に依つて愬へられ、又世界の識者も或程度迄承認して居ります所の此の小さい領土、それで更に今囘の戰爭に依りまして著しく狹ばめられたのであります、此の變化せる條件の下に、日本國民が平和的民主的國民としての教養を高め、世界文化に貢獻するに足るだけの生活水準を保ちます爲には、是非共國際經濟への一層自由なる參加が許されることが必要であります、以上に申上げました經濟界の整理或は増す産促進を以て所謂「インフレ」を防止する、或は金融制度の改革を行ふ、或は經濟の民主化を行ふ等々の諸政策は、一面から申しますれば、即ち日本國民が軈て國際經濟への自由なる參加を許される場合に對する準備であります、私共は斯樣にして國内を整へ、何時でも國際經濟への全面的參加を爲し得る態勢を作つて置かなければならぬと考へます、而して斯樣な態勢を整へることは、軈て又其の參加を速かに許される準備ともならうと信ずるのであります、今囘戰爭に依りまして大いなる損害を受けましたものは、獨り我が國のみではありませぬ、戰勝國と雖も又其の戰後の囘復は決して容易の業ではないやうであります、所謂「インフレ」の危險は世界的であります、我が國が此の危機を能く突破し、平和的民主主義經濟の建設に速かに成功致しまするならば、改正憲法草案に於て、武力の撤廢を世界諸國に先驅して宣言致さむとして居るのと等しく、産業經濟の分野に於きましても亦世界に範を示すものであらうと考へるのであります、而して我々の此の努力に對しましては、聯合國最高司令部は、必ず全面的支持を惜まれざるものと信ずるのであります、繰返して申上げます如く、此の成功を齎す爲には、今後暫く我が國國民の嘗めなければならぬ經濟的苦難は、固より尋常のものでありませぬ、併し我々人間は現在よりも將來の希望に生きるものであります、輝かしき平和日本の民主主義經濟の建設が、斯樣にして成功するものと想望致しまするならば、又甚だ愉快に堪へない次第でありまして、勇氣が勃然として全身に漲ることを感ずる次第であります、希くば、甚だ簡單でありますが、政府の意の存する所を御諒察下さいまして、本豫算に對し速かに御協贊を與へられむことを切に御願ひする次第であります(拍手)発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/15
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016・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 質疑の通告があります、是より通告順に依り許可を致します、下條康麿君
〔下條康麿君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/16
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017・下條康麿
○下條康麿君 私は只今大藏大臣の御演説を拜聽致しましたが、其の中に觸れて居りませぬ日本經濟再建の根本問題たる我が國經濟の機構の在り方に付て御尋ね致したいのであります、實は此の問題は、過般來衆議院に於きまして屡屡政府に對して質疑があつたのであります、併しながら政府の答辯は、常に甚だ鮮明を缺きまして、結局現在の如き日本の當面して居る危機突破の爲には、現實の事態に即應して施策を講じ、或一種の「イズム」とか主義とかに拘泥する暇が殆どないと云ふやうな御答辯でありました、勿論現實の事態に即應するの必要あることは認められます、又必ずしも一つの主義に拘泥する必要はないと存じますが、唯現實の事態に即應之努め、基本の理念なくして政治を行ふ時は、諸諸の施策の間に連絡を缺きまして、政治の運用に支障なしとしないのであります、當局者は當面の要務に追はれまして、動もすれば基本理念を忘れ勝であります、是は最も戒しむべき所と存じます、而して我が國將來の經濟機構の在り方に付きましては、國民の間にも色々論議があります、或者は自由主義的な資本主義への復歸を希望し、或者は資本主義を相當大幅に修正せむとし、又或者は社會主義經濟への即時切替へを主張し、一面自由放任が主張される、他面統制經濟の繼續が必至であるとされて居る現状であります、私は此の點に關して政府が率直に其の所信を表明して、國民をして向ふ所を知らしむべきが適當であると考へるのであります、丁度今から二十三年前第一次歐洲大戰の後間もなく「イギリス」の下院で資本主義制度廢止の決議案が當時在野の勞働黨から提案された機會に資本主義か、社會主義かの論議が朝野二つの陣營に分れて、二つの會期に亙り行はれましたことは人の能く知る所であります、今日の如き深刻なる事態の下に於きましては、徒に原則論と稱して問題を囘避すべきでなく、又總ては現實の問題を其の場限り處理せむとする態度ではなく、丁寧深切に國民の知らむと欲する所を示し、向ふべき所を指導すべきものと考へます、事實我が國經濟再建の首途に當りまして、現在及び將來に亙る其の基本理念を明かにすることは今日最も其の必要を痛感する所であります、偖、我が國現在の經濟機構は所謂資本主義の基礎の上に立てられて居ります、即ち現在の經濟的秩序は私有財産制度と相續權とに依つて保護せられ、營利心を中心として自由競爭に委かすと云ふことを本旨とする制度であります、而して此の制度が初期資本主義時代から今日の發展段階に至る迄經濟的發展に貢獻したことを認むるものであります、人間の精神が尚現在のやうな状態を續ける限り、大多數の人は經濟上に於きましては、收益や利得の刺戟のある場合に働くものであります、自分自身の爲よりも先づ第一に全體の爲に活動し、其の目標は社會全般の人格の完成であり、全同胞の精神的及び物質的向上であつて、而して斯くの如き目標の爲に己を捨てて顧みないこともあるには相違ないが、それは寧ろ例外又は一時的の場合に過ぎないのであります、凡そ經濟機構、經濟の在り方を勘案する場合には、若干少數例外者の心理や、考へ方の上に之を築くことは出來ないのであります、今後の經濟活動の上に企業の精神や個人的努力の觀念を全く除去すると云ふことは俄かに出來ないことであります、此の意味からすれば今日及び將來に亙る經濟機構を資本主義の基礎の上に立てねばならぬ譯であります、併しながら此の資本主義制度の下に於ける幾多の矛盾は今日それを其の儘に放置し得ない状態に立つて居ります、即ち其の主なるものを擧げますと、第一に、資本主義の下に於ける經濟活動にはそこに全國民經濟として殆ど計畫性がないのであります、例へば生産と消費、供給と需要とは元來其の性質不可分、相關依存の關係にありまするが、資本主義的生産は此の兩者を引離し、生産量は國民經濟的に必要なる需要に依つて決らぬで、生産より生ずる利潤の高さに依つて決るものであります、國民經濟的に有用なものと言はむよりは、利益の大きさうな事業が行はれ、其の結果、勞働と材料の消費面に相當大なる浪費を免れないのでありますのみならず、倉庫は一杯であるが人民は餓死することもあり得るのでありまして、是は社會不安の一つの原因となるのであります、次に生産物の賣買に當りまして、所謂限界の賣買、ぎりぎりの賣買もありまするが、通常必要以上の收益、即ち生産參加者の人間的活動を爲し、之を維持するに必要とするものを超過する價格の部分があります、是は餘剩價格でありまするが、此の所謂餘剩價格は勤勞者の努力に歸すべき場合も勿論ありますが、企業家の經營的活動、即ち原料關係、企業組織、市場關係、其の他創意、工夫、勤勉、危險を敢てする等、各般の事情に依つて齎されることもあるのであります、要するに此の餘剩價格は生産參加者の全體としての協同的活動に依つて得られたものであります、從ひまして生産參加者、即ち資本家、企業家、勤勞者の生産に對する貢獻の程度に應じまして公平且合理的に分配せられなければならぬのであります、然るに現在の、生産手段の所有者たる資本家、又は企業家に依り其の分配が決定せられて居る實情にありまして、兎角生産參加者間の分配上の權衡を失する問題が起りまして、延いて所得の不平等を來す虞があるのであります、以上は資本主義の缺點でありますが、之に對して各種の角度から批判と主張があります、取分け今擧げた資本主義の二つの缺點を取上げまして、經濟に計畫性を與へ、生産手段、即ち資本の私有を廢すべしと云ふ説があります、併しながら其の考へ方にも幾多の難點があります、先づ第一に經濟に計畫性を與へることには色々の形がありまするが、其の實行は必ずしも容易なことではありませぬ、凡そ特定の意思が特定の計畫を樹て、各個の經濟活動を指導し、一定の組織を構成することは、結局無數の小群雄の割據、又は競爭の代りに少數巨大なる勢力の對立又は獨占となる虞があります、是は關係業者の任意的意思に基く拘束でありましても、絶大なる力を生ずるものであります、現に我が國に於きましては財閥は此の意味からしても解體せしめられたものと解釋して居ります、又國家が一定の見地に立ち、特定の目的を以て意識的、計畫的に統制することは、國家目的達成の爲必要とする場合ありと考へまするが、其の場合は先づ第一に斯かる統制が可能なりや、少くとも其の目的達成の爲に合目的に立案し得るや檢討する必要があります、元來統制經濟は一つの統制意思があつて是が多數人の經濟的活動を支配し、制限するものであります、或一つの經營に付て考へて見ましても、統一意思の所有者が其の經營を構成する各要素の能力、性質、状況を十分に知ることはなかなか難事であります、況んや一國各般の産業上の人と物とを組織し、之を統制することは其處に非常に困難があります、經濟活動は社會現象中最も之を秩序立てにくいものの一つであります、事實我が國に於きまして戰時及び戰後に亙り經濟統制が立案せられ、實施せられ又改案せられ、此方を押へればあちらへ逃げると云ふやうに統制が實に困難を極めました、是は經濟に計畫性を附與すること自體其處に必然困難が隨伴するからであります、一體經濟社會は千變萬化、複雜多岐で、一見秩序もなく、規律もないやうに見えまするが、其處には社會現象として常に必ず或種の秩序を持つて居るものであります、此の經濟的秩序の上に一國の法制も、慣習も成立すべきものであります、若し國家の經濟計畫が此の經濟の持つ一種の自働拘束的性質を無視すれば、必ずや幾多の矛盾が生れ、折角の國家的計畫も遂に行はれなくなるのであります、例へば價格の問題にしてもさうであります、價格と云ふものは其の物の我々に與へる效用と、大體生産費を中心に全體としての需要供給關係に依つて決るものであります、從ひまして所謂公定價格制度の下に於きましては、如何に苦心しても價格は不適正になる外はないのであります、是は今日迄の事實が證明致して居ります、何となれば公定價格は一旦公定すれば需要が變つても、供給が變つても、改訂せらる、迄は不斷に變化する需要供給關係に適合しないことになり、而して一部の價格を値上すれば是を含む他の價格にも影響します、結局容易に改訂出來ないことに相成るのであります、丁度暑ければ窓を明けて風を入れる、寒ければ窓を閉ぢると云ふ風にすべきものを、暑くても窓を閉めて置き、寒くても窓を明つ放しと云ふやうな固定した政策を執りますることは、それ自體無理があるのであります、人間は力の及ぶ限り總てを合理的に取扱はむとするものであります、決して自由に放任するものではないのであります、併しながら力の及ばざる所なしと考へることは、事實現状に即して見ればそれは出來ないことであります、そこには人間の能力の限界を超えた問題があります、昔「アダム・スミス」が、國家活動を國防、是は今日我が國に於ては問題ではありませぬが、國防と裁判と個人の力を超えた公共事業との三つに限るべきものだと申述べて居りまするが、私は國家活動を斯樣に狹くは考へて居りませぬけれども、さりとて國家の權力は萬能だとは考へないのであります、而して若し國家の經濟計畫の完全なる姿を表さむとするならば、全社會の生産と分配とを全般的に統制し、結局私有財産の否認迄行かなければならぬと思ふのであります、是は考へなければならぬ所でありまして、必ずや國家の經濟計畫にはそこに一定の限度ありと考へるものであります、次に第二點たる生産手段の私有、即ち資本の私有を廢し、之を國有、其の他の社會化することは既に或程度我が國に於ても實現されて居ります、其の社會化の必要を感ずる場合は、事業の性質が所謂公共性を有し、即ち公益事業又は之に準ずべき事業でありまして、之を個人の經營に委すことを得ない場合であります、是を個人の經營に委す時は激しき競爭を惹き起し、結局獨占の形成となり、資源の配分利用の上に支障を來し、社會一般の生活を脅す虞があるのであります、是は通常生活の必需産業とか、或種の基礎工業とかに限るべきものであります、此の場合は如何に事業が不利益でありましても、生産制限をしないで、國家の負擔に於きまして之を維持し、社會化の損失が他の方面の收入に依つて補ひ得る場合であります、此の場合を除きましては、生産手段の社會化には實行上技術的に色々の制約があるのであります、先づ我が國の農業の如き、又中小の商工業には社會化は行はれ難いのであります、大工業の場合と雖も通常の必要を滿足させ、而も規格を統制し易き物資に限るべきものでありまして、個人的選擇や特殊性のあるものには社會化は行はれ難いのであります、のみならず社會化に付きましては、今日迄の實績に徴しまして、公的企業が法規や豫算に拘束せられ、官僚化し、企業に彈力性を缺き、冗費が多く、又個人的精力や才能に依つて生産が刺戟せられずして、事業の能率が低下し、加へて生産物の品質が低下する等の缺點があることは一般に認められて居る所であります、從ひまして社會化を實施する場合には專門的知識と經驗とを有する者に經營上可なり大なる自由裁量の餘地を與へ、徹底的に個人の創意と責任とを取入れて行く外はないのであります、更に物資の自然的配給が圓滑に行はれるやうに、價格變動を敏活に實施すると共に、議會に於て社會化された事業に對して專門的知識と判斷とを以て、十分に國民的監督を行ふ等諸般の用意が肝要であります、以上を要しまするに、今後の經濟機構としては、現在の處一般に生産手段の私有を認めて、個人的努力を刺戟すると共に、或限られたる範圍に於て經濟に計畫性を與へ、而もそれは或限度を超えざるやうにし、又獨占事業等一定産業部門に社會化を實施する場合には、十分細心なる準備と注意とを用ひなければならぬと考へます、要するに今後の經濟機構としては、資本主義の基盤の上に統制經濟主義及び社會主義の主張の一部を併用するを以て最も合理的と考へます、併しながら是だけでは經濟機構の運營は其の全きを得ないのであります、今日我が國が當面して居ります經濟状態は誠に重大でありまして、經濟の規模を縮小する爲、此の際根本的整理を斷行しなければならぬのでありまするが、是と共に經濟界の關係者、資本家と言はず、企業家と言はず、勤勞者と言はず、一切の産業人が頭を切替へ、其の心構を一新して、改めて公共的精神を以て其の事業に當るの決心をしなければ、此の難局も突破出來ず、又新經濟機構の彼岸に達することを得ないのであります、凡そ人間は如何なる方面に於きましても、公共的理念を重んじ、單に利益の刺戟のみに依つて動くやうなことは誠に好ましくないことであります、是は革正しなければならぬ所であります、即ち資本家、企業家は固より個人的創意と努力とに依つて經營に當ると共に、社會公共の爲に事に從ふ覺悟を持たねばならぬのであります、又生産關係の勤勞者が之に關與することを以て社會奉仕と考へ、自己の勤務を享樂し、相率ヰて社會公共の爲に勤務に從事するやうにしなければなりませぬ、若し生産の結果の分配問題が、公正且合理的に解決され、生活の安定向上が確保せらるるならば左樣になることと思ひます、斯くて私は社會全體が同胞愛に燃えて、共存共榮の心持を以て、業務に從ふやうな社會の實現がありたいと思ひます、茲に經營や勞務に對する心構へを新たにして、産業人の經濟的倫理觀の向上を圖らねばならぬのであります、今後此の方面に國民各個が反省自覺すると共に、政府としても大衆の生活を向上せしめ、各般の指導方策に依つて一般に公共的理念を持つやうに仕向け、相倶に協力して新らしき經濟機構の建設に當らねばならぬと思ひます、今後に於ける經濟政策の基調は、究極國民の完全雇傭と産業の繁榮とにあります、而して此の究極の目標は、今申述べた經濟機構の上に、國民の生産意欲を向上せしめ、生産の活溌なる増強を圖る外はないと思ひます、惟ふに經濟機構の缺陷は、人類を墮落せしめ、墮落したる人間は更に不健全なる社會人を作り、愈愈人間を貧苦に陷らしめるものであります、從ひまして經濟機構の在り方に付きましては愼重なる考慮を拂ひそこに理想を見出だし、此の理想實現の爲に努力することは、正に人間として爲すべき重大な責務なりと考へる者であります、以上の諸點に對しまして大藏大臣の率直な御答を戴きたいと思ひます
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/17
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018・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 只今の資本主義及び社會主義に付ての御意見及び御質問、從來の所謂資本主義に御指摘の如き幾つかの缺點がある、殊に全體としての計畫性が乏しく、從つてそこに無駄が起る、或は所謂景氣、不景氣の波を發生し、時に所謂豐作飢饉と云ふやうな現象を生ずる等の缺點が多々ありまして、之を修正しなければ此の所謂資本主義に基く經濟組織の維持が出來ないと云ふことは以前から申されて居つた所でありますが、只今の御意見の中にも現れて居る所であつて、我々の全く同感に存ずる所であります、と云うて然らば所謂社會主義も色々あるでありませうが、社會主義が主張するが如く、資本と土地との公有公營を行へば、此の問題が悉く解決するかと云ふと、左樣にも我々は考へられない次第であります、又資本主義を修正する場合に於きましても、御意見の如く、やり方に依つては種々な弊害が生ずると存ずる次第であります、總理が屡屡申上げますやうに、現内閣は何等さう云ふ「イズム」に囚はれずにやると云ふことを申して居ります趣意も、大體に於て現在の制度を、即ち私有財産に基く現在の制度を認めながら、其の中に一つの計畫性を與へ、今迄の所謂資本主義に存する所の種々なる缺點を除去する方向に政策を進めて行かう、斯う云ふ趣意と考へられるのでありまして、大藏大臣としても、左樣に考へて、一切の施設を致したいと考へて居ります、只今の御意見に付ては、大體に於て全部我々の考へて居る所と一致して居ると申上げて差支ないと思ひます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/18
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019・下條康麿
○下條康麿君 簡單でありますから、此の席から發言を許可して戴きたいと思ひます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/19
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020・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 宜しうございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/20
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021・下條康麿
○下條康麿君 只今大藏大臣から御答を戴きましたが、私の申述べた所に全面的に御同感のやうに思ひました、併しながら現在迄此の趣旨が必ずしも國民に徹底して居らぬと思ひますから、どうぞ機會ある毎に其の趣旨の徹底するやうに御願ひしたいと思ひます、是で私の質問を終ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/21
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022・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 川村竹治君
〔川村竹治君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/22
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023・川村竹治
○川村竹治君 只今大藏大臣より簡單と仰しやつたけれども、約一時間に亙る長々しい經綸、抱負と申しませうか、御議論と申しませうか、私拜聽して傾聽致しました、流石に久しい間經濟論壇に腕を揮つた方であると敬服した次第であります 唯併しながら政治は議論ではありませぬ、眞に國民の爲に國民の利益を増進してやらうと云ふ其の熱意と、それからして其の必構で以て、即ち國家の奉仕者であると云ふ信念の下に御やり下さらぬと云ふと、折角の御議論も效果を及さぬことになる、政治は決して議論ではない、實際である、只今の御説明に依つて在外引揚者の援護費として七十何億圓とかを御計上になる、是などもです、本當にやつてやると云ふ氣持にならなければ、それは效果が擧らない、昨日も臺灣の引揚の援護の方に携つて居る人から話を聽きました、臺灣から歸つて來る者が三十萬人、此の人々が總ての資産を凍結され、さうして僅かに千圓を貰つて、内地にやつと歸つて來た、然るに内地の方では、一萬五千圓だけの預金は第一封鎖として是は生活費に使へる、處が、臺灣から歸つて來た者はそれが出來ない、どうして我々が暮すと思ふのですか、今日の生活に困るぢやないかと云ふ陳情を受けた次第でありますが、此の豫算七十何億の多額の金を計上されたと云ふことは誠に結構なことであると思ひます、其の意思を貫徹するやうに御配慮を願ひたいと思ふのであります、それから只今の御説明に依ると、初等教育、國民教育の方には幾らかの援助費、復興費をやると云ふ御話でありますが、併しながら罹災學校は單に國民學校ばかりではなく、中等學校、專門學校、大學と可なり多數の罹災學校がある、今日之を復興しようとしても殆ど資材がない、國家が之を補助するか、或は低利資金を貸付けるとか何とかさう云ふ方法を此處で御講じにならぬと云ふと、東京都で言ふと三分の二の私立學校が燒けて居る、其の三分の二の私立學校が皆廢校しても宜いと云ふ御考ならば別です、苟くも私立學校を是からやつて行くと云ふ御考であれば相當の御配慮が私は必要であると思ひます、文部大臣も其のことを多少御考になつて、或程度の豫算を大藏省に向つて出されたと云ふことを聞いて居る、處が大藏省へ行くと、殆ど課長、局長の處で門前拂ひである、そんなものは受付ける必要はない、こんなやうな有樣である、文部大臣も亦自分が必要として出したならば、之を貫徹するやうな熱意を持つて下さらぬと云ふと私立學校は立ち行きませぬ、單に長々しい御演説を承つた處で、實行の熱意と誠意がなくては豫算の執行が出來ませぬ、どうぞ其のことを御願ひ致して置きます、是は御答辯は別に要らぬのであります、唯私の希望を申上げたのであります、偖、私は此の食糧問題に付て聊か質問を致したいと思ふのでありますが、今日我が國の食糧事情と云ふものは、誠に何と申して宜いか、混沌たるもの、複雜怪奇なものであります、大都市の如きは一箇月以上米の一粒の配給もないと云ふ有樣であります、さう云ふことかと思ふと、又米の多少に拘らず餘裕を持つて居る地方もある、さうして是等の地方では其の米を縣外に出すことを禁止して居ると云ふ有樣で、誠に昔の封建時代のやうな感じがするのであります、又闇の賣買が行はれて居る、さうすると米がないではない、あるけれども、何處かに流れて居る、正當の配給の「ルート」には乘らぬと、斯う云ふ實に我々も不可解なことが可なりあるのであります、要するに今日の食糧政策と云ふものはさつばり分らないと私は申しても宜からうと思ふ、そこで私は此の際政府は從來の供出米の制度を止めて、新たに米專賣の制度を行ふことは刻下の急務であると私は信ずるが、政府の御所見如何と云ふのが私の質問の要旨でございます、御承知の如く本年は最も逼迫したる食糧事情でありました、屡屡食糧の危機が叫ばれて、七月八月九月と云ふ月は最も大なる危機であると云ふことが申されて居つたのであります、然るに政府の御努力と聯合軍司令部の好意に依る食糧の補給に依りまして、どうやら大體一大危機と云ふものは突破が出來ると云ふ見透しが付いたやうに思ふ、殊に本年は近來稀なる豐作と云ふ聲がありまして、國民一般の間に食糧問題に關する稍稍安心の風が見られましたことは、誠に國家の爲に喜ばしいことであります、併しながら農産物は由來天候の爲に大なる支配を受けるものであります、今後果して豫期通りの收穫が得られるか否や、是は收穫した上でなければ分らぬ、又豐年がさう何時迄も續くと云ふ譯のものでもない、又豐年が續いたとしても、相當の收穫があつたとしても、今日の我が國の状態では、それで全國民を賄ふと云ふ譯には行かない、即ち絶對量に於て不足である、斯う云ふ事態であります、斯う云ふ事態に於きましては、其の收穫量と云ふものを嚴密に計算をして、間違ひのないやうに正確なる統計を取つて、さうして之を公平に分配すると云ふことでなければならない、是が最も努めなければならぬ所の要點であると思ふ、然るに從來行ひ來つた農家の供出米の制度では、私は到底是が出來ない、是は今日迄の經驗で、我々はさう云ふことを明瞭に考へるのである、若し政府が相變らず此の供出米方法に依つて食糧問題の解決が出來ると考へるならば、是は大いなる誤りである、何となれば供出米を強行して、所謂強權發動を以て之をやらうとすれば、徒に官民の間に意思の疎隔を來し、非常な政治の上に於ては好ましからざる現象を來すことになり、勢ひさうすると云ふと或程度で之を打切らなければならない、さうすると豫定の供出米が茲に出來ない、さうすると自然農家の方に餘裕が出來ると云ふことになる、是が闇に流れる、斯う云ふ結果にならうと思ふ、從つて今日の状態では到底供出米の制度では今日の此の實況を救ふことが出來ないと私は確信するものである、試みに此の政府當局の調査に係つた本年の米穀統計を見ますと云ふと、本米穀年度の實收高は三千九百十六萬一千石、斯う云ふ數字になつて居る、是はちよつと見て餘り少いのではないかと云ふ感じを特つのである、まあそれは兎も角として、兎も角もさう云ふこと、さうして此の三千九百十六萬一千石と云ふものの中で一千九百四十二萬六千石と云ふものが政府に供出された、さうして殘りの一千九百七十三萬五千石と云ふものは農家の手に殘つて居ると云ふ計算であります、此の割合を見ますると云ふと、約三分の一強を占めて居る所の農民の數と、それから一般の人民、一般の國民、即ち三分の二弱と云ふ人口の割合から之を檢討すると云ふと、農家に有利ではないかと思はれるのであります、加之政府が供出の割當をしたのは、現在の供出量の外に尚百分の二十、現在の供出量は百分の確か八十位と記憶して居りますが、百分の百「パーセント」を供出したとすれば、一般の配給に供する高は二千四百萬石程度になる、之に反して農家の保有量と云ふものは、四五百萬石減じて、千四五百萬石の程度になる譯である、然るにそれが出來ないで今日は各各千九百幾らと云ふものが配給の量に使はれ、一方に於ては農家の保有量に殘つて居る、然らば農家には茲に四五百萬石の餘裕があると云ふことになる、若しも政府が曩に割當を爲した其の割當と云ふものは、適正であるならば、茲に農家の餘裕と云ふものが、四五百萬石あると云ふことで宜しからう、それはどうなつたかと云ふと、それは即ち闇に流れた、確かに闇の對象物になつて居ると私は思ふ、のみならず或人の計算に依ると云ふと、闇に流れた石數と云ふものは一千萬石以上ではないかと云ふ説もある、若しもそれを事實とすれば非常なる數が闇に流れて居ると云ふ結果になる、從つて本年の收穫三千九百十六萬一千石と云ふものは、是は直ちに正確のものとして之を受取る譯には行かぬのである、のみならず、米の闇値と云ふことは單に是は米の爲の値段として考へるべきものではない、古來我が國に於ては、米と云ふものが總ての物價の基準となつて居る、故に勞働者の賃銀は一日米一升を相當のものと云ふことは何處の町でも大抵慣例になつて居るやうに思ふ、多少の差違はありませうけれども、先づ米一升が勞働者一人の勞銀の相當額である、斯う云ふことなんである、それであるからして、米の闇値が十圓であれで勞働賃銀は十圓、之が三十圓であれば三十圓、五十圓であれば五十圓、八十圓であれば八十圓と云ふ風に、是は鰻上りに上つて行く、米の闇の値が騰ると云ふと、それが勞働賃銀に直接影響し、其の勞働賃銀の騰貴は直ちに他の生産物の價格に影響する、斯う云ふことになつて、米の値段、闇値と云ふものは是は輕々に看過することの出來ないものである、政府としてはどうしても之を或一定の程度に安定して置くと云ふことは極めて必要であると私は考へる、其の點から見ても今日の供出制度では、徒に米の闇賣買と云ふものを増加することになつても減ることはない、是等の見地から私はどうしても、今日は供出米を止めて政府專賣にして戴く、之をすることは總ての經濟の根本であると私は深く信ずるのでありますが、之に對して政府の御所見を伺ひたいと思ふのであります、尚此の點は總理大臣にも御願ひ致したいと思つて居りましたが、只今御出席がないやうでありまするから、それはあと廻しにしまして、農林大臣及び大藏大臣の御所見を承ることに致します、尚御願ひして置きたいのは、御答辯は單に「イエス」、「ノー」の簡單なものではなく、其の理由をも御示を願へれば誠に仕合せに存じます
〔國務大臣和田博雄君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/23
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024・和田博雄
○國務大臣(和田博雄君) 只今の御質問に御答へ致します、現在迄行つて來ました供出制度を廢めまして、次の食糧年度がらは專賣制を採つたらどうか、斯う云ふことでございまするが、只今の處、我々と致しましては、所謂專賣の制度を採る考はございませぬ、專賣と、斯う言ひますると、其の内容が實は專賣を唱へまする人達に依りまして色々と異つて居るのでありまして、例へば米に付きましても、從來可なり專賣の制度は民間に於きましても、亦官廳の側に於きましても、米と云ふ日本の主要なる食糧に對しまする政策としまして研究されて來たのであります、米の專賣案と云ふものは色々の人達が試案として出したものもある譯でありまするが、其の内容を色々檢討して見ましても、其の專賣にしまする對象でありまする所の範圍、又方法其の他の點で、それぞれの逕庭があるのでございまして、只今仰せられました、專賣がどう云ふ内容を持つて居られまするか、能く分りませぬが、假に私が解釋致しまするやうに、全部の米を全部買つてしまひまして、例へば農家に必要な種子用も自家用飯米も全部買つてしまつて、さうして其の中から農家の再生産に必要なものは又もう一遍農家に返して、それから消費者に必要なものだけを政府が配給して行く、斯う云ふ徹底した專賣の制度と云ふものを前提にして、假に議論を進めて見ますと、今の供出制度は成る程やり方に付きましては、是は色々の點に於きまして不合理な點が確かにあつたと思ひます、尤も此の數年經驗を致して來て居りまするので、それのやり方、又どうそれを改善して行つたら宜いかと云ふ點に付ては、是は經驗を積みましただけに相當論議が交はされまして、我々も亦それを謙虚な氣持で檢討を致して居る譯でございまするが、今の供出制度も一部分の謂はば專賣とも言へるのであります、それは兎に角政府が買つてしまひまして、さうして或分量は政府が獨占的に買つて、それを政府の手に依つて配給機關を通じて配給さして居るのでありまして、謂はば一部の專賣とも言へるのでございます、そこで我我としましては、現在の此の供出制度と云ふものをもう少し是は徹底的に合理化しまして、さうして其の過去の經驗を活かしまして、最も合理的な民主的な方法で、矢張り來食糧年度の政策を遂行して行きたいと、斯樣に考へて、只今衆議院に於きまする食糧對策委員會に於て檢討を願つて居る譯でございます、併し其の根本の考へ方は、從來農家の保有米と、斯う稱せられて居つたのでありまするが、それははつきりと農家の再生産に必要なものを公然と保有することを認めると云ふ點がどうもはつきりして居なかつたのであります、今囘は農家の再生産に必要な米の分量は是は保有さすと云ふことをはつきりと致しまして、其の基礎の上に供出の制度と云ふものを民主的な方法に於て合理的に割當てて行く、斯う云ふことに致したいと斯う考へて居る譯であります、專賣論は色々な形で唱べられるのでありまするが、私は矢張り現在の此の供出制度と云ふもののやり方のまづかつた點、又非常に不合理であつた點を改正致しまして、過去に於きまする經驗を十分生かしまして、官廳側に於ける一方的な割當でなくして、民間の民主的な方法に依つて納得の行く割當をやつて行きまする方が寧ろ今私が言ひましたやうな專賣と云ふ全面的な形のものを取りまするよりも、其の手續に於て第一煩瑣でなく、又農家の生産の面から言ひましても合理的であると考へまするので、政府としましては直ちに專賣を採ると云ふ考は毛頭ございませぬ、勿論此の專賣論が起りました其の時々の事情と、社會的な事情と云ふものも、我々の考として決めるのには十分檢討する必要があるのでございまして、只今の處はさう云ふ專賣の形で來食糧年度の政策を遂行して行く、斯う云ふ考でございませぬことを御了承を御願ひしたいと思ひます
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/24
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025・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 米の專賣制度に付ての政府の只今考へて居ります所は、只今農林大臣から答辯申上げた通りであります、それに何等附加へることはありませぬ、唯大藏大臣にも答辯せよと云ふ御話でありますから、申上げるのでありますが、唯私から申上げますことは、私は多分我が國に於て米の專賣制度を研究し始めた最も早い者の一人だらうと思ひます、大正の初めにやりました、其の頃の結論に依りますと、米の專賣制度は煙草の專賣制度のやうに、一粒も殘らず之を買上げてやると云ふことは事實非常に困難、寧ろ是は米が餘つて困る時に、詰り日本の農業保護政策として爲すべきものだと云ふ結論に到達したのであります、是は併し今日の政府のことではありませぬ、唯御質問でありますから、私が嘗つてさう云ふ結論に到達したと云ふことだけを申上げて置きます
〔川村竹治君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/25
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026・川村竹治
○川村竹治君 只今農林、大藏の兩大臣より丁寧な御答辯を頂戴して誠に有難うございました、農林大臣の御意見に依ると云ふと、今日の供出制度を改善して行く方が宜いと云ふ御意見のやうであります、確かにそれも一つの方法でありませう、併し今日迄の我々の此の實驗に依れば、供出制度に依つて可なり精密なる計算を以て農民から取上げると云ふことは、是は至難ぢやないか、もう農民は既に米の闇の利益と云ふことを十分に滿喫して居る、なかなか此の考は捨てられない、恐らく如何なる國策を作つても農民は之を潛る色々の方法を考へるに違ひない、從つて政府の豫期したやうな供出が斷じて出來ないことと私は確言致すのであります、さう考へて來ると、徒に今日の供出制度と云ふものは米の闇賣買を助長するやうなことになつて甚だ面白くない、又政府が正當なりと考へて居る量を無理やりに農家から之を出させると云ふことになりますと、先刻も申した通りに、所謂強權の發動と云ふものは政治上誠に面白からざる結果を生ずると云ふことも今考へなければなりませぬ、それで私としては是非此の專賣制度を實行願ひたいと思ふのでありますが、只今の御答辯に依れば是も望めないやうな譯であります、政府の方針がさうであれば已むを得ませぬが、併しどうか此の專賣制度に付ても、今後十分に御研究を願つて見たいと思ひます、勿論此の專賣制度を施行するに付ては幾多の困難、幾多の障碍があるのであります、併し國家の國策上必要とあれば是等の困難やら障碍を克服して、さうして之を實行すると云ふ熱意と決意、要するに是は政府の決意如何に依るので、私は茲に重ねて政府に要望して私の質問を終ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/26
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027・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 田島正雄君
〔田島正雄君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/27
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028・田島正雄
○田島正雄君 只今議題となりました昭和二十一年度改定豫算案は、種々なる角度から檢討せらるべき幾多の問題を含んで居ると考へるのでありますが、私は茲に海運及び造船の觀點から若干卑見を述べまして、之に對する政府の所信を承りたいのであります、民生安定、經濟復興の基盤となるべき、焦眉の急を要する問題が食糧問題であると云ふことは今更多言の要はない次第でありますが、併しながら今後の我が國の經濟再建を考へまする場合に、我が國將來の經濟機構が如何あるべきかと云ふ問題を全面的に檢討を致しまして、一時的の眼前の事象のみに囚はるることなく視野を大にし、將來を考へ、周到なる用意を以て經濟再建の基礎を今日に於て築くべきであると考へるのであります、敗戰の結果、我が國の領土は極めて狹小なるものになりまして、此の狹小なる領土に於て八千萬の人口を擁し、而して食糧の自給自足を圖らむと致しますことは極めて困難或は不可能と申して宜しいのではないかと考へるのであります、然らば此の我が國に殘されました今後の唯一の資源は何であるかと云ふことを考へまするのに、此の八千萬の人口の持つて居ります勞働力、是が我が國に於ける現在及び將來の唯一の資源と申して宜しいのではないかと思ふのであります、而して此の勞働力を精神的にも又肉體的にも最も高度に且適性的に活動せしめまして、之を貿易を通じて世界の市場に直結し、そこに我が國としての生きる途を見出しますと共に、世界平和の確保と人類福祉の増進に貢獻することが我が國今後の唯一の使命であると考へるものであります、「ポツダム」宣言は十條に於きまして、日本人を人種として奴隸化し、又は民族として滅亡せしむるの意圖なきことを明かに致して居ります、又十一條に於きましては、國の經濟を支持するに必要なる産業の維持を認め、且將來世界貿易關係に參加することをも認むべき旨を謳つて居るのであります、此の宣言の趣旨の實現を見まする爲には、我が國として「ポツダム」宣言を誠實に履行する義務を負ふものであり、又此の義務を遂行することに依りましてこそ、我が國として眞に生きる途であり、又現代の我々が後世の子孫に對して負ふ嚴肅なる義務であると考へるのであります、我が國は既に武力の總てを撤廢を致し、將來に亙つて戰爭を放棄し、平和主義と民主主義を基礎とする新たなる國是を定めたのであります、併しながら平和の確保は唯武力の撤廢のみに依つて達せられるものではないと考へます、之を勘案致しまするならば、各國各各其の所を得、民生經濟の安定を得ることが即ち平和確保の實質的の條件であると考へるのであります、人各各適性がありまするが如く、國にもそれぞれの適性があります、此の適性を發揮しまして、經濟立國の途を樹て、自ら生きると共に他國をも利し、斯くて相倚り相扶けることに於てこそ眞に血の通つた世界平和が樹立され永續されるものであると考へます、歐洲に於ける舊樞軸五箇國に對する平和會議が既に開催せられまして、茲に初めて數年來の暗雲を破り、平和の曙光の輝きを見るに至りましたことは誠に慶賀に堪へぬ次第でありまするが、更に歩を進めて、日本に對する平和會議の機運も近く動き來るべきやに考へられまする最近の情勢は、更に光明ある期待を我々に與へ、又新たなる責任感を我々に鼓舞するものと考へます、此の機運に對處致しまして、眞に公正妥當なる平和條約の成立に協力致しますることが我が國としての一つの義務であり、又今日に於て之に對する十分の用意をなし、聯合國の期待に背かざらぬことを期すべきであると考へるのであります、平和條約の成立に依りまして國際社會の一員として「ポツダム」宣言の示しまする通り、世界貿易關係に復歸するに至りまして、初めて我が國としての經濟安定を得る所以でありまして、此の點に付きましては先程大藏大臣も此の議場に於て力説せられた所であり、又同感の次第でありまするが、然らば我が國の有する經濟的適性を發揮致しまして、國際的福祉の増進に貢獻しまする爲に、我が國として貿易關係を有する適性産業としては如何なるものがあるかと考へまするのに、例へば纖維工業の如きものを其の最なるものとし、其の他幾多の工業が數へられるのでありますが、其の總てを通じまして基盤となり動脈となるべき産業として、海運竝に之に伴ふ造船が、極めて重要且不可缺の要素であると云ふことを、茲に改めて指摘を致し、内外の注意を喚起する必要を感ずるものであります、我が國の貿易は言ふ迄もなく輸出入共、總て海路に依りますることは、島國としての必然であります、此の必然性が造船技術の進歩を促し、又優秀にして果敢なる船員を産み、是等の要素が相集りまして、海運企業の發達を齎し、戰前に於て世界第三位の海運國たる地位を、我が國に附與するに至つたものでありまして、是れ決して偶然の結果ではないのであります、之を明治維新以來の沿革に徴しましても、我が國に於ける貿易の發展と、海運の發達とは、不可分的に竝行して參りましたものでありまして、恰も車の兩輪の如き此の兩者の關係は、今後に於ても變ることなき本質的なものであると考へるのであります、即ち我が産業が必要と致しまする原料、資材を世界の各地に求め、又世界の各國が需要致しまする我が製品を、それぞれの市場に輸出を致すに付きまして、之を最も能率的に、又經濟的に輸送する爲に、必要なる商船隊を保有致しますることは、獨り我が國の平和的生存の爲に必須でありますのみならず、世界平和の基盤たるべき通商貿易の、相互發展に寄與せむとする、我が國の國際的任務を達成する爲にも、缺くべからさる條件であると考へられます、尚茲に看過すべからざることは、貿易に對する輸送機關としての機能の外に、一つの獨立産業としての海運が、我が國經濟組織の上に於て占める地位であります、即ち戰前海運に依る貿易外の收入、所謂見えざる輸出は、年額二億圓に達し、當時の輸出大宗品でありまする生絲或は綿製品等と、匹敵する項目をなして居りましたと云ふことは、海運が我が國に於て、適性且不可缺なる産業であることを、最も雄辯に物語るものであると考へます、尚茲に附言致して置きたいと存じますることは、商船隊の戰時に於ける活動に關聯致しまして、之を以て一種の武器と考へる、或は國土の大小を以て、其の國の保有すべき商船隊の大きさを律せむとするが如きは、大なる謬見であると云ふことであります、何となれば陸海空軍の武力の背景があつて、初めて商船が戰鬪補助機關としての役割を果すのであります、併し既に一切の武力を撤廢したる我が國が、或程度の商船隊を保有したと致しましても、是が平和を脅威するが如きことは、絶對にあり得ないことであります、又「ノルウエー」、「スエーデン」、「デンマーク」、「オランダ」の如き、極めて平和的であり、國土亦敢て大ならざる是等の諸國が、それぞれ相當の商船隊を保有致しまして、世界有數の海運國の列に伍して居りまする事實を見ましても、商船がそれぞれの國の國情に依つて發達するものであり、平和的通商の要素たる本質を有するものであることを知ることが出來ると思ふのであります、我が國海運の處置に關しまする聯合國側の意向に付ては、未だ明かでないやうでありまするが、五月二十三日極東委員會が、第十二囘會議に採擇せる決議として、外電の傳へまする所に依りますと、我が國が一應保有すべき商船隊を三百萬「トン」とし、年間十五萬「トン」の造船能力を維持せしむることに決定を見たやうであります、然るに造船能力に關しまする斯くの如き制限は、我が海運の再建竝に維持を困難ならしめ、延いて我が國の平和的なる經濟再建の大なる障碍となるものと言はねばならないのでありまして、我が國今後の産業構成、勞働問題、或は國際收支等の問題を考へまする上に於きまして、誠に憂慮に堪へないのであります、勿論斯くの如き問題は、平和條約に依りまして決定せらるべきであり、今日より輕々に論ずべきではないかと考へまするが、政府に於かれては今より十分に研究と用意を整へ、機會ある毎に我が國の立場と實情を説明をし、此の上とも十分の了解を聯合國側より得るやう、努力せられる必要があると考へるのであります、固より戰敗國と致しまして、商船の保有量或は造船能力等に付きまして、種々なる制限を受けますることは、誠に已むを得ないことかとも考へまするが、眞に正當なる要請は率直に之を主張し、適正妥當なる結論に達することを、必要と考へるものであります、以上の諸點に關しまして、政府の所信竝に用意は如何でありませうか、先づ之を承りたいのであります、次に我が商船隊の現状は、保有「トン」數合計百十三萬「トン」と申して居りまするが、其の中眞に稼働状態にありまするものは、約七十五萬「トン」、戰前の略略十分の一でありまして、而も其の中約六割は戰時中に急造せられました、粗惡なる所謂標準船でありまして、運航能率も惡く、耐用年數も短く、所詮は近き將來に於て、全面的刷新を要する状態にあるものであります、一方現在に於きましては、未だ海外貿易を許されず、我が商船は全部聯合國の管理下にありまして、其の運航は大部分本土周邊に局限せられて居りますることと、産業の活動が未だ囘復致しませぬ爲に、海上荷動きが不活溌でありますことに依りまして、斯くの如き小量にして貧弱なる商船隊を以てして、尚且海上輸送力の不足を感じて居りませぬ現状は、一にも船、二にも船と絶叫せられました、一年前のことを顧みまして、誠に隔世の感に堪へないのであります、併しながら斯くの如き状態は、全く一時的の病的現象でありまして、四面環海の我が國としましては、將來産業活動の健康囘復に伴ひ、又國際貿易參加の曉に於きましては、我が國としての平和的存立を全う致しまする爲に、量と質との兩面に於て、我が商船隊の再建をなさざるべからざることは、必然且絶對の要請でありまして、今日に於て其の用意に著手致しまするも、決して早きに過ぐることはないと考へるのでありまするが、政府の御考は如何でありませうか、之が對策と致しまして、現に復員輸送の爲に「アメリカ」から貸與されて居りまする「リバテイ」型其の他の船舶は此の復員輸送終了後に我が國に譲渡を受けまするの案を以て政府は「アメリカ」の考慮を懇請されて居られます趣きを、先般衆議院豫算總會に於て運輸大臣から御説明があつたやに承知を致して居るのでありまするが、假に此の懇請が容れられたと致しましても、それは要するに應急的便法に過ぎませぬ、結局に於ては我が海運に適合する適當なる船型を選び、自國内に於て造船を致しますることが本格的且恆久的だと信ずるのでありまするが、如何でありませうか、造船業も亦我が國としての適正産業の尤なるものでありまして、而も一つの綜合工業でありまするが故に、造船業の復興は産業各方面に刺戟を與へまして、失業問題解決の面より考へましても重要なる要素であると考へます、斯樣に考へますれば、商船保有量よりも寧ろ造船能力の方が重大なるものと申すべきでありまして、傳へらるるが如く年間十五萬「トン」と云ふが如き數字は、昭和五年頃の我が國造船量に匹敵するに過ぎないのでありまして、相當の緩和を切望に堪へないのでありまするが、政府の御考は如何でありませうか、次に先刻もちよつと申述べました如く、優秀にして果敢なる船員の存在と其の活動とが過去に於て我が海運の發達に重要なる働きを爲したのでありまするが、今後に於ける海運の再建の爲にも亦缺くべからざる要素であることを茲に指摘致したいのであります、然るに船員は海上を移動致しまする船舶を以て其の職場と爲し、又同時に居所と爲し、家庭を遠く離れで暮しまする點に於きまして、他の一般陸上勞働者と著しく趣きを異にする特色を有して居るのであります、此の海上勞働の特殊性は、平時に於きましてもより多くの危險に曝さる、ことを意味するのでありまするが、特に戰時に於きましては文字通り死生の巷を出入致し、多數の死傷者を出して居るのでありまして、之に對しまして國家として十分且適切なる考慮を加へらる、ことが必要であると考へるのでありまするが、之に付ての政府の御考は如何でありませうか、然る處敗戰後我が商船隊の規模が縮小致し、又其の活動範圍が局限せらる、に至りました爲に、多數の船員の失業者を生ずべき情勢が憂へられて居つたのでありまするが、幸にして海外からの復員者の輸送の爲に我が商船の多數が之に動員せられ、又更に「アメリカ」からも大量の船舶が貸與せられまして、是等の運航の爲に多數船員が就業の機會を得て今日に及んで居りますることは幸ひであります、然る處此の復員輸送も當初の豫想以上に順調に進捗を致して居るやうでありまして、近く之が終了致しました曉に其の儘推移しましたならば、將來我が産業活動の囘復に依つて海上荷動きが増加するに至りまする迄の間、過渡的に船員の大量失業を生ずべき憂ひがあると考へるのであります、之に對しまして船員の失業を防止し、將來の我が海運の再建に備うる爲種々の方策が考へらるると思ふのでありますが、其の中の一つの方法と致しまして、最近に決定實施せらるべき賠償撤去物件の海上輸送を日本海運に於て擔當することと致し、之に對して現存する我が商船の餘力の全部を集中し、又足らざる所は現在「アメリカ」から貸與されて居ります船舶を引續き借り受けまするやう懇請致し、之に依つて船員就業の機會を確保維持することが此の際極めて必要であると考へます、尚此のことは獨り船員失業防止の目的を達しまするに止まらず、戰後の我が海運が國際的任務に進出し、參加する第一歩を踏み出す點に於きまして、極めて重要なる意義を包藏するものと考へるのでありますが、此の點に付きまして政府の所見は如何でありますか承りたいのであります、最後に補償打切り問題竝に復興金融問題に關聯しまして、海運の特殊性に付て聊か卑見を申述べ、政府の所見を御尋ね致したいのであります、今次の改定豫算に於きまして最大の項目であります終戰處理費を除きまするならば、經濟再建費が歳出總額の一割八分と云ふ最高の比率を占めて居るのであります、而して其の内容を檢しまするに、産業復興費として掲げられました農業、林業、畜産、水産、蠶絲業、鑛業、商工業、海運業、此の八項目の合計金額十四億五千萬圓の中で、海運振興費として九億六千萬圓に上り、全體の六割五分に當るのでありますが、其の大部分は船舶運營會に對する補助費であります、是は謂はば消耗的性格のものでありまして、眞に積極的且再生産的の海運振興の役割を果すものとは考へられないのであります、而も尚此の困難なる財政に於て、斯くの如き相當巨額の豫算を海運業補助に充てむとする所以のものは、政府に於て海運事業の緊要なることと、其の收支相償はざることを御認になつた結果であらうと考へるのでありますが、如何でありませうか、果して然りと致しますならば、斯くの如き缺損の生じます原因を探究して、之を縮小するの方策を講じますると共に、一時的なる缺損の補填と云ふが如き消極的な施策でなく、眞に海運力の根源を將來に向つて培養すべき建設的なる施策を行ふの必要なることは言を俟たぬ次第と考へますが、此の點に付きまして、卑見に依れば、此の缺損の原因竝に其の對策は要約して二つになると考へるのであります、其の第一は、百「トン」以上の汽船は戰時海運管理令に依りまして國家使用に屬し、之を一括して船舶運營會の一元的運航に委ねて居るのが現状であります、此の船舶國家使用制度は戰時中の特殊事情、即ち計畫輸送の全面的強行を目的とし、低物價政策を基調として執られた措置でありまして、本來經濟的考慮を超越したものであります、從つて終戰後の今日、此の制度を依然として存續致しますことは合理的でもなく、又其の必要もないのであります、仍て速かに此の制度を廢止致しまして、船舶を各船主に返還し、各自の企業意欲を振起せしめ、其の責任と計算とに於て運航に當らしめますと共に、現在の物價水準に適應しまするやう運賃の適正なる調整を行ひまして、海運企業經營の合理化を圖ることが第一の問題であり、大藏大臣の申されました企業合理化の趣旨も正に此の點に存すると考へられまするのみならず、補償打切の善後處置としまして、新舊勘定の分離を行ひ、企業の整理と再建を斷行せむとするに至りました今日に於きまして、其の障碍となるべき斯樣な船舶國家使用制度の如きものの廢止の必要性は一層加重せられるものと認められる次第であります、既に先般對日理事會に對しまして、「アメリカ」の提案しました所も、取敢ず商船運航能率改善の應急措置として、船舶國家使用制度を廢し、民間船主の自營に移すべきことを勸告せられて居りますことは周知の通りであります、而して斯くの如き措置を講じますることに依りまして、海運事業の經營を合理化し、其の採算を改善し、現在の如き巨額の缺損を生ぜざる結果となるべきは疑問の餘地がないと考へるのでありまするが、此の場合に於きましても輸送計畫、配船計畫、乃至運賃に付きまして、或程度の統制を存置することは過渡的に避け難いと思はれ、從つて其の結果生ずる缺損に對し國家に於て補償を行ふ必要も生ずるかも知れませぬ、此のことは只今申述べました對日理事會に於ける「アメリカ」の提案に於ても指摘されて居る所でありまするが、其の場合に於きましても其の額が現在に比すれば著しく輕減せらるることは間違ひない所と考へます、次に現在の海運事業の缺損のより重大にして根本的なる原因は、運營組織の問題に非ずして、船舶其のものに存することを指摘し、之が對策に付て政府當局の御考を承りたい次第であります、既に申述べましたやうに、現在運航されて居りまする我が商船の大部分は戰時標準船でありまして、戰時中の要請に應ずる爲、經濟的採算を無視し、急場の間に合せに大量建造せられた船でありまするが故に、之を企業的見地から見ましたならば、極めて非能率且不經濟なるものであります、從つて斯くの如き船舶を運航しまする以上、採算の困難なことは當然の次第でありまして、之が根本對策としては、能率的にして經濟的なる船舶の建造に向つて今後の施策と努力とを集中する外なく、又斯くするに非ずんば我が海運の再建は期せられず、海運の再建なくしては我が國の經濟的復興も望むことが出來ないと考へるものであります、然るに船舶の建造は相當巨額の資金を必要とするものでありまして、之が調達は固より海運企業の自主的努力に期すべきものでありまするが、政府としても之を助成すべき配慮と施策を爲すべき責任ありと考へるのであります、茲に於て戰爭の前後に亙つて我が商船隊が如何なる影響を蒙り、其の結果現在海運企業の財政が如何なる状況にあるかを一應顧る必要があると考へます、我が商船隊は戰前六百五十萬「トン」に達し、而も其の内容は新式にして優秀なる船舶を相當量含んで居たのでありまするが、之に加ふるに戰時中建造せられました所謂標準船は三百六十萬「トン」を數へ、兩者合せて千萬「トン」を超えたのでありまするが、現在存在するものは僅に百十萬「トン」に過ぎませぬ、即ち其の間九百萬「トン」の船舶を戰爭に依つて喪失を致した譯であります、然らば此の九百萬「トン」の船舶の喪失より生じます財的損害が如何に處理されて居るかと申しますると、是は總て戰爭保險に依つて填補される建前になつて居るのであります、而して此の方法に依つて處理せられまして、未拂の分も相當殘つて居りまするが、既拂の分は戰時中から總べて日本興業銀行の別段預金として保管せられ、船舶建造資金として留保せられた儘今日に及んで居るのであります、ここで船舶の喪失に關聯しまする損害填補の特殊性に付きまして若干指摘致して置く必要を感ずるのでありまするが、それは船舶の喪失、即ち沈沒と云ふことは、損害發生の形態として極めて明白であり、且文字通り百「パーセント」の全損となるものでありまして、陸上に於ける工場施設の蒙りました空襲損害等と著しく其の趣を異にするものであると云ふことであります、又陸上施設の蒙りました損害は、「サイパン」失陷以後、即ち戰爭末期の短期間に發生致しましたので、一旦燒かれたものが再建せられて又それが燒かれると云ふことはないのでありまするが、船舶に付きましては、二度でも三度でも繰返して全損が發生すると云ふことであります、戰時中海上輸送が確保の必要上、政府は計畫造船に依つて標準型船舶の急速大量建造を強行し、概ね一隻二箇月を以て竣工せしめまして、之を喪失船舶の代船として船主に割當て買取らしめたのでありまするが、是等の船の喪失も亦極めて急調子に發生を致しまして、大體に於て是等船舶の存命期間は平均五箇月半の短期間であります、斯樣に致しまして喪失船舶に對して支拂はれました保險填補金は直ちに代船に變形し、代船の喪失と共に消滅をしてしまふのであります、斯くの如き状態が戰爭の當初から終戰後に於てすらも海上に於ける機雷の危險が存續して居りまする間迄前後四年に亙る長期間を通じて繰返し發生致しましたので、前申しました九百萬「トン」と云ふ大量の船舶を失ひ、之に對して今日迄に支拂はれました保險金は累計して三十六億に達するのでありまするが、現在興銀にありまする預金殘高は全海運企業の分を合計して僅に十四億圓に過ぎませぬ、即ち此の間の差額二十二億圓と云ふものは、只今申した通り、既に喪失船となつて海底に沒してしまつた譯であります、處で此の預金殘高十四億圓を當初の目的通り之を造船資金に使用致しましたと假定致しまして、其の場合に假に戰時中に於ける標準船の船價を「トン」五百圓と致しまして、其の割で計算を致しましても、二百八十萬「トン」に當るのみであり、若し之を現在の貨物船の建造價格「トン」當り五千圓として計算を致しましたならば、僅に二十八萬「トン」に當るに過ぎませぬ、即ち之を喪失「トン」數九百萬「トン」に比較致しまするならば、それぞれ三分の一乃至三十分の一にしか當らぬ計算に相成るのであります、而も尚此の十四億圓の金すらも最近に於ては特殊預金として凍結をせられ、船舶の新造は愚か、現存船の修繕の費用すら使用出來ぬ状態に置かれて居りましたので、之を解放して造船資金に使用し得る途を拓くことが切實に要望せられて來たのでありまするが、今囘の補償打切りの決定に伴ひまして、此の最後の活路すら鎖されむとする状態に相成つて居るのであります、之が對策としまして何等か適切なる考慮を加へ、周到なる善後處置を講ずるに非ずんば、海運再建は不可能に陷り、延いては我が國經濟の復興安定を期し難き結果となるべきを恐るるでありまするが、政府は之を如何御考に相成りませうか、差當つての問題としまして、少くとも先程申述べました既に支拂はれ、且消滅致しました二十二億圓に對しては戰時補償特別税の課税の對象となるべきものでないと解釋を致しますが、此の點に付きましても御方針を承りたいのであります、一方海運企業の經營の現状に付て其の收支状況を見まするに、船舶國家使用制度の現状に於きまして、唯一の收入は船舶使用料でありまするが、是は數年前の基準に依る低率でありまして、現在の高物價の下に於て船舶維持の實費すら賄ふに足らず、此の儘では赤字の累増を見るのみであつて、造船資金を蓄積するが如き餘裕は全然ないのであります、斯くの如き状態の下に於きまして、如何にして我が海運再建の途を拓き、將來に於ける貿易再開の曉に備へむとするのでありませうか、之に付きましては海運業者の異常なる決意と、努力とを要望致さなければならぬことは勿論でありまするが、それと共に政府としての適切なる施策が要望されるのであります、即ち船舶國家使用制度の廢止、運賃の適正調正等の措置に依り、海運企業合理化の途を拓いて、其の經營を軌道に乘せますると共に、補償打切りの善後措置に當りまして、適切なる考慮と、周到なる用意を用ひ、殊に當面の必要たる事業資金の供給を圓滑ならしめ、將來の海運再建に必要なる造船資金の長期金融を十分ならしむるやう、復興金融金庫、其の他の金融機關に於て、大藏大臣の言はれます所謂樞軸産業としての取扱を爲すべきであると考へます、特に「ポツダム」宣言の趣旨に基きまして、我が國經濟の維持に不可缺の要素である海運の平和的再建に關し、先刻來縷陳致しました種々なる問題に付て聯合國の了解を求むる必要があると考へまするが、是は主として政府の責任でありまして、此の點に關して特段の配慮と努力とを茲に要望を致す次第であります、以上の諸點に付きまして、大藏、運輸兩大臣の御考を御尋を致しまして此の質問を終ります
〔國務大臣平塚常次郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/28
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029・平塚常次郎
○國務大臣(平塚常次郎君) 御答へ致します、海運の維持振興は我が國に取つて平和的産業國家再建上は勿論、國際收益改善上にも絶對に缺くべからざるものであると云ふことの御意見に對しましては全く同感であります、日本が如何なる程度の海運力を維持せねばならぬか、其の爲には國内でどんな程度の造船力を持たねばならぬかと云ふことに付きましては、我が方と致しましては具體的な希望を有して居るのでありまして、之を聯合國側に十分通ずるやうに從來から努力して居るのでありますが、結局は聯合國の決定に俟つの外はないのでありまして、尚今後も出來るだけ了解を求むることに力を注ぎたいと思つて居ります、造船能力の問題に付ては、日本政府に對し正式通知があつた譯ではないのでありまして、我が國の商船は御説の如く、戰時中莫大な損害を受けて、僅に殘つて居る船舶も、殆ど全部が戰時標準型の劣惡船と、老朽船のみが殘つて居る状態であるのであります、造船能力を極端に制限せられますると、不良船の入替建造にも事缺き、又食糧確保上緊密なる漁船の建造にも支障を來すと云ふことになるのでありまして、それ等の状況を率直詳細に具申して、我が國民生活上必要なる最高限度の造船能力は是非とも保有することを許して貰ふやうに、機會ある毎に關係當局に對して懇請をして居るのであります、船舶輸入と造船の問題に付ては、最も我が國の海運に適する船型を選んで、我が國の造船所に於て建造するのが原則であるのであります、「アメリカ」船の輸入と云ふことは足らざるを補ふの意味であることは勿論であるのであります、我々も今後出來る限り造船業を振興して、産業の各方面の復活に刺戟を與へ、相倚り相扶けて平和日本復興の爲に進みたいと考へて居る次第であります、唯此處で十五萬「トン」程度の造船より現在は許されないやうに承つて居るのでありまするが、若し果して十五萬「トン」以上造船を許さぬと云ふことになりますと、どうしても外國船の輸入に俟つ以外にないと思ふのであります、三百萬「トン」の保有船舶を大體認められて居るのでありまするが、又一方賠償施設の撤去、之がどの造船所を持つて行くかと云ふやうなことも、其の結果を見なければ、恐らく將來の造船と云ふものの安定があり得ないと思ふのであります、どうしても此の問題に付きましては、平和條約の時に政府は力を盡して、此の船舶保有量の増加、造船の増加を懇請しなければならぬと考へて居る次第であります、船舶運營會の問題でありますが、船舶運營體制に付ては私も民有民營でやるべきものであると云ふことを主張して居るのであります、唯今日に於て、日本商船は總て聯合國軍の管理下にあつて、現在の船舶運營會に依る一元的運營體制の如きも、我が方だけで之を改めると云ふことが出來ないのであります、併しながら一日も速かに聯合軍の了解を得て、民營に復したいと考へて居ります、今囘の補償打切りに伴つて、我が船舶會社も舊き殻を捨てて、再出發の機に當面して居るものと思はれるのであります、此の機會に民營還元の方針も確立し、私としても渾身の努力を捧げて、聯合軍の了解取付き方に邁進する決心であります、船員の問題でありますが、船員の勞働が陸上の勞働者と著しく異つて居ると云ふことは御説の通りでありまして、之が保護監督に萬全を期したいと考へて居ります、若し勞働省が設置せらるるやうな場合に於きましても、船員行政は現在通り運輸省に於て所管することに致したいと考へて居ります、又船員の失業對策に關しましては、特に之を重視して、船員失業對策委員會に於て各方面の御意見を拜聽して、之が對策具現を強力に推進する積りであります、補償打切りに關しましては、一般の方と同じ取扱を受けることになるのでありますが、其の中、既に處理されたる、預金中既に解除されたるものに付ては、大體追及をしないことになつて居ります、又海運再建の爲に必要なる金融に付ては、十分關係官省とも相談をして居るのでありまして、出來る限り此の日本海運の再建の爲に金融の圓滑化を圖りたいと考へて居ります、補償打切りに依つて蒙むる損害は、日本中船舶業者が一番大きいのぢやないかと云ふ感じがするのであります、又事實、恐らくさうであらうと思ふのであります、從ひまして此の海運の再建は非常な困難な事柄であるのであります、目下司令部と經濟安定本部が頻りに交渉して居りまして、最近に其の内容が發表されると思はれるのでありまするが、海運の再建は誠に容易ならざることであります、併しながら日本に必要なる産業、取殘さなければならぬ産業は、此の補償打切りに依つて整理された後、金融的には經濟安定本部の組織下にある金融復興機關をして金融せしめることになつて居ります、從つて海運業者は直ちに整理に入り、さうして存續される個人なり會社は、其の新らしい資金に依つて再建を圖ると云ふことになるのであります、從ひまして此の整理に當りましては、恐らく極端な整理が行はれる今日の情勢であります、左樣な場合に於きましては、どうしても海運に對しては特別の考慮をする必要があるだらうと思ひまするが、是は關係官廳と十分連絡して御期待に副ふやうに致したいと思ひます
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/29
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030・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 田島議員からの御質問の全體は、只今運輸大臣からの答辯で盡きて居ると存じますが、唯補償問題と事業資金のことに付て、ちよつと同じことを繰返すのでありますが附加へて置きます、補償の問題に付きましては、海運が此の補償の整理の爲に非常な打撃を受けると云ふことは、今運輸大臣が申された通りでありますが、政府も其の打撃を出來るだけ縮小するやうに努力を致して居りますが、其の結果は今運輸大臣も申しましたやうに、十分とは申せないと思ひます、海運から見ますと、甚だ遺憾な結果になると思ひますが、併し先程田島議員から御話のありましたやうに、繰返し繰返し損害を受けたものを打切ると云ふやうなことは致さないことに相成つて居ります、從つて此の海運の再興の爲には、外の方法に依つて資金を供給すると云ふことに依つてやるより外にはないと思ふのであります、是は海運のみでなく、外の事業に付ても大體同樣でありまして、火災保險其の他に對する補償も非常に大幅に打切られるのでありますから、復興資金は外に之を調達する、其の調達に對して政府が援助をすると云ふこと以外には途はないのであります、幸に海運の方は、運輸大臣が非常に熱心に其の復興を考へて居られますから、先程も申しましたやうに、資金は物でありますから、物があり、物が出來るものならば、資金は必ず出來て來るのでありまして、其處に少しも心配はないと思ひます、造船が行はれれ
ば、それに從つて資金が必ず供給されるものと私は信じて居りますし、又大藏省としては、左樣な場合の資金に付ては必ず出來るだけの援助を致すことは、是は當然でありますし、又致す考でございます、以上簡單でありますが、是だけ御答へ致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/30
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031・田島正雄
○田島正雄君 簡單でありますから、自席からの發言を御許しを願ひます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/31
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032・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 宜しうございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/32
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033・田島正雄
○田島正雄君 只今、運輸、大藏兩大臣から詳細な御答を承りまして一應了承致しました、特に船舶問題は運輸大臣の言はれます通り、直接聯合國の管理下にありまするが爲に總て對外關係、對外折衝を要する事柄が特に多いのであります、其の邊の御苦心は十分に諒と致しまするが、それであるが故に、一層特段の御努力を重ねて要望致します、是で質問を打切ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/33
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034・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是にて休憩を致します、午後は一時三十分より開會致します
午後零時四十六分休憩発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/34
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035・会議録情報4
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午後一時四十四分開議発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/35
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036・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 本日子爵朽木綱博君、子爵伊東祐淳君、子爵三浦矢一君、子爵鳥居忠博君、子爵議員補闕選擧に當選せられました、就きましては鳥居子爵を第三部に朽木子爵を第四部に、伊東子爵を第五部に、三浦子爵を第六部に各各編入致しました
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037・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是より午前に引續き會議を開きます、荒川文六君
〔荒川文六君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/37
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038・荒川文六
○荒川文六君 昭和二十一年度の改定豫算の歳出の中に教育文化費として分類せられて居ります約十二億六千四百萬圓でありますが、是は先程大藏大臣から御話がありましたやうに、歳出の總額五百六十億八千八百萬圓に較べますと、僅に二・三「パーセント」弱でありまして、誠に僅かな割合になつて居ります、本年度に於きましては終戰後の後始末、其の他の特別の經費が必要でありますから、事情已むを得ないものであるかも知れませぬけれども、此の割合は餘りに小さ過ぎるやうでありまして、將來に於ては斯んなことではなるまいかと考へて居ります、先程大藏大臣からは將來はもつと之を殖やす積りであると云ふ御話がありましたので、どうかさう云ふ風に致して欲しいと思つて居る次第であります、我が國が新らしい憲法を定めまして、本當の民主主義的國家として平和を愛好する國際社會に於て名譽ある地位を占めるやうになります爲には、國民が之に相應した資格を備へることが肝要でございます、而して之を實現するには私は必ず教育の力に依るの外はないと思ふのであります、教育の刷新と云ふことは此の際最も重要な事柄として取上げられ、愼重に計畫せられると共に急速に實行せられなければならないと考へるのであります、假令現在我々は或は食糧の問題でありますとか、或は「インフレーション」の問題でありますとか、緊急を要する問題に直面して居るのではありますけれども、教育のことは決して之を後廻にしてはならないのであります、元來教育は十年、或は二十年の後になつて、漸く其の結果が現れて來るものでありまして、而も其の結果が善きに付け、惡しきに付け大きな力を以て、國民の思想や、行動を支配することになるのでありますから、我々は一日も早く此の教育刷新の方針を樹てて之を實行に移して參らなければならないと思ふのであります、私は本年度の豫算に於て、教育文化費が僅かに二「パーセント」であるから、政府の教育に對する關心も亦僅に二「パーセント」であると即斷するものではありませぬが、承る所に依りますと、政府は此の度教育刷新委員會を設けて是等のことを考究せられると云ふことでありますので、此の機會に於きまして、之に關する政府の御方針を伺ひ、又二三の問題に付きまして御所見を伺ひたいと思ふ次第であります、此の度の戰爭に於きまして直接の責任者でないに拘らず、大きな犧牲を拂つたものは青少年であると存じます、彼等は我々の後繼者として、將來我が日本の國を擔つて行くべき者でありますから、總ての點に於て、即ち知識に於ても、體力に於ても、亦徳性に於ても、我々より優れた者になつて貰はなければならないのであります
〔議長退席、副議長著席〕
然るに戰爭は彼等に非常に大きな痛手を與へたのであります、それ故我々は此の際出來るだけの手段を講じまして、其の痛手を癒し、其の埋合せをしてやらなければならないのではないかと思ふのであります、第一に知識の方面のことでありますが、戰爭中學窓にあつて勉強して居りました學徒は、或は召集に遇ひましたり、或は勤勞作業に動員されたり致しまして、正規の授業を受けることが出來ず、僅に間に合せの方法で學問をして居つたのであります、勿論是はあのやうな時期に於ては、誠に已むを得ないことであつたのでありますけれども、彼等の學力が之が爲に著しく低下したと云ふことは否むことの出來ない事實であります、それが又我が國の文化の進展にどんなに妨げになつたであらうか、又其の禍が將來に迄も及ぶであらうかと云ふことも想像に難くないのでございます、政府は、彼等青少年學徒が被りました、此の痛手を癒す爲に、何か特別の方策を樹てておいでになるのでありませうか、先づ第一にさう云ふ點を伺ひたいと思ふのでございます、又戰爭中に於ては、我が國に於ける科學技術の力の弱いことが痛感せられまして、科學教育をもつと振ひ興さなければならない、科學技術の研究をもつと盛にしなければならないと云ふことが盛に唱へられまして、今年度の豫算に科學研究費が可なり澤山計上せられて居るやうでございますが、今後に於ても是等のことは、平和的の産業を發達せしめる爲には大いに必要なことでございますから、恐らく政府に於ても長く此の方針を採つておいでになることと思ひます、私もそれが然るべきことと考へるのであります、唯私は今後の我が國の教育に於ては啻に科學の教育のみならず、總ての教育の方面に於て、從來よりももつと科學的に教育を行ふと云ふことが肝要なのではないかと思ふのであります、凡そ科學の目的と致します所は、眞理を探ね求めて之を尊重することでございますが、私が茲に科學的に行はれる教育と申しましたのは、其の眞實を愛して、僞りを排斥すると云ふ教育を申した積りでございます、從來の教育の缺點は形式が重んぜられまして、口と肚とが異るやうなことが屡屡あります、青少年が其の思ふ所を率直に言ひ現し得ない、即ち事實上嘘僞を云ふことが教へられて居つたと云へる所にあつたのではないかと思ふのでございます、そして結局是が我が國を現在のやうな慘めな状態に導いて來た原因の一つでさへあるかと思はれるのでありますが、民主主義的日本に於ては此のやうな教育は是非排斥しなければならない、是が今後の教育方針に於て最も大切な根本の問題ではないかと思ふのであります、是等の點に於ても、政府の御所信を伺ひたいと思ふのであります、尚更に考慮しなければならないことは、我が國に於ける女子教育のことでございます、女子に十分の教育を施して其の教養の水準を高めますことは、將來の國民の教養に大いなる影響を及すものと信ずるのでございますが、從來我が國に於きましては、女子には高等の教育を授くることが不必要であると云ふやうな、誤つた考を持つて居る者も間々ございまして、其の結果不知不識の間に、それが國民一般の常識になつて居つたのであります、能く女や子供に分るやうにやさしくと云ふやうな言葉を使ふことがございますが、知識の點に於ては、女が子供と同等に取扱はれると云ふことは、決して日本の自慢になることではないと思ふのであります、處が現在の中等學校に於きましても、男子の學校と、女子の學校との間には、其の學科課程に相當の違ひがありまして、女子の方が低くなつて居ります、私はそれが何故其のやうになつて居るのか、能く存じませぬけれども、女子には男子と同じ學問をする能力がないと云ふ理由から、さう云ふ風になつて居るとするならば、それは大きな誤りではないかと思ふのであります、女子にも須らく男子と同等の教育を授くべき筈であると思ひます、同等の教育を受ける機會を與へる必要があると思ふのであります、尤も之を實際に行ふ場合の方法は、「アメリカ」等で廣く行はれて居ります所謂男女共學の方法が宜いか、或は男女別々の學校に於てするのが宜いかと云ふやうなことは、是は別の問題と致しまして、專門の方々の研究に委ねて宜しいかと思ひますが、男も女も同等の教育を受ける機會が與へられると云ふことは、總て國民は法の下に平等で、性別の爲に差別を受けないと云ふ、今度の憲法改正案の趣旨から言つても、さうならなければならぬかと考へるのであります、此の點に於ても政府の御考を伺ひたいと思ふのでございます、次にもう一つ、是は多少違つた方面のことでございますが、中等學校以上に於ける外國語の教授のことでございます、凡そ言葉は自分の意思を人に傳へる爲に用ひられる媒介物でありますが、同じ國の人の間に於きましても、言葉が不十分である爲に意思の疏通が滿足に行はれないで、色々の行違ひが出來たり、誤解が生じたりすることも間々あるのでありますが、況して異つた言葉を用ゆる外國人との間に於ては尚更さうでありまして、言葉が不自由である爲に、或は認識を缺いたり、或は誤解を生ずることが度々あるやうに思はれます、從來に於ても若し我々が外國語を十分に能く操ることが出來たならば、誤解から生ずる幾多の不愉快な出來事を、未然に防ぐことが出來たであらうと思はれるのであります、さう云ふ風な譯で我々は出來るだけ我が國と密接な關係のある國の言葉を習ひ、又外國人には迷惑であらうけれども、日本語を習つて貰ふやうにしなければならないと存ずるのであります、日本語を外國人に習つて貰ふと云ふこと、即ち日本語を世界の舞臺に進出させると云ふことに關しましては、我が國の文字のことが問題になりますが、只今は私は之に觸れることを差控へて置くことに致します、我が國に於ける外國語の勉強は、遺憾ながら是迄甚だ不十分であつたと申して宜からうかと思ひます、且言葉はちよつと何であるかと思ひますが、近視眼的であつたと思ひます、聞く所に依りますと、「アメリカ」では此の度の戰爭が始りましてから、日本語の勉強が盛に行はれたと申すことでありますが、我が國に於てはそれと反對に、敵國の言葉など習ふ必要がないと云ふことになりまして、大概の中等學校では之を止めるとか、時間を減らすとかするやうなことを致しました、さうして終戰になつてから「アメリカ」の軍隊が我が國に駐屯するやうになりますと、周章てて誰も彼も日米會話の本を懷にして、英語を習つて居るのであります、全く泥繩式と申して宜いのであります、併し假令泥繩式でありましても英語を勉強することは、其の必要の多い現在に於ては惡いことではないと思ふのでありますが、私は是と同時に、我々日本人には最も關係の深い、隣の中華民國の言葉を勉強しなければならないのではないかと思ふのであります、即ち中等學校や高等學校等に於ても、中國語が其の課程の中に取入れられて、且獎勵されて然るべきものではないかと思ひます、元來我が國と中華民國とは所謂脣齒輔車の關係を保つべき國でありまして、遠い昔から兩國の間には密接な關係があり、又我が國の文化も彼の國に負ふ所が少くないのであります、而して此の關係は今後に於ても同樣であらうと思ひます、文化、經濟、産業、教育、其の他何れの方面に於ても兩國は永く相提携して親善の關係を保つて參らなければならない間柄であるかと思ふのであります、然るにも拘らず、從來我が國の中華民國に對する認識は甚だしく缺乏して居りまして、一般の日本國民が彼の國民に對する際に輕蔑的の態度を執りましたことが少くなかつたのであります、而して此のやうな認識の不足や誤解の原因の一つとして、我が國民の間に中國語の勉強が不足して居たと云ふことを數へることは間違つて居りはしないと考へるのであります、從來我が國の學校で外國語と申しますと、一般に英語とか、「ドイツ」語とか、「フランス」語とか、孰れも「ヨーロッパ」の言葉を言ふのでありまして、中等學校でも、高等學校、專門學校に於てもさうでありますが、是は一つは、それ等の學校で外國語を教へるのは、話したり聞いたりするのよりは、本を讀むことを主として、之に依つて先進國であるそれ等の諸國の知識を採入れようとした爲でありませうけれども、親しい附合ひをしなければならない隣の中國の言葉などは殆ど今迄眼中になかつたと云ふことは遺憾であると申さなければなりませぬ、それで私は今後我が國の中等學校以上の學校に於ては、從來のやうに、外國語として主として英語を教へるのも現在のやうな状態の下に於ては適當でありませうけれども、是と同時に中國語を教へることを獎勵して、之を學科課程の中に加へるやうにする必要があるのではないかと考へるのであります、此の點に付きまして當局はどう云ふ風に御考へでありませうか、それを伺ひたいと思ふのであります、第二に青少年の體育に關係したことであります、戰爭の爲に我が青少年學徒の學力の水準が下りましたと同時に、彼等の體位の低下して參りましたことも亦隱れもない事實でございます、戰爭前と比較致しまして、青少年の體位がどれ程低下したかと云ふことは、最近國民學校の上級の兒童に付て行はれました調査の結果が發表せられて居りましたが、之に依りますと、平均の身長及び體重共一般に減つて居りまして、殊に昭和十六年以降都會の子供に著しくそれが現れて參つて居ると云ふことであります、中等學校以上、高等學校、專門學校、大學等の學徒に付ては如何なる状態になつて居るでありませうか、私は其の統計的の調査の結果を只今手許に持つて居りませぬが、平常見聞して居ります所から見ましても、それ等の學徒の體位の低下は否定し得ない事實であると存ずるのでございます、是は勿論學徒のみに限られた問題でなく、國民一般の問題ではありますけれども、現在に於ける青少年の體位の低下は十年、或は二十年の後になつて彼等が父となり母となる時代に迄も其の影響が及ぶのでありまして、或は出産率が減るとか、或は健康乳兒が少くなるとか、或は又幼兒の死亡率が増加するとか云ふやうな色々な形になつて現れて參るものと見なければなりませぬから、我が國の將來に取つて是は誠に重大な問題であると申さなければならないと思ふのであります、此のやうに青少年の體位が下つて參りました原因は何であるかと申しますと、是は言ふ迄もなく、食糧の供給が制限せられて十分の榮養を攝ることが出來なかつたことであるのは明かであります、食糧の制限が若し短期間で濟んだものでありましたならば、或は其の影響も著しく現れずに濟んだかも知れませぬけれども、既に數年に亙つて十分の食物を攝ることが出來なかつた爲に生じた榮養の不足の影響は、段々蓄積せられまして、遂に今日の状態を呈するに至つたのでありませうから、啻に學徒ばかりでなく、一般の青少年等に對しましても、出來るだけ十分の食糧を與へるやうにしまして、彼等の體位を向上するやうに致さなければならないと考へるのであります、現在に於ては主要食糧の配給基準量は、御承知の通り、六十歳以下の大人一人に一日が三百三十「グラム」であります、さうしてそれも只今は一割引の二百九十七「グラム」になつて居ります、今朝でありましたか、新聞紙上では、當局に於ては之を十一月頃から引上げると云ふことに努力して居られると云ふことでありますが、只今はさう云ふ風なことになつて居ります、唯發育盛りの子供、即ち十歳から十五歳迄は一日に三百六十「グラム」と云ふことになつて居りまして、一割引に致しますと三百二十四「グラム」となつて居ります、即ち國民學校の兒童と中等學校の下級生だけが割増を受けて居る譯でありますが、十六歳以上の青年、即ち中等學校の上級生から高等學校や專門學校、大學の學生、是は四十歳、五十歳の大人と同じ量だけの配給しか受けて居らないのでありまして、是だけではどうしても十分の榮養を攝ることは出來ないのであります、是等の學生の中でも自分の家から通學して居ります者は、其の家庭でなんとかして都合をして配給量以上の食物を攝ることが出來るのでありますけれども、寄宿寮や下宿屋に居ります者、又合宿して自炊をして居ります者、さう云ふやうな者などは配給量だけで賄つて行かなければならないのでありますが、それだけでは到底足らないのでありますから、彼等は其の空腹を滿たすだけの食物を攝るのに色々苦心を致して居るのでありまして、其の爲に大切な勉強の時間をも犧牲にしなければならないこともある位でございます、從つて其の食事に致しましても、自然唯腹を滿たせば宜いと云ふやうになりまして、榮養價値がどうの、「カロリー」がどうのと云ふやうなこと迄も顧みる遑がありませぬ、それぞれの學校に於きましては、勿論之に對して學生の爲に色々の手を盡して其の不足を補つてやるやうに計らつて居るのでありまするけれども、十分のことは出來ないのであります、此のやうな食糧の事情の下に勉強して居ります學徒の體位が段々低下して參りますことは蓋し當然のことかと思ふのであります、十六歳以上の青年も矢張り發育盛りの若者でありまして、而も前に申しました通り、彼等は我々の後繼者として次の時代の我が國を擔うて行くべき重い任務を有する者でありますから、我々はどうにかして彼等が其の體位を維持するに必要な食糧を十分に得られるやうにしてやらなければならないかと思ふのであります、それで私共は、少くとも當分の間は尚引續いて此の主要食糧の配給制度が行はれることと思ふのでありますが、此の際縦令一般の基準量を増加することは出來ませぬでも、十六歳から二十五歳位迄の青年に對しては、其の配給基準量をせめて一日四百「グラム」位、枡目に改めますと二合八勺位になりますが、其の位迄には引上げてやることが出來ないものであらうかと思ふのでありますが、是は米穀の出來工合にも依りませうけれども、斯う云ふことが出來ませうかどうか、或はさう云ふ御考があるかどうかと云ふことを伺ひたいと思ふのであります、又我が國に於きましては、肺結核で斃れる青年の數が非常に多いのでございます、此のことは既に御承知のことでありませうし、又學生の間に近視眼の多いことも世界の有名な事實であります、是は誠に殘念ながら我が國の社會衞生や學校衞生の缺陷を暴露して居るものと申すことが出來るのでありますが、是等の事柄は又食糧の問題、即ち學生、青年の榮養の不足と云ふことに全く無關係であるとは言へないと思ふのでございます、肺結核に依る死亡者の數は「アメリカ」や「イギリス」等に於ては年の若い者に少く、老年の者の方が却て多いのでありますけれども、是は人口に割當てた死亡率のことでございます、獨り我が國に於きましては、二十歳から二十五歳位迄の者が一番多くなつて居りまして、人口に對する死亡率を比較致しますと、「アメリカ」の五六倍になつて居ると云ふことでございます、從つて病人の數も亦青年に多いことは明かでありまして、私が元關係して居りました大學に於て二三年前に行ひました身體檢査の結果から見ましても、全學生の八「パーセント」乃至九「パーセント」が所謂要注意者と申すのであります、要注意者と申しますのは、學業は繼續しても宜いけれども、過激な運動や、過度な勉強をしてはならない、又十分の榮養を攝ることを努めなければならぬと云ふものであります、其の生活上の注意を必要とするものであります、又全學生の約一「パーセント」が要療養者、即ち是は一時學業を止めて療養に專念しなければならないと、診斷を受けたものでございまして、是が約一「パーセント」でございます、其の殆ど總てが入學前に感染して居りまして、入學後に發病したものであります、此の割合は私の聞きました所では、どの學校に於きましても殆ど同じやうな割合になつて居るやうであります、入學の際に豫め身體檢査を致しまして學校に入れた學生にしても斯う云ふ風な状態でございます、一般の男女青年を引つ括るめて檢査をして見ましたならば、是等の割合はもつと大きなものになるのではないかと思ふのであります、先頃東京の有樂町の驛の前に設けられた天幕病院で檢査を致したさうであります、其の結果を聞く所に依りますれば、「レントゲン」檢査を受けた者は約八千人あつて、其の凡そ七「パーセント」が開放性の患者であつたと云ふことであります、之を見ましても其の割合が決して少くないと云ふことを想像することが出來るのであります、此のやうに結核が我が國の青年の間に其の猛威を逞しうして居ると云ふことは我が國の將來に取つては誠に由々しいことでありますが、聞く所に依りますと、現在肺結核の豫防や治療に關する研究は大變進んで居りまして、適當な處置と養生法とを正しい指導の下に行へば病氣を癒すことも出來るし、又其の傳染を防ぐことも出來て、其の病氣を撲滅することも出來ると云ふことであります、現に「アメリカ」や「ドイツ」はさう云ふ風なことをやりまして青年の病人が少くなつて來て居るのであります、政府に於ては既に數年前から厚生省所管と思ひますが、其の事業として此の肺結核撲滅の計畫を立てて實行に著手して居られることと存じます、文部省は又教育の立場から學校衞生に關する問題として之に對して具體的にどう云ふ御對策をお立てになつておいでになるのでありませうか、又病氣になつた學生や教員の治療に付ても何か特別の療養機關を設けるとか、或は既に出來て居る療養機關と連絡して、特にそれ等の若い者の病人である者に便宜を與へると云ふやうにするか、さう云ふ風な御計畫があるでありませうか、伺ひたいと思ふのであります、只今は病氣に罹つて居る者を發見することは殆ど遺憾なく行はれて居りまして、可なりの成績を擧げて居るのでありますけれども、斯くして發見した病人を如何に處置するかと云ふ途が十分に備へられて居ないやうに思はれますので、是では此の病氣を撲滅することもなかなかむつかしいのではなからうかと存ずるのであります、私は此のやうな問題に關聯致しまして、此の際少なくとも專門學校以上の學校には專任の、或は專任でありませぬのでも、二三の學校兼任で宜しいかと思ひますが、衞生主事とか、或は保健主事とか云ふやうな、名はまあどうでも宜しうございますが、さう云ふ風な職員を置きまして、學生の保健衞生の指導に當らせるやう致してはどうかと思ふのであります、從來學生の體育と申しますと、單に運動を獎勵すると云ふに止まりまして、一人々々の學生の健康状態を顧みずに運動をやらした嫌がないでもなかつたのでありまして、其の結果と致しまして却て健康を損ふ、不幸な結果に終つた例も少くないのであります、併し若し學校に醫學の知識を備へて居ります衞生主事、或は保健主事と云ふやうな者が居りまして、全部の學生と云ふ譯には參らぬかも知れませぬが、少くとも要注意者、注意を要する學生だけでも、其の一人々々の健康状態を見守りまして、其の相談相手となつて、其の體位に適した運動を以て身體を鍜えて行くやうに致しましたならば、世界中獨り我が國だけで青年病となつて居ります、肺結核を撲滅することも可能でありませうし、又其の上に青少年學徒の體位を向上致しまして、健全な將來の日本國民を作ることも出來るかと思ふのであります、體育のことを本當にやらうと致しますには、決してそれを醫學の知識のない體操の先生だけに委して置くと云ふことは出來ないと思ひます、又其の他にも例へば先に申しました近視眼の豫防のことに致しましても、此のやうな衞生主事、或は保健主事と云ふものが其の學校の衞生方面の責任者として、適當に氣を付けて參りましたならば、相當の成績を擧げることが出來るのではなからうかと思ひます、政府は勿論青少年の健康増進、體位向上と云ふことに付ては是迄にも多大の關心を持つて居られることと存ずるのでありますが、茲に例を取りましたやうな專門の職員を學校に置いて、合理的に之を實行する御考へ乃至御計畫を立てて戴けないでありませうか、伺ひたいと思ひます、第三に私は青少年の徳育及び一般國民の道徳振興のことに關しまして申述べたいと思ひます、只今の世の中に於て道徳が著しく頽廢して居りますことは、心ある者の大いに憂慮致して居る所でございますが、是は啻に學校教育の方面に於てのみならず、社會教育の方面に於ても大いに力を盡して、現今のやうな状態を打破して國民道徳を振ひ起し、我々國民が道義に基を置いた日常生活を營むやうに致さなければならないと思ふのであります、併し國民道徳の振興は唯單に道徳律を掲げて、之を説明し、是が實行を獎勵するだけでは出來ないのでありまして、假令出來たやうに見えましても、それは唯形式的のものに止まるのであります、我が國に於きましては是迄教育に關する勅語を以て國民道徳の基準と致しまして、學校に於ては機會ある毎に之を捧讀致しまして、其の御趣旨の徹底に努めて參つたのであります、教育勅語は斯う申しては畏れ多いことでありますけれども、誠に立派なものでありまして、之に附加へなければならないものは何もないとは申上げ兼ねますけれども、殊に從來と違ひまして、民主主義的國家たる日本國の國民と致しましては、之に掲げられましたものの外に更に他の徳目が必要であらうかと思ふのでありますけれども、其の中から除き去らなければならないと云ふものは殆ど何もないと申して差支ないと考へるのであります、併し此の尊い勅語に致しましても、唯之を毎日捧讀したり、間違ひなく暗誦したりするだけでは何の役にも立たないことは勿論であります、凡そ道徳を振興致します爲には、必ず之を宗教を以て裏付けしなければならないと私は考へます、即ち宗教の振興を以てするのでなければ、其の道徳をして人間の日常生活の中に之を活かして參ることは出來ないと信ずるのであります、即ち徳育の方面に於きましては、教育は宗教と密接の連繋を保つて參らなければならないと思ふのであります、是迄或一部の人は教育勅語を以て徳育を行はうとするに當りまして、天皇を神として、之に對する宗教的信仰を以て其の裏付けと致さうとしたのでありますが、之には尠からず無理な點がありまして、實際それ等の一部分の人々を除いては、他の大部分の國民、殊に近代の教育を受けつ、ある多くの學生の心にはしつくりと來ない點が多かつたのであります、今や我が國は民主主義的の國家と致しまして、新らたなる歩みを踏出しつ、ある譯なのでありますが、國民道徳も之に連れて新らしい面を持つことが必要となつて參るのだと思ふのであります、近頃新聞紙等にも隣人愛と申す言葉が多く用ひられまして、食糧の問題に致しましても、消費者たる都會の人と、生産者たる農村の人とが此の隣人愛を以て結付けられることが必要であると云ふ意見が出て居るのでありますが、單に食糧の問題ばかりでなく、其の他の總てのことに致しましても、本當の民主主義的社會が實現せられます爲には此の隣人愛の思想が其の基礎とならなければならないと考へられるのであります、そして此の隣人愛は宗教的の信仰に依つてでなければ養はれるものでないかと思ふのであります、私はさう信ずるのでございます、そして又茲に今後に於ける學校教育、乃至は社會教育の徳育の面に於て宗教の裏付けが必要である所以が存するのではなからうかと考へるのであります、併し國民が孰れの宗教を信仰するかは勿論自由でありまして、是は現行の憲法にも亦此の度の改正案にも同樣に認められて居りますし、又改正案の方には更に國は如何なる宗教團體にも何等の特權を與へないし、又國は自ら宗教的教育や宗教的活動を行はない、又其の機關をして之を行はしめないと云ふことが定められて居りますが、是等は誠に妥當なことと考へるのであります、之に依りますと總ての官立及び公立の學校に於ては、宗教教育其の他如何なる宗教的活動をも行ふことが出來ない譯なのでありまして、是は當然のことなのでありますけれども、道徳に宗教的信仰の裏付けがありませぬと、動もすればそれが形式に陷つてしまふのでありますから、若し是等の官公立の學校に於て學生に對して行はれる道徳の教育をして、本當に其の效果を擧げるやうに致さうと致しますならば、國は公平な立場に於て此の方面に於ける宗教團體の活動を援け、或は少くとも之を防害しないやうにすることが肝要ではないかと思ふのであります、顧みまするに、學校に於ける教育と宗教との關係が問題となりましたのは明治三十二年に文部省から訓令第十二號を以て、官立公立の學校及び學科課程に關して法令の規定がある學校、其の中には私立の中學校、高等女學校、專門學校等が含まれるのでありますが、是等の學校に於ては宗教上の教育を施したり、又は宗教上の儀式を行つてはならないと云ふことが命ぜられました時からであるかと思ひます、官立や公立の學校に於ては特定の宗教の教育を行つたり、或は其の他の宗教的活動を行ふことは面白いことではありませぬから、是等の學校に關する限り、此の訓令の趣旨は尤もなことと申して宜しいと思ふのであります、併しそれだからと申しましても、是等の官公立の學校が宗教の裏付けなしに、唯其の力だけで道徳の教育を行はうと致しますと、前申しました通り動もすれば形式に陷りまして、完璧を期し難い憾みがあるのであります、併し是等の學校の多くのものには、是迄にも其の職員や學生に依つて組織されました宗教團體がありまして、大なり小なりに宗教的活動を行つて參つたのでありますが、學校に於ける徳育を振興せしめる爲には此のやうな團體を作ることを禁じたり、或は之に壓迫を加へたりすることを避けなければならない、否寧ろそれ等の團體を適當に獎勵助成致しまして、學校自身が行ふことが出來ない徳育の一部面を擔當して貰ふことが至當ではないかと思ふのであります、戰爭中に於て是等の團體は孰れも幾何かの壓迫を蒙りまして 所謂學校報國團の下に統合せられて、軍國主義的の指導の下に置かれるべく餘儀なくせられたのでありますが、併し是は民主主義的のやり方ではないのでありますから、一日も早く之を改めてそれぞれの團體が自由なる自治的發達を遂げ學校と協力して學校の徳育を向上せしめるやうにしなければならないと思ふのでありますが、斯う云ふやうな團體に付きまして政府はどう云ふ御處置を執るやうになるでありませうか、そこに既に適當な處置を御執になつて居るかとも考へますけれども、御所見を伺ひたいと思ふのであります、官立や公立の學校に付きましては以上の通りでありますが、例へば或一つの宗教の主義の下に教育を行ふ目的で設立せられました私立學校に對して迄も此の訓令第十二號の趣旨を強要致しますることは妥當でなく、却て害のあることだと思ふのであります、それで去る昭和十年に至りまして文部省は此の訓令の趣旨は、宗派的の教育を施すことを許さないと云ふことであつて、宗教的情操の涵養を圖ることは寧ろ望ましいことなのだと云ふ解釋を下しまして、此の訓令の實行上に幾何かの手心が加へられまして、進歩を示した譯でありますが、更に昨年十月になりまして、文部省訓令の第八號を以て、私立學校では生徒の信教の自由を妨げず、又生徒に著しい心身の負擔を増さないやうにするならば、課程外に宗教上の教育を施したり、又は宗教上の儀式を行つても差支ないと云ふことになりまして、或一つの宗教の主義の下に教育を行はうとする私立學校に取りましては、政府が此の英斷に出られましたことは、誠に喜ばしいことであり、學校に於ける徳育も此の宗教教育の裏付けに依つて良い結果を持來すことを期待し得るやうになつたのであります、政府は今後に於ても此の方針を御執りになることと思ふのでありますが、どうかさう云ふ風にして戴きたいと思ふのであります、更に之に關聯致しまして肝要なる問題は國民學校の生徒の道徳教育であります、子供の時代に於ける宗教的信仰の涵養は其の人の一生を支配するものであると申して差支ないのでありまして、大切なものでありますが、國民學校は大體大部分公立でありますから、學校自體が宗教教育を行ふ譯には參りませぬ、それで從來「キリスト」教の諸教會や、又は佛教の寺院の或一部分に於きましては、日曜日に所謂日曜學校と申すものを開きまして、誠に不完全ではありますけれども、是等の兒童に對して宗教教育を行つて參つたのであります、勿論之に出席する生徒の數は全國の兒童の數に較べれば極めて少いのでありますけれども、我が國の初等教育の徳育の方面に幾何かの貢獻を爲して來たものであらうかと信じて居ります、私は國民學校に於て宗教教育を行ふと云ふことが出來ないと云ふ其の缺陷を補ふ爲には是非共此のやうな宗教團體に依つて行はれる宗教教育を利用して、之を以て學校が行ふ道徳教育の裏付けをさせるやうにしなければならぬのではないかと思ふのでありますが、政府は斯う云ふ風なものに對してどう云ふ風な方針を以て臨まれるのでありませうか、そこを伺ひたいと考へるのであります、さうしてそれと同時に從來戰爭中には殊にさうでありましたが、國民學校の先生の中には其の誤つた考から子供が「キリスト」教の日曜學校に出席することを公然と禁止しましたり、或は色々な嫌がらせを致しまして、遠廻しに之を止めたり、妨害したりした例も屡屡あつたのでありますが今後は斯う云ふ風なことのないやうに、其の趣旨を十分徹底せられますやう希望に堪へないのであります、凡そ國民道徳の振興、殊に子供の徳育はなかなかむづかしいものでありまして、單に學校教育のみを以て之を行ひ得るものではなく、又家庭が之に協力するのでなければ十分の效果が擧げられるものではありませぬ、さうして家庭に於ける教育は母親の指導感化に依るものが頗る多いことを思ひますれば、女子教育の如何に大切であるかと云ふことが分るだらうと思ひます、さうして更に此の家庭に於ける教育こそ宗教の裏付けが最も多く要請せられるものであると思ひます、憲法改正案に、國は如何なる宗教團體にも何等の特權を與へないと云ふことになつて居りますが、是は其の趣旨は決して宗教を無視するとか、又は之に關心を持つてはならないと云ふ意味ではないと思ふのであります、兒童の徳育に關聯致しまして、尚更に現今の大きな問題は戰災者及び外地引揚者の子供、或は孤兒のことであります、彼等の多數は今日街頭に誠に可哀想な姿を現して居りまして、現今の不健全な社會の波に揉まれながら浮浪生活を續けて居りまして、日に々々不良化して參つて居ります、さうして其の惡風は國民學校や中等學校の生徒に迄も及んで來て居るやうなことを聞いて居ります、彼等が此のやうになりました原因には色々あるでありませうけれども、彼等は戰爭の爲に生じた誠に氣の毒な人達であります、が併し誠に有難くない副産物でありまして、戰爭が生じた已むを得ない結果であるかも知れませぬけれども、彼等をあの儘に放置することは我が國の將來を思ひます時に決して爲し得ることでないのであります、急速に何とか處置致さなければならない、若しさうでなければ、其の禍ひは益益深刻になつて參るであらうかと考へるのであります、併し彼等を指導教育して正しい生活を爲すやうに致しますことは、決して生易しいことではなく、又恐らく五年や十年で行ひ果せるものでもなく、長い期間に亙つて、忍耐と熱心とに依つてやらなければならないことであらうかと思ふのでありまして、此のやうな方面に於ても今後宗教團體の活動に俟たなければならないものが多くあると思ふのでありますが、政府は斯う云ふ風な不良少年の感化誘導と云ふやうなことに付て如何に今後處置せられるでございませうか、何か御計畫でもありましたならば伺ひたいと思ふのであります、以上取り混ぜて色々のことを申述べましたが、斯う云ふ風なことを以て見ましても、我が日本國民が教育文化の上に爲さなければならないことが非常に澤山あるのでございます、將來の日本國を擔うて呉れます者に對して、あれも是もしてやらなければならないと思はれることが澤山ありますので、我が國教育文化の爲には、相當多額の經費を之に向けなければならない、又向けるべき筈であると信ずるのであります、本年度は特別の事情がありますので已むを得ないことではありますけれども、歳出總額の僅かに二「パーセント」、五十分の一、詳しく申しますと四十五分の一位になりますが、唯それだけが教育文化費であると云ふことは、餘りに少いやうな感じが致してならないのでございます、私は軍事に關する經費が不要になりました今後の我が日本に於ては、將來我が國が平和的國家として、國際社會に名譽のある地歩を占めて行くやうにする爲には、國の經費の相當大きな部分を、教育文化の爲に使用して然るべきものであると考へるのであります、將來に於ては私は我が國の青少年男女が、悉く其の保護者の負擔でなしに、國の費用を以て少くとも中等教育を受けられる位にはしてやらなければならないものかと思ふのであります、又それが民主主義的國家の行き方ではないかと考へるのであります、又啻に此のやうな學校教育の方面に於てのみならず、社會教育の方面に於ても、例へば圖書館とか博物館とか、其の他色々の施設を整へまして、國民の教養を高めなければならないかと思ふのでありますが、是等のことの爲には、將來國の經費の半分以上を教育文化費として用ひても少しも惜しいことはないと思ふのであります、今年度は僅に二「パーセント」に過ぎないものでありますけれども、政府は將來此の爲に國費のもつと大きな額を、割合を用ゆるやうに爲さると云ふことでありますが、今此處で其の何「パーセント」をそれではお使になるかと云ふやうなことは、或はまだ御決になつて居ないかと思ふのでありますけれども、若し大藏大臣なり、文部大臣なりにさう云ふやうなことに付ての御所見、或は御抱負でもありましたならば伺ふことが出來ますれば仕合せなことと思ひます、私の質問は是で終ります
〔國務大臣田中耕太郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/38
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039・田中耕太郎
○國務大臣(田中耕太郎君) 荒川博士の智育體育竝に徳育に關する非常な全般に亙りまする御質問がございました、それに對して御答へ致します、先づ其の又全體に亙ることでございます、豫算面に於きまして、文教に關する費用が極めて其の「パーセンテーヂ」に於て少いと云ふことでございます、是は今朝程大藏大臣が答へましたやうに、決して我々現在の状態に於ては滿足致して居るものではありませぬ、特に文部大臣と致しましては、尚更滿足致して居るものではありませぬと云ふことを申上げて置きます、國の財政が平常に復しました場合に於きましては、或は復し掛けた場合に於ては、是非舊來軍事費が占めただけの地位を少くとも文教の爲に國家が拂つて貰ひたいと云ふ風に考へて居ります、次に青少年の學力が非常に低下して居る、之に對する對策如何と云ふ御質問でございます、或は智育に於きまして、或は體育、徳育總ての方面に於きまして、青少年は特に戰爭の犠性になつて居りまして、甚だ氣の毒に堪へないのでございまして、之を何とか致すべきであると云ふことに付きまして、文教の責任を負うて居ります者は、日夜苦慮致して居ります次第でございます、併し斯う云ふ方面のことは物質的の、有形的の施設ばかりでは出來ないことでありまして、又豫算が取れてもなかなか出來ないことでありまして、要するに社會全體の文教と云ふものに對する關心、文化に對する熱意、道義の昂揚と云ふやうな、根本の思想から改めて掛らなければならぬ、特に教職員と云ふ者の學問に對する、或は教育に對する熱意、先程御指摘になりましたやうに、本當に教へる者も教へられる者も、眞理を愛好しなければならない、眞實を尊重しなければならない、さう云ふ心持が徹底致しまして、段々それが詰り學力の向上に影響して參る譯であります、從つて一方に於きましては、教育者は自分が詰り學問を愛し、教育を尊重する、さうして眞理に觸れた其の喜びを、被教育者に分ち與へると云ふ風でありましたならば、自然に物はなくとも又教へることは少くとも、本當に其の教へることが血となり肉となるのぢやないか、從つてそれが學問或は知識にも影響を及すのではないかと云ふ風に考へるのであります、然らばと申しまして、決して制度の面を無視する譯には參りませぬので、此の學力の低下をどう云ふ風にして補ふかと云ふことになりますと、或は高等學校に於きまして、或は中等學校に於きまして、戰爭中年限が、戰時の臨時の必要の爲に切り縮められて居りました、それを前内閣時代に囘復致しまして、詰り高等學校は三年制に復歸した、又中學校は五年制に復歸したと云ふやうなことがございましたことは御承知のやうな譯でございます、併しながら教育方法其の他或は制度の改正等に付きましても、詰り今迄の「イニシアチーヴ」を尊重しない、唯諳記主義で行く、或は極めて不完全な試驗を以て強制する試驗制度の意義は極めて重大である、日本位試驗の「ルーズ」な國はないと思ひますが、併し試驗の制度其のものに至つては、又檢討する餘地はありますが、或は制度の面に於て、又教授の方法だとか、或は試驗とかさう云ふやうな色々な面に於て、本當の學力を著けると云ふことを考へる必要があるのではないかと存じます、詰り根本に於きましては、單に教育を國家的の「エゴイズム」、或は個人の立身出世の手段にしないで、本當の眞理を愛すると云ふことから出發致しまして、具體的には色々なさう云ふ教育學的、或は制度面からも檢討致すと云ふやうな方向で、先程御話がありましたやうに、或は十年、二十年後に其の結果が顯著に現れて來るかも知れませぬ、併しながら是は早急に取掛つて忍耐強くやらなければならない、大變なことであると存じて居る次第でございます、尚又細かいことになりますと、戰災學校が澤山ございまして、教室も設備も足りませぬし
〔副議長退席、議長著席〕
又食糧窮迫の状態でございますから、取掛つてもなかなか今日滿足には參らぬのでございます、さう云ふ方面も出來るだけ努力致したいと存じて居ります、次に女子教育の方針を御尋になりましたが、是は男女間に於きまする教育の機會均等、それから教育内容の平準化、竝に男女の相互尊重の風を促進する大方針を立てまして、それに向つて女子教育政策を立てて參りたいと云ふ風に存じて居ります、御指摘になりましたやうに、男女間の教育内容の差が非常に顯著でございまして、女學校と中學校と比較して見ますると、其の間に相當の開きがございます、斯う云ふ點も出來るだけ是正致しまして、或は家政學科と云ふやうな特別な負擔も女子の方にはございますから、機械的には參りませぬが、併しながら男女、原則として平等の、即ち同一水準の教育内容に向けて行きたいと存じて居ります、尚女子の高等教育に付きましても同じでございまして、御承知のやうに大學なり、高等專門學校なりに付きましては、共學が認められました、併し共學以外に又規模に於て、程度に於て、男子の大學と同等の學校がありますならば、それは昇格を認めて居ると云ふ風に存じて居るのであります、併し必ずしも急いで、充實して居ないものを、其の男子の學校と同じ「レヴェル」に達して居ないものを、女子教育の振興であるからと言つて、急いで昇格させると云ふやうなことは、差控へて居ります次第でございます、次に外國語教授の問題でございます、是も戰時中の排外思想、或は非常時局中の極端な國家主義の犠牲となりまして、外國語の教育は甚だしく等閑視せられて參つたのでございます、此の外國語の教育と云ふことは、今後益益振興されなければなりませぬ、戰前復歸では私は足らないぢやないかと云ふ風に存じて居ります、或は外國から廣く知識を求める意味に於て、或は民族間の本當の理解融和の意味に於きまして、結り外國文化を理解すると云ふことが、其の外國を眞に愛することになる所以であります、從つて或國の外國語を知るならば、其の國に非常に親しみを覺えると云ふことは、是は事實であります、さう云ふ意味に於きまして單に知識的と云ふのではない、それ以上に詰り本當の國際的精神を涵養する、人類愛を深めると云ふ作用があるのでございます、さう云ふ意味に於きまして益益外國語の教育を振興致したいと思つて居ります、是は單に英語のみではありませぬ、「ドイツ」語、「フランス」語、又更に隣國、或は「ソ」聯であるとか、中華民國であると云ふやうな國の言葉も、考慮しなければならないと存じて居ります、早速「フランス」語に付きましては、高等學校の教育に關しまする限り、以前と同じ數の學校に於きまして、實施するやうになりました、又或一二の高等學校に於きましては、先程御指摘がありましたやうな、詰り中華民國語を選擇科目として入れたやうな所もございます、併しながらまだ中等學校の方には及んで居りませぬ、是は研究致さなければならないことであると存じて居ります、次に青少年の體位の問題でございまして、或は食糧の加配の問題、或は結核撲滅對策の問題、是等は實に學校當局と致しましても、非常に重要な問題でございます、唯此の給食の問題は、是は御推察戴けることと思ひますが、現在の食糧難に於きまして、國民學校の兒童に對しましても、一時實施して居りました給食が、出來ないやうな譯でございまして、輿論から申しますと寧ろ此の方を強く主張して居るやうでございまして、それが出來ますならば食糧事情が好轉した曉に於て主食の配給に依る學校給食を致したい、併しながらそれ迄は困難でございますから學校農園の收穫物とか、或は未利用資源等を利用すると云ふやうなことで參る外はないやうに思つて居ります、尚結核豫防對策に付きましては大したことはまだ致して居る譯ぢやございませぬ、甚だ御恥しい次第でございます、定期的又は臨時的學校の身體檢査を行ふとか、或は結核疾患を持つた者が發見された場合に於ては早期保養の實を擧げさせるとか、學校當局と協力致しまして、現に學校當局に於てもさう云ふ配慮をして居られる向が澤山ございます、さう云ふやうなことを徹底的に致すやうに仕向けたいと存じて居ります、又體育指導官以外に學校衞生官を置いたらどうかと云ふ御話でございますが、此の點に付きましては現在の状況は甚だ遺憾な状態でございまして、甚だしく此の學校衞生事務に關する職員が不足致して居ります、昭和二十二年度に於きましては劃期的に増員を致したい、是は極めて必要なことでございますので努力致したいと存じて居る次第であります、最後に徳育の問題でございます、青少年の道義の頽廢、是は現在遺憾ながら輿論になつて居るやうなことでございます、是は何故か、何故さう云ふやうな現象が生じたかと申しますと、其の由つて來たる所は色色ございますでせう、精神的方面に付て考へて見ますると、詰り眞理を恰も國家の手段にし、又一個人の立身出世の手段にした如く、道徳も矢張り同じやうな意味に於て形式主義化され、又功利的なる眼で見て來た、其處に誤りがあると存ずるのであります、從つて荒川博士が御指摘になりましたやうに、是は詰り宗教的に深めなければならない、宗教は詰り道徳と云ふものを内面化することに依つて完成する、又宗教は道徳を勝手氣儘な我儘な放恣的なものにしないと云ふ點に於て、極めて是は必要なものであり、今後の道徳教育に於きましては、宗教は無視出來ないと云ふ風に存じて居ります、處で問題は憲法に於て宗教教育を國家が或は其の機關が實施することは出來ないと云ふ風になつて居ります、此の宗教教育が宗教情操教育と云ふ風なものであるならば差支ないと云ふ風に政府と致しましては解釋致して居ります、更に宗教情操教育を與へるには矢張り宗教にもどうしても觸れて參らなければなりませぬ、さう云ふ具體的な事例を示さなければ宗教情操教育と云ふものは實は出來ないと云ふことでもありますし、憲法改正案の規定は具體的の宗教と、國家とが結び著くことを排斥して居る意味と解します、各各の宗教に對して國家は公平に「パリティー」を重んじまするならば、是は差支ないと云ふ風に解釋致して居る次第でございます、斯う云ふ意味を以ちまして、今後或は學校教育に於きまして、或は社會教育に於きまして、宗教家其の他各方面の關係者に色々御協力を御願ひする必要が大いにあるのではないかと存じます、又日曜學校の問題に付きましても、現在色々日曜日に學校が催し物等を致して、信者の子弟が不便を感じて居ると云ふやうなことも聞きました、さう云ふやうなことがないやうに、出來るだけ日曜日は自由に自己の屬する宗教團體に於て禮拜等が出來るやうにしたいと云ふ風に考へて居る次第でございます、是が各方面に於て、或は「きりすと」教なり、或は佛教なり、或は其の外の宗教なりに於てさう云ふ教育が行はれて居ると云ふことは、國家の爲に非常に喜ぶべきことだと存じまするので、さう云ふ方面に無理解な教師が居つてさう云ふ方面に出入することを或は白眼視すると云ふやうなことがあつてはなりませぬ、地方等にはまださう云ふ向きもあると云ふやうな話も聞いて居りますが、十分今後戒めたいと云ふ風に存じて居る次第でございます、是で御答辯を終ります
〔國務大臣河合良成君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/39
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040・河合良成
○國務大臣(河合良成君) 只今結核撲滅對策其の他に付て御尋がありましたので、此の機會に少しく詳しく御答へ申上げたいと思ひます、御承知の通りに戰時中我が國の青壯年が戰場或は工場で食糧難其の他の爲に非常に惡條件の下に勤勞致しました爲に、病氣に罹り、體位を低下させ、それから特に結核に多く罹つた者があることは誠に遺憾な次第であります、それ等の問題に付きまして直ちに適當の措置に掛かるべき筈でありまするけれども、御承知の通りに、勞働問題、失業問題、生活保護問題等社會的經濟問題を先づ取上げなければならぬやうな事情にありましたので、此の豫算にはさう云ふ點に於て從來の豫算と較べて特徴のある點は甚だ少いのであります、併し此の次の機會には出來るだけ計畫を具體化しまして、醫療の普及とか、或は結核對策、其の他社會事業面、文化事業面に缺けた問題に付てもつと推進的にやりたいと云ふ考で居ります、死亡者百人に付て只今結核の死亡率は、昭和十六年には二十人九分、昭和十七年には二十一人五分、十八年には二十二人五分と云つたやうに矢張り漸増的傾向を示して居ります、「イギリス」の如きは六人臺であります、「アメリカ」の如きは御承知の通りに四人臺と云ふことになつて居ります、十九年、二十年の數字はまだ纏つて居りませぬが、五六の府縣に付ての傾向を見ますると、兵庫、滋賀、富山、山口、宮崎等のやうな實例の來たものを見ますると、十九年、二十年には矢張り十七八年よりももつと増加の傾向にあります、石川の如きは非常に減つて居りますが、是は特別の施設をやつた爲に非常に減つて居る、特別の施設をやれば減ると云ふことは非常に明かに證明されて居る次第であります、それから其の死亡者の一番多いのは、先程御指摘の如く十五歳から二十五歳位が矢張り壓倒的に多いのです、多いですけれども、最近は此の數字は餘り増加して居りませぬ、却て三十五歳から老年へ掛けての結核死亡率の方が増加する傾向にあります、之に對する療養の施設は只今國立病院、日本醫療團、教員保養所、私立等を合せまして三百三十八箇所ありまして、それの病床數が六萬三千五百五となつて居ります、是は陸海軍病院を國立病院に引繼いだ爲に著しく増加したのでありまして、開放性の結核を中心にしまして、段々設備上處理出來ることになつたのであります、併しながら只今此の病床が三十五「パーセント」しか利用されて居りませぬ、是はどう云ふ譯かと申しますると食糧不足の爲であります、甚だ殘念な次第でありまするが、食糧問題が解決されると共に、此の病床數は段々充滿されることだと豫想して居ります、豫防問題に付きましては工場からの復員學徒とか、一般の職上、或は外地引揚者、復員軍人等に對しましては健康診斷を行ひまして、さうして豫防……殊に「ビイ、シイ、ジイ」の注射を致して居ります、「ビイ、シイ、ジイ」は非常に結果が宜しいのでありまして、死亡者は八分の一迄に減じ、發病を二分の一迄に減ずると云ふ成績を擧げて居りまして、是が非常に結果が宜しい、それで只今の所では此の復員學徒、軍人、引揚者にやつて居りまするけれども、將來は之を廣く國民全般に及したい、全般に及すと申しましても、三十歳以下の者に及すのであります、それで大體目的を達するのであります、三十歳以下の者は只今三千七百七十萬人居りますが、此の中で所謂陰性の者だけに施すのでありまして、それは二千五百五十萬人の豫定でありまして、僅か二三千萬圓の豫算で實施出來るのでありまするから、是は出來るだけ近い機會に於て全國的に「ビイ・シイ・ジイ」の注射を行うて、結核の豫防をやりたい、是が最も撲滅策としての捷徑であらうと考へて居ります、尚右の色々豫防注射等の外に、國民の結核豫防思想の普及とか、或は健康診斷の普及、保健所、療養所等の施設の整備、國民食生活の指導、特に此の食生活は非常に榮養等の關係で重大な「カロリー」攝取の點に於きまして、只今迄の制度は非常にまづいのであります、斯う云ふ點に積極的の實は制度を施したいと思つて居ります、色々さう云ふ方法を以て必ず結核に對する劃期的の政策を執りたいと準備をして居る所であります、それからもう一つ御尋の問題の不良少年、浮浪兒、孤兒等の問題でありまするが、是は只今の處は色々收容所を設けて收容したりして居りまするけれども、甚だ此の設備は末端的でありまして、根本的に解決されて居りませぬ、此の點はどうしても根本的に、文化國として恥かしくないだけのことは取らなくちやならぬのでありまして、是は申迄もなく愛情を中心とし、又之に物的の食糧などを相當量供給しまして、さうして逃げ去ると云ふやうなことを先づ防止しまして、長い目を以て獻身的に之をやると云ふやうなことでないとなかなかむづかしいのでありまして、此の點に付きましても從來と違つた少し太い線の計畫を取りたいと云ふ考で居ります、右御答へ致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/40
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041・荒川文六
○荒川文六君 此の席から申上げて宜しうございますか発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/41
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042・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 宜しうございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/42
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043・荒川文六
○荒川文六君 只今文部大臣及び厚生大臣から御丁寧なる御答辯を戴きまして、有難うございました、どうぞ此の上とも尚御努力を御願ひ致しまして、私の質問を終ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/43
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044・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 橋本辰二郎君
〔橋本辰二郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/44
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045・橋本辰二郎
○橋本辰二郎君 午前中大藏大臣よりして總豫算に關する御説明を承りました、之に依りまして、大藏大臣の懷抱せらるる所の財政經濟策の外貌を伺ふことが出來たのであります、其の中には傾聽に値ひするものもあります、又共鳴を惜まざるものもありまするが、間々獨斷に陷るやうな傾向のものもなきにしもあらずと思ひまする、又既に時は遲れて急場の間に合はぬと云ふやうな感じのするものもなきにしもあらずであります、以下私は序を逐ひまして、是等の點に付論究致したいと思ひます、元來「インフレ」に對して大藏大臣は世間一般とは其の意見を異にして居らるるやうな感じを私は持つ者であります、それは支那事變以來物資の缺乏と、物價の騰貴に從ひまして、總ての人が悉く「インフレ」を叫び、之が惡性に激變しはしないかと云ふことを非常に憂へて居つたのでありますが、獨り大藏大臣のみは此の點に付て比較的樂觀を抱かれて居られたではないかと推察せらるる理由があるのであります、入閣前に於きまして、或所の講演で、現在の經濟界の現象なるものは「インフレ」にあらずして、「デフレ」だと云ふことを仰せになつたと云ふことを私は仄聞致しました、そこで成る程是れあるかと云ふやうな感じを起したのであります、爾來大藏大臣は議會に於きましての御答辯を見ますると、比較的要領を得たる御答辯を簡明に爲さつて居らるるのであります、此の點に付きましては、私共は民間より飛入つたる所の大臣と致しましては、實に見上げたものと云ふ感じを持つ者であります、先程川村議員も御褒めになつたやうでありまするが、私も感服は致しまするが、唯惜しむらくは白玉の微瑕とも譬ふべき少しの缺點がありはしないかと云ふことを私は感ずるのであります、それは畢竟するに大臣が餘り自信に強く、又先入感に囚はるることの深いのであります、それ故に大臣の行く所として影の形に添ふが如く此のことが附き纏ふかのやうに私は感ずるのであります、野に在りまして、所謂諸士横議と云ふ時代ならば、どんな事ふ言うても構ひませぬが、一朝廟堂に立ちまして、政を行ふ以上は偏見は是は禁ずべきものであります、此の點に付きまして、大藏大臣が御認識を御改になることが國家の爲なり、又は經濟再建の爲にも最も必要であると云ふことを私は感じまして、大藏大臣が、君子は能く豹變すると云ふことで、虚心坦懷其の所見を御改になることを切に御願ひ致したいと思ひます、大藏大臣は、食糧物資は不足した、生産は停頓した、是等を囘復する所の智慮と勇氣とが國民の間に失はれた、茲に飢饉物價と云ふものが、發生したと云ふことを仰せになつて居ります、此の飢饉物價と云ふことを「インフレ」と見ますれば、是亦御説の通りであります、併しながら此の智慮勇氣を失うた者は國民のみでありませうか、國民と云ふ言葉は論理的に言ひますると、官吏も入るのであります、併しながら是迄日本に於ては官民等の聲がありまして、國民と云ふことは民間のみと云ふことになるのであります、要するに大藏大臣は智慮勇氣を失うた者は民間の者だけだと云ふやうなことを仰しやつたかのやうに當るのであります、終戰後、時の政府は何をして居りましたか、生産の増加、又は智慮勇氣の囘復にどう云ふ手を打つたでありませうか、將又虚脱より覺醒せしむべくどう云ふ指導啓發を試みたでありませうか、如何ですか、當時政府の首腦部より一般官吏は虚脱より脱却して居りましたか、實際國内は勿論、在外の軍人官憲迄も呆然自失して居りました、甚だしきは所謂腰を抜かして何等の措置も講ぜず、唯自己の家族の脱出のみに全力を傾注したと云ふことも新聞紙に表れて居つたのであります、そこで此の虚脱とか勇氣とかを失うたと云ふことで國民を責むる前に、先づ以て其の時の政府及び其の輩下の者を戒むるが相當であらうと思ふ、現内閣は國民の覺醒を促し、又其の虚脱よりの脱却を進め、其の發憤を激勵せられて居ります、是は非常に宜いことと思ひまするが、併しながら是とても掛け聲だけでは駄目であります、實踐躬行自ら範を示しまして、國民を導くと云ふことが肝要でなければならぬ、どうか前内閣の如く不精、骨惜しみ、「スローモー」の標本のやうな惡評を國民から受けぬやうに、折角の御努力を願ひたいのであります、又大藏大臣は、飢饉物價は物の生産と出廻りの増加に依つてのみ救治し得ると言はれて居ります、是も亦御説の通りであります、然らば物の生産と出廻りの増加はどうして得らるるのでありますか、御承知の通り、經濟地盤は縮小し、資源地は失はれ、工業設備は殆ど徹底的に破壊せられて居ります、資材原料共に極度に缺乏して居ります今日に於て、物の生産や其の出廻りの増加を望むと云ふことは、是は奇蹟を求むるやうなものであります、假に政府の指導奬勵や其の施策が效を奏するに致しましても、それには又相當の時を要します、遙か後日のことであります、それで到底急場の間に合はぬのであります、是は食糧問題が好き手本であります、若しも食糧が聯合軍の救助がなかつた場合を想像して見ましたならば、恐らく餓ひょうは途に横たはり死屍累々たるの慘状を呈したのでありませう、實に戰慄の極みであります、今日物の必要も亦食糧問題に殆ど劣らざる所の焦眉爛額の問題であります、人心の安定は勿論、秩序の囘復も、將又大藏大臣の言ふ所の飢饉物價を克服する上より致しましても、不足せる所の物資を補充することが何よりも急務であります、物の生産と云ふものは口で言ふやうに右から左と云ふ譯には行きませぬ、そこで私は此の急場に處する道は、外國より物を輸入するの外はないと信ずるのであります、彼の石炭の如きものも、内地に於きましては誠に炭礦が貧弱であります、炭層が低いのであります、夾雜物が多いのであります、從ひまして「コールカツター」の使用に適する所の礦山は誠に寥々たるものであります、是等の關係より致しまして、其の生産費と云ふものは驚く勿れ六七百圓に一「トン」が値ひすると云ふことを聞いて居ります、此の場合に於きまして、石炭、就中製鐵原料に最も必要なる所の粘結炭の如きものは、是は外國から輸入すると云ふ手段を講ずることが最も必要であると思ひます、幸に現内閣は物の輸入には現在相當御骨折になつて居ると云ふことを承りました、私は國民に代りまして感謝を致しますが、今後尚一層の努力を拂はれまして、赤誠を相手の腹中に置き、石をも徹す熱誠を披瀝せられましたならば、由來温情に富む總司令部の許可を得ることも敢て難きに非ずと信じまする、どうか政府に於きましては物の輸入に對しまして今一層の「ヘビー」を掛けまして、此の物資の不足を速かに囘復し、經濟再建の急速なる達成に尚一層の御努力を拂はれむことを御願ひ致します、大藏大臣は、此の際「デフレ」政策を執れば物價の水準は引下げ得るも恐らく生産は一層縮小し、國民所得は減じ、國民の生活難は寧ろ甚だしくなるだらうと言はれて居ります、是は私獨斷の甚だしきものであると思ひます、あなたの高物價政策と云ふものは、唯生産者の一部にのみ暴利を貪ることを許して、多數の消費者を苦しむるのみであります、結果は生活難を招來し、社會不安を釀成する以外の何物もないのであります、私共は考へます、苟くも生産の増加、物資の出廻りを望まむと欲するならば、宜しく低物價政策を執りまして、國民生活の最低保障をなし、以て民心を安定ならしめなければなりませぬ、即ち低物價政策の實現に依りまして、生活が安易になりますれば、空虚なる人心も沈靜致しまして、國民は安んじて業務に勤しむでありませう、又先高と云ふ見込がなくなりますれば、物を隱匿するの必要もなくなります、茲に於きまして生産も増加し、物資も自然に出廻ると云ふことは是は疑もないことであります、此のことは私單獨の意見ではありませぬ、多年實業界に經驗のあらせられる信頼すべき人々の一致せる意見であります、彼の高物價政策は國民の生活を脅威し、經濟界を破局に陷れる以外には何もないのであります、私は國家再興の爲に大藏大臣の御再考を御願ひ申して已まないのであります、又大藏は國に失業者のある場合には遊休生産要素を動員し、之に生活活動を再開せしめるが財政第一義であると思ふ、是が爲には赤字を出し、通貨膨脹を來すも何の差支もない、是こそ却て健全財政であると大いに氣焔を上げて居られます、併しながら赤字を出し通貨膨脹を來すも差支なしと言はれるのには如何にも是は恐れ入るの外はないのであります、抑も通貨の膨脹が必然的に物價の騰貴を來すと云ふことは是は疑ひないことであります、全體通貨は或見やうに依りましては物價の尺度とも言ひ得るのであります、即ち尺度が一尺二寸になりますれば物價も伸びます、尺度が八寸に縮まれば物價も收縮します、是は外國の例を引くには及ばず我が國にも其の例は多々あります、且又通貨膨脹を厭はずと云ふやうなことは如何にも是は暴論であります、又赤字も差支なしと言はれますが、今や國民所得と云ふものは戰前に比して殆ど半減して居ります、此のことは大藏省の役人も御承知のことであらうと思ひます、それ故に今後の財政と云ふものは大藏大臣の樂觀せらるるやうなものではないのであります、私は重ねて申します、公債を募集する場合に於ては、短期債は兎も角も長期債であつて其の公債の償還を後日に殘す場合には、其の公債の支辨に依つて起る所の事業の惠澤が是が子孫に及ぶものでなければならぬ、然らざれば自分の都合の爲に借財をし、其の支拂を子孫に貽すと云ふことは、是は財政家としての罪惡であると私は考へて居ります、今赤字公債をお出になりましても、それを短期間で償還すると云ふ望みは私は絶無と思ひます、是等の點に付きましては大藏大臣の私は猛省を請ひたいと思ひます、又眞の健全財政なりとの自畫自讚にも實に驚き入ります、御承知の通り英國の豫算なるものは、其の決算との差が極く少いのであります、殆ど出入のないと云ふことも敢て稀ならずであります、斯くの如きものこそ眞の健全財政と云ふことが出來ます、又先年勞働黨が政權を握り「マクドナルド」内閣の下に「スノーデン」藏相が議會に提出致しました豫算案は、時の反對黨でありました統一黨よりして古今稀れなる理想的の豫算であると絶讚を蒙つたのであります、斯くの如く反對黨の賞讚を受ける豫算であつたならば、是こそ誠に健全財政と云ふ稱號を與へても宜いのであります、今度の豫算を見ますと、赤字だらけ、就中數百億に上る財産税を補填して辛うじて辻褄を合はして居ります、斯う云ふ缺點だらけの編成を以て健全財政と云ふことは、私等は如何にしても是は受取ることは出來ませぬ、又大藏大臣は遊休生産要素を「フル」に動員すると仰つしやつて居られますが、「フル」に動かさうと致しましても、今日に於ては資材がありませぬ、原料が乏しいではありませぬか、唯一二の例に徴しても明かであります、製鐵業は如何でありますか、日本製鐵は輪西や釜石や其の他の工場を閉鎖して居るではないか、其の他の製鐵業中平爐や電氣爐を持つ所の工場も操業中止の状態であります、又彼の造船業はどうでありますか、其の技術に於ても亦經營方法に於きましても、英國の水準に毫も遜色なしと言はれまするが、此の技術なり經營を持つ所の我が造船業は今や厖大なる設備を擁しながら材料難の爲に漁船の建造すら思ふに委せぬと云ふ有樣であります、眼を轉じますれば之に類するものが比々皆然りであります、斯う云ふ情勢の下に於て生産要素を「フル」に動員すると仰つしやつても畢竟是は「ペーパープラン」に終るではないかと云ふことを私は虞れるのであります、又大藏大臣は經濟再建の基盤を確實にし、經濟界の進路を明朗にし、虚脱状態より脱却するの必要を力説せられて居りますが、是も御尤のことと思ひます、如何にも私等は贊成を致します、併しながら虚脱より覺醒脱却するには政府自らが先達となつて範を國民に示さなければなりませぬ、先づ今日の治安の維持はどうでありますか、役所の窓口はどうですか、郵便、電信、電話はどうですか、就中鐵道はどうですか、是等の從業員は國民の公僕どころか、一種の優越感を以て國民に臨んで居るやうな感じがあります、治安や、窓口や、郵便や、鐵道を改善するのでなければ、經濟界の明朗などはありようがないのであります、又交通や、通信機關が、正常に復しない限りは、斷じて能率と云ふものは擧がらぬものであります、經濟界の進路を明朗ならしめむと欲せば宜しく治安や通信や交通網を正常に復し國民をして進むべき途を拓くべきである、折角政府の努力を要請す、又大藏大臣は補償問題を速かに合理的に處理すると明言せられました、此の補償問題に付きましては先程岡田議員より御演説がありましたが、此のことは既に全面的打切に御決定になつたと云ふことでありまして、私は此のことには論及致しませぬ、唯戰災に依る所の補償及び保險金の打切と云ふことに付きましては、私は非常なる疑問を持つて居るものがあります、それは何故ならば戰災者と非戰災者との間に幸不幸の餘りにも甚だしき軒輊があるからであります、政治は正しからざるべからず、國民の負擔は公平にして且均等ならざるべからずとせる政治哲學より見ましても、又人道上より見ましても、是は容易に看過すべき問題ではないと思ひます、假に茲に一千萬圓の資本を有する二つの會社がありとします、甲は戰災に罹つて工場全部を燒失致しました、乙は戰災を被らざりし結果、事業の續行に毫も支障なきのみならず、工場や資材の値上りに依りまして資本金の數倍に上る利得を享受して居ります、一は保險金の沒收に依りまして、資本金の全部を喪失すると云ふことになります、又數十萬圓の建築費を要したる所の二つの家屋があります、一は戰災に罹りまして家屋は勿論、保險金額に數倍する家財、什器をも燒拂つてしまひました、一は戰災を免れて居ります、戰災を免れたるものは家屋、什器類の値上りに依りまして、不當の利得を得たるやうな形になつて居ります、戰災を被りたる者は住むに家なく、寒暑を防ぐ衣服、調度もなく、悲慘な境遇に顛落致して居ります、以上の例は又船舶業にも適用せられるのであります、船舶業者中には戰爭半ばにして既に所有船の全部を敵の攻撃に依つて喪失し爾後傭船料の支拂は打切られ、僅に補償金の利息を以て社員の給料を支へ行くと云ふ船主もあります、又終戰後も比較的輕微なる損害に止まつたるものもあります、所有船全部を失ひたるものは補償金の全面的沒收に依りまして全資産を失ひます、株主への拂戻しは厘毛も出來ませぬ社員、從業者の俸給も拂ふことが出來ませぬ、之に反して損害の輕微な船會社は殘存船舶の値上りに依りまして、巨額の利得を受くるやうな形になります、即ち一は罪なくして配所の月を眺め、他は高枕安臥、居ながら不當不勞の利得を爲すこととなります、斯くの如きは政治哲學に反するのみならず、大藏大臣の合理的に處理すると云ふ言明にも反するものではありませぬか、私共は戰爭に基因する損害なるものは國民共同の責任に於て老若男女を問はず各各其の分に應じ、均等に分擔すべきものと信じます、又戰爭に依り誰人にも利得すべからずとする趣旨より見ましても、戰災者と非戰災者との間に斯くの如き幸不幸のあると云ふことは是は斷じて許すべきものではないと思ひます、殊に廣島市や長崎市の如く原子爆彈に依つて全市壊滅に歸し、市民の多くは家と共に一族骨肉を失ひ、單身難を逃れたるにもせよ、孤影煢然として前途に何の希望も光明も持ちませぬ、唯僅に保險金を頼りとして、老後の計を爲さむとする此の憐むべき者の杖をも取上げると云ふことは、何たる無情冷酷の甚だしきものでありますか、私共は五萬圓の免税點があるなぞは聽きたくありませぬ、五萬圓が何です、支那事變前の只の千五百圓にも値ひせぬのであります、是故に戰災者の補償金や保險金を打切ると致しましたならば、非戰災者にも戰災者の拂つたる犠牲と同一程度の負擔を課するのが至當ではありますまいか、政府は宜しく其の戰災者の損害なるものは、戰災者自身の責任に歸すべき自己の過失に基因したものでないと云ふことを銘記せられまして、補償問題、保險金等の打切の處理、實行に當りましては、社會正義に反せず、又政治の公正に反せざる公明正大なる處置を執られむことを強く要望致します、復興金融會社の設立は誠に結構なる思ひ付きであられます、産業の再興に寄與すること蓋し尠なからずと信じます、唯要は擔任者の人選に深甚なる注意を拂はなければなりませぬ、放漫と云ふことは無論排斥しなければなりませぬ、併しながら煩瑣なる手續の爲に融資を求むる者に嫌な氣を起させてはいけませぬ、要は事業の性質やら經營者の手腕、人格等に重きを置きまして、迅速敏活に貸出に應じて業者の生産意欲を萎靡せしむると云ふことのないやう御努めにならなければなりませぬ、生産の合理化と云ふことは是は現内閣のみならず如何なる時代に於ても必要であります、唯指導者を得ることはなかなか困難であります、過去に於きまして政府の指導と云ふことは屡屡失敗の歴史を持つて居ります、それで實際上の知識も又經驗もない官僚の指導と云ふものは害あつて益はありませぬ、單に學識のみに頼ると云ふことも、是は學問と實際とは必ずしも一致せざるものでありまするので、出來得る限り其の業務に永き經驗を有する所の有能なる士を網羅致しまして、之に學識ある者を交へて、適切有效なる指導、援助を爲すと云ふことが最も肝要であります、尚大藏大臣は經濟の民主化は半ば成れりと揚言せられて居りますが、是はどうも私等は如何にも早計も甚だしいと思ひます、何を以て斯う言ふことを斷言せられるのでありますか、樂觀も茲に至つては實に極まれりと言はなければなりませぬ、政府の只今迄爲さつたことは單に發足の準備たるのみであります、百里の道は九十里を以て半ばとすと言ひます、况んや未だ門外に一歩も踏出さざる所の今日に於て、さう云ふことを言はれると云ふことは、我々は如何にしても其の意を得ないのであります、今や國内には到る處に民主主義や自由主義の聲が高いのであります、併しながら眞の民主主義を唱道するの資格ある人は幾許でありませうか、私は政府の斯くの如き自惚れの聲明は畢竟國民を誤らしむるの虞が十分あると思ひます、今少し愼重の態度を望まざるを得ないのであります、以上私の質問の中には、建設的進言もあります、又政府の御注意を促したるものもあります、又批判に亙る嫌のあるものもあります、元來政治には批判が最も必要であります、併しながら戰時中は、軍部の彈壓に依りまして批判は絶對に禁止せられたのであります、併しながらです、批判のない所に反省はないのであります、反省のない所に進歩はないのであります、進歩のない所には民主も自由もあつたものではありませぬ、私は此の物資の極度に缺乏致して、而して人心も極度に荒み切つて居る折柄、此の冷嚴なる敗戰下に於て何人が局に當つても急速に良き政治が生れようと云ふことは信じませぬ、それ故に比較的穩健なる此の内閣をして、今日の此の苦境と此の難關を突破せられ、時局を收拾して貰ひたいと云ふ考の下に、私は忌憚なき苦言を呈する次第であります、どうか大藏大臣の誠意ある御答辯を與へられむことを御願ひ致します
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/45
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046・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 只今橋本議員から、私が何か先入感に囚はれて居るので、國家の爲に其の認識を改めよと云ふ御小言を頂戴致しました、私は政府に入ります前に、自分の仕事の上から色々のことを書いたり喋つたりして居りますから、從つて左樣な何か前に先入感があるが如き感想を或は世の多くの方に與へて居るかも知れませぬが、私は少しも先入感に囚はれない積りであります、又囚はれないことを「モツトー」として居る人間であります、でありますから、私が今迄申したり、書いたりしたことが誤つて居れば何時でも改める、唯私は現在考へまして、最近に於きまして申して居りましたことがさして誤つて居ると唯思つて居ないだけであります、私が此の終戰後の状況を「インフレ」でなく、「デフレ」だと申したと云ふ御言葉でありましたが、さう云ふ言葉ではありませぬ、恐るべきは「インフレ」ではなく「デフレ」だと申したのであります、終戰後の状況は現在見るが如く、成る程一面に於て通貨は膨脹し、物價は騰貴して居りまして、是は先程も申上げましたやうに、或意味に於て「インフレ」と申して宜しいのでありますが、其の眞相は恐慌であり、飢饉であり、そこに今度整理が參るのである、此の整理は先程申上げましたやうに、政府が何も所作をしなくても當然來なければならぬ整理でありまして、之を若し今度復興金融、其の他の措置に依つて一面に於て之を救ひますけれども、其の處置を講ぜずして自然に此の整理が來たならば、是はひどい「デフレ」になりまして、經濟界は隨分混亂をするだらうと思ふのであります、私は其のことを警告して居つたのであります、でありますから通貨が膨脹し、物價が騰がることを否定して居つた譯では決してありませぬ、尚先程私の言葉の中に、終戰後只今申上げましたやうに、一面に於ては飢饉的物價が現れ、他面に於ては恐慌的現象が起つて居る、又非常な損害を受けたが、それに對して國民が之に對應する十分の勇氣と智慮とを缺いたと申しましたのは、決して政府を除いた意味ではございませぬので、私も御承知のやうに、最近誤つて政府の中に入つたと云ふやうな譯でありまして、詰り國民の一人、民間の者でありまして、即ち政府の爲す所を責めることに於ては橋本議員に少しも劣らない程政府の當時の處置に付ては私は遺憾を感じて居る者でありまして、私の言葉は惡かつたかも知れませぬが、國民云々と申しましたのは無論政府を含めてのことでありまして、私は決して其の意味に於きましても國民を責めたのではございませぬで、其の當時の事情上、左樣な譯であつて、今日のやうになつたと云ふ事實を述べました次第であります、それから物の生産は、如何にも御説のやうに、今日非常に之を増産することは困難でありますが、併しながらと云つて、私は此のことを奇蹟とも思ひませぬ、増産があつても、決して奇蹟とは思ひませぬ、それは困難だと認めますし、又事實困難だと云ふことは、先程も繰返して申上げました通りでありますが、例へば石炭、先づ工業方面に於ては、石炭の増産をすると云ふことに全力を注いで行きたい、是も實は種々なる事情に依つて思ふやうに參りませぬ、參りませぬけれども、今之に全力を注ぎたいと掛つて居る譯であります、若しも石炭が豫定のやうに兎に角計畫數量だけでも出て來ると云ふことになれば、私は先程も申上げましたやうに、そこから生産の増加は緒が確かに開けて來る、斯う云ふやうに考へて居る次第でありまして、無論奇蹟的に一遍に此の根本の生産が飛躍的に増加すると云ふことは考へられませぬし、又考へても居りませぬけれども、逐次増産をすることは考へ得るし、又之を必ずどんなことをしてもやらなければ日本を救ひ得ないと私は考へて居る譯であります、物の輸入に付きましては、無論是は輸入が出來ればそれに越したことはないのでありまして、御言葉の中にもありましたやうに、政府としては相當努力を致して居ります、併しながら是は何と申しましても、國際經濟の自由なる參加を許されて居る譯でありませぬので、司令部の情に縋つて輸入すると云ふ状態でありますから、如何にこちらが焦りましても、それが必ずこちらの計畫通りに入つて來ると云ふことは確言することが出來ないのであります、のみならず又其の輸入をして貰ふには、して貰ふだけのこちらの體制を整へなければならぬのでありまして、從つて石炭に關しましても、國内で増産が出來るだけは一生懸命やる、出來るだけの手を盡してやつて、其の上に尚必要な物は輸入して貰ふと云ふことは、是は出來ようかと思ひますけれども、兎に角輸入を先きに考へると云ふことは、私は今日に於ては誤りだと存じて居ります、それから私の先程申上げましたこと、又今迄申して居りますことは決して高物價政策ではございませぬ、高物價を私は望んで居るのではないのでありまして、詰り今日之を「インフレ」として、そして先程申上げましたやうに、所謂「デフレ」政策を採れば物價は下るでありませう、物價は下るでありませうけれども、それに依つてのみ生産を増加することは困難だ、併し今日必要なことは無論物價の安定政策だと考へます、「デフレ」に致しましても、「インフレ」に致しましても、困難なのは其の過程の中でありまして、「デフレ」にしまして物價が下る、其の下る間は落著きませぬ、下つてしまつて安定すれば、御説のやうに、増産にも進みたい、是は要するに安定政策でありまして、何處の水準で物價を安定させるかと云ふ問題であると存じます、私は今の物價が下ることを決して希望しない譯でもない、又是れ以上に騰ることを希望して居る譯でもございませぬ、出來るだけ早い機會に此の物價を安定致したい、例へば今度の整理に致しましても、物價の安定がなければ今度の整理はなかなか困難であります、又差詰め米の問題、石炭の問題、種々のことがありますけれども、孰れも物價を何處に置くかと云ふのが中心課題になりまして、結局其の安定點を見出さなければ一切の政策が非常に困難になりますので、私は「デフレ」でもなし、「インフレ」でもなし、詰り早い機會に適當な所で物價の安定を求めたい、斯う云ふ考で先程の言葉を述べた次第であります、又失業者が國に溢れ、遊休施設がある間は之を活動させることが財政の第一要義であつて、さうして其の活動させると云ふ目的の爲に、且又其の目的を達し得る適當な施策があるならば、其の場合には財政に赤字が生じても差支ない、却てそれが健全財政だと私は確かに先程申しました、是は或は言葉が強かつたかも存じませぬけれども、私は矢張り左樣に信じて居る次第でありまして、詰り通貨が或程度殖えましても、それが生産を呼び、生産が伴ふ限りは私は危險はないと考へて居る譯であります、是は所謂言葉を使へば、其の場合の通貨の膨脹は「インフレ」ではなく、所謂「デフレ」と「インフレ」の間の「リフレーション」と云ふものに當るものと考へるのであります、昭和五六年のあの非常な不景氣で、是は今日と非常に事情が違ひまして、生産設備に支障のない時代でありますから、今日の場合に當嵌りませぬけれども、昭和五六年の非常の不景氣の、非常な失業者が現れた時に、政府が財政を膨脹し、所謂赤字財政に依りまして、さうして此の生産活動を促進して昭和十一二年に至り、其處で止まれば宜かつたのでありますが、不幸にしてそれが日支事變に入りました爲に今日の如き事情になつたのでありますが、あの昭和五六年から後の事情は、所謂あの時分には「インフレ」政策、「インフレ」政策と申して居りましたが、實際は「リフレ」の政策でありまして、是は事情は今日と違ひますけれども、今日も若し失業者或は遊休施設が動かし得るものならば、同樣の政策を執つて宜いと考へて居る次第であります、それから矢張り健全財政の問題でありますが、反對黨から褒められるやうな財政でなくてはいかぬ、是は如何にも御尤もの説でありますが、是は辯解する譯ではありませぬけれども、衆議院に於て確かに今囘の豫算は修正説が社會黨初め出ました、併しながら私は其の社會黨其の他の修正案を見ますのに、第一には多くの方が言はれるやうに、又私自身が認めて居りますやうに、今度の豫算は非常に大きな歳入不足であります、是はもう確かに危險だとさつき明白に申上げた通りであります、其の點を指摘されて居りますのでありますが、併しそれならば其の修正案はどうかと云ふと、公債利拂ひの若干と、それから朝鮮へ送ります所の進駐軍の家屋の材料費十二億圓、合せて、今數字をはつきり覺えませぬが、最も大きな社會黨の修正でも四十何億圓か五十億圓程度の修正削減を主張されたのであります、今度の豫算に現れて居ります所の不足は二百五十何億圓と云ふのでありまして、其の中から假に五十億圓削減致しましても、尚二百億圓の不足を生ずるのでありますが、それに付ては今囘の豫算に社會黨も手を著けることをされなかつたのであります、外の政黨の修正は尚更小さいものであります、と同時に又社會黨其の他に於ては、今囘の豫算には失業對策費が少い、教育文化費が少い、之を殖せと云ふ要求も出て居る譯でありまして、一體此の修正なるものが豫算の増加を求める修正であるか、或は豫算の削減を求める修正であるか、其の理念がはつきりしないと云ふやうな疑念を懷いて居つたやうな次第であります、今囘の豫算が、先程申しましたやうに、終戰後の斯樣な變態的な時期の變態的豫算であると云ふことは、政府としても十分に之を認め、なんとか善處しなければならぬと努力を致し、さうして其の中心はどうしても増産に之を求める以外にない、斯う云ふ結論に到達致した次第であります、御批判は色々ある、是は無論御批判はあることと覺悟は致して居りますが、政府の衷情は其處にある、さうして又衆議院に於ける修正の意見は斯樣なものでありましたと云ふことだけ申上げて置きたいのであります、それから是も非常に生産は困難だと云ふ御説のやうでありますが、私は有らゆる生産要素の「フル・エンプロイメント」を目標として行きたい、是は財政の目的として申上げた譯でありますが、直ぐ「フル・エンプロイメント」に爲し得ると申すのではありませぬ、之を目標として行かなければならぬと申すのであります、現在の状態に於て有らゆる生産要素を直ちに「フル・エンプロイメント」に持つて行けると、左樣には考へて居らないのでありまして、少しでも其の方に持つて行くと、其の爲に全力を注ぎたいと云ふ意味でありますから、御了承を願ひたいのであります、それから今囘の經濟界の整理に付きまして、政府事業はどうかと云ふ御叱りでありまして、是は誠に汗顏の至りであります、無論政府事業、或は政府の行政の面に於きましても、整理を行ふ所存でございますから、從來色々缺點がありましたことは、是は率直に認めざるを得ないのであります、目下鐵道省初め此の整理を行ふことに極力努めて居りますが、之には又種々なる因難が伴つて居ると云ふことは、新聞紙上等で以て御承知の所と思ひますが、是非議會方面からも御援助を願ひたいのであります、それから最後に戰災者の保護のことに付て御言葉がありまして、私共誠に御言葉の通りと考へて居ります、なんとか公平を保ち、又幸不幸がないやうに致したいと、實は過去、此の内閣が出來まして今日迄二箇月有餘、まあ三箇月近くになる譯でありますが、其の間殆ど此の問題に沒頭して寧日がなかつた、少くとも大藏大臣は此の問題に沒頭して寧日がなかつたと申しても差支ない程努力して參つた譯でありますが、事實に於て是はなかなかむづかつい問題でありまして、十分なことの出來なかつたことは甚だ遺憾に存じます、併しながら先程五萬圓ばかりなんだ、と云ふ御言葉でありましたが、實は戰災保險の五萬圓以下を支拂ふと云ふことは、戰災被保險者の九割方を拂ふことに相成ります譯でありまして、大部分の方には先づ先づ、今日と致しましては五萬圓は足りないではありませうけれども、保險金が支拂れる次第でありまして、あとの一割、一割より多少多いかも知れませぬけれども、兎に角數から申しますと極く少數の被保險者だけに御迷惑が掛かると云ふ次第でありますから、其の點どうか御了承願ひたいのであります、尚事業に付きましては、是は先程御言葉がありましたやうに、我々も此の事業の保險、或は其の他の補償問題に付て色々苦心致したのでありますが、是はどうも其の方で以て十分に事業の援助をすると云ふ譯に參りませぬ、是は日本の産業の爲に今後生かさねばならず、又生き得る所の企業に對しては、先程も申しましたやうに、外の金融的措置に依つて之を援助すると云ふ方法で行く外はないのでありまして、又政府としては之に今後十分の努力を致す所存でございます、それから復興金融に付きましては、もう御言葉の通りでありまして、之を官僚的なものに致しては相成りませぬので、是は無論左樣なものに致す積りはございませぬ、それから此の經濟民主化の問題で、是も私の言葉が不十分であつたかと思ひますけれども、先程申上げましたのは、兎に角財閥解體、それから又農地の改革に依りまして、所謂大地主と云ふものは…大地主どころぢやない、小さな地主も殆どなくなると云ふやうなことになりまして、形の上では民主化は半ば成れりと申しても差支ないのぢやないかと云ふ意味のことを申上げたのであります、無論本當の民主化が出來て居ると申す譯ではありませぬ、併しながら形の上で如何に社會の構成員が小粒になつても、それだけで經濟の民主化が出來たとは申されないと申上げて置いたのであります、尚先程ちよつと申し落しましたが、所謂「インフレ」、「デフレ」、通貨膨脹、健全財政の問題でありますが、先程も私の言葉の中に、特に強めて申上げて置いた積りでありますけれども、衆議院などに於きましても、其の點に誤解が多少あつたやうでありますが、私は今日の状況は、先程申上げますやうな譯でありますけれども、決して通貨だけを注入して、それで囘復し得るが如き經濟状態ではないと云ふことは十分考へ、其のことも申述べ、從つて是が普通の「インフレ」であるなら、「デフレ」政策を採れば片附きます、又不景氣が「デフレ」に依るならば、通貨を注入すれば直ぐ片附きますが、さうは參らない所に困難がある、從つて増税政策とか經濟界の整理を致さなければならぬと云ふことを諄く申上げた次第でありますから、其の點もどうぞ御了承を願ひたいと思ひます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/46
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047・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是にて質疑の通告は終りました、次會の議事日程は、決定次第、彙報を以て御通知に及びます、本日は是にて散會致します
午後四時二分散會発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/txt/009003242X02219460822/47
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