1. 会議録本文
本文のテキストを表示します。発言の目次から移動することもできます。
-
000・会議録情報
昭和二十二年三月十九日(水曜日)午前十時十四分開議
━━━━━━━━━━━━━
議事日程 第十九號
昭和二十二年三月十九日
午前十時開議
第一 参議院全國選出議員選擧管理委員ノ選擧
第二 教育基本法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第三 昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第四 裁判所法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
第五 労働基準法案(政府提出、衆議院送付) 第一讀會
━━━━━━━━━━━━━発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=0
-
001・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 諸般の報告は御異議がなければ朗讀を省略致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=1
-
002・会議録情報2
━━━━━━━━━━━━━
〔參照〕
昨十八日本院ニ於テ可決シタル左ノ衆議院提出案ハ即日裁可ヲ奏請シ又可決ノ旨ヲ衆議院ニ通知セリ
國会法案
同日委員長ヨリ豫算委員吉田久君ヲ第二分科擔當委員ニ選定シタル旨ノ報告書ヲ提出セリ
同日衆議院ヨリ左ノ政府提出案ヲ受領セリ
昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案
裁判所法案
労働基準法案
同日衆議院ヨリ本院ノ送付ニ係ル左ノ政府提出案ハ同院ニ於テ之ヲ可決シ奏上セル旨ノ通牒ヲ受領セリ
証券取引法案
日本証券取引所の解散等に関する法律案
同日内閣總理大臣ヨリ左ノ通第九十二囘帝國議會政府委員仰付ケラレタル旨ノ通牒ヲ受領セリ
政府委員
内閣事務官 三橋則雄君
大藏省所管事務政府委員
大藏事務官 河野通一君
同日政府ヨリ左ノ報告書ヲ提出セリ
昭和十九、二十年度國有財産増減總計算書竝會計檢査院ノ檢査報告
本日第一部ニ於テ豫算委員江口文雄君ノ補闕選擧ヲ行ヒシニ結城安次君當選セリ
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=2
-
003・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是より本日の會議を開きます、男爵伊藤文吉君、川村竹治君、故侯爵大隈信常君は、本院議員として在職二十五年、常に精勵恪勤、克く議員たるの職責を盡されました、就きましては、先例に依りまして、此の際院議を以て同君等多年の功勞を表彰致したいと存じます、尚表彰文案の起草は、之を議長に御任せ願ひたいと存じます、以上議長の發議に贊成の諸君の起立を請ひます
〔起立者多數〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=3
-
004・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 表彰を受けられます方を除きまして、全會一致と認めます、就きましては、議長の手許に於きまして起草致しました表彰文案を、是より朗讀致しまして、御諮りを致します
從三位勳二等男爵伊藤文吉君貴族院議員ノ任ニ在ルコト二十五年精勵恪勤力ヲ憲政ノ濟美ニ效セリ貴族院ハ君カ積年ノ功勞ヲ憶ヒ茲ニ院議ヲ以テ之ヲ表彰ス
…………………………………
從三位勳一等川村竹治君貴族院議員ノ任ニ在ルコト二十五年精勵恪勤力ヲ憲政ノ濟美ニ效セリ貴族院ハ君カ積年ノ功勞ヲ憶ヒ茲ニ院議ヲ以テ之ヲ表彰ス
…………………………………
故正三位勳二等侯爵大隈信常君貴族院議員ノ任ニ在ルコト二十五年精勵恪勤力ヲ憲政ノ濟美ニ效セリ貴族院ハ君カ積年ノ功勞ヲ憶ヒ茲ニ院議ヲ以テ之ヲ表彰ス
只今朗讀を致しました、各表彰文案に御異議はございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=4
-
005・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、表彰文の贈呈方は議長に於て取計らひます、此の際伊藤男爵より發言を求められて居ります、伊藤男爵の登壇を望みます
〔男爵伊藤文吉君登壇、拍手起る〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=5
-
006・伊藤文吉
○男爵伊藤文吉君 只今院議を以て、私共三名に對し、永年勤續の廉に依り、御懇篤なる表彰を戴きましたことは、誠に身に餘る光榮でありますと共に、甚だ恐縮に堪へない者でございます、私共は本院に議席を汚しましても、微力にして何等の功勞なく、徒に永年議席を汚しましたに過ぎないのにも拘りませず、本日斯くの如き表彰の光榮に浴しましたことは、衷心忸怩たるものがあるのでございます、幸ひ大過なく今日に至ることを得ましたことは、偏に先輩同僚各位の御懇篤なる御指導と御援助の賜と深く感謝の意を表する次第でございます、茲に只今の御決議に對し、僭越ながら表彰者一同に代りまして、深甚なる謝意を表する次第でございます
〔拍手起る〕
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=6
-
007・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 是より議事日程に移ります、日程第一、参議院全國選出議員選擧管理委員ノ選擧、貴族院は参議院議員選擧法第十四條及び附則第四條に依り、参議院全國選出議員選擧管理委員十名の選擧を行ふことになつて居ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=7
-
008・戸澤正己
○子爵戸澤正己君 只今議題となりました参議院全國選出議員選擧管理委員ノ選擧は、此の際投票を用ひず、議長に其の指名を一任するの動議を提出致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=8
-
009・秋田重季
○子爵秋田重季君 贊成発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=9
-
010・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 戸澤子爵の動議に御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=10
-
011・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、委員の氏名を朗讀致させます
〔宮坂書記官朗讀〕
参議院全國選出議員選擧管理委員
侯爵 東郷彪君 伯爵 黒田清君
子爵 京極高鋭君 平塚廣義君
村上恭一君 渡部信君
男爵 伊江朝助君 男爵 坊城俊賢君
中村藤兵衞君 淺井清君
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=11
-
012・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 日程第二、教育基本法案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、高橋文部大臣発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=12
-
013・会議録情報3
━━━━━━━━━━━━━
教育基本法案
右の政府提出案は本院において可決した、因つて議院法第五十四條により送付する
昭和二十二年三月十七日
衆議院議長 山崎 猛
貴族院議長公爵徳川家正殿
━━━━━━━━━━━━━
教育基本法案
教育基本法
われらは、さきに、日本國憲法を確定し、民主的で文化的な國家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊嚴を重んじ、眞理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
ここに、日本國憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
第一條(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な國家及び社会の形成者として、眞理と正義を愛し、個人の價値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な國民の育成を期して行われなければならない。
第二條(教育の方針) 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
第三條(教育の機会均等) すべて國民は、ひとしく、その能力に應ずる教育を受ける機会を與えられなければならないものであつて、人種、信條、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
國及び地方公共團体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奬学の方法を講じなければならない。
第四條(義務教育) 國民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
國又は地方公共團体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴收しない。
第五條(男女共学) 男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
第六條(学校教育) 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、國又は地方公共團体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
第七條(社会教育) 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、國及び地方公共團体によつて奬励されなければならない。
國及び地方公共團体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。
第八條(政治教育) 良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
第九條(宗教教育) 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
國及び地方公共團体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
第十條(教育行政) 教育は、不当な支配に服することなく、國民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸條件の整備確立を目標として行われなければならない。
第十一條(補則) この法律に掲げる諸條項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。
附 則
この法律は、公布の日から、これを施行する。
━━━━━━━━━━━━━
〔國務大臣高橋誠一郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=13
-
014・高橋誠一郎
○國務大臣(高橋誠一郎君) 今日上程に相成りました教育基本法案に付きまして、其の提案の理由竝に内容の概略を御説明申上げたいと存じます、民主的で平和的な國家再建の基礎を確立致しまするが爲に、曩に憲法の劃期的な改正が行はれました、之に依りまして先づ民主主義、平和主義の政治的、法律的な基礎が作られたのであります、併しながら此の基礎の上に立つて眞に民主的、文化的な國家の建設を完全致しますると共に、世界平和に寄與すること、即ち立派な内容を充實させますることは、國民の今後の不斷の努力に俟たなければならぬことは勿論でございます、さうして此のことは一に懸つて教育の力にあると申しても敢て過言ではないと存ずるのであります、斯くの如き目的の達成の爲には、此の際教育の根本的刷新が斷行せられますると共に、其の普及徹底を期することが何よりも肝要でございます、斯かる教育刷新の第一前提と致しまして、新しい教育の根本理念を確立する必要があると存ずるのであります、それは新しい時代に即應する教育の目的方針を明示し、教育者竝に國民一般の指針たらしめなければならないと信ずるからであります、次に之を定めるに當りましては、是迄のやうに詔勅、勅令などの形を取りまして、謂はば上から與へられたものとしてではなく、國民の盛上りまする總意に依りまして、謂はば國民自らのものとして定むべきものでありまして、國民の代表者を以て構成せられて居りまする議會に於きまして、討議確定致しまするが爲に法律を以て致すことが新憲法の精神に適ふものと致しまして、必要且適當であると存じた次第でございます、更に新憲法に定められて居りまする教育に關係ある諸條文の精神を一層敷衍具體化致しまして、教育上の諸原則を明示致す必要を認めたのであります、扨、是等の教育上の原則竝に先に申述べました教育の根本理念は、單に學校教育のみならず、廣く家庭を含めました社會教育にも通ずべきものでありまして、是等の根本理念竝に原則は、個々の教育法令に別々に掲げることなく、基本的な單一の法律に規定致しまして、其の他の教育法令は總て此の法令に掲げまする目的竝に原則に則つて制定せらるべきものとすることが適當であると考へるのであります、此の法律を之が爲に教育基本法と稱したのであります、以上申述べました理由に基きまして、此の法案を作成致したのでありまするが、此の法案は教育の理念を宣言する意味で教育宣言である、或は教育大憲章であるとも見られませうし、又今後制定せらるべき各種の教育上の諸法令の準則を規定すると云ふ意味に於きまして、實質的には教育に關する根本法たる性格を持つものであると申上げ得るかと存じます、從つて本法案には普通の法律には寧ろ異例でありまする所の、前文を附した次第でございます、次に此の法案の内容を御説明申上げますと云ふと、先づ此の法律制定の由來趣旨を明らかに致しまするが爲に、只今一言申上げましたやうな前文が附せられて居るのであります、次に本文に入りましては、第一條に新時代に即應すべき教育の理念を明かに致しまするが爲に、教育の目的を掲げました、次に第二條に於きましては此のやうな教育の目的を如何に達成すべきか、其の方針を明示致しました、第三條教育の機會均等の條下に於きましては、新憲法第十四條第一項、同じく第二十六條第一項の精神を具體化致しました、第四條義務教育に於きましては、新憲法第二十六條第二項の義務教育に關する規定を一層はつきりと規定したのであります、更に第五條男女の共學に於きましては、新憲法第十四條第一項の精神を敷衍致しまして、男女共學を説きました、第六條學校教育に於きましては、學校の性格、教員の身分に付て規定し、第七條に於きまして、社會教育の原則を謳つたのでございます、第八條政治教育に於きましては、民主主義社會に於ける政治的教養の重要性竝に學校に於ける政治教育の限界を示しました、第九條宗教教育に於きましては、新憲法第二十條の信教の自由の規定が教育上如何に適用せらるべきであるかを明示したのであります、第十條教育行政の條下に於きましては、教育行政の任務の本質と、其の限界を明らかに致した次第でございます、以上本法案制定の理由、性格竝に内容を御説明を申上げたのでございまするが、此の法案は教育の根本的刷新に付て議すべく、昨年九月内閣に設置せられました教育刷新委員會に於きまして、約半歳に亙つて愼重審議を重ねられました綱要を基と致しまして、政府に於て立案作成致したものであります、尚本案は樞密院の御諮詢を經たものでございます、何卒愼重御審議の上御協贊あらむことをお願ひ申上げる次第でございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=14
-
015・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 質疑の通告がございます、佐々木惣一君
〔佐々木惣一君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=15
-
016・佐々木惣一
○佐々木惣一君 只今上程されました教育基本法に付て其の理念、即ち教育基本法と云ふ法の理念でありまして、必ずしも教育の理念と言ふのではありませぬが、其の教育基本法の據つて立ちまする所の理念を明かにする爲に、聊か質問致したいと存ずるのであります、教育基本法は只今高橋文相の御説明にありましたやうに、前例がない前文と云ふやうなものを附せられまして、そして今囘制定せられるのであります、憲法と云ふやうな重大の法に於ては別でありまするけれども、斯くの如き個々の法に付て前文が載つたと云ふやうなことは餘りない、是は教育と云ふものを特に重んずると云ふ精神でありまして、嘗て教育制度の審議を爲さる爲に、審議會の官制が出ました、其の官制の出ました時に、特に此の官制を設くる所以と云ふものを、官制と云ふものの前文として示されたのでありまするが、教育に關することは其の制度審査の官制の如きものに於ても重要視されて居ると云ふことが、それで分るのである、況や教育其のものに關する所の制度の如きは、特に重んずべきものであると云ふことが是で察知せられるのであります、是は此の前文にも規定してありまする通りに、新しい日本の教育の基本を確立する爲に制定せられる法律でありまして、極めて重要なものであることは言ふ迄もありませぬ、此の法律の内容に付て考へまする前に、先づ注意せらるることが二つあります、其の一つは教育に關する所の基本的の規定が一個の法典に簡單ではあるけれども、要約して纏つて居ると云ふことである、次には其の規定を法律、即ち國民の意思の參加に依り制定せらるると云ふこと、此の兩點でありまして、是は内容の問題とは離れて、此の法律が實に重大な意味を持つて居ると云ふことを形式の上から、我々に知らしむるものと考へて宜いのであります、でありまするから、さう云ふ教育基本法を制定するに當りましては、政府は勿論、我々國民の方でも極めて眞劍にならなくてはならないのであります、其の内容が簡單である、從つて條文の數が少ないと云ふやうなことや、或は又其の條項の適用が必ずしも目前の事實に直接に即應すると云ふものではないと云ふやうな、さう云ふことに依つて此の法案の重大なる所の意味を閑却するが如きことがありましたならば、私は思ひまするのに、折角此の日本に新憲法を制定して、我が國の將來の發展を期せむとする態度を執りながら、其の態度を、只今文部大臣の言はれた如く、根本的に實現するに必要なる所の教育と云ふやうなものを、眞に我々國民が尊重して居るものであるかどうかと云ふことに付て疑はざるを得ないのであります、教育の尊重と云ふことが我が國に於きまして口に唱へられることは實に久しい、而も常に唱へられて居るのであります、併しながらそれは若し私の言葉を許すならば、實は唯口の上で唱へることに過ぎないのでありまして、實は尊重を唱へられて、而して其の實の擧らざることは、教育の尊重と云ふことより甚だしきはないと考へて居るのであります、而して此の教育の尊重を論ずる場合に當りましては、必ず教員の優遇と云ふやうなことから眞先に論ずるのである、教育の尊重は教員の優遇と云ふことを必要とすることは言ふ迄もありませぬけれども、そんなことばかりを教育の尊重と云ふやうなことの著眼點として論じて居る間は、眞に教育は尊重されないと信ずるのであります、斯う云ふ見地から申しますれば、今囘政府の人が其の教育の根本に關しまする所の諸條項を一個の法典に纏めて、さうして先刻文部大臣の御話にもありました通りに、法律と云ふものに依つて制定せられると云ふ其の御努力は私は全く贊成であり、且又非常に敬意を表して居る譯であります、唯併しながらそれだけ此の教育基本法と云ふやうなものに付きましては、最も我々は注意して之を考察しなければならぬと云ふことを感ずるのであります、教育は言ふ迄もなく人間を造ることでありまするが、其の關係する事項は頗る範圍が廣いのである、其の範圍の廣いものを極簡約に一個の法典に纏め上げると云ふことは、實は極めて困難なことであると私は思ふのであります、簡單であると云ふことは、恰も其の法典を審議する場合に當りまして、極めて根本的に考へなければならぬと云ふことを意味するものであるかと思ふのであります、現に此の教育基本法の規定を見ますると云ふと、各方面の色々のことに是が關係して居る、而も關係事項を規定することは極めて簡單であります、さう云ふ見地から私は此の法案に付きましては色々の問題を持つて居る者でありまするけれども、併しながら斯かる教育基本法は今日の時代に於きましては、其の内容が多少缺點がありましても成立致さしたいし、且又審議の期間も十分でないのでありまするから、極めて私の重視して居る所の點を竝べまして、之に付て政府の御意見を伺ひたいのであります、主として、文部大臣の御説明を主とした質問でありますけれども、本當に考へるならば、實は内務大臣及び大藏大臣にも關係があることでありまするけれども、併しながらそれは御都合でどうでも宜しうございます、そこで私は第一に、教育制度の法律化は、今後如何なる程度で之を貫徹する方針であるかと云ふことを御尋ね致したいのであります、只今文部大臣の御説明の如く、我が國に於ける教育制度は從來勅令とか其の他の命令、省令等を以て規定されて居ることが多いのでありまして、法律を以て規定されて居ると云ふことはないのではないのでありますけれども、極めて例外である、そこで此のことに付きましては、私共は一個の學徒として豫て反對し來つて居るのでありまして、法律を以て規定すると云ふことの根本方針を立つべしと云ふ議論でありまして、是は獨り私共のみならず、嘗て實際政治家の間にもさう云ふ意見があつたのである、年月は記憶して居りませぬが、或時に衆議院に於きまして、確か政友會出身の代議士であつたと思ひますが、某氏が教育制度の法律化と云ふことを非常に主張されたのであります、其のことは其の當時議會に於きましては勿論、一般國民の間に於きましても、恐らく贊意を表したと思ふのでありますけれども、併しながら其の實情は今日に至る迄、殆ど之を顧みないと云ふ状態でありました、處が、即ち是が今囘法律と云ふものとなつて現れたと云ふことは、極めて喜ぶべきことと思ふのでありますが、唯是は基本法でありまするから、只今文部大臣の言はれた如く、此の基本法の趣旨を實現する爲には、將來幾多の即ち法と云ふものがなくてはならないのである、其の法は固より色々の事項に關係することでありますけれども、併しながらそれ等をどの程度迄、法律と云ふもので規定をすると云ふ御方針でありまするか、是は基本法の第十一條が既にさう云ふことを考へて居るらしく、見樣に依つては逃げ道を作つて居ると云ふやうにも考へられるのであります、それは第十一條に「この法律に掲げる諸條項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。」、法令と云ふのは法律命令でありまするが、そこで此の第十一條に依りますれば、將來此の法律を實現する爲に作ります所の制度は、法律に依つても宜いし、命令に依つても宜いのだ、さう云ふ風になり、命令に依つても、必ずしも此の法律違反と云ふものにはならない、と云ふことになりますのですが、それは所謂形式的の法理論でありまして、苟も基本法と云ふものを出かさうと云ふ時には、大體斯う云ふ事項に付ては將來とも法律で作らう、斯う云ふ事項に付ては命令でも宜からうと云ふやうなことに付きまして、相當の方針と云ふものがなくてはならないと考へるのであります、それでありまするから、私は今後此の教育制度の法律化と云ふことを貫徹すると云ふことに付て、如何なる程度迄、貫徹すると云ふ方針でありまするか伺つて見たいと思ふのであります、例へば小學校に致しましても、中學校に致しましても、又は大學の講座の如きものに致しましても、斯くの如き教科目を、如何なる、教科目として如何なるものを設けるかと云ふことは、是は實は實際に於て非常な重要な影響を持つものであらうと私は思ふのでありますが、今日はさう云ふものは或は勅令に依り、或は又其の他の、甚だしきに至つては省令等で作つて居るのでありますが、是等のことに付きまして、どう云ふ御方針であるかと云ふことを唯ちよつと伺ひたいのであります、それから第二に教育活動の展開の基礎として、如何なる人間觀を立てて居るのであるか、斯う云ふことに付て御伺ひ申上げたいのであります、教育と云ふものが如何なる目的を持つて居るかと云ふやうなことは、元來法制で定むべきものであるか、或はそれは教育家とか、或は少くとも教育學者と云ふやうな者の研究する所に權威を認めて、さうしてそれに依つて認むべきものであるかと云ふことは、それ自身問題であります、教育の目的と云ふやうなこと、さう云ふ意味に於て、法制の上にどの程度迄示す、示すと云ふよりも、法制で定めますならば、それは示すのではなくて定めがあるからであります、定つて居る、唯示す場合と、其の法に依つて定めると云ふことは、非常に違つて居るのである、教育基本法に於きましては、只今文部大臣の御説明に依つてはつきりと分りまするが、教育の目的を定めるのである、教育の目的として此の法以外に何等かの權威ある態度に依つて考へられるものを此處で示すと云ふのではないと致しますれば、此の教育の目的と云ふやうなことに付きましても、なかなかさう簡單に是で宜いと云ふ譯にはどうもいかないかと私は思ふのであります、そこで教育は、私は何も教育のことを此處で言ふのではありませぬし、唯法に關係ある限度に於て言ふのでありますから、私は教育のことは一向能く分りませぬが、併しながらまあ教育學者などの教へられる所に從つて御話申上げるのでありまするが、それに依れば、結局良い人間を造る、良い人間を造ると云ふ、さう云ふ繼續的の活動だ、教育は‥‥、從つて教育と云ふのは、唯其の時々の瞬間と云ふやうなもの、現れて居る態度を言ふのではないのでありまして、詰り所謂教育をする所の人間の繼續的活動であつて、それは詰り良い人間を造ると云ふ、さう云ふ觀念の基礎の上に其の活動と云ふものが展開して行くのであります、でありますから、此處で詰り教育基本法なるものが、兎に角さう云ふ教育の目的と云ふものを法制の上で表はさうとする上に於きましては、其の教育の目的と云ふやうなことに付きましても、さう簡單に決むべきものでないのであらう、教育は良い人間を造るのであると云ふことを其の方の專門家から我々教へられて居るのでありまするが、そこで其の教育一般の目的と云ふやうなこと、良い人間觀でありますが、如何なる人間が良いかと云ふことは、是はどうも色々の原則を考究して考へなければならぬのでありまするから、私共が實はさう述べ得る資格のないことでありまするが、唯法制的立場では私共は論じ得る資格があると許して戴きたいのでありますが、それには人間觀と致しましては、一般に良い人間、或は又社會一般に國家と云ふやうなものとして良い人間と云ふこともありまするが、併しながら日本人として良い人間と云ふこともあるだらうと思ふのであります、而して此の法制とすると云ふ立場に於きましては、唯教育上の説明とか、教育學上の説明とか云ふことでなしに、我が國の日本の教育の即ち法制と云ふことの據つて立ちまする所の基礎とすべき人間觀と云ふことに相成りますと云ふと、良い日本人を造ると云ふことになくてはならないかと思ふのであります、良い日本人は、固より一般に良い人間を含む良い日本人でありますから、良い日本人を造る爲には、固より一般に良い人間が何であるかと云ふことを教へると云ふことは言ふ迄もありませぬけれども、併しながら良い人間と云ふことは、人間観を含んだ意味に於ての、其の良い日本人觀と云ふものがなくてはならない、少くとも法制の上で人間觀と云ふやうなことを明かにする場合には、日本人として良い人間觀と云ふことに著眼して規定を設くべきものであらうと私は思ふのでありまするが、此の點に至りますと云ふと、此の教育基本法は一般に良い人間と云ふやうなことに付ては、著眼されて居るのでありまするけれども、併しながら良い人間としての日本人觀と云ふものに付きましては、私の見る所に依りますれば、十分でないと思ふのであります、それ故に教育學上の説明とか、教育家の態度と云ふやうなことの説明としてはそれで宜いかも知れませぬけれども、日本の教育として日本人を造ると云ふやうなことから見ますと云ふと、どうも法制的に見ますと云ふと、私共は之に不滿足を感ずるのでありますから、ちよつと御尋をしたものであります、我が日本の教育活動を展開をさせると云ふ此の繼續的の行動の基礎として、特に良い日本人を造ると云ふことに著眼して、それを其の教育基本法と云ふものに特に明かにすると云ふことでなくては、教育に關する國家の法制とはどうも考へられない、斯う云ふ風に此の一般の教育學説とか、一般の教育家の態度と云ふやうなことを宣言することとは、日本の教育法制は異ならなければならぬと、斯う云ふ風に思ふのでありますが、如何なものでありませうか、此の點に付きまして、どうしても考へ及ばなくてはならないのは、皆さんの御存じの如き教育の勅語であります、教育勅語のことは、是は其の善い惡い、或は之を維持すべきや否やと云ふことを論ずるのではないのでありますが、それは又別の意見がありますが、それは一般に良い人間としての人間觀が示されて居るのみならず、此の良い人間たる日本人と云ふ人間觀が教育勅語に示されて居るのであります、さうしてそれを即ち教育の根本の建前としてなされて居つたと思ふのでありますが、其の教育勅語は此の教育基本法と如何なる關係に立つものであらうかと云ふことを御尋ねするのであります、教育勅語の内容其のものが、今後も妥當であるとか、そんなことを言ふのではない、唯教育勅語と云ふものは、此の教育基本法に依つて、將來どうなるのであるか、それで或は教育勅語に代ると云ふ意味を持つて居るものでありませうか、或は教育勅語と相竝んで併存をすると云ふ意味のものであらうか、其の點を私は伺ふのであります、それは先刻申しましたやうに、私は法制としての立場から此の問題を論ずるのでありまするから、此のことに付きましては非常に重大なことであらうかと思ふのであります、元來教育勅語は近頃に於てこそ、是が非常に金科玉條の如く、何人も之を侵すことの出來ないやうな風に、神聖的に取扱はれましたが、併しながら是は今日に至ります間に屡屡‥‥一體君主國の君主たる一個人が、人間の道徳に關する、即ち道徳的行動、人間の心術を規定するやうな、さう云ふものとしての道徳律的なものを一國の君主が個人として規定して、是で以て國民に要求すると云ふやうなことが適當であるかどうかと云ふことは、實は非常な問題となつたことがあるのであります、言ひ換へて見れば、斯う云ふ勅語で以て一般國民の道徳律を律すると云ふことは、政治上許されないことではないか、そんなことは許されても不可能ではないか、さう云ふやうなことが問題となつたことが實はあるのであります、此の問題は今日殆ど何人も忘れて居るが、兎に角さう云ふことが問題となつたのでありますが、而も其の内容は兎に角重大なものとありまして、嘗てイギリスからも我が國に於ける教育勅語と云ふものの非常な效果のあつたと云ふことを著眼しまして、特に教育勅語の説明をする者を派遣して呉れと云ふ要求があつて、確か澤柳政太郎博士であつたかと思ひますが、其の方がおいでになつて、特に教育勅語のことを説明したと云ふやうなことでありまして、そこで内容其のものの問題は非常に重要視されて居るが、併しながら兎に角ああ云ふやうな君主が一個人の自己の道徳觀を以て、國民一般の道徳觀を律することが出來るかどうかと云ふことは、實は非常に問題であつたのであります、それは今日はさう云ふ問題は忘れられて居るが如くなつてしまつて居るのでありますが、兎に角さう云ふ實は、極めて内容とは別の點から申しましても、非常に重要な問題でありまするからして、今囘教育基本法と云ふものが出來ました時には、此の教育基本法との關係に於て、教育勅語と云ふものが如何になるものであるかと云ふことは、此處ではつきりと明かにして置かなければならないのであります、教育勅語のことに付きましては世間でも、亦此の議會に於きましても、それは衆議院に於きましても、貴族院に於きましても、色々時々に意見が交換されたかとも思ふのでありまするけれども、併しながら今私の申しますのは、さう云ふ唯觀念的に意見を交換すると云ふやうなことぢやないのでありまして、兎に角具體的に今大臣の仰せられたやうに、教育の目的と云ふものに關する根本の、詰り法制たる教育基本法と云ふものが出來た以上は、是と教育勅語との關係は如何になるかと云ふことは、兎に角はつきりとして置かなければならぬ、其の關係の内容を言ふのでありませぬ、教育勅語と云ふものは是で無くなつたものと見るか、或は是と竝行して行はれるものと見るか、それは別論でありまするが、何れにしても、其の關係をはつきりとして置かなければならぬ、斯う云ふことをぼかしてはいかぬ、今日我が國が斯くの如き状態に相成つて居りまする所の原因の一つとしては、事柄がはつきりとせずに、何が何だか分らぬ状態で以て、國民が一般的に所謂指導者とか、政府とか云ふやうな方面から指導され來つたと云ふことが、其の重大なる原因の一つであることは何人も認めて居る所でありまするから、そこで即ち教育基本法と云ふものと、教育勅語との關係如何と云ふことは、此處ではつきりとして置かなければならぬ、ぼかしてはいかぬ、之に付きまして特に高橋文部大臣の御意見を伺ひたいと云ふ理由が實は一つ別にあるのであります、それは去る二月二十一日でありましたか、本院に於きまして、我々の同僚議員たる山地さんから御質問がありました、其の時に國民道徳律のやうなものを一つ此處で拵へて、さうして國民に示すと云ふことが適當ではないかと云ふやうなことの御質問であつたかと覺えて居りますが、其の時に文相が言はれまするには、軈て上程する教育基本法と云ふものがある、それで即ち國民道徳律の指標を示す積りだと云ふやうな意味の御答辯があつたかと思ふのであります、此の御答辯より見ますれば、教育基本法と云ふものは、或は詰り教育勅語に代ると云ふやうな、さう云ふ御趣旨であつたかとも思へるのでありまするからして、それであればそれでも宜い、それでなければさうでなくても宜い、兎に角はつきりと其の點を御示しになることが非常に重要な問題であるまいかと思ふのであります、それから第三に於きましては、教員關係の事項に付て基本法は一層明確に定むべきものでないかと云ふことを御尋ねしたいと思ふのであります、教育の效果の擧がると擧がらぬとは、結局は教育を爲しまする所の教員の如何なる人であるかと云ふことにあることはもう言ふ迄もありませぬからして、それで教員に關することを規定する以上は、規定しないならば別でありまするけれども、規定する以上は、即ち教育基本法はもう少し明確に、稍稍具體的に規定したらどうであるか、斯う云ふことを申上げるのであります、教員關係の事項と申しますれば、第一に其の一つとしては、教員の使命と云ふことでありますが、此の教育基本法には第六條第二項に、「学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。」と云ふことがありますが、此の詰り使命と云ふことが本法に於きましては、はつきりと示されて居るのは此の條文でありまするが、處が、元來全體の奉仕者であると云ふやうなことで、それが教員の使命と云ふことが明確に、具體的に示されて居るものであるかどうか、どうも私は分りませぬ、殊に獨り教員に限りませぬ、凡そ公務員は全體の奉仕者であると云ふことが、此の新憲法に規定されて居るのである、さうすると云ふと別に教員に限らない、全體の奉仕者であると云ふことは‥‥、然らば教員の使命と云ふものを特に規定する以上は、唯憲法が一般公務員の使命として掲げて居るやうな、全體の奉仕者と云ふやうなことを繰り返すだけでは、特に教員の使命と云ふことは分らないと私は思ふのであります、でありますから、其の教員の使命と云ふやうなことを法に規定するが宜いか惡いかと云ふことを私は申すのではありませぬが、兎に角法に規定する以上は、もう少し明確に何等か具體的のものを示さなければいけないぢやないか、斯う云ふことを思つて居りまするが、如何なものでありませうか、少しく此處で愚見を申すことを許して戴きたいのでありますが、此の法の條項を離れまして、教員の使命と云ふやうなことは言ふ迄もないことでありまして、即ち一般には良い人間を造ると云ふ教育一般の目的を實現するやうな行動を爲すと云ふことと、それから日本の教育の使命と致しましては、良い日本人を造ると云ふ其の教育、教育は國家の行動でありますが、其の教育と云ふ國家の行動の目的を實現するやうに、役立つ行動を爲すと云ふことが教員の使命だとまあ思つて居るのでありまするが、で此の使命と云ふものを、そんな一般的のことを考へて見ても少しも實現が出來ない、唯良い日本人を造ると云ふやうな、さう云ふことを考へて見ても、教員の使命と云ふものは決して達成せられない、言ひ換へて見れば、諄々しく申す必要はありませぬのですが、教員と云ふ者は言ふ迄もなく其の自己の教育の、即ち相手方であります、詰り教育を受けて居りまする者に對する、即ち其の教育者としての愛と云ふことにあるのであります、即ち教員の使命と云ふものは其の教育を受ける者と一體となつて、一つとなつて居る、即ち愛、愛すると云ふことに外ならないかと私は思ふのである、此の教員の使命と云ふものが他の一般の人間、殊に公務員としての使命と特に違つて居りまする所は、即ち此の愛と云ふやうなものです、さう云ふ點に著眼して教員と云ふものが其の態度を決めると云ふ所にあるかと思ふのでありまするが、是は總ての種類の教育に與る者皆に付て言へることでありまして、國民學校の先生などに對しましては、私は其の點から非常に頭が下る點が多々あります、私は大學と云ふやうな所に勤めて居りましたことがありまするが、今はありませぬですが、併し其の大學の諸君が屡屡‥‥、或は他の大學の方は知りませぬが、大學の教師と云ふものは、是は學問の研究者であつて、教育者でないといふことを時に臨んで、得得として誇つて居るやうな人がありますが、是は私は豫て贊成して居ない所であります、學問の研究者であると云ふやうなこと、眞理の愛といふことは、それはそれで宜い、併しながら大學の教師は即ち學問の研究者であると同時に教育者である、即ち人間と云ふ者に對して、學生と云ふ者に對して教育者でありまするから、其の方面からは矢張り小學校の先生などが其の兒童を愛せられると云ふやうなものと同じ氣持に於て、學生を愛さなければならぬのだが、其の愛と云ふものは、併しながら此處では、其の教育者の持つて居る任務の立場に於て、それぞれ違はなければならぬ、愛する態度はそれはさうだ、そこで教師と致しましては、自分は學問の研究者でありますから、自己の學問の眞理と考へられて居る所が間違つて學生に傳つてはいけないと云ふこと、故に教育者として其の方面から勉強する、眞理の研究者としては、さう云ふことでなしに、其の眞理其のものの爲に研究するのでありますけれども、併しながら教育者としての學生に對する氣持に於きましては、間違つたことを彼等に傳へてはいけない、又眞に自分の思つて居ることを本當に理解して呉れるやうに思ふのが、是は大學の教師の教育者としての愛である、でありますから、それは小學校の先生の兒童に對する愛とは違ひまするけれども、要するに其の意味に於て、それぞれの任務の立場に於て、良い人間を一つ造つてやらう、是が即ち教育者の使命である、斯う思ふのでありまするが、從つて此の使命と云ふものを達することに付きまして、極めて眞劍なる態度を持たなければならぬと云ふことは、今更言ふ迄もないことでありまするですが、處が本法に於きましては、唯其の使命を自覺して、さうして其の職責を何とか眞面目に盡さなければならぬと云ふやうな、さう云ふ意味のことが書いてありますですが、それならば別に教員に限らない、自己の使命を、即ち能く認識しまして、さうして其の使命を、即ち其の職責を盡すやうに一生懸命にならなければならぬと云ふことは、別に教員に限りはしない、それは一般公務員は殊にさうだ、公務員に限らず、我々普通の人間でもさうでありますが、そこで、教員と云ふものに付きましては、唯自己の使命職責と云ふものを一生懸命に盡さなければならぬと云ふやうな、そんなことではないのであつて、即ち自己のやつて居る仕事が、教育を授けて居りまする所の其の人を良き人間にするやうに努力するのであると云ふ、そこに、私は使命を、教育者は使命を感ずる、此の使命を感ずる時には、色々な場合に其の態度は規定される、ゼネストの如き、即ちゼネストの善い惡いは別でありまするけれども、教員と云ふものがゼネストをして、さうして其の學校の授業を休む、唯決らない間に休むと云ふことと、一般勞務關係に於ける所の人の態度とを比較して見る時には、何等か區別があらなければならぬと致しまするならば、其の著眼點は即ち教員の使命と云ふものがあつて、其の使命遂行の態度として、授業の活動の對象でありまする所の其の人間を良くしてやると云ふことの爲に、日々働いて居ると致しますれば、私は茲にゼネストの態度其のものの批判をするのぢやありませぬよ、其の時に態度を決する標準と致しますれば、即ち其のゼネストとして、教員諸君がゼネストをやつた場合に、自己の使命と云ふ、本當に自己に特有な使命との關係に於て、果して其の教育の相手方たる人間に對する所の愛と云ふものが徹底して居ると言へるのでありませうか、さう云ふことを御尋ねするのであります、でありまするから、此の點に於きましては、ストライキと云ふやうなことを私は是認して居る一人でありまするけれども、併しながらそれに對する所の態度と致しましては、自己のそれぞれの職務の内容から決つて來なければならぬ、其の使命から決つて來なければならぬと云ふことを私は考へます、此の基本法に於きましては、何處を見ましても、さう云ふ教員其のものに特有なる所の使命、及び其の使命遂行の態度と云ふものは出て來ない、何處から見ても‥‥、それで此の法制に於きまして、教員のさう云ふ使命、態度を規定せざるならばそれで宜しい、規定する以上は、別に矢張りさう云ふ點に著眼して、もう少し、もつと明確に行かなければならぬかと思ひます、此の教員の使命、及び遂行の態度と云ふものは、實は或意味に於て絶對的のものでありまして、斯う云ふ態度を以て爲しまする所の教員から受くる影響と云ふものは、非常に重大なものである、其の教育を受くる者の境遇とか職業とか云ふやうなことはもう超越して、非常な影響があるのでありまするが、殊に國籍と云ふやうなものを超越しても、さう云ふ教育者の使命と云ふものが非常に實現されるのである、事々しく言ふ迄もなく、今日北海道帝國大學の、(「簡單」と呼ぶ者あり)是が今日非常に教育と云ふものの效果を擧げて居りまして、北海道の大學から色々な人材が出たのは是はクラーク先生の御蔭であると云ふことは、何人も言つて居ることでありまするから、斯う云ふやうなことをどう云ふ風に考へられて居るのであらうか、斯う云ふことを言ふのであります、それから三と致しましては、教員と云ふものの養成の方法に付て御尋ね致したいと思ひますが、どう云ふ御考でありまするか、昨日の新聞に依りますれば、全國師範の入學志願者が非常に減つたと云ふやうなことがありまするが、是等のことは一體どう云ふ原因で減つたのであらうかと云ふやうなことに付ても、如何なる御考がありませうか、斯う云ふ點もあるのであります、それからして第四に於きましては、祖國觀念、祖國觀念の涵養と云ふことに付きまして、政府は如何なる用意を持つて居られるかと云ふことを御尋ねして見たいのであります、人間は言ふ迄もなく、今日の現實の状態に於きましては、即ち何處かの國に屬して居る、我々も日本と云ふ國に屬して居ると云ふことは言ふ迄もありませぬから、それで即ち其の自己の國に親しむ、愛すると云ふやうな強い祖國觀念のあることは疑ないが、併し祖國觀念と云ふものが、又外的の事情に依つて色々影響を受ける所がある、其の祖國觀念と云ふものをそれ故に特に涵養すると云ふやうなことに付きましては、教育上非常に注意しなければならぬと私は思つて居るのであります、でありまするから、此の事は國の如何に拘らず、日本のみでありませぬ、英米に於きましても矢張り自己の國、自分の國と云ふことの觀念を養成することに付ては、事毎に努めて居ることと思ふのであります、嘗て私はアメリカを旅行しました時に、アメリカの或人が言ひますのに、アメリカでは非常に自己の國旗を愛すると云ふことを言うた、國旗を非常に尊敬し愛すると云ふことは、之に依つて自己のアメリカと云ふ國、祖國觀念を即ち植ゑ付けると云ふことに役立つと云ふことを私は聞いたことでありまするが、さう云ふ意味からして、何等か祖國觀念の養成と云ふことに付て、どう云ふ御考を持つて居られるかと云ふことを、御尋ねするのであります、例へば、即ち我が國の開國の日たる所の紀元節、我が國の紀元を即ち記念すると云ふやうなことは、今日に於きましては非常に衰へて居りまするが、其の紀元節の期日其のものが歴史的に誤つて居るかどうかと云ふことは別と致しまして、兎に角我が國の詰り國が肇つたと云ふやうな、さう云ふ事柄を記念的に想ひ起すと云ふことは、祖國觀念に必要なものであらうと私は思ふのでありますが、斯う云ふことは如何なもんでありませうか、それからして、詰り只今申しましたやうな國旗と云ふやうなことに付きましても、餘程今日では考へ方が違つて居る、扱ひ方が違つて居る、斯う云ふ風に思ふのであります、是等の意味に於きまして、特別に政府は用意をせなければならぬかと私はまあ思ふのであります、それから教育の行政に於きます所の學校當局者の地位と云ふものを如何にするかと云ふことに付て、御尋ね致したいと思ふのであります、是は此の基本法に規定してあることなんでありますから、即ち教育行政と云ふ一項に規定してあることでありますからして、御尋ねするのでありまするが、教育は、不當な支配に服することなく行はれるべきものであると云ふことは、是は言ふ迄もないことであるが、併しながら教育者に對しましては、何處からか監督がなくてはならないと云ふことは、言ふ迄もないことで、學校の先生と雖も全能の者でありませぬから、そこで教育に關する所の監督と云ふものに付て根本的にどう云ふ態度を持つて居るか、併し監督があつても、學校當局と云ふものには、即ち全然信頼をして、其の教育のことに當らせると云ふやうなことが、根本に必要でありまするが、さう云ふ點に付て即ち御意見を伺ふのです、是は唯觀念的に伺ふのでありませぬ、學校の教育の揚らないと云ふことの理由は色々ありませうが、其の中でも學校當局者と云ふものが眞に精氣魂を以て教育のことに當ることが出來ないと云ふ事情に置かれて居ると云ふことが、其の有力なる原因であると我々は聞き傳へて居るのである、其の精氣がないと云ふことは、實は教員に對する所の監督と云ふものが不當に行はれて居るのぢやないかと云ふ風に、まあ思はれるのでありまするからして、此の點に付きましても非常に重要な根本見地を學校の教員、學校の當局と云ふものには、どれだけの信頼と、どれだけの責任ある所の獨立の態度を認めるのであるか、斯う云ふことであります、是は教育の根本の問題であると私は思ふのであります、此の點に付きましては文部大臣と共に、實は内務大臣と云ふ方面の説明が非常に重要でありまするけれども、今日はおいでになつて居りませぬから、唯其の問題だけを申上げるのであります、それから終ひに、教育の費用の支出方法に付て根本策を調査するの必要があるのではないか、此の點に付て御尋ね申上げる、教育と云ふものの尊重すべきと云ふことは、何人も言つて居る、從つて又其の費用と云ふやうなものが少いと云ふやうなことは、もう屡屡言はれて居る、現に昨日も此の本院に於ても論議せられたのでありますのですが、さう云ふ費用、教育は大事であるからして、費用は惜んではいかぬ、併しながら費用はないと云ふやうなことに相成りますと、是は實は水掛論のやうになりまするから、そこで教育費用と云ふものを支出する所の方法に付て、何等かもつと根本策を我が國が此處で研究調査して置くと云ふ必要があるのではないか、斯う云ふことを御尋ねするのであります、そこで其の根本策と云ふものとして考へられることは、色々ありますけれども、それは今日は無論止めて置きますが、そこでさう云ふ教育費用の支出方法に付ての根本策を調査すると云ふやうなことに、特に其の爲に一つの何等か機關を此處で設けたらどうかと云ふやうなことを、私は政府に御意見を伺ふのであります、以上は此の教育基本法と云ふものに付て、私共が國家の制度と云ふものとして見た立場からして御尋ねしたのであります、言ふ迄もなく是は極めて重要な法案でありまするから、之に付て明確なる所の御意見を伺ふことが出來れば、大變有難いと思ふのであります
〔國務大臣高橋誠一郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=16
-
017・高橋誠一郎
○國務大臣(高橋誠一郎君) 佐々木博士の御質問に御答へ致します、御質問は甚だ多くの點に亙つて居つたやうに存じます、第一には教育制度の法律化は今後如何なる程度迄貫徹する積りであるかと云ふにあつたと記憶致します、御説の如く今迄は教育關係の法令は勅令を以て規定致したのでありまするが、今後は國民の代表たる議會に於て審議し、法律の形で公布することが至當であると考へて居ります、本日上程の教育基本法の外に、近く上程せられまする所のものは、學校教育法であります、所謂六・三制なるものが規定せられて居る所のものであります、又地方教育行政法が目下立案せられて居るのであります、其の外、法律を豫定致して居りまするものに、教員の身分に關する法律、學校法人法、社會教育に關する法律などがありまして、只今樣々研究致されて居るのでございます、第二には、教育活動の展開の基礎として如何なる見解、人間觀を立てて居るかと云ふにあつたと思ふのでありまするが、教育基本法に於きまして、先づ人間は人間たるの資格に於て品位を備へて居るものでありまして、何等他のものと替へらるべきものでないと云ふ意味に於て、其の前文に於きまして「個人の尊嚴を重んじ、」と謳つて居るのであります、次に人間の中には無限に發達する可能性が潛んで居ると云ふ考を基礎と致しまして、教育は此の資質を啓發し培養しなければならないのでありまして、之をば第一條に「個人の價値をたつとび、」と申して居るのであります、第三に、人間は單に個人たるに止まらず、國家及び社會の成員であり、形成者でなければならないと云ふことも亦此の基本法に於ける人間觀の基礎として居る所のものであります、更に人間は眞、善、美などの絶對價値の實現を追求するものと致しまして、文化活動の主體であると考へるのであります、是等を基礎と致しまして、教育が人格の完成を目指さなければならず、普遍的にして而も先程仰せのありました所の日本人として、又個人と致しまして、個性豐かな文化の創造を目指さなければならないとして居るのであります、此の個性豐かなと云ふ點に十分日本人としての特性を發揮せしむべきものであると云ふ點が謳はれて居るのであります、又教育勅語との關係に付ての御質問がございましたが、教育勅語は我が國教育史上重要な意義を有するものであり、重大なる役割を果して居つた所のものでありまするが、何と申しましても、明治二十三年に發せられたものであり、時代の推移に連れまして不十分な所も生じましたし、又其の表現の仕方に於きまして不適當な所も現れまして、或は保守反動主義者に依り、或は超國家主義者、若しくは軍國主義者に依りまして曲解惡用せられることもあつたのでありまして、甚だ遺憾に堪へないのであります、新しい精神に從つて之を改めたいと云ふやうな考を持つて居つた者もありまするし、又新しい勅語の下賜を奏請致さうと云ふ意見も出たのでございまするが、斯くの如きことを致しましては、却て皇室に御迷惑を掛ける虞なしとしない、斯樣なことがあつては誠に相濟まぬのみならず、民主的文化國家を建設する新しい教育の方針を定めまするが爲には、唯先程も申上げましたやうに、法律の形態を以てすべきものであると云ふ考に到達致したのでございます、此の法案の中には、教育勅語の良き精神が引繼がれて居りまするし、又不十分な點、表現の不適當な點も改めて表現せられて居ると考へるのであります、教育勅語を敢て廢止すると云ふ考はないのでございまするが、教育勅語を是迄のやうに學校で式日などに捧讀致しますることは、之を廢止したいのでございます、現に廢止して居るのでございます、殊に教育勅語を神格化致しましたり、形式的教育の弊を招いて、新しい時代に相應はしくないやうなことを生じまするので、今後は學校に於て捧讀することを廢めると云ふことに致して居るのでございます、併しながら敢て之を廢止すると云ふ考は存しないのでございます、次は教員の使命に關する御質問であつたと存じます、教員は一般公務員以上のものでなければならないと考へるのであるが、第六條の第三項には其の趣旨が現れて居ない、斯う云ふ點にあつたと思ふのでありまするが、「全体の奉仕者であつて」と云ふ言葉に續きまして「自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。」斯う述べてありまするが、此の「自己の使命」と申しまするのは、當然教育者の使命と云ふことでありまして、教育には教育者としての自らなる使命があり、其の使命を教育者自身自覺致して進んで行かなければならぬと云ふ意味が、此の中に盛られて居るのであります、そこで自ら學生、學童に對する愛も湧き、又先程御話のありましたやうに、一般ストライキに對する所の教員の態度と云ふものも自ら決せられることと考へるのであります、それから佐々木博士は極簡單に教員の優遇と申しますか、待遇に付て觸れられたやうでありまするが、教員の優遇に付きましては、教員が師表としての體面を保ち、且安んじて其の任務を遂行致しますることが出來まするやうに、精神的、物質的兩面に亙つて優遇の方途を講ずる必要があると存じて居るのであります、此の點に於きまして政府は相當大なる注意を拂つて居るのであります、次は祖國思想に付ての質問であつたと思ひます、祖國思想の涵養の面が現れて居ない、斯う云ふ御質問であつたと存じまするが、健全なる祖國思想の涵養は、御説の通り、教育上重要視しなければならないと考へるのであります、從ひまして第一條に於きまして「教育は、人格の完成をめざし、」と云ふ言葉に續きまして「平和的な國家及び社会の形成者として、」と述べて居るのであります、又「自主的精神に充ちた心身ともに健康な國民」と謳つて居るのであります、更に前文の第二項に於きまして、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」とありまするのは、健全なる國民、文化の創造延ひては健全なる祖國愛の精神の涵養を含むものと考へるのであります、人格の完成、軈て是が亦祖國愛に伸び、世界人類愛に伸びて行くものと考へるのであります、尚内務大臣に對する御質問がありましたやうでございまするが、或は内務大臣から直接御答になることと考へます、最後に學校教育費用の支出に關する點を御質問になつたのでありまするが、文部省と致しましては、學校教育に關する財政の獨立に付きまして色々研究致して居るのであります、是が實現致しますれば、恆久的な教育費の財源が確保せられることとなると存じます、甚だ不十分でございましたが、或は申し落した所がございまするかも知れませぬのでございまするが、一先づ是で終ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=17
-
018・佐々木惣一
○佐々木惣一君 只今御答辯を得まして有難うございました、唯矢張り私の言葉が不十分であります爲か、適切に御答辯を得たやうな感じがしないのであります、併し尚外の機會に御答辯を承ることになるかも知れませぬが、是で私の質問を打切ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=18
-
019・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 澤田牛麿君
〔澤田牛麿君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=19
-
020・澤田牛麿
○澤田牛麿君 只今上程になつて居りまする教育基本法と云ふものは、私共は實に數年貴族院に列して居りまするけれども、初めて會つた珍しい法案であります、仍て一言疑問のある所を申述べて御答辯を得たいと思ひます、結論から端的に申しますと、此の法案は法案ぢやなくて、説法ではないかと私は思ひます、説教ではないかと思ひます、法律と道徳との分野は、是は私が喋々する迄もなく決つて居ることでありまして、倫理の講義や國民の心得などと云ふことを一々法律で規定する必要はなからうと思ひます、それよりはもつと法律と云ふものは進んで居るものと私は法學生の一人として思ふのであります、さう云ふ點に付て此の立案者は非常に倫理の講義が好きな傾向を持つて居るやうでありまするが、さう迄にしなくちやならぬものであらうか、此の教育基本法と云ふものには殆ど法としての必要な規定はないやうに思ふ、(拍手)先づ必要であると思へば、第四條の義務教育は九箇年、それから第六條の、勝手に學校を建てちやいけない、法律で學校を建てることを禁止して居る、此の條項が先づ必要と思ふのでありまするが、義務教育九年と云ふことは、學校教育法と云ふのが別に出ると云ふのだから、それに書けば宜いことである、それから法律で學校を勝手に建てちやいけぬと云ふ禁止は、是は果してどんなものであらうか、自由主義に反するものではなからうかと思ふ、それから第八條に特定の政黨を支持してはいけない、第九條に特定の宗教の活動をしてはいけない、斯う云ふことがありますが、是等も法的の性質を持つものでありまするが、是は併し隨分禁止的な事柄であつて、自由主義とか、或は活動とかと云ふやうな點から言へば寧ろ是はちよつと考へ物ぢやないか、是が基本法と言ふことはどう云ふ所にあるのであるか、私はそれを疑ふのであります、それから各條共さう云ふ點に付ては疑問がありまするが、時間が極めて短かうございますから、私は短くやる積りでありますから詳しくは申しませぬが、例へば第四條に義務教育、是もをかしいのですが、第何條とある下に括弧して表題が何か意味が分らないけれども、書いてある、是は今迄の立法の例にないことでありまするが、どう云ふことで斯う云ふことが出來たのでありまするか、今後の立法には斯う云ふ括弧をした表題みたいなものを條文の下にくつ附けるのでありませうか、實に奇怪な形式だと思ふのであります、それは括弧のことですが、第四條に義務教育と云ふことを書いて、第六條に學校教育と云ふことを書いて居る、さうすると、義務教育九年と云ふことは、學校教育と別のことであらうか、甚だをかしい、第六條に學校教育とあることがあれば、第四條はもうそれで義務教育と云ふものは、學校での教育に違ひないのであるから、第四條と第六條との間は觀念が非常に混雜して居るやうに思ふのであります、それから色々ありまするけれども、順序を餘り立てずに質問を申すのですが、「第一條教育の目的」、是は先程佐々木博士も言はれましたが、教育の目的などと云ふことは教育學か何かの理論であつて、教育は、例へば人格を養成するとか、或は此の代の文明を次の代に移し行く爲のプロセスであるとか、色々な學説があるでせうが、そんなことは何も法律で決めなくても、學説で決めれば宜いのであつて、又色色の説き方があるので面白いのであつて、教育の目的なんと云ふことを法律で決めることは私は無理だと思ふ、是は法律の規定の範圍外だと思ふのでありますが、まあ決めるにしても、先程文部大臣も眞善美とか云ふことを言はれましたが、美は拔けて居ります、第一條にある眞理、是が眞でせう、正義、是が善でせう、眞善を唱へて美は拔けて居る、美がなければ人間社會は極めて殺伐なもので、是は最も大事なことが此處に拔けて居るのぢやなからうかと私は思ふ、それから「個人の價値」と云ふことを謳つて居る、「個人の價値」と云ふことは非常にむつかしいことですが、「個性ゆたかな」と云ふことは是は形容詞であつて、決して法規の性質を持つて居ない、又文句の使ひやうも第一條には、「自主的精神」と云ふことを書き、第二條には「自発的精神」と云ふことを書いてある、自主的精神と自發的精神とどう違ふのであるか、是も能く分らぬ、それから教育の目的はあらゆる場所に於て實現されなければならぬ、教育の目的をあらゆる場所に於て實現すると云ふことはどう云ふことを意味するのであるか、法律の規定としては、説教ならばどうでも宜いが、法律の規定としては甚だどうも掴へ所がない、分らぬことである、それからまだ色々ありますが、全體的とか、全體の責任とか云ふことを頻りに言ふ、全體主義と云ふことは此の頃非常に惡いことになつて居つて、滅多に全體主義と云ふことを言ふととんでもない結果を來すことになるのぢやないか、それに此の法律に頻りに全體に責任を負ふとか、國民全體が責任を負ふとか、全體の奉仕者とか、大變此の立法者は全體主義が好きな御方ぢやないか、さうすると是はどうも危險思想と言はざるを得ない、(笑聲起る)、それから先程文部大臣の御答辯で‥‥法律の文句でないが、保守反動と云ふことを教育勅語に關して仰せられたが、保守反動と云ふやうなことは或種の極端な左翼の人が使ふ言葉であつて、之を現内閣の大臣が、而も文部大臣が保守反動などと云ふ御言葉を御使ひになると云ふやうなことは甚だ私共了解に苦しむ所である、それから第十條には、「國民全体に対し直接に責任を負つて行わるべきものである。」教育が一體直接に責任を負つて行はれると云ふことは、どう云ふこと指すのか、どうも法の規定として私には分らぬ、それから教育は不當な支配に服するものではないと云ふ規定でありますが、不當な支配に服するものではないと云ふことは教育ばかりではない、總ての政治なり、總ての行政なりは不當な支配に服するものではないのであります、獨り教育が不當な支配に服するものでないと云ふことを書く必要がどこにあるか、不當な支配と云ふことは總てに於て否定さるべきことである、それから第十一條の此の基本法を實行する爲には必要な場合には適當な法令が制定されなければならぬ、此の法律命令の區別に付てはさつき佐々木博士が言はれたから私は言ひませぬが、必要のある場合に適當な法令が制定されることは當り前で、必要ない時に法令が制定せられた時に初めて議論があることである、「必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。」と云ふことを法律で規定する必要がどこにあるか、斯く論じて來ますと、此の基本法の第十一條迄の中、殆んど變挺なものばかりである、唯内容を持つて居るものは、第四條、第六條と第八條の第二項、第九條の第二項、是だけが法的の性質を持つて居るものである、併し是は學校に關する法律が別に出るのだから其の中に書き込めば宜い、さうすると此の基本法と云ふものは全然要らないのではないか、又餘計なものではないか、(拍手)、又斯う云ふ説法をしなければ日本人が教育に付て分らぬと云ふことならば、それは餘りに日本人を侮辱した言葉である、斯う云ふ説教をしなくても、教育の大事なこと位は日本人は知つて居ると思ふ、如何にしても此の基本法と云ふものは私共には了解出來ない、此の點に付て金森國務大臣なり、文部大臣なり、どなたでも宜しうございますが、法律と云ふことに付ての觀念に付て答辯を願ひたい、憲法の審議の際でも私は此の議論を述べたのでありまするが、其の時は金森國務大臣の御答辯は、憲法と云ふものは宣言、或は其の主義と云ふやうなことを言つても宜いのだ、單に法規と云ふ所謂ノルムを規定するのみでなくて、一種の宣言、一種の理想を述べても宜いものであると云ふ御答辯でありましたが、成る程憲法と云ふものは、稍稍政治的の分子が非常に多いものであるから、或は空言、空理、空想、理想を述べてもそれは宜いかも知れぬけれども、苟も法律となつて、的確な法規を定むべき一つの形式となつてはそんなに空理、空論を述べて居るものではないと思ふ、私は其の説法をすると云ふことは甚だ國民を侮辱したことであると思ふ、文部大臣も是は宣言であると言はれ、或は理念であると言はれた、宣言とか理念と云ふものは内閣總理大臣の演説でも宜しいし、教育勅語に代りたいと思ふならば、新憲法に依つて大變偉くなつて來た總理大臣が居るから、其の總理大臣が演説をすればそれで宜しい、法律で以てさう云ふことを決めなければならぬと云ふことは何處にあるのであるか、それは私は日本國民を侮辱した觀念ではないかと、甚だ其の點に付て疑を持つのであります(拍手)
〔國務大臣金森徳次郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=20
-
021・金森徳次郎
○國務大臣(金森徳次郎君) 只今澤田議員よりして、此の教育基本法全體の大部分が、法律を以て定むることを適當としないやうなことで出來て居るのではないか、從つて法律と云ふものに嵌るべき事柄に付ての意見を御質しになつた譯であります、私は此の教育基本法の實質的な方面に付きましては、今日未だ深い研究を致して居りませぬ、それで今の一般的に斯樣な法律が出來ることが疑はしいではないかと云ふことに付きましての御答をするのでありまするが、澤田議員が仰せになりましたやうに、法律で決めて然るべき範圍と、さうでないものの範圍とは自ら分野があるものと存じて居ります、併し此の教育のことは國民に委して置けば宜い、各人の判斷又は學問に委して置けば宜いと云ふ御所見に對しましては、若しも世の中の秩序が非常に安定し、各人の考の大體が歸一して居ると云ふのでありますれば、確かに其の御考は尤もであらうと思ふのであります、各人の判斷に總てを委して置いて宜いものであるならば、國家的にそれを統一する理由はない、斯う存じて居ります、併し現在の非常な過渡期に於きまして、國民の考は一人々々に多少の差別を持つて居りまして、國が之に對しまして或限度の基本方針を樹立して進むと云ふことは、理論は姑く別と致しましても、實際の效果の上から申しまして、是は已むに已まれない所の必然性を具へて居る所であらうと存じます、唯仰せになりましたやうに、教育の目的が何であるか、教育の方針が如何にあるべきかと云ふことは、是は實際世の中に生き生きとして存在して居りまする所の學問とか、人々の識見に委すると云ふことが宜いと云ふことは私は全く左樣に存じて居ります、併しどうしても或限度の基本的なことだけを調整して行くと云ふことは是は已むを得ないのでありまして、澤田さんが仰せになりましたやうに、斯う云ふ色々な制限を加ふれば、事に依ると國民の自由を妨げる、斯う云ふ風の御話がありました、私自身の考としては教育に付て若干の項目を決めますることは、理論的に言へば、國民の個人の自由を妨げるものであります、教育の方針を立てると云ふことは個人が自由に伸びて行く、學問の獨立を保障しやう、良心の獨立を保障しやうと云ふこととそこに接觸する問題を生じて來るのであります、併しそれは個人の自由は尊重すると云ふ建前を保存しながらも、國家が教育と云ふ一つの面に於きまして、或然るべき範圍の基本方針を立てて之を以て導いて行きますることは、必ずしも個人の自由を害する譯ではありませぬ、そこに微妙なる接觸面が起つて來るのでありまするが故に、之を一人々々の學説やら教育家の所見に委するのではなく、國民全般の全く共同一致したる得心に基いて方針を樹立して行くと云ふことが一番然るべきことのやうに思ひまして、此の教育基本法の中味は色々の御意見はありませうけれども、大體の狙ひは、多少混沌として居る部分を國民の共同意識、謂はば國民の代表者に依つて現されて居りまする所の全國民の納得を基本として、實行上然るべき基準を規律して行かうと云ふことでありまするが政に、先づ大體の見地から申しまして、國の法律として定めると云ふことが、餘り程度を越えさへしなければ然るべきことのやうに存じて居ります、是は其の程度の適當なる範圍内に屬するものと存じて居ります
〔國務大臣高橋誠一郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=21
-
022・高橋誠一郎
○國務大臣(高橋誠一郎君) 只今金森國務大臣から御答辯のございましたやうに、今日の場合、殊に先程一言致しましたやうに、教育勅語の捧讀が廢されて居りまする際、一部に於きましては、又國民の可なり大きな部分に於きましては、思想昏迷を來して居りまして、適從する所を知らぬと云ふやうな、状態にあります際に於きまして、法律の形を以て教育の本來の目的其の他を規定致しますることは、極めて必要なことではないかと考へたのであります、思想が安定致し、殊に一代の大思想家、大教育家と稱せられるべき者が現はれまして、何人も之に從ふやうな大指針が、方針が定められて居りますならば格別でございますが、なかなか斯くの如き者が現はれないと致しまするならば、暫く法律の影を以て教育の目的、其の外を規定致すことが必要ではないかと斯樣に考へまして、本案を立案した次第でございます、尚又字句の點に於きまして、色々御質問がございましたのでありまするが、例へば「第六條(学校教育)」述べてありまする所と、「第四條(義務教育)」と記されて居りまする所と、其の相違は何處にあるかと云ふやうな御質問、又一方は必要ではないと云ふやうな御意見に伺つたのでありまするが、第四條に於きましては、國民の義務教育に付て述べた所のものでありまするが、「第六條(学校教育)」と記しました所では、學校の性格、教員の身分と云つたやうなものが記されて居るのでありまして、必ずしも兩條同樣のものではないと考へて居るのであります、それから尚第十條「教育は、不当な支配に服することなく、」云々とありまするのは、是迄に於きまして、或は超國家主義的な、或は軍國主義的なものに動かされると云ふやうなことがあつたものでありまするからして、此の點を特に規定したものであります、今囘新たにせられました所の憲法、改正せられました所の憲法の精神に則りまして、此の教育基本法が制定せられたのでありまして、憲法の改正せられました今日、矢張り此の教育方面に於ても此の法案を出しますることが刻下の必要であると考へた次第でございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=22
-
023・澤田牛麿
○澤田牛麿君 御答辯に對しては一切不滿でございますが、後は議論になりますから、私の質問は是で打切ります発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=23
-
024・戸澤正己
○子爵戸澤正己君 只今議題となりました教育基本法案は、其の特別委員の數を二十五名とし、其の委員の指名を議長に一任するの動議を提出致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=24
-
025・秋田重季
○子爵秋田重季君 贊成発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=25
-
026・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 戸澤子爵の動議に御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=26
-
027・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、特別委員の氏名を朗讀致させます
〔宮坂書記官朗讀〕
教育基本法案特別委員
侯爵 大久保利謙君 伯爵 橋本實斐君
伯爵 宗武志君 子爵 北小路三郎君
子爵 内藤政光君 子爵 三島通陽君
子爵 田中薫君 平塚廣義君
佐々木惣一君 荒川文六君
羽田亨君 男爵 今園國貞君
男爵 加藤成之君 男爵 松平齊光君
男爵 坂本大造君 坂口康藏君
坂田幹太君 瀧川儀作君
田島道治君 正田貞一郎君
菅澤重雄君 小山完吾君
淺井清君 清水由松君
侯爵 大隈信幸君
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=27
-
028・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 此の際議事日程に追加し、一昨十七日提出せられました綱紀振粛に関する決議案の會議を開くことに御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=28
-
029・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、議事日程變更に付、政府の同意を得ました、發議者に對し、趣旨説明の發言を許可致します、橋本伯爵発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=29
-
030・会議録情報4
━━━━━━━━━━━━━
{左の提出文及決議案は朗讀を經さるも參照のため茲に載録す}
綱紀振粛に関する決議案
右提出候也
昭和二十二年三月十七日
發議者
公爵 桂廣太郎 伯爵 橋本實斐
大谷正男 出淵勝次
男爵 今園國貞 霜山精一
川村竹治
賛成者
侯爵 細川護立 侯爵 中山輔親
侯爵 東郷彪 侯爵 大炊御門經輝
伯爵 後藤一藏 子爵 織田信恒
子爵 三島通陽 子爵 北條雋八
子爵 水野勝邦 平塚廣義
河井彌八 村上恭一
下條康麿 慶松勝左衞門
白根竹介 長谷川赳夫
男爵 伊藤一郎 男爵 松田正之
男爵 肝付兼英 男爵 加藤成之
男爵 坊城俊賢 男爵 倉富鈞
男爵 古市六三 男爵 宮原旭
三浦新七 黒田英雄
赤木正雄 大木操
木下謙次郎 田所美治
澤田牛麿 坂田幹太
松本學 竹下豐次
木内四郎 古島一雄
結城安次 河西豊太郎
小山完吾 齋藤万壽雄
渡邉覺造
貴族院議長公爵徳川家正殿
…………………………………
綱紀振粛に関する決議
最近逓信省官吏の非違発表せられたるあり。今や官公吏の行動にして國民の指彈を受くるが如きもの尠からず。從來官公吏は励精恪勤にして廉潔公正、國民の模範たる矜持を有したるに鑑み誠に遺憾に堪へず。政府は此の際其の責任の重大なるを想ひ進んで此の惡弊を一掃し以て綱紀振粛の実を挙ぐべし。
右決議す。
━━━━━━━━━━━━━
〔伯爵橋本實斐君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=30
-
031・橋本實斐
○伯爵橋本實斐君 綱紀振粛に関する趣旨説明を申上げます、曩に本議場に於て、遞信大臣より其の部内に生じたる非違に付、縷縷御説明がございましたが、不幸にして是は偶偶一例に過ぎず、程度の輕重、性質の差異こそあれ、各種の不祥事は他の官廳内部にも幾多伏在することは、國民の想像致しまして疑はざる所でありまして、誠に國家前途の爲に悲しむべきことであります、本來官吏は身分上國家に對して無制限の忠勤義務を負擔し、精勵恪勤、清廉公正、以て衆の範たるべきことを本則と致して參りましたる處、後、物質偏重思想の流行と共に、官吏の此の淳風は次第に失はれ、近時に至りましては名利を追求するの餘り、遵法の義務をすら忘却する者多きは、遺憾の極みであります、想ふに此の綱紀弛緩の主要原因は、之を端的に申しますれば、戰時中統制經濟に於て關係官吏が強大なる權力を委ねられましたる結果、此の權力行使が動もすれば不法不當に流るる所に存するものと申すも誤りなかるべく、後、續々設けられましたる各種統制会社、若しくは營團の不適當極まる運營と相俟つて、官紀の紊亂を一層甚だしからしめたるものと存ぜられます、而して戰爭の激化と共に甚だしきを加へましたる道義の廢頽は、所謂時局便乘を事とする官僚群を驅つて、漸く擧止、横暴ならしめ、下剋上の弊風は遂に上司の威令をして全く地を拂はしめ、即ち賄賂横行、其の他百般の涜職は國内到る處に累積して、國民指彈の的とならざるなき實情を呈したのであります、終戰と共に國内の事情は一大轉換し、國民思想の動搖は更に新たなる段階に突入し、官民共に其の秩序は、一時的ではありませうが、全く崩壞し去り、官廳は昔日の威信を喪失し、産業界に於ては生産竝に運輸は極度に減退し、國民經濟に於ける配給の不圓滑と物資の窮乏は、物價の暴騰を招來し、生活難は茲に深刻化して、隨所に闇行爲を横行せしめ、此の間必ず官公吏の非違の併存せざる無きに至りまして、遂に國家再建途上の大障碍となり、官公吏の綱紀肅正の要は、一刻の猶豫を許さざるに至りたるものと考へられます、以上縷縷申述べましたが、一方國内には尚幾多の忠誠純良なる官公吏が現下の經濟非常時局の困難に克く耐へつつ、默々國家再建に苦闘しつつあるの事實も、亦國民の齊しく認めて、敬意と感謝とを捧げ居る次第であります、又不幸にして薄志弱行の故に吏道を踏み違へたる者に對しても、現實生活の苦惱多きに想ひ合はせて、同情の涙を惜むものではございませぬ、否更に國民は徒に官吏のみを獨り鞭打たむとするものでもございませぬ、寧ろ官界を今日の如き状態に馴致したるの責は、過去歴代の内閣諸公にも其の一半を歸すべきものと申さねばなりませぬ、故に徒に政府は下僚の非のみ責めて能事了れりと爲すが如きは、斷じて不可であります、政府は宜しく眞の親心を以て彼等を庇護善導し、過誤なからしめ、若し夫れ、尚之に聽かずして職務を曠廢し、利に迷ひ、或は善良の同僚を煽動誘惑する等の不法不當の所爲ある者に對しては、秋霜烈日、斷乎處分して肅正の實を示し、吏僚相率ゐて精勵恪勤、廉恥、節儉の美風を取戻さしめて國民の儀表たらしむるやう要望せざるを得ませぬ、今や新憲法施行の日は目睫に迫り、民主主義、平和國家の慶福は將に啓かれむとして居ります、官吏が新憲法條章の定むる公僕の精神に徹して、謙虚以て奉公の誠を致して、内外の信頼を囘復するやう、政府は一大決心を以て綱紀肅正に乘り出し、我が國再建の礎を確立することに努力せらるるならば、國民も亦之を支援することを惜むものではありませぬ、以上の趣旨を以て茲に綱紀肅正に關する決議案を提出する次第であります、是より決議案文を朗讀致します
綱紀振粛に関する決議
最近逓信省官吏の非違発表せられたるあり。今や官公吏の行動にして國民の指彈を受くるが如きもの尠からず。從來官公吏は励精恪勤にして廉潔公正、國民の模範たる矜持を有したるに鑑み誠に遺憾に堪へず。政府は此の際其の責任の重大なるを想ひ進んで此の惡弊を一掃し以て綱紀振粛の実を挙ぐべし。
右決議す。
終りに臨みまして、此の機會に於て政府の本決議案に對する所信を伺ふことを得ますれば幸ひであります
〔拍手起る〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=31
-
032・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 討論の通告がございます、慶松勝左衞門君
〔慶松勝左衞門君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=32
-
033・慶松勝左衞門
○慶松勝左衞門君 私は只今上程に相成りました官公吏の官紀肅正に關する決議案に對し全面的に贊成を表する者であります、又只今提案者橋本伯爵の御説明にも、大體に於ては同意見でありまして、私が此處に立つて大同小異の辯を弄することは甚だ御聽きづらい點もありませうと存じますので、どうか同じ所は御聽き捨てを願つて、私の申すことに暫くの間御清聽を煩はしたいと存ずるのであります、惟ふに敗戰後の國民道義の頽廢は、敗戰の事實其のものよりも寧ろ悲しむべきことであることは、我々日常の生活の一つ一つに當り、常に痛感禁ずる能はざるものがあるのであります、特に一部官公吏の腐敗は愈愈國民の政治に對する信頼感を失はしめ、却て闇行爲の横行跳梁に拍車を掛けるやうな形があることは皆樣と共に甚だ遺憾と存ずる次第であります、抑抑新日本の建設の此の大なる仕事は、獨り官僚の手に依つてのみ爲し遂げ得るものでないことは明瞭でありまして、民主主義と平和主義とに自覺したる全國民の一致の努力に依つて初めて可能なることは申す迄もありませぬ、唯併し敗戰日本の今日の現状は、有らゆる物資の缺乏と困窮とに原因を致して、國民生活の殆ど總ての方面が官僚の統制に委ねられなければならないのでありまして、世界の總ての部分から交通を遮斷せられ、世界の經濟から孤立隔離せられ、極めて限られたる國内の資源と、半ば戰災に依つて不具化したる産業施設との中から再建を急がねばならぬ我が日本の經濟が、今日見る如き官僚統制の枠の内から出發しなければならぬのは、蓋し誠に已むに已まれない次第でありまして、又其の統制の施行と、其の統制の監督の主たる部分が官公吏の手に委ねられて居る現状も亦蓋し已むを得ざる次第と感ずるのであります、即ち御承知の如く、金融の方面に於ても、重要物資の生産の方面に於ても、將又食生活の方面に於ても、何れも官僚統制の範圍を免れないのであります、國民生活に必要な物資の消費量を決めること、或は價格を決めること、或は配給の計畫を立てること、是等も總て官公吏の掌中に握られて居るのであります、其の他申す迄もなく鹽、煙草の專賣制度であるとか、或は鐵道、遞信の國營事業であるとか、從來から是は行はれて居る最も大なる官僚統制の一つの事業であります、斯くの如き官僚統制の下に於て、其の運營に從事する官公吏の責任は極めて重大であることは、是は申す迄もないことでありまして、今日只今、我が國の國民全部の死命を制し、殆ど生殺與奪の權をすら持つて居るものと申しても宜いのでありまして、此の點に於て官公吏の無限にして且最も嚴肅なる責任を想はざるを得ないのであります、又一面我が國の現状は、敗戰國として進駐軍の配下にあるのではありまするが、幸にして我が政府に依つて行政を行ふことが許されて居るのである以上、我が國が平和の裡に無血民主革命を完遂すると云ふ其の責任が政府にあり、同時に政府を組織して居る官公吏の責任が、獨り國民に對してのみでなく、聯合軍に對しても亦重大なるを感ぜざるを得ないのであります、而も今日官界を擧げて數へ盡せない程の大小多數の不祥事件が續出しつつあることは何事でありませうか、誠に私は遺憾に感ずるのであります、最近の司法省刑事局の御調査に基いて數字を擧げて見ますると、敗戰の年、即ち一昨年の九月から昨年の八月に至る一年間の犯罪數、官公吏、公務員の職務に關する犯罪數でありますが、一箇年に起訴處分を受けたる者一千七百八十七件、微罪不起訴になつた者二千九百七十一件、併せて四千七百五十八件に上つて居ります、又昨年の九月から十二月迄の此の僅か四箇月に於きましては、一層其の率が増加を致して、起訴九百二十六件、微罪不起訴一千四百二十四件となつて居つて、一昨年からの一年間の割合から考へますと、此の四箇月で半年分濟んでしまつたと云ふやうな譯であります、尚皆樣の御想像にも難くないことでありませうが、此の以外に摘發洩れの犯罪が相當あることは、是亦想像に難くない所でありまして、斯くの如く最近に於ける官公吏の犯罪、腐敗の程度を數字的に示して居ることは、是は我々誠に蔽ふべからざる事實の證據として承認をしなければならないのであります、其の他恐らくは皆樣にも御承知であらうと思ひますが、今日一本の電話を布きまするにしましても、汽車の切符を買ひまするにしましても、將又區役所、縣廳あたりへ色々な許可の願出の手續を致しまするにしましても、兎角の忌はしき噂を聞くことも是亦事實でありまして、否定することには參らぬのであります、殊に先日此の演壇に於て遞信大臣から御報告になりました三福事件の眞相、竝に巨額の進駐軍から讓受けられた物資を格納してある浦賀倉庫の不正紊亂事件に至つては、實に我々信ずることの出來ない程の驚くべき、且未曾有の大規模の刑事問題とも考へられるのでありまして、若し斯くの如き事件を曖昧に葬るが如きことあらむには、それこそ由々しき政治問題とも化すべきものでありまして、政府の責任を糺さねばならぬ迄に事態の發展を見るやも測られないと考へるのであります、其の御報告の際に遞信大臣は、部下に對して親心を以て臨み、事態を成るべく擴大せざるやう配慮すると、斯う云ふやうな意味で御話になつたやうに私は聽取つたのであります、併しながらそれは時と場合、物と品とにもこそ依れ、根本的計畫の下に行はれた惡質の不正事件に對しては、是は餘りにも優し過ぎる母親の盲愛にも等しく、甚だ甘過ぎた御考ではあるまいかとすら私は考へるのであります、此の際は宜しく事實の眞相を徹底的に御調査になつて、毫も假借する所なく、天下に對し黒白を明かにし、以て國民の信倚に報ゆる所あつて然るべしと信ずるのであります、吉田首相は組閣以來、數次に亙る議會に於て、常に其の施政方針演説の中で、官紀の肅正を説いて居られるやに承つて居ります、それにも拘らず、今日何等改善の跡を窺ひ得ず、却て反對の現象をすら生むが如きは、果して如何なることでありませうか、政府は一體眞劍に吏道刷新の爲に努力をするの誠意があるのでせうか、或は吏道刷新と申すよりも、寧ろ新憲法の精神に基いて新吏道、即ち公僕精神を確立さすと云ふ決心がおありであらうか、私は其の點を御伺ひ致したいのであります、或は又今日のインフレーシヨン時代に於て、官公吏のみが獨り免れて正義、正道に生きよと云ふやうな注文は、是は頗る難きを敢て他人に求めるものであるとの辯を聽くかも知れませぬけれどもが、私が前に申上げた如く、今日の官公吏が經濟統制の全權を掌握して居ると云ふ上から致しても、特に官公吏が清廉潔白にして天下に信頼を繋ぐべき責任のあることを自覺せねばならぬと思ふのであつて、そこが一般の民衆と其の趣を異にする所であらうと信ずるのである、國民道義の昂揚は先づ官公吏の模範的正義觀から始まると申しても敢て過言ではないと信ずるのであります、即ち私は官公吏を責めるのに敢て酷なるものではなく、寧ろ官公吏をして民衆の模範たらしめたいと念願をして居るのであります、併しながら私の此の念願を達成し、吏道の刷新、新吏道の樹立を行はむが爲には一つだけ私は注文がある、それは何と申しても官公吏の生活の安定を保障をすることが不可缺の前提であることも、是は考へなければならぬ點と思ふのであります、本年度の豫算を拜見致しますと、官吏の待遇改善に關する跡は、相當政府に於ても御苦心になつたやうに認め得まするので、是は誠に結構でありますが、尚民間諸會社に於ける如く、厚生施設費と云ふやうなものが缺けて居るやうに思はれて、此の點は少し私、物足らぬ感じが致すのであります、假に官吏一人に一年間三百圓の厚生施設費を出すと考へて見ましても、官吏の數が非常に多いのでありまするから、官廳の厚生施設は相當なものが出來るのではないか、即ち假に官吏の數を百六十萬人と見まして、總額が四億八千萬圓に上るのでありますから、之を以て或は官公吏の爲にサナトリウムの設備を漸次全國に行ふ、或は消費組合のやうなものをやつて、安い物を供給してやる、さう云ふやうな設備が出來て、官公吏に對する精神的慰安と物質的援助が、可なりの程度に行はれると思ふのでありまして、此の點に付ては特に私は厚生大臣、大藏大臣にも御考慮を煩はしたいと存ずるのであります、之を要するに吏道の刷新の要、今日より急なるものはないのであつて、不正紊亂の跡を絶ち、官紀の肅正と公僕精神の昂揚とに努められ、以て新吏道の完遂に全力を傾注せられむことは、私共の切に政府に期待して已まぬ所であります、若し徒黨を組んで官紀肅正の此の神聖なる行動を阻止すると云ふやうな邪道の徒輩があるならば、政府は斷乎たる態度を以て之に臨み、敢て躊躇する所なからむことを望むのでありまして、必ずや天下の輿論は政府を支持すること疑なしと信ずるのであります、之を以て私の贊成の言葉を終ります(拍手)発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=33
-
034・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 他に御發言もなければ採決を致します、本決議案に贊成の諸君の起立を請ひます
〔總員起立〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=34
-
035・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 總員起立、仍て決議案は全會一致を以て可決せられました
〔國務大臣男爵幣原喜重郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=35
-
036・幣原喜重郎
○國務大臣(男爵幣原喜重郎君) 只今官公吏の綱紀振粛に関する決議案が滿場一致を以て可決せられたのでありまするが、只今丁度吉田首相は樞密院の會議に出席致して居りまするので、私から一言政府の所信を申上げて置いて呉れと云ふことであります、只今此の決議の御趣旨を拝聽致しまして、此の官紀肅正の問題が斯くも諸君の御配慮を煩しましたことを考へまして、誠に恐懼の至りに堪へませぬ、元來官公吏と云ふものは國家の公務に奉仕することを一身の誇りとし、民間の事業に從事する者に比すれば、極めて薄い給與に甘んじて、孜々として其の自己の職務に專心忠實を勵んだものであります、然るに過半の戰時中、只今丁度橋本伯爵が申された如く、統制經濟の實行上、官公吏の裁量、權限が著しく擴大せられました頃から、方々の官公廳に涜職と云ふ問題が色々の所から聞えるに至つたのである、さう云ふ事件が續發したと云ふ噂が高くなつて來たのであります、殊に終戰以來是は生活難に追はれて居ると云ふ事情もあるのでありませうが、兎に角面白くない噂、之が續々現はれて居る、其の噂が高くなつて居る、從來と雖も間々斯かる涜職事件に依つて或は懲戒處分に付せられ、或は刑律の違反の責任を糺されたこともあつたのでありまするが、近頃に至りましては、さう云つたやうな問題は單に例外ではなくして、餘程廣く行はれて居ると云ふやうな噂があるのであります、私は其の噂がどの程度迄事實であるかと云ふことを、正確であるかと云ふことを確めて見たのではありませぬけれども、今日國家が正に浮沈の分れむとするやうな重大な時期に於て、官公吏の間に斯る噂が高いと云ふことだけでも、是は容易ならざる事態であると、私は痛感致して居るのであります、(拍手)此の事態に對しましては、どうしても是は黙つて置くことは出來ないものだらうと私は考へて居ります、(拍手)從ひまして從來政府は何囘となしに斯う云ふやうな行爲を戒飭する訓令を出したのでありますが、不幸にして斯る涜職事件、芳しくない事件が續出致して、此の政府の訓令も其の效を奏しないと云ふことに至りましては、最早我々は、此の儘で臭いものに蓋をして置く譯には行かない、事態に依つては斷然涙を振つて其の罪を糺す、行政上又は刑事上の處分に訴へなければならない、其の外ないに至つたものと考へて居ります、今日此の決議の御趣旨は十分我々も重きを置きまして、何とかして其の目的が達せられまするやう、官公吏の斯う云つたやうな噂の跡を絶やして、さうして其の信用を囘復し、以て國民の期待に副ふことが出來まするやうに、我我は及ぶ限り、是から努力する決心で居ります、(拍手)
〔國務大臣一松定吉君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=36
-
037・一松定吉
○國務大臣(一松定吉君) 只今橋本伯爵の官公吏の綱紀肅正に關しまする御決議案、竝に慶松議員の之に御贊成の御意見を拜聽致しまして、私は只今感激に燃えて居ります、此の際過般御報告申上げました事柄の中で、浦賀附近に於ける倉庫内に發生致しました事柄が明かになりましたので、此の點を御報告を申上げ、續きまして三福事件竝に囘線統制本部事件に關しまして、其の後の事實に付て御報告を申上げます、去る十一日當院本會議に於ける大河内子爵の御質問に對しまする私の答辯の中、浦賀附近の遞信省倉庫内より元海軍省所管の放出物資を搬出したる事實に關しまして、其の後事の眞相が明かになりましたので、茲に御報告を申上げます、私が現地視察の際目撃したる二臺のトラックに依る通信器材の搬出は、其の後調査の結果、東京、神奈川地區軍政局經濟部の係官の命令に依りまして、大藏省東京財務局員島田某が賠償物資の對象として遞信當局保管の倉庫の中から電動、發電機類等を、指定せられたる所の久里濱に於ける賠償物資集積倉庫内に移管したものであることが明かになりました、此のことは聯合軍司令部當局に依り確認せられ、不正搬出でなかつたことが判明致したのであります、此の品物は神奈川地區、軍政局經濟部の既に米國に歸られました將官が、此の品物は遞信省に移管するから、急速に、それぞれ遞信倉庫内に運べと云ふ命令を受けて運んだ品物であります、然るに其の後只今の命令に依りまして、久里濱の賠償物資集積倉庫に移されたのであります、でありますから、私の立場と致しましては、曩に遞信省が受領したことが、遞信省内に拂下げられたものであるのか、或は其の拂下が間違であると云ふことで、今囘之を撤收したのであるか、其の邊が十分に判明致さないのであります、此の點に關しましては、詳細此の軍政部の方に交渉致しましたが、既に曩にアメリカに歸つて居られまする方に對しまして、それ等の事實を確める餘地はありませぬ、故に今囘の命令に依つて其の品物を持ち歸られたことに付ては、其の係官が果して斯くの如き權限ありや否やと云ふことを此の軍政部の方に紹介を致しました處が、それはさう云ふ權限を以て今囘搬出したのであると云ふ答辯を得ましたから、是以上追及の途はありませぬ、故に私は兎に角軍政局經濟部の係官の命令に依つて搬出せられたと云ふことが明かになりますれば、其の搬出以前に遞信省に提供せられましたものが正しいのであるか、今囘の搬出が正しいのであるかと云こと迄只今では明かにする手配がなくなつたのでありますが、是以上それ等の點に付きまして色々取調をすると云ふことは如何であらうと思ふので、只今控へて居るのでございます、又其の當時遞信當局の現地の係官が、私に對しまして該倉庫立入禁止の旨を申出でましたのは、該倉庫所在の地域が進駐軍の必要に依り、立入禁止地域に指定せられて居つたばかりでなく、進駐軍に依る同地域の警備が嚴重に行はれて居りましたので、部下が私の身を案じて注意を喚起した爲であつたと云ふことが明かになりました、右放出物資を格納してありまする全國の遞信省所管の倉庫内に於ける器材の整理に付きましては、大部分の倉庫は整理が完了して居ますが、器材の全體の量が厖大でありまする爲め、未だに一部の倉庫に於ては整理が十分に行はれて居ないことは誠に遺憾であります、併し係員は其の後全力を擧げて整理に努力致して居りますから、今月中には整理を完了する豫定であります、是等の點を御報告を申上げます、次に只今問題となつて居りまする三福事件及び囘線統制本部の事件に關しましては、本月五日是等の關係の課長、係長などが私の室に參りまして、遞信大臣に對する信頼は今日限りなくなつたから、宜しく善處すべしと言ふて、何等のことも言はずして退出致しました、其の行動に關しましては、私は甚だ遺憾に思つて居つたのであります、處が、去る十七日、是等の全員の人々が私の部屋を訪ねまして、五日の行動は誠に相濟まなかつた、我々の態度に對しましては、深く陳謝の意を表し、今後大臣に向つての信頼を以前に増して置くことになりましたから、どうか一つ今後は我々に對して十分なる御理解を以て我々を指導鞭撻して戴けば、我々も今迄の心を入れ替へて、國家の爲に貢獻を致すと云ふことを御誓ひ申します、それに付ては一つ御願がある、それは今迄の會計法規其の他の法律等に於て、我々が思ふ存分の仕事の出來ないやうな法規がある、例へば物の値段が非常に騰つたに拘らず、是等の物を購入するに付て、法律の範圍内でしなければならぬと云ふことの爲に、物資の入手が困難であると云ふやうな場合がある、或は出張其の他に於て、今日與へられるだけの費用では、十分に之を賄ふことの出來ないやうな事柄もある、或は居殘料其の他に付て、官から與へられて居るものだけでは、十分と云ふことではなくても、僅かに自分の飢えを凌ぐだけのことも出來ないやうな状況にある、是等の點は、出來得べき限り急速に、遞信大臣の力に於て、法律を改廢すべきものは改廢し、新に規定すべきものは規定して、我々の仕事が出來るやうにして貰ひたい、之に一つ努力を願ひたい、其の次には三福問題、囘線統制本部問題に付ては、急速に其の事實の調査を完了して、責任の所在を明かにして貰ひたい、二課長の休職處分は、出來得べき限り之を急速に復職せしめて貰ひたい、斯樣な申出があつたのでございます、私は是等の從業員諸君が曩の態度を改め、さうして國家の爲に再び奉公の誠を盡すと云ふ誠意を認められるならば、それ等の行動に付ては、餘り嚴格に之に向つて斷を下すと云ふことは、是は考へなければならぬことである、故に將來は御互ひが肝膽相照して、誤解のないやうにして、國家の爲に働かうではないか、君方の今の申出に付ては諒とする、又三福問題、囘線統制本部問題は、只今調査中であるからして、此の調査の完了次第、責任の所在を明かにする積りである、二課長の復職は、それは二課長が態度を改めて、さうして再び國家の爲に奉公の誠を盡すと云ふ事實が客觀的に認められるやうな時期が到來したならば、然るべく處理する積りであるから、それは自分に任して呉れよと云ふ申出をしました處が、それを諒と致しまして、さうして喜んで私の部屋を出たのであります、爾來是等の諸君は非常に其の前非を悔いまして、只今一生懸命に働きつつありまするから、此のことを御報告申上げます、それから慶松議員の遞信大臣は是等の者に對して餘り寛容の態度を以て臨んではいけない、斷乎としてやるべきものはやらなければいけない、斯う云ふ御意見でございましたが、それは私尤もであるとの感じを深く致して居ります、併しながら自分の部下がやつたことに、どうも法律上少しく是は何とか考へてやつたらば、斯くの如きことにはならなかつたのではなからうか、或は監督官がもう少し意を用ひたらば、彼等は斯くの如き誤りを生ぜしめないで濟んだのではなからうかと思はれますやうな事柄に付きましては、出來得べき限り寛容の態度を執つて、さうしてそれ等の者に對しての誤りを正すことに、少しも躊躇することなからしめ、心から改めて、國家の爲に貢獻すると云ふ態度に出たならば、法律の許す限りに於て、官紀の許す範圍内に於て、寛容の態度を以て臨んで、さうして國家の爲に働いて貰ふと云ふことが、上司として私は正しい考であると思ふのでございますから、御示しの如く、計畫的なもの、惡質的なもの、或は徒黨を組んで上司の正しき行動を阻碍すると云ふが如きものは、斷じて之を看過する所はありませぬが、今申上げまするやうな善良な官吏が誤つて罪を犯し、誤つて事を仕損じたと云ふ時には、相當の同情心を以て臨みたい、斯樣の考を持つて居るのでございます、三福問題竝に囘線問題に對しましての調査は、近日之を終ることでありませうから、其の時には責任を明かに致しまして、國民の此の處置に對しましての疑惑を解きたいと考へて居ります、之を以ちまして御報告旁旁申上げます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=37
-
038・小山完吾
○小山完吾君 只今遞信大臣の御發言に對しまして、尚私は申上げたいことがあるのでございますけれども、もう既に時間がありませぬから‥‥、併し此の問題は、是だけの重大なことになつて居る事件に付て、只今の遞信大臣としての答辯だけで打ち切るのは私は餘り物足りないと考へます、從つて少く共是等の事件に付て、もう少し私は意見を述べたいと思ひまするから、適當の時機に於て其の時間を與へて戴きたいと云ふことを申上げて置きます
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=38
-
039・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 昨十八日、市來乙彦君より、病氣に付会計檢査院法を改正する法律案外一件の特別委員辭任の申出がございました、許可を致して御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=39
-
040・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、就きましては、其の補闕として長世吉君を指名致します、午後二時迄休憩を致します
午後零時四十八分休憩
――――◇―――――
午後二時十八分開議発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=40
-
041・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 休憩前に引續き會議を開きます、日程第三、昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、石橋大藏大臣発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=41
-
042・会議録情報5
━━━━━━━━━━━━━
昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案
右の政府提出案は本院において可決した、因つて議院法第五十四條により送付する
昭和二十二年三月十八日
衆議院議長 山崎 猛
貴族院議長公爵徳川家正殿
━━━━━━━━━━━━━
昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案
昭和十四年法律第七十八号を次のように改正する。
第一條 社寺上地、地租改正、寄附(地方公共團体からの寄附については、これに実質上負担を生ぜしめなかつたものに限る。)又は寄附金による購入(地方公共團体からの寄附金については、これに実質上負担を生ぜしめなかつたものに限る。)によつて國有となつた國有財産で、この法律施行の際、現に神社、寺院又は教会(以下社寺等という。)に対し、國有財産法によつて無償で貸し付けてあるもの、又は國有林野法によつて保管させてあるもののうち、その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは、その社寺等において、この法律施行後一年内に申請をしたときは、社寺境内地処分審査会又は社寺保管林処分審査会に諮問して、主務大臣が、これをその社寺等に讓與することができる。
社寺境内地処分審査会及び社寺保管林処分審査会に関する規程は、勅令でこれを定める。
第二條 この法律施行の際、現に國有財産法によつて社寺等に無償で貸し付けてある國有財産で、前條第一項の規定による讓與をしないもののうち、その社寺等の宗教活動を行うのに必要なものは、同條同項の申請をしたものについては、讓與をしないことの決定通知を受けた日から、六箇月内に、その他のものについては、この法律施行の日から、一年内に、申請をしたときは、社寺境内地処分審査会に諮問して、主務大臣は、時價の半額で、隨意契約によつて、これをその社寺等に賣り拂うことができる。
前條第一項に規定する行政処分について、訴願をした者は、前項の期間満了後も、その裁決書を受領した日から、なお三箇月内に、前項の賣拂の申請をすることができる。
第三條 第一條第一項又は前條第一項の規定によつて、讓與又は賣拂をする國有財産の範囲は、勅令でこれを定める。
第四條 第一條第一項又は第二條第一項の規定によつて、讓與又は賣拂することができる國有財産(以下從前の土地という。)が、その讓與又は賣拂前に、耕地整理法による耕地整理又は都市計画法若しくは特別都市計画法による土地区画整理の施行地区に編入せられた場合において、その從前の土地に係る換地処分に関して、國が清算金の交付又は補償金の支拂を受ける場合は、主務大臣は、從前の土地にあつた社寺等が、換地処分の告示のあつた時から、一年内に、申請をしたときは、第一條第一項に規定する從前の土地に係る精算金又は補償金については、その金額に相当する債権を、第二條第一項に規定する從前の土地に係る清算金又は補償金については、その金額の半額に相当する債権をその社寺等に讓渡することができる。
國が耕地整理法、都市計画法又は特別都市計画法の規定によつて、費用を負担せしめられる場合又は從前の土地に係る換地処分に関して、國が清算金を徴收せられる場合は、第一條第一項に規定する從前の土地に係る負担金又は清算金については、その金額に相当する債務を、第二條第一項に規定する從前の土地に係る負担金又は清算金については、その金額の年額に相当する債務をその社寺等に負担せしめる。
第五條 從前の土地が、その讓與又は賣拂前に、耕地整理法による耕地整理又は都市計画法若しくは特別都市計画法による土地区画整理の施行地区に編入せられた場合において、從前の土地にあつた社寺等が、その交付せられた換地以外の土地に移轉する必要のあるときは、主務大臣は、その社寺等が、換地処分の告示のあつた時から、一年内に、申請をしたときは、その社寺等に対し、第一條第一項に規定する從前の土地の換地及び從前の土地に定著する國有物件については、讓與を、第二條第一項に規定する從前の土地の換地及び從前の土地に定著する國有物件については、時價の半額で、賣拂をすることができる。
前項の規定によつて讓與又は賣拂をする場合には、社寺境内地処分審査会又は社寺保管林処分審査会に諮問しなければならない。
第六條 この法律に規定する行政処分に対して、不服のある者は、訴願をすることができる。
前項の訴願を裁決する場合には、社寺境内地処分審査会又は社寺保管林処分審査会に諮問しなければならない。
第七條 第二條第一項及び第五條第一項の規定による賣拂代金については、命令の定めるところによつて、十年内の年賦延納又は土地による代物弁済を認めることができる。
附 則
第八條 この法律の施行期日は、勅令でこれを定める。
第九條 國有財産法の一部を次のように改正する。
第五條第三号を削る。
第二十四條 削除
第十條 この法律施行前に、神社、寺院、教会又は佛堂の合併によつて、その用に供しなくなつた國有財産で、その神社、寺院、教会又は佛堂が、この法律施行の日までに、讓與を申請したものについては、その神社、寺院又は教会の宗教活動を行うのに必要なものに限り、前條の規定にかかわらず、國有財産法第五條第三号の規定は、なおその効力を有する。
前項の規定によつて、讓與をする場合には、社寺境内地処分審査会に諮問しなければならない。
第一條第一項、第二條第一項又は第五條第一項の規定によつて、讓與又は賣拂をすることに決定したものについては、國有財産法第二十四條の規定は、前條の規定にかかわらず、その讓與又は賣拂の日まで、なおその効力を有する。
第十一條 國有林野法の一部を次のように改正する。
第三條第三項を削る。
第十七條 削除
第十二條 神社又は寺院の植栽した森林は、その神社又は寺院において、この法律施行後六箇月内に申請をしたときは、主務大臣が、森林の管理経営上特に必要があると認定したものに限り、この法律施行の日から、國有林野法の規定による部分林を設けたものとする。
第十三條 從前の社寺保管林で、第一條の規定によつて、神社又は寺院に讓與し、又は前條の規定によつて、部分林とするもの以外のものについては、その神社又は寺院が費した有益費は勅令の定めるところによつて、これを補償する。
前項の規定によつて、補償をする場合には、社寺保管林処分審査会に諮問しなければならない。
第十四條 この法律施行の際、現に社寺等に無償で貸し付けてある皇室財産令の規定による御料に属する土地が、國有財産法の規定による雜種財産となつたときは、その時から、この法律を適用する。但し、第一條第一項中「地方公共團体からの」とあるのは、「國又は地方公共團体からの」と、「國有となつた」とあるのは、「御料となつた」と讀み替えるものとする。
前項の雜種財産で第一條第一項、第二條第一項又は第五條第一項の規定によつて、讓與又は賣拂をすることに決定したものについては、雜種財産となつた日から、その讓與又は賣拂の日まで、その社寺等に無償で貸し付けたものとみなす。
━━━━━━━━━━━━━
〔國務大臣石橋湛山君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=42
-
043・石橋湛山
○國務大臣(石橋湛山君) 只今議題になりました昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案の提案の理由を御説明申上げます、現在神社、寺院等に對しましては、御承知の通り、國有財産法、國有林野法、又は「寺院等ニ無償ニテ貸付シアル國有財産ノ處分ニ關スル法律」等の規定に依りまして、國有境内地を無償で貸付け、又は社寺上地の森林を社寺保管林として使用收益せしめ、若しくは國有境内地の讓與、賣拂等に關して特別の規定を設けて居るのであります、是は一面に於きましては、是等の國有財産は、元來社寺等の所有でありましたものが、明治の初年に行はれました地租改正の必要に伴ふ土地の官民有區分の査定、或は社寺上地處分等に依りまして、國有と相成つたと云ふ關係もございますし、又他面に於きましては、宗教團體を保護し、其の教化作用を十分に遂げさせようと云ふ趣旨から斯樣なことに相成つて居つたのであります、處が、此の際日本國憲法の施行に伴ひまして、斯樣な沿革的な財産上の特殊關係を整理致さなければならぬ必要が起つた譯であります、就きましては、是等の社寺境内地又は社寺保管林が國の所有となりました沿革をも考へまして、此の際之を社寺等に對し、一定の條件の下に讓與又は時價の半額賣拂等を致しまして、從來の特殊關係を茲に整理致さうとする次第であります、以上の理由で此の改正法律案を提出致しました次第でありますので、何卒御審議の上速かに御協贊下さらむことを御願ひ致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=43
-
044・戸澤正己
○子爵戸澤正己君 只今議題となりました昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案の特別委員の數を十五名とし、其の委員の指名を議長に一任することの動議を提出致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=44
-
045・今城定政
○子爵今城定政君 贊成発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=45
-
046・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 戸澤子爵の動議に御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=46
-
047・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、特別委員の氏名を朗讀致させます
〔小野寺書記官朗讀〕
昭和十四年法律第七十八号を改正する法律案特別委員
侯爵 嵯峨實勝君 侯爵 久我通顯君
伯爵 清閑寺良貞君 子爵 松平乘統君
子爵 梅渓通虎君 子爵 錦小路頼孝君
白澤保美君 あね崎正治君
男爵 高崎弓彦君 男爵 尚琳君
男爵 中村徹雄君 松尾國松君
齋藤万壽雄君 杉山茂君
瀬川彌右衞門君
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=47
-
048・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 小山完吾君より、本日休憩前の會議に於ける遞信大臣の報告に對し質疑の通告がございましたから、此の際許可致します、小山完吾君
〔小山完吾君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=48
-
049・小山完吾
○小山完吾君 午前の會議に於きまして、一松遞信大臣より御發言がありまして、過日の遞信省内に於ける問題に付て御説明がありました、之に付て私は重ねて少しく伺つて置きたいことが二點ばかりありますので、以下申述べたいと存じます、前以て申上げて一松遞信大臣の御了解を得て置かなければならぬことは、私の質問は決して個人的意圖に依つて動いた質問ではありませぬ、私は内閣諸公と共に日本再建の爲に苦心致す一人でありまして、何とかして此の再建事業を協力して、一日も早く日本の更生を完成致したいと念願して已まないものであります、從つて是より申しまする質問が、或は御都合の惡い點があるかも知れませぬが、それは國家の爲、私の質問の趣意を御了承ありたいと存じます、先般の遞信大臣の御發表と云ふものは、實に重大な御發表でありまして、日本の議會の歴史に於て、又恐らく世界の議會の歴史に於ても、當局大臣の口から議會の演壇に於てあれ程の重大な發表、行政内部の腐敗の醜事實を暴露せられたことがあつたかないか、私は實に容易ならざる事件と考へました、私が一人考へたのみならず、恐らく滿場の我が同僚諸君も御感じになつた其の結果として、今日午前に於けるが如き緊急動議として、官紀振肅の議案が滿場一致を以て通過せられたものであると私は心得ます、從つて一松遞信大臣の責任は頗る大と私は思ひます、然る處、午前の御説明に依りますると云ふと、何だか先づ自分が放火して置いて、さうして真の放火を今度は恬然として掻消すと云ふことを努力して居られるやうな感じを我々に與へました、是は容易ならざる疑惑を我々の頭に投げたもので、一松遞信大臣としては、根抵から之を一掃するの必要ありと私は考へる、私の問はむとする所は、遞信大臣と下僚の人々と意見を異にして、辭職するとか不信任をしたとか、そんな瑣末な問題が、此の議會の問題になつたものとは考へませぬ、從つてそんな事柄に付て、上下兩者の間に於て如何なる協定があらうとも、それは我々の關する所に非ず、それは一松大臣の或は重大の問題であるかも知らぬけれども、國家の上から見れば、そんな問題は大した問題ぢやない、問題は日本の行政官府に於て、許すべからざる所の醜行が行はれ、許すべからざる所の官紀紊亂が行はれてあると云ふことでなければならない、それはどうかと云ふ問題である、午前の御説明に依りますると云ふと、辭職を撤囘して圓滿に濟んだと言ふ、それは一松遞信大臣と下僚との私の關係が濟んだと云ふだけのことである、國家の公の機關としては問題は終局して居りませぬ、一體此の不正事實の本體はどうなつて居るのであるか、一松遞信大臣自らの過般の議會に於ける御説明に依れば、三福問題其の他に付ては、時の内務大臣に話して、之を徹底的に調べて貰ふと云ふことを要請したと云ふことを言はれて居るが、一體其の徹底的に調べた結果はどうなつたのか、若し之を徹底的に調べるならば、罪人は出るに相違ない、罪人は出たのか、罪人が出ないと云ふならば、罪はなかつたのか、是が國家の問題である、一松大臣のプライヴエートな取引の材料ではない、是は我々議會としては、どうしても追究しなければならぬ問題である、此の點に付て一松遞信大臣の御説明を承りたい、次に承りたいことは浦賀の事件である、浦賀の事件は、門前に於ける所のトラックの一二臺の事實が重大ではない、一松遞信大臣の統制監督の上に於ける一つの行き違ひの事實に過ぎない、問題は終戰當時既に日本に交付されたる所の數億の資材が、今の帳面にも載つて居らず、整理も付いて居らず、さうして當局の大臣が行つて見ても直ぐに分らぬやうな混亂状態になつて居たと云ふことは、是は重大である、遞信大臣は親心を以て部下を統率すると云ふことに重きを置かれて居るが、それはあなたの唯職務遂行上の便利に過ぎない、苟くも國務大臣と云ふものは、國家の信任を以て、殊に民主政治の下に於ては議會の信任を擔い、國民の信任を擔つて、國家の爲にヂヤステイスを行ひ、正義行動を維持すると云ふのが、あなたの任務でなくちやならない、して見ると云ふと、既に終戰一年半にもなつて居るのに、數億の資材が帳面にも載つて居らない、當局大臣が行つても直ぐ分らなかつたと云ふやうなことが、茲に現にあるに拘らず、是以上は追究は致しませぬと云ふ御言葉は、私は聞へないと思ふ、一日も早く此の事態の眞相を明かにすると云ふことが、あなたの責任ではありませぬか、如何に終戰の日本の今日に於て人手が不足するとか何とか云ふことがありと致しましても、我が帝國議會は終戰以來、此の困難の間から、經費の一文たりとも儉約し吝んだためしはない、大藏大臣の要求する豫算に對しては常に即決の勢を以て之に同意をして居るのであります、何故遞信省に人が足りなければ其の人を殖やして、さうして此の資材のありかをちやんとはつきりして、何時でも説明の出來るやうにして置かないかと云ふことである、是は恐らく一松遞信大臣が御就任になる前からの紊亂の事實であつたと思ふから、私は獨り一松遞信大臣を責むる心持はありませぬが、唯一松遞信大臣の述べられる所に何となく之をプライベートの、自分の一身對下僚と云ふ風な御心持を以て御説明になつて居りまするが、私は其の點が甚だ得心が行かない、既に一年半も終つて、さうして數億の資材が帳簿にも載つて居らぬとか、混亂状態にあると云ふならば、是はあなたの御就任になつてから既に數箇月になるのですから、一日も放つて置けないと言つて、是はもう直ちに明かにする責任が私にありますると云ふことを言はれてこそ、我々はあなたに全幅の信任を與へるのです、又私は既に前囘に於て滿幅の信頼をあなたに捧げて居るのであります、今日の御發表に依つて、私はあんな發表なら信任状を取り返さなければならぬと心配致して居るのであります、重ねて申上げますが、是はあなた御一身を御責め致す爲に私は此の發言を致すのではありませぬ、日本の更生、日本の再建の爲に、先づ綱紀を振肅して、政府の權力に全權委任状を送つて、さうして國民の爲に御奮鬪を願ひたいと云ふ積りから、之だけのことを御質問申上げるのでありまするから、以上二點に付て明白に御答辯をどうか願ひたいと思ひます(拍手)
〔國務大臣一松定吉君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=49
-
050・一松定吉
○國務大臣(一松定吉君) 小山議員の只今の御質問に對して御答を申上げます、私が午前中に、浦賀附近の遞信省倉庫内から放出物資を搬出して居つたことに關して、其の後判明した事實を御報告を申上げ、尚それに附加へまして三福問題、囘線統制本部問題の其の後の處置に關して大體の私の所信を申上げたことに關して、非常に御熱心なる御質問がありましたので、其の點は私の申上げることが十分に徹底しなかつた爲であらうと考へまするから、只今の御質問に對しまして出來るだけ詳細に御答へを申上げまして、御了解を得たいのであります、三福問題竝に囘線統制本部問題及び浦賀の軍需物資放出問題に關しまする私の先囘當會議場に於ける發表は、事實を事實として其の儘に御報告申上げたことでありまして、殊更に事實を誇大にし、若しくは事柄を殊更に縮小する爲に申上げたのではございませぬ、故に其の申上げたことが非常に責任が重大であると云ふことであれば、何時でも其の責任を私は自分が負ふのである、唯問題は斯くの如き事柄に對して、自分が極く隱密裡に調査をして、成るたけ從業員を騷がせず、又國家を騷がせずして、事實の眞相を掴み、其の結果に於て成るたけ犧牲者を少くすると同時に、綱紀肅正の實がより多く擧がるやうにと云ふ考を以てやつて居つた時に、斯くの如き課長竝に係長の諸君が私に辭職を要求したと云ふ其のことに關して、それ等の點を明かに御報告を申上げたのであります、本日午前中の浦賀の此の問題に於て私が事實を申上げましたのは、何も自分の放火した其の火を消し止めると云ふやうな趣旨ではございませぬ、過般報告申上げたこと、其の後に判明したことが斯樣なことであつたのだ、之を申上げたのでありまして、過般私の申上げたことは、あの當時に於てはあの通りの信念であつた、又私は今日然らば此の放出物資をトラック二臺に持出したことが、是は神樣から見れば或は正しいのか正しくないのか分りませうけれども、私自身としてはまだ釋然としては居りませぬ、釋然として居りませぬけれども、既に關係方面に於てアメリカに歸つた人の處置、今囘搬出することに關與した人の處置、どちらが正しいかと云ふ點を是以上に明かにしやうとするならば、雙方話合の上に立會調査と云ふやうなことでもして、さうして前の人の處分が正しいのか、後の人の處分が正しいのかと云ふやうなことの、是非曲直を爭はなければならぬやうに思ふ、併しそれは遞信省の役人や若しくば政府の役人の善惡曲直を判斷するに非ずして、進駐軍方面の人々のやつたことに付て宜いか惡いかと云ふ、問題が向ふに轉嫁するのであるから、是以上私は調査をすると云ふことは差控へた方が宜しい、斯樣に申上げたのであります、で、其の點は一つ惡しからず御了承を賜りたいのであります、それから課長、係員諸君が私に對して陳謝をして、自肅自戒してさうして國家の爲に一生懸命にやりますと言ふ此の態度は、所謂綱紀肅正の實の一端の擧つたものであると私は認める、是は私事ぢやない、此の態度は‥‥さう云ふやうな態度に出たと云ふことが非常に私は喜ばしいのであつて、之に依つて綱紀の肅正が幾分でも是正されたと云ふことであれば、其の目的を達成したのであると云ふことを私は御報告したのであつて、私と部課長との間が折合が附いたからそれで宜いとか云ふやうなことは、それはあなたの仰しやる通り私事でございませう、さうぢやない、さう云ふやうに態度を改められたと云ふことに依つて、遞信行政と云ふものが圓滿に進捗することになつたことそれ自體が、國家の爲に慶祝すべきことであると申上げたのでございますから、其の點はどうぞ御了承を賜りたいのであります、次に然らば此の不正の事實如何になりたりやと云ふ御質問でございますが、三福事件は只今東京檢事局に於て取調中でございます、其の取調が濟みませねば、私は今之に對してどう云ふやうな斷を下すべきかと云ふことは、まだ判然と申上げる機會に到達致しませぬから、申上げなかつたのであります、併しながら私の聞く所に依りますると、此の前本會議で申上げましたやうに、金時計を貰つたとか、金を二千圓貰つたとか云ふことは、職務に關係ないが故に、是は涜職罪を構成しない、併しながら官吏の服務紀律から言へば、それは看過すべからざることであるが故に、此の點に付ては今自分は考へて居ると云ふことを申上げました、局長の氏名を使ひ、判を押したと云ふ點に付きましては、果して局長が其の權限を與へたのであるか、與へなかつたのであるか、局長が權限を與へたと云ふならば、其の氏名を使ひ、官印を使つたと云ふことは、官文書僞造行使と云ふことにはなりませぬ、又局長の知らない中にさう云ふことをしたと云ふことであれば、それは勿論責任があるのでありまするから、それ等の點は只今檢事局で取調中でありますから、私は其の結果に付て何も申上げなかつたのであります、是は結果の判明次第に適當な處置を執る、斯う云ふやうな決心を持つて居るのでござりまするから、此の點は惡しからず御了承を賜りたいのであります、それから浦賀の倉庫の放出物資の點でございますが、是は先刻も申上げましたやうに、其の當時アメリカに歸られた係官が私の方に引繼いだので、引繼いだのでありまするから、私の方はちやんと引繼を受けて、さうして其の品目表を拵へて其の當時之に關與して居りました神奈川縣廳にそれだけのものは出して置いたのであります、處が、先刻申しましたやうに、是はお前の方に引繼いだのではないのだから取りに來た、斯う云ふ要求があつた、併しそれはいけませぬ、直ちに渡す譯には行きませぬ、いや引渡したのではないのだから持つて行くのだ、斯う云ふことで持つて行かれた、それではどうも困るのではないかと云ふのが私の考です、故に其の事實を明かにしなければならぬと言ふて、言ふて聽かして居つたけれども、過般當議會に於て私が申上げる迄には其の點が明かになつて居なかつたのであります、それが其の後に於て關係方面と折衝の結果本日御報告申上げた程度に分つたのでありますから、其の點を申上げたのであります、此の倉庫にございます物資が非常に厖大でありまして、それが十分の整理が出來て居ない、帳簿に書いてあるものが品物がない、帳簿には書いてないけれども品物がある、或は品物を引渡したけれども代金は其の儘半年も受入になつて居らぬ、或は品物を渡す時に金を定めずして渡して後に價格を定めて勘定をしたと云ふ事實のあることは、此の前申上げた通りでありまして、其の事實は今日に於て少しも消えて居りませぬ、それ等の點に付ては只今取調中なんです、故に取調の結果に依りましては、其の責任を明かにすると申上げたので、それを此の儘に私が放任するとか、或は揉み消すと云ふやうな考は少しもございませぬ、一體一年以上になる品物が今に帳面に記載することが出來ないとか、整理が出來ないぢやないかと云ふことでありまするが、其の點も此の前申上げました、私が昨年の七月一日に遞信大臣に就任後斯くの如き事實の報告は私になかつたので、其のことを私が知りましたのは過般申上げました時に、或方が私に話をして呉れて、さう云ふことで驚きまして、資材局長を呼んで聽きました處が、今申上げたやうなことが判明したのであります、それならば一つ實地を見やうと云ふのが、私が浦賀方面に出張をした理由なんであります、見た結果は過般申上げましたやうに、整頓されて居る場所もあるが、整頓されて居ない場所もある、又箱の中に詰めた儘に釘著けになつて居る物があるが、其の中には何が入つて居るかと云ふことは大概の見當はつくけれども、果してどう云ふ物があり、其の箇數如何と云ふことの調査は十分出來て居ない、是ではいけない、何とか急にしなければならぬと云ふことで以て全國の係官を本省に招集致しまして、三日間に亙つてそれ等のことに付て會議をして、私の思ふ所を述べて、少くとも斯う云ふやうな不正事があつてはいけない、人が足りなければ人を殖やし、之を整理して呉れよ、さうして世間の疑惑を一掃して貰ふやうにしなければならぬと云ふことを十分に言ひ聽かせまして、係官は任地に歸つて今精々さう云ふ點に付て努力して居るのであります、故に恐らく今月中にそれ等のことは整理が付きませう、さう云ふことを先刻申上げたのでございまして、何も人を殖やさぬで其の儘にして居ると云ふのぢやありませぬ、人が足りなければ人を殖やしてやれ、斯う云ふことを命じて、今さう云ふ方面に向つて努力しつつあるのでありますから、是等のことを此の議場に於て暴露して、日本政府始つて以來の斯くの如き重大發言をした其の責任は私が負ひます、在りの儘の事實を議會に報告して、議會の議員の御質問に對し御報告をし、其の事實に對して私は何も疚しい所なく、正正堂々と所信を斷行する決意を持つて今日居るのでありますから、責任を負ふべきことは當然責任を負ひますが、是等に付きましては、官紀、綱紀の肅正の上に於て皆さんの御協力を御願ひし、御援助を御願ひすると云ふのが私の御願ひする全部でございます、殊に小山議員は先年私が遞信大臣に就任致しました當時にも非常に有難い言葉を私に與へて戴きまして、私は感奮興起して肅正の實を擧ぐべく努力して居るのであります、只今の私に對する御質問に對しましては、一層私は自分の職責の重大なることを痛感致しまして、職務の爲に一路邁進致しまする決意を新たにしますから、此の點を以ちまして御了承を賜りたいのでございます発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=50
-
051・小山完吾
○小山完吾君 只今の御説明に依つて、午前の少し分り兼ねた點が更にはつきり致したやうでありますから、是で此の儘打切りますが、ちよつと數言申上げて置きます、どうぞ其の御決心を以て官紀、綱紀の肅正の爲に御努力あらむことを御願ひ致します
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=51
-
052・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 日程第四、裁判所法案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、木村司法大臣発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=52
-
053・会議録情報6
━━━━━━━━━━━━━
裁判所法案
右の政府提出案は本院において可決した、因つて議院法第五十四條により送付する
昭和二十二年三月十八日
衆議院議長 山崎 猛
貴族院議長公爵徳川家正殿
…………………………………
裁判所法案
裁判所法目次
第一編 総則
第二編 最高裁判所
第三編 下級裁判所
第一章 高等裁判所
第二章 地方裁判所
第三章 簡易裁判所
第四編 裁判所の職員及び司法修習生
第一章 裁判官
第二章 裁判官以外の裁判所の職員
第三章 司法修習生
第五編 裁判事務の取扱
第一章 法廷
第二章 裁判所の用語
第三章 裁判の評議
第四章 裁判所の共助
第六編 司法行政
第七編 裁判所の経費
裁判所法
第一編 総則
第一條 (この法律の趣旨) 日本國憲法に定める最高裁判所及び下級裁判所については、この法律の定めるところによる。
第二條 (下級裁判所) 下級裁判所は、高等裁判所、地方裁判所及び簡易裁判所とする。
下級裁判所の設立、廃止及び管轄区域は、別に法律でこれを定める。
第三條 (裁判所の権限) 裁判所は、日本國憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の爭訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
前項の規定は、行政機関が前審として審判することを防げない。
この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。
第四條 (上級審の裁判の拘束力) 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。
第五條 (裁判官) 最高裁判所の裁判官は、その長たる裁判官を最高裁判所長官とし、その他の裁判官を最高裁判所判事とする。
下級裁判所の裁判官は、高等裁判所の長たる裁判官を高等裁判所長官とし、その他の裁判官を判事、判事補及び簡易裁判所判事とする。
最高裁判所判事の員数は、十四人とし、下級裁判所の裁判官の員数は、別に法律でこれを定める。
第二編 最高裁判所
第六條 (所在地) 最高裁判所は、これを東京都に置く。
第七條 (裁判権) 最高裁判所は、左の事項について裁判権を有する。
一 上告
二 訴訟法において特に定める抗告
第八條 (その他の権限) 最高裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限を有する。
第九條 (大法廷・小法廷) 最高裁判所は、大法廷又は小法廷で審理及び裁判をする。
大法廷は、全員の裁判官の、小法廷は、最高裁判所の定める員数の裁判官の合議体とする。
但し、小法廷の裁判官の員数は、三人以上でなければならない。
各合議体の裁判官のうち一人を裁判長とする。
各合議体では、最高裁判所の定める員数の裁判官が出席すれば、審理及び裁判をすることができる。
第十條 (大法廷及び小法廷の審判) 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。
二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。
三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。
第十一條 (裁判官の意見の表示) 裁判書には、各裁判官の意見を表示しなければならない。
第十二條 (司法行政事務) 最高裁判所が司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議によるものとし、最高裁判所長官が、これを総括する。
裁判官会議は、全員の裁判官でこれを組織し、最高裁判所長官が、その議長となる。
第十三條 (事務局) 最高裁判所の庶務を掌らせるため、最高裁判所に事務局を置く。
第十四條 (司法研修所) 裁判官その他の裁判所の職員の研究及び修養並びに司法修習生の修習に関する事務を取り扱わせるため、最高裁判所に司法研修所を置く。
第三編 下級裁判所
第一章 高等裁判所
第十五條 (構成) 各高等裁判所は、高等裁判所長官及び相應の員数の判事でこれを構成する。
第十六條 (裁判権) 高等裁判所は、左の事項について裁判権を有する。
一 地方裁判所の第一審判決に対する控訴
二 第七條第二号の抗告を除いて、地方裁判所の決定及び命令に対する抗告
三 地方裁判所の第二審判決及び簡易裁判所の第一審判決に対する上告
四 刑法第七十七條乃至第七十九條の罪に係る訴訟の第一審
第十七條 (その他の権限) 高等裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限を有する。
第十八條 (合議制) 高等裁判所は、裁判官の合議体でその事件を取り扱う。但し、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定があるときは、その定に従う。
前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。但し、第十六條第四号の訴訟については、裁判官の員数は、五人とする。
第十九條 (裁判官の職務の代行) 高等裁判所は、裁判事務の取扱上さし迫つた必要があるときは、その管轄区域内の地方裁判所の判事にその高等裁判所の判事の職務を行わせることができる。
第二十條 (司法行政事務) 各高等裁判所が司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議によるものとし、各高等裁判所長官が、これを総括する。
各高等裁判所の裁判官会議は、その全員の裁判官でこれを組識し、各高等裁判所長官が、その議長となる。
第二十一條 (事務局) 各高等裁判所の庶務を掌らせるため、各高等裁判所に事務局を置く。
第二十二條 (支部) 最高裁判所は、高等裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、その高等裁判所の管轄区域内に、高等裁判所の支部を設けることができる。
最高裁判所は、高等裁判所の支部に勤務する裁判官を定める。
第二章 地方裁判所
第二十三條 (構成) 各地方裁判所は、相應な員数の判事及び判事補でこれを構成する。
第二十四條 (裁判権) 地方裁判所は、左の事項について裁判権を有する。
一 第十六條第四号の罪、第三十三條第一項第一号の請求及び罰金以下の刑にあたる罪に係る訴訟以外の訴訟の第一審
二 簡易裁判所の判決に対する控訴
三 第七條第二号の抗告を除いて、簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告
第二十五條 (その他の権限) 地方裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限及び他の法律において裁判所の権限に属するものと定められた事項の中で地方裁判所以外の裁判所の権限に属させていない事項についての権限を有する。
第二十六條 (一人制、合議制) 地方裁判所は、第二項に規定する場合を除いて、一人の裁判官でその事件を取り扱う。
左の事件は、裁判官の合議体でこれを取り扱う。但し、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定があるときは、その定に從う。
一 合議体で審理及び裁判をする旨の決定を合議体でした事件
二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪(刑法第二百三十六條、第二百三十八條又は第二百三十九條の罪及びその未遂罪並びに昭和五年法律第九号第二條又は第三條の罪を除く。)に係る事件
三 簡易裁判所の判決に対する控訴事件並びに簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告事件
四 その他他の法律において合議体で審理及び裁判をすべきものと定められた事件
前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。
第二十七條 (判事補の職権の制限) 判事補は、他の法律に特別の定のある場合を除いて、一人で裁判をすることができない。
判事補は、同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない。
第二十八條 (裁判官の職務の代行) 地方裁判所において裁判事務の取扱上さし迫つた必要があるときは、その所在地を管轄する高等裁判所は、その管轄区域内の他の地方裁判所の裁判官に当該地方裁判所の裁判官の職務を行わせることができる。
第二十九條 (司法行政事務) 最高裁判所は、各地方裁判所の判事のうち一人に各地方裁判所長を命ずる。
各地方裁判所が司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議によるものとし、各地方裁判所長が、これを総括する。
各地方裁判所の裁判官会議は、その全員の判事でこれを組織し、各地方裁判所長が、その議長となる。
第三十條 (事務局) 各地方裁判所の庶務を掌らせるため、各地方裁判所に事務局を置く。
第三十一條 (支部・出張所) 最高裁判所は、地方裁判所の事務の一部を取り扱はせるため、その地方裁判所の管轄区域内に、地方裁判所の支部又は出張所を設けることができる。
最高裁判所は、地方裁判所の支部に勤務する裁判官を定める。
第三章 簡易裁判所
第三十二條 (裁判官) 各簡易裁判所に相應な員数の簡易裁判所判事を置く。
第三十三條 (裁判権) 簡易裁判所は、左の事項について第一審の裁判権を有する。
一 訴訟の目的の價額が五千円を超えない請求(行政処分の取消又は変更の請求を除く。)
二 罰金以下の刑にあたる罪又は選択刑として罰金が定められている罪に係る訴訟
簡易裁判所は、禁錮以上の刑を科することができない。禁錮以上の刑を科するのを相当と認めるときは、訴訟法の定めるところにより事件を地方裁判所に移さなければならない。
第三十四條 (その他の権限) 簡易裁判所は、この法律に定めるものの外、他の法律において特に定める権限を有する。
第三十五條 (一人制) 簡易裁判所は、一人の裁判官でその事件を取り扱う。
第三十六條 (裁判官の職務の代行) 簡易裁判所において裁判事務の取扱上さし迫つた必要があるときは、その所在地を管轄する地方裁判所は、その管轄区域内の他の簡易裁判所の裁判官又はその地方裁判所の判事に当該簡易裁判所の裁判官の職務を行わせることができる。
第三十七條 (司法行政事務) 各簡易裁判所の司法行政事務は、簡易裁判所の裁判官が、一人のときは、その裁判官が、二人以上のときは、最高裁判所の指名する一人の裁判官がこれを掌理する。
第三十八條 (事務の移轉) 簡易裁判所において特別の事情によりその事務を取り扱うことができないときは、その所在地を管轄する地方裁判所は、その管轄区域内の他の簡易裁判所に当該簡易裁判所の事務の全部又は一部を取り扱わせることができる。
第四編 裁判所の職員及び司法修習生
第一章 裁判官
第三十九條 (最高裁判所の裁判官の任免)最高裁判所長官は、内閣の指名に基いて、天皇がこれを任命する。
最高裁判所判事は、内閣でこれを任命する。
最高裁判所判事の任免は、天皇がこれを認証する。
内閣は、第一項の指名又は第二項の任命を行うには、裁判官任命諮問委員会に諮問しなければならない。
裁判官任命諮問委員会に関する規程は、政令でこれを定める。
最高裁判所長官及び最高裁判所判事の任命は、國民の審査に関する法律の定めるところにより國民の審査に付される。
第四十條 (下級裁判所の裁判官の任免)高等裁判所長官、判事、判事補及び簡易裁判所判事は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。
高等裁判所長官の任免は、天皇がこれを認証する。
第一項の裁判官は、その官に任命された日から十年を経過したときは、その任期を終えるものとし、再任されることができる。
第四十一條 (最高裁判所の裁判官の任令資格)最高裁判所の裁判官は、識見の高い、法律の素養のある年齢四十年以上の者の中からこれを任命し、そのうち少くとも十人は、十年以上第一号及び第二号に掲げる職の一若しくは二に在つた者又は左の各号に掲げる職の一若しくは二以上に在つてその年数を通算して二十年以上になる者でなければならない。
一 高等裁判所長官
二 判事
三 簡易裁判所判事
四 檢察官
五 弁護士
六 別に法律で定める大学の法律学の教授又は助教授
五年以上前項第一号及び第二号に掲げる職の一若しくは二に在つた者又は十年以上同項第一号乃至第六号に掲げる職の一若しくは二以上に在つた者が判事補、裁判所調査官、最高裁判所事務総長、裁判所事務官、司法研修所教官、司法次官、司法事務官又は少年審判官の職に在つたときは、その在職は、同項の規定の適用については、これを同項第三号乃至第六号に掲げる職の在職とみなす。
前二項の規定の適用については、第一項第三号乃至第五号及び前項に掲げる職に在つた年数は、司法修習生の修習を終えた後の年数に限り、これを当該職に在つた年数とする。
三年以上第一項第六号の大学の法律学の教授又は助教授の職に在つた者が簡易裁判所判事、檢察官又は弁護士の職に就いた場合においては、その簡易裁判所判事、檢察官(副檢事を除く。)又は弁護士の職に在つた年数については、前項の規定は、これを適用しない。
第四十二條 (高等裁判所長官及び判事の任命資格)高等裁判所長官及び判事は、左の各号に掲げる職の一又は二以上に在つてその年数を通算して十年以上になる者の中からこれを任命する。
一 判事補
二 簡易裁判所判事
三 檢察官
四 弁護士
五 裁判所調査官、司法研修所教官又は少年審判官
六 前條第一項第六号の大学の法律学の教授又は助教授
前項の規定の適用については、三年以上同項各号に掲げる職の一又は二以上に在つた者が裁判所事務官又は司法事務官の職に在つたときは、その在職は、これを同項各号に掲げる職の在職とみなす。
前二項の規定の適用については、第一項第二号乃至第五号及び前項に掲げる職に在つた年数は、司法修習生の修習を終えた後の年数に限り、これを当該職に在つた年数とする。
三年以上前條第一項第六号の大学の法律学の教授又は助教授の職に在つた者が簡易裁判所判事、檢察官又は弁護士の職に就いた場合においては、その簡易裁判所判事、檢察官(副檢事を除く。)又は弁護士の職に在つた年数については、前項の規定は、これを適用しない。司法修習生の修習を終えないで簡易裁判所判事又は檢察官に任命された者の第六十六條の試驗に合格した後の簡易裁判所判事、檢察官(副檢事を除く。)又は弁護士の職に在つた年数についても同樣とする。
第四十三條 (判事補の任命資格) 判事補は、司法修習生の修習を終えた者の中からこれを任命する。
第四十四條 (簡易裁判所判事の任命資格)簡易裁判所判事は、高等裁判所長官若しくは判事の職に在つた者又は左の各号に掲げる職の一若しくは二以上に在つてその年数を通算して三年以上になる者の中からこれを任命する。
一 判事補
二 檢察官
三 弁護士
四 裁判所調査官、裁判所事務官、司法研修所教官、司法事務官又は少年審判官
五 第四十一條第一項第六号の大学の法律学の教授又は助教授
前項の規定の適用については、同項第二号乃至第四号に掲げる職に在つた年数は、司法修習生の修習を終えた後の年数に限り、これを当該職に在つた年数とする。
司法修習生の修習を終えないで檢察官に任命された者の第六十六條の試驗に合格した後の檢察官(副檢事を除く。)又は弁護士の職に在つた年数については、前項の規定は、これを適用しない。
第四十五條 (簡易裁判所判事の選考任命)多年司法事務にたずさわり、その他簡易裁判所判事の職務に必要な学織経驗のある者は、前條第一項に掲げる者に該當しないときでも、簡易裁判所判事選考委員会の選考を経て、簡易裁判所判事に任命されることができる。
簡易裁判所判事選考委員会に関する規程は、最高裁判所がこれを定める。
第四十六條 (任命の欠格事由) 他の法律の定めるところにより一般の官吏に任命されることができない者の外、左の各号の一に該当する者は、これを裁判官に任命することができない。
一 禁錮以上の刑に処せられた者
二 彈劾裁判所の罷免の裁判を受けた者
第四十七條 (補職) 下級裁判所の裁判官の職は、最高裁判所がこれを補する。
第四十八條 (身分の保障) 裁判官は、公の彈劾又は國民の審査に関する法律による場合及び別に法律で定めるところにより心身の故障のため職務を執ることができないと裁判された場合を除いては、その意思に反して、免官、轉官、轉所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない。
第四十九條 (懲戒) 裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。
第五十條 (定年) 最高裁判所の裁判官は、年齡七十年、下級裁判所の裁判官は、年齡六十五年に達した時に退官する。
第五十一條 (報酬) 裁判官の受ける報酬については、別に法律でこれを定める。
第五十二條 (政治運動等の禁止) 裁判官は、在任中、左の行爲をすることができない。
一 國会若しくは地方公共團体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。
二 最高裁判所の許可のある場合を除いて、報酬のある他の職務に從事すること。
三 商業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
第二章 裁判官以外の裁判所の職員
第五十三條 (最高裁判所事務総長) 最高裁判所に最高裁判所事務総長一人を置く。
最高裁判所事務総長は、一級とする。
最高裁判所事務総長は、最高裁判所長官の監督を受けて、最高裁判所の事務局の事務を掌理し、事務局の職員を指揮監督する。
第五十四條 (最高裁判所長官祕書官)最高裁判所に最高裁判所長官祕書官一人を置く。
最高裁判所長官祕書官は、二級とする。
最高裁判所長官祕書官は、最高裁判所長官の命を受けて、機密に関する事務を掌る。
第五十五條 (司法研修所教官) 最高裁判所に別に法律で定める員数の司法研修所教官を置く。
司法研修所教官は、一級、二級又は三級とする。
司法研修所教官は、上司の指揮を受けて、司法研修所における研究、修養及び修習の指導を掌る。
第五十六條 (司法研修所長) 最高裁判所に司法研修所長を置き、一級の司法研修所教官の中から、最高裁判所が、これを補する。
司法研修所長は、最高裁判所長官の監督を受けて、司法研修所の事務を掌理し、司法研修所の職員を指揮監督する。
第五十七條 (裁判所調査官) 最高裁判所及び各高等裁判所に通じて別に法律で定める員数の裁判所調査官を置く。
裁判所調査官は、二級とする。
裁判所調査官は、裁判官の命を受けて、事件の審理及び裁判に関して必要な調査を掌る。
裁判所調査官の任命は、一般の二級事務官吏に任命される資格を有する者の外、第六十六條の試驗に合格した者についてもこれを行うことができる。
第五十八條 (裁判所事務官) 各裁判所に通じて別に法律で定める員数の裁判所事務官を置く。
裁判所事務官は、一級、二級又は三級とする。
裁判所事務官は、上司の命を受けて、裁判所の事務を掌る。
二級の裁判所事務官の任命及び敍級は、一般の二級事務官吏に任命され、又は敍級される資格を有する者の外、第六十六條の試驗に合格した者についてもこれを行うことができる。
第五十九條 (事務局長) 各高等裁判所及び各地方裁判所に事務局長を置き、裁判所事務官の中から、最高裁判所が、これを補する。
各高等裁判所の事務局長は、各高等裁判所長官の、各地方裁判所の事務局長は、各地方裁判所長の監督を受けて、事務局の事務を掌理し、事務局の職員を指揮監督する。
第六十條 (裁判所書記) 各裁判所に裁判所書記を置き、裁判所事務官の中から、最高裁判所の定めるところにより、最高裁判所、各高等裁判所又は各地方裁判所が、これを補する。
裁判所書記は、裁判所の事件に関する記録その他の書類の作成及び保管その他他の法律において定める事務を掌る。
裁判所書記は、その職務を行うについては、裁判官の命令に從う。
裁判所書記は、口述の書取その他書類の作成又は変更に関して裁判官の命令を受けた場合において、その作成又は変更を正当でないと認めるときは、自己の意見を書き添えることができる。
第六十一條 (裁判所技官) 各裁判所に通じて別に法律で定める員数の裁判所技官を置く。
裁判所技官は、二級又は三級とする。
裁判所技官は、上司の命を受けて、技術を掌る。
第六十二條 (執行吏) 各地方裁判所に執行吏を置く。
執行吏は、最高裁判所の定めるところにより各地方裁判所がこれを任命する。
執行吏に任命されるのに必要な資格に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。
執行吏は、他の法律の定めるところにより裁判の執行、裁判所の発する文書の送達その他の事務を行う。
執行吏は、手数料を受けるものとし、その手数料が一定の額に達しないときは、國庫から補助金を受ける。
第六十三條 (廷吏) 各裁判所においては、廷吏を雇う。
廷吏は、法廷において裁判官の命ずる事務その他最高裁判所の定める事務を取り扱う。
各裁判所は、執行吏を用いることができないときは、その裁判所の所在地で書類を送達するために、廷吏を用いることができる。
第六十四條 (任免・敍級) 裁判官以外の裁判所の聯員の任免及び敍級は、一級のものについては、最高裁判所の申出により内閣が、二級のものについては、最高裁判所がそれぞれこれを行い、三級のものについては、最高裁判所の定めるところにより最高裁判所、各高等裁判所又は各地方裁判所がこれを行う。
第六十五條 (勤務裁判所の指定) 裁判所調査官、裁判所事務官(事務局長又は裁判所書記たるものを除く。)及び裁判所技官の勤務する裁判所は、最高裁判所の定めるところにより最高裁判所、各高等裁判所又は各地方裁判所がこれを定める。
第三章 司法修習生第六十六條 (採用) 司法修習生は、高等試驗司法料試驗に合格した者の中から、最高裁判所がこれを命ずる。
前項の試驗に関する事項は、政令でこれを定める。
第六十七條 (修習・試驗) 司法修習生は、少くとも二年間修習をした後試驗に合格したときは、司法修習生の修習を終える。
司法修習生は、その修習期間中、國庫から一定額の給與を受ける。
第一項の修習及び試驗に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。
第六十八條 (罷免) 最高裁判所は、司法修習生の行状がその品位を辱めるものと認めるときその他司法修習生について最高裁判所の定める事由があると認めるときは、その司法修習生を罷免することができる。
第五編 裁判事務の取扱
第一章 法廷第六十九條 (開廷の場所) 法廷は、裁判所又は支部でこれを開く。
最高裁判所は、必要と認めるときは、前項の規定にかかわらず、他の場所で法廷を開き、又はその指定する他の場所で下級裁判所に法廷を開かせることができる。
第七十條 (公開停止の手続) 裁判所は、日本國憲法第八十二條第二項の規定により対審を公開しないで行うには、公衆を退廷させる前に、その旨を理由とともに言い渡さなければならない。判決を言い渡すときは、再び公衆を入廷させなければならない。
第七十一條 (法廷の秩序維持) 法廷における秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官がこれを行う。
裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所と職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる。
第七十二條 (法廷外における処分) 裁判所が他の法律の定めるところにより法廷外の場所で職務を行う場合において、裁判長又は一人の裁判官は、裁判所の職務の執行を妨げる者に対し、退去を命じ、その他必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる。
前項の規定する裁判長の権限は、裁判官が他の法律の定めるところにより法廷外の場所で職務を行う場合において、その裁判官もこれを有する。
第七十三條 (審判妨害罪) 前二條の規定による命令に違反して裁判所又は裁判官の職務の執行を妨げた者は、これを一年以下の懲役若しくは禁錮又は千圓以下の罰金に処する。
第二章 裁判所の用語第七十四條 (裁判所の用語) 裁判所では、日本語を用いる。
第三章 裁判の評議
第七十五條 (評議の祕密) 合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聽を許すことができる。
評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、祕密を守らなければならない。
第七十六條 (意見を述べる義務) 裁判官は、評議において、その意見を述べなければならない。
第七十七條 (評決) 裁判は、最高裁判所の裁判について最高裁判所が特別の定をした場合を除いて、過半数の意見による。
過半数の意見によつて裁判をする場合において、左の事項について意見が三説以上に分れ、その説が各各過半数にならないときは、裁判は、左の意見による。
一 数額については、過半数になるまで最も多額の意見の数を順次少額の意見の数に加え、その中で最も少額の意見
二 刑事については、過半数になるまで被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え、その中で最も利益な意見
第七十八條 (補充裁判官) 合議体の審理が長時日にわたることの予見される場合においては、補充の裁判官一人が、審理に立ち会い、その審理中に合議体の裁判官の一人が審理に関與することができなくなつた場合において、これに代つて、その合議体に加わり審理及び裁判をすることができる。
第四章 裁判所の共助
第七十九條 (裁判所の共助) 裁判所は、裁判事務について、互に必要な補助をする。
第六編 司法行政
第八十條 (司法行政の監督) 司法行政の監督権は、左の各号の定めるところによりこれを行う。
一 最高裁判所は、最高裁判所の職員並びに下級裁判所及びその職員を監督する。
二 各高等裁判所は、その高等裁判所の職員並びに管轄区域内の下級裁判所及びその職員を監督する。
三 各地方裁判所は、その地方裁判所の職員並びに管轄区域内の簡易裁判所及びその職員を監督する。
四 第三十七條に規定する簡易裁判所の裁判官は、その簡易裁判所の裁判官以外の職員を監督する。
第八十一條 (監督権と裁判権との関係) 前條の監督権は、裁判官の裁判権に影響を及ぼし、又はこれを制限することはない。
第八十二條 (事務の取扱方法に対する不服) 裁判所の事務の取扱方法に対して申し立てられた不服は、第八十條の監督権によりこれを処分する。
第七編 裁判所の経費
第八十三條 (裁判所の経費) 裁判所の経費は、独立して、國の予算にこれを計上しなければならない。
前項の経費中には、予備金を設けることを要する。
附 則
この法律は、日本國憲法施行の日から、これを施行する。
裁判所構成法、裁判所構成法施行條例、判事懲戒法及び行政裁判法は、これを廃止する。
━━━━━━━━━━━━━
〔國務大臣木村篤太郎君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=53
-
054・木村篤太郎
○國務大臣(木村篤太郎君) 只今議題となりました裁判所法案に付きまして提案の理由を御説明申上げます、日本國憲法は其の第六章に於きまして、司法に關する規定を設け、現行憲法の司法に關する規定に著しい改正を加へましたことは各位御承知の通りであります、從ひまして現行憲法の下に、裁判所構成法に依つて定められて居りまする裁判制度も之に依つて改正の必要を生じて參つたのでありますが、政府に於きましては、改正憲法制定後の短期間内に最大の努力を拂ひまして、國民の期待と國際的關心とを十分に考慮の上、本法案を立案致しまして、今囘提案致す運びと相成つた次第であります、次に本法案の内容に付きまして重要なる諸點の概略を御説明申上げます、先づ第一が、裁判所の設置に付きましては、最高裁判所のことは改正憲法で直接定められて居りますので、下級裁判所に付きましてのみ之を定め、之を高等裁判所、地方裁判所及び簡易裁判所と致しまして個々の裁判所の設立、廢止及び管轄區域に付きましては、別に法律で之を定めることと致しました、是等の法律案も軈て提案致す運びと相成つて居る次第であります、第二に、裁判權に付きましては、裁判所は從來の民事刑事の外、所謂行政事件にも亙りまして、一切の法律上の爭訟を裁判することを明かに致し、又行政機關が行政處分に關して審判をする場合との關係をも明かにして居るのであります、尤も改正憲法が直接規定を致して居りまする兩議員の資格に關する爭訟及び裁判官の彈劾に關する裁判は固より裁判所の權限には屬さないのでありまして、本法案に於きましても、此の點を明かに致して居るのであります、第三に、最高裁判所に付きましては、改正憲法が廣範圍の權限を與へ、且極めて高い權威を期待して居りますることは、是亦御承知の通りでありまして、此の趣意に從ひまして、其の構成及び事件の取扱等に付きましては特に考慮を致して居ります、特に其の裁判官に付きましては、長官の外に判事十四人と致しまして、其の任命資格は所謂法曹又は法律學者としての豐富な経驗のある者の外に、從來の経歴等に囚はれず、識見の高い人材を廣く求め得る途を開きまして、最高裁判所をして眞に權威ある最高の司法機關たらしめることを期待して居るのであります、第四に、下級裁判所の中、高等裁判所は大體現在の控訴院に相當致して居るのでありまするが、第二審事件の外に特別の事件の第一審及び簡易裁判所事件の上告をも取扱ふことに致して居るのであります、地方裁判所は是亦大體現在の地方裁判所の權限と區裁判所の權限を有することと致して居ります、一般の第一審事件の外に簡易裁判所事件の控訴をも取扱ひ、其の事件の取扱は從來の合議制のみである點を改めまして、特殊の事件を除きましては、事件の性質に從ひまして合議體、又は一人で行ふことが出來るやうに致して居るのであります、簡易裁判所は輕微な民事、刑事事件を扱ひ、全國數百箇所に之を設けまして、簡易な手續に依りまして爭議の實情に即した裁判をするやう工夫致して居るのでありまして、司法の民主化に貢獻する處尠からざる所があらうと期待致して居るのであります、第五に、裁判官に付きましては、前述の最高裁判所の裁判官の外に、高等裁判所長官、判事、判事補及び簡易裁判所判事の四種を設けまして、それぞれに付きまして、其の地位に相應しい任命資格を規定して居るのであります、裁判官の定年に付きましては、最高裁判所判事は總て七十歳、其の他の裁判官は一律に六十五歳と致しました、裁判官の身分の保障に付きましては、御承知の通り、改正憲法に依りまして、下級裁判所の裁判官に付きまして十年の任期が定められて居りまする外は、現行制度以上に保障を厚く致しまして、以て司法權獨立の全きを期して居るのでございます、尚從來の司法官試補及び辯護士試補の制度を改めまして、之を司法修習生の制度に統一致しまして、將來の法曹は在朝在野を問はず、司法修習生の修習を終つた者であることを必要と致しまして、其の修習を最高裁判所の管理に屬せしめまして、法曹の素質の向上を期して居るのであります、第六に、司法行政に付きましては、最高裁判所を最高の監督機關とし、改正憲法の規定に依りまして最高裁判所以下、各裁判所で之を行ひ、其の事務を處理する爲に、簡易裁判所以外の各裁判所にそれぞれ事務局を設けまして、所要の職員を置くことと致して居るのであります、最後に、裁判所の經費に付きましては、之を獨立致しまして、國の豫算に計上致すことと致し、一般行政の經費とは別箇に取扱ふべきことを明かにして居るのであります、以上甚だ簡單でありまするが、裁判所法案の概略を御説明申上げた次第であります、何卒御審議の上御可決あらむことを御願ひ致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=54
-
055・戸澤正己
○子爵戸澤正己君 只今上程になりました裁判所法案は、其の特別委員の數を十九名とし、其の委員の指名を議長に一任するの動議を提出致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=55
-
056・今城定政
○子爵今城定政君 贊成発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=56
-
057・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 戸澤子爵の動議に御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=57
-
058・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、特別委員の氏名を朗讀致させます
〔小野寺書記官朗讀〕
裁判所法案特別委員
公爵 岩倉具榮君 公爵 三條實春君
伯爵 黒田清君 子爵 大河内輝耕君
子爵 高木正得君 子爵 松平親義君
牧野英一君 吉田久君
霜山精一君 川村竹治君
高柳賢三君 男爵 奧田剛郎君
男爵 毛利元長君 男爵 村田保定君
野村嘉六君 三橋四郎次君
山隈康君 有馬忠三郎君
作間耕逸君
――――◇―――――発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=58
-
059・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 日程第五、労働基準法案、政府提出、衆議院送付、第一讀會、河合厚生大臣発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=59
-
060・会議録情報7
━━━━━━━━━━━━━
学働基準法案
右の政府提出案は本院において可決した、因つて議院法第五十四條により送付する
昭和二十二年三月十八日
衆議院議長 山崎 猛
貴族院議長公爵徳川家正殿
━━━━━━━━━━━━━
労働基準法案
労働基準法目次
第一章 総則
第二章 労働契約
第三章 賃金
第四章 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇
第五章 安全及び衞生
第六章 女子及び年少者
第七章 技能者の養成
第八章 災害補償
第九章 就業規則
第十章 寄宿舍
第十一章 監督機関
第十二章 雜則
第十三章 罰則
労働基準法
第一章 総則
(労働條件の原則)
第一條 労働條件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
この法律で定める労働條件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働條件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。
(労働條件の決定)
第二條 労働條件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各各その義務を履行しなければならない。
(均等待遇)
第三條 使用者は、労働者の國籍、信條又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働條件について、差別的取扱をしてはならない。
(男女同一賃金の原則)
第四條 使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならない。
(強制労働の禁止)
第五條 使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
(中間搾取の排除)
第六條 何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない。
(公民権行使の保障)
第七條 使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。
(適用事業の範囲)
第八條 この法律は、左の各号の一に該当する事業又は事務所について適用する。但し、同居の親族のみを使用する事業若しくは事務所又は家事使用人については適用しない。
一 物の製造、改造、加工、修理、淨洗、選別、包裝、裝飾、仕上、販賣のためにする仕立、破壞若しくは解体又は材料の変造の事業(電氣、ガス又は各種動力の発生、変更若しくは傳導の事業及び水道の事業を含む。)
二 鉱業、砂鉱業、石切業その他土石又は鉱物採取の事業
三 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壞、解体又はその準備の事業
四 道路、鉄道、軌道、索道、船舶又は航空機による旅客又は貨物の運送の事業
五 船きよ、船舶、岸壁、波止場、停車場又は倉庫における貨物の取扱の事業
六 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
七 動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
八 物品の販賣、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
九 金融、保險、媒介、周旋、集金、案内又は廣告の事業
十 映画の製作又は映写、演劇その他興行の事業
十一 郵便、電信又は電話の事業
十二 教育、研究又は調査の事業
十三 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衞生の事業
十四 旅館、料理店、飮食店、接客業又は娯樂場の事業
十五 燒却、清掃又は、と殺の事業
十六 前各号に該当しない官公署
十七 その他命令で定める事業又は事務所
(定議)
第九條 この法律で労働者とは、職業の種類を問わず、前條の事業又は事務所(以下事業という。)に使用される者で、賃金を支拂われる者をいう。
第十條 この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行爲をするすべての者をいう。
第十一條 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞與その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支拂うすべてのものをいう。第十二條 この法律で平均賃金と
は、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支拂われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。但し、その金額は、左の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出來高拂制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、日、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
前二項に規定する期間中に、左の各号の一に該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
一 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
二 産前産後の女子が第六十五條の規定によつて休業した期間
三 使用者の責に帰すべき事由によつて休業した期間
四 試の使用期間
第一項の賃金の総額には、臨時に支拂われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支拂われる賃金並びに通貨以外のもので支拂われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。
賃金が通貨以外のもので支拂われる場合、第一項の賃金の総額に算入すべきものの範囲及び評價に関し必要な事項は、命令で定める。
雇入後三箇月に満たない者については、第一項の期間は、雇入後の期間とする。
日日雇い入れられる者については、その從事する事業又は職業について、労働に関する主務大臣の定める金額を平均賃金とする。
第一項乃至第六項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、労働に関する主務大臣の定めるところによる。
第二章 労働契約
(この法律違反の契約)
第十三條 この法律で定める基準に達しない労働條件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。
(契約期間)
第十四條 労働契約は、期間の定のないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものの外は、一年を超える期間について締結してはならない。
(労働條件の明示)
第十五條 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働條件を明示しなければならない。
前項の規定によつて明示された労働條件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
(賠償予定の禁止)
第十六條 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
(前借金相殺の禁止)
第十七條 使用者は、前借金その他労働することを條件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
(強制貯金)
第十八條 使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
使用者は、労働者の貯蓄金をその委託を受けて管理しようとする場合においては、保管及び返還の方法を定めて行政官廳の認可を受けなければならない。
(解雇制限)
第十九條 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女子が第六十五條の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。但し、使用者が、第八十一條の規定によつて打切補償を支拂う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
前項但書後段の場合においては、その事由について行政官廳の認定を受けなければならない。
(解雇の予告)
第二十條 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支拂わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支拂つた場合においては、その日数を短縮することができる。
前條第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。
第二十一條 前條の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。
一 日日雇い入れられる者
二 二箇月以内の期間を定めて使用される者
三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者
四 試の使用期間中の者
(使用証明)
第二十二條 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位及び賃金について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滯なくこれを交付しなければならない。
前項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
使用者は予め第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の國籍、信條、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第一項の証明書に祕密の記号を記入してはならない。
(金品の返還)
第二十三條 使用者は、労働者の死亡又は退職の場合において、権利者の請求があつた場合においては、七日以内に賃金を支拂い、積立金、保証金、貯蓄金その他名称の如何を問わず、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。
前項の賃金又は金品に関して爭がある場合においては、使用者は異議のない部分を、同項の期間中に支拂い、又は返還しなければならない。
第三章 賃金
(賃金の支拂)
第二十四條 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支拂わなければならない。但し、法令又は労働協約に別段の定がある場合においては、賃金の一部を控除し、又は通貨以外のもので支拂うことができる。
賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支拂わなければならない。但し、臨時に支拂われる賃金、賞與その他これに準ずるもので命令で定める賃金については、この限りでない。
(非常時拂)
第二十五條 使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他命令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支拂期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支拂わなければならない。
(休業手当)
第二十六條 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支拂わなければならない。
(出來高拂制の保障給)
第二十七條 出來高拂制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に應じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
(最低賃金)
第二十八條 行政官廳は、必要であると認める場合においては、一定の事業又は職業に從事する労働者について最低賃金を定めることができる。
第二十九條 最低賃金に関する事項を審議させるために、中央賃金委員会及び地方賃金委員会を置く。
賃金委員会には、必要に應じ、一定の事業又は職業について專門委員会を置くことができる。
賃金委員会の委員は、労働者を代表する者、使用者を代表する者及び公益を代表する者について、行政官廳が各各同数を委嘱する。但し、労働者を代表する者及び使用者を代表する者は、関係者の推薦に基いて委嘱する。
この法律で定めるものの外、賃金委員会に関し必要な事項は命令で定める。
第三十條 行政官廳が最低賃金を定めようとする場合においては、予め賃金委員会の調査及び意見を求めなければならない。
前項の場合、賃金委員会は、一定の事業又は職業に從事する労働者の最低賃金額についての意見を、行政官廳に提出しなければならない。
行政官廳は、前項の意見について公聽会を開いた後に、賃金委員会及び公聽会の意見に基いて最低賃金を定めなければならない。
地方行政官廳が最低賃金を定めようとする場合においては、前三項の規定による手続を経た後に、労働に関する主務大臣の承認を受けなければならない。
賃金委員会は、必要であると認める場合においては、賃金に関する事項について行政官廳に建議することができる。
第三十一條 最低賃金が定められた場合においては、使用者は、その金額に達しない賃金で労働者を使用してはならない。但し、左の場合においては、この限りでない。
一 精神又は身体の障害により著しく労働能力の低位な者について、行政官廳の認定を受けた場合
二 労働者の都合により所定労働時間に満たない時間の労働をした場合
三 試の使用期間中の者又は所定労働時間の特に短い者について、行政官廳の許可を受けた場合
第四章 労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇
(労働時間)
第三十二條 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間、一週間について四十八時間を超えて、労働させてはならない。
使用者は、就業規則その他により、四週間を平均し一週間の労働時間が四十八時間を超えない定をした場合においては、その定により、前項の規定にかかわらず、特定の日において八時間又は特定の週において四十八時間を超えて、労働させることができる。
第三十三條 災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官廳の許可を受けて、その必要の限度において前條又は第四十條の労働時間を延長することができる。但し、事態急迫のために行政官廳の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滯なく届け出なければならない。
前項但書の規定による届出があつた場合において、行政官廳がその労働時間の延長を不適当と認める場合においては、その後にその延長時間に相当する休憩又は休日を與えるべきことを、命ずることができる。
公務のために臨時の必要がある場合においては、第一項の規定にかかわらず、第八條第十六号の事業に從事する官吏、公吏その他の公務員については、前條若しくは第四十條の労働時間を延長し、又は第三十五條の休日に労働させることができる。
(休憩)
第三十四條 使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に與えなければならない。
前項の休憩時間は、一せいに與えなければならない。但し、行政官廳の許可を受けた場合においては、この限りでない。
使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。
(休日)
第三十五條 使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を與えなければならない。
前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を與える使用者については適用しない。
(時間外及び休日の労働)
第三十六條 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官廳に届け出た場合においては、第三十二條若しくは第四十條の労働時間又は前條の休日に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。但し、坑内労働その他命令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第三十七條 使用者が、第三十三條若しくは前條の規定によつて労働時間を延長し、若しくは休日に労働させた場合又は午後十時から午前五時(労働に関する主務大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの間において労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支拂わなければならない。
前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家庭手当、通勤手当、その他命令で定める賃金は算入しない。
(時間計算)
第三十八條 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。
坑内労働については、労働者が坑口に入つた時刻から坑口を出た時刻までの時間を、休憩時間を含め労働時間とみなす。但し、この場合においては、第三十四條第二項及び第三項の休憩に関する規定は適用しない。
(年次有給休暇)
第三十九條 使用者は、一年間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した六労働日の有給休暇を與えなければならない。
使用者は、二年以上継続勤務した労働者に対しては、一年を超える継続勤務年数一年について、前項の休暇に一労働日を加算した有給休暇を與えなければならない。但し、この場合において総日数が二十日を超える場合においては、その超える日数については有給休暇を與えることを要しない。
使用者は、前二項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に與えるとともに、その期間について平均賃金を支拂わなければならない。但し、請求された時季に有給休暇を與えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを與えることができる。
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間及び産前産後の女子が第六十五條の規定によつて休業した期間は、第一項の規定の適用については、これを出勤したものとみなす。
(労働時間及び休憩の特例)
第四十條 第八條第四号、第五号及び第八号乃至第十七号の事業で、公衆の不便を避けるために必要なものその他特殊の必要あるものについては、その必要避くべからざる限度で、第三十二條の労働時間及び第三十四條の休憩に関する規定について、命令で別段の定をすることができる。
前項の規定による別段の定は、この法律で定める基準に近いものであつて、労働者の健康及び福祉を害しないものでなければならない。
(適用の除外)
第四十一條 この章及び第六章で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 第八條第六号又は第七号の事業に從事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に從事する者で、使用者が行政官廳の許可を受けた者
第五章 安全及び衞生
(危害の防止)
第四十二條 使用者は、機械、器具その他の設備、原料若しくは材料又はガス、蒸氣、粉じん等による危害を防止するために、必要な措置を講じなければならない。
第四十三條 使用者は、労働者を就業させる建設物及びその附属建設物について、換氣、採光、照明、保温、防濕、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持に必要な措置を講じなければならない。
第四十四條 労働者は、危害防止のために必要な事項を遵守しなければならない。
第四十五條 使用者が第四十二條及び第四十三條の規定によつて講ずべき措置の其準及び労働者が前條の規定によつて遵守すべき事項は、命令で定める。
(安全装置)
第四十六條 危險な作業を必要とする機械及び器具は、必要な規格又は安全装置を具備しなければ、讓渡し、貸與し、又は設置してはならない。
特に危險な作業を必要とする機械及び器具は、予め行政官廳の認可を受けなければ、製造し、変更し、又は設置してはならない。
前二項の機械及び器具の種類、必要な規格及び具備すべき安全装置は、命令で定める。
(性能檢査)
第四十七條 前條第二項の機械及び器具は、認可を受けた後、命令で定める期間を経過した場合においては、行政官廳の行う性能檢査に合格したものでなければ使用してはならない。
前項の性能檢査は、同項の行政官廳の外、労働に関する主務大臣が指定する他の者に行わせることができる。
(有害物の製造禁止)
第四十八條 黄りんマッチその他命令で定める有害物は、これを製造し、販賣し、輸入し、又は販賣の目的で所持してはならない。
(危險業務の就業制限)
第四十九條 使用者は、経驗のない労働者は、運轉中の機械又は動力傳導装置の危險な部分の掃除、注油、檢査又は修繕をさせ、運轉中の機械又は動力傳導装置に調帶又は調索の取付又は取外をさせ、動力による起重機の運轉をさせその他危険な業務に就かせてはならない。
使用者は、必要な技能を有しない者を特に危險な業務に就かせてはならない。
前二項の業務の範囲、経驗及び技能は、命令で定める。
(安全衞生教育)
第五十條 使用者は、労働者を雇い入れた場合においては、その労働者に対して、当該業務に関し必要な安全及び衞生のための教育を施さなければならない。
(病者の就業禁止)
第五十一條 使用者は、傳染性の疾病、精神病又は労働のために病勢が増惡するおそれのある疾病にかかつた者については、就業を禁止しなければならない。
前項の規定によつて就業を禁止すべき疾病の種類及び程度は、命令で定める。
(健康診断)
第五十二條 一定の事業については、使用者は、労働者の雇入の際及び定期に、医師に労働者の健康診断をさせなければならない。
使用者の指定した医師の診断を受けることを希望しない労働者は、他の医師の健康診断を求めて、その結果を証明する書面を使用者に提出しなければならない。
使用者は、前二項の健康診断の結果に基いて、就業の場所又は業務の轉換、労働時間の短縮その他労働者の健康の保持に必要な措置を講じなければならない。
第一項の事業の種類及び規模並びに定期の健康診断の回数は、命令で定める。
(安全管理者及び衞生管理者)
第五十三條 一定の事業については、使用者は、安全管理者及び衞生管理者を選任しなければならない。
前項の事業の種類及び規模並びに安全管理者及び衞生管理者の資格及び職務に関する事項は、命令で定める。
行政官廳が必要であると認める場合において、は使用者に対して、安全管理者及び衞生管理者の増員又は解任を命ずることができる。
(監督上の行政措置)
第五十四條 使用者は、常時十人以上の労働者を就業させる事業、命令で定める危險な事業又は衞生上有害な事業の建設物、寄宿舍その他の附属建設物又は設備を設置し、移轉し、又は変更しようとする場合においては、第四十五條又は第九十六條の規定に基いて発する命令で定める危害防止等に関する基準に則り定めた計画を、工事着手十四日前までに、行政官廳に届け出なければならない。
行政官廳は、労働者の安全及び衞生に必要であると認める場合においては、工事の着手を差し止め、又は計画の変更を命ずることができる。
第五十五條 労働者を就業させる事業の建設物、寄宿舍その他の附属建設物若しくは設備又は原料若しくは材料が、安全及び衞生に関し定められた基準に反する場合においては、行政官廳は、使用者に対して、その全部又は一部の使用の停止、変更その他必要な事項を命ずることができる。
前項の場合において、行政官廳は、使用者に命じた事項について必要な事項を労働者に命ずることができる。
第六章 女子及び年少者
(最低年齢)
第五十六條 満十五才に満たない兒童は、労働者として使用してはならない。但し、満十四才以上の兒童で、命令で定める義務教育の課程又はこれと同等以上と認める課程を修了した者については、この限りでない。
前項の規定にかかわらず、第八條第六号乃至第十七号の事業に係る職業で、兒童の健康及び福祉に有害でなく、且つその労働が軽易なものについては、行政官廳の許可を受けて、満十二才以上の兒童をその者の修学時間外に使用することができる。但し、映画の製作又は演劇の事業については、満十二才に満たない兒童についても同樣である。
(年少者の証明書)
第五十七條 使用者は、満十八才に満たない者について、その年齢を証明する戸籍証明書を事業場に備え付けなければならない。
使用者は、前條第二項の規定によつて使用する兒童については、修学に差し支えないことを証明する学校長の証明書及び親権者又は後見人の同意書を事業場に備え付けなければならない。
(未成年者の労働契約)
第五十八條 親権者又は後見人は、未成年者に代つて労働契約を締結してはならない。
親権者若しくは後見人又は行政官廳は、労働契約が未成年者に不利であると認める場合においては、將來に向つてこれを解除することができる。
第五十九條 未成年者は、独立して賃金を請求することができる。親権者又は後見人は、未成年者の賃金を代つて受け取つてはならない。
(年少者の労働時間及び休日)
第六十條 第三十二條第二項、第三十六條及び第四十條の規定は、満十八才に満たない者については、これを適用しない。
第五十六條第二項の規定によつて使用する兒童については、第三十二條第一項の労働時間は、修学時間を通算して、一日について七時間、一週間について四十二時間とする。使用者は、第三十二條第一項の規定にかかわらず、満十五才以上(第五十六條第一項但書に規定する満十四才以上を含む。)で満十八才に満たない者については、一週間の労働時間が四十八時間を超えない限り、一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合においては、他の日の労働時間を十時間まで延長することができる。
(女子の労働時間及び休日)
第六十一條 使用者は、満十八才以上の女子については、第三十六條の協定による場合においても、一日について二時間、一週間について六時間、一年について百五十時間を超えて時間外労働をさせ、又は休日に労働させてはならない。
(深夜業)
第六十二條 使用者は、満十八才に満たない者又は女子を午後十時から午前五時までの間において使用してはならない。但し、交替制によつて使用する満十六才以上の男子については、この限りでない。
労働に関する主務大臣は、必要であると認める場合においては、前項の時刻を、地域又は期間を限つて、午後十一時及び午前六時とすることができる。
交替制によつて労働させる事業については、行政官廳の許可を受けて、第一項の規定にかかわらず午後十時三十分まで労働させ、又は前項の規定にかかわらず午前五時三十分から労働させることができる。
前三項の規定は、第三十三條第一項の規定によつて労働時間を延長する場合又は第八條第六号、第七号、第十三号、第十四号及び電話の事業については、これを適用しない。但し、第十四号の事業に使用される満十八才に満たない者については、この限りでない。
第一項及び第二項の時刻は、第五十六條第二項本文の規定によつて使用する兒童については、第一項の時刻は、午後八時及び午前五時とし、第二項の時刻は、午後九時及び午前六時とする。
(危險有害業務の就業制限)
第六十三條 使用者は、満十八才に満たない者又は女子を第四十九條の規定による危險な業務に就かせ、又は命令で定める重量物を取り扱う業務に就かせてはならない。
使用者は、満十八才に滿たない者を、毒劇藥、毒劇物その他有害な原料若しくは材料又は爆発性、発火性若しくは引火性の原料若しくは材料を取り扱う業務、著しくじんあい若しくは粉末を飛散し、若しくは有害ガス若しくは有害放射線を発散する場所又は高温若しくは高圧の場所における業務その他安全、衞生又は福祉に有害な場所における業務に就かせてはならない。
前項の規定は、同項に規定する業務中一定のものについて、命令で満十八才以上の女子に、これを準用することができる。
第二項に規定する業務の範囲及び前項の一定の業務の範囲は、命令で定める。
(坑内労働の禁止)
第六十四條 使用者は、満十八才に満たない者又は女子を坑内で労働させてはならない。
(産前産後)
第六十五條 使用者は、六週間以内に出産する予定の女子が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
使用者は、産後六週間を経過しない女子を就業させてはならない。但し、産後五週間を経過した女子が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
使用者は、妊娠中の女子が請求した場合においては、他の軽易な業務に轉換させなければならない。
(育兒時間)
第六十六條 生後満一年に達しない生兒を育てる女子は、第三十四條の休憩時間の外、一日二回各各少くとも三十分、その生兒を育てるための時間を請求することができる。
使用者は、前項の育兒時間中は、その女子を使用してはならない。
(生理休暇)
第六十七條 使用者は、生理日の就業が著しく困難な女子又は生理に有害な業務に從事する女子が生理休暇を請求したときは、その者を就業させてはならない。
前項の業務の範囲は、命令で定める。
(帰郷旅費)
第六十八條 満十八才に満たない者又は女子が解雇の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。但し、満十八才に満たない者又は女子がその責に帰すべき事由に基いて解雇され、使用者がその事由について行政官廳の認定を受けたときは、この限りでない。
第七章 技能者の養成
(徒弟の弊害排除)
第六十九條 使用者は、徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の習得を目的とする者であることを理由として、労働者を酷使してはならない。
使用者は、技能の習得を目的とする労働者を家事その他技能の習得に関係のない作業に從事させてはならない。
(技能者の養成)
第七十條 長期の教習を必要とする特定の技能者を労働の過程において養成するために必要がある場合においては、その教習方法、使用者の資格、契約期間、労働時間及び賃金に関する規程は、命令で定める。
前項の規定に基いて発する命令においては、その必要の限度で、第十四條の契約期間、第二十四條の賃金の支拂、第三十一條の最低賃金並びに第四十九條及び第六十三條の危險有害業務の就業制限に関する規定について、別段の定をすることができる。
第七十一條 使用者は、前條の規定に基いて発する命令によつて労働者を使用しようとする場合においては、予めその員数、教習方法、契約期間、労働時間並びに賃金の基準及び支拂の方法を定めて行政官廳の認可を受けなければならない。
使用者が前項の規定による認可に基いて労働者を雇い入れた場合においては、行政官廳に届け出て、技能を習得する者であることの証明書の交付を受け、これを事業場に備え付けなければならない。
第七十二條 前二條の規定の適用を受ける未成年者については、第三十九條第一項の規定による年次有給休暇として、十二労働日を與えなければならない。
第七十三條 第七十條及び第七十一條の規定の適用を受ける労働者を使用する使用者がその資格を失い、又は認可の條件に反した場合においては、行政官廳は、第七十一條の認可を取り消すことができる。
第七十四條 第七十條の規定に基いて発する命令は、技能者養成委員会に諮問してこれを定める。
技能者養成委員会の委員は、関係ある労働者を代表する者、関係ある使用者を代表する者及び公益を代表する者について、労働に関する主務大臣が各各同数を委嘱する。
前二項に定めるものの外、技能者養成委員会に関し必要な事項は、命令で定める。
第八章 災害補償
(療養補償)
第七十五條 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、命令で定める。
(休業補償)
第七十六條 労働者が前條の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。
(障害補償)
第七十七條 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害が存する場合においては、使用者はそ、の障害の程度に應じて、平均賃金に別表第一に定める日数を乘じて得た金額の障害補償を行わなければならない。
(休業補償及び障害補償の例外)
第七十八條 労働者が重大な過失によつて業務上負傷し、又は疾病にかかり、且つ使用者がその過失について行政官廳の認定を受けた場合においては、休業補償又は障害補償を行わなくてもよい。
(遺族補償)
第七十九條 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族又は労働者の死亡当時その收入によつて生計を維持した者に対して、平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。
(葬祭料)
第八十條 労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、葬祭を行う者に対して、平均賃金の六十日分の葬祭料を支拂わなければならない。
(打切補償)
第八十一條 第七十五條の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
(分割補償)
第八十二條 使用者は、支拂能力のあることを証明し、補償を受けるべき者の同意を得た場合においては、第七十七條又は第七十九條の規定による補償に替え、平均賃金の別表第二に定める日数を乘じて得た金額を、六年にわたり毎年補償することができる。
(補償を受ける権利)
第八十三條 補償を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
補償を受ける権利は、これを讓渡し、又は差し押えてはならない。
(他の法律との関係)
第八十四條 補償を受けるべき者が、同一の事由について、労働者災害補償保險法によつてこの法律の災害補償に相当する保險給付を受けるべき場合においては、その價額の限度において、使用者は、補償の責を免れ、又は命令で指定する法令に基いてこの法律の災害補償に相当する給付を受けるべき場合においては、使用者は、補償の責を免れる。
使用者は、この法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その價額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。
(審査及び仲裁)
第八十五條 業務上の負傷、疾病又は死亡の認定、療養の方法、補償金額の決定その他補償の実施に関して異議のある者は、行政官廳に対して、審査又は事件の仲裁を請求することができる。
行政官廳は、必要があると認める場合においては、職権で審査又は事件の仲裁をすることができる。
行政官廳は、審査又は仲裁のために必要であると認める場合においては、医師に診断又は檢察をさせることができる。
第一項の規定による審査又は仲裁の請求及び第二項の規定による審査又は仲裁の開始は、時効の中断に関しては、これを裁判上の請求とみなす。
(労働者災害補償審査委員会)
第八十六條 前條の規定による審査及び仲裁の結果に不服のある者は、労働者災害補償審査委員会の審査又は仲裁を請求することができる。
この法律による災害補償に関する事項について、民事訴訟を提起するには、労働者災害補償審査委員会の審査又は仲裁を経なければならない。
労働者災害補償審査委員会の委員は、労働者を代表する者、使用者を代表する者及び公益を代表する者について、行政官廳が各各同数を委嘱する。
前三項に定めるものの外、労働者災害補償審査委員会に関し必要な事項は、命令で定める。
(請負事業に関する例外)
第八十七條 事業が数次の請負によつて行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。
前項の場合、元請負人が書面による契約で下請負人に補償を引き受けさせた場合においては、その下請負人もまた使用者とする。但し、二以上の下請負人に、同一の事業について重複して補償を引き受けさせてはならない。
前項の場合、元請負人が補償の請求を受けた場合においては、補償を引き受けた下請負人に対して、まづ催告すべきことを請求することができる。但し、その下請負人が破産の宣告を受け、又は行方が知れない場合においては、この限りでない。
(補償に関する細目)
第八十八條 この章に定めるものの外、補償に関する細目は、命令で定める。
第九章 就業規則
(作成及び届出の義務)
第八十九條 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、左の事項について就業規則を作成し、行政官廳に届け出なければならない。これを変更した場合においても同樣である。
一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時轉換に関する事項
二 賃金の決定、計算及び支拂の方法、賃金の締切及び支拂の時期並びに昇給に関する事項
三 退職に関する事項
四 退職手当その他の手当、賞與及び最低賃金額の定をする場合においては、これに関する事項
五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定をする場合においては、これに関する事項
六 安全及び衞生に関する定をする場合においては、これに関する事項
七 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定をする場合においては、これに関する事項
八 表彰及び制裁の定をする場合においては、その種類及び程度に関する事項
九 前各号の外、当該事業場の労働者のすべてに適用される定をする場合においては、これに関 する事項
使用者は、必要がある場合においては、賃金、安全及び衞生又は災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項については、各各別に規則を定めることができる。
(作成の手続)
第九十條 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聽かなければならない。
使用者は、前條第一項の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添附しなければならない。
(制裁規定の制限)
第九十一條 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支拂期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
(法令及び労働協約との関係)
第九十二條 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
行政官廳は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
(効力)
第九十三條 就業規則で定める基準に達しない労働條件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となつた部分は、就業規則で定める基準による。
第十章 寄宿舍
(寄宿舍生活の自治)
第九十四條 使用者は、事業の附属寄宿舍に寄宿する労働者の私生活の自由を侵してはならない。
使用者は、寮長、室長その他寄宿舍生活の自治に必要な役員の選任に干渉してはならない。
(寄宿舍生活の秩序)
第九十五條 事業の附属寄宿舍に労働者を寄宿させる使用者は、左の事項について寄宿舍規則を作成し、行政官廳に届け出なければならない。これを変更した場合においても同樣である。
一 起床、就寢、外出及び外泊に関する事項
二 行事に関する事項
三 食事に関する事項
四 安全及び衞生に関する事項
五 建設物及び設備の管理に関する事項
使用者は、前項第一号乃至第四号の事項に関する規定の作成又は変更については、寄宿舍に寄宿する労働者の過半数を代表する者の同意を得なければならない。
使用者は、第一項の規定により届出をなすについて、前項の同意を証明する書面を添附しなければならない。
使用者及び寄宿舍に寄宿する労働者は、寄宿舍規則を遵守しなければならない。
(寄宿舍の設備及び安全衞生)
第九十六條 使用者は、事業の附属寄宿舍について、換氣、採光、照明、保温、防濕、清潔、避難、定員の收容、就寢に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持に必要な措置を講じなければならない。
使用者が前項の規定によつて講ずべき措置の基準は、命令で定める。
第十一章 監督機関
(監督組織)
第九十七條 この法律を施行するために、労働に関する主務省に労働基準局を、各都道府縣に都道府縣労働基準局を、各都道府縣管内に労働基準監督署を置く。
労働に関する主務大臣が必要であると認める場合においては、数箇の都道府縣労働基準局を管轄する地方労働局を置くことができる。
地方労働局、都道府縣労働基準局及び労働基準監督署は、労働に関する主務大臣の直接の管理に属する。
労働基準局の職員の定員並びに地方労働局、都道府縣労働基準局及び労働基準監督署の位置、名称、管轄区域及び職員の定員は、命令で定める。
第九十八條 この法律の施行及び改正に関する事項を審議するため、労働に関する主務省及び都道府縣労働基準局に労働基準委員会を置く。
労働基準委員会は、労働に関する主務大臣及び都道府縣労働基準局長の諮問に應ずるの外、労働條件の基準に関して関係行政官廳に建議することができる。
労働基準委員会の委員は、労働者を代表する者、使用者を代表する者及び公益を代表する者について、行政官廳が各各同数を委嘱する。
前三項に定めるものの外、労働基準委員会に関し必要な事項は、命令で定める。
第九十九條 労働基準局、地方労働局、都道府縣労働基準局及び労働基準監督署に労働基準監督官を置くの外、命令で定める必要な職員を置くことができる。
労働基準局長、地方労働局長、都道府縣労働基準局長及び労働基準監督署長は、労働基準監督官を以てこれに充てる。
労働基準監督官の資格及び任免に関する事項は、命令で定める。
労働基準監督官を罷免するには、命令で定める労働基準監督官分限委員会の同意を必要とする。
第百條 労働基準局長は、労働に関する主務大臣の指揮監督を受けて、地方労働局長及び都道府縣労働基準局長を指揮監督し、労働基準に関する法令の制定改廃、労働基準監督官の任免教養、監督方法についての規程の制定及び調整、
監督年報の作成、労働基準委員会、中央賃金委員会、技能者養成委員会及び労働基準監督官分限委員会に関する事項その他この法律の施行に関する事項を掌り、所属の官吏を指揮監督する。
地方労働局長は、労働基準局長の指揮監督を受けて、管内の都道府縣労働基準局長を指揮監督し、監督方法の調整に関する事項を掌り、所属の官吏を指揮監督する。
都道府縣労働基準局長は、労働基準局長又は地方労働局長の指揮監督を受けて、管内の労働基準監督署長を指揮監督し、監督方法の調整、労働基準委員会、地方賃金委員会及び労働者災害補償審査委員会に関する事項その他この法律の施行に関する事項を掌り、所属の官吏を指揮監督する。
労働基準監督署長は、都道府縣労働基準局長の指揮監督を受けて、この法律に基く臨檢、尋問、許可、認可、認定、審査、仲裁その他この法律の実施に関する事項を掌り、所属の官吏を指揮監督する。
労働基準局長、地方労働局長及び都道府縣労働基準局長は、下級官廳の権限を自ら行い、又は所属の労働基準監督官をして行わせることができる。
(労働基準監督官の権限)
第百一條 労働基準監督官は、事業場、寄宿舍その他の附属建設物に臨檢し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。
医師たる労働基準監督官は、就業の禁止をなすべき疾病にかかつた疑のある労働者の檢診をすることができる。
労働基準監督官は、製造を禁止された有害物の檢査に必要な分量に限つて、無償で製品の見本又は原料を收去することができる。
前三項の場合において、労働基準監督官は、その身分を証明する証票を携帶しなければならない。
第百二條 労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。
百三條 労働者の就業させる事業の建設物、寄宿舍その他の附属建設物、設備、原料又は材料が、安全及び衞生に関して定められた基準に反し、且つ労働者に急迫した危險がある場合においては、労働基準監督官は、第五十五條の規定による行政官廳の権限を即時に行うことができる。
(監督機関に対する申告)
百四條 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官廳又は労働基準監督官に申告することができる。
使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。
(労働基準監督官の義務)
第百五條 労働基準監督官は、職務上知り得た祕密を漏してはならない。労働基準監督官を退官した後においても同樣である。
第十二章 雜則
(法令規則の周知義務)
第百六條 使用者は、この法律及びこの法律に基いて発する命令の要旨並びに就業規則を、常時各作業場の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によつて、労働者に周知させなければならない。
使用者は、この法律及びこの法律に基いて発する命令のうち、寄宿舍に関する規定及び寄宿舍規則を、寄宿舍の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によつて、寄宿舍に寄宿する労働者に周知させなければならない。
(労働者名簿)
第百七條 使用者は、各事業場ごとに労働者名簿を、各労働者(日日雇い入れられる者を除く。)について調製し、労働者の氏名、生年月日、履歴その他命令で定める事項を記入しなければならない。
前項の規定により記入すべき事項に変更があつた場合においては、遅滯なく訂正しなければならない。
(賃金台帳)
第百八條 使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他命令で定める事項を賃金支拂の都度遅滯なく記入しなければならない。
(記録の保存)
第百九條 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を三年間保存しなければならない。
(報告の義務)
第百十條 使用者又は労働者は、この法律の施行に関して、行政官廳又は労働基準監督官から要求のあつた場合においては、遅滯なく必要な事項について報告し、又は出頭しなければならない。
(無料証明)
第百十一條 労働者及び労働者になろうとする者は、その戸籍に関して戸籍事務を掌る者又はその代理者に対して、無料で証明を請求することができる。使用者が、労働者及び労働者になろうとする者の戸籍に関して証明を請求する場合においても同樣である。
(國及び公共團体についての適用)
第百十二條 この法律及びこの法律に基いて発する命令は、國、都道府縣、市町村その他これに準ずべきものについても適用あるものとする。
(命令の制定)
第百十三條 この法律に基いて発する命令は、その草案について、公聽会で労働者を代表者する者、使用者を代表する者及び公益を代表する者の意見を聽いて、これを制定する。
(附加金の支拂)
第百十四條 裁判所は、第二十條、第二十六條、第三十一條若しくは第三十七條の規定に違反した使用者又は第三十九條第三項の規定による平均賃金を支拂わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支拂わなければならない金額についての未拂金の外、これと同一額の附加金の支拂を命ずることができる。但し、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。
(時効)
第百十五條 この法律の規定による賃金、災害補償その他の請求権は、二年間これを行わない場合においては、時効によつて消滅する。
(船員についての適用特例)
第百十六條 第一條乃至第十一條、第百十七條乃至第百十九條及び第百二十一條の規定を除くの外、この法律は、船員法による船員については、これを適用しない。
第十三章 罰則
第百十七條 第五條の規定に違反した者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二千円以上三万円以下の罰金に処する。
第百十八條 第六條、第四十八條、第五十六條又は第六十四條の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する。
第百十九條 左の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は五千円以下の罰金に処する。
一 第三條、第四條、第七條、第十六條、第十七條、第十八條第一項、第十九條、第二十條、第二十二條第三項、第三十一條、第三十二條、第三十四條、第三十五條、第三十六條但書、第三十七條、第三十九條、第四十二條、第四十三條、第四十六條、第四十七條、第四十九條、第五十一條、第六十條第二項若しくは第三項、第六十一條乃至第六十三條、第六十五條、第六十六條、第七十二條、第七十五條乃至第七十七條、第七十九條、第八十條、第九十四條第二項、第九十六條又は第百四條第二項の規定に違反した者
二 第三十三條第二項、第五十四條第二項又は第五十五條第一項の規定による命令に違反した者
三 第四十條の規定に基いて発する命令に違反した者
四 第七十一條第一項の規定により認可を受けた員数、教習方法、契約期間、労働時間並びに賃金の基準及び支拂の方法に違反した者
第百二十條 左の各号の一に該当する者は、五千円以下の罰金に処する。
一 第十四條、第十五條第一項若しくは第三項、第二十二條第一項若しくは第二項、第二十三條乃至第二十七條、第三十三條第一項但書、第四十四條、第五十條、第五十二條第一項若しくは第二項、第五十三條第一項、第五十四條第一項、第五十七條乃至第五十九條、第六十七條、第六十八條、第七十一條第二項、第八十九條、第九十條第一項、第九十一條、第九十五條第一項若しくは第二項又は第百五條乃至第百九條の規定に違反した者
二 第十八條第二項の規定により認可を受けた保管及び返還の方法に違反した者
三 第五十三條第三項、第五十五條第二項又は第九十二條第二項の規定による命令に違反した者
四 第百一條の規定による労働基準監督官の臨檢、檢診若しくは收去を拒み、妨げ、若しくは忌避し、その尋問に対して陳述をせず、若しくは虚僞の陳述をし、帳簿書類の提出をせず、又は虚僞の記載をした帳簿書類の提出をした者
五 第百十條の規定による行政官廳又は労働基準監督官の要求のあつた場合において、報告をせず、若しくは虚僞の報告をし、又は出頭しなかつた者
第百二十一條 この法律の違反行爲をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行爲した代理人、使用人その他の從業者である場合においては、事業主に対しても各本條の罰金刑を科する。但し、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、事業主が営業に関し成年者と同一の能力を有しない未成年者又は禁治産者である場合においてはその法定代理人を事業主とする。以下本條において同樣である。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。
事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行爲を知り、その是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行爲者として罰する。
附 則
第百二十二條 この法律施行の期日は、勅令で、これを定める。
第百二十三條 工場法、工業労働者最低年齢法、労働者災害扶助法、商店法、黄燐燐寸製造禁止法及び昭和十四年法律第八十七号は、これを廃止する。
第百二十四條 鉱業法の一部を次のように改正する。
第七十一條第二号、第六章及び第七十五條乃至第八十條ノ四を削除し、第九十七條第三号及び第四号を削る。
第百二十五條 砂鉱法の一部を次のように改正する。
第二十三條第一項中「第七十六條乃至第七十九條」を削り、同條第二項を削る。
第百二十六條 労働組合法の一部を次のように改正する。
第三十二條 削除
第百二十七條 第十八條第二項、第四十九條、第五十七條、第六十條乃至第六十三條、第八十九條、第九十五條及び第百六條乃至第百八條の規定は、この法律施行の日から六箇月間は、これを適用しない。
旧法によつて禁止又は制限された事項で前項の規定に係るものについては、同項の期間中は、なほ從前の規定による。
第百二十八條 この法律施行の際、十二才以上の兒童を使用する使用者が、引き続きその者を使用する場合においては、この法律施行の日から六箇月間は、その者については第五十六條の規定は、これを適用しない。
この法律施行の際、満十六才以上の男子を使用する使用者が、引き続きその者を使用する場合においては、この法律施行の日から一年間は、その者については第六十四條の規定は、これを適用しない。
第百二十九條 この法律施行前、労働者が業務上負傷し、疾病にかかり、又は死亡した場合における災害補償については、なお旧法の扶助に関する規定による。
第百三十條 この法律施行前(第百二十七條第二項の場合においては、同條第一項の期間を含む。)になした行爲に関する罰則の適用については、なお旧法による。
━━━━━━━━━━━━━
〔國務大臣河合良成君登壇〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=60
-
061・河合良成
○國務大臣(河合良成君) 只今議題となりました労働基準法案の提案理由を説明致します、終戰以來労働組合法と労働関係調整法の制定に依りまして、我が國の勞働法制は漸次整備されて來たのでありまするが、是等の勞働法制は、勞働條件の決定を公正ならしむる爲に如何なる方法を執るかの手段を規定したものでありまして、未だ勞働條件其のものの實體を規定する法律は制定せられて居ないのであります、工場法、商店法、労働者災害扶助法、工業労働者最低年齢法等の從來の労働保護法は特定の勞働者を對象とし、特定の事項に付て斷片的に勞働條件の内容を規定して居りまするが、其の狙ひは女子及び年少者の保護、或は産業災害の犧牲者に對する生活の扶助と云ふことが目的でありまして、全面的に勞働條件の基準を定めることを目的とした法律ではないのであります、新憲法は其の第二十七條第二項に於て「賃金、就業時間、休息その他の勤労條件に関する基準は、法律でこれを定める。」と規定して居ります、凡そ契約の自由が絶對の原則であると前提致しますれば、勞働條件の決定は、團體協約に依ると、個人契約に依るとの別なく、勞働關係の當事者の自由に委さるべきでありまして、其の關係は、労働組合法と労働関係調整法の規定する方法と範圍内に於ては、專ら力の問題として解決されることになるのでありまするが、新憲法は、勞働條件に付ては斯かる契約自由の原則を修正致しまして、法律が勞働條件に付て一定の基準を設くべきことを義務づけて居るのであります、御承知の如く、近時に於きまする勞働不安に付きましては、其の原因は一にして止まらぬのでありまするが、若し勞働條件が勞働者の最低生活を保障するに足るものであるならば、斯かる勞働不安の原因を解消するに貢獻する處少からざるものがあると判斷されるのであります、政府は諸般の情勢と新憲法の趣旨に鑑み、茲に労働基準法案を作成致しまして、本議會に提案することとなつたのであります、此の法案の作成に當り、特に政府が考慮した事項の第一點は、勞働條件の決定に關する基本原則の闡明と云ふことであります、既に勞働條件に付て契約自由の原則を修正し、國家が其準を決定する以上、其の基本原則が定めらるべきは當然でありますが、之を法律に闡明することに依つて、勞資雙方にとつて其の赴くべき所を示さむとするものであります、本法案第一條に、勞働條件の原則として、「労働條件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」たることを規定致しまして、以下勞働憲章的な規定を設けたのは、斯かる趣旨に基くのであります、第二點は、勞働關係に殘存する封建的遺制の一掃と云ふことであります、勞働契約締結の結果と致しまして、勞働者使用者間に於て、使用と云ふ特別關係が設定されるのは當然のことでありまするが、斯かる特別關係は、動もすれば勞働關係の當事者間に身分的な拘束關係を惹起し易いのであります、所謂強制勞働に類するが如き極端な事例は姑く措くと致しましても、長期勞働契約、前借金、強制貯蓄、寄宿舍制度等の所産として現存しつつある封建的遺制は勞働條件の基準設定に當つて、嚴に之を一掃すべきものと考へるのであります、第三點は、千九百十九年以來の國際勞働會議で最低基準として採擇され、今日廣く我が國に於ても理解されて居る八時間勞働制、週給制、年次有給休暇制の如き基本的な制度を一應の基準として、此の法律の最低勞働條件を定めたことであります、戰前我が國の勞働條件が他の文明國に劣つて居たことは國際的に顯著なことでありました、敗戰の結果荒廢に歸しました我が國の産業は、其の負擔力に於て著しく弱化して居ることは否めないのでありまするが、政府としては日本再建の重要な役割を擔當する勞働者に對して、國際的に是認されて居る基本的な勞働條件を保護し、以て勞働者の心からなる協力を期待することが日本産業復興と、國際社會への復歸を促進する所以であると信ずるのであります、今日の勞働情勢は誠に憂ふべきものがあります、今日迄の政府の施策の必ずしも十分でなかつたことは率直に認めねばならぬことでありまするが、何分敗戰後の國情として萬事意の如く參らぬ客觀的事態にあることも事實であります、又一方思想の轉換期に於て、勞働者が其の權利の主張に急にして、義務と責任を怠り、規律と自覺に缺ける所のあつたと云ふ事實も否定する譯に行かぬのであります、そこで一切の過去のことは過去たらしめ、今囘の労働基準法制定を機と致しまして、勞働者も經營者も、將又一般國民も心機一轉、お互に兄弟として手を携へて、日本再建の爲、民族の平和的發展の爲に立上られむことを希望して已まぬ次第であります、以上の如き理由と考慮に基いて、政府は労働基準法案を本議會に提案した次第であります、何卒御審議の上御協贊あらむことを希望致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=61
-
062・戸澤正己
○子爵戸澤正己君 只今議題となりました労働基準法案は、其の特別委員の數を十九名とし、委員の指名を議長に一任するの動議を提出致します発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=62
-
063・今城定政
○子爵今城定政君 贊成発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=63
-
064・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 戸澤子爵の動議に御異議ございませぬか
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=64
-
065・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 御異議ないと認めます、特別委員の氏名を朗讀致させます
〔小野寺書記官朗讀〕
労働基準法案特別委員
公爵 島津忠承君 候爵 佐竹義榮君
伯爵 東久世通忠君 子爵 岩下家一君
子爵 大久保教尚君 牧野英一君
男爵 長基連君 男爵 山根健男君
男爵 内田敏雄君 種田虎雄君
膳桂之助君 竹中藤右衞門君
伊藤傳七君 畠山一精君
丹羽彪吉君 小汀利得君
渡邉覺造君 伊藤豐次君
古垣鐵郎君
━━━━━━━━━━━━━発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=65
-
066・徳川家正
○議長(公爵徳川家正君) 次會の議事日程は決定次第彙報を以て御通知に及びます、本日は是にて散會致します
午後三時四分散會発言のURL:https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/simple/detail?minId=009203242X01919470319&spkNum=66
4. 会議録のPDFを表示
この会議録のPDFを表示します。このリンクからご利用ください。